【 1 】
ふと見上げた初夏の空には、伸ばす手に触れてしまえそうなほどの青が一面に溢れていた。
――いやだいやだ……あんなに空が青い。
そんな青空の眩しさに眩暈を覚えたような気がして、白毛の獣人・ペインは歩みを止める。
僅かに弾む呼吸の乱れを整えながら、今まで辿ってきた道を振り返りため息も一つ。首都帝都から北へ遠く
進んだ禿山の5合目――そこが今自分のいる場所であった。
その広大さゆえ、外縁から緩やかに円を描くようにして登るこの山の制覇には、実に気の遠くなるような
時間を要する。
今の行進も『登山』というよりは『丘越え』と言った方が適切だ。おかげで自慢の健脚に任せて夜明け前から
始めたそれも、正午をとうに過ぎてもなお、5合目をようやく踏みしめたばかりという有り様であった。
「目的の村はこの8合目……陽が暮れるまでに辿り着けるかどうか心配なのね」
途端、今までの疲労が一気に背中へとのしかかったような気がしてペインは深く長くため息をついた。
そうして山道から路肩へと外れ、その傍らにあった岩のひとつに腰を下ろす。
改めてそこから望む禿山の壮観には、まともな樹木の類はほとんど見当たらない。ただ山道の路肩や岩肌の一角に、
へばり着くよう生える僅かばかりの緑しか確認できない荒涼とした眺めは、この土地の貧しさを如実に物語っていた。
同時にそんな光景はどこか、今は遠き己の故郷の姿をもまた想起させるようで……
「これだから田舎は嫌なのよ……」
そんな記憶の再生にペインの心はさらに重く沈んだ。
こう見えて彼・ペインこそは、とある一国の第一王子であったりする。そんな彼の一族が統治をする
北都レイノートもまた土地の枯れた国であった。――否、『枯れている』どころかまともに植物すらも
生えてこないそこは、氷と極寒に支配された最北最果ての地である。
王族であることの例外もなく、そこでの暮らしは全てを切り詰めた過酷なものであった。
特産品はおろか、鉱物資源の採掘すら期待されない氷の大地では、おのずと民達の暮らし方も決まってくる。
妙齢になれば女は性を商品とし、男はその環境で培った屈強な肉体を傭兵という商売のなかで切り売りしていく。
……そんな暮らしは、『地獄』以外の何ものでもなかった。
今のペインの『王家の習いに則った武者修行』もまた、外貨獲得の為の出稼ぎと、そして自国の保護と援助を
諸外国に交渉する外交というのが正直なところである。
そんな使命を帯びて諸国を漫遊する多感な年頃の王子(ペイン)にとって、他国と自国との在り方の違いはあまり
にも衝撃的であった。
他国の民達は、多少の貧富の差はあれど実に裕福で、そして実に自由に生を謳歌していた。
そんな現実を目の当たりにしペインは自国の在り方と、しいては自分達種族の生き方に強く疑問を持ったのだった。
国とは何か? そして、そこに生きる意味とは?
我が身を売ることでしか糧を得ることの出来ない国などに存在価値などあろうものか? 民を苦しめる国の
どこが愛しいものか――民を苦しめる国を愛することのどこが誇りであるものか。
常々自問することではある。
しかしそんなペインの想いとは裏腹に、臣民達にこの国を『愛する』ことへの疑問を抱く者などは、ただ一人と
して存在しなかった。それどころかそんな国の民であることに誇りすら抱いているのだ。
――まさに呪いだ。
そしてそのことを考える時、決まってペインはこの結論にたどりつく。
護るべき力を持たぬ統治者など滅んでしまえばいい。そして――
「……愛される価値の無い国なんて、滅んでしまえばいいのね」
そう思ったからこそ、多感な少年は今日の自分へと至っている。
帝都に着いたペインは王族の肩書を――『ペイン・レイノート13世』の名を捨てた。自分の代を以てレイノート家を
終わらせてやろうと考えたのだ。
そのことを知れば民達はさぞそれに悲しみ、そして自分に失望することだろう。しかしそれよって皆が目覚めて
くれるのならば、そしてかの地より開放されるのであるのならばそれはきっと、国民達にとって正しい選択である
はずなのだ。
むしろ民達にそれ決起させることこそが、レイノート最後の王族となるであろう自分の、最大最後の宿題の様に
すら今のペインには思えていた。
と――。
「あぁ、ダメダメ。こんなこと考えてたらちっとも楽しくないのね」
ふと山脈にこだました野鳥の声に我へ返ると、ペインはそんな郷里への念を振り払った。
「こんな気持ちじゃ、いい仕事が出来ないのよ」
自分に言い聞かせるよう独りごつると、肩掛けカバンを漁りそこから数枚の資料を取り出す。これより訪れる
村の、『ミルクドラゴン』の資料だ。
そうして再び山道に戻り歩き出しながら、ペインはその資料を読むことに没頭する。
ともあれそうした経緯から王族を捨て自由に生きてやろうと思ったペインは、かねてより興味のあった
『ある仕事』についていた。
それこそは、風俗ライター。
帝都の一出版社から発行されている風俗誌『テラ・べっぴん』にて、『人外フーゾク特集』の連載を勤める
『みこすり丙淫(ぺいん)』こそが、王族でもレイノート種族でもない、今の自分であった。
もとよりペインを始めとするレイノート種は、苛酷な環境に暮らしている性質上、非常に精力の強い種族――
要は『スケベ』であった。
かの極寒の地では、一人の人間が成人に至るまでの生存確率はきわめて低く、そんな生存のアベレージを少しでも
上げる為に、レイノート種は繁殖力を持ってそれをカバーする。かくいうペイン自身も例にもれず、その愛くるしい
仔犬然とした風貌からは想像もできぬほどに絶倫で、そして底無しの精力の持ち主であったりする。
故に初めて帝都における性の奔流を目にしたペインは下心に胸高鳴らせると同時、それに対して強く感動もした
のだった。
ここにおける性とは、外貨稼ぎや種の保存などという『生き延びる為の手段』ではなく、あくまで『娯楽』の
一部であった。そのことに感動した。
食を嗜み、着飾ることを喜び、そして性(こい)することを楽しむ――それら人間にとって当たり前の営みを知る
ことにより、ペインは初めて己が『人』であることに覚醒した。
そんな感動こそが、今の自分の原風景である。
そして、そんな原初の強き感動を他の人々に伝えたいとペインは思った。
その結果、新生した自分こそが、『みこすり丙淫』であったというわけである。
それからというものペインは、傭兵家業で日銭を稼いでは色町に通い、そこでのサービスや女の子の特徴を
こと細かに記録して回った。
時にはボッたくられて痛い目をみることもあったが、そんなこともあの極寒の地での過酷な生活に比べれば、
むしろ刺激に満ちた楽しい経験であった。
そうして原稿が溜まると出版社にそれを送るを繰り返し、ついにこの春――投稿を続けていた風俗誌『ギガ・べっぴん』が
新雑誌『テラ・べっぴん』に新創刊されるのを期に、ペインも晴れて念願の風俗ライターへと起用されたのであった。
そしてそんな記念すべき連載第一回目――『ミルクドラゴンの女の子特集』の取材をすべく、ペインはかの種族の
集落があるというここを半日以上もかけて登っているという訳である。
「ミルクドラゴンはいいけど、エッチの最中に頭かじられちゃったりしなかろーね?」
なにぶん強行スケジュールで挑んでいる今回、出立時にはろくに目も通せなかった資料を改めてペインは確認する。
件のミルクドラゴンは自分達同様にその種の存続が危ぶまれている種族であるのだという。
ミルクドラゴンにも、大きく分けて翼竜型のモノと人竜型とで二種があり、絶滅が危ぶまれているのは後者の者達であった。
翼竜のタイプと違い翼の退化してしまった人竜は一箇所の土地に留まらざるを得ず、結果今日の衰退へと道を歩んでしまったのだという。
あるときは守護神、またある時は破壊神――斯様にして太古より、コインの裏表のよう正邪一体として崇められて
きた竜達も、とどのつまりは今のミルクドラゴン同様に、何らかの退化によってひとつの土地・環境にしか適応
できなくなってしまった竜の末路であるのだ。
口碑されるその正邪とて、竜が訪れることによって起こる『環境の変化』がどう原住民の生活に反映されたかの
結果でしかない。恩恵を受けた種族にとっての竜はまさに『神』であるが、一方で厄害を被った種族にとっての
彼らはとんだ『悪魔』だということになる。各所に伝わる竜の伝承に破壊と創生の違いが見られるのは、まさに
この『結果』なのだ。
そして今回のミルクドラゴンも、先達の竜達と同じよう退化しこの地に留まったミルクドラゴンの末裔という
訳であった。しかしながら先の話と違う点は、ここには彼女達以外の生命体がもう数えるほどしか生息しなくなって
しまったということである。
かの地へ降り立ったその頃には、生活を共にするパートナーがまだここにもいたことだろう。しかし長き年月の
中でそれらは淘汰され、ある者は去り、いつしかこの禿山には彼女達ミルクドラゴンしか住まう者はいなくなって
しまっていた。
この山の荒れ様は今も実感している通りである。こんな植物すらまともに生えてこないような場所において彼女達は、
今も雨露を舐めるようにして暮らしているのだ。
――こんなところに留まっていては、増えるものも増えないだろうに。
そんな彼女達の境遇が、ペインの中にある郷里への念を再び呼び覚ます。
――竜の全てが神格化されて恐れられていた時代なんてとうに昔のこと。
なぜ山を降りて、他の生き物達と共存の道を選択しないのか。
確かに今もかの竜を信仰の対象として崇め奉り、はたまた禁忌として扱う地域は存在する――が、しかし。
多くの種族は竜への知識を正確に図り、近年となっては良き隣人としての付き合い方もまた確立しているのだ。
それ故この禿山に縛られ続けるがために身売りを余儀なくされている貧しきドラゴン達の姿は、同様に極寒の地で
か細く生きる己が臣民達の姿と重なって、いつまでもペインの心を重くするのだった。
そうして再び立ち止まりペインは空を見上げる。
「まったく、僕は余計なことを次々と。……全部この空が悪いのね」
さらには身勝手に独りごち、鼻を鳴らすようにため息をひとつ。
しかしながら考えなくてもよいことばかり考えてしまうのには、この山と空にも原因があるように思えた。
高低の境界を見失うほどに雲ひとつ無い青空と、一方で一切の光彩を消失させた禿山の光景は、そのどれもが
悠久泰然としすぎていてあまりにも変化に欠ける。
こうまで周囲の景観に変化がないと、やがては自分がいま何所を歩いているものか、さらには時間の知覚にまでも
それは影響をして、そこを行く者の精神を混乱させる。そうした距離感の喪失はやがて、外の風景ではなく内なる
己の心をのぞき見ることに意識を集中させてしまうのだ。
古の僧達は修行の一環として登山を繰り返し行ったというが、それは肉体や精神の鍛錬にのみならず、煩悩や
懊悩を持つ自分自身と向き合う為にも行われていたことなのだろう。
清廉なる志の下、真摯に己と向き合おうとする彼らにとっては有意義なものであるのだろうが――今まさに
『女を買う為』に山を登る俗物(ペイン)にとってのそれは、けだし拷問以外の何ものでもなかった。
故に今日のペインは空を見上げるたびに、
「いやだいやだ……あんなに空が青い」
故郷のことを思い出し、そして自分の矮小さに気付いては気を重くしているのだった。
「はぁ。こうなったら歩くことに集中するのね。村について女の子に会えればきっとこんなこと忘れちゃうのよ」
やがて手にしていた件の資料を荒っぽくバックにしまうと、ペインはさらに歩みを速めた。
修行僧でも神様でもない自分に、今の懊悩を消し去れる術が無いことは誰よりも判っている。ならば今はただ
歩くことだけに集中しようと決めた。
もう、何を思い出そうと考えようと関係ない。ただ内なる声に耳を閉じて歩き続けるのみだ。
そうしてひとり山道を行くペイン――目的地も己の中の答えもまだ、どちらも遠く険しい道程なのであった。
【 2 】
ひどい頭痛で目が覚めるとそこは――見知らぬ部屋のベッドの上であった。
「あれ……ここ、どこ?」
そうして依然横たわったまま、首だけ動かしてペインは部屋の中を見渡す。
石畳の床にレンガ造りの暖炉、飾り気の無い角材を組み合わせただけのテーブルに椅子が二脚――と、そして今
自分の寝ている巨大なベッドがこの部屋の調度の全てであった。
巡らせていた視線を再び石造りの天井へと投じ、改めて自分がここにいる経緯を思い出そうとする。
が、しかし――
「なんだろ? ――まったく思い出せないのよ?」
呟く通りそれらを思い出すことは叶わず、山道を登っていた以外の記憶は切って取られたかのよう頭の中から
無くなっていた。
しかしながらいつまでもこうはしていられない。
体を起こし、とりあえず今の状況を少しでも把握するべくベッドから降りようとしたその時であった。
『あ。目覚めたんだ、君』
突然の女の子の声。それに驚いて声の方向に振り向くと同時――
「わ、わわわッ」
『きゃ、危ない!』
うまく足腰に力の入らないことから前のめりに倒れそうになるペインを、声の女の子は駆け寄り抱きとめた。
「んむむ〜」
抱きとめられ豊かな胸の谷間に顔を埋めるペイン。胸当て一枚越しに感じられる豊満な乳房は水風船のような
艶と弾力でペインを迎える。その肉圧の中に飲み込まれていく暖かな感触はまるで、赤ん坊に還ったかのようだ。
『まだムチャしちゃダメだよ。恐いんだからね、高山病は』
笑みを含みながら諭す彼女の声もまた、母親のように穏やかで心地よくペインの耳に届く。
「あ、あの――」
そうして抱きしめられている胸の中から、おそるおそる声の主を見上げるそこには――雌の人竜(ドラゴン)が
一人、ペインに優しげな微笑を向けてくれていた。
そんな彼女の微笑とそしてその姿に、ペインは息を飲んで見蕩れる。
大麦の稲穂のよう綺麗な三つ網に編みまとめられた黄金の髪で背を覆う少女。そんな毛並みがランプのほのかに
紅い照明を受けて煌めく様は、晩秋の風景画さながらになんとも優しくそして心暖まる印象をペインへと覚えさせる
のであった。
『大丈夫? もう落ち着いた?』
そして再びの問いかけに我へ返ると同時、
「え? あ、うん。――あ、ごめんなさいなのね!」
ペインはその胸に触れていたことに気付き、急いで離れた。
平素日頃ならば、妙齢の女性に対しては半ば挨拶のようセクハラをするペインではあったが、さすがに命の恩人
(おそらくは)に対して無礼を働く訳にはいかない。
『うふふ、いーんだよ。遠慮しなくても』
そう言って快活に笑う彼女をペインは改めて確認する。
体長は2メートル弱ほど――面長の穏やかな面持ちと、洋梨のように下半身へ向かって脂肪を蓄えた豊満な体型は
人竜特有のものであった。
しかしながら何よりもペインの目を引いたのは――やはりその胸元。
たわわに実った乳房は赤の胸当て一枚では覆いきれず、あふれ出した下乳房をその下から大きくはみ出させていた。
――Iカップ……ううんJ? いやいや、もはや人間(ひと)を測る数値じゃ
この子は測りきれないのね。
『気分はどう? 頭とかはもう痛くない?』
語りかけながら、少女は入ってきた小屋のドアを閉じる。
そうしてペインへと背を向けるその瞬間、風を孕んだ腰布がふわりと舞い上がって露となる腰元にも、
――むむむ、これは!?
その一瞬の中で見えた尻根のラインにもペインはさらに目を見張る。
胸当て同様赤のショーツに包まれた臀部――乳房に負けぬビックサイズのそれはたっぷりと脂肪を蓄えつつもしかし、
――大型獣人の体型なんて脂肪質か筋肉質かの大味なものだとばかり
思っていたけれど……この子、スゴク綺麗なのね。
メリハリ良くくびれた腰元に引き締められた彼女の臀部両房は、実に美しい張りとプロポーションとをそこに
表現していた。
雄大にして繊細、野趣にして優美――まさに神が造りたもう天性の麗質を前にペインはただ息を飲むばかりである。
『ん? どうしたの?』
「んあッ!? あ、何でもないのよ!」
振り返り様に掛けられるその声と視線にまたもペインは慌てふためく。今日は我を見失ってばかりだ。
「あ、あのぉ、それより何で僕はここにいるのね?」
そうしてペインはようやくその疑問を彼女に問い質す。やっと尋ねることが出来た。
『やっぱり覚えてないの、あなた? はい、コカ茶』
一方の少女もペインにお茶のマグカップを握らせると、ベッドのその隣に腰掛けて事の経緯を語り出すのだった。
『君はねぇ、この小屋から少し出たところで倒れてたんだよ。症状からたぶん、高山病になったんだと思う』
「こ、高山病――なのね?」
『そ。ここの山ってさ、登りが緩やかだから気付きにくいけど結構高いんだよ? 酸素だって徐々に薄くなるから、
麓にいる感覚で歩くスピードとか早くすると、すぐに掛かっちゃうんだから』
少女の言葉にようやく納得がいった。
目的地へと急ぐあまり早足になっていたペインは、急激に意識を失い倒れたのだ。どうりで記憶に無いはずである。
『偶然あたしが通りかかって介抱したから良かったけど、時にはそれで死んじゃう人だって出るんだから。
危なかったよ、君も』
「そ、そうなのね?」
『死ぬ』の彼女の言葉に、ただでさえ貧血気味の頭からさらに血の気が引いてペインは軽い眩暈を覚えたような
気がした。危ういところだったのである。
『それにしても君、こんな所に何の用事があったの? 山の向こうに行きたいんだったら麓を迂回した方がよっぽども
楽で安全なのに』
「用事? えっと僕は……あぁ、思い出したのよ!」
そして今になって、ようやくペインは本来の目的を思い出した。
「僕、この山の8合目にあるって言う村に用があったのよ。君、知らない? 早く行かなきゃいけないの」
『この山の、村?』
そうなのだ。ペインはこの山に棲むというミルクドラゴンの元へ赴かなければならないのである。
「そうなのね。今日中にそこに着きたくて、それでムチャして倒れちゃったのよ。……今はもう夜になっちゃてる
かなぁ?」
ようやく本来の目的を思い出して慌てふためくペイン。そんなペインの様子を終始見守っていた彼女であったが、
ほどなく噴き出すよういたずらっぽく笑ってみせたかと思うと、
『なぁんだ。なら、もう焦ることなんてないよ。君がいま寝てるここがその目的の村、「マテ・デ・コカ」だよ』
「え?」
掛けられその言葉に、思わずペインも目が点になる。ならば自分はもうすでに――
「僕、到着してたのね?」
『そうだよ。おめでとー♪』
すでに今日の目的を達成していた訳である。
そうわかった途端、今まで蓄積されてきた疲れと緊張が一気に背中にのしかかってきたようで、今度こそペインは、
本当に眩暈を起こして傍らの彼女にもたれかかった。
『あぁ! 君、だいじょうぶ?』
「う、うん、平気なのよ。安心したら一気に疲れが出ちゃって――眠くなってきちゃった」
『たしかに、麓からここまでを一日で制覇しちゃうなんて、たいした体力だと思うよ。何のお仕事か判らないけど、
今日はゆっくり休んで』
そう言ってペインをベッドに寝かせると、彼女も立ち上がり部屋の照明(ランプ)を吹き消した。
そうしてから再びペインのいるベッドへと戻り、
『ベッドがひとつしかないから、一緒に寝てもいい?』
もはや返事を聞くよりも先に同じ毛布へ潜り込むと、
『それにさ、こうすると暖かいでしょ?』
彼女はその懐にペインを抱きこんだ。
「うん、大歓迎なのよ♪ 僕こそゴメンね。ベッド、占領しちゃって」
『えへへ♪ いーよ、別に。お客さんなんて珍しいからさ、むしろ君が来てくれて嬉しいよ、あたし』
夜闇の向こうで彼女が微笑む気配を感じて、思わずペインの口元もほころぶ。
「そういえば僕達、まだ自己紹介も済んでいなかったのね。それじゃあ、オホン――僕はペイン。ペイン・レイ
ノートっていうのね」
『へぇー、ペイン君かぁ。可愛い名前だね。あたしはティアラ』
そうして彼女・ティアラもペインに応える。
『この村最後の、ミルクドラゴンだよ』