■キツネ娘の悪戯■
昔々あるお寺に、師家の信任も厚い立派なお坊さまがいました。
ある日のこと。
お坊さまは老師から深刻な相談を受けました。
近ごろ、若い雲水たちをたぶらかし、精気を奪う悪い妖怪が出没するというのです。
精気を抜き取られても死には至りませんが、体力を回復するのに時間がかかります。
このままでは修行に身が入りません。
お坊さまは犯人に心当たりがありました。
数日後。
厨(くりや)中にスパーン、スパーン、と叩打音が響いています。
「――やらぁ! お坊ちゃんがうちをいぢめる! あ〜ん、あ〜ん……」
叩打音に童女の泣き喚く悲鳴が重なります。
お坊さまの読みはみごと当たりました。
予想通り、犯人はあの幼い狐のあやかしだったのです。
年ごろの別嬪な娘さんに化け、雲水たちに悪戯三昧していたのです。
大好物の油揚げにまんまとおびき寄せられたキツネ娘は、
台所に盗みに入ったところを、お坊さまに捕獲されたのでした。
今は厳しいお仕置きを受けている最中です。
丸出しのプリンッとしたおしりを、お坊さまの大きな手が打ちすえます。
「雲水たちに悪さばかりするのは止めなさい!」
「いたい、痛いよっ、皮むける! おちり叩かないでぇ」
打たれるたび、こんがり狐色の耳としっぽがピーンと突っ張って反応します。
キツネ娘の小ぶりなおしりは、見る見ると赤くなりました。
「こんにゃろー、離せやいっ! くそぼうず!」
キツネ娘は悪態をつき、かかえ上げられている男の太股の上でジタバタ暴れます。
暴れると、ますます強く押さえ付けられてしまいます。
「うち、悪くないやい! だって、人間の精気たべないと、
おなかペッタンコになって死んじゃう。それに、
おはげちゃんたち、すぐひっかかるんだもん」
「雲水たちに隙があったのは確かだ。……私の監督不行き届きでもある」
高く振り上げた腕を止め、お坊さまは苦く言いました。
――相手に出来た隙を、キツネ娘が見逃すはずがありません。
身軽にくるりと体を回し、お坊さまの膝の上に座り直します。
涙に濡れた瞳を上目遣いにしながら、お坊さまの首に腕を回します。
キツネ娘の澄んだ瞳に見上げられると、たとえ仏道にある男でも、
金縛りにあったように体が動きません。
「……ねえ、精気ちょうらい。お坊ちゃんの精気が一番おいちい。
もう、ほかの人間にはいたずらしないから」
お坊さまの顔を抱き寄せ、口を食み精気を吸いあげると、そっと囁きます。
「これからも、ときどき精気くれたら……うち、お坊ちゃんのやや子産んであげる」
お坊さまは言葉を失いました。
僧侶は子を残すことを許されない身分です。
それは、彼にとってあまりにも酷な誘惑でした。
「ちゅっ、ちゅ……相変わらずチョロい」
啄ばんでいた口から音をたてて離れ、そう呟いた次の瞬間。
キツネ娘は鋭い鬼歯で唇に噛みつき、お坊さまを乱暴に突き飛ばしました。
「!!」
精気を大量に持って行かれたお坊さまは、脱力し後ろに勢いよく倒れます。
「ざまみれぇ! べーっだ! はーげはげ! 覚えてろい!」
あっかんべえと舌を出し、捨て台詞と共にキツネ娘が逃げようとすると。
懐から何かを取り出し、お坊さまが慌てて呼び止めました。
「待て、待ちなさい。これを持って行きなさい! 腫れを抑える軟膏だ」
お坊さまはなんとか力を振り絞り、塗り薬を詰めたハマグリの貝殻を投げ渡します。
ハマグリを受け取ったキツネ娘は、ついでに油揚げも皿から二、三枚失敬し、
脱兎のごとく、いずこかへ逃げ帰って行きました。
噛みつかれた口の中に血の味が広がります。
「……――くそっ!」
お坊さまは吼えました。
二度も同じ手に嵌められた不甲斐なさ、自分の未熟さが情けないのです。
少しでも女人の色香に惑うようでは、まだまだ修行不足です。
同時に気づいてしまったのです。
一人の男として、キツネ娘に心惹かれている自分に。
彼女をいとしく思い始めているのです。
住み処に戻ったキツネ娘は、独りぼっちでシクシクと泣いていました。
「コーン……コンコン……コン」
みっちりお灸をすえられたおしりが、ヒリヒリ痛んで堪らないのです。
山清水の流れを使い、腫れあがったおしりをよく冷やします。
お坊さまが投げて寄こした傷薬を塗りつけると、いくらか痛みがマシになりました。
その夜は泣き疲れてしまい、キツネ娘は折り曲げた体をしっぽで丸くくるみ、
毛玉になって眠りました。
――お坊さまの奮闘のおかげか、お寺には再び静寂が戻りました。
しかし、その平和の裏には密約が交わされていたのです。
新鮮な精気と、数枚の油揚げを定期的に提供することで、キツネ娘と交渉成立したのです。
美味しいごはんにありつく為、キツネ娘はせっせと足繁くお寺に通いました。
たくさんの言葉を交わすうちに。
いつしか、お坊さまとキツネ娘は心通わせるようになりました。
二人の交流と関係は、後に住職となったお坊さまが亡くなるまで、続いたということです。
おしまい。
(-ノ-)/Ωチーン……合掌( ̄人 ̄)ナムナム