俺はエロゲが好きだ。エロゲには夢がある。小説や映画、演劇、音楽などを馬鹿にしてるわけじゃ  
ない。だが俺にとってエロゲはそれらと同じかそれ以上の意味がある。俺はオタクだ。俺を馬鹿にす  
るならすればいい。だけどエロゲのことを何も知らないで、エロゲを「恥ずかしい」とか「こんな年  
になってこんなものを」なんて口にしないでほしい。  
『あんっ、あん、あん、あん、あっ、あん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、ん、お、おにい、ちゃ』  
 今日もエロゲを起動して、俺は左手を所定のポジションに添える。ヘッドフォンは装着済だ。いく  
らエロゲは素晴らしいといっても音が漏れては他人の顰蹙を買ってしまう。ヘッドフォンは必需品だ。  
あとドアがしっかり閉まっていることも大事だ。開いてようものならまたアイツに後ろ蹴りをくらっ  
てしまう。  
『おにぃ、ちゃあん、おにいちゃん、いいよ、いい、いいよぉ、あ、ああん、あん、あっ、あん』  
 ディスプレイには高校生の男子と○学生の女子が正常位で性行している様がCGで描かれていて、画  
面下部にはテキストが自動進行している。極楽浄土に向かって二人は必死にお互いの性器をぶつけあ  
っていた。俺は高校生の男子に感情移入してスコココココ、と自身の包茎を上下に被せたり剥いたり  
していた。  
『いく、いく、いくぅ……いっちゃうううううううううううううううううううう』  
 エロゲらしくテンプレのように長い口上と共に妹キャラが絶頂した。同時に画面内に飛散する白濁  
液と画面外──つまり俺から放出された精液がディスプレイに水滴を垂らした。途端に背後から衝撃  
で俺の体は机に思いきりぶつかってしまった。木で出来た机が胸に、顔面はディスプレイに激突した。  
「電話だって言ってるでしょッ、変態ッッ!!」  
 妹の咲が子機を俺の後頭部に向かってフルスイングした。子機が俺の後頭部を強打した後、俺は下  
半身を御開帳したまま気絶した。  
 
 
「咲、何か言うことはあるか」  
 俺が目覚めた後、家族会議の席上に呼ばれたのは言うまでもない。一階のリビングに親父とお袋、  
俺と咲が着席し、お袋が入れてくれたお茶を皆で飲みつつ、厳かに会議は始まった。  
「あたしは悪くない。悪いのはコイツだ」  
「うむ。咲の意見は分かった。でだ、俊二の意見はどうだ」  
「俺は……何も蹴らなくてもいいと思う」  
 
 咲が眉をつりあげてこちらを睨んでくる。「死ねッ、変態ッッ!」  
 途端に親父の平手が咲に炸裂した。「落ち着け咲。言葉に気をつけろ」  
「だって、こいつエロゲやってたんだよ?」咲は涙目になりながら両親を見る。  
「母さん、エロゲって何だ?」  
「えっとぉ、一言でいうのは難しいけれど、ようは風俗のようなものかしらね」お袋はカラカラと  
笑いながら返答する。親父もそれにつられて「なるほど、風俗か」と遠い目をしてから咲に向き直  
る。「咲、いいかよく聞け。大抵の男はいつか風俗を経験する。たとえ俊二であってもだ。男には  
生理現象というのがあってな、我慢できない時は、つい、その何だ、行きたくなってしまうんだよ。  
二つの意味で」お袋と親父が爆笑している。俺たちはまったくついていけない。  
「許してやれ。男はそういうものだ」  
「それはそうと咲、お前暴力的すぎるぞ。そっちの方が問題だと思うがな。子機を壊した事につい  
て、反省してるのか?」  
 咲の目が陰る。「反省、してます。ごめんなさい。で、でもこいつを蹴ったことは反省してない  
から」  
「反省するポイントがずれてるぞ。子機は直るが人は治せないこともある」うんうん、と一人頷く  
親父。  
「そうよぉ、お父さんなんて昔はあんなに元気だったのに今じゃ週一も怪しいんだから、キャッ☆」  
 両親は何だか関係のない話を始めたようだ。俺と咲は席を立った。「親父、お袋。咲とはまたこ  
の話しておくから、今日のところはここまでってことで」「おう、兄妹仲良くな」「うん」  
 咲は既に階段をのぼりはじめていた。俺が階段に足を掛けた頃には階上からバタンッとドアの閉  
まる音がした。俺はとりあえずは自室に戻り、パソコンとかの調子を確認した。……起動しない。  
BIOS画面にもいけない……。  
 さて、どうしたものか、と画面にこびり付いた精液を拭きながら考える。咲は画面をどこまで見  
ただろう。エロゲの妹ものとまで分かっただろうか。それによって釈明の仕方も変わってくる。そ  
ういえば誰から電話あったんだ。咲が子機渡してきたから、誰か知ってるか。俺は早速妹の部屋に  
行き、ドアをノックする。  
「──来るな」  
 怖。言葉が重いよ。「おい、咲。あのさ、さっきの電話、誰から掛けてきたんだ?」  
 しばし沈黙が訪れる。「忘れた。ごめん」  
 俺はなんだかニヤニヤしてしまった。素直なんだよ咲は。「そっか。分かった。思い出したら言  
ってくれよ。あとさ、ごめん。また後で話そうぜ」言いたいこと言ってすっきりした俺は自室に戻  
ろうとすると、咲のドアが開いた。「兄貴。今でも、いいから」「うん」  
 そして俺は、妹の部屋に入った。いつ以来だろう。俺が中学生になる頃に一人一室与えられて、  
最初の頃は「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って咲は甘えてたから咲は殆ど俺の部屋に来て遊んでた。  
それが中二になる辺りからお互い忙しくなり、恥ずかしさも手伝ってお互いあまり部屋を行き来し  
なくなった。だから一年以上は咲の部屋をまともに見てないことになる。  
 部屋は薄い水色のカーテンとか、プーさんの特大ぬいぐるみとかベッドがある、青とピンクの女  
の子らしい部屋になっていた。柑橘系の香りが漂っていて、良い匂いだった。俺があまりにも部屋  
を見渡すものだから咲が眉を吊り上げて「座って、ここ」と部屋の中央にクッションを二つ敷いて、  
咲の可愛らしいお尻がそこに収まった。  
 座ってはみたものの、お互い第一声が出てこなかった。相手とこちらで認識にア○ネスとエロゲ  
ユーザーほどの溝ができていそうで、どこから共通点を見出していこうかしばし迷った。最初に口  
火を切ったのは咲だった。  
「お母さんは風俗みたいなものだって言ってたけど、でもお、兄貴のやったのって風俗とは違うじ  
ゃん。あたしは風俗とかエロ本とかエロビデオならまだ分かるんだ。クラスの男子でエロ本学校に  
持ってきてるのもいるしさ、でもエロゲは違うでしょ?」  
 続けていいよ、と俺が促す。  
「エロゲはさ、オタクじゃん!」興奮すると咲の声がどんどん大きくなる。「兄貴さぁ……どうし  
てこうなっちゃったんだ? 昔はもっと普通だったんじゃん。普通にか……とにかく、兄貴が理解  
できないよ。あとキモい」咲が寂しそうにどこかを眺める。「で、反論は?」  
「俺もエロゲがキモいって言われるものだってわかってるよ。だから隠して遊んできたわけだし。  
でもさ咲、キモくないエロゲだってあるんだぜ」  
 俺の発言に早くも拒絶反応を示す咲。「キモいからエロゲなんだろ?」  
 俺は首を左右に振った。「いや、それは少し違う。咲は、どんな映画が好きだっけ?」知ってて  
そういう話を振る。  
「トレインスポッティング、あとバッファロー'66」  
 俺は頷いて次の質問をする。「好きなイラストレーター、画家は?」「レベッカ・ゲイ」  
「じゃ、最後。好きなミュージシャンは?」「椎名林檎、ビョーク」  
「咲、もしこれらクリエーターが一緒に何か作ったらどうする?」「興奮する」「だよな。日本の  
多くのクリエイターがここ20年でゲーム業界に集まってる。映画とかTVドラマは総合芸術って言  
われているけど、それと同じようにアニメやエロゲにも、面白いものはたくさんあるんだぜ」「た  
とえば?」「YU-NOが忘れられないなぁ。咲は時間移動ものって好きか? バックトゥザフューチャ  
ーとか、ちょっと違うかもだけどバタフライエフェクトとか」「好き! 大好き!」「YU-NOも時間  
移動ものだから、お前ならめっちゃ嵌るぜ」  
 咲の表情から険が取れてきた。  
「でも兄貴はあーいうのが好きなんだろ。その、妹ものっての?」  
「うん。まぁな。でもそれこそ、エロDVDと同じようなものだからさ」  
 咲がジト目でこちらを見つめる。  
「なんだよ」  
 ぷい、と目線を外される。「別にぃ、兄貴のことが分からなくなっただけだよ」  
「どこが分からないんだよ」咲が俺の目を見つめる。気のせいか、頬が赤くなっている。  
「兄貴は、あーいう妹もので抜くんだろ」  
 抜く、という言葉を咲から聞いたのは初めてだった。反応が少し遅れる。「ああ」  
「どうせ私は暴力女だよ」「あん?」  
 話の筋が掴めない。「まぁ、兄貴の言うとおりエロゲにも面白いものはあるってのは認めてや  
るよ。ただし」咲は右手を俺に向かって差し出した。「その、それ。貸してよ」  
「それってYU-NOのことか? うーん。悪いけどもう持ってないんだ」「なんで!?」  
「売っちゃったから」咲がその言葉でがっくりと首を垂れる。「使えねえなー。買ってこい!」  
「咲の誕生日にな」咲の誕生日はひと月後に迫っていた。  
 咲が首を左右に振って嫌がった。  
「ってかなんで私の誕生日にエロゲ貰わなくちゃいけないんだよッ!」  
「欲しくないの?」「…………欲しい」  
「じゃいいじゃん。貰っとけ」  
 咲はまた首を振り出した。「なあ兄貴、頼むから誕生日プレゼントとしてエロゲ貰うのは勘弁  
してくれよ。その一週間前でも一週間後でもいいからさ。な?」  
「お前そういうこというとソフトもう一本つけちゃうぜ」「なッ…………どういうの?」  
「それはな……」  
 その後、咲はエロゲへの偏見が徐々に薄れていくのだが、それはまた別のお話。  
 

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