最近だんだんわかってきた事。
『おにいさん』じゃないときのユウさんは結構ズルい人だったりする。
「……ねえ、ユウさん」
「なんだいなぎちゃん」
「わたし、ごちそうしてくれるっていうから来たんだけど」
「するよ? ちゃんと。もう炊飯器のスイッチ入れるだけにちゃんとしてある」
平然とそんな事を言いながら、手元はくるくる動いて、小さなナイフで次から次へと器用に栗の皮を剥いて行く。
お邪魔します。と玄関を入ってすぐに台所に連れて行かれ、目の前に築かれた栗の山と、手渡された栗剥き器。
『皮剥き手伝ってねー』と当たり前のように言われ、栗剥き器の使い方を教えられ。
それから30分。二人揃って黙々と栗の皮を剥いている。
こっちは道具を使っているのに、ユウさんのほうがずっと早くて綺麗に皮を剥いて行くのがくやしくて熱中しちゃったけど、
なんで私こんな事してるんだったっけ?
あーあ、指先がなんだか茶色くなってる。これ、洗って取れるのかなあ?
『栗ご飯炊いて秋刀魚焼くから夕飯食べに来なよ。あと芋天もあるよー』なんていう、
文字通りの甘い言葉に乗ったのが失敗だったのかも。
でも、うちのアパートじゃ秋刀魚なんて焼けないし。ユウさんのごはんはユウさんちで食べるのが一番美味しいし。
そんな事を考えながら、悪戦苦闘しながら手を動かす。
そうしていると、くくっとユウさんの笑い声がして、そっちを睨む。
「いや、ごめんごめん。見事に栗と芋で釣れたなあと思ってさあ」
芋栗南京なんて言うけど、女の子は本当好きだよね。
元々タレ目がちの目じりを更に下げて、へらっと笑われる。
「まあ、そんな怒らんでよ。今剥いてるこいつも蜜煮にして正月に使うからさ、食べに来なよ。なぎちゃん好きだろ? 栗きん
とん」
なぎちゃん来るなら今年は多めに作っとくよー。と言う笑顔に、こちらの好物を完全に把握されてる事がなんだか無性に悔しく
なる。
「……かぼちゃ」
「ん?」
「かぼちゃ。かぼちゃのお料理も作ってくれたら怒らない。小豆といっしょに炊いたやつがいいです」
「いとこ煮か。あれ別にそんなめんどくさくないぜ?」
「固いもん。切るの大変だもん。皮剥くのも綺麗にできないもん。……ユウさんのがいいの」
「……はいよ。了解しました」
返事は殊勝なのに、声に笑いが含まれてて結局負けた気になる。
むすっとしたまま皮剥きを続ける。……私、可愛くないなあ。
「なぎちゃん、顔上げな」
いつもよりちょっと低い声で言うユウさんの方を見ると、テーブルに手をついて身を乗り出して来る所だった。
ちゅ。と唇に柔らかい感触が一瞬だけ触れてすぐに離れる。
「な、ちょ、ユウさん、なに」
「んー、まあお駄賃先払い?」
「な、なにそれずるい……」
「そだよー、オレ結構ずるいから。色々覚悟はしとってよ?」
目じりの下がる、優しそうな笑顔だけどいつもの笑顔となんか違う。
いつもの『おにいさん』じゃない男の人の表情に、一気に顔が熱くなった。
ずるい、ずるい。私はこんなにびっくりしてるのに。
『おにいさん』を止めてって言ったのはそりゃ私のほうだけど、
こんなに驚かしといてユウさんだけ平然としてるのは絶対ずるい。
熱くなった頬を押さえて、何事も無かったみたいに栗の皮剥きを続けるユウさんを睨む。
ふと、手元の栗の実を見ると、今まで綺麗に剥かれていた実に渋皮がたくさん残ってたり、
実の形がずいぶん崩れているのが見えた。
……なんだ、ユウさんもそんなに平気なわけじゃないんだ。
じっと見ていると困ったような怒ったような顔で「なに?」と返される。
「なんでもない。……負けないから」
食卓の上に落としていた栗剥き器を掴む。
……ユウさんより綺麗に剥いてやるんだから。
心の中で勝手に勝負を宣言する。
……この勝負に勝てたら、今度は私の方からしてやるんだもの。
そう決めると、今までで一番真剣に皮剥きに取りかかった。