「あ……ふぅっ、………ううっ」  
すすり泣くような声が薄暗い部屋の中に響く。寝台の上で二つの影が  
重なり合って動いていた。影のひとつは金色の髪の女で、黒髪の娘を  
抱えたまま嬲るようにしてその体をまさぐっていた。  
 
「あっ、あっ……んっ」  
しなやかな指で中を広げられて黒髪の娘は声をあげた。  
その額に汗が浮き、髪が額へとはりついている。  
 
「ねぇ、アニエス。どぉ、気持ちがいい……?」  
金髪の女がそう問いかけるものの、黒髪の娘――アニエスは  
息も絶え絶えにぐったりとしながらかすかな息遣いで  
あえいでおり、答えられそうもなかった。  
 
「返事をしなよ。……ねぇってば」  
「ふああっ」  
肉芽を指の先でつままれて、アニエスは身を折った。  
ずるずると落ちるようにして下がりながら、金髪の女の腕から逃れようとする。  
だが、しなやかな腕が伸びてきて彼女の体を抱きしめた。  
 
「やだ、もう……やだってば」  
アニエスは腕を振り払うように体を動かしたが、自らの手が触れた  
場所にむにゃりとした感覚があり、思わず目を見開いた。  
まろやかに膨らんだ乳房をまじまじと見てしまう。思わずたじろいだ  
アニエスの手を取って金髪の女は嫣然と微笑んだ。  
 
「さわってみて」  
 
* * *  
 
例の司祭の一件以来、村の人間はなにくれとアニエスに差し入れをしてくれて  
いたが、アニエスとしても好意に甘え続けるわけにもいかず仕事を請け負おうと  
考えていた。食べるだけなら庭や畑で育てているものや、森に入ればなにかしら  
猟れるので大して困らないが、日用品やら魔法に使うものであればやはりどこかで  
金銭が必要になるのだ。  
 
アニエスは村に住んでいる、以前に頼まれて薬を作ったことがある豪農に頼み、  
いくばくかの紹介料と引き替えに彼の知り合いに手紙を書いてもらった。  
要はなにかしら困り事あらば、という宣伝だ。うまく行けば御の字で、これで  
駄目なら街まで行って薬の行商だと考えていたのだが、彼の知り合いから一人  
返事が来たらしく、アニエスはやって来た依頼主の代理人に引き合わされ、紹介された。  
 
「……お話はだいたいわかりました」  
代理人を自分の家に招いてひとしきり話を聞いたアニエスは言った。  
 
依頼主は街に住んでいる商家の主人であった。代理でやって来たのはその侍従。  
つい先日、その家の主は長いやもめ生活を終わらせ、新しい奥方を迎えることに  
なったのだが、そこで問題が持ち上がったという。といってもこみいった事情ではなく、  
それは馬鹿馬鹿しくも単純な問題であった。しかし、切実な。  
 
やや老年にさしかかっている主人は、若い妻との楽しい第二の人生を迎える  
前段階として、男としての機能を試すために女性を呼んだのだが、どうにも  
役に立たなかったのだという。  
 
「それ以来、旦那さまはすっかり気が塞いでしまったようで。  
せっかく若い美人が嫁にくるのに何もできないなんて酷すぎる……。  
私はご主人さまが気の毒で……」  
そう言ってくっ、と目頭を押さえた従者にアニエスは神妙に返事をした。  
「そうですか……」  
それ以外に何と答えていいものか分からなかったからだ。  
 
「では、要は回春薬の作成を請け負えば良いのでしょうか。  
強壮剤と言い換えてもよいですが」  
 
代理人の男はアニエスの家の中に吊るされた干した薬草やら  
イモリの黒焼きやら、壺に入った木の実やらを眺めて、ほえーっと息を吐いた。  
「……愛の妙薬と言うんでしたっけ、三色すみれの薬でしたっけ。  
わたしが子供の頃、住んでた村にも魔女の婆さんがいましてね。色々作ってましたよ。  
眠り粉とか、くしゃみの薬とかも」  
商家の人間のせいか男は愛想が良かった。あはは、と笑うその反応に  
『魔女』に対する偏見は人それぞれなのだなとアニエスは思う。  
 
「くしゃみの薬ならご入用ならばいくらでも。それと、三色すみれは惚れ薬ですね。  
……眠っている人のまぶたに塗ると起きたとき最初に見た人間に恋をする。  
でも効果は短いですよ」  
アニエスはそう説明した。  
「いやぁ、でも美女と一夜でも情熱的な恋ができるってことでしょう。  
それいいなぁ。ご主人様のお相手も探しに行かなくてはいけないし、  
その時、店一番の花娘に使っちゃったりね」  
 
「お相手ですけど、わざわざ探しに行かれなくても  
お代金いただけるならこちらから参りますよ」  
 
奥から聞こえてきた艶やかな声に、アニエスはぎょっとした。  
それまで自分の冗談で笑っていた代理人の侍従も、目を見開いたまま  
固まったように奥を見ている。  
アニエスが振り返ると、そこには金色の髪を無造作に結い上げた  
肉感的な美女が立っていた。たれ目がちな瞳の横についた黒子がなまめかしい。  
 
「タラン……」  
苦々しげにそうアニエスが呟くと、タランと呼ばれた美女は  
うふっと愛らしく笑ってみせた。  
「いやだ、名前を間違えてますよ。私はターリャ。もういやだわ」  
「やー……これは、何とも…何というか、なんとも……お美しい方ですな」  
見とれるようにしてうっとり呟く男とは裏腹に、アニエスは  
げんなりとした顔をした。  
 
ターリャとやらは、しゃなりしゃなりと近づいてくると近くにあった  
紙にさらさらっと、相場に少し加えたくらいの金額を書いて彼に見せた。  
 
「これではいかが?」  
 
*  
 
「まったく何を考えてるんだ?」  
 
交渉の結果、結局夜伽役も依頼の内容に加えることになり、アニエスは憤慨していた。  
「だーって、アニエスがお金ないお金ないっていうから。  
いいじゃんか、ジジイに性春の喜びを思い出させてやりゃこの値段  
もらえるんだろ。特に大した裏もなさそうだし良い仕事じゃん」  
「良くないよ、わたしは体を売るつもりはない。  
ここの魔女は体を売るとか噂が広まったらどうするの。  
ようやくここに馴染んできたのに居辛くなるじゃないか」  
 
「そしたら、さっさとここも引き払って次に行けばいいじゃん」  
けらけら笑う女を前にアニエスは唇を引き結んだ。  
それから静かな声で言う。  
「……わたしはここでやって行きたいよ。できるだけ長く」  
「ふーん、あっそ」  
 
だがタランは興味もなさそうに気のない相槌をする。  
「そうできりゃ良いけどね。……まぁ別にいいじゃないか。  
何もアニエスにジジイの相手しろって言ってるわけじゃないんだし」  
 
「ここにそういう仕事ができるのが、わたし以外に誰がいるんだよ!」  
バン! とテーブルを叩いてそうわめいたアニエスの額に、  
いつもより細く小さなタランの手が触れた。アニエスはそのまま  
タランの顔をじっと見る。長いまつげに、青い瞳。そして笑みを湛えた  
ぽってりとした唇。見れば見るほどいつもとは違う顔だ。  
だが、笑い方や雰囲気などでアニエスには確かにタランだと  
感じることはできた。するとタランはにぃっと唇をつり上げた。  
 
「誰が君にやれって言ったよ。僕が行く。だからアニエスは薬だけ作ってよ」  
「お前が?」  
「そう」  
こくりとうなずくと、タランの金色の髪の結い上げた部分から一房がはらりと落ちた。  
「……お前が?」  
「なんて顔するのさ」  
アニエスはしばし苦悩していたが、薬の材料を揃えるのにも必要なので  
もらった前金をちらりと見て声を絞りだした。  
「人の紹介なんだ。変な真似はできないよ……でも、そうだな……今のお前は」  
「ちゃんと女だよ。もちろんここもね、見る?」  
「結構だ」  
下腹部の隙間を指差す女に向かって制するように手を上げたアニエスだったが  
ふと深刻な声を出した。  
「……大丈夫か?」  
「なんだよ、信用がないなぁ。うまくやるってば」  
 
最近、夜になるとタランはこのような女の姿を取っていた。  
アニエスにはその理由は分からなかったが、彼が姿を変えるのは  
今に始まったことではない。ここ数年は元の青年姿でいることの方が  
ずっと多いタランだが、それでも何度か女に化けて男の精気を喰ってきた事が  
あるのは知っていた。  
 
この姿もそうだし、別の女の姿をしているのを見たこともあった。  
それに関してはアニエスは口出しするつもりはなかった。なかったのだが、  
「……前から思っていたんだけど、その姿は誰か元にした人でもいるのか」  
「人って言うかー…。昔、いっとき関係のあった妖魔の娘。  
なんか精霊の血も引いてるとかでああ美形だなと思ったから。似せてる」  
「へー……」  
さいですか、とアニエスが力なく返事をすると  
「美人だろ?」  
そう言ってタランはくるりとその場で一回転した。  
「そうだね……」  
昔の女の姿に変身して男に抱かれに行く、というのはアニエスには  
理解しがたい感覚ではあったが深くは追及しないことにした。  
「いやー男を喰うのはすんごい久しぶり。どうやったかとか忘れてるかも。  
ちょっと楽しみっ」  
うきうきと言った様子でそんな事を言うタランをアニエスは白眼気味にみやった。  
「……悪趣味」  
 
*  
 
仕事をする、と決めれば準備が必要だった。  
日が落ちるとアニエスは蝋燭に火をつけテーブルに置く。  
そして水を張った盥をよろよろと持ってきて、その隣に置いた。  
水面が火明かりを受け、あたりのものを反射して映していた。  
ターリャの格好をしたタランはそれを見ると、物珍しげに周りをうろうろし始めた。  
「なにしてんの?」  
「サキュバスを呼ぶ。媚薬をつくるのに材料が必要なんだ」  
「ふーん。……前からこんなやり方してたっけ」  
「してたよ。失せもの探しの応用だもの。お前がいない時にやってたから  
見てないだけじゃないの?」  
アニエスが何事か呟くと水面に映る影が揺らぎ、女の顔が映った。  
それが揺らぎ、また別の女の顔。いずれも美しかったが不自然なまでに  
整った美貌の女もいた。皆、すべて精気を欲して人間の男を惑わす  
夢魔や淫魔といった悪魔の類だ。  
 
「へーえ、なるほど便利だ」  
「皆だいたいこの近くにいる。タラン、この中で名前を知ってる奴はいるか?」  
移り変わる像を見つめていたタランだったが、ある女悪魔の影に向かって  
指を指した。  
「ジュヌヴィエーヌ。……この子を知ってる」  
「よし、名前が分かったな」  
 
アニエスはそのまま盥の周りをぐるりと囲うように、白墨で円を描いた。  
自分の周りにも円を描き、それぞれに術式を書いていく。  
するとアニエスはジュヌヴィエーヌの名を口にすると、いくつかの言葉で  
こちらの声に応えるべく呼び続けた。  
我が声に応えよ、さすれば与えられん――と。  
 
すると盥の中身にさざ波がたち、それが収まると滑らかな水面は  
真っ黒な板のようになる。きぃぃんと鼓膜を打つような響きがあり、  
空気が張り詰めていく。  
アニエスがこの召喚円を介してかけた女悪魔への呼びかけに、  
向こうが答えたことによって扉が繋がったのだ。  
黒い円の中からぬっと女の手が伸びてきて、そのまま顔が、上半身が現れた。  
現れたのはジュヌヴィエーヌと呼ばれていた女。  
胸元が扇情的に開いた服を着ており、男心をそそる肉体と、勝気そうな  
瞳を持った美女であったが、その耳の造りがどことなく人とは違う。  
背中にも膜のある羽根がついていた。  
女はアニエスを見て紅を引いたような真っ赤な唇を開けた。  
 
「……あたしを呼んだ?」  
「こんばんは、ジュヌヴィエーヌ。君に頼みがあるんだ」  
ジュヌヴィエーヌは、アニエスを上から下まで眺めると  
すうっと猫のように瞳を細めた。  
「あんたさぁ、なんであたしの名前知ってるわけ」  
 
「僕が教えた」  
ジュヌヴィエーヌは、アニエスの後ろに控えている金髪の女に目をやると  
しばらく近目のように目を眇めていたが、鼻をくんと動かして叫んだ。  
「あんた、タラン!? しばらく見ないと思ったら使い魔になんかなってたわけ」  
 
「まあね」  
召還円の上に座って伸びをしたジュヌヴィエーヌは、けっと  
つまらなそうな声をあげるとアニエスに向かって指を向けた。  
 
「一匹子飼いの悪魔がいるのに、あたしが必要なの?  
誰か男を誘惑させたいならあいつにやらせれば?」  
そして指をタランへと向ける。だがアニエスは匙を手に取ると  
ジュヌヴィエーヌに向かってそれを差し出した。  
 
「この匙を舐めて欲しい。特別製の媚薬を作りたくてね。  
催淫作用のある君の唾液が必要なんだ。男相手には女悪魔のものが、  
女相手には男悪魔のものを使った方がやっぱり効果がでるから。  
して欲しいことはそれだけ」  
「……対価は?」  
アニエスはテーブルの上に置いた物を指差した。  
「このイモリの黒焼きと交換」  
「いいわ。すっごーく簡単なことだものね。じゃあ黒焼きちょうだい」  
「匙が先」  
ジュヌヴィエーヌは赤い唇をにっこり吊り上げた。すると手のひらを  
上にして差し出すように指をアニエスの方へと向けた。  
長く伸びた爪の先も朱色に染められているのが分かる。  
 
渡した匙をジュヌヴィエーヌは面白そうにアニエスを見たまま口に含んだ。  
しばらくしゃぶって、れろり、と出されたそれをアニエスは受け取った。  
代わりの対価を渡そうとすると、女悪魔が何故か体を引いたので  
アニエスはわずかに手を伸ばす。するとジュヌヴィエーヌはなぜか笑った。  
 
一瞬、嫌な予感がしたのだ。そして気がつく。魔法円から足が少しだけだが、  
出てしまっている。アニエス自身もまずいと思った時、ジュヌヴィエーヌの  
目がきらりと光った。伸ばした手を掴まれぐいと引かれ、アニエスは息をのんだ。  
 
「ねえ、ちょっとでいいから遊びましょ」  
腕をねじり上げられ、ジュヌヴィエーヌが座っている場所まで  
引きずり上げられてアニエスは痛みに顔をゆがませた。思わず匙を握り締める。  
「………っ!」  
焦りながらも何か武器になりそうなものを探していたアニエスだが  
タランと目が合った瞬間思わず助けを求めてしまった。  
 
「タラン……ッ!」  
すると、青い目がふっと細められる。タランはかすかに笑ったようだった。  
 
「はいはい、そこまで」  
タランはジュヌヴィエーヌに向かって手を打って声をかける。  
「ジュヌヴィエーヌ、それは僕の契約者だよ。身体の一部を食べたいにしろ  
抱きたいにしろ、まずは僕に筋を通しな」  
女の低い声でタランはすごみ、睨まれたジュヌヴィエーヌは肩をすくめた。  
「……わかったわよ、タランはケチねぇ」  
女悪魔はアニエスの腕をひねっている手に力をこめた。  
瞬間、手首に灼けるような痛みが走りアニエスはうめいた。  
「いっ………!」  
「また会いましょうね、今度はお目付け役のいないときに」  
そう言い残してジュヌヴィエーヌは召還円の奥に消えていった。  
黒い板のようになっていた水面が揺らぎ、次の瞬間盥の中身はただの水に戻った。  
 
アニエスはゆっくりと後ろを振り返る。  
「どじ」  
「分かってるよ……」  
 
女悪魔が握ったあとが火傷のように赤く爛れている。  
それを見てタランは片眉をあげた。先ほどまで笑っていたタランが、  
急に冷たい目をしてこちらを見つめてくる。  
 
「馬鹿じゃないのか。何やってんだよ、相手の悪魔がまだいるときに  
魔法円から出るなんて。かわいいかわいい妖精や小人なんかは  
君にとっちゃオトモダチ? で、お願いするのなんかお手のもの  
なんだろうけど、あの手の貪欲なのを相手にするときは隙を見せるな」  
 
確かにアニエスがうかつだったのだ。幸運だったのはあの女悪魔に  
アニエスに対して悪意も好意もなかったこと。アニエスを『引っ張った』のは  
単なる気まぐれでアニエスの反応を見たかっただけだ。  
本当にアニエスを害する気があるなら魔法円から引きずり出された時点で  
引き裂かれている。  
 
「分かってる、気をつけるよ。……助けてくれてありがとう」  
「……次は助けないからね」  
タランはそれだけ言うと、ふいっとそっぽを向いてしまった。  
座ったまま頬杖をついてアニエスから顔をそらす。  
 
手伝いを期待できそうもないので、アニエスは痛みをこらえながら  
自分ひとりで媚薬作りに没頭しはじめた。手にした匙を器に入れて置いておく。  
そこにマンドラゴラを漬けておいた油を三滴。  
コリアンダーを七粒に、エリュトライコンの実を一粒をすり鉢に入れ  
粉末になるまですりつぶしていく。アニエスは呪文を唱えながら  
全てを混ぜ合わせていった。  
 
これだけでも効果はあるが、できあがった代物は舌に刺激がきて、  
口に入れても飲み込みづらいので最後に特別なものを入れる。  
蜂蜜だ。アニエスは、棚から蜂蜜が入っている器を取り出すと傾けて  
慎重に中身をすくって材料の中に入れた。もうそれほど残りは多くないからだ。  
それをせっせと練っていく。あとは火にかけて水分を飛ばしてまるめればできあがりだ。  
 
作業をしていたアニエスは、ふと指についた蜂蜜をぺろ、と舐めた。  
ぽわ、と柔らかい甘味が舌に広がっていき、アニエスは  
一瞬手首の痛みも忘れ、思わず顔をほころばせた。  
するとそれまでずっと黙りこくっていたタランがぽつりと言う。  
 
「……みみっちいな。食べたいならガッと食べりゃいいのに」  
「う、うるさいな! 蜂蜜はすごい希少なんだから。  
いくらすると思ってるのさ。そんな沢山食べちゃ駄目なんだ」  
「そーかい」  
 
タランはまた背を向けて棘のある声で返事をする。何を怒っているのか  
分からないので、アニエスとしても対処のしようがない。  
何なんだもう、と思いながらアニエスはタランを放っておいた。  
 
だが、約束の日の前日までタランは不機嫌で、アニエスは仕事の約束を  
破られたらどうしようかと案じていたが、くだんの代理人が  
手配した迎えが来ると、タランはあっさりとそちらへと向かった。  
 
移動のときは目立たぬようにとアニエスは自分の持っている一番  
地味な服を着せた。だが、それでもこの姿のタランは人目を引く美女であった。  
わずかに憂いを帯びた顔をしているのが更に関心を引くだろうと思われた。  
 
「それじゃ、いってらっしゃい」  
そう言うと、タランはアニエスに向かって何か言いたげに口を開いたが、  
思い直したように向き直ってそのまま行ってしまった。  
 
アニエスはタランを見送ると一人そっと寝台に入った。  
 
*  
 
翌日アニエスは材料を片付けたり整理していたが、その合間に  
手首の傷のために薬を作った。赤く爛れた傷の痕にそれを塗り、布を巻く。  
その後は庭の状態をみて、収穫できる香草や薬草は摘み取ったり  
それなりにする事は沢山だった。そうするうちに日は落ちて夕方あたりに  
タランが帰ってきた。無表情で荷物の入った袋を棚へと入れた。  
 
「どうだった? 問題はなかった?」  
出迎えてそう尋ねるもタランは答えず、アニエスが手首に布を巻いてるのを  
見て、咎めるような目つきをした。  
 
「痛くないの?」  
開口一番がそれだったので、アニエスは最初何を言われているのか  
分からなかったが、タランが手首を見ているのでジュヌヴィエーヌの  
傷の事を言っているのだと分かった。  
「えっ? ……そりゃあ痛いっちゃ痛いけど……」  
そう言うと、タランはふとこんな事を言った。  
「治してあげようか」  
 
アニエスは一瞬迷った。ただでさえ自分のしくじりで危地に陥ったところを  
助けてもらったのだから、これ以上迷惑をかけることもなかろうと。  
口ごもっているとタランは視線を床に落とし、ふっと皮肉気に笑った。  
 
「でもただでとは言わないよ。……このままの姿の僕にやらして  
くれるって言うなら、治してやっても良いって話。  
アニエスは女とはしたことないんでしょ? 楽しいよ、なかなか。  
普通に頼んでも君、嫌がりそうだし交換条件ってことで」  
タランは金髪を揺らして華やかな表情を見せた。  
 
「別にいい。……もう薬、作ったし」  
その言葉をタランは鼻で笑い飛ばす。  
「君が作る薬なんか気休めみたいなものじゃないか。  
……それは魔法でつけられた傷だよ。そんなもの火傷の薬くらいで  
治るもんか。消えない痕が残るよ。痕がある限り、どこにいたって  
ジュヌヴィエーヌには絶対分かるし、魔物にも目立つよ。  
……僕はそんな醜い傷痕、大嫌い」  
「お前の体じゃないんだから別にいいじゃない。関係ないんだから。  
お前の力は借りなくても平気だし放っておいて」  
 
アニエスは魔法はともかく、薬作りには自信があった。  
それを『気休め』呼ばわりされればさすがに腹が立つ。  
するとタランが不快そうに顔をゆがめた。  
 
「アニエスのばか」  
そして子ども並みの罵倒をアニエスにぶつけたのだった。  
 
「僕が治してやるって言ってるんだから大人しく受ければ  
いいじゃないか。そんなに僕とするのは嫌なの? だったらそのまま  
醜い傷跡こさえればいいさ、わからず屋」  
 
アニエスはあっけに取られていた。そこまで怒るようなことではないし  
言っていることが無茶苦茶だ。要は自分が思い通りにならないからと  
いってへそを曲げているのだろうと判断する。  
 
(どうしようもないやつだな……本当に勝手なんだから)  
 
「聞いて」  
アニエスは手を伸ばして金髪の女の頬に触れた。胡乱に自分を見てくる目を見返した。  
 
「治してくれるならそれに越したことはないし、ありがたいけれど  
別にそんな変な交換条件なんかつけなくたって、お前がしたいなら、  
わたしはいつだって、ちゃんと応じるよ。魔力が足りない、精気が足りない  
やり足りない……そういう約束じゃないか。だから嫌とかそういうの  
じゃなくて、わたしのミスで犯した傷は自分で何とかするからってだけ。  
……ま、どうしてもそんな気分になれない、とか具合が良くないとか  
そういう時はさすがに勘弁して欲しいけど」  
 
タランはわずかに表情を緩めて顔を傾けた。アニエスの指が耳朶に触れる。  
「いまは、そんな気分になれるんだ……」  
「……お互いの、努力次第? とりあえずその喧嘩腰をやめてくれるなら」  
 
するとタランはその場に膝をつくと、腕をアニエスの腰に回して  
すがりつくように顔をうずめた。アニエスは自分に抱きつく女の  
頭に手を乗せて軽く動かすと、儚い光を弾く髪を指でわずかに乱した。  
「金髪って触ると柔らかいよね」  
 
すると布に押し付けたためにか、くぐもった声が響いた。  
「……アニエスってほんとに金髪女に弱い」  
「なんだって?」  
「いつもなら僕がこういう事すると嫌がるくせに、  
見た目がこうなら許すんだ」  
思わぬ言葉にアニエスは思わず笑ってしまった。  
「なにいってるの。それに金髪女に弱いって……」  
「だって本当のことじゃないか。今まで君が気に入ってた女は  
何人かいたけど、たいてい金髪女だった。今だってそうだよ」  
考えてみてもタランが言っている意味が分からず、仕方なく  
アニエスは尋ねてみた。  
「誰のこと言ってるの?」  
するとまたくぐもった声が聞こえた。  
「リディア」  
そこで一度言葉を切ってタランは顔を上げた。  
「アニエスは、あの子には態度が全然違う」  
「ば……っ、馬鹿じゃないの?」  
アニエスは思わず叫んだ。リディアは小さい女の子だ。  
それなりにでかい男に対してと対応が違うのは当たり前じゃないかと思う。  
 
するとタランがアニエスの手首を掴んだ。傷があるところだ。  
痛みに顔をしかめたが、タランは更にそこを強く掴む。  
そして黒い火花が散ってちりっとした痛みが走ったかと思うと  
急に熱くなり、タランが手を離した時にはそこはすっかり痛みも  
不快さもなくなっていた。巻いた布をほどいてみると傷跡など  
どこにも見当たらなかった。  
 
「ありがとう……」  
礼を言うとタランは口を閉じて唇を曲げたが、ぐいとアニエスの髪を  
引っ張って言った。  
 
「そんな言葉はいらないからやらせて」  
 
* * *  
 
しばらくはタランの好きにさせていたアニエスだったが  
ねちねちと指だけで弄られるのはさすがに限界が来ていた。隘路を数本の指で  
埋められてゆっくりと動かされるとぞくぞくと背中の辺りから震えがくる。  
そのままもう片方の手でくちゅりと敏感な場所をつままれて  
アニエスはひときわ大きな悲鳴をあげた。  
 
「ふあああっ」  
崩れ落ちた体を抱えられ、引き戻される。抵抗した手を取られ、思いのほか  
肉の詰まった乳房に手を触れさせられてアニエスは戸惑った。  
「さわってみて」  
そう言われても、どうしたらいいかわからずアニエスは首を振った。  
「いい……」  
「なんでさ。君にもついてるものじゃないか……ここをこうすると  
気持ちが良くなるだろ」  
下からすくいあげるように柔肉を集められ、もみしだかれる。  
官能的な感覚が高まっていき、アニエスは漏れ出そうになる声を  
唇を噛んでこらえた。耳元で囁かれる声は愉悦の響きがあった。  
「同じように、して」  
 
アニエスはおずおずと目の前の膨らみに触れた。自分がされたのと  
同じようなことをしていくと、段々と羞恥にも慣れてきて大胆になってくる。  
相手の乳首を親指で弾くと青い瞳に欲情の色が揺らめくのを見て、  
自分の行為が相手を酔わせていることに楽しさを感じるようになってきた。  
 
「あ……」  
どちらからともなく唇を合わせる。舌の根元をつつかれてアニエスは  
泣きそうなくらいの切なさを感じた。女の体はやわらかく、抱き合うと  
いつもより密着した状態になり、乳房と乳房の触れる感触に喘いだ。  
 
寝台に横たわり足を抱えられ、濡れた場所を同じように濡れた所に  
押し付けられる。ぐりっとこすられるとそこはぬめらかに滑り、  
妙なる感覚をもたらした。  
「ああぁ……」  
高まりはするが、解き放たれはしない。今夜の交わりはまるで  
現の狭間にいるような頼りなさでアニエスはゆるゆる続く快楽に眉根を寄せた。  
すると急に入り口に硬いものがあたり、こじ開けるように押し付けられた。  
「な、なに……っ」  
思わず驚いて身を起こそうとするとそのまま女とは思えない怪力で  
押さえつけられた。  
「女同士で、と思ってたけどやっぱり挿れないとなんかすっきりしないや」  
「ちょっと……なにこれ」  
タランの上半身は紛れもなく女のものだ。だが、その下半身は今では違った。  
アニエスの秘部には怒張した肉棒が押し当てられていた。  
「なにこれ!?」  
狼狽するアニエスに構わずタランはアニエスのそこに一息に押し入れた。  
「ああああっ!」  
十二分に潤ったそこは動かすたびぬちゃぬちゃと音を立てながら  
タランを受け入れていたが、ただでさえ倒錯的と感じる行為を  
強いられていたアニエスは、男と女、両方の肉体を持つ者に犯されて  
興奮したのか、きゅうきゅうと中にあるものを締め付けた。  
「あ……いやっ、……なんか変…ん…ううっ」  
「おっとと、すごいや。たまにはこうやってやるのも良いかもね」  
「い……やぁ、ちくび……押しつけないでぇ……っ」  
 
腰を使って体を押し付けるように抽送が繰り返されアニエスは、がくがくと体を震わせた。  
 
「おっととすごいや。たまにはこうやってやるのも良いかもね」  
タランはそんな事をいいながらずっぷずっぷと突いていく。  
アニエスはわななきながら仰け反った。  
 
「く……うっ!」  
呻き声とともにタランは中からずるりと引き抜いた。  
次の瞬間、アニエスの腹から胸にかけてどぴゅしゃっと熱い液体がぶちまけられた。  
「や、ああああ……っ!」  
 
くすくす笑うと金色の髪の女はアニエスの上に覆いかぶさった。  
「ちょっと、ついちゃうよ」  
「いや、面白いことを考えたから」  
そう言ってタランは、アニエスを引き寄せてお互いの体をすり付けた。  
ぬるぬるとした感触が気持ち悪いような、気持ちいいような不思議な感覚であった。  
全てが終わり濡れた布で拭き清めると、アニエスは気になっていたことを尋ねてみた。  
「どうして最近ずっとその姿でいたの?」  
「この姿、気に入った?」  
横になりながら肘をつき、巻き毛を指でくるくるさせてタランは  
答えにならない返事をした。  
「気に入ったならずっとこの姿でいてやろうか。……女の方が甘えやすいし」  
だがアニエスは首を振った。そしてかすかな微笑みを浮かべる。  
「元のタランの姿の方がいいよ……慣れてるし。  
その格好でいられると、一瞬知らない人といるみたいな気分になる」  
「元の、姿ね……」  
ふっと笑いタランはわかったよ、とだけ言うとそのままごろりと横になった。  
 
*  
 
次の日の朝、アニエスが目を開けると隣で寝ているのは茶色の髪の青年で  
アニエスはなんだか妙に安心してほっと息を吐いた。服に着替え、昨日  
タランがしまった荷物を確かめにいく。中にはきちんと報酬が入っていた。  
 
「ああ……それね。ちゃんと入ってるでしょ」  
起きてきたタランがアニエスの後ろで、くぁっとあくびをしながら言った。  
「どうだったの? ちゃんと薬は依頼人の役に立った?」  
昨日は返事のなかった質問をもう一度する。すると今度はけろりとした顔で  
タランはあっさり答えた。  
「うん。ジジイはごきげん。ターリャはご褒美に割り増し料金をもらえましたよ。  
気前のいいジジイは嫌いじゃない……」  
まだ眠いのかタランは目をしばしばと瞬いた。  
「割り増し!?」  
アニエスは内心歓声をあげた。お金に余裕があることは良いことだ。  
うきうきと聞き返す。  
「この中に入ってるの?」  
「ううん……割り増し料金分はちょっと使っちゃったから」  
「ああそうなんだ。……何につかったの?」  
別に怒ったわけでもなく、単純に疑問に思ってそう聞いたのだが  
タランは一瞬ぐっと言葉に詰まった。だがすぐに挑戦的な口調でこう言ったのだった。  
 
「君には教えない。……ターリャがもらったものなんだから、別に君に言う必要を感じないもん」  
 
(こいつ……っ!)  
かわいくない。タランはアニエスが金髪娘に弱いと言ったが、  
その傾向はあるかもしれないと考えた。昨日の金髪娘だったならば  
まぁ許せたかもしれない言動も、目の前でふてぶてしい笑い方をする  
男に言われると倍くらい腹が立つ。アニエスはどうやり返そうかとしばし考えていた。  
 
確かに、見た目の力は重要だ。  
 
(終わり)  
 

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