【 9 】  
 
 膝の裏を抱きかかえ、仰向けに体を開く姿勢のティアラを――ペインは悠然と見下ろす。  
 その姿勢により圧の高まった膣部周辺の下半身は、先程の前戯以上に恥丘の肉圧を盛り上がらせて、さらにはしっぽの付け根と肛門までその姿を露にさせていた。  
「んふふ〜。どう、ティアラちゃん? 『まんぐり返し』って言うのよ、コレ」  
『んも〜。何だかは知らないけど恥ずかしいよぉ、この格好』  
「どうして? だって今のティアラちゃん、こんなに綺麗なのに」  
 呟くよう言いながら、ペインはそのむき出された膣のクレバスに唇を埋める。そこから手を使うことなく舌先のみで内部を作繰り、唇で引き伸ばした小陰唇を、さながら食するかのよう甘噛みに咀嚼した。  
『あ、くぅんッ……ダメ、食べちゃダメぇ』  
 しかし先程以上のペインの濃厚な責めに、恥ずかしさに反してティアラの体はどんどん敏感になっていく。  
 やがて唇は充分に膣を堪能すると、そこからさらに下へと下降していく。そして、  
『え? あ、ダメッ。そんなところ舐めちゃやだッ』  
 ペインの唇は――熱に蒸れてぷっくりと盛り上がった肛門の肉壁を丸々包み込んだ。  
 さらにはその中で吸い出すよう刺激しながら、硬く閉じた菊座を舌先で堀り探る動きに、ティアラの羞恥心は限界に達する。  
『ダメぇ、そこは本当にダメだよ! ウンチの穴なんて汚いよぉ!』  
 あまりの恥ずかしさに抗いつつもしかし、直腸にジワリと広がる舌先のぬめりと温かさは、膣とはまた違った快感を伝えていた。  
 とはいえ、膣以上に排泄感の強い箇所を舐られる恥ずかしさ――そんな快感と羞恥(タブー)の板ばさみに耐えられなくなって、やはりティアラは涙ながらに行為の中止を訴える。  
 しかし、  
「だーめよ。っていうか、もう僕達の間に『汚い』・『恥ずかしい』は無しでしょ?」  
 そんなティアラの恥ずかしがる様すら楽しむかのよう、ペインは無邪気な笑顔を見せた。  
「それに、後でここでもエッチするんだから、今のうちに馴染ませておかないと」  
『え……お尻、で?』  
 掛けられるそんな言葉に、ティアラはその行為を想像する。ペインのあの先細りの陰茎がぬめりを帯びて直腸の中を出入りするその熱と感触を想像して――  
『はぁッ――ん、んう……ッ!』  
 ティアラはいとも容易く、想像だけで達してしまった。  
「あれれ? 考えただけでイッちゃった? エッチなのね、ティアラちゃんは。これでまだ処女だなんて信じられないのよ」  
『ふみゅう……ッ』  
 ペインの言葉責めに――図星を突かれたことが恥ずかしくて涙が浮かぶ。  
 
「あぁ、ゴメンねティアラちゃん。意地悪する気はないのよ」  
 そんなティアラが心底愛しく思え、ペインは優しく口付けした。  
『もう、バカ。本当にいじわるなんだからッ』  
「ゴメン、ゴメンね。どうしても好きな女の子には意地悪したくなっちゃうのよ」  
 鼻をすすり涙目で訴えてくるティアラの髪を撫でながらペインも素直に謝る。  
「でもね、コレが『本当の僕』なのよ。――これでもティアラちゃんは、僕のこと好きでいてくれる?」  
『……もう、本当にいじわる』  
 そして再び訪ねてくるその問いに、ティアラは同じ答えを繰り返した。  
『こんなペイン君でも――こんなペイン君が大好きなのを知ってて聞いて来るんだから、本当にいじわるッ』  
「ティアラちゃん……」  
『もうこれ以上恥ずかしいのはいやだよ。だから、早くメチャクチャにして。――恥ずかしいことも恥ずかしく感じられなくなるくらい、君であたしをいっぱいにして』  
 そういって脹らませていた表情を笑顔に変えるティアラに、  
「うん、わかった。じゃあ――いくよ?」  
 ペインも頷く。  
 そうして立ち膝になり、ティアラの尻尾をまたぐようその前に立つと、ペインはそそり立った己の茎を膣前に添えた。  
「ちょっと湿らせとくのね」  
『え? あッ……』  
 そう言って根元をつまんだ茎を上下に揺さぶると、まるで小太鼓を打ち鳴らすかのよう茎の裏筋でティアラのクリトリスを打ちつける。  
『はッ、あ……いやぁ、ジンジンするよぉ』  
 そこから打ち鳴らされる音は、ヒタヒタと茎の表皮が張り付くものからしだいに、溢れ出す愛液にまみれたピチャピチャと水音の弾けるものへと変化する。  
 そして膣と茎、互いに濡れて準備が整うと――  
「じゃあ、入れるよ」  
 結合を前に、ペインはもう一度だけキスをした。  
『うん。優しくしてね』  
 それに微笑むティアラ。  
 そうして充てがった茎の先端を膣口に埋め――次の瞬間、ペインは一気にそれを根元まで差し込んだ。  
『ひッ――あううぅぅんん……ッ!』  
「あッ……は、入ったぁッ」  
 その挿入に対し、二人が最初に持った感覚は『灼熱間』それであった。  
 
 ティアラは己の体温以上の茎を内に受け入れることによって、そしてペインは内壁の閉じきる肉圧の中へ剥き出した粘膜を挿入することによって、互いの熱を強く感じたのだった。  
 そんな熱に、しばし繋がりあった姿勢のまま動きを止める二人。ペインはどうにか堪えたものの、ティアラに到ってはその挿入だけで絶頂を迎えてしまっているようである。  
「はあぁ、温ったかぁい……ティアラちゃん、大丈夫なのね」  
『はっ、あ、あッ――……う、うん。なんとか大丈夫ッ』  
 抱き合い、胸の中から見上げてくるペインの声にティアラも息絶え絶えに応えてみせる。  
「初めてだったけど、痛くない?」  
『ううん、平気ぃ……。それどころか、またイッちゃった』  
「そう、良かったのね。前戯の時から思ってたけど、ミルクドラゴンは処女膜が無いみたいね。人間の女の子だとね、この瞬間がすごく痛いのよ。だから、ティアラちゃんも『もしかしたら』って心配だったのね」  
『ううん、そんなことないよ。入った瞬間がすごく熱くてね、それから――すごく、気持ちよかった。今も繋がってる所からペイン君の熱とか鼓動がトクトク伝わってきてて、すごく気持ちいい』  
 伸ばされる両手に誘われるまま、二人はもう一度口付けを交わす。  
 そして、  
『――うん、大丈夫。ペイン君、動いていいよ』  
「ありがと。じゃあ、いくよ」  
 ティアラの言葉にペインも笑顔を返した。  
 正常位につながったまま、ペインはティアラの脇に両手をつくと僅かに結合部を動かし始める。  
『あ、くぅんッ』  
 しかし、  
――ティアラちゃんの体の方が大っきいから、安定しないのね。  
 いざ動く段に到り、そのことにペインは思案にくれた。  
 考える通り体格差のある自分とティアラとではうまく体位の維持が保てない。  
 膝をついてしまってはティアラの腰が高くなりすぎてしまうし、そうかといって完全に立ち上がってしまっては、今度は自分の位置の方が高くなってしまう。  
――かといって中腰のままだとストロークに力が入らないし、どうしたもんかね?  
 あれこれ思案したその時であった。  
 ふとティアラの尻の下から伸びている尻尾の存在に気付く。  
 
――これ……ちょうどいい高さなのね。  
 ふとした思い付きから、今まで跨いでいたそれに完全に座ってみるペイン。そうして維持される結合部の高さは  
まさに理想のものであった。  
「うん、これなら。――ティアラちゃん、いま君の尻尾に座っちゃってるんだけど、痛かったり重かったりしない?」  
『ふうふう……え? あ、大丈夫だよ』  
 その返事を受けて、ペインも俄然ヤル気に満ちる。  
――OKなのね。ならば、ここからが僕の真骨頂なのよ。  
  思いっきり気持ちよくしてあげるからね、ティアラちゃん。  
「動くよ」  
 そうして完全にティアラの尻尾の上に尻をつけ体を安定させると、ペインはそこから力のこもった一突き繰り出した。  
『あッ、はぁん!』  
 その一撃に体をのけぞらせるティアラ。初めてつながった時と同様の――否、その時以上の衝撃が体を突き抜ける。  
「まだまだッ」  
 それからゆっくりとペインの腰が引かれ、挿入されている茎がそのまま外れてしまうのではないかと思うほどに  
引き抜かる――そして、  
『くひぃんッ!』  
 そこから一気にまた、根元まで打ちつけられる。  
 コレを皮切りに、ペインの腰のストロークは徐々に一定のリズム・スピードを以て動き始めた。  
『はッ、あッ、すごいッ……すごい、気持ちいいよ、ペイン君ッ!』  
 そうして自分の膣内(なか)をかき混ぜるペインの茎の感触にティアラは息を飲んだ。茎の先端が押し込まれ  
奥底を打ち突くたびに鋭い快感が電流のよう体を駆け抜け、そしてその茎が引き抜かれて互いの粘膜が擦られるたびに  
脱力感を伴った鈍い快感が、ティアラの意識が遠くさせた。  
 そんなメリハリの激しい一突き一突きは、まさに絶頂の連続であった。前戯の時にも感じたその絶頂と覚醒の  
繰り返しに、しだいにティアラの意識も理性の箍から外されていく。  
『ペイン君ッ、ペイン――気持ち良いよぉ。もっと、もっと動いてぇ!』  
 後ろ頭へと伸ばされる両腕と、そして腰の上で絡み合う互いの尻尾とで、ティアラはより深い一体感をペインに求めていく。  
 
 それを受け、ペインもさらに締め付けを増してくる内壁の肉圧に下唇を噛んだ。  
――すごいのよ……この娘、『タコツボ』ってだけじゃないのね!  
 そうして自分もまた絶頂を迎えてしまいそうになっている感覚を、必死にコントロールする。  
 挿入時に感じられる内壁の触感・具合が極めて良い膣のことを、『名器』と表現することがある。今の行為の中で、  
そして遡っては前戯の時から感じていたこの『タコツボ』とは、 締め付けの良い膣――いわゆる名器のことを言う。  
 しかしティアラの内壁は、このタコツボだけに留まらない。  
 茎の先端が奥底を突いた時、その亀頭の背を粒状の内壁がくすぐる感触もまたペインは感じ取っていた。これこそは、  
――『カズノコ天井』ッ。こんなものまで持ってるんなんて……この娘、本当にスゴイのねッ。  
 それもまた名器のひとつに謳われる特徴である。  
 そもそも『名器』などという言葉が示すことからも、これら特徴は一般女性全てに備わっているものではない。  
この特徴をひとつでも持ち備えていれば充分名器たらしめるのである。故に、それらを二つも持ち得ている  
ティアラの膣にペインは衝撃を受けたのである。  
 しかし、  
『はぁ、はぁ、あッ……ペイン君、好き……大好きだよッ』  
 それでもしかし――やはり今のつながりが心地良いのはそれだけではない。  
「ティアラちゃん……僕だって愛してるよ、大好きなのよッ」  
 自分達を包み込んでいるこの、互いを愛し合う気持ちこそが一番の理由であった。  
 誰かを好きになるという気持ちだけは、理屈ではないのだ。  
「は、は、はッ……ん、んうッ」  
 そして、ついにその時は来た。  
 茎を通じて感じられる快感の受信が、今までのものとは一段違った形となってペインに伝わった。今まで以上に  
茎の擦れる快感が増し、茎の先端はより多くの血液が充血して肥大する。――射精が近づいてきているのだった。  
『あ、んんッ! 大きくなった……ッ?』  
 その変化にティアラも――その体もペインの絶頂が近いことを知って、より敏感に彼女の感覚を研ぎ澄まさせる。  
「ティアラちゃん……もう、僕イキそうなのね。我慢できないのよ」  
 眉元をしかめ、必死にその感覚に抗うペインを前に、  
『あたしも――あたしも、イキそうだよ。もうちょっと……あと、もうちょっとッ』  
 ティアラもその限界が近いことを告げた。  
 それと同時、  
『ねぇ、ペイン君ッ。最後は中に……このままあたしのお腹の中に出して』  
「え、えぇッ!?」  
 ティアラのとんでもない発言にその一瞬、思わずペインは射精感を忘れる。  
 
「な、何を急に君は――」  
『ダメ? あの熱っついのを、お腹の中で感じたいの』  
「だ、ダメなのよ! っていうか、君はそれの意味が判っているのねッ?」  
『…………』  
「もしかしたらそれで――君は妊娠しちゃうかもしれないのよッ?」  
 そんな『不安』がペインにはあった。  
 いかに他種族間とはいえ、その心配が無いとは断言できない。否、昔話にも竜が他種族と婚姻を結び、その子を  
宿す話は多々見受けられるのだ。竜が神格化されていた時代のことだった故これら話はおとぎ話となったが、  
『子が出来た』という件(くだり)それこそは紛う方なき事実なのだろう。  
 そしてペインは恐くなる。この行為の果てに、ここで生まれてくる子達のことが。――ティアラの家族が辿った  
運命を思い出す。  
 こんな荒涼とした土地に生まれ、その子は健やかに育つことが出来るのだろうか? 肥立を悪くしたという  
その母親と同じように、ティアラが我が身を危険に晒すことは無いのだろうか――そしてそんな考えの先には、  
己が国・レイノートの民達の姿があった。  
 しかし、  
『……判ってるよ、全部。赤ちゃんが出来ちゃうかもしれないことも、そしてこの土地でその子を育むことの難しさも』  
 そんなペインの心中を察したかのよう、ティアラは呟き、ペインの頬に手の平を添えた。  
『あたしだって、そこまで世間知らずじゃないんだよ? 今していることが『子作り』の行為で、もし赤ちゃんが  
出来ちゃった時のことをペイン君が心配してくれてるのも判ってる』  
「ティアラちゃん……」  
『だけどね――だからって、それは否定すべきことじゃないでしょ』  
 ティアラは微笑んだ。初めてここで見た時と変わらぬ、あの優しい笑顔で微笑んでくれた。  
『あたしはこの山が好き。お父さんとお母さんも好き。だからここに生まれてきた事に後悔もなければ、お父さんと  
お母さんの間に生まれてきたことも、すごく嬉しく思うよ。そして――』  
「……そして?」  
『ふふ。そして、ペイン君も好き。だからもしここでペイン君の赤ちゃんを授かることになっても後悔はしないよ。  
生まれてくる子だって、あたしと同じことを考えてくれると思う』  
「………」  
 
『きっとあたしのお母さんだって――今のあたしと同じ気持ちで、あたしを生んでくれたんだから』  
 
 もしもこの世界に『神様』がいたのならば――  
「ティアラちゃん……」  
 それはきっと、今のティアラのことを言うのだろう。ペインはそんなことを思った。  
 
「僕を――全部、受け止めてくれる?」  
 彼は訊ね、  
『全部くださいな。今はあたしだけに――あなたの全てを』  
 彼女も応える。  
 その言葉を受けて、腰を預けていたティアラの尻尾から両足を下ろして彼女を抱きしめると――ペインはその巨体を抱き上げた。  
『わッ、大丈夫なの、ペイン君? あたし、重いよ?』  
「最後は、こうしたいのね。男の子として――『ペイン・レイノート』として、君をこうして抱きしめてあげたいのよ」  
『ペイン君』  
 持ち上げた彼女を胸の中に抱きかかえると、ペインはそこから胡坐をかくようにして座り込んだ。  
 そうして座位となったその体位から再び動く。  
 いよいよ最後の瞬間が近いことを悟り、ティアラもまた全身の力を込めてペインを抱きしめた。  
「ん、くぅ……ティアラちゃん」  
 彼女の温度とそして愛を感じながら、ペインは初めて出会った時のことを思いだす。  
『あ、んぅッ……ペイン君ッ』  
 彼の温度と愛を感じながら、ティアラも初めてペインと出会った時のことを思い出す。  
 山道で彼を拾った時、こんな恋が始まるとは思わなかった――  
 山小屋で介抱を受けた時には、こんなに彼女を愛しく思えるなんて日が来るなんて想像も出来なかった――  
 だけれども今は、こんなに互いが好きだ。  
「ティアラちゃん……ティアラ、愛してるよ」  
 そうして互いの気持ちが、  
『ペイン……あたしも好き、愛してるッ』  
 体と心とがはじめてひとつになれた瞬間――  
「あぁ、ティアラ……ッ!」  
『んんうッ、んッ……!』  
 二人は絶頂を迎えた。  
 繋がる膣内と茎とが、満たされる精液によってジワリと温かくなっていく感触は、さながらそのまま溶けて  
ティアラとひとつになってしまったかのような錯覚をペインに覚えさせた。  
『はぁッ……あ、あッ……ッ』  
 そして胎内の奥底で弾ける精の熱に、その発射の勢いに、ティアラは胸の中に留まっていた熱や息苦しさが  
一気に頭を突き抜けていったような思いがした。  
 そんな第一波を激しく打ち出してから後は――茎は緩やかに射精を繰り返しては、体内の精全てをティアラの胎に染み渡らせていく。  
『んうッ……熱っつい、熱いよぉ、ペイン……ッ』  
 そんな膣の奥底で噴き上がる精の奔流を感じながら――ティアラは愛することの喜びを、この山にミルクドラゴンとして生を受けられた喜びを全身で感じ取っていた。  
「うん……温ったかい。温かいね、ティアラ」  
 そして、そんなティアラの膣の奥底で噴き上がる精の奔流をペインもまた感じながら――彼女と出会えた喜びを  
噛み締めるのであった。  
 
 
          ★     ★     ★  
 
 
 それからどれくらい時間が経ったのかは判らない――。  
 我に返れば、求め合っていたその時間は数夜を共に過ごしたかのよう長くも思えたし、また一瞬であったようにも  
感じられた。互いの過去を知り、気持ちを確かめ合い、そして愛を知った二人には、もはや過ぎ去った時間を  
数えるなどということは考えられなかった。  
「無理、させちゃったね。ゴメンなのね、ティアラちゃん」  
 仰向けに天井を見つめていたペインは、思い出しよう罪悪感に駆られてそんなことを謝った。  
『ううん。無理じゃないよ。大好きなペイン君とだから大丈夫だよ』  
 そしてそんなペインの言葉にも、その隣のティアラは健気に笑ってみせる。  
「で、でも――」  
 しかしペインの中の懸念は晴らせない。一時はその不安も掻き消したはずであったが、やはりこの行為に対する  
責任感は強くペインの中に残った。  
 そんな彼を諭しつけるかのよう、  
『出会いは――愛し合うことは一瞬だって、言ったよね?』  
 ティアラはペインへと、横たわらせていた体を向ける。  
『もし明日別れたら、もう一生会えなくなっちゃうかもしれない……あたし達の夜は今日で最後かもしれない……  
そんなこと考えるとね、ますます君のことが愛しくなって――そして、寂しくなる』  
「ティアラちゃん……」  
『だからね、ペイン君にはあたしの出来る限りのたくさんのことをしてあげたいの。そして君から貰えるものは、全て受け止めたい』  
「………」  
『だから、そんな大好きなペイン君が与えてくれるものなら、痛みだって嬉しい――だって、本当に好きなんだもん』  
 そしてティアラは瞳を伏せ、消え入りそうに『愛しています』と語尾を結んだ。その仕草に、そして想いに、ペインは胸の奥でまた下心とは違う何かが熱く鼓動するのを感じた。  
 ティアラは己の全てをこんな自分に差し出してくれた。『愛故に』と語ってしまえば陳腐かもしれないが、  
それでも今夜本物のそれを体験したペインにとっては、そんな彼女の言葉はこれまでに体験してきたどんなことよりも  
嬉しくて、そして感動的なものであった。  
 
「ティアラちゃんッ。僕こと好き? 愛してるッ?」  
 思わず聞いてしまう。彼女の口から聞けなければ不安になってしまう。  
『好きだよ、大好きッ。世界中の誰よりも、世界中のどんなことよりも愛してるよ。ペイン君もあたしのこと好き?』  
 そしてティアラも応える。彼女も訪ねる。  
「愛してるのよ! 僕だって――僕だって、君のことが大好きなのよ!!」  
 ペインも応えた。声の限りに、想いの限りにその気持ちを――紛う方なき己の『愛』をただ、ありのままに  
ティアラへと伝えた。  
 そうして、どちらかが求めるでもなく二人は再び体を重ねる。  
 言葉を交わしたのは、それが最後であった。  
 自分達の今の様を、人は『刹那的』だとか、『一時の感情に流されて』云々などというのかもしれない。  
 しかし、それが一瞬であっても悠久のものだとしても、人が誰かを愛する瞬間に抱く気持ちの真剣さそれには  
変わりは無いのだ。  
 愛し合う二人はそんな想いの元、『現在(いま)』という刹那を永久(とわ)に分かち合って生きていた。  
 だから二人はただ互いを求め合った。愛する以外に――もはやそうすることに言葉や意識などは必要なかったから。  
 互いは求めるままに求め、求められるままに応え――心を、体を、やがては夜(とき)ですらをも共有する。  
 愛し逢えたことが嬉しくて、そんな一体感がいとしくて、二人は互いの名を呼び合いながら――そんな『愛の名(うた)』を奏で合いながら、  
 
 いつまでも抱きしめ逢うのだった。  
 
 
 
 
【 10 】  
 
 時は絶え間なく流れ続ける。  
 それこそは老いも若きも、富も貧も性別も、もはや生物の垣根すらなく平等に全てへと流れ、与えられるものである。  
 そして命ある生き物にとってのそんな時間とは、けっして無限ではないのだ。  
 物が腐るとき、物が朽ちたとき、老いさらばえたとき――そして『別れ』のその時に、人はそれが限られたもので  
あったことを知り後悔するのだろう。  
 そんなことを、ペインは帰りの身支度をしながら考えていた。  
 支度とは言っても、もともと肩掛けカバンひとつだけの荷物では五分もせずに終わってしまう。それでも  
その作業を延々と、未練たらたらに長引かせているうちに、ついそんなことを考えてしまった。  
「ふう……」  
 もうこれ以上、支度のしようがなくなってしまってペインは小屋の中を見渡す。  
 石畳の床にレンガ造りの暖炉、飾り気の無い角材を組み合わせただけのテーブルに椅子が二脚と、そして今  
自分が帰り支度をしているベッドがこの部屋の調度の全てであった。――初めてここに来た時と何も変わっていない。  
 しかしペインの中では大きな変化があった。  
 面と向かって『それは何か?』と問われては答えるに難いが――単にそれは『愛することの尊さ』、そして  
『自分探しの答え』と言って間違えは無い。  
 そしてそんな風に自分を変えてくれた女性(ひと)こそ――  
『おーい、ペインくーんッ。何してるのー?』  
「んあッ? あ、はーいなのねーッ」  
 突然のティアラの声に我に返る。  
 そう。その声の主こそ、彼女・ティアラこそが自分を変えてくれた――成長させてくれた女性(ひと)であった。  
 自分を見送ってくれる為に彼女はすでに外に出ている。  
 実のところ、すでに出立の予定は三日も遅れているのだ。  
 これより前に出立の準備をしていた時には、そのことごとく彼女が隣にいた。そしていざ別れの段になり、  
『最後の思い出に』と口付けを交わし、そうしてさらに『これまた最後の思い出に』と抱きしめ合う内に  
ムラムラとして行為に及び、夜を向かえ、そして帰れなくなった。……そんなことがもう三日も続いている。  
 故に今日はペインの出立を前に、先に彼女が小屋の外に出たというわけであった。  
 
「はああぁ〜……」  
 改めて小屋を見渡し、もう一度ため息をつく。思い起こせば、たかだか二週間ほどの滞在でしかなかったにも拘らず、  
もはやここは他人の家のような気がしなくなっていた。  
 二脚ある椅子のひとつは後ろ足の片方が僅かに短い為、座るのにコツがいる。目の前のテーブルは中央にある窪みのせいで、  
いつもキレイに拭くことが出来ない。暖炉は奥行きが狭い為、火の起こし方が悪いとすぐに煤を出す等々――  
あまりにも彼女との生活が楽しすぎたがゆえ、ここでの記憶の全てはどれもが鮮明に心に残ってしまっているのであった。  
 それでもそれを振り払い、  
「――さよなら。また帰って来るからね」  
 ペインはようやくカバンを肩に掛け、小屋を出た。  
『あぁ、やっと出てきた。何してたの?』  
 小屋の前には、そんな自分に振り返り声を掛けてくれるティアラの姿があった。  
――あぁ……すごくキレイなのね。  
 振り返る彼女の金の髪が、生まれたばかりの朝陽を浴びて僅かに赤く、その色を透けさせていた。  
 もとよりミルクドラゴンの特徴として挙げられる、背を覆う『赤い鱗・体毛』は彼女にも僅かながら受け継がれて  
いるのだ。しかしながら、空を駆けていた頃には陽射しや風雪から身を守るために強く色素を帯びた赤いそれも、  
地に根付いて生きるようになっては不要となり、今のティアラのようにすっかり抜け落ちてしまっているのだった。  
『ん? どうしたの?』  
「――えっ? あ、いや、なんでもないのねッ」  
 彼女の声にまたも我に返る。今日はずっとこんな感じだ。  
 そして、別れの時は訪れてしまった。  
『さて、と。そろそろ出ないと、麓に着く前に日が暮れちゃうよ』  
「うん……そうなのね」  
『元気でね。また会いに来てよ。あたしはずっとここにいるからさ』  
「……うん」  
『良かったー、晴れて。今日はあんなに山が遠くまで見える。気をつけて帰ってね』  
「………」  
 ティアラの見送りを受けて、ペインは一歩を踏み出す。あとは笑顔で『さよなら』を言って歩き出すだけだ。  
 しかし――  
「………行けない」  
 立ち止まってしまった。  
 
「このまま行くだなんて――僕は出来ないのよ」  
『ペイン君?』  
「ティアラちゃん、行こう! 僕と一緒に――」  
 振り返るペイン。  
 しかしその言葉を遮るように、  
 
『ゴメンね。あたしは行けない』  
 
 ティアラは、ただそれだけを告げた。  
 そう告げてくる顔は、微笑んでいた。  
 あまりにそれを告げる彼女の顔が晴れ晴れとしていて――ペインは、それ以上何も言えなくなってしまった。思わずうつむいてしまった。  
『ゴメンね、本当に。君のことが嫌いな訳じゃないんだよ?』  
 そう笑いながら彼女も言葉を付け足す。  
『前にも言ったと思うけど、あたしは『この山』のミルクドラゴンだもの』  
「あぁ……」  
『それにここには幸せな思い出がいっぱいあるの。家族で暮らした思い出や――それから大好きな君と過ごした思い出が。  
そんな思い出がある限り、あたしはこの山が好き。だからここに居たいの』  
 そうであった。  
 その答えは、以前にも聞いたことであった。そしてその答えからペインは、『自分の在り方』を発見することが出来たのだ。  
「――君からそれを聞いて、僕は僕なりの答えを見つけたのよ」  
『答え?』  
「うん。たとえどんなに過酷な土地に住んだって、そこを愛している『気持ち』が消えない限り――その場所は消えない。  
例え地図から消えたって、いつまでもその場所は心の中に在り続ける。そんな想いがある限り、そう想い続けられる限り――  
人は幸せなのよ」  
『………』  
「僕の国は、そんな国民達がいてくれる素晴らしい国だったのね、今まで気付けなかったけど。――そして僕は、  
そんな国をもっと幸せな国にしたいと思ったのね。ううん、絶対にしてみせるのよ」  
 その想いを遂げられた日には――  
 その時はこそ――  
「君を迎えに来るのね。この山以上の――素敵な思い出をいっぱい作ってあげるから」  
『ペイン君……』  
 ペインは再びティアラを迎えに来ることを誓ってみせた。  
 
 けっして大きくはないその体を、胸を張って約束してみせるペイン。その時ティアラにはしかし、そんなペインの姿が  
どんな王様よりも立派に見えた。そしてそんな彼の作る国と自分の未来とやらを見たいと思った。  
『わかったよ。それじゃ、君が自分で認められる立派な王様になった時には迎えに来てね。お妾さんでも、  
小間使いでもなんでもいいからさ』  
「第一婦人で迎えるのよッ!」  
『もー、奥さんは一人(あたし)だけじゃないの?』  
 そうしてこの日、初めて二人の間に笑い声が上がる。  
「じゃあ、本当にこれで……」  
 そういってペインはティアラへとしばしの別れを告げようとする。  
『うん、わかった。たまには遊びに来てね、歓迎するよ♪』  
「もちろんなのねッ! この山の前を通る時には必ず寄るし、寝る時だってこっちには足を向けないのね」  
『大げさだなぁ、君も』  
「んふふふ。じゃあ、『さ――」  
 そして最後の締めくくりに『さよなら』を言おうとしたその瞬間――そんな言葉を遮るように、ティアラの口付けがペインの唇を奪った。  
 そんな一瞬の出来事に目を丸くするペインへと、  
『さよならは言わないで。――「いってらっしゃい」ッ』  
 そう言って微笑むティアラの笑顔に涙が浮かんだ。  
 その瞬間、ペインも悟る――彼女もまた、この別れを惜しんでいたことを。  
 だからペインも、  
「うん――いってきます。またね、ティアラちゃんッ」  
『さよなら』は言わなかった。『またね』といって、笑ってみせた。  
 
 そうして山を下るその中、ペインは何度も振り返ってはティアラに手を振った。彼女もいつまでもそこに立って、  
そんなペインを見送ってくれた。  
 緩やかに山を迂回しながら降りていくとやがてはそんなティアラの姿も見えなくなった。それでも振り返り、  
過ぎ去ったそこにペインは彼女の面影を思い描く。  
 そうして何度目かに振り返ったその時、切れた視界の山の彼方に抜けるような青空が見えた。  
 それに気付いて、改めて見上げる空には――  
 ふと見上げた初夏の空には、伸ばす手に触れてしまえそうなほどの青が一面に溢れていた。  
「あぁ……あんなに空が青い」  
 この山を登っていた時には、こんな空の青さが疎ましくも思えた。しかし今はそんなことなど微塵も感じない。  
なぜなら心はこの空と同じくらいに――否、それ以上に晴れ渡っているのだから。  
「ミルクドラゴンの女の子、最高だったのね♪」  
 そんならしくも感傷的になってしまっている自分が恥ずかしくなって、それを誤魔化すようにペインは呟いた。  
 そうしてもう一度、ティアラのいる村を望むようにして空を見上げる。  
 
 
 青空には竜によく似た雲が一筋――北の彼方へ飛んでいくのが見えた。  
 
 
 
 
                  【 おしまい 】  
 
 

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