時、文明 9 年(西暦 1476 年)  
 
 応仁元年に始まった都の乱により、700 年近くの反映を享受していたキョートの町は壊滅の危機に瀕していた。  
 火の手の上がるギオンの街角から、着の身着のまま逃れる遊女。  
 町を我が物顔で闊歩するのは、半ダースの人数で徒党を組んだホソカワの足軽たち。  
 戦国のウォーロードが纏う派手なチェインメイルではなく、簡素なレザーアーマーに身を包んだ下級の兵である。  
 畑仕事上がりの土臭く武骨な肉体に、ほとんど新品のレザーアーマー。  
 そんな彼らの目に遊女たちの姿が留まる。  
 薄汚れた廃墟の中でも彩を失わぬ彼女らは、足軽たちにとってどれほど魅力的に映っただろうか。  
 少なくとも、これまでに足軽たちの相手を無理やり務めさせられた各地の田舎娘には、この遊女たちほどの気品と色気など全く備わっていなかった。  
 ホソカワに徴用されなければ、最高の女たちと生涯巡り合うこともなかったのだ。  
 歓喜とともに湧きあがる獣欲をなだめるかのように、舌なめずりする足軽。  
 当然遊女たちが、彼らの露骨な下心に気付かぬはずがない。  
 とはいえ遊女たちは、足軽に抗う腕力も武器も持ち合わせてはいなかった。  
 足軽たちは田舎者だ。ポエムも詠めない、リテラシーもなければカルキュレーションもできない、そのうえ悪いことに、相手を務めた女に金を払うという習慣すら持っていない。  
 遊女たちから見て、泥に塗れた足軽たちは人間というよりも猿に近い生き物だった。本音を言うと猿だった。  
 猿に組み伏せられ凌辱されるなど、キョートの気高き遊女たちにとって堪えられる出来事ではなかった。  
――死んでもせめてキョート女の矜持だけは守り抜こう。  
 遊女たちは悲壮な決意とともに、髪に差していた簪の鋭い先で喉を突こうとした……  
 
 と、その時だった――  
 山の手から足取りもかるく、破れた袈裟姿の老人が降り立つ。  
 身に纏った衣服こそ僧ではあるが、身嗜みの汚さはとても僧とは思われない。  
 髪もひげも伸ばし放題、しかもそれらは真っ白ではないか。  
 喩えるとすれば、仮にジーザス・クライストが老齢まで生きたような姿と言うべきか。  
 老年のクライストというものが存在したとしたら、このような出で立ちになっていたやもしれぬ。  
 しかも腰にぶら下げていたのは、絢爛豪華な朱塗りの鞘。足軽たちよりも汚い身形の老人が持つべきものではない。  
 場違いな老人の出現に皆が沈黙した。遊女たちへの下心も忘れて当惑する足軽たち。  
 老人は遊女を守るかのように、足軽たちの前に立ちふさがる。  
 一人の足軽が、嘲笑とともに老人へと近づいて尋ねた。  
「おい、じいさん。あんたの歳で股間の道具が役に立つのかね、そんなふやけたcockで女をfuckできるのかよ?」  
「Hahahahaha...」  
 耳にするのも憚られる下品な笑い声を上げる足軽たち。だが老人は構わず足軽たちに語りかける。  
『なあ。そこの兄さんら、この場は退いとくれやっさ』  
 一見もの静かな口調だったが、底知れぬ力を秘めた流暢なキョート弁だった。  
 粗野な足軽たちのバカでかい笑い声を掻き分けて、誰の耳にも老人の声が届く。その異様な雰囲気に足軽の笑いが止まる。  
 だが遊女たちは安堵したようだった。キョート弁を喋るということは、少なくともこの老人は足軽よりもキョートの風習に通じているということになる。  
 少なくとも足軽のように、力づくで自分たちを屈服させるようなことはないだろう。そんな打算が働いたのだろうか。  
『そうか』と老人はキョート弁で呟く。  
『どいてくれなんだら、しゃあないな』  
 
 細めた老人の瞳の奥に、狂獣のごとき野蛮で暴力的な光が宿ったかと思った次の瞬間。  
 一人の足軽が白目を向き、胸から赤い噴水のごとき血を流して斃れた。  
 残った足軽たちの間に動揺が走る。  
「おいお前、何がおこったんだ?!」  
「俺は知らん! 確かなのは誰かにattackされたことだけだ!」  
「だとしたら誰に?」  
 まさか――という思いと共に、皆が槍を構えて再び老人へ注目する。  
 もはや彼らにとって遊女の存在など、心の片隅にも留まっていなかった。実際に、遊女らもその場に留まってはいなかった。  
 焼け残った軒の影に隠れ、固唾をのんで老人と足軽たちのやり取りを見守っている。  
 老人はその場を動いてはいなかった。一人の足軽が死ぬ前と同じ場所に立っていた。  
 朱塗りの鞘は既に抜かれており、右手で振り抜いた 3.3 フィートほどの刀身を地面と水平に構えていた。  
 刀身の先端から 3 インチ辺りまでが、赤黒い粘液に塗れていた。が、それより足軽たちの心に衝撃を与えたのは……  
 
――木刀<<wooden sword>>?!  
 
 改めて斃れた仲間の胸元を確かめると、左下から右上に向かって斬り付けられた深い創傷があった。  
 この足軽は死の直前まで、老人と正面から相対峙していた。老人が木刀を振ったと考えれば、傷は推定される剣の軌道とほぼ一致する。  
 だが状況がはっきりと示しているにもかかわらず、足軽たちは目前で起きた事実をすぐには信じようとしなかった。  
「まさかこのfuckin'ジジイが……?」  
「ああ、他に説明のつく方法はない」  
「Fuckin' Godにかけて俺は信じねえ! だとしたらこのジジイ、刃もない木刀でleather armor越しに心臓の肉を 1 ポンド抉り取ったってことじゃねえかよ!」  
「どうする?」  
「信じるかどうかはともかく、ジジイの前で奴が殺されたのは確かだ! このジジイを殺す以外のchoiceなんてねえよ!」  
 ようやく怪しげな老人を殺す決意を固めた足軽たち。構えた槍の穂先が、老人の喉元に狙いを定めて一斉に上を向く。  
 が、老人の表情には恐怖というものが全く浮かんでいなかった。有り得ない光景に、足軽たちの動作が止まる。  
 ミカドのパレスで扇を煽ぐがごとき優雅な動作で、老人は木刀を八双に構え直す。  
 老人が小声で発したはずの低い呟きは、足軽たちや物陰に隠れた遊女たちの心にまで一字一句明瞭に刻み込まれた。  
 
『有漏路より 無漏路へ帰る 一休み  
       雨降らば降れ 風吹かば吹け……』  
 
 乾いた旋風が老人の足元の土埃を舞い上げたと同時に、老人が鳥のような奇声とともに神速で踏み込んだ。  
 
 槍の柄を伝って、いやな衝撃が足軽たちの手に走る。  
 5本ないし6本は並んでいたはずの槍は、その全てが足軽たちの手元でへし折られていた。  
 そしてその出来事を皆が認識した時には既に遅し。  
 一人の足軽が、足元から生えてきたかのように老人が出現するのを目撃した。  
 老人は微笑んでいた。  
 彼の眼前わずか数インチ前で。  
 皺だらけの細長い顔に、マイトレーヤを連想させる静かな笑みを湛えていた。  
 その足軽が次に感じたのは衝撃だった。  
 彼は既に木刀で肋骨と背骨を砕かれ、心臓を潰されていた。  
 それは彼の全身を満たす体漿と骨とを伝達し、絶命に至る激しい苦痛よりも早く脳髄を揺さぶった。  
 
 半ダースも人間を集めれば、その中で戦闘のセンスに優れた者が必ず見つかるだろう。  
 このパラグラフで紹介する足軽がその一人だった。  
 驚嘆すべきことに、彼は槍の鋭利な穂先を失い、仲間の一人が木刀で串刺しにされるのを目の当たりにしながら、それでも決して戦意を喪失してはいなかった。  
 それどころか槍を折られた瞬間とっさに身を引き、常人離れした老人の標的から逃れたのである。  
 そして老人が仲間を仕留める頃合いを見計らって、鋭利に折れた柄の先端で老人を突き殺そうと再度踏み込んだのだった。  
 老人は木刀を骸から引き抜かねば応戦できなかった。引き抜いて構え直す時間などありはしない。  
 しかし実際のところ、老人は構え直すような時間の浪費を行なわなかった。  
 なんという驚きだろう、神よ!  
 老人は自分よりも一回りも大柄な足軽を貫いたその木刀を、フラミンゴのような細い体格に似合わぬ怪力で素早く振った。  
 そうすることで串刺しにした足軽の体を、襲って来たもう一人の足軽に向けて投げ付けたのである。  
 戦車砲の速度で投げ付けられた仲間の死体を、応戦した足軽は類稀なる反射神経をもって回避した。  
 が、そんな彼も見落としていた。  
 投げ付けられた死体はただの目晦ましであり、本命は死体と同じ速度で跳躍した老人の斬撃だったことを。  
 体勢を立て直そうとして、足軽は違和感に気付く。  
 槍が手元から無くなっていた。彼の両肘から先とともに。死体とすれ違ったのとほぼ同時に、斬り落されていたのだった。  
「nnNNooooooooooooooooooooo――――――――――――――――っ!!」  
 
 両肘の断面を凝視し、涙を流して絶叫する足軽。  
 果たして彼には、失ったはずの両手を空中に見出していたのだろうか。  
 そんな彼の背後に老人が音もなく着地し、あのマイトレーヤのような笑顔を浮かべて彼の耳元に囁く。  
『色即是空、空即是色』  
 老人の発した意味深な言葉は、両手を失った足軽の心に届いたのだろううか。  
 それを知る術もないまま、彼は老人の木刀で頭から尻にかけて真っ二つに断ち斬られた。  
 
 武器を砕かれ為す術もなく仲間を殺され、戦意まで叩きのめされた足軽たちは、  
 いまや彼らが最初のターゲットにしていた遊女たちよりも無力な存在となり果てていた。  
 返り血を浴びながら、莞爾と笑みを浮かべる老人。残された4人の足軽たちは、腰を抜かして尻もちをつき老人を見上げていた。  
「助けてくれplease!」  
「俺たちのassholeを好きなだけrapeしてくれて構わねえから!」  
 恥も外聞もなかった。足軽というのはサムライの役職だが、元々彼らは専業のサムライではなく農民なのだ。  
 死よりも名誉を重んじる専業のサムライというのは、もっと時代を下らないと現れない。  
 それにこの当時のジャパンでは、男同士のホモファックというのは名誉を疵付け恥じ入る行為ではない。  
 これより一世紀の後に現れるウォーロードの一人、ノブナガ・オダもホモファックを好んだほどであるのだから。  
 レイプされるぐらいで命が助かるなら、いくらでもレイプされてやる。現代では女にしか使えない手だが、この時代では男であっても使えたのだ。  
 一か八か、デッド・オア・アライブの賭けだった。が、どうやら目は足軽たちにもあったようだ。  
 老人は血まみれの木刀を手に携えたまま、幼子のように無垢な目で百姓を一人ずつ見定める。  
 まるめた眼と、顔面の半分以上を染めた血が、どこか赤鬼を思わせた。  
 殺戮の度合いから言えば間違いなくレッド・オーガだが、表情だけを見れば悪戯っぽいレッド・ゴブリンのようでもある。  
『働き盛りな土百姓の菊か。そういうたら、八十路にもなってまだ試してへんな』  
 興味を示したようだ。足軽たちの間に安堵の空気が流れた。もしかしたら助かるかもしれない。  
 あるいはもっと積極的な方法も考えられた。老人が仲間の尻をファックしている間に、隙を突いて殺すというのも手だった。  
 が、ぬか喜びだった。老人が木刀を一振りして、3人の首が刎ねられた。  
『百姓いうてもな。それ別にわれらの菊やないとあかん、ゆう話でもないし』  
 それにしても、と老人はひとりごちる。  
『修行、足らんなぁ。四人いっぺんに首を刎ねる太刀筋がどうしても見えなんだ。しゃあないから三人で我慢したけど。  
やっぱり剣ばっかりは我流やとあかんわ。新衛門みたいな、ほんもんの侍に習わんと』  
 残された足軽は、絶望のあまり血の気を失った。  
 
――No...He must be crazy !  
 
 この老人は人間じゃない。自分の命など屁よりも軽いと踏んでいるのだ。  
 今の首の話だってそうだ。喩えるなら冗談半分に捕まえた1匹のアリの脚を、2本もぎとるか3本もぎとるかで悩んでいるも同然だった。  
 こいつは斬り殺した人間の命に、アリの脚程度の価値しか見出していないのだ。  
 まさに殺人鬼だった。山から降りてきたこんな鬼を相手にしてしまったのが、運の尽きという訳だ。  
 逃げようにも足が竦んで動けない。本陣に戻ろうにも戻れない。  
 全ての策は尽きた。最後に残った足軽の命運もここまでだった。ゆらりと幽霊のような足取りで、老人が足音も立てずに近づいてくる。  
『羨ましわぁ』  
 木刀を持った血まみれの老人が、情けない溜息を吐く。  
「何が羨ましい、だ!お前は俺を殺せるが、俺はお前を殺せない! Goddamm!!俺はもうすぐ死ぬんだよ!」  
『そやから羨ましいんやないか』  
 足元で困惑する足軽から目を離すと、老人はどこか遠くを眺めて言った。  
『わしは七十年も修行積んだけど、ほいでも仏さんの道はまだよう解らん。そやけどわれは全然修行もせんと、今から仏さんになる。  
仏さんを目指す修行をしてたはずやのに、わしの七十年って一体何やったんやろうな……』  
「知るかよ! だったら今すぐ死ねばいいじゃねえかよ!! なんでこのジジイじゃなくて俺が…… 」  
 そこから先は言葉にならなかった。見下ろす老人の目に再び獣の光が宿り、足軽の口の中に木刀が突き入れられたのだ。  
 喉の奥を突き破られ延髄を砕かれて、木刀を濡らす血の不味さすら感じずに足軽は死んだ。  
『今すぐ死ね、とゆわれても無理な話や』  
 木刀を引き抜くと、老人は既に死骸と化した足軽に向かって説法をするかのように言い放った。  
 
『だってわし、まだ死にとうないもん』  
 
 その夜――  
 
 ヤサカシュラインの周囲は、キョートが誕生した平安<<サローム>>時代からの売春街として知られている。  
 ただし売春といっても、プリティ・ウーマンでジュリア・ロバーツが演じたような安いフッカーを想像してはいけない。  
 歌、踊り、幅広い教養を全て備えた最高の女たちが、この時代のこの国で最も栄えたキョートの街の顔役――  
 現代にたとえるならNYのジュリアーニ元市長、あるいはアップルのジョブスや元GEのジャック・ウェルチに相当するクラスの、スーパー・エグゼクティヴな高い男たちの遊び相手を務めるのだ。  
 彼女らは誇り気高い。客の格式に拘り、気に入らない相手を客とは認めない。庶民の相手など、大金を積まれようが決して務めることなどない。  
 そんな彼女たちにとって、昼間の出来事は悪夢以外の何物でもなかった。山猿も同然な野蛮人にレイプなどされたら、明日からキョート女として生きて行けない。  
 彼女たちを救ってくれた老人は、今まさに宴会場でエンジョイしていた。  
 ヒョータンと呼ばれるメロン製のサケボトルを何本も空け、肉を貪り食った後のイノシシやキジの骨をそこらじゅうに散らかし、  
したたかに酔った勢いもそのままに遊女たちをファックしていたのだ。  
「お人が悪う、おすわぁ。まさかあの、一休さん、やったなんて」  
 一番年若い――ティーンエイジぐらいの――遊女は、脱がされた煌びやかな衣をシーツ代わりに、仰向けの体勢で老人をヴァギナの中に迎え入れていた。  
 彼女の上に乗り、肋の浮き出たフラミンゴの如き痩躯をゆっくりと前後に揺らしながら、老人――その名も一休宗純は応える。  
『あのとき名乗ったやないか。有漏路より無漏路へ帰る一休み、ってあれはわしの法名の由来や』  
「そうやったん、おすか。うちなんにも、知らなんだわ……ああっ!」  
 老人特有の柔らかなペニスに、若い娘は最初物足りなさを感じていた。もっと固い棒<<ハード・スタッフ>>で突いて欲しい、と思っていたぐらいだ。  
 セックスをしながらの会話も、余裕で行なっていたはずだった。  
 なのに今はどうだろうか。  
 ずっと繋がったまま、同じ調子で抽挿を繰り返す一休の動きに、少女は身体の奥を焦がされるような切なさを覚え始めていた。  
 こんな客に出会ったのは初めてだ。他の客ならとっくにオーガズムを迎えているはずなのに、老人には一向にそれが訪れる気配がない。  
 それどころかこれまで自分ではオーガズムだと信じてきた快楽が、次から次へと尽きぬ波のように押し寄せてくる。  
 未知の体験に頬を赤らめ、眉を顰めて首を振る少女。  
「一休さん、……一休さぁん!」  
 少女は思わず腰を引く。そうすることで、あまりに強すぎる絶頂の波から逃れられる、とでも考えたかのように。  
 そんな彼女の腰を掴んだのは、一休ではなく2人の遊女たちだった。キモノの胸元と裾をさりげなく肌蹴させ、一休を誘惑しているのだ。  
 ともに今ファックされているティーンエイジャーよりは年嵩である。20 代の前半といったところか。  
 遊女たちは含み笑いを浮かべて、年少者の尻を持ち上げ両脚を左右に開いた。一休が少女の一番深い場所に侵入する。  
「すんませんなあ、一休さん」  
 愛想笑いの中に意味深な瞳の輝きを忍ばせて、遊女がゆっくりと話しかける。  
「この娘ついこないだまでオボコやったさかい、ほんもんの極楽を知らんのでおす。一休さんがあの大徳寺の和尚さんやゆうことも知らへん。  
一休さん教えたっとくれやす。大徳寺の偉い和尚さんの手で、ほんもんの極楽ゆうもんを」  
『応』  
 一休は得意げに応じた。  
『昼は悪鬼退治して無間地獄を見せてしもたさかいな。極楽浄土も見せたらんと釣り合いとれんやろ』  
 うわごとを呟く少女のヴァギナが、流し込まれたスパームを取り込もうとして柔らかなペニスを搾り取るように痙攣するさまを、一休は深い呼吸とともにたっぷりと堪能した。  
 
 つがったままの少女を労うように、小ぶりながら仰向けになっても形の崩れぬ彼女の乳房を撫でていると、一休の耳元で遊女たちが囁く。  
「あらあら、お乳の好きなぼんさんどすな。そやったら、うちのお乳もあげますさかい」  
 そっと胸をはだけて、遊女が小娘のそれより一回りは豊かな乳房を一休に向けて突き出す。  
 当たり前のように乳をねぶる一休の隣で、もう一人の遊女が身悶えして腰をくねらせた。  
「もう、うちのおそそ触らんといて一休さん。あん、お豆はいやや……」  
 温かく湿った裾の中をまさぐる一休の指先を、年増の粘っこいラブジュースが濡らす。つがった娘の若く水っぽいものとは違うが、これはこれで趣深い。  
 一休はラブジュースにまみれた手を、彼に授乳している遊女の裾に忍びこませる。手についたクリトリスに塗りたくりながら説法を始めた。  
『われもわれも、この子もおそそや。女人はみんなおそそで、わしら男はちんぽうや』  
「おそそにちんぽうって……」  
「いやらしわぁ……」  
 二人の遊女はキョート女特有の――全てを理解しておきながら何も知らないふりを装う――処女を繕ったような非難の声を上げた。  
「ぼんさんはアソコのこと、魔羅ってゆわはるんと違おすの?」  
 かすかに腰を前後させる年増の問いに、一休は両手の指先で二人のクリトリスをまさぐりながら答える。  
『魔羅いうのは修行の足らん洟垂れ小僧だけや。修行の妨げになるから魔羅いうらしいけど、そんなに邪魔なら切ったらよろしがな。  
でも誰も切り落さん。得度したての小僧も、偉うなった大僧正も。ついてるもんにそんな拘るぐらいやったら、いっそ魔羅とかいうて忌み嫌わずに  
ついてるもんをそのまま受け入れたらええんや』  
「うん、うん」  
 二人とも、そして一休に組み敷かれた若い娘も、一休の一言一言に相槌を打つ。  
 しかしそれが一休の説法に理解を示していた為か、小さなオーガズムを小刻みに感じていた為かは、一休の指先とペニスしか知らない。  
 さらに一休自身が、説法が通じているかどうかにはあまり興味を示さなかったようだ。指と腰の動きを止めずに一休は続ける。  
『だいたいやな。わしがこうして仏道の修行ができたんも、親がまぐおうたお蔭や。仏道に入るまでわしが生き延びたんは、親のお乳を吸うたからや。  
人がやることなんて、産まれてから死ぬまで何も変わらん。世の中は食うてはこ(用便)して寝て起きて、後は死ぬのを待つばかりなりや。  
そしたらわしは、いいや人はなんのために産まれて死ぬ?』  
「そんなん、うち、わからへん。いいから、うちと、まぐおうて……!」  
 遊女の返事に満足したのか、我が意を得たりとばかりに一休は叫んだ。  
 
『その通り、まぐわうためや!万葉も古今も、みんなまぐわいの歌ばっかりやないか!なんでや?  
人は子や孫を産みだすために、まぐわんとあかんのや!大事なまぐわいに使うさかい、ついてるもんは宝なんや!  
そやから珍宝<<ちんぽ>>や! ついてるもんを魔羅とか呼ぶ阿呆は、修行しても仏道どころか冥府魔道に堕ちる!  
人だけやない! 猿も犬も狸も狐も、鳥も魚も虫も一緒や!花やってあれ、咲いた後には実を結ぶ!花もまぐわうんや!  
餓鬼畜生道に堕ちても、結局今とやることは何も変わらん! わしはまた大悟した!輪廻転生への欲も今捨てた!』  
「大悟とか、欲より、はやう果てたい!一休さん、うちに極楽を、極楽見せて……!」  
 両腕にしがみ付き、一休の手に絡み付くように腰を前後させる年増の遊女たち。頬を赤く染めているのが化粧越しにも判る。  
『応、気ぃ張れや!あるかどうかわからんお釈迦さんの極楽浄土やなくて、今そこにある極楽を味わいつくせい! 』  
 4人一緒にオーガズムを迎え、一休は満足げなマイトレイヤーの微笑みを浮かべる。  
 女たちが浮かべたのは、ボーディ・サットヴァのような笑顔というべきか。  
 
「あんた羨ましいわぁ」  
 年増の遊女たちが、2度の射精を受け入れたティーンの脇を撫でる。労わるような口調の背後に、明らかな嫉妬と羨望を忍ばせて。  
「また一休さんの胤を貰うて。うちら一遍も貰うてないのに」  
「やっぱり若い娘ぉの方がええんおすなぁ。一休さんみたいな偉いぼんさんでも」  
 身動きの取れないところに性感帯を刺激され、抗議もままならずに痙攣するティーン。彼女を優しく甚振る手を、一休の骨ばった手が押し留めた。  
『すまんな。説法に身を入れてたら、つながったまま二度もしてしもうたわ。安心せい。われらも二人とも、ちゃんと胤をくれてやるわ。こんなわしの胤でよかったら』  
「何ゆわはんの。一休さんのお胤ゆうたら、帝に連なる有難いお胤やおへんか。世が世なら、一休さんは内裏におわす方おす」  
 年増たちの会話を小耳に挟んだのか、小娘が首だけを起こして口を挟む。  
「え? そしたらうち、帝に連なるお方をここに二人も授かったん?」  
 下腹をさすりながら尋ねる小娘に、年増2人がついに露骨な嫌悪の眼差しを向けた。  
「あら嫌やわこの娘。もう一休さんの御子を授かったようにゆうてからに。でもうちらも今から一休さんの御子を授かるさかいな」  
『ほらほら二人とも。若い娘いびってる暇あったら、わしのここに喝入れたってくれんか? 今ならわれの好きな胤つきやで』  
 年増の遊女にフェラチオをねだる一休の背後で、宴会場のフスマが開き、女の低い声が一休の臓腑を揺さぶった。  
 
「一休さん、こんなところで何を遊んではるの?」  
 
 一休が背筋の寒気とともにゆっくりと振り返ると、そこに一人の女を認めた。  
 
 歳の頃でいえば、もうすぐ三十路を迎えようとするぐらいだろうか。  
 髪は長く目鼻立ちのはっきりとした、意志も強そうに唇を固く結んだ美女である。  
 華やかで明るいその容貌は、ミス・ユニバースの基準に則れば、間違いなく遊女たちよりも数段優れていただろう。  
 もっとも彼女自身は、自らの美貌を気にかけることはない、といわんばかりに目蓋を閉じている。  
 そして鏡を用いたところで、彼女には自身の美貌を確かめる術などなかった。  
 盲目だったのだ。  
 盲目でありながら、彼女は誰の助けも借りずにヤサカの売春宿――それも一休がしけ込んだ宿を探り当て、辿り着いたのである。  
 なんと驚くべきことだろう!  
 
「お、おしん!われ何でここが分かったんや?!」  
 おしん、と呼ばれた美女――後世にはレディ・シンもしくはシン・ジシャと伝えられ、一休のミストレスだった――は、  
ラクシャーサのごとき憤怒に眉を顰め、擦り足ながらも大きな歩幅をとって一休に迫った。  
 
 一休との直線距離を、おしんは擦り足で無駄なく詰めてゆく。  
 足元にトックリや獣の骨、それに脱ぎ散らかされた若い遊女のキモノがあろうと一切気にしない。障害物は蹴り飛ばすのみ。  
 袈裟を着こもうとしてよろめいた一休の胸倉を、女のそれとは思われぬ怪力でおしんが掴み上げた。  
 一休の細い身体が宙に浮く。持ち上げられた一休は、地に足を着こうとしてスワンのように空中で足を泳がせた。  
「われ目ぇが見えんのに、なんでわしのおる所が判るんや!?」  
「見えますえ」  
 抑揚の少ない、感情を抑えた声でおしんが答える。  
 その迫力たるや、フォース・グリップで反乱軍を尋問する暗黒卿ダース=ヴェイダーに勝るとも劣らない。  
「うちは盲<<めくら>>やさかい、目ぇは見えません。せやけど、せやからこそ、音も匂いも人よりよう判りおす」  
 ぐい、と一休に顔を近づけ、おしんは低めの声で語り聞かせる。  
「さんざ飲み倒したお酒の匂い。ぼんさんにあるまじき肉の匂い。ほいから毛穴まで染み付いた女のおそその匂い!」  
『く、苦しい。おしん、わしをはよ降ろしてくれんか……』  
 弱々しい声で抗議する一休。  
 この情けない有様ときたら、6人の足軽を惨殺し、3人の遊女と同時に交わった豪傑のそれとは到底思われぬ。  
『だいたい飲んだのは酒やない、般若湯や。それにわしが食うたのは不老長寿の霊薬や。知ってるか?  
天竺より西やと、仏さんの肉を霊薬として煎じて飲んでるんやで。ほな肉かて霊薬いうことになるやろ?  
よしんばこれがただの肉やったとしても、わしが手え下して殺生したわけやない。殺生戒は犯してへん!  
それに殺生はあかんけど、死んでしもうた後の肉食うたらあかんとはお釈迦さんでも言うたらへん!  
だいたいお釈迦さんも達磨さんも、男とまぐおうた女のおそそからひり出されたんや! 女のおそそにこそ仏性うぼぁあ?!』  
 
 最後は意味をなす言語にならなかった。おしんの左ナックルが、一休の頬骨を正確に捉えたのだ。  
『ひ、痛い! 痛いやないかおしん!』  
 白い口鬚を唇からの流血で赤く染めながら、一休はさらにナックルを構えたおしんに助けを乞う。  
 ただし毎度のことなのか、おしんは全く応じない。  
「子供みたいな言い訳すな! それが都で一番えらいぼんさんの言うことか! 若い子らに示しつきおせんやろ!  
大徳寺の小僧相手には、『酒も肉も女も見んと一所懸命修行せい!』って日頃から偉そうに言うてからに!  
だいたいなんか面白い説法でもしてくれおすんか?! 来る日も来る日もおんなじ話ばっかりして、若い子らもうんざりしとすえ!  
それにちょっと目を離したら洛中で遊び倒して! 庵を離れたらうちの目ぇが届かん、とでも思としたんか?!」  
『それや! おしん、なんで盲のわれに、わしの遊んどった店がわかるんや! なんぼなんでも山の庵におったら、酒も肉も女の匂いも判らんやろに』  
「それはよぉうわかりおす。そら……」  
  おしんはチョーク・スラムの要領で、一休の背をタタミに叩き付けた。一休の痩身が1バウンドしてタタミの上を転がる。  
 四つん這いで咳き込む一休をニオウ立ちに見下ろして、おしんは言い放った。  
 
「真っ暗な洛中を見渡したら、一休さんの周り一間どす黒く焔立っとりおす!!盲なうちの真っ暗な世界に映るのは、一休さんの顔かたちした闇より黒い瘴気どす!  
こんな禍々しい邪気の持ち主、いまどき洛中では一休さん以外におへんやろ!!」  
『禍々しいとか言うな、おしん! だいたいわしは七十年からも仏さんに通じる厳しい修行して……』  
「そんだけ厳しい修行積んで、ほいでこの邪気どすか! いったい何の修行しておしたの一休さん!どうせ酒呑童子とか白面金毛九尾狐になる修行どしたんやろ!」  
『わしゃ物の化か!』  
「物の化より悪うおす! お釈迦さんから教わったありがたい仏法を、女を誑かすのに使うさかいな!崇徳さんより邪で悪うおすわ!」  
 おしんは言うと同時にベア・ナックルを振り下ろす。今度はストレートで一休の鼻骨を砕く。  
 鈍い打撃音が、二人きりになった宴会場にこだまする。  
『ほやからどこの世界に師を殴る弟子がおるかいな! われ破門するぞ!』  
「ほなどうぞ破門しとくれやす。 七十年修行しても、こない生臭な俗物にしかなれへんなら……」  
 さらに左ストレートを一休の折れた鼻骨に叩き込んで、おしんは一休を怒鳴り付けた。  
「うちは一生未熟者で結構どす!」  
 馬乗りの体勢から、何度も何度もナックルを振り下ろす。  
『だ、だれか! 誰か助けてくれ! このままやとわし、おしんに殺される……!』  
 一休は辺りを窺うも、遊女たちは3人とも宴会場から姿を消していた。  
 小娘のキモノが残っていたことから察するに、ダウンしていた小娘は裸のまま年増の遊女に担がれていったのだろう。  
 遊女たちの冷淡な対応も、しかし当然といえば当然のものだった。  
 おしんとは、6人の足軽を惨殺した一休宗純をこうも簡単に手玉に取るミストレスなのだ。関われば命を亡くすのは目に見えている。  
 いくら恩人といえども、ミカドに連なる高貴な血筋であっても、自分の命を賭してまで助ける義務はない。  
 それがキョート女という生き物の本性だった。  
 一休も大人しく美貌のミストレスだけを相手にしていたのであれば、このような悲劇に遭うこともなかっただろう。時既に遅しだが。  
 キョートを包む夜の闇に、不世出のビショップでありソフィストでもある一休宗純の断末魔が響いた。  
――と思っていただきたい。  
 
『わし、まだ死にとうない――――――――――――――――っ!!』  
 
<<終>>  
 

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