「あの、クソババア・・・」  
真夏の照りつける太陽の下・・・  
俺〜羽場乃誠〜は三時間にも及ぶ、苦行を行っていた。  
 
事の発端は、今朝のことだった。  
俺は、いつものようにクソババアと朝食を摂っていた。  
 
無論、クソババアは本名ではない。  
奴の名前は羽場乃梅子、明治の頃から生きている、  
ある意味、妖怪である。  
昔は、村一番の美人と言われた・・・  
・・・とは本人談だが、俺には到底、信じられない。  
 
まあ、それはともかく、始まりは奴の一言だった。  
 
「誠、倉を掃除して欲しいんじゃが・・・」  
「断る。」  
俺は、朝食の納豆をかき混ぜつつ、即答した。  
こう聞くと、俺が酷い人間に思えるが・・・それは誤解である。  
 
これでも家は、由緒正しい神社の分家である。  
自宅の裏にある倉は分家とは言え、一人で掃除をしたら、  
一週間は軽く潰れるんじゃないか・・・という広さがあるのだ。  
ちなみに・・・クソババアは分社の家長・・・  
本家出身の俺とは、縁戚関係である。  
 
「・・・ワシに・・・齢、百を越える老人に、  
 あの倉を掃除させようと、そう言うのかえ?」  
「だから、俺一人でやれってか!」  
その言葉に、奴は眉をひそめ、  
「・・・一応・・・お主は本家から、修行の名目で来ておるのじゃぞ?」  
と言った。  
「だから、俺は神主になるつもりなんて、  
 これっぽちも無いんだって!」  
俺はそこまで怒鳴ると、その皺だらけの顔を睨みつつ、  
「跡継ぎなら、明里に任せればいいだろ・・・  
 俺なんかより、遥かにできの良い妹にさ・・・」  
と呟いた・・・  
 
「嘆かわしいの・・・修行をすれば、伸びるものを・・・  
 ・・・そんなに修行が、嫌なのかえ?」  
「だから、神主になる気もないのに・・・」  
「わかった・・・もう言わずともよい。」  
そう言葉を遮ると、奴はこう言った。  
「修行はせんでもいい・・・だが、ただ飯を食わす義理はない。」  
「つまり・・・やれと?」  
「うむ・・・やらんのならば・・・飯は食わさん。」  
・・・有無を言わさない、その口調・・・  
俺は、ろくな反論も出来ず、口をつぐんだ。  
 
「ちくしょう・・・こんな家、出ていきてえ・・・」  
それから数時間、倉の掃除は半分も終わっていなかった。  
「・・・・・・家出か・・・案外、良い考えかもな。  
 でも、金もねえしな・・・何処ぞで、野垂れ死にしたくは・・・」  
そこまで考え・・・ふと、足下に転がる巻物を見る・・・  
「待てよ・・・金目の物だったら、目の前にあるじゃねえか。」  
と言いながら、俺は巻物を拾い上げる。  
・・・明らかに、古そうな一品である。  
「よし、こんな家、出てってやる。  
 ・・・そのためにも、軍資金集めだ。」  
そう呟くと、俺は地獄改め、宝の山へと飛び込んでいった。  
 
「確か・・・絵とか陶器は、当たりはずれが多いんだよな・・・」  
『開○!な○でも鑑○団』で得た知識を総動員して、  
めぼしい物を探す・・・ありがとう、石○○二・・・  
「巻物に茶碗に・・・ん?あれは・・・」  
探しはじめて、しばらく経ったころ・・・  
俺は、明らかに怪しい箱を発見していた。  
見た目は、細長い重厚そうな箱なのだが、  
白光りする表面を、黒い鎖が何重にも巻き付いている。  
 
「何だか・・・高そうだな。」  
この細さと長さ・・・中身は刀かも知れない。  
・・・無論、開けてみるまでは、わからないが・・・  
「とりあえず・・・開けてみるか。」  
早速、箱の解放作業に入る・・・  
予想に反して、鎖はあっさりと解けた。  
「それじゃ・・・ご対面といきますか。」  
まるで、金庫を開ける泥棒のごとく、  
俺は胸を高鳴らせながら、蓋を開いた・・・・・・  
 
「何だ、これ・・・」  
そこに入っていたのは・・・  
とてつもなく、立派な剣だった。  
 
柄から鍔にかけては紅、  
刃の部分は半透明で、中に無数の豆電球・・・  
剣を振ったら、ぴかぴか光って綺麗だな・・・  
「・・・って、玩具やないかい!」  
思わず、つっこむ・・・自分自身に・・・  
「これじゃ、痛い人だな・・・」  
『そうですね。痛々しすぎて、泣けてきますね。』  
「だ、誰だ!」  
突如、耳元で聞こえた声に、俺は驚愕の声を上げた。  
 
『誰って・・・手に持ってるじゃないですか〜』  
確かに、声は手元から聞こえてくる・・・だが・・・  
「ありえねえ・・・玩具が喋るなんて。  
 B級ライトノベル(定価490円 税別)じゃあるまいし。」  
『はう・・・妙な例えですね・・・でも、事実ですよ?  
 それに、私は玩具じゃないです。私は雲陽・・・付喪神です。』  
その後、雲陽が語ったところによると・・・  
どうやらこいつは、生命エネルギーを喰らう妖怪らしい。  
十年くらい前に生まれて、街で大暴れしたらしいが、この神社の巫女・・・  
つまり、クソババアの手によって、封印されたのだそうだ。  
 
『えとえと、あの狭苦しい箱から、  
 出してくれて、ありがとうございます!』  
そう言うと、剣は豆電球をペカペカと光らせる。  
・・・どうやら、感謝の意を示してるらしい。  
続けて、雲陽はこう宣った。  
『・・・それで、お礼と言っては何ですけど・・・  
 貴方の体を、乗っ取らさせて貰います!』  
 
「・・・・・・・・・」  
とりあえず、折ることにした。  
プラスチック製の刃に、無言で力をかける。  
『はう〜!痛いです!痛いです〜!ほんの冗談なんです〜!』  
「冗談でも、言って良いことと悪い事ってもんが、  
 この世には存在するんだぜ、嬢ちゃん。」  
『何言ってるんですか〜!』  
などとふざけていると・・・  
 
「誠、もう掃除は終わったのかえ?」  
・・・クソババアが扉から、顔を覗かせていた。  
「と言うか、一人で何を騒いで・・・」  
と、その目が、俺の持っている剣で止まる。  
『で、出た〜!』  
大騒ぎする、雲陽。ババアはすでに、臨戦態勢に入っている。  
「誠や・・・それの封印を解いたのかえ?」  
「封印?・・・封印なんて、されてたのか?」  
・・・ただ、鎖で縛ってるだけ・・・のように見えたが・・・  
『一応、二重三重の封印が、なされてましたよ?』  
「おまえ、人ごとみたいに言うな・・・」  
などと、喋っている間にも、ババアは近づいてくる。  
「誠、それを渡すのじゃ。それは危険な代物なのじゃ・・・」  
『うう・・・私は危険なんかじゃ、ありませんよ〜!』  
ババアの言葉に、雲陽が文句を言う・・・  
が、とりあえず無視して、俺はババアに言った。  
 
「断る。こんな、金になりそうな物・・・誰が返すかっての!」  
『売らないでください〜!』  
「売るじゃと?・・・馬鹿なことを・・・  
 そんな物を売って、どうするつもりじゃ?」  
『無視しないでください〜!』  
「この家を出ていく。本家にも帰らない。  
 俺は、俺が生きたいように生きる!」  
『どう生きても良いですから、話を聞いてください〜!』  
「なんじゃと・・・この、たわけが!  
 それは、単なる我が儘じゃ!」  
『そうです!我が儘です!  
 よく、わかりましたから・・・私を無視しないで・・・』  
「お前は、少し黙ってろ。」  
ババアを牽制しつつ、雲陽にそう言う。  
『・・・はう〜・・・あんまりです・・・』  
雲陽がいじけているようだが、気にする余裕はなかった。  
ババアがこちらを睨みつつ、呟く。  
 
「仕方あるまい・・・誠・・・  
 お主の性根、叩き直してやろう。」  
と同時に、ババアの手から閃光が放たれる。  
間一髪、かわした俺の背後で、九谷焼の茶碗が吹っ飛んだ・・・  
・・・ああ、さよなら、なん○も鑑定○・・・  
などと、情感に浸っている間に、  
二撃目、三撃目の閃光が襲いかかる。  
 
「やめろ、ババア!殺す気か!」  
「大丈夫じゃ、当たり所が悪くない限り、死にはせん!」  
それは、当たり所が悪ければ死ぬって事じゃ・・・  
ああ、思えば短い人生だった・・・  
今年こそは、彼女居ない歴に終止符を・・・と思ってたのに・・・  
ああ、性春の悦びも知らぬまま、俺は散るのか・・・  
 
「散って溜まるか!このクソババア!」  
叫ぶと同時に、俺はババアの懐へと入り込む。  
これでも、俺は剣道部なのだ・・・幽霊部員だが。  
「チェストー!」  
気合一閃、ババアに剣を振り下ろす。  
とてつもなく、軽い音がしたかと思うと、  
ババアは音もなく、床に崩れ落ちた。  
 
「勝ったか・・・」  
『だが、お前の・・・性への強い執着が無ければ、  
 到底、勝てぬ相手だった・・・です・・・』  
「師匠、俺・・・殺りました!  
 ・・・って、何を言わすんだ、こら・・・」  
と、雲陽を折りにかかる。  
『痛い〜!やめてください〜!』  
 
と、ババアの方から、うめき声が聞こえる・・・  
「ちっ!生きてたか・・・じゃねえな・・・  
 とりあえず、ロープで縛って・・・」  
そこまで言って、俺は絶句した。  
・・・何故ならば・・・そこにはババアでは無く、  
黒髪の美しい巫女さん(ロリ度、当社比150%)が倒れていたからだった。  
 
                                    つづく  
 

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