皆瀬那津子は暑いのも寒いのも嫌いだが、どちらかと言えば夏の方が得意だった。  
根っからの冷え性と言うこともあるし、基本的じっとしている性向のせいもある。代謝を  
落とせば夏なら暑さもしのげるけれど、冬場は一層いっそう凍えるだけだ。  
 そんなわけだから、すっかり悴んだ手で西野家の呼び鈴を押した時、彼女の頭は人肌の  
布団でいっぱいだった。五秒と待たずに返事が無いことを確認すると、預かった合鍵で  
中に入る。一階には人気も火の気も無かったけれど、お目当ての学生靴はちゃんと玄関に  
転がっていた。  
 お邪魔します、と口の中だけで呟き、買い物袋を台所に置く。生ものは無いし、この室温  
ならそのまま放置で大丈夫だろう。そう判断すると、彼女はトントンと階段を上がった。  
採光の良い木造2階建てだから、上の方が少しだけ温かい。それだけに夏場は地獄と  
なるのだが、今は自宅よりもよほど快適に寛げた。  
 無論、リラックスできるのは気温だけが理由でもないけれど。  
 
「亮ちゃん、いる?」  
 西日の当る角部屋をノックして、那津子は言った。返事は物音一つなかったが、彼女は  
それで中の様子を理解した。扉を開けると予想通り、陽だまりに敷かれた布団がこんもり  
と盛り上がっている。  
 勝手知ったる幼馴染の根城に、那津子はすたすたと入室した。そのまま押し入れの扉を  
開くと、ハンガーを取り出し洋服を順に掛けていく。今年一番の雪の日だけに、脱ぐ物は  
やたらと多かった。しばらくの間、衣擦れの音と衣装掛の金音が途切れなく続く。しかし、  
丸まった布団は一向に起き出す気配が無かった。これが番犬に生まれなくて良かった  
なあと、益体も無い物思いをしながら、那津子は遠赤タイツやらカイロ入り腹巻きやらを  
脱いでいく。  
 そうして上はババシャツ、下はショーツ一枚にまでなると、彼女はいそいそと掛け布団を  
捲った。折角の暖気が逃げないように、そっと身体を滑り込ませ──  
   
「んぁ? なんかさむ……っふぎゃーーっ!」  
 ああ、この瞬間に限っては、冬の寒さも悪く無いな。と那津子は思った。炬燵に入った  
瞬間。湯船に浸かった瞬間。そしてこの、温まった布団にもぐりこんだ瞬間の幸福感は、  
何物にも替え難い。温かい布団の重みに包まれて、凍えた手足を人肌で挟んでいると、  
目の前で大の男がぎゃいぎゃい悲鳴を上げていようと全くもって気にならな……  
「ぎゃー!ぎゃーー!!ぎゃーーー!!!」  
「うるさい」  
「すみません……っていやいや、今回は普通になっちゃんが酷いよ!心臓止まるかと  
思ったわ!」  
 
 氷のような手足を首筋や太股に差し込まれ、西野亮一は割と本気の悲鳴を上げた。  
先程の静かな空気は何処へやら、今や野太い慟哭が手狭な六畳間に響き渡っている。  
「夏場はあれだけ人ん家に入り浸ってたくせに。やっぱり体ばっかり火照ってる奴は心が  
冷たい」  
「いや別に、なっちゃんが部屋に来ることに異存はないというか布団に潜り込んでくれる  
なんて大歓迎ではありますが、せめてそれやる前に起こしてっ」  
「呼び鈴鳴らしたけど起きなかったよ。外滅茶苦茶寒いし」  
「いや、外で待たずに普通に部屋で起こせば……って普通に確信犯ですよね。普通に誤用  
ですよね。はいすんません」  
 
 ひとしきり騒いで気が済んだのか、亮一はぱたりと大人しくなった。それから、「寝返り  
打つからお手てどけて」と言うと、三重ねの布団を崩さず、器用に体を反転させる。  
 そうして那津子と向かい合わせに横臥した彼は、再びその冷え切った手足を自分の脇や  
太股の内側にはさみ込んだ。  
 ……実を言えば、先程だって大声を上げはしたものの、決して彼女の身体を押しのけ  
ようとはしなかった。  
「まったく、こんなに冷え切っちゃってどうしたの?」  
「西佐久の先のカーブで、他県ナンバーが吹き溜まりに刺さってた。そこでバス降ろされて、  
歩いて帰ったら、今度は家の灯油が空っぽ」  
「うあちゃー。なんという泣きっ面に蜂」  
 かわいそうななっちゃん、などと言いながら亮一は上掛けを掴んで那津子の身体を布団  
の中に潜没させた。それから、自分も追いかけて潜り込んでくると、まだ冷え切ったままの  
頬っぺたに自分の頬を重ね合わせる。  
 
 馬鹿みたいとは思いながらも、那津子は訊いた。  
「今さらだけど。そんなにしたら寒く無い?」  
「それは、本っ気で今さらだなあ」  
 くつくつと愉快そうに笑いながら、幼馴染は答えた。  
「おっしゃる通り、夏場はお世話になりましたので。無料でご奉仕致しますよ」  
 ふいに、温かい掌がババシャツの上から胸の膨らみを捉えた。意を得た那津子が肩を  
小さく竦めてやると、反対の手が背中へ回ってホックを外す。  
「早速、暖房費を取られてる気がするんだけど」  
「いやいや、こうやって揉めば揉むほど温まるんだよ。知らなかった?」  
「わたしゃホッカイロか何かか?」  
「揉めば揉むほどカイロ役の俺が熱くなる」  
「なるほど」  
 思わず頷いた彼女の身体を、亮一は巧みに反転させた。後ろからの方が、胸を触り易い  
のだろう。彼の温かい体にすっぽりと包まれる形になり、那津子もこれはこれで不満は無い。  
 
 それから、おおよそ10分程度。亮一は乳房だけを手遊びに、姿勢を変えず彼女を後ろ  
から温め続けた。いや、温めるという名目でひたすらおっぱいを堪能していただけかも  
知れないが、ともあれ御陰様でしびれる様な冷えは収まった。  
 その代わりに、今度は掛布団よりも重たい眠気が、瞼に纏わりついてきた。もちろん、  
最初から眠る気で潜り込んだのではない。十分触って、相方はスイッチ入っただろうし、  
ここで中断はあんまりだと彼女も思う。しかしどうにも身体がついてこない。受身でいたら  
負けると思い、那津子は身体を返して彼の方へ向き直る。唇を合わせようと身体を  
もぞもぞずり上げていると、上からくすくすと笑われた。  
「何、お休みのキス?」  
「え…なんで?」  
「そりゃあ、こんだけおっぱい触ってれば相手の眠気くらい伝わるよ」  
 いや、その理屈もおかしい。と思ったが、瞼を上からそっと撫でられ反論はあえなく  
封じられた。  
「まあ、俺も丁寧にやらずに、好き勝手揉んでたし。なごんじゃったものはしょうがない」  
「……ごめん。寝てる間、自由に遊んでていいからさ」  
 引っ掛かっていたブラをババシャツから抜いて、後は亮一が好きに出来る格好になると、  
那津子は力を抜いて仰向けになる。上の方でごそごそやっていた亮一が、首の下に枕を  
敷きこんでくれると、もうこれ以上の抵抗は出来なかった。  
 全身を包む温かい人肌だけを感じながら、那津子は「ちょっとだけ」と呟いて瞳を閉じた。  
 
    *  
 
 感覚的には、五分かそこらしか経っていないように思う。しかし、妙にすっきりとした  
頭で、小一時間は眠ったんだろうなと理解しながら、那津子はぱちりと目を開けた。  
 布団の中に他人の気配は無い。もぞもぞと這い上がって首を出すと、亮一は部屋の  
中にも居なかった。  
 あれ、と身体を起そうとして、彼女は自分の状況に気がいった。ババシャツは臍まで  
下りているものの、内側の肌着は胸の上までたくし上がっている。ショーツもしっかり抜か  
れていて、布団の中を足で探ったくらいでは見つからない。あんにゃろめ、と思いつつも、  
言質を渡したのは自分だったと思い出して、彼女は再び布団の中に潜り込んだ。  
勝手知ったる幼馴染の部屋とはいえ、ノーパンでうろつくのは忍びない。何より、  
この布団の温もりの加護を捨てて、半裸を晒す勇気は無い。  
 掛け布団の下で再び視界を閉ざされる。すると自然に、心許ない股座が気になった。  
太股の感覚で気付いてはいたけれど、手で確かめると思った以上に濡れている。さすがに  
入れられたまま眠っていたとは思えないが、溢れるまで弄られて目を覚まさない自分に、  
那津子は軽く自己嫌悪を覚えた。こうなると、気を許す関係がどうこうではなく、単純に  
身体の問題ではないか。  
 
 そんな風に悶々とすること暫し。階段の方から、ぎしぎしという木板のきしみが聞こえて  
来た。妙に丁寧な踏み音だから、トレーか何かを抱えているのだろう。扉を開けてあげ  
ようかと、一秒程逡巡した彼女は、やはりそのまま布団に籠ることにする。  
 
「よいしょっと。あれ、起きてたの?」  
 お尻で扉を開けた亮一は、上から布団を一瞥しただけでそう言った。元より狸寝入りが  
通じる相手ではないが、少し憮然として那津子は答える。  
「今さっき。紅茶で両手塞がってるのに放置でごめん」  
「いや、そりゃいいけども。って、なんで布団に潜ったまま分かるのなっちゃん。エスパー?」  
 素直に驚く相方には答えず、彼女は再び上方へと身体を伸ばす。視界を取り戻した時、  
亮一はちょうどちゃぶ台の上に紅茶とお菓子のお盆を置いているところだった。  
「頭は?」  
「すっきり」  
「飲み物は?」  
「いる」  
「ロイヤルミルクティーとカフェオレをご用意しておりますが?」  
「ミルクの多い方」  
「え。……いや、どっちだろ。うーん」  
「じゃあお茶の方で」  
「了承」  
 タンブラー2つを乗せたちゃぶ台を、亮一が慎重に寄せてくる。いい加減、身体を起そう  
とは思うが、しかし何も無い腰回りが心許ないのも事実である。だが、この状況で履き  
直すのもアレだし、第一「ショーツ返して」と言うのも何かアレだし……と思っていると、  
幼馴染は押し入れから毛布を取り出した。それをマントのように羽織り、枕側から那津子  
を挟むように座り込む。  
「なに?」  
「人間座椅子。これで、布団とサンドイッチにすれば寒く無いよ」  
「……ありがと」  
 妙な用意の良さに座りの悪さを感じつつも、彼女は大人しく好意を受けた。布団をかぶ  
ったまま身を起し、空いた背中を亮一と毛布で埋めてもらう。確かに、これなら暖気も  
逃げないし、絶妙な背もたれもあって快適だ。だが、妙な親切には必ず裏があるのが  
西野亮一の常である。この体勢、何か来るなと那津子が身構えていると、彼は意外にも  
素直にタンブラーを取った。  
「ほい。熱いから気を付けて」  
「ん……あっちち。ほんとに熱いね」  
「なっちゃんすぐ起きるとは思わなかったからさ。鍋でグラングランに沸かして、そのまま  
器に突っ込んできた」  
「そか。……ごめん。美味しいけど、ちょっと待ってから飲む」  
「うんうん。冷めるまで待とう」  
 そう言ってミルクティーを受け取ると、亮一は未練なくちゃぶ台へと戻す。それから  
毛布の中で半纏を脱ぐと、両手をいそいそと娘の前に回してきた。  
「ん……。する?」  
「そうさね〜。冷めるまで、暇だしね」  
 上機嫌でババシャツの裾を上げる彼に、那津子は「はぁ」と溜息をついた。結局、  
この口実が欲しかったのか。しかし、それならそれで普通にしたいと言ばいいのに。  
こんな日にカイロ役をさせておきながら、求めに応じないほど薄情では無い。加えて、  
今日は途中で寝落ちした引け目もある。大体、こやつは人の生理周期を勝手に自分の  
携帯アプリで管理しようとするヤカラ(さすがに阻止したけれど)である。そんな男の  
部屋を、安全日に訪ねて無事に出てこれたことなど一度も無い。だから、今日の彼女が  
了解済みなことくらい、この幼馴染もよくよく分かっているはずなのだ。「ムラムラした」  
という理由だけで押し倒しに来る相方の珍しい搦め手に、どこか腑に落ちないものを  
感じつつ──  
 那津子は彼の手に従って太股を開く。  
 
「…ぅんっ…は」  
 微かに開いたスリットを、亮一の中指が下から上に向かってゆっくりと撫でる。既に  
幾ばくか滲みていた土手は、外側の圧力に耐え切れずにあっさりと決壊した。とろりと  
溢れる蜜が、枕元に敷いたタオルケットの中に沁み込んでいく。  
 
「時間たったけど、まだ結構濡れてるな」  
「ねてる間……っん…そんなにしたの?」  
「お墨付き貰ったしな。これくらい指入れもした」  
「ひゃっ…ぅ……私、それでも起きなん?」  
「記憶、あるか?」  
「ない。それがショック」   
 素直に答えると、亮一はくつくつと楽しげに笑う。それに、少しでも嘲りの色があれば、  
臍の一つも曲げてみせるところだけれど。悪戯が成功した子供のように笑われては、  
こちらも溜息で誤魔化すしかない。  
 
「いやね、最初は起こしちゃ悪いなーと思って、控えめに弄ってたんだけど。あんまりにも  
いい寝息を立ててるもんだからさ。ついつい調子に乗ってパンツ脱がしちゃいました」  
「……替えの下着は持って来てないし、有難うって言うべきなのか」  
「いやあ、こちらこそどういたしまして」  
「まあ、寝落ちした私が悪いんだから何も文句は言わないよ。でも、…ぅんっ……いっそ  
のこと、そのまま始めちゃってくれれば、私だって起きたのに」  
「うむ、寝込みを襲うってシチュにちょっと魅かれたのも事実ではあるんだが」  
 そこでちょっと唐突に、亮一は言葉を濁して指入れしてきた。だが、彼女が振り返って  
じっと見上げると、幾ばくも無く降参する。  
「お前の寝顔見てるうちに、起こしたくないわエロいこともしたいわで、わやくちゃになって  
……間が持たないからお茶入れに行った」  
 那津子が返事をする前に、溢れた蜜が敏感な実に塗り込められる。今度は彼女も抵抗せ  
ずに、大人しく亮一の腕の中で嬌声を上げた。  
 
「はっ…きゃふっ、んんっ……!」  
 話す役目を終えた口が、那津子の耳元に降りてくる。上体を後ろから抱えられている  
せいか、寝転がってする時以上に逃げ場が無い。耳たぶを甘噛みされながら敏感な秘部を  
撫でられると、首を竦めて快感を逃がす事すら出来なくなる。  
 
 腰を触る手と反対の掌も、彼女の前面を絶え間なく這い回っていた。おへその下では  
円を描いて、大事なところを温めるように。しかし上に登って膨らみを捕えると、動きは  
一転して艶めかしくなる。裾野から山腹を広い掌低でしっかりと抱える。柔らかく浮いた  
頂きの周りを、親指と人差し指が丸く包む。そこから、ちょうどカメラの絞りの要領で、  
きゅっと中心へ摘ままれる。最初は撫ぜるように優しく、けれど段々に深く沈ませて、  
皮下の乳腺を刺激していく。  
 
「ん…ふぁっ!…っひう」  
 身動き出来ないまま、ねっとりとした愛撫を施されて、お腹の奥に急速に熱が溜まって  
いく。ついさっきまで、無表情で減らず口を叩いていたと言うのに、今はもう言葉一つ  
まともに紡げない。こうも容易く高められてしまうと、自分酷く淫乱なようで、亮一相手  
とは言え恥ずかしかった。いや、彼だからこそというべきか。他に試した相手もないので、  
詳しいところは分からないけれど。  
 
 と、そんな葛藤を見透かしたかのようなタイミングで、幼馴染が言った。  
「なっちゃんて、寝起きだと結構エロいよね」  
「なっ! やっ、ばかっ…ぁっ……ひゃううっ!」  
 あんまりな物言いに、羞恥で一気に顔が火照る。しかし、那津子の反駁はクリトリスの  
一撫でで封じられた。これまで、微妙に外されていた局部への責めで、溶けかけていた  
腰がビクンと跳ねて沸騰する。後ろから羽交い絞めにされながらも、肩や太股が不規則に  
震える。ふわふわと浮き上がる体に支えが欲しくて、自分を犯す男の腕に縋りつく。  
「おっと、そんなにしなくても逃げないって」  
「ちがっ…んぁ……はっ……やあぁあぁ…っ!」  
「…あ……わり、ちとやり過ぎた。一回イかすな」  
 そう思うなら最初からやるな、と思ったのは後の話で、那津子はポンポンとおでこを  
撫でる相方の手に、涙のにじむ目元を押し付けた。後ろから押えつける力が強まって、  
ほんの少しだけ安心する。自分の意思を無関係に跳ね始めた身体を、相方の力で  
繋ぎ止める。  
 
 中に二本目の指が入ってきた。体勢的に結構きつい。それでも、もう快感しか感じない。  
一本が奥を、もう一本が浅瀬で九の字を作り、お腹側をぎゅっと持ち上げる。「はうっ」と  
強く息を吐いたタイミングで、両手の親指が乳首とクリトリスを、同時に撫でた。  
「はぁぅっ、やっ…ふあああんっ!」  
 視界が涙とは別のもので曇る。固定されたはずの身体が頭の中だけでくらくらと揺れる。  
なのに、押さえ付ける亮一の腕の力だけが妙にリアルで、那津子はそれに縋りつくように、  
全身をぎゅっと力ませた。  
 
   *  
 
 完全に失神したわけではないけれど、数瞬気が抜けていたのは確かだった。しゃくり  
上げていた呼吸が落ち着き、暫しして視界も戻ってくる。手足が少しジンジンしていた。  
相方の腕の力に痺れたのか。はたまた単に過呼吸か。そんなことを考えているうちに、  
段々と思考の焦点が像を結べるようになってきた。  
 
 そのあたりで、那津子はようやく、直前の自分の乱れっぷりに気がついた。  
「っ……!」  
 ここ最近で一番激しく、それも一方的にイかされた。その事を認識すると、亮一相手でも  
さすがに本気で恥ずかしい。顔を見られない姿勢なのが幸いと言えば幸いだけれど、  
彼女の心情なんて幼馴染には筒抜けだろう。  
 火照った頭では言葉が出なく、何を言っても負けな気がして、那津子は暫し目の前の  
布団とにらめっこする。そんな彼女に、一度だけくすりと笑いかけてから、亮一はその腰を  
持ち上げた。  
「俺もそろそろ辛抱溜まらん。取り敢えず入れるな?」  
「はえっ? ちょと、なっ!……やぅうんっ!」  
 
 股を開かせて那津子を自分の腰に乗せると、彼はそのまま背面座位で挿入してきた。  
濡れ具合は十分だったし、直前まで指入れしていた甲斐あって、姿勢の割にはスムーズに  
入る。とはいえ、それは亮一の側からの感想で、達した直後の彼女の方はたまったものでは  
ない。まだ敏感なところへの強過ぎる刺激で、那津子は本気の悲鳴をあげた。  
「ひゃ、だめぇっ! ちょと、ちょとだけ、待ってっ……、やんっ!」  
「うん、奥まで入ったらやめるから」  
「いや、そじゃなくて、今がきついんだってばっ…んぁあっ!」  
 体が無意識に逃げて前へ倒れる。すると亮一も追ってきて、今度は後背位の格好になった。  
足場がしっかりした分、彼も動きやすいのだろう。一突き一突きがグイグイと深くまで入ってくる。  
最奥をずんと突かれた拍子に、入れ初めよりずっと固くなっているのが分かって、那津子も  
いい加減諦めた。ここにきて、女の方から止めることなんて不可能だ。無駄な抵抗はせず、  
さっさと最後までして貰った方が早い。幸い、姿勢が姿勢だけに、激しくされても耐えるだけは  
出来そうだった。刺激が強過ぎて、彼女自身は気持ちいいどころの話ではないけれど。  
 
 だが、こんなに風にたがが外れるくらいなのだ。彼だって長くは持たないだろう。そう  
腹を括って、那津子が掛け布団のカバーを握り締めた時だった。再び身体を持ち上げられ  
て、元の背面座位に戻されてしまう。  
「へ?……きゃんっ」  
 亮一のものが彼女の体重で沈みこみ、思わず甲高い嬌声が漏れる。だが、その後は  
何もなく、彼を荒い息を吐く那津子の後ろで、ゆっくりとその下腹を撫でている。  
 
「もう出た、わけじゃ、ないよね?」  
「えぇ? まさか。って、そんなのなっちゃんも分るでしょ」  
「ん。だけど、何で?」  
「なんでって、イったばっかで激しくしたら、なっちゃんが辛いじゃん」  
「………」  
「だから、取り敢えず奥まで入れるだけ入れて、あとはなっちゃんの回復をゆっくり待とうと  
思った次第なんだけどなぜかとても手の甲が痛いのです那津子さま」  
 
 それに特大の溜息で返して、那津子は右手をつねる指の力を抜いた。すると早速、  
「ほらほら、飲みごろ」などと言って、亮一が件のタンブラーを持たせてくる。  
「ささ、これでも飲んで落ち着いて。紅茶に罪は無いからね」  
 後半は私の台詞だろう、と突っ込む気にもなれず、彼女は勧められるままにミルクティー  
を啜った。確かに、飲みごろ温度でとても美味しい。無駄に数の多い亮一の趣味の中で、  
数少ない実用的な技術の一つだ。特に料理上手ということも無いくせに、牛乳を扱うの  
だけは上手かった。不注意にもそれをからかって、一晩中おっぱいを吸われる羽目に  
なった事が、高校に入って三度ある。  
 
「落ち着いた?」  
「ん」  
 そんな馬鹿な物思いをしているうちに、那津子はふと、先程の羞恥が吹っ飛んでいる  
ことに気がついた。一瞬、誤魔化してくれたのかな、なんて思いが頭をかすめる。しかし  
下腹を見やって、彼女はすぐにかぶりを振った。相方の「繋がったまま〜」願望は  
筋金入りだ。今だって、乱れた毛布を直すのにかこつけて、身体を揺すって中の反応を  
楽しんでいる。紅茶やらなんやらも、これがやりたかったための仕込みだろう。  
 ──まあ、そんなだからこそ、気負わないというのもあるのだけれど。  
 
 
 後ろ抱きにされて繋がったまま、暫し二人は取り留めも無いことを話し続けた。  
「今帰りってことは、朝からお出かけだよね。何してたの?」  
「食料品の買い出し」  
「えぇっ。こんな吹雪の日にわざわざ?」  
「そう…っん。ちょっと、イナゲ屋には無い物が要ったから」  
「最近あそこの品揃え悪いもんなあ。そのうち撤退かね」  
「でも、無きゃ無いで困る、…っ…」  
「特に、こんな吹雪の週末はなぁ」  
 
 ドア越しに聞けば、およそ情事の睦言には聞こえない。けれど、二人とて重ねた肌を全  
く意識していないでもない。むしろ心が寛いでいる分、性感を素直に受け止められる。  
 
「駅前まで出たってことはデパ地下?」  
「ううん、違う。南口に出来た方」  
「ああ。あの。妙にオシャレってか、けばいモール」  
「別にけばくは無いと思う。綺麗だし、結構いいお店あるよ…ん、ふぁっ……ぁ」  
「へー。じゃ今度、時間有る時、案内して、よっとっ」  
「やっ、あ、はぁっ、はぁ……んぅ…はふ。わかった」  
 
 時折、亮介が思い出したように腰を使う。その時ばかりは、呼吸が乱れる。でも、敢えて  
最後まではしなかった。興奮が一段落したら、或いは萎えかけた力が戻ってきたら、また  
息が整うまで一休み。螺旋階段をくるくる回って、踊り場ごとに休憩を挟んでいる感じだ。  
 無論、階段というからには、一回りごとに高みへ登っているわけなのだが。  
 
「はぁ、ふいー。わりぃ、俺だけ人心地」  
「ん。……まあ、私もそれなりに」  
「ところでさ、そんな遠くまで出張して、いったい何を買ってきたの?」  
「バレンタインの材料」  
「………ぶふっ!!」  
 
 突然、後ろからカフェオレを噴かれて、那津子は思わず首をすくめた。大した量では  
なさそうだが、肌着がべた付くのは嫌だなあとティッシュを探す。すぐ脇のちゃぶ台の上に  
見つけたが、手を伸ばすと捲られた胸まで布団の外に出てしまって寒そうだ。  
「ティッシュ取って」  
「ごほ、げっほ…ごめん、はい。 って、なっちゃんさあー。普通、そんなことあっさり  
言う?」  
「何を今さら」  
「いや、そうだけど、そうなんだけどな? こう、年頃の繊細な男心としては、渡す直前  
まで隠してて欲しいというか何と言うか」  
「一応、最初はぼかしたよ。けど亮ちゃんが深く突っ込むから仕方なく」  
「うむ、確かにそう言われると明らかに俺に非があるわけだな畜生すんませんでしたっ」  
 
 膝に抱えた娘の耳元で囁くには、明らかに大き過ぎる声量で、亮一は饒舌に捲し立てる。  
相手の頬が、こちらまで火照るくらいに紅潮しているのは、振りかえらなくても十分に  
分かった。  
 彼の考えることくらい、那津子には十分お見通しだ。今回も、ある程度は分かってて  
やった。しかし、ここまで激しい反応は予想外で、仕掛けた側にも獲物の照れが  
伝染してくる。  
「しかしあれだな、こんなドカ雪の中買い出しに出た健気な娘さんをわざわざ歩いて帰ら  
せるとかもう俺これから他県ナンバーの車見たら石投げるわ」  
「おいやめろ」  
「じゃあこの遣る方無い義憤を晴らすには一体どうすればいいんだ!」  
「素直に感謝の意でも表わせば?」  
「そうか、よし。………。」  
「……それを下半身で示そうとする発想は、さすがにどうかしてると思う」  
 
 けれど、そんな斜め下の誤魔化しが、本当に本気の精一杯だと分かるから。那津子は  
吐いた台詞ほど、悪い気はしていなかった。中でピクピクと跳ねる亮一のものを、こちらも  
力を入れて締め付ける。この流れで応えてくれるとは思わなかったらしく、彼はびっくりした  
ように動きを止めた。那津子が思わずくすりとすると、後ろからも照れ笑いの気配がする。  
 
 お互い、理由があるような無いような、そんなクスクス笑いを掛け合ってから、亮一は  
彼女を抱き直した。先程、まったりと身体を揺すっていた時は、全然違う硬さの物が、  
彼女の体奥を押し上げる。今度抽送を始めれば、もう最後まで止まれないだろう。座位の  
ままだと出しにくいって言ってたし、またバックの格好になろうかな。そう思っていると、  
亮一は意外にも一度身体を外してしまった。  
「やっぱ下になって」  
「え? ……うん、いいけど」  
 『入れたら出すまで抜かないのがセックス』などと日々頭の悪い発言をしているやつが  
珍しい。でも何だかんだ言って、正常位が一番落ち着くなぁ。中学の頃は、寝バックが  
いいだの何だのと、いろんな体位に付き合わされたけど、最後は王道に戻るってことなのか。  
 そんな酷い物思いに浸る彼女を、真正面から抱きしめて、亮一は言った。  
「那津子。今年もわる……あり、がとう」  
 
 
 それから相手に返事をする暇を与えず、彼は強い抽送を開始した。  
 だから、彼女も「お礼は貰ってからでいいんじゃない?」なんて茶々を入れる事が  
出来なかった。  
 だから、彼女は幼馴染の背中に手を回して、自分もギュッとからだを寄せる。  
 
 
「ふぁっ、ひゃぐ……んぶっ──ん、ちゅ、んんーっ」  
 反動で揺れる娘の身体を上から押さえて、亮一が強引に唇を塞ぐ。那津子も引き攣る呼  
吸を圧して、差し込まれた舌を必死に吸った。背骨を曲げて身を起こしかけ、体奥を突か  
れるたびに失敗する。それでも、首だけは上にもたげて、健気に幼馴染の口を追い掛ける。  
「んちゅ、ん、んっく──ぷはぁ、や…はぁんっ」  
 しまいには亮一の方が、上体を起こして唇を離した。首に回った彼女の手首を外して、  
布団の上に縫いとめる。体勢に無理が無くなると、抽送のペースがグンと上がった。  
 
「ひゃ、あ…っくぅう!─ひゃ…あう゛っ!」  
 相手の反応を楽しむのではなく、自分の終わりを目指した動き。今日は一度お預けを  
食らった上に、長時間入れっぱだったこともあって、亮一は相当に焦れているようだった。  
浅瀬や中間を擦り上げるような技巧は見せず、一突き一突きが一番奥まで入ってくる。  
 時間をかけてたっぷり準備してもらったから、那津子は激しくされても辛くは無かった。  
一緒にイくのは難しそうだが、それもそれで嫌いではない。理性を残している方が、相  
手が自分にのめりこむ瞬間を、よりしっかりと感じられる。一緒に気持ち良くなってしま  
うと、相手が一番の瞬間を感じる余裕が無くなってしまうのが、ちょっとばかり不満なの  
だ。「一緒に果てるのが一番幸せ」なんてよく聞くけれど、気持ちいいだけがセックスじ  
ゃないよなあなんて、最近の彼女は考える。  
 もっとも、それはいつでも一緒に気持ち良くなる相手がいる上での、贅沢なのかも知れ  
ないが。  
 
「ひゃあ……んあ、あんっ、はううっ!」  
 と、そんな彼女の雑念を責めるようなタイミングで、腰のペースがまだ一段と上がった。  
15cm差もある男が、本気で身体をぶつけてくれば、辛くはなくとも十分にきつい。  
瞼にはうっすらと涙が滲んで、余裕の無い幼馴染の顔がぼんやりと曇る。それを拭おうと  
思っても、両手はしっかりと押さえ付けられてびくともしない。  
 ここで、キスして、涙をふいてってお願いしたら、亮ちゃんは聞いてくれるんだろうか。  
それとも、流されるまま最後までして、終わった後で慌てるのかな。  
 
「ふぅうっ、あ──っ、あくっ…きゃん!」  
 だがいずれにせよ、那津子の身体にそんな戯言を紡ぐ余裕は残っていなかった。一度  
ギュッと目を閉じた彼女は、頭を振って眦の端から涙を落とす。そうして再び開いた瞳の  
先には、望み通り、余裕の無い亮一の顔が待っていて。  
 胸奥から湧いてくる、歓喜とも安堵ともつかぬ温もりに、彼女は知らず口元をほころばせた。  
 
「……っ、なっつっ、いくぞっ」  
「ひゃ、うん、やっ──はぅうううんっ」  
 喉を絞るように呻いて、亮一が身体を落としてくる。終わりを悟って、意識的にか、  
はたまた反射的にか、彼を包む襞がギュッと引き攣った瞬間。腰全体を震わすようにして、  
亮一の強張りが傘を開いた。  
 腰の動きがぴたりと止まり、代わりに挿し込まれたものが一定のリズムで脈打っている。  
それが遅くなるにつれ、彼の満足がゆっくりと自分に流れ込んできた感じがして、那津子は  
ふんわりと相好を崩した。  
 
  *  
 
 背中に回していた両手が疲れて、那津子はパタリと布団に落とした。すると、少し身じろぎ  
して亮一も顔を持ち上げる。そのまま彼女に深めの接吻落とし、一度胸板で乳房を押し潰す  
ようにしてから、名残惜しげに上体を上げた。  
 那津子としては、単に腕が疲れただけで、もう少し乗られていてもよかったのだが。  
しかし、普段よりも脱力している時間が長かったのは確かだった。  
 
「ちょっとお疲れ?」  
「いや、へばったってんじゃないんだが……まあ、何だ。焦らされた分凄かった」  
「その節は本当にごめんなさい」  
「いいっていいって。その分いい思い出来たんだし」  
 そう言って、亮一は存分に注ぎ込んだ娘の腹を、上から満足げに撫で回す。  
「あー…。いつもよりいっぱい出した?」  
「お、分かるか? 中でたぷたぷになってたりすんの?」  
「そんなんじゃないけど……普段より長く出てたのは分かる」  
「そんなもんかぁー」  
 
 感心したような、残念がるような、微妙な声色で感想を述べ、彼はぎゅっと腰を押し  
付けた。まだ大きさを保ちながらも、芯を失いつつあるそれがピクリと跳ねる。多分、  
幹の中に残っている分を、最後の一滴まで押し出そうとしているのだろう。  
 
「ん……。続けてする?」  
「そうしたいのは山々なんだが……あのデカタオル、下に置いたまんまでさ」  
「じゃ、しょうがない。一回抜いて」  
「うぐ。し、しかしだななっちゃん。俺的にはそのままでも構わないと言うか上から  
タオル敷くんでも同じじゃね?」  
「毛布にもつくよ。それに、布団カバー洗って叔母さんから白い目で見られるの嫌」  
「……お袋とすげー仲いいじゃん。白眼視されんのは俺だけだって」  
 
 ご近所さんとしては仲良くても、息子の女としては色々あるの。と那津子は思ったが、  
相方が大人しティッシュを取ったので何も言わなかった。数枚とって手早くお尻の下に  
敷き込むと、亮一は彼女の太股をしっかりと押さえて、腰をゆっくりと上げていく。  
「……んっ」  
 まだ結構な大きさを保っていたものが、ぬぷん、といった感じで抜け落ちる。一瞬遅れて、  
股間を熱いものが伝っていくのを感じ、那津子はきゅっと目を閉じた。「自分でやるから」  
という不毛な押し問答を、最後にしたのはいつだったのか。もちろん、それを忘れたら  
と言って、何も感じなくなったわけではない。  
 
 だがそんな少女の葛藤は余所に、亮一は白濁を零す秘所を熱心に眺めた。自然に溢れ  
出す分が無くなると、襞の内側に指をやって、入口をグニグニと刺激する。それでも出なく  
なったら、最後は中に指を入れて、耳かきのように掻き出していく。  
「ゃ…ひゃ…ん……ふぁ」  
 最後まで気をやったわけではないけれど、中途半端に冷めかけた身体は妙に敏感だった。  
時々、我慢できず声が漏れる。それが、亮一には面白いらしく、ややしつこい感じで胎の  
中身を捏ね回す。  
 しかし、那津子の方はこれがあんまり好きではない。事後に大股開いて弄られるよりは、  
重くていいからそのまま被さっていられる方がずっといい。そのことを、よくよく経験則で  
知っている彼は、引き際をしっかりと心得て手を離した。後は手早く後始末して、自分のも  
さっさと拭ってしまうと、乱れた布団をてきぱきと整える。  
 
「さ、床の準備が調いましてございます。冷えるから入って入って」  
「……はいはい。どうも、ありがとう」  
 わざと声に出して溜息をつき、那津子は布団の中に身を横たえる。身体を楽にして伸び  
をすると、思った以上に気持ちよかった。している時は気付かなかったけれど、変な姿勢  
でいかされたり、後背座位やらバックやらで、結構筋肉を使ったようだ。  
 一通りうんと伸びてから、那津子はぐたりと脱力して柔らかくなった。そんな娘の身体を、  
亮一は横臥して抱き寄せる。彼女の太股に当てられたものは、既に力を取り戻していた  
けれど、まずは一休憩するようだった。引き寄せる腕の力に逆らわず、頭を彼の顎の下に  
収めて、那津子は言う。  
 
「今日は泊まってっていい?」  
「おう、こんな日なら大歓迎」  
「………」  
「あ、いやそんな、別にいつでも歓迎ですよ。危険日でも生理中でも毎日ウェルカあ痛っ」  
「ありがと。まあ、今晩は亮ちゃん優先でいいからさ。明日、朝からちょっと手伝って  
欲しいんだけど」  
「いいですとも。何すんの?」  
「チョコ作り」  
「!!?」  
 
 刹那、亮一が音を立てて固まった。同じ吃驚でも、先程の照れ隠しとは違う、本気の  
唖然を体現して、あんぐりと口を開けている。  
 そんな幼馴染の腕の中で、当の那津子は器用に身を捩り、ずずずとタンブラーの中身を  
啜った。  
 
「──いや、あの、那津子さん。それはいくらなんでもあんまりでは……というか、そも  
そも俺ん家で作るつもりだったの!?」  
「亮ちゃん家の方が台所広いし」  
「いやいやいや、そんな理由でオープン過ぎるよ! バレンタインチョコを贈り先の家で  
作るとか聞いたことねぇ!」  
「ん。でも、同棲してたり夫婦だったら、普通にそうなるんじゃない?」  
「なっ…、──。つ、つーか、さっきお袋に見せた無駄な遠慮はどうしたんだよ?」  
「おばさん、甘いものには寛容だから大丈夫」  
「人ん家のカーチャンあっさり餌付けしてんじゃねぇ………ていうか、俺自分で自分の  
チョコ作らされるの……?」  
「ずず……分かった。亮ちゃんの分は私が全部やる。でも、余った材料で友達の分も  
作るから、そこ手伝って」  
「それならばまあ………いやしかし………何だろう、このモーレツな理不尽感」  
 
 この凹み具合といい、先の照れ具合といい、いささか大げさだなあと思いながら、  
那津子はタンブラーを傾けた。  
 無論、一介の女子高生として、イベントに盛り上がる気持ちも分からなくは無い。しかし  
自分たちは、今さらそれに縋らなければいけない間柄ではないはずだ。週末の午後、  
理由も無しに、肌を合せて紅茶を啜れることの方が、チョコより余程貴重だろうに。  
 
 とは言え、さっきの「ありがとう」が妙に嬉しかったのも、また事実ではあるわけで。  
 
 
「いいんだ。いいんだ。製菓業界の陰謀がどうした。俺は来年からバレンタイン撲滅  
運動に参加するんだ」  
「仮にも手作りチョコ貰える身でそれはどうなの」  
「その事実のために俺が明々後日に受ける受難を、女子高のなっちゃんは理解して  
いないんだ」  
「何もそこまで悄気んでも……。分かった、じゃあ、もう一つあげるから」  
「んー?」  
 半眼で顔を起こした亮一に、那津子は普段の無表情のまま、努めて平然に提案する。  
「三日早いけど、'わ'た'し'自'身'は、前渡しということで。」  
「…へ?」  
「……折角の、大丈夫な日でもあるし。今日は、何でも好きにしていいよ」  
 
 次の瞬間、それまでの悄然とした様子が嘘のような勢いで、亮一が上に被さってきた。  
普段だって相当に好き勝手してるくせに、現金というかチキンというか。そう、声に出して  
言ってやろうと思ったのに、何故かふわふわとした笑いが起こって、彼女は言葉を出す  
ことが出来なかった。  
 
 知らず、幼馴染が一番欲しがる幸せそうな笑みを浮かべて、那津子は亮一の背中に  
両手を回す。快感に頭を奪われる直前、せっかく入れてもらったミルクティーが冷めるのは  
もったいないなぁと、彼女はただ、そんなことを考えていた。  
 
 

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