はぁ……
アパートの自室のドアの前に辿りついたとたん、一日の疲れがどっと襲いかかる。ドアに寄りかかりながら思わずため
息が出た。世間は連休のどまんなかのクリスマスイブに浮かれ騒ぎ、自分といえば早朝から夕方まで休日出勤だ。
都心にあるオフィスでひとり黙々と仕事を終え、外に出たとたん街中は二人連れであふれた別世界だった。誰もいな
い家に帰る途中も、高校生にも見える若いカップルたち、自分と同い年くらいの30代の二人連れ(きっと結婚している
のだろう)、不倫かと疑ってしまうような年の離れた男女……仕事に打ち込んだまま気がつけば遠い世界のできごと
になってしまった、幸せな人々の姿がそこにあった。電車はごったがえす街を離れ、ようやくアパートのある駅で降り
る。普段はなんてことのない地味な商店街さえもジングルベルが流れ、小さな露天を出してケーキを売りだしている。
これから「お出かけ」なのだろう、はしゃいだ子供たちつれた家族が何組も駅に向かっていく。恋人、家族、当たり前の
幸せ……アパートまでの一歩一歩が、まるで自分の人生を責めているようだった。
ドアを押し開けると暗く冷えた空気が漂っていた。玄関のスイッチで灯りをつけると、そこはいつもとなにも変わらない
光景だ。テレビ、パソコン、気まぐれに買った雑誌に脱ぎ捨てられた洋服。一人暮らしを始めてからずっと同じ景色。
そういえば、初めは女性を呼ぶために少しきれいにしていたんだった。そういう気持ちさえもいつのまにかなくなって
いた。こたつに入ったままぼーっとしていると腹が鳴る。そうだ、そういえば今日は何も食べていない。すっかり気落ち
して出かける気にもならない。こたつの上にあった宅配ピザに電話して左上のピザを頼む。住所を伝え終えると
「クリスマスセットもいかがですか」と薦められたので何も言わず電話を切って横になるとすぐに眠気が襲ってきた。
「ピザールでーす!お届けに参りましたぁー!」
唐突なまでに能天気女の声でふと目が覚める。いそいそと立ち上がりドアを開けると、サンタ姿の女の子がいた。
「あっ!いたんですね!よかった〜返事がないから間違えちゃったかな?って心配したんですよ〜」
そういってまた満面の笑顔を輝かせながら、明るい髪のポニーテールをひらひらさせる。ドキッとした。まだ十代後半
に見える無防備な笑顔と服の上からでもとっさにわかるふくよかな体つき。体の線に沿ったナイロン地の安っぽい
サンタコートから視線を落とすと、白いファーで縁取りした赤いナイロン半ズボンから伸びた脚を白のストッキングが
ぴっちりと包み込んでいる。太ももと比べて驚くほど細い足首のアンバランスに思わず息を呑んだ。ゆっくりと顔を
上げるとか細いウエストからぐっと豊満なバストがはちきれそうだ。
明るくて、かわいくて、健康な女の子。それが眼の前にいて、にこにこと笑顔をふりまいてくれている。
「あの〜、お代をいただいてもいいですか?」
すっかり固まっていたみたいだ。あたふたと部屋に戻り財布を手にドアを開く。さっきと同じ満面の笑顔、そこにどこか
いたずらめいた色が混ぜっていた。なんだろう?その視線に捕らわれたまま、またしばらく固まってしまう。その子は
ちょっとおもしろがるような表情を見せながら、いたずらっぽく顔を近づけて、じーっとこちらの目を覗き込んできた。
「……ふふ……ほら」
ほら? そういって、合わせた視線を下に向ける。それを追うと、その子がコートの前をはだけて両乳を見せ
付けていた。ずっしりとしたふくらみをブラの上からはみ出させて、ほとんど桃色の大きな乳輪がこちらを
向いてほんのり膨らんでいる。
「びっくりしました? さっき、見てるのばればれでしたよ?」
見てたよ! だからといってなんで? そんな言葉も、その子の少し上気した表情と、かすかに漏れだした吐息
の前にどこかに吹き飛んでしまう。彼女の背中に広がる住宅街の景色には人はいないが、もしかしたら誰か
に見られてしまうかもしれない。
「私……知らない人に見られるの……興奮するんです……だから……見るだけなら……いいんですよ……」
そういって両手の中指で慣れた手つきで自分の乳首を軽くこすると、桃色の大きな乳輪がぐぐっと盛り上がる。
そうやって乳首をいじりながら、ときおり快感に身をよじりつつ、上目遣いにじっとこちらの顔を見つめている。
「んふ……興奮してるんですね……私も興奮しちゃう……」
そういって艶っぽいまなざしを送りながらこちらの反応を楽しんでいるようだ。こちらの心を丸裸にされるようで、
自分のほうが恥ずかしく思えて……勃起した。さっきまではセックスをしたことがあるかどうかもわからない
元気な女の子に思えた。そう、さっきは「かわいい子」だった。でも今はっきりとわかった。この子はそんな
「かわいい子」をとっくに卒業した子なんだ。彼氏の趣味?それとも年上のオヤジにすっかり調教された?
わからない。だけどそんなことを考えていて少しみじめな気持ちになる。そして……ますます勃起した。
「……触りたい?」
そう聞いてくる。だけど、答えられない。体も動かない。見つめることしかできない。そしてその全てがお見通しの
ようだった。
「ふふ、おっきくしてるんでしょ……」
答える必要はない。そんなことはどっちもよくわかってる。こっちの考えることなんてきっと全部伝わってしまう。
どんなにみじめでも、今この場でしごきたい。見つめられたまま、見つめられたまま……
「だめよ……あとで……ひとりでいっぱいして……ね、約束だよ……」
そう、全部お見通しだ。自分が今そんなことができないことも、帰ったあとにサルのようにそうすることも……
時折聞こえる車の音を聞きながら、ふたりともじっと動かず、何も言わず、ただただ興奮に支配されていた。
「あっ!そろそろ戻らないと!お代金、たしかにいただきました!」
はっとした。目を合わせるとそこにはさっきのいやらしい視線は微塵もなく、初めて目を合わせたときの天真爛漫な
笑顔だけがきらきらと輝いていた。こちらおつりになります、と手際よく渡された小銭を、ただただバカみたいに受け
取って何もいえない。
「ピザールをご利用いただき、ありがとうございました!」
そういってタンタンタンと軽快に階段を駆け下りると、すぐにバイクが走り出した。
ドアを閉じて電気を消す。そのまま冷たい玄関の床にへたりこむと、足元にはピザのかすかなぬくもり。ズボンの前
を開けてがちがちに勃起したものを握りしめ、さっきの約束を思い出す。
「あとで……ひとりでいっぱいして……ね、約束だよ……」
(終)