『つくしんぼ通信〜彼女はキキーモラ〜』  
 
 『えっと、今日から私がご主人様のお世話をさせていただくことになりました。頑張ってご奉仕しますね!』  
 そう言って目の前の女の子が、ホニャッとした表情で微笑む。  
 『えっと……こ、こちらこそよろしく。それと、「ご主人様」ってのは止めてくれないかなぁ』  
 貴族でも富裕な商人の出でもない、それどころか1年くらいまでは、爪に火を灯すような暮らしをしていた身としては、そういう呼ばれ方は正直非常に居心地が悪い。  
 『では、何とお呼びすれば? 「旦那様」ですか?』  
 ちょっと困ったような顔で尋ねてくる彼女に、確か何と答えたんだっけなぁ……。  
 
 ……  
 …………  
 ………………  
 
 「…ゃん、朝ですよ? そろそろ起きてくださーい! 坊ちゃん!!」  
 聞き慣れた声が自分を呼ぶ声に、布団の中に縮こまっていた青年はゆっくりと目を開ける。  
 「うぅっ、ねむい、さむい、あたまいたい……」  
 ブツクサ言いながらも、渋々身を起こすその上半身は裸だったが、その姿を目にしても彼を起こしに来た女性──と言うより「少女」と言う方が似合う年頃の銀髪の娘はまったく動じない。  
 「お酒に弱いくせに、あんなに酔っぱらうからですよ。朝食の用意は出来ておりますから、さっさと着替えて、ご飯が冷める前に召し上がってくださいね」  
 「なんでしたらお召替えも手伝いましょうか?」と聞かれた青年は、フルフルと首を横に振る。  
 実は以前茶目っけを起こして「じゃあ手伝ってもらおうかな」とやってもらったものの、相手は顔色ひとつ変えず、かえって自分の方が羞恥心に身悶えするハメになったのだ。  
 
 ──バタン  
 
 優雅に一礼して主の寝室を出て行くエプロンドレス姿の少女をベッドの上からボヘ〜っと見送った青年は、扉が閉まると、まだ覚醒しきらない心身に喝を入れつつ、寝台から降りた。  
 
 「う〜、ったく。今日はたまの休みなんだから、朝寝坊くらいさせてくれてもいいのになぁ」  
 勤勉な(もしくは勤勉過ぎる)自らのメイドに愚痴をこぼす青年の姿は、意外に幼く見えた。その長身と浅黒く日焼けした肌、がっしりした体つきのせいでやや年かさに見えるが、存外先程のメイド少女と大差ない年頃なのかもしれない。  
 また、何だかんだ言いつつ、少女がせっかく作ってくれた朝食を無駄にせぬよう、手早く着替えるあたりが、彼の人の良さを物語っている。  
 麻の袖なし肌着の上に深い藍色に染められた丈夫なコットン製の胴着(ダブレット)と同色のキュロットパンツを着用し、黒灰色のソフトレザーブーツを履いたその姿は、盗賊か非番の兵士かといった趣きだ。実際、青年は後者に該当していた。  
 
 「おはよ〜」  
 先程のやりとりの際にも朝の挨拶を交わしていなかったことに思い至った彼が、そう言いながらダイニングに姿を見せると、メイド娘はニッコリと輝くような笑みを浮かべた。  
 「はいっ、おはようございます、坊ちゃん♪」  
 その爽やかで愛らしい表情に、不覚にも一瞬見惚れかけたのを誤魔化すように、青年は目を伏せてやや乱暴にテーブルにつく。  
 「ン、んっ! 今朝のメニューは……あれ、オートミールのお粥?」  
 「はい。二日酔いの坊ちゃんには胃に優しいものの方がよろしいかと思いまして。  
 ──もしお嫌なら、すぐ作り直しますが」  
 と、そこでほんの少し上目遣いになって此方を窺う仕草は、正直「ズルい!」と思う青年。  
 (そんな表情されたら、文句なんて言えるわけないじゃないか!)  
 「……いや、確かにあんまり食欲はないから、コレで十分だよ」  
 とは言え、そのまま素直に認めるのはシャクだったので、一言付け足す。  
 「ピュティアの作る料理は何でも美味しいから問題ないだろうし、ね」  
 「な……!?」  
 思いがけない称賛の言葉を聞いて、耳まで赤面するメイド娘。  
 「──坊ちゃんも随分お人が悪くなられましたね」  
 平静を装ってはいるが、並みの人間よりいくぶん尖った耳朶がピクピク動いているので、感情の動きが丸分かりだ。  
 「なに、ピュティアの家事の技量の進歩具合には及ばないと思うよ」  
 「!!」  
 何食わぬ顔でお粥をスプーンでかき回しつつ、追い打ちをかける青年なのだった。  
 
 * * *   
 
 出会って数年経った今でこそ、傍から見て、のんきな若旦那とそれに仕えるよく出来たメイド然とした関係に落ち着いているふたりだが、初めて会った時は、お互いまさかこんな関係を構築するとは夢にも思っていなかった。  
 
 当時、青年──ジェイムズの方は、とある辺境の村の「警備隊」(というよりは自警団に近い組織)に所属して、都から来た隊長にビシバシしごかれていた16歳の少年だった。  
 流行り病で両親を無くし、オンボロ一軒家と猫の額ほどの土地しか親から受け継がなかったジェイムズは、畑仕事だけで食べていくのは厳しいため、なけなしの畑は隣家に貸出し、代わりに村に割り当てられた兵役を担当することで糊口を凌ぐことにしたのだ。  
 運がいいのか悪いのか、彼が警備隊に入ったその年から新任の隊長が赴任して来たのだが、その隊長が意外に職務熱心なタチで、警備のかたわらジェイムズ他数名の「なんちゃって兵隊」達を容赦なくビシバシ鍛え上げた。  
 まだ若い(おそらくは20代初めか?)隊長の訓練はなかなか巧みで、各人の個性に応じた武器の取り扱いをキチンと指導してくれた。  
 当初は「こんなド田舎でそんなに気負わなくても」とブツクサ言っていた隊員達も、戦いに関する技術が目に見えて向上し、以前は大きな街の冒険者や国の討伐隊に任せるしかなかったモンスターや野盗に自分達で対処できるとなると、評価やムードが一変する。  
 ジェームズの場合はとくにそれが顕著で、自分でも意外に思えるほど剣の力量が上達し、1年後には隊長から4本に1本は取れる程にまでなっていた(もっとも、隊長の本来の得物は槍で、長剣の扱いはほんのたしなみ程度だと後で知って愕然とするのだが)。  
 
 それは、夏が終わり、秋の訪れとともに森の木の葉が少しずつ色づき始めた季節。  
 警備隊の通常任務である村の周辺の見回りに出かけたジェームズは、何も異状がないことを確認して、そろそろ村に戻ろうとしたところ、村の入り口付近に倒れている少女を発見する。  
 「え? あ、あれ!?」  
 彼女は、年頃の娘としてはいささかはしたなく、両手両足をだらしなく投げだした姿勢で、道端にうつ伏せにぐんにゃりのびていた。コバルトブルーの半袖ワンピースを着て、陽光に煌めく銀色の長い髪をしたその姿は否応なく目立つはずなのだが……。  
 場所柄それなりの人通りはあるのに、奇妙なことに誰もその少女の存在を気にしていないようだった。  
 この村は格別よそ者に冷たいというわけでもないし、むしろどちらかと言うとお人好しが多いので、生きているにせよ死んでるにせよ、若い娘が行き倒れていたら誰かが即座に集会所にでも運び込みそうなものなのだが……。  
 「おーい、そこの君、生きてますかー?」  
 一応、「村の治安維持を守る」役目を背負う警備隊に所属している以上、見過ごすわけにもいかず、仕方なく近寄ってその安否を確かめると、少女はノロノロと顔を上げた。どうやら、まだ命はあるようだ。  
 「お……」  
 「お?」  
 「お腹、空いた、です……」  
 か細い声で一言言い残して、そのままガクリと意識を失うその姿に慌てるジェイムズ。  
 「お、おい、ちょっとォ!?」  
 こうなっては是非もない。  
 なるべくヘンな所に触らないよう注意しつつ、少女の身体を抱きかかえると、ジェイムズは急いで警備隊の詰め所へと向かったのだった。  
 
 運が良いことに、詰め所には少年が信頼する隊長が食後のお茶(ちょうど昼飯時だった)を飲みつつ、何がしかの書類に目を通していた。  
 「ん? どうした、ジェイムズ……って、変わったお客さん連れてるな。お前さんのコレか?」  
 いわゆる「お姫様抱っこ」の体勢で少女を運んで来た部下を、おもしろそうな表情で眺める隊長。  
 「ち、違いますよ! 村の入り口で倒れてたんです。どうも空腹で目が回ってるんじゃないかと思うんですけど……」  
 少女を詰所の長椅子にそっと横たえつつ、慌ててジェイムズは弁解する。  
 「なるほどな。ちょっと待ってろ。ウチに行って何か食べる物もらって来てやる。いや、女手がある方がいいかもしれんし、この際、ゲルダもいっしょに連れて来るかな。  
 お前さんは、ここでその子を見ていてやれ」  
 気軽に立ち上がった隊長は、詰所を出ると、すぐ裏手にある自宅の方へと早足で歩き出す。  
 程なく、隊長は蓋の隙間から湯気の漏れ出る鍋を手に、いくつかパンの入ったバスケットを提げた女性と共に戻って来た。  
 「どうだ、お嬢さんの様子は?」  
 「あ、いえ、特に変わりは……」  
 少女は意識を失ったままだが、緩やかに胸が上下しているので息があることは確かだ。  
 「ふむ……で、どうだ、ゲルダ? やっぱりその娘はアレか?」  
 鍋をテーブルに置いてから、傍らの蒼髪の女性の方に振り返る隊長。  
 「ええ、ケインの予想通りよ。その子は間違いなく妖精ね」  
 「ゲルダ」と呼ばれた若い女性──隊長の妻はトンデモないことを言いだした。  
 普通なら失笑するところだが、ジェイムズは、自分と大差ない年頃の美少女に見えるこの女性が、実は隊長よりふたつ年上の姉さん女房で、かつ優れた氷雪系魔法の使い手だと知っている。  
 同時に、モンスターや亜人などに関する知識が豊富なことも。  
 「へ!? 冗談……じゃないんですよね、ゲルダさん?」  
 とは言え、妖精に関する通俗的なイメージ(羽の生えた小人)と知識しか持っていないジェイムズは、思わず聞き返してしまう。  
 「もちろん。ジェイムズくんには、一見人間と変わりない姿に見えてるのかもしれないけど、そういう種族の妖精も少なくないわ。  
 その証拠に、キミが見つけるまで村の誰もこの子に気づかなかったんじゃない?」  
 確かに彼女の言う通りだった。  
 「だったら何で僕には……」  
 彼女が見えたのかと尋ねようとしたところで、隊長がその答えをくれた。  
 「ジェイムズ、お前さん、どうやら自分では気づいてなかったようだが、妖眼(グラムサイト)を持ってるみたいだな」  
 
-つづく-  

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