二時間目の体育が水泳という事で、二年三組の女子は教室を移動し、更衣室へ集ま  
った。男子には更衣室が無く、その辺で勝手に着替えなければならない事を鑑みると、  
いささか女尊男卑の趣が漂うが、十何年も前に決まったようで、爾来、このやり方は改ま  
らなかったという。  
 しかし、女子更衣室の屋根裏に、その不条理を糺そうとする漢が約一名いた。  
(なんで俺らだけ、外で着替えなければならねーんだよ。金玉丸出しで)  
 浦部京四郎は、カメラ片手に女子更衣室の中を覗きながら、そう思った。ジェンダーフ  
リーの観点から言うと、着替えも手洗いも男女一緒でなければおかしいではないか。  
 そう、俺は世の不条理に一石を投じるのさ、といい加減な言い訳をしつつ、シャッター音  
をさせないように改造したデジタルカメラを駆使し、今が熟れ初めという感じの女子高生の  
肉体を激写していた。  
 
(おお、皆、良い感じに育ってて…へえ、ブラジャーってあんな風に外すんだ)  
 すでに脳内からは不条理を糺す思いは失せ、そこいらのスケベ親父と何ら変わらぬ  
京四郎が、地上の楽園をもっと見たいと思って、つい前のめりになった時、ミシミシと  
いう音がした。  
「あれ?」  
 アイザック・ニュートンの逆二乗の法則を思い出していただき、万有引力定数を…  
 要するに京四郎は屋根をメキメキと破り、女子が何十人も着替えている場所へ落下し  
たのである。この際、彼自身は衛星が地表すれすれを飛ぶ速度、すなわち第一宇宙速  
度ほどの速さを感じたが、実際は一秒前後の話であった。  
 
「ぎゃ!」  
 板の間に落ちた京四郎は背中を強打し、のた打ち回った。これに驚いたのは女子生徒  
である。  
「いやーッ!京四郎よ!」  
「殺して!誰かアース持ってきて!」  
 まるで害虫扱いだが、強かに背中を打って苦しんでいる京四郎に、女子の容赦ない  
暴力が加えられた。殴る、蹴る。屁をする。モップで叩く。混ぜるな危険とかかれた洗剤  
をかける者までいて(真似しちゃ駄目!)、地上の楽園だと思われた場所が、阿鼻叫喚  
の地獄絵図に変わった。さながら京四郎は針山に追われる罪人という所である。何しろ  
皆、全裸ないし半裸の少女達。見られて興奮する一部の異常性癖者を覗けば、恥ずかしく  
てたまらないのである。  
 
「いてて!暴力反対!」  
「殺されないだけ、良いと思いなさい」  
 いい加減、ぼてくり回された挙句、京四郎はまるでゴミでも捨てられるかのように、女子  
更衣室から放り出された。勿論、カメラは没収。その上、全治一ヶ月の怪我を負った。  
「いてて…ちくしょう、まるで鬼だ。やつら」  
 その鬼の着替えを見たがるお前は何なのという感じだが、それはさておき収まらないの  
が京四郎である。  
「このままじゃすまさん。ウラミハラサデオクモノカ…」  
 杖をつきながら歩く京四郎の背中からは、得体の知れないオーラが出ており、なんと  
その瘴気でくそバエが五匹ばかり落ちた。それを見た日本除虫菊の社員は、思わず彼を  
拝んだというが、それは割とどうでも良かった。   
   
「おい、京四郎はどうした」  
 プールで体育教師が男子生徒に尋ねるも、誰も彼の行方は知らなかった。皆、顔を  
見合わせ首を傾げるばかりで、何故、授業に出てこないのかも分からない。  
「一時間目までは居たんですけどね」   
「サボりか。しようのないやつだな」  
 教師も京四郎の素行の悪さは知っているので、サボタージュという結論を出し、欠席扱  
いにしてその場は終わった。  
 女子生徒だけは理由が何となく分かっていたが、そ知らぬふりをしてやり過ごしている。  
「怪我でもして出てこられないのかしらね」  
「自業自得よ。あはは」  
 皆、同情する気持ちはまるでなく、むしろあざ笑っていたが、彼女達はこの時、京四郎  
が世にも恐ろしい計画を練っている事を、知らなかったのである。  
 
 授業が終わると、女子更衣室の中で一斉に悲鳴が上がった。  
「パ、パンツが無い!」  
 二クラス分の女子、計四十名がほぼ同じ内容の事を言った。穿いて来たのは勿論の事、  
替えのパンティまでそっくり消え去っていたのだ。  
「京四郎だわ」  
「しかし、鍵がかかってたのに、どうやって…天井の穴は塞いであるし」  
「ここを見て」  
 一人の女子が床板を一枚捲った。そこには手で掘ったような穴があって、更衣室と外を  
繋ぐ道となっているらしかった。  
 
「こんな抜け道を作ってあったなんて」  
「京四郎狩りをするわよ。人を集めて」  
「で、でも…」  
 照れ屋で有名な女子が恥ずかしそうに言った。  
「私達、ノーパンよ」  
 その言葉に皆がどよめいた。京四郎を追うにしても、飛んだり跳ねたりする必要がある。  
 何せ猿の如き身軽な相手、時には走ったりしなければならないだろう。  
 その際、はたして下着無しでいられるだろうか。女子達は顔を見合わせて、不安そうな  
表情をしていたが、その中で一人の少女が大声をあげた。  
 
「私が追うわ」  
 そう言って一歩前へ出たのは、生徒会書記の座にある不動真美である。生徒会きっての  
美少女と評判の彼女は、正義感の強い性格で、小学生の頃から学んでいる空手で痴漢を打  
ちのめした事もあった。それ故、京四郎の悪ふざけなどを許してはおけないのである。  
「私なら、京四郎と互角に戦えるわ」  
 真美がごうと拳を突き出すと、皆の髪がふわっと舞った。凄まじい拳圧である。  
「そうね、真美なら…」  
「真美ならノーパンでも、京四郎を捕まえられるわ」  
「一応、他のクラスの女の子達にも伝えて置いて。京四郎を見たら、生死を問わず生徒会  
室まで連れてくる事、と」  
 真美がもう一度、拳を突き出すと、五メートルも先にあるガラス窓にヒビが入った。追う  
のは武術の得意なノーパンの美少女だが、はたして京四郎の運命やいかに。  
 
「動き出したか」  
 京四郎は屋上から、更衣室を出た女子達の動きを観察していた。皆、スカートを押さえ、  
かなり不安そうである。  
「無理もねえ。全員がパンツ無しなんだからな」  
 京四郎の後ろには、女子高生のパンティがぎっしり詰まった宝箱がある。彼はこれをえ  
さに、一勝負挑むつもりだった。  
「風は俺に吹いている」  
 京四郎は女子達が全員、渡り廊下を通り過ぎた所で、屋上から出て行った。校舎に入れ  
ば風が吹く事もなく一見、安心そうではあるが、女子生徒達は今もスカートの前後をしっ  
かりと押さえ、微風にさえもびくびくしていた。  
 
「ね、ねえ、私の見えてない?」  
「大丈夫よ」  
「ちくしょう、ノーパンなんて心許ないなァ」  
「京四郎を捕まえるまでの事よ。我慢、我慢」  
 女子達が廊下を歩きながらそんな事を言っていると、ふと足元がふんわりとした空気に  
さらされた。  
「あれ?」  
「な、なに、これ」  
 空気は次第に塊となって流れを作り、竜巻のような暴風になっていく。見れば廊下の端  
に、五メートルはあろうかという巨大な扇風機を持った京四郎がいた。  
「イヤーッ!見えちゃう!」  
「京四郎、やめなさい!」  
 四十名の女子、全員のスカートが一斉に捲れ上がり、まろやかなヒップが露呈した。四  
十個の尻を花に例えるなら時期的に梅だろうか、何と言っても柔らかそうなのに張りが合  
って、匂わんばかりの清楚な色香を振りまいているのがたまらない。  
 
「ははは!科学忍法、風の舞だ。食らえ!」  
 石川島播磨重工製のジェットタービンを利用した扇風機は、F4クラスの竜巻と同様の  
暴風を再現出来、東大の気象研究室にも納品されている程(嘘)の逸品だ。女子のスカート  
などは塵芥も同じで、いとも簡単に吹き飛ばしてしまうに決まっていた。  
「やだ、制服が脱げちゃう!」  
「スカートどころじゃないよ!」  
 なにしろ人が持ち上がらんばかりの暴風である。制服など脱げぬ訳が無かった。  
「ジェット最大!日本の職人さん、ありがとう!」  
 ついに京四郎は風速を最大値にセットし、F5の竜巻と同等の暴風を発生させた。次の  
瞬間、女子の制服は吹き飛び、四十人全員が素っ裸になった。  
 
「イヤーッ、最悪!」  
 学内で突然、四十名の女子が一糸纏わぬ姿となる状況に、教室内にいる男子達から  
はやんややんやの歓声が上がる。中には泣き出す者もいて、室内はある種のトランス状態  
となった。  
「ここで逆回転!」  
 扇風機を送風から反転させると、今度は物凄い勢いで物が吸い込まれていく。女子は  
巻き込まれないように互いの体を抱き合い、踏ん張った。そんな女子達の頭上を、今し  
がた吹き飛ばされた制服がひらひらと、まるで泳ぐ魚のように飛んでいく。  
「制服は貰ったぜ」  
「ち、ちくしょう」  
「この変態!」  
 むしろその蔑みが気持ちよいと言った感じで制服を集めている京四郎の目の前に、一閃  
の光りが通り過ぎた。  
「はッ!」  
 かろうじて身を引いたが、頬辺りがざっくりと切れていた。扇風機の脇には真美がいて、  
京四郎をねめつけている。頬が切れたのは、彼女の蹴りが掠ったせいだ。  
 
「不動真美、お前か」  
「皆のパンツを返しなさい。そうすれば、楽に殺してあげる」  
 凄まじい殺気が真美の全身から出ていた。冗談で無い事は、それを見れば分かる。  
「そうやすやすとはやられんぞ」  
 京四郎は手を前に差し出し、真美との間合いを計った。  
「お前、太極拳を使うのか」  
「いかにも」  
「面白い」  
 陳式太極拳には様々な流れがあって、健康体操だけではなく実戦的な物もある。  
京四郎はその中でも、最も実戦的な流派の太極拳を修めていた。  
 
 真美は構えながらステップを踏んだ。ノーパンなので蹴りは使わず、打撃だけで倒す  
つもりである。次の瞬間、京四郎の目に真美が三人映った。否、そのうち二人は残像だ  
った。  
「死ね、京四郎!人類の為に」  
 その足捌きは古流の無足と呼ばれる歩法だった。音も無く風も立てず間合いに入って  
くるので、並の人間では絶対に見切れない。  
 だが、京四郎は見切った。しかし、真美は一息で拳を三回突き出せる。見切れたが避  
けられるという訳ではないので、二回は何とかかわせたが、残りの一回が京四郎の壇中  
という急所を捉えた。  
(抜き手で臓腑を引きちぎってやる)  
 真美は指を揃え、畳を射抜くほどの威力を持つ抜き手を放った。これで京四郎は死ぬ。  
 いや、死ぬ筈だった。  
 
(なに!)  
 捉えたはずの急所が歪んで、霧散した。彼もまた無足を使ったのだ。真美が打ったの  
は残像だった。   
(どこへ?)  
 京四郎を見失った真美は、恐怖を感じた。相手は忍者のように消えてしまった。信じら  
れない事であった。  
「真美、下よ!」  
 遠くから友人が叫んだ時には、もう遅かった。両足を踏ん張っている真美の股下に、  
京四郎はいた。  
「(色々な意味で)見切った!」  
「きゃあ!」  
 真美は足首を掴まれると、天地逆さまにひっくり返され、スカートが捲れたせいで下半  
身を露呈した。両足がWの字に開いているので、傍目にはWの悲劇という様相を呈し、女  
子はうなだれ、男子は喜びのあまり国旗を掲揚し始めた。  
 
「秘技、コーマン・スープレックス・ホールド!」  
 言われてみればそんな感じの技だが、花も恥らう乙女の局部を曝け出すとは何事か。  
 ちなみに真美は後頭部を打ち、気絶した。  
「真美が負けたわ」  
「そんな」  
 女子達が肩を落としていると、京四郎の苛烈な野次が飛ぶ。  
「ざまを見ろ。さっきの借りは返してやったぜ」  
 勝ち名乗りを上げる京四郎。しかし、良い事ばかりは続かない。彼はなんと、調子付い  
て今も回っている扇風機の前へ出てしまったのである。   
 
 逆回転中なので、ありとあらゆる物が扇風機に向かって吸い込まれている。女子達は  
皆、肩を寄せ合って必死に耐えているのだ。それを、京四郎は忘れてしまった。  
「あ、あれ?」  
 まず開襟シャツと学生ズボンが吸い込まれ、扇風機の刃で微塵切りにされた。まるで  
シュレッダーである。  
「た、助けて…」  
 じりじりと扇風機に吸い込まれていく京四郎。いくら武道の達人でも、F4だのF5だの  
の暴風では相手が悪い。  
「誰かスイッチ切って、お願い!」  
 悲壮な叫びが上がるも、真美はコーマンスープレックスホールドのせいで気絶して  
いるし、女子達は風が強くて立ち上がる事さえできない。要するに万事休す──  
 
「ギャーッ」  
「見ちゃ駄目!放送事故よ」  
 女子達は硬く目を瞑って、京四郎を見ないようにした。バリバリとかメキメキという、恐ろ  
しい音が耳に届いた時、もう京四郎の叫びは消えていた。扇風機の向こうにボロ雑巾の  
ような物が落ちているが、どうやらあれが京四郎らしかった。  
 
 盛者必衰、奢る者久しからず──今の京四郎を揶揄する言葉は色々あるが、あまりに  
も悲惨すぎて皆、笑う気にもならなかった。  
 もっとも、死したと思われた京四郎は、この後、奇跡の回復を見せ、四日後には平気な  
顔をして登校してきたという…  
 
おしまい  
 

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