「なんであたしだけダメなの? あたしだって冬至祭に行きたい!」  
そう言いながら藁色の髪の少女は両目いっぱいに涙を湛えていた。  
「いけません。リディア、あなたまた体を悪くしたらどうするの」  
だが、少女の母親はそう言って頑として譲らなかった。  
一年の終わり、その節目として村で行われる冬至祭は今夜が一番盛り上がる日であった。  
村の広場の真ん中で、焚かれた火を囲んで一晩中皆で歌い騒ぐのだ。  
この日のために笛やら太鼓やら楽器を練習している村人も多くいた。  
 
そして今夜は宴を盛り上げるために冬至祭の主役たる、妖精ユールス・ヨウルが  
人々と求めに応じて闇の中から現れるのだ。妖精といっても要は村の人間の扮装で  
出し物の一つなのだが。ユールス・ヨウルは古い妖精の名だ。  
来るべき春を迎える前に巡った季節の間の人々のふるまいがどうであったか  
調べにやって来て、そして善人には祝福を、悪人には罰を与える。  
 
その妖精を模した扮装は、山羊の頭の被り物に箕藁の服といったいでたちだった。  
鈴がたくさんついた杖を持っており、現れるとそれを派手に鳴らしながら  
『悪い子はいないか、それは取り替え子だ! 取り替え子は森の奥につれてくぞ!』と  
威嚇して回るので、小さな子どもは本気で泣き叫ぶが、ある程度大きくなってしまえば、  
それが村の大人の誰かだということは、はっきり分かっていたし、派手な見た目といい  
一種の禍々しさといい祭りを盛り上げるいい出し物といえた。  
 
村の広場をユールス・ヨウルは一周するが、子どもが良い子だと分かれば  
(もちろん“悪い子”などいない)次の一年にまた幸せが訪れるよう祝福を  
さずけてくれるのだ。その見た目からか、どちらかというと男児に受けがいい  
扮装だったが意外とリディアもユールス・ヨウルが好きなのであった。  
 
「だってだって行かなきゃユールの祝福、受けられないよ! 冬至祭でしか  
食べれないごちそうだってあるし、音楽やダンスだってあるのに」  
そう言いながらリディアはじだんだを踏む。だが母親の決意は絶対であった。  
 
リディアが生死をさまよう高熱を出したのはついこの間のことだ。  
冬の痛いほどの寒風に、また娘を死へと導かれてはたまらない。  
だいぶ良くなったとはいえ、せめて太陽のあがる昼間でなければ  
外に出す気はさらさらなかった。  
 
「いけません。アニエスだってそう言うわよ。ねぇアニエス」  
母親は、傍らにいる若い女に援護を求めて声をかけた。  
するとそれまで静かに横に立っていた黒髪の娘がそれを受けて応える。  
「そうだよリディア、お母さんの言うとおりだ。まだ咳もでてるだろう。  
夜は寒いからね、出てはいけないよ」  
 
「そうだそうだ。ほら、冬至祭は来年もやるんだからな。ケーキとかは  
お父さんがとっておいてあげるからもう今年は諦めなさい」  
母だけでなくアニエスに、父まで加わった三人から言われてはもうリディアの  
要求が通る節はなく、あきらめざるを得ないと分かり、それでもリディアは  
唇をつき出してぶすくれていた。  
 
「だって、だって……」  
ぐすぐすと涙ぐむリディアの頭をアニエスが撫でる。  
そして傍にしゃがむと小さな声で耳打ちした。  
「リディアがちゃんとベッドで横になって休むと約束するなら  
あとで私の魔法できれいなものを見せてあげる」  
 
「えっ、なにそれ!?」  
「まだ秘密。でもちゃんとベッドにいないと見られないからね。  
お母さんたちに隠れて祭りに行ったりしたら見逃してしまうよ」  
するとリディアはこくこくとうなずき、もうベッドに行くと言い始めた。  
変わり身の早さに苦笑しながらアニエスがリディアの家を後にしようとすると  
リディアの父親であるハルトマン氏がアニエスを呼び止めて何かを差し出した。  
 
君には本当に世話になった。……冬至祭おめでとう、よい年があなたに訪れますよう」  
アニエスは驚いた様子でハルトマン氏と飾り布とを交互に見た。  
そしてそれをぎゅっと胸元にあてる。  
 
「すごく……嬉しいです、ありがとう。また何かあれば私かタランに  
言ってもらえばすぐ来ますから。……冬至祭、おめでとう」  
 
外に出ると広場からの音楽が、大きく軽妙に鳴り響いていた。  
アニエスは歩きながらもらった飾り布を広げて見ていた。家に帰るまで待てなかったのだ。  
端切れをつなげて大きくした布には太陽を花に見立てた刺繍がしてある。  
 
(きれい……)  
思わずうっとりと眺めてしまう。出来もすごく良かったがそれ以上に  
アニエスの心を浮き立たせるのは、自分に贈り物をくれる人がいるという事だった。  
 
「やあ、アニエスさん。こんばんは、冬至祭おめでとう!」  
「おめでとう」  
酒の入った器を片手に赤ら顔であいさつをする男にアニエスも会釈して返す。  
同じように何人かから挨拶を受けた。少し前までこんなことは望むべくもないことだった。  
 
アニエスがやって来たばかりの時、薬やらまじないやらを仕事として請け負うと言う話をしても  
村の人間で彼女を頼るものはなかった。教会を気にして、という訳ではない。  
よそ者で素性も知れず、おまけに夫でもない男と平然と同居している娘だと、そう扱われたからだ。  
アニエスがあいさつをしても返事もかえってこないという事の方が多かった。  
 
まだ青年といえるくらいの村の牧師は、村八分状態の新入りを気にして  
礼拝にこないかなどと誘ってはいたが、それで村の人々に分かったのは、  
“よそ者”が洗礼すら受けていないという事実だった。  
 
牧師は人が良すぎるだとか、若い男だから美人に目がくらんで過分な親切を与えているだの  
何だの言われながらも、彼はなにかと村とアニエスの仲立ちをしようとしてくれていた。  
 
だが事の風向きが変わったのは、やはりリディアの病気がきっかけであった。  
ハルトマン氏の家の娘のリディアは大きな病気をしたことのない娘だったが、  
ふとしたことから風邪をこじらせて高熱を出した。その熱は下がらず、上がっていくばかり。  
うわごとすら意味をなさない言葉になって、ハルトマン夫人は止める者をふりきって  
魔女の家に向かい、泣きながらその家の戸を叩いた。  
 
そしてやって来た魔女とやらは三日三晩リディアを親身に看病しつづけ、快愈させたのだ。  
ハルトマン氏も夫人も、もう彼女を無視しようなどとはつゆとも思わなくなった。  
 
むしろ彼らは近所の人々にアニエスの手際のよさを褒めて話し、その薬がどんなに効いたか  
彼女がどんなに親切だったかを吹聴した。これまで無視してきた後ろめたさを払拭したいためか  
ずいぶんとそれは熱心だった。リディアも命の恩人によくなついており、屈託なく  
アニエスと話すので、そうして彼女は少しずつ村に受け入れられていったのだ。  
 
冬至祭に来ないか、という村の人たちからの誘いにアニエスは喜んで応えると  
森で兎を捕らえてシチューを作った。それを祭りの場に提供し、タランには  
力仕事を手伝うよう言い付けていた。  
 
そのためアニエスがリディアの家に行っている間、タランは薪運びを手伝っていたのだが、  
アニエスはその場にいなかったので、タランが細身の割に驚くくらい薪を持ち上げるのを、  
村の男衆が面食らって眺めていたのを知らなかった。  
 
タラン本人もそれをおかしいと思っていなかったために、余計に男衆に面白がられ  
彼は頼まれごとが終わった後も色々と話しかけられていた。  
突っ込んだ話も聞かれ、タランは正直な所どうしたものかと思案していたが、  
さすがに「あの美人のイロだなんてうらやましいね」と言われたのには吹きそうになった。  
そんな関係ではないと言い張ってはみたものの、どうにもこうにもで、タランは正直なところ  
辟易してしまい、戻ってきたアニエスの姿を見てようやく解放されるとほっと息を吐いた。  
 
*  
焚き火を囲んでの宴は賑やかだった。  
音楽もそうだが、その場にいる人間の笑い声や話し声がまるで絶えない。  
「おー、アニエスさん。あんたも飲んでいくかい」  
「いただきます」  
村の女から葡萄酒の杯を渡されたアニエスは、それに口をつけた。葡萄と香草の香りが  
広がってそれを飲み込むと体の中から、かっと熱くなった。とてもいい気分だと思う。  
アニエスはそのまま女たちの傍にいて――前に自分を口説いた若者たち、しかも今は  
酒も入っている、の近くに独りで行きたくなかったからだ――祭りの高揚の渦を脇で  
ながめていたが急に後ろからぐいと肩を引かれて驚いた。  
振り向くとタランが珍しく困ったような表情をして立っている。  
 
「お師匠様、そろそろ戻りませんか?」  
「……そうだなぁ」  
「なに言ってるの、まだユールス・ヨウルも出てきてないじゃないか」  
すると女がタランにも杯を差し出しながらそう言った。  
 
一瞬受け取るまいか逡巡したようだが、タランは結局それを受け取ると不意に首をかしげてみせた。  
「ユールス・ヨウルって何ですか?」  
その妖精を、タランが知らないわけはないのにそんな事を言い出したので  
アニエスは驚いて彼の顔をまじまじと見てしまった。するとタランは続けて、  
自分は王都の近くの街の出身なのだけど、そっちではそういった祭りはなかったから  
知らなかった、などといい始め、ますますアニエスは混乱した。  
「へーえ、都会の方じゃこういう祭りはやってないのかね」  
「いや単に僕が興味なくて覚えてなかっただけかもしれないんですけど」  
それからもタランは村の女性たちの質問に色々と答えていた。  
家を飛び出して、不思議な力に興味をもって魔女の弟子になったこと。  
そこで語られたのはアニエスも知らない、商家に生まれた青年の経歴だった。  
 
(誰だよ……)  
心中で突っ込みを入れながらアニエスはまた葡萄酒を口にした。  
「魔女さん魔女さん」  
すると村の子どもの一人が、たたっと走ってきてアニエスに声をかけた。  
「アニエスと呼んでくれるかな」  
「じゃあアニエスさん。……魔法って今ここでも使える?」  
「ものによるけど、なにかな?」  
少年が言うのは、どうも祭りを盛り上げる余興として魔法を  
見せてくれないか、ということらしい。  
「別にかまわないよ。大掛かりなことはできないけど」  
「ほんと!? ねー、魔法やってくれるってーー!」  
大声で魔法魔法と叫びながら親のところに走っていく少年の背中に  
アニエスはあせって手を伸ばした。  
 
「あああ待って! いや、やるのはいいんだけど……」  
魔法を見せること自体は構わないのだが、この祭りはおそらく教会と村の地主とで  
協力してやっているだろうに、そんな中で大っぴらにやっていいものか迷ったのだ。  
ただでさえ牧師には良くしてもらっていたのに。だが、アニエスと目が合った  
村の牧師は笑うと、ちょいちょいと自分の目を指差してそのまま手で覆った。  
見なかったことにする、という意味だろう。それを見てアニエスは表情をゆるめた。  
(本当に、いい人だよなぁ……)  
 
広場の真ん中の焚き火に近づくと、アニエスは炎に向かって唄うように何事かつぶやいた。  
すると、ぽっぽっと蛍火のように丸い炎が空中に浮かぶ。  
ただ単に、火の回りに存在する精霊や妖精たちに語りかけて姿の現し方を変えてもらっただけで  
大した事はしていないのだが、それでもおおーっと歓声があがった。  
それらはぐるり、と松明の周りを一周回ったかと思うとぼむっと弾けて消えた。  
すると、その瞬間を見はからかったのように太鼓がドコドコドコ、となり始める。  
鈴の音がしゃん、しゃん、と響き炎の明かりに照らされて山羊の面をかぶった男が現れた。  
 
「取替え子はこの村にはいないかー!!」  
 
毎年ごとのだみ声に大人たちは、おお始まったと笑っていたが、その異様な風体に  
幼児は泣き叫んでいる。ユールス・ヨウルの登場はいつも祭りの目玉だが、今年は  
いつもとは違う演出で村の人間たちは湧き立っていた。盛り上がりとともに  
楽器が激しく鳴らされ、皆、それを待っていたかのように輪になって踊り始める。  
 
その混乱に乗じて、アニエスが避けていた若者の一人が彼女の手を掴んでダンスの輪に引き込んだ。  
「うわっ……」  
「恋人になるのは無理でも、ダンスぐらいはつきあってくれるだろ?」  
青年はそう言って笑っている。彼らは強引だが屈託なく明るかった。アニエスは思わず苦笑する。  
「私は踊り方を知らないよ」  
「大丈夫だって!」  
ダンスはそう難しくはなく、教えてもらうとアニエスにもすぐ踊れるようになった。  
一、二、三でステップする足を変え、二、二、三でもう一度、次の三拍子で一回転。  
最初こそ足をもつれさせたアニエスだが、すぐに踊れるようになり、青年は上手い上手いと  
笑っていた。大体三回転くらいしたら、次の相手と組んで踊る。アニエスも輪の中で  
次の相手の手を取った。えらい爺様に見えたがダンスは得手のようでアニエスを  
上手くリードすると綺麗なターンをさせ、周りからやんやと歓声を受けていた。  
祭りの宴を炎が明るく照らし、音楽が心を弾ませる拍子を刻んでいた。  
 
*  
家に帰ってくると、アニエスは靴についた雪や泥をはたいて落としていた。  
「そういった事は魔法でできないのかい、魔女さん」  
「できなくもないけど、手でやった方が早いんだよ。商家の次男さん」  
その言葉にタランは、にやっと笑った。アニエスはさらに続けていく。  
 
「よくもまあ、あんなぺらぺらともっともらしい嘘がつけるもんだ。  
お前、結婚詐欺師とかになれるんじゃないか?」  
「なんでよりによって結婚詐欺師なんだよ」  
タランは指先を暖炉に向けると、ぱちんと指を弾いて火をつけた。  
 
そしてしばらく言いよどむように言葉を詰まらせていたが、ぼそっと言い始める。  
「……いやさあ、村の連中と話してたらなんか、僕はあなたの情夫なのかって言われたから」  
濡らした布で手を拭いていたアニエスだが、その言葉にアニエスは目を見開いた。  
 
「その場は否定したよ、もちろん。でもとりあえず、嘘くさかろうが、  
白々しかろうが別口からも誤魔化しておいたほうがいいかなと思って」  
 
なるほどね、と呟くアニエスを見ていたが、タランは急に悪戯を思いついたような  
顔をしてアニエスの腕を掴んで引き寄せた。  
 
「情夫だなんて、そんな疑われ方するなんて心外ですよね、お師匠さま?」  
そう言ってそのままスカートをたくしあげていく。臀部に触れ、その奥をすっと軽くかすめた。  
「ナニを教わってるんだって話じゃないですか」  
 
するとアニエスはいきなり身を折って笑い声をあげた。  
いつもはこの手の冗談を言ったりこういう誘い方をすると――大抵は最後には  
応じるとはいえ――嫌がるのに。反応が違ってタランは拍子抜けした。  
「アニエス、もしかして酔ってる?」  
「酔ってるかもね。でも、酔ってるからというより、あははっ」  
するとまた何がおかしいのか吹き出した。  
「情夫かー、情夫ねぇ……」  
タランの胸にもたれかかってアニエスはくすくすと笑う。  
よく見ればずいぶんアニエスの顔は赤くなっていた。  
「やっぱり酔ってるんじゃないか」  
 
「あながち間違ってないからなぁ」  
聞いているのかいないのか、アニエスは言葉を続ける。  
 
「あれだな、そんな勘ぐられ方をするなら最初から夫婦ってことにしておいても  
良かったかもな。その方がもっと早く受け入れてもらえたかも。  
でもそうすると、私がお前をあごでこき使うことに対してなにか言われたかなぁ。  
それに夫婦だって言いはったって教会の名簿も、持ってないしね……」  
だが、タランは顔を強ばらせた。  
「夫婦って……おかしいだろ、そんなの。魔物と人間が夫婦? 妖精あたりなら  
聞いたことあるけど、それにしたって不幸な結末ばっかりだ。とにかく僕は嫌だ。  
変だろ。君と僕とはそんな関係じゃないんだからおかしな事を言わないでよね。気持ち悪い……!」  
 
タランの言葉は暴言に近かったが、それでもアニエスは気分を害した様子もなく笑っていた。  
「……ただの冗談じゃないか。そんなツンケンするなよ。だから弟子にしておいたじゃないか。  
ああ、それにしてもお祭りなんて久しぶり。楽しかったぁ……」  
 
今まで一つの所にいられる事の方が少なかったから、こういう祭りなどアニエス達には  
あまり縁がなかった。確かにアニエスは楽しそうだった。楽しそう、というか嬉しそうというか。  
 
村の人間に囲まれて何を話すでもなく笑い合っているときや、勧められて杯を受け取る時。  
火明かりを受けて人の輪の中に溶け、踊っていたアニエスは幸せそうだった。  
妙に固まってしまったタランの手を取ると、アニエスは言った。  
 
「踊ろうよ」  
「はあ? いきなりなんだよ」  
「いいじゃないか。ちゃんと掴んでてね」  
タランの手を掴み、頭の上にあげるとアニエスはその場で一回転した。  
スカートがひるがえってふわりと廻る。だが足元がおぼつかず、よろりと  
体勢を崩すとどん、とタランの方へとぶつかってきた。  
「おっと」  
紫色の見上げる瞳がくるり、と廻った。かと思うと何か柔らかいものがタランの唇に  
押し付けられた。かすかに葡萄酒の味がする。それに気がついた瞬間、タランは  
アニエスから口を離すと彼女の体を持ち上げた。  
 
*  
 
寝台に下ろすとくにゃりとアニエスは横になった。服を脱がしながらタランは  
アニエスの頬を軽く叩きながら呼びかける。  
「ちょっと、煽っておいて先に寝るなよ」  
「分かってるって、寝てないよ……」  
気だるげな声でアニエスが返事をする。乳房をさぐり掴むと、アニエスは小さく声を漏らした。  
「ああ……」  
ゆっくりと揉むと、いつもより体温の高い柔肉が指になじんでいく。  
親指でその先端を転がすとその背が沿った。  
「んっ、う、あっ……」  
背中に手をまわしてタランはアニエスを起きあがらせると、勃ちあがった男根に手を添えた。  
それを見せつけながら、タランはアニエスにささやいた。  
「後ろを向いて」  
おとなしく従うその腰を掴み、入り口に先端をあてがうとアニエスの体が小さくふるえた。  
その入り口もひくついている。体が与えられる快楽を予期しているのだ。  
その反応の素直さにタランは、くっと笑った。そして硬くなった肉で入り口をこじあけていく。  
「あ、あっ、んっ、ああっ」  
後ろから貫かれてアニエスは悲鳴をあげた。  
反射的に前に逃れようとしても、腕をまわされがっちりと掴まれてびくともしなかった。  
後ろから抉られ、肉と肉が擦れ合う激しい感覚に翻弄されていく。  
 
「いや……、そこっ、いやぁあ」  
感じる場所ばかりこすられてアニエスは喉をのけぞらせて喘いだ。  
 
ぴん、と勃ちあがった乳首を掴み、タランはなおもそこを責め立てた。  
「あ、ぅああっ、あたって、る……っ、いやっ、あっ、やああ」  
悲鳴じみた嬌声がタランの心に愉悦をもたらしていった。  
それがタランの熱を更に煽り、その熱に浮かされるようにタランは  
腰を使って、奥へもっと奥へと自身を穿とうとした。じゅぶ、じゅぷっと  
淫らがましい音が響き、タランの腕の中の肢体がひくりと悶えた。  
「――――あ」  
 
力を失った体を支えて自分にもたれかからせるが、タラン自身はまだ達しておらず  
繋がりはまだそのままだった。  
「う……あ、」  
「一人だけでイクなよ。……まだ付き合ってもらうからね」  
そう言いながらタランはアニエスの口の中に指をつっこんだ。  
舌を掴み、挟みこみ、ぐちゅぐちゅと動かして口内を弄ぶ。  
 
「あぐっ、う、あっ」  
「噛むんじゃないよ。ゆっくり舐めるんだ。……そう、そうやって」  
アニエスは仔猫が鳴くような声を立てながら従順にタランの指の先を舐めていた。  
その感触に、ぞくぞくとした感覚が這い登っていく。  
蜜壼の中をかき回しながら舌を弄っていると、くぐもった喘ぎ声が響いた。  
「う……、あ、ふっ、ぐぅ……!」  
すると不意に痛みが指先にはしった。アニエスが噛んだのだ。故意にというよりも、  
タランに追い込まれて何度もくる愉悦の波に耐えようと力が入れたからのようだった。  
「あ……」  
その証拠にすぐ口の力が抜かれ開かれた。その唇の端から唾液がつうっとこぼれて落ちる。  
そして噛んだ場所に舌が労るように触れてきた。  
 
――痛みは甘やかだ。快楽は苦しいほど。  
自分が感じているのと同じだけのものを、この腕の中におさまっている、  
やわらかい体をした生き物にあげたいとタランは強く思った。  
 
指を口の中から引き抜くとタランはアニエスの体を前に、四つんばいにさせた。  
自分を埋めていたものを引き抜かれ、アニエスは切ない声をあげたが、導かれるまま  
膝を入れて下半身を高くした。だが力が入らないのか上半身はぐったりと寝台に押しつけている。  
そうしてむき出しにした入り口をタランは数度あたりをつけてもう一度挿入した。  
 
「もう……ぬるぬるだ…、奥まですぐ入っちゃうよ」  
「そん、な……と……」  
消え入るような声で抗議が聞こえたが、タランは無視して抜き差しを繰り返す。  
「ああっ、う、あああっ!」  
乱れながら感じるアニエスの媚肉が彼女の惑乱と共に熱を増し、  
タランの形に開かれたそこがまとわりついてくるのを感じる。  
射精感に呻き、タランはアニエスの腰を掴んで再奥までつき入れた。  
「ぐ…うう……」  
欲望がはじけて中に注がれていく。ずるっと抜き出すと、激しい行為に開かれた  
入り口がまだ閉じず、ごぽっと飲みきれない白濁を溢れさせた。  
「ふあああ……っ!」  
アニエスは流れ落ちていく精液の感触にシーツを握りしめた。  
 
*  
 
その後しばらくの間、寒い中で体を清める布をどちらが持ってくるかで  
もめていたが、結局モラと呼ばれる遊びで賭けて負けたアニエスが取りに行った。  
 
体を清めてしまうとタランは重労働をさせられて疲れたとか何とか言って  
早々に眠りについたが、横で身じろぎをしたアニエスは不意に引っ張られるような  
違和感を感じて彼の方に顔を向けた。するとタランがわざとか無意識か自分の髪を  
一房掴んで眠り込んでいるのを見つけ、アニエスは思わず顔がほころばせる。  
 
(……もー、なんだよ、もうっ)  
 
胸の中に暖かい喜びが広がっていく。だけれど、アニエスは分かっていた。  
この喜びを頼りに近づこうとしてもタランの傍まで行くことができないことを。  
 
タランが自分に対してどんな気持ちをもっているのか、それが未だにはっきりしない。  
 
気に入っている、とは何度か言われたことがある。その言動に好意を感じることはある。  
それでもアニエスが線を踏み越えて一歩近づこうとすると、彼はあわてて離れようとする。  
 
彼にとって交情は気持ちの証とはならない。そもそもが精を糧にしている生き物だ。  
実際、時折ふらっといなくなっては行きずりで女を喰ってきている節がある。  
愉快ではないが、アニエス一人の精では足りないというなら、それを責めることはできなかった。  
 
何度かはっきり自分の気持ちを告げようかと思ったこともあるが、そのたびに  
アニエスは迷ったあげくにやめた。  
 
タランはもう、さほど最初の頃ほど契約を嫌がってはいないし今ではこの生活に  
慣れたようだがそれでも彼が契約の呪で縛られていることに変わりはない。  
 
だから自分と一緒にいるだけだと、たまに彼がいうその言葉にこそ、もしも真実が  
あるのだとしたら自分のこの気持ちは無用な重荷でしかない。  
 
長い間に育った想いを今更捨てることはできないが、それでもそれを押しつけないだけの  
分別はあるつもりだった。  
 
(そうやって、これからもやっていけるさ……)  
そう胸の中でつぶやいて、アニエスはかすかに微笑んだ。  
 
*  
時間は少し遡り、アニエスがリディアの家を出てから数刻後。  
寝台の上で横になりながらリディアは、けほ、けほと小さく咳をした。  
きれいなものって何だろう。何がでてくるんだろう、わくわくしながらリディアは  
アニエスの言葉を信じて待っていた。  
すると部屋の中で急に鈴がなるような音がしてリディアは異変を察した。  
 
――、――ア。  
 
何かが聞こえる。耳を澄ましてその音をとらえようとすると、それは囁くような呼び声であった。  
『リディア、あなたがリディア……』  
「そうだけど……、ねぇ、だれ……?」  
すると、しゃらんという音と共に小さな美しい女の人が二人、横になっている  
リディアの胸のあたりに現れた。  
 
『私たち、貴女に会いにくるよう頼まれたの。お見舞いにダンスをみせてあげてと』  
 
彼女たちはうんと小さかった。おそらくリディアの手のひらにも乗ってしまうくらい。  
それぞれ背中に透明な羽根がついており、見たこともないくらい綺麗な顔をしている。  
一人は薄紅の靄のような服をまとっており、一人は青い流れる水のような服を身につけている。  
 
誰に頼まれたのかは聞くまでもなかった。  
(アニエスだ! きれいなものって、この妖精さんたちなんだ!)  
 
彼女たちは軽快な足取りでくるくると周ると、鈴を鳴らすような音をたてて光をはじいた。  
薄紅と青色が光の帯のように広がり、周り、揺らめくように消える。  
その美しさは、確かに人ならざるものの踊りであった。  
「うわぁ……」  
リディアは思わず感嘆のため息をついた。  
「すごくきれいね! あたし、あなたたちみたいに綺麗な人――あ、人じゃないか、  
妖精さんって初めて見たわ」  
 
羽根の生えた小さな女性たちは笑ったようだった。  
その笑い声までが、しゃらんしゃらんという音をたてる。  
 
『ありがとう、『ありがとう、うれしいわ……』しいわ……』  
二人が同時にしゃべるとこだまのように響いて聞こえる。  
その音が小さくなっていくのと同じように、彼女たちの姿も薄れて消えていった。  
 
「ああっ、またね妖精さん! すごくきれいだったわ――!」  
 
次の日、リディアは村に来たアニエスの姿を見て声をかけた。  
そして近づいてきたアニエスの腰にぎゅっと抱きつく。  
「アニエス、アニエス! わたし見たよ!! すごくきれいだった。なんていうか、  
なんていうかね、すっごーーくきれい!」  
どんなに感動したか、どんなに素敵だったかを彼女なりの表現で一生懸命話す  
リディアをアニエスは優しげに見つめていた。  
 
「……リディアは、妖精のことが好き?」  
「うん!」  
力強い言葉に、アニエスは微笑みを深める。  
「妖精のことが、怖くない?」  
「うん!」  
するとアニエスはリディアの前でしゃがみこんだ。同じ目線になってリディアは  
陽の光が差し込んで鮮やかに見える紫の瞳をじっと見つめた。  
 
「なら古い言葉を君に教えよう。知らぬでも良い知識だけれど、君が望むなら私は伝えるよ」  
リディアは少し戸惑っていたが、それでもはっきりと言った。  
教えてほしい、と。  
 
「……≪ドゥアンゴース・アイ・ヒー≫、姿を現せって意味だよ。妖精がいそうな場所、  
花が咲いてるところとか、あとは、日だまりとか、氷の上とか……そういった場所で  
これを言ってごらん。妖精がその気になってくれたら姿を見せてくれる。  
もちろん、その気にならないこともあるからね。ただ、荒れ地とか森の中とか沼では  
タチの悪いのもいるから使っては駄目だよ。  
目を合わせただけで相手を獲物と定めるやつもいるから」  
 
そしてちょん、と彼女の鼻に指で触れる。  
「あと一番大切なのは、姿を見せてくれた妖精にはちゃんとお礼を言ってね。  
それから、もしも名前を教えてくれる子がいたら……忘れないであげて」  
 
「……わかった」  
リディアは神妙な顔でうなずいた。アニエスが教えてくれた秘密はリディアの  
胸の中できらきらと輝くような力をもった。体を心配した母親にもう家に戻るよう  
呼ばれ、そのまま帰ったがそれでもしばらく、胸がどきどきとしているのを  
リディアはずっと感じていた。  
 
アニエスは昨夜の喧噪が嘘のように今は落ち着いた村の広場で、焚き火跡の傍に立っていた。  
 
「ドゥアンゴース・アイ・ヒー、ユールス・ヨウル」  
唄うようにアニエスが呟くと、煤けた組み木の向こうから小さな妖精が姿を現した。  
小鬼に似ているが、顔はもっと人の良い老爺のようだ。山羊の角に長いあごひげ  
藁を編んだ服を身につけている。現れた妖精ユールス・ヨウルにアニエスは礼を取った。  
 
この妖精はかつては古い神だったという。それが今ではこんなに小さくなってしまった。  
だが、彼はそれでいいのだというように微笑みを浮かべていた。  
 
神の中には今なお純然たる力をもって君臨するものもいる。人間をもてあそぶ力を  
もったものも、運命をひっくり返すような力をもったものも。  
だが、この神は自ら小さくなって人の小さな願いに応える存在になったのだ。  
かつてのような力を失ったものの、語り継がれ、愛され、名前を残している。  
 
彼は色々な場所で、祭りの篝火の下で、屋敷の炉端の近くで、降りしきる雪の中ですら  
願いを受けて現れるのだろう。そして今、アニエスの前に彼は現れた。  
 
アニエスは彼に会ってみたかった。願いはある。それはずっと心に掛かっている。  
だが、それは望んでも詮無いことだ。  
ユールス・ヨウルはアニエスを見た。すべてを見通すような深い瞳で。  
しかしかつての神は余計なことはなにも言わず、ただこう言った。  
 
≪娘さん、あんたにも祝福をあげようね。来る春のめぐみあれ≫  
 
ほわ、と周りが温かくなるのをアニエスは感じた。  
するとユールス・ヨウルはにこにこと笑い、また組み木の陰へと消えていく。  
アニエスは妖精が消える前に、その優しい祝福に小さくありがとうと呟いた。  
 
(おわり)  
 

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