それは、宵闇がいよいよ深みを増す、東の空に現れた。
白い燐光を迸らせ、長く、長く、尾を曳いて、
音も無く裏の山に、墜ちた。
それを見ていたのは、ネーアただ一人だった。
ネーアは、駆け出した。
流れ星だろうか。
それとも隕石か。
しかし、隕石であるにしても、音も無く地上に落ちるなど、ありえない。
ならば、UFOでしかあるまい。
短絡的な、あまりに短絡的な考えであったが、
それがネーアの、精一杯だった。
ネーアは、まだ十四歳だった。
不可解な、不思議な存在に、心が惹かれてやまない娘だった。
ありふれた、日常などに興味は無い。
もっと、もっと、心踊る奇々怪々、痛快無上の日々が欲しかった。
冒険の日々を求める内なる声が、彼女の生気に溢れた体を突き動かした。
その華奢な背に、彼女の母親の制止する声が、
小さく、当って砕けた。
このあたりだったはずだ。
ネーアは、発光体が墜ちたように見えた、その一帯を見渡した。
しかし、木々が生い茂り、しかも月明かりのほかは明かりなど無く、
宵闇に包まれた中では、落下跡を見つけるのは至難だった。
ネーアは、懐中電灯を持ってくるのを忘れたことを悔いた。
踵を返しかけたその時、木立がざわめくのを聞いた。
ネーアはその方向に、恐る恐る足を向けた。
高木と低木、朽木と草叢、苔の生した古木のたもとに、
それは佇んでいた。
蛸ともクラゲともつかない、
なんとも不気味で、怪しげで、寂しげな物体だった。
不定形な、まるでスライムのように、
液体とも固体ともつかない、そんな物体が、
球と円盤の合いの仔、楕円を立体化したような、
そんな形で浮かんでいる。
そこから、幾筋もの脚が、
まるで雫が滴る際に曳いた糸のように下がっていた。
それは、青白く、冷たく、弱々しい光を纏っていた。
「火星人だ」
ネーアは見たことがあった。
ただし、古いオカルト誌の切り抜きに限ってであるが。
蛸ともクラゲともつかない、そんな姿のエイリアン。
昔、こんな姿のエイリアンが地球に攻めてきて、
世界全土が大パニックになるという映画やラジオドラマがあったという。
しかし、ネーアの目には、それがとても脅威とは見えなかった。
貧弱な容姿に、弱々しく光る姿は、
ネーアの目には、独り未知の惑星に降着し、
途方に暮れる姿にさえ見えた。
とても、敵には見えない。
ネーアは、意を決した。
低木と草叢を掻き分け、ネーアはそれに近付いた。
その音に、エイリアンは緩慢に振り向いた。
どこが正面なのかも分からない、宙に浮かぶ、頭部と思しき部分を、
ゆっくりと回転させたのである。
ネーアは、両手を慌てて振って、敵意が無いことを示した。
それが、伝わっているかどうかも怪しいものであったが。
だが、エイリアンはそれ以上の反応を示すことはなかった。
ネーアが近付こうとも、逃走や攻撃の意思はないかのようだった。
ネーアは、近くによって、その美しさに気が付いた。
エイリアンは、氷ともスライム違う、
より純粋な水に形を与えたかのような、澄んだ体をしていた。
青白い光は、自然科学系番組の特集で見た、
クラゲや、ホタルイカのそれに近い。
だが幻想的でかつ、蠱惑的なそれは、
明らかに、地球上のそれらとは一線を画していた。
ネーアは、駄目でもともとと、手を差し伸べてみた。
この生き物は敵ではない。
ネーアの本能は、そう主張してきた。
友好のしるしとして、握手が出来たら。
ネーアの理性は、それが浅薄であると警告してはいる。
だが、エイリアンも、幾本もの触手の一本を、
おもむろにもたげ、ネーアに差し出してくると、
その警告も、声を潜めた。
ネーアは、その触手を握った。
柔らかい。
水を、無重力化に投じたものを握ったとき、
このように感じるのだろうか。
ネーアの心が、エイリアンに心を許しかけたときであった。
ネーアの膝が、不意に砕けた。
膝ばかりではない。
全身の筋肉という筋肉が、突如、自らの役割を放棄したかのように、弛緩した。
ネーアは、崩れるようにして、苔生した大地に倒れた。
何が起こったのか、理解が出来ない。
だが、なんとも皮肉なことか。
全身の感覚は常のままに、苔の柔らかさを伝え、
眼球ばかりが、彼女の意に従って動いた。
エイリアンは、ゆっくりと次の行動に移った。
地に倒れ伏したネーアの四肢に、ゆっくりと触手を這わせる。
それはまるで、相手が抗う術を持たないことを熟知しているかのように、
まったく、焦ることない、むしろ相手を焦らすばかりの動作であった。
ネーアの細い腕を、脚を、蛞蝓の這うが如くに、
触手は這い進んだ。
ネーアは、身を捩り、払い落としたかったが、
体は、糸の切れたマリオネットの如く、言うことを聞かず、
ただ非情に、むず痒いとも、こそばゆいともつかぬ感覚を、
ネーアに送り続けた。
下肢に絡みついた触手は、ホットパンツの下にへと潜り込み、
まだ、あどけなさを湛えた、瑞々しい秘裂にへと這い進んだ。
ネーアの目は驚愕に見開かれた。
だが、それ以上の抵抗も出来ない。
ただ、異形の怪物の食指を、ネーアの女陰は迎え入れた。
ネーアの脳裏に、様々の人の顔が浮かんだ。
母の顔、父の顔、姉の顔、友達の顔。
そして、いつか純潔を捧げたいと思っていた、あの彼の顔。
その彼よりも先に、自分の純潔は、
このわけもわからぬバケモノに穢されるのか。
ネーアの視界が、崩れた。
涙が、頬を伝っていた。
その悔しさ、悲しさをよそに、エイリアンはネーアの体内にヘと進んでいた。
ネーアの内壁の肉襞を包み込み、毫ほどの隙間もなく、
じりじりと揉みしだき、奥へ奥へと進んでいることを、
慈悲も無く伝えていた。
すでに締まりなく、成すがままになった膣を、不定形の触手は這い進んだ。
処女膜に行き当るも、それに開いた細孔を抜けて、
ゆっくりと這い進んでいる。
触手は、ネーアの肉体を傷つけることなく、
彼女の、まだ幼い女陰を征服した。
一切の力が入らずとも、きつく、狭いそこは、
後から後からと、ポンプで送られる水のようにして体積を増す触手によって、
押し広げられていく。
ある程度、膣内を埋めると、
触手は、ネーアの更に奥へと進出を開始した。
ネーアは戦慄した。
膣腔の更に奥、子をなし、育み、
生命の神秘を孕む、女体の聖域をも、エイリアンは蹂躙しようとしていた。
ネーアは、体の芯が痺れるような感覚を覚えた。
擽るとも、なぞるとも、舐めるともつかない、
そんな感覚が、じわじわと、彼女の胎内を侵していく。
それはまさに、未知の感覚であった。
体が意のままに動いていれば、ネーアは泣き叫び、
のた打ち回って、自ら女陰を掻き回してでも、
その根源を引き摺り出そうとしたかもしれない。
だが、いまやネーアの意思は、
ネーアの形をした肉人形の中に閉じ込められている。
ネーアは、子宮を満たしていく、醜怪な感覚を、
もどかしくも、感じ続けるしかなかった。
腕に絡みついた触手もまた、じっくりと這い進んでいた。
細く、白いネーアの腕を弄ぶように、上へ上へと進んだ。
首筋をなぞるように這い上がり、
だらしなく開け放たれ、唾液が溢れる口腔へと、
触手は流れ込んだ。
触手は、甘かった。
嫌悪をもって拒絶しようというネーアの意思とは裏腹に、
咽喉は、為すがままに触手の侵略を受け容れた。
肛門にもまた、触手たちは群がっていた。
力なく弛んだ関門を、触手たちは楽々と突き破った。
ネーアを羞恥と、衝撃のような快感が襲った。
半ば液体のようなエイリアンの触手は、
ネーアの胎内を犯しているように、じわじわとその径を増し、
ネーアの肛門を押し広げて、腸内を這い進んでいく。
肉襞の一枚一枚に至るまでを、粘液質の触手は包み込み、
しゃぶり尽くす。
脳漿が沸き返るような、規格外の快楽が、
ネーアの精神を滅多打ちにした。
ネーアの肉体は、エイリアンの玩具となっていた。
体内に潜り込んだ触手は、ネーアの肉体が損傷しない限界までに、
その体積を増大させ、ネーアの臓腑を圧迫した。
胃に、子宮に、腸管に、エイリアンは満ち充ちて、
ネーアの感覚神経を弄ぶ。
その凄まじさたるや、運動神経のことごとくを
麻痺させられているにも関わらず、
触手が体内で蠢くたびに、ネーアの体は、ばね仕掛けの玩具のように撥ねた。
肉体が、その快感の大きさに危険信号を出しているのだ。
ネーアの意識も、幾度と無く途絶しかけた。
内臓を、直に、しかも内部から揺さぶられ、揉みしだかれ、犯されているのだ。
だが、気を失いかけるたびに、触手が妖しく蠢き、
ネーアの体は撥ね、気絶することさえ許されなかった。
ごぼり、と、触手がうねった。
その動きは、これまでのものとは、明らかに異質だった。
ネーアの腹部が、膨らむ。
エイリアンが、どんどんと体内に入ってくる。
ネーアは、このまま破裂させられてしまうのではないかと、怯えた。
エイリアンの体内侵入が進むにつれ、
ネーアの感覚に変化が生じた。
これまでは、冷たいとも、ぬるいともつかぬ感覚が、
臓腑の中を満たしていたのが、段々と、熱を帯びていく。
それは、エイリアンに犯されているネーアの臓腑を熔かすばかりに感じられたが、
ネーアは、不思議と恐怖を感じることは無かった。
触手と、自身が溶けて混ざり合っていく。
甘い、とネーアは感じた。
舌に由来する味覚ばかりではない。
エイリアンに犯される、食道が、胃が、膣が、子宮が、直腸が、大腸が、
それらの器官が、ことごとく、“甘い”という感覚を受容し、
ネーアの脳髄にヘと流し込んでくるのだ。
ネーアは、その感覚の渦に蕩けた。
何もかもが、どうでもいいとばかりに、
ネーアは、その感覚を乞い求め、受容し、溺れた。
ネーアの視界が、白くかすんで、溶けていく。
ネーアの意識もまた、ミルクをといたような白い靄の中に落ち込んでいった。
その靄の彼方に、赤く、荒涼とした大地が現れたが、
それすらも、一刹那のうちに、靄に飲まれた。
それが、ネーアの感じた、最後だった。
――――――――――
ネーアは、苔生した地面の上で目を覚ました。
あの、青く輝くエイリアンは、どこにもいない。
ネーアは立ち上がった。
その眼球は、紛うことなくネーアのものだったが、
眼差しは、より強い意志を宿した使命の青い炎を奥に宿していた。
あれは、夢ではない。
その証として、わたしはいま、確かにネーア・フローリスなのだ。
ネーアは嗤った。
それは、凄まじく冷たい笑みだった。
母の呼ぶ声が聞こえる。
ネーアは、いつもの通りに応えた。
ああ、おうちに帰らないと。
ママやパパを心配させてはならない。
友達とも仲良くしないと。
そして、愛しの彼との間に、子供をつくる。
子々孫々、永く、永く栄えるために。
ネーアは、母の元へ、愛する我が家へ、
そして、穏やかな日常への道を帰って行った。
ネーアの頭上に、紅い、紅い星が瞬き、
彼女に賞賛の輝きを投げかけた。
2003年、米国国防総省は大規模なクラッキングを受け、
相当量の機密データが外部に漏出した。
その一つに「Foreiners Report」と銘打たれたものがある。
内容は、現在地球に来訪している異星人の生態や、
来訪目的、また、それらが現在の生態系にもたらす影響について、
極めて細密に記述されている。
その中で、危険性甚大として上げられていたものが、
“Mars Colunbus(火星のコロンブス)”である。
実際に火星から来ているかどうかは定かではないが、
一般に広く膾炙している火星人の姿をとっていることから、
通称として、この名が与えられたとされている。
その体組成は、99.972%が水であり、地球上のクラゲに極めて近似である
しかしながら、残り0.028%の成分で高度な知能を構築している。
肉体は、物理的な衝撃には、極めて高い耐性を持つ一方で、
化学的なダメージには恐ろしく脆弱で、
地球の大気内では勿論、水中であっても、
最長で72時間しか生存できない。
そのような、ひ弱な生物ではあるが、
体内に水分を300g以上、
体組成における水分の割合が20%以上を有する生物と接触することで、
彼らの生体核に相当する、0.028%の化学物質をその体内に融合させ、
肉体を乗っ取ることで、宿主相応の化学耐性も獲得するというのである。
その際、宿主の有するあらゆる記憶や、性格等の情報も、
彼らの支配下に置かれ、利用されるため、
彼らの保有者と非保有者を見分けることは、極めて困難である。
また、宿主となった生物が交尾に及んだ際、
その因子は確実にその子に受け継がれるため、まったく気付かれることなく、
“Mars Colunbus”は、降着した星において、
種の繁栄をもたらすことが出来るのである。
その生態は、まさに侵略と呼ぶに他無く、
異境から遥々、新天地へ辿り付き、
その新天地を己らのものとする嚆矢となった者の象徴として、
“Colunbus”の名が与えられた。
(もっとも、その命名には当然のように異論があるらしく、
漏出した「Foreigners Report」中でも
“Monster Jellyfish”等の異称が使われている)
2003年現在、この異星人の因子の保有者数は、特定されておらず、
迅速な判別法の発明と、排除もしくは隔離が検討されているという。
なお、2003年のクラッキング事案に際しては、
漏出文書を装った膨大な数の怪文書が出回っており、
「Foreiners Report」も、その内容の荒唐無稽さから、
怪文書の一つとして扱われることが多い。
(了)