※注意 寝取られ要素があります。  
 
 
 
「これキッシュね。鳥と野菜が入ってるから。  
冷えちまっても、あたしのキッシュはいつ食べても旨いから大丈夫」  
 
幅広のスカートを履いて髪を結い上げた、いかにも働き者といった  
風情の女が籠を持ってそう説明をした。白い布をかけて蓋にしているが、  
籠からは絶えず食欲をそそる良い匂いがしていた。  
その籠を若い男が受け取る。明るい茶色の髪をした、柔和な雰囲気の男だ。  
名をタランという。タランはいかにも恐縮したように頭を軽く下げた。  
「いつもどうもすみません」  
 
「何言ってんのさ。アニエスにはこっちだって世話になってる。  
それに皆、アニエスには感謝してるよ……。こないだうちの宿六が  
腰をやられたときだってアニエスの作った湿布がよく効いたしね」  
そう言って女は屈託なく表情を崩して笑う。  
それを聞いてタランもまた、薄く微笑んだ。  
「良かった。……お師匠様にも伝えておきます」  
 
アニエス・ヴェグナーは魔女だ。  
それは、この村では誰もが知っている事だった。  
なかなかの美人だが変わり者。村外れの小さな家に住んでおり、不思議な力を持っている。  
さまざまな植物や、あるいは生物の死骸から、毒や薬を作ったり、  
妖精や精霊と言葉を交わして異界の力を使うと、そう言われていた。  
実際に村の人間が知るアニエスの力は、主に前者のものに限られてはいたが。  
村の人間は詳しく把握してはいなかったが、どうやら別の村や町、  
時には王都からも人が来て、アニエスの魔法を購っているようだった。  
 
アニエスがやって来たばかりの頃、最初に村にあいさつに来たのはタランだった。  
魔女だ、とは言わなかったが言外にそれを匂わせて「何かあれば相談して欲しい」と  
控えめにそんなことを話していた。  
自分はその家の下男兼アニエスの弟子なのでなにかあれば用利きに来ます、とも。  
 
だが、村の人間としてはアニエスが何者なのか分からない以上  
最初はつかず離れずの距離を保っていた。だが、ある時村の子供が  
高熱を出して死にかけたときに、それを知ったアニエスが魔法で薬を  
煎じて命を救ったことがきっかけとなって、親しく付き合いを  
持つようになったのだった。  
 
まぁ元々、村の若者の何人かはアニエスがやって来たばかりの頃にも  
自ら付き合いを持とうとはしていたのだが。  
鴉の羽のように艶やかな黒髪と菫色の瞳を持つ、謎多きアニエスは  
彼らの目にたいそう魅力的に見えたのだ。  
まぁ実際はアニエスにあしらわれておしまいではあったが。彼らの  
感想としては「怒ったアニエスの剣幕はバアちゃんそっくり」だそうだった。  
 
親しくなってからは話し好きの女たちは何だかんだとタランを  
質問責めにした。彼女たちの聞くところによると、タランは元々は  
街で暮らしていた小さな商家の次男坊だったらしい。  
だが今は人好きのする風の彼も、当時は問題児だったらしく  
目的もなく放埓な生活を送る彼に親が堪忍袋の緒を切らして  
勘当されたということだった。そんな折、アニエスの魔法を知り、  
自分もできるならばその異能の力を手に入れたい、と無理やり  
押しかけるようにして弟子入りしたらしい。  
 
だが師匠のアニエスに至ってはタランもどこの出身なのか、  
どうやって魔女になったのか知らないということだった。  
それが村の人間の知る魔女とその弟子の事情だ。  
 
「タランさん」  
帰路をたどろうとするタランを幼い声が呼び止める。  
振り向くとそこに明るい藁色の髪をおさげにした少女がいた。  
リディアという、アニエスが以前に命を助けた少女だった。  
 
「やぁ。どうしたんですか?」  
「あのね、前に頼んでたおばあちゃんの薬できたかなって」  
「ああ」  
リディアの祖母は関節痛に苦しんでいた。そのためアニエスは、リディアの家から頼まれて  
痛みを和らげる薬を作っていたのだ。それはそろそろできあがるはずだ。  
「多分もうすぐできると思うけど。できあがったら僕がリディアの家に届けにいきますよ」  
「あ、そうなんだ……」  
そう言いながらもリディアは手を体の後ろで組んだままもじもじとしている。  
リディアにはまだ何か言いたいことがあるのだ。  
「……お師匠様に会いに来ます?」  
タランが聞き返すとリディアの顔がぱっと明るくなった。  
リディアは命の恩人であるアニエスに大層なついていた。  
「行く!!」  
そう言ってリディアはタランに続いて、跳ねるような足取りでアニエスの家までの道を歩いた。  
アニエスの家は村からは少し離れた所にある。元は森の入り口にあった、打ち捨てられた庵だ。  
それがいつの間にやらきれいになっており、アニエスが暮らしていた。  
 
傍には家の広さ以上の庭が作られており、そこでは様々な花が咲き乱れていた。  
リディアはその庭がとても好きだ。深呼吸をすると草の匂いと甘い香りが混じったにおいがする。  
 
うきうきと庭を渡り、アニエスの家の扉を叩こうとしたリディアだが、  
「――リディアだろう、入っておいで」  
中からそんな声が聞こえてきて思わず息を飲んだ。  
振り向いてタランの顔を見ると、彼は苦笑してうなずいている。  
リディアがそっと扉を開けると、中では魔女アニエスがテーブルに軽く腰をかけて微笑んでいた。  
 
「こんにちは、リディア。この間頼まれた薬ならもう出来たよ。持って帰るだろう?」  
アニエスの物言いは独特だ。良く響くまろやかな声で男の子のような喋り方をする。  
そしてアニエスは今日も黒い髪をくくりもせず、結い上げもせず背中に自然に流していた。  
 
それがリディアは好きで自分もそういう風にしたいのだが、祖母などは  
「小さな子供でもないのに髪を上げないのは非常識。アニエスは魔女だから  
仕方がないが、リディアは絶対に駄目」とこれだ。  
 
「ねぇねぇっ、どうしてわたしが来たこと分かったの?」  
リディアはアニエスのスカートにまとわりついて尋ねた。  
薄紫のワンピースからはかすかにハーブの匂いがする。  
ゆるやかに膨らんだ胸元にはエニシダの刺繍がしてあった。  
リディアは刺繍が苦手だがあの意匠はきれいだと思い、今度母親にベストを作ってもらう時には  
同じ刺繍をしてもらおうと心に決めた。  
 
「ふふ、なんでだと思う?」  
そう言ってアニエスは悪戯っぽく笑う。  
「なにしろ私は魔女だから。森の鳥にでも教えてもらったか、ネズミにでも聞いたか」  
「いや、窓から見てたんですよ」  
横で、テーブルの上のすり鉢などを片付けていたタランがぼそりと言った。  
謎かけに勝手に横やりを入れられて、アニエスがかっと怒りを口に出す。  
「タラン!!」  
 
「だって、なんでここでそんなしょうもない嘘をつく必要があるんです」  
「お前なぁ、私は一応魔女で売ってるんだぞ。  
魔力があると見せつけなくちゃいけないじゃないか」  
「今のペテンじゃないですか」  
そのやりとりに思わずリディアは吹き出した。それを見てアニエスも笑う。  
怒ったり笑ったり、アニエスは子供のように表情をくるくる変える。  
リディアにとってそんなアニエスはとても親近感の湧く存在でもあった。  
 
「それじゃ、いいかいリディア。これを鍋で煮出したら、触っても大丈夫な  
くらいまで冷まして布に浸してからおばあちゃんの膝にあててあげるんだよ。  
火傷には気をつけて。こっちは飲むほう」  
アニエスはリディアのもってきた袋にそれらを入れると、一緒に絵で説明を記した  
紙を入れていく。出されたお茶を飲んで、菓子をちびちび食べていたリディアは  
袋を受け取ると、そうだ、とばかりにアニエスに言った。  
 
「あのね、お父さんとお母さんが話してたんだけど……。  
なんかね……今度、また新しい司祭さまがくるんだって」  
それを聞いてタランの体がぴくりと動く。  
 
この村の近くには教会の管轄の土地があり、そこには領主の屋敷にも劣らぬ屋敷がある。  
そこはこの近隣の教区主の屋敷だ。  
王都にある聖教会によって教区主を任じられた聖職者がその屋敷に住まうのだ。  
そして以前に屋敷の主であった司祭はこの村では正直なところ嫌われていた。  
 
中年の男で、どうやら王都で自身の地位をあげることに腐心していたようだったが  
急にこの田舎の村の監督に回されて当てが外れたとずいぶんと荒れていた。  
田舎の村の人間なぞ、目に入れるのもいやだという態度をやってきた時から崩さず、  
村人の歓迎に返したのは冷笑と侮蔑であった。  
 
当然村の人間とは折り合いが悪く、村の牧師などは司祭と  
村の間に挟まれて体調を崩したほどだ。  
 
「あの人嫌いだった。すごくやな人。王都に帰ってくれてほっとしたのに、  
今度また新しい人が来るってお父さんたち言ってて……。  
司祭さまなんかいらないよ。牧師さまがいれば教会には行けるもん。  
……多分、もっとくわしく分かったらアニエスにも話してくれると  
思うけど早めに知っておいた方がいいかなって思って」  
 
アニエスはにこっと笑うとリディアの頭をなでた。  
「そうなんだ。教えてくれてありがとう」  
誉められてリディアはうれしそうに頬をほころばせた。  
それを微笑ましげに見ていたアニエスだが、そっとリディアを諭しはじめた。  
 
「だけど、司祭さまがいらないなんて言っちゃいけないよ。  
政(まつりごと)はご領主さま、教会のことは司祭さまが  
リディアたちの村の面倒を見てくれているんだから」  
「……だって前の人、アニエスにひどいことしたんでしょ…?」  
 
リディアは具体的には知らないが、前の司祭がいた時の大人たちの反応で何となく理解していた。  
「今度の方は、立派な方かもしれないだろう?」  
しばらくうーんと考え込んでいたリディアだが、そうかもと呟くと小さくうなずいた。  
アニエスはそっとリディアの背中に触れて言う。  
「いい子だ。さぁそろそろお帰り、お母さんが心配してしまうよ」  
 
帰り際、リディアは袋を片手に元気よく手を振っていた。  
「じゃあ、また来るね! ばいばいっ」  
 
それを見送っていたアニエスだが、隣にいたタランが不意に  
くっくっと低い声で笑い始めたために、思わず眉をあげた。  
「なんだ」  
「魔女のくせに『さぁ人を信じましょう』みたいな言い方。  
アニエス、あなた修道女の方が向いてるんじゃありません?」  
 
男の姿は、先ほど少女の前にいた柔和な表情の若者のままだったが  
身にまとう雰囲気はがらりと変わっていた。  
 
「……なんのあてこすりだ」  
「たいした愉快な目に合わされて、まだ教会関係者を信じてるなんてね。  
ずいぶんおめでたいな、とそう言ってるんですよ」  
またタランは笑う。だがその目は微塵も愉快さを湛えてはいなかった。  
暗く、鋭い光をひそませている。  
 
「……別に信じているわけじゃない」  
「そうですか? なら、良かった。……提案なんですけどねアニエス。  
今度は事が起こる前に障害を取り除いておきませんか」  
そう言う男の、足元の影が歪に形を変えていった。  
「村に到着する前なら事故で済みますよ、不幸な……ね」  
ひょいと出された男の右腕もまた人のそれではなく、猛禽の足のような形に変わっていた。  
その先には鋭い鉤爪がついている。アニエスはその変化を驚きもせず見つめていたが、  
男の言葉には黙っていられず口を挟んだ。  
 
「よせ。あえてかまうな」  
「何でです」  
タランはアニエスに鉤爪を伸ばすと、アニエスの背中にそれを回した。  
爪を押し当てられながらアニエスはまっすぐに男の昏い瞳を見据える。  
 
「――悪魔タラン。私との誓いを覚えているか」  
アニエスの弟子を自称する男は唇をゆがめた。  
タラン。彼は商家の次男坊ではない。人ですらない。  
彼は魔女アニエスと契約した、彼女の悪魔なのだ。  
 
「あなたと契約してる間は“人間をむやみに傷つけることなかれ”。そう言いたいんでしょ?」  
「分かっているなら結構だ」  
 
だがタランは納得のいかない様子で斜に構えたままアニエスに言う。  
「……えらく庇うじゃないですか」  
「別に庇っている訳じゃない。これから来る奴のことなんか知らないんだから。  
ただ単に同じ教会関係者だからといってひとくくりにはしない、と言っているだけだ。  
私を……凌辱、したのは前の司祭で、次に来るのは別の人間なんだから」  
タランは思わず無意識に唇を噛み締め、不意の痛みで胸を占める不快感に気が付いた。  
 
前の司祭は信徒を導くどころか月に一度の村の訪問も億劫がっていた。  
 
だが、田舎の権力者として振る舞えることに気が付きはじめると生来の  
ものなのだろう、好色さを現しはじめ、村に滞在するときは見目の良い少女たちを  
使って酌をさせたりと聖職者としてはあるまじき振る舞いをし始めたのだ。  
 
そして誰から聞いたのか「この村には魔女がいるらしい」などと言い始め  
真実ならば由々しき自体、自分が魔女審問をする、などと言ったのだ。  
 
魔女でないという第一の証明は生娘であるということ。  
村の娘たちが生娘かどうかを確かめるという言い種に村の人間たちはいきり立った。  
司祭は気に入りの娘を邸に連れて行こうとし、泣いて許しを請う娘本人とその親との間で騒ぎを起こした。  
そこにアニエスが仲裁に入ったのだ。  
 
アニエスはあまりよろしくないと思しき司祭がやって来た当初から、自衛のために  
司祭が村にいる時には近寄らないようにと村の様子を鳥の目を通して見たり  
ネズミの耳を通して聞いていたが、こうなるともはや見過ごしてはおけなかった。  
 
薬師だと名乗り「徳高い司祭が来ていると聞いて村を訪れた。  
ぜひともその娘ではなく、自分を連れて行って欲しい」と訴えた。  
 
薬師はよく魔女だと言われることも多いが、疑いあらばぜひ自分のことを  
お調べくださいと言い添えて。しばらく考えていた司祭だが、アニエスの  
胸元や腰つきを見て連れていくことを決めた。  
言葉を失っている村の人たちにアニエスは笑みを向けた。  
自分は大丈夫だ、という事を示すために。  
 
「大した事じゃない」  
そう言ってアニエスは今もまたタランの前で微笑んでいた。  
だがタランはそれが気に入らない。吐き捨てるような声音で言った。  
 
「あなたは大したことなくても、こっちは大迷惑です。  
あなたに頼まれた偵察から帰ってみれば村の連中には縋らんばかりに詰め寄られるし、  
行ったら行ったで、あなた下手くそな魔法をあの男にかけてるし」  
「下手くそで悪かったな」  
アニエスは司祭に抱かれながら、魅了と暗示の魔法をかけていた。  
男はアニエスを抱いた所で変わらず次もまた、村の娘に手をつけようとするだろう。  
だからアニエスは男が自分の言いなりになるようにと試みていたのだ。  
タランは不機嫌そうに鼻を鳴らす。  
「結局、あの男にお帰りいただく暗示をかけたのは僕だし。  
アニエスにはああいうやり方は向いてない。面倒はごめんです。  
もうあんまり手間をかけさせないでくださいよね」  
 
「……じゃあ次はもっとうまくやるよ」  
苦笑していたアニエスだがふいに息を切った。  
タランが人の形に戻した手でアニエスの腕を掴んだからだ。  
どことなく不穏なものを感じて、アニエスはこくりと喉を鳴らした。  
「次ってなんです」  
「なに……。べ、別にたいした意味はないよ。お前が手間をかけさせるな  
とか言うから、じゃあ次は迷惑かけず一人でやる、と……」  
タランは唇を引き上げて笑った。  
「もし次も下種が来たらまた下種の相手してやるわけですか」  
「必要ならそうするってだけだ。……ただそれだけなのに何だ、  
なんで今日に限ってそんなに私に絡む!?」  
そう言ってアニエスは腕を掴む手を振り払った。  
 
その瞬間、タランは激しい怒りにかられた。何に対する怒りなのか自覚しないまま、  
凶暴な気持ちでアニエスを強引に自分の傍まで引き寄せる。  
噛み付かんばかりの勢いで唇の横に口付けると、驚いたように目を見開くアニエスの  
体を抱きすくめた。だがアニエスも必死で、タランの顔を手で掴んで  
引き離そうともがいていた。  
 
「……いきなり、何……するっ」  
「聖職者をたらしこむつもりなら、今のままじゃ心許ないでしょう。  
仕込んであげようと思ったんですよ」  
「な……っ」  
タランはアニエスがひるんだ隙にそのまま力ずくでその場に押し倒す。  
「ちょっと、嫌だこんな………離せっ!」  
身をよじって逃れようとするアニエスを押さえつけタランは  
彼女を上向かせる。そしてその唇に唇を重ねた。  
 
「んん……んっ」  
舌に舌を絡まされ、そのままねっとりと責められてアニエスは声をあげた。  
どうにかのしかかる体を引き離そうと腕でタランの胸を押すのだが、男の体はびくともしなかった。  
タランはアニエスを押さえつけたまま、片手で彼女のスカートをたくし上げる。  
「いや……、いやだってばっ!」  
抵抗も何のそので下着をずらすと入り口を探り、わずかに潤み始めたそこを  
指で刺激しながら、ずぷと先端を差し入れた。  
「あ……、あっ」  
その場所をくにくにと巧妙に刺激してやるとアニエスが何かをこらえるように眉を寄せた。  
細い手が、タランの袖を掴む。  
「なかなか悪くない反応で」  
 
微笑むとタランはアニエスのむきだしになった太腿を指先でつつ、と撫でていった。  
「…………ッ!」  
顔をのけぞらせ、びくんと身を震わせたアニエスはの横にタランは手をつく。  
そのままゆっくりと彼女の上に覆いかぶさろうとした時。  
どがっ、という音が響いた。アニエスがタランを蹴ったのだ。  
 
「なにすんですか、ひどいな」  
痛いというより驚いてタランは後ろに腰を下ろす。  
「やかましい!!……もうっ、あああ、もぉ……っ」  
アニエスはめくられたスカートをばっと直し、真っ赤な顔でぷるぷると震えていた。  
反応が面白くてじっと見ているとその目じりがかすかに光ったことにタランは気がついた。  
 
「……ちょっと乱暴に押し倒したくらいで、泣かなくたっていいじゃないですか」  
「誰が泣いてるか!! 別に泣いてない!」  
その釈明にタランはこれ見よがしにため息をつく。  
頭の後ろに手をやって、やれやれと言わんばかりであった。  
 
「なんかもう気が抜けちゃいましたよ。……なんなんですか、もう……。  
それでどうやって誘惑だのするんです。それともその気になれば  
妖婦みたいに振る舞えるとでも?」  
アニエスは、そんな風に聞いてくるタランから少しずつ  
距離をとろうとするも、スカートの裾を掴まれ阻まれた。  
 
「……その気というか、覚悟というか」  
「結局する事は同じじゃないですか」  
「わ、私にだって心の準備ってものがある」  
「準備しておけば、覚悟さえ決めとけばどんな事だって平気?」  
そうだと返事をしようとしてアニエスはひるんだ。タランが剣呑な目でアニエスを見たからだ。  
 
「……アニエス、言っときますけどね。あなたのやり方で解決できる事と  
できない事があることは理解しておいてくださいよ。この間の奴は小者だった。  
だからどうとでもできると思ったんでしょう。でも狂信者は魔女の誘惑には応じない。  
強い信仰心に生半な暗示は効かない。火に油を注ぐ行為だ。絡め手の通じない  
面倒な相手はさっさと殺すに限るんです。追いつめられる前にね。  
結局、前のあいつも、あなたが止めるからとどめをさせなかった。  
正気を戻して本物の魔女がいたとか吹聴したらまずいでしょうに」  
 
その言葉にアニエスは反論できない。そこにも真実があるからだ。  
タランは大きくため息をつく。  
 
「……平行線みたいだから、今回はとりあえずあなたをたてて様子を見ます。  
でもなにかあれば今度こそ殺しますよ。甘ちゃんな、あなたのとばっちりを食うのはごめんです」  
「……わかった」  
「それならいいです」  
そう言うとタランはアニエスの側ににじり寄り、その肩をぐっと押した。  
「なに」  
アニエスは思わず怪訝そうな声を出す。  
「さっきの続きですよ」  
「続き、するのか!?」  
「当たり前でしょ。血が上っちゃった分は鎮めてもらわないと。  
……ああ、また蹴られても困るから確認しますけど、心の準備は  
あとどのくらいでできそうです?」  
煽られ揶揄られて、アニエスは思わず顔を赤くした。だが、不意に視線を逸らして言う。  
「もう、平気……できてる……」  
その返事にタランの表情が好奇の色に染まった。  
「へーえ」  
「けど、ここじゃいやだ。……寝室に行きたい」  
タランは笑みを浮かべてやおら立ち上がると、アニエスの手をとった。  
「決まりだ」  
 
寝台の上で、二人は互いの服を脱がせあう。タランが脱がせようとしたワンピースが  
引っかかると、アニエスは腕をしなやかに動かして、まとわりつく布を脱ぎ捨てた。  
白い裸身が薄闇に浮かび上がる。細い首、鎖骨から乳房へと続く稜線をたどり、  
タランはアニエスの胸のふくらみに触れた。大きさは手のひらに収まるよりもやや大きいくらい。  
吸いつくような感触を楽しみながら五指を使ってもみしだいた。  
 
「あ…、あ……っ…いたい、タラン……」  
ぎゅっと強く握りすぎたらしく、アニエスが小さく不満の声をあげた。  
そっと離した、その左の乳房。その下のあたりには三日月のような、  
猫の爪のような印がついている。入れ墨のように黒い印だ。  
これは昔にタランがつけた契約の印であった。  
まごう事なきアニエスがタランの魔女である印。何とはなしにそれを見ていると、  
ふとアニエスが目尻を赤くそめて目をそらした事に気がついた。  
何かと思えば勃起したタランの男性器を直視しないようにしているのだ。  
タランは悪戯心を起こしてアニエスの手を引っ張ると自身のものに当てた。  
 
「ひああぁっ」  
手のひらから伝わる熱とその感触にアニエスは悲鳴をあげた。  
「そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか。  
ほら、この形を覚えていてくださいね。あなたのなかに入れるモノの形……」  
「やめろ変態!! わ、わざわざこんなことして何が楽しい!  
するならさっさとすれば良いじゃないか! お前は変態だっ!」  
「ははっ」  
タランの前ではアニエスは時々、未だに物慣れない生娘のような反応をする。  
幾度も抱いているのにだ。これが演技ならたいしたものだがタランにはアニエスの反応はわりかし愉快であった。  
だが今日は間の問題か、ふと嫌な事を思い出す。  
 
アニエスは背徳の司祭にどんな風に抱かれたのかと。  
魔法をかけようと懸命だったようだが、肉体を蹂躙されて平静でいられたものか。  
痴態を見せでもしたのかと。時たま生娘のような反応を見せたからといって  
アニエスは処女ではない。悪魔とつがう魔女なのだから、快楽を肉体に覚え込んでいるのだから。  
 
「タラン……?」  
アニエスの声に不安そうな響きがこもり、その声で我に返ったタランは自戒した。  
基本的にアニエスとの行為は彼女から魔力を受け取るのが目的だが、  
今日のように単なる楽しみのために体を繋ぐこともある。  
そのいずれも楽しむのがタランの信条だ。  
なら、余計なことを考えるのは時間の無駄というものだ。  
 
「来て」  
タランは微笑みながらあぐらをかいて座り、アニエスを自分の方へと導いた。  
肉付きの良い尻に触れ、やわやわとその感触を楽しみながら足を肩幅に開かせる。  
「あ……ッ」  
敏感な部分に熱く硬いものを押し当てられ、あまつさえそこをこすられて  
アニエスの体にはこらえないようのない快楽のさざなみが走ったようだった。  
蜜を絡ませながらやわらかなその場所を押し広げると、ぬぶぬぶと亀頭だけをそこに埋めた。  
「あっ、あ……」  
「これ以上は自分でいれて」  
そう言って突き放すとアニエスがちらっともの言いたげにタランをみた。  
「そんな顔したってダメ。ほら頑張って」  
「だって、だって……ぅああっ」  
ずぶ、と深く埋めようとするも快感に浸るには腰がひけ、  
膝に力をいれて体を持ち上げると挿れたモノが抜けてしまいそうになる。  
それを繰り返していると、アニエスはかえって酩酊の具合を見せ始めた。  
 
「あああ……あ、あっ」  
「これは、これで……気持ちいいかも…でも、アニエス…ちゃんといれてってば…」  
「あ……ふ、うっ、うう…」  
タランの要請にアニエスはタランの肩に手をかけて、掴まりながら腰を落としていく。  
ずぶずぶとアニエスはゆっくりと身の内に、そそりたつ肉柱を納めていく。  
タランは自身をしめつける、温かな感触に愉悦の笑みを浮かべた。  
何とか最後まで挿れてしまうと、アニエスは息をつきながら  
タランへともたれかかってきた。それを抱えゆっくりと揺すりあげる。  
「入ってる入ってる」  
「ゆら、さな…で……あっ!」  
腰を掴まれたまま中をかき回され、アニエスは声を殺して天井を仰いだ。  
快感を感じる場所に当たったのだ。そこをぐりっと刺激すると  
タランを掴む手に指に力がかかり、肩に爪の感触を覚えた。  
 
「ん……あっ、あっ、ああーー」  
タランを納めているその場所がきゅうっと収縮する。  
瞬間、タランは射精感に呻いたが、その場では何とかこらえ、  
アニエスの中から引き抜いてそのまま彼女を横たえた。  
 
黒髪を汗で張り付かせたアニエスは呼吸を乱しながら何とか自分を  
取り戻そうとしているようだったが、まだ体は敏感なようで触れると  
ぴくんと小さく震えた。その膝を軽く掴んで、タランが挿入しやすい  
姿勢をとらせると、最初は咲き染める前のつぼみのようだった  
その場所はアニエス自身の愛液とタランの先走りとで濡れ、花開いていた。  
 
見つめられる羞恥からアニエスは頬を染め、目をつぶる。  
身を起こしたタランはその瞼に唇をつけ、お互いの上半身が触れ合うほどに  
密着して彼女の中を穿っていった。  
柔らかい体は抱きすくめるとタランの体にぴったりとくっつくようだった。  
 
ずぶっ、ぬぶっ、ぬぶっ、ぬめる液体が潤滑材となって先ほどよりも深く繋がっていく。  
いやらしい水音と、肉体自体のぶつかる音が響き、お互いの興奮を高めていった。  
「アニエス、…う……くっ」  
「……あ、あっ、だ……だめ、だめっ! あっ、あーーっ」  
眉根を寄せて押し寄せる快楽に耐えていたアニエスだが、ついに限界が来たらしい。  
ぶるっと震え、反動で中のタランをもわななかせた。  
それが呼び水となって欲望が白い奔流となってぶちまかれる。  
その全てを受けとめたアニエスはタランの腕の中でぐったりと身を緩ませていた。  
 
しばらく心地よい疲労に身を浸りながら、アニエスを見ると、彼女はいつのまにか  
眠ってしまったようだった。目をつむり静かに呼吸している。  
「……アニエース?」  
名前を呼んで見たが返事はない。やはり寝ているのだ。眠っているアニエスは  
起きている時よりも少し稚く見える。それが白濁で汚れているのが実に退廃的だった。  
タランはふと身を起こしてアニエスの乳房に触れた。そしてあたたかく柔らかな膨らみに  
刻んだ印をなぞる。魔女と悪魔とを繋ぐ印。それをタランは黙って見つめていた。  
 
今、心の内には怒りも激情もない。薄曇りの夜の空のようにただ穏やかに凪いでいた。  
そもそもなぜあんなに怒りを覚えたのかが自分でも謎だった。  
 
(……アニエスが無謀で頑なだからだ)  
悩んだ末、その考えに思い至った。  
(魔力をくれるっていうから契約してるのに。馬鹿な真似して殺されたりでもしたらどうするんだよ)  
アニエスが死んだら、定期的な魔力の供給源がなくなってしまう。  
見境なく人間を襲うのは今ではもう億劫だった。  
 
だからいなくなったら困る。  
そう結論づけてタランは、改めてアニエスの隣に横たわった。  
彼女の黒い髪の一房をつかみながら、もう一度心の中で繰り返す。  
 
(死なれちゃ困る。だから死なせない。絶対に。  
もう……アニエスは、誰にも連れていかせない……)  
 
そして瞼を閉じ、タランもまた夜の闇の中に意識を預けていった。  
だが、彼が心中で呟いたその内容がわずかに変わったことに  
彼自身はまったく気がついていなかった。  
 
(おわり)  
 

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