「はかせ! 背がおっきくなる薬できたってほんと? どこ?」  
わたしはランドセルを背負ったまま、はかせの研究所に飛び込んだ。  
「りとなちゃん、そんなに慌てないでよ……」  
はかせはわたしに背を向けたままパソコンの前に座ってる。でもわたしは待ちきれない。うずうず。  
見ると、はかせの白衣のポケットが膨らんでいた。はっはーんアレね! わたしははかせに飛びかかった。  
「ひっ!」  
「えーっと……?」  
ごそごそ探る。どこだろ。もっと奥かな……。あ、何かあった! むぎゅ。……あれ? なんか柔らかい。引っ張ってみる。  
「ギャーーーーーーー!」  
はかせが叫ぶ!  
「きゃああああ!」  
わたしも叫んだ。おちんちん掴んじゃった! いやあッ!!!  
 
「もー! はかせったら!」  
わたしは洗面所で念入りに手をごしごしと洗った。はかせがなぜかうずくまっているが気にしない。  
綺麗にした手を突きだす。  
「さあはかせ! 薬出しなさいよ!」  
はかせはなんとか立ち上がると、妙な作り声を出した。  
「んもう、のび太くんはせっかちなんだから」  
「似てないからソレ」  
「これだからわさび世代は……」  
はかせはぶつぶつ言いながら、ポケットじゃなくて普通に戸棚から薬の入った瓶を取り出した。  
あー背が高いのって、いいな。見上げながら思う。  
「テケテテン『ソノユメカナエール』! ファンファンファン」  
はかせは小芝居を諦めなかったけどシカトした。  
「おっけー! それを飲むと『背が高くなりたい』って夢がかなうのね!」  
引ったくって瓶のふたを開ける。  
「正確にはそうじゃなくってだね……」  
はかせがなんか言ってるけどぐびぐび。薬を飲みほした途端、目の前がぼーっとして、ふらふらした。  
「ほぇ? はか、せ……」  
目の前のはかせの、困ったような顔がゆがむ。  
 
胸と腰が苦しい。服に締め付けられてるみたい。ぎゅんぎゅん食い込んでくる。  
「んん、はぁ……ッ」  
息苦しい。もうダメ!  
そう思った瞬間、ブラウスのボタンがぶちぶちって弾け飛んだ。  
ボタンがぴしぴし当たったはかせの顔が、ぽやーんとわたしを見ている。んん? わたしは自分の体を見下ろした。  
食い込んだランドセルの肩紐の間で、わたしのおっぱいが大人みたいに、まるく柔らかそーに膨らんでる。  
乳首もなんだかおっきくなったかな……、って、はかせわたしの丸見えになったおっぱいをやらしー目で見てるー!  
いやーーー!!  
わたしははかせの顔を全力でグーで殴った。壁までフッ飛ぶはかせ。鈍い音を立てて転がった。  
あ、あれ、せいぜい鼻血出してよろめくくらいだと思ったのにな……。よく見れば、わたしの腕はすらっと長く伸びている。  
そっかぁ、背と一緒におっぱいや腕も大人になったんだ。  
スカートもきっつく短くなっちゃって、ワカメちゃんみたいにパンツが見えそうだ。  
こんな恰好じゃ恥ずかしいし、はかせに着替えを用意してもらわないと。  
「おーい、はかせー!」  
わたしは気絶しているはかせをゆさぶった。起きない。  
「どうしようかな」  
ふとはかせの足元を見ると、リモコンみたいな機械が落ちてる。  
「何これ?」  
ぽちっとな。  
すると、ふわっと体が軽くなった。きつかったブラウスもスカートももう平気……って、何よこれ、わたし裸になってるじゃない!  
おまたのところにお毛毛が生えているのが見えた。  
リモコンを見なおすと、『物質転移装置』って書かれていた。はかせにしては普通のネーミングだ。  
ぶっしつ……物をワープさせる道具なのかな? でもこんなすごいものいつの間にはかせは発明したんだろう。  
けど今は、まず服を探さなきゃ。もっかい押せば戻ってくるかなぁ。えい!  
 
 
ボタンを押すと、目の前のはかせがいなくなってた。てゆーかここ、はかせの家じゃない。風がすーすーする……。  
お外だ! 何? 今度はわたしがワープしてしまったの?  
背が高くなったせいで、ちょっと変わって見えるけど、景色には見覚えがある。近所の公園だ。  
あわあわしながら周りを見ると、遠くにこっちに近づいてくる人影が見えた。やああ!  
わたしはあわてておっぱいを手で隠して逃げ出した。  
恥ずかしいのはもちろん、見つかったら一昨年の草なぎ君みたいなことになってしまう!  
裸足なので走ると足が痛くてしょうがない。ど、どこか隠れられる場所へ行きたい……!  
わたしは心に念じながら、リモコンのボタンを押した。また、どこかへ飛ばされる。  
 
かぽーんと、響く音。足の裏に感じるぬめった床の感じ。  
こ、ここはお風呂ね! うん、裸でもおかしくない場所だよね。  
と、思ったけど、目の前の湯気が薄まっていくと同時に、すごい熱っぽいたくさんの視線を感じた。  
「?」  
男! 男! おじいちゃん! 男の子! わああ、ここは男湯だぁ〜!  
湯船につかっていたおじちゃんが鼻血をどくどく流して、お湯を真っ赤にした。  
他の人も動きを止めてわたしを見てる。もう! 男ってみんなスケベ! 顔があっつくなる。  
男湯なんて幼稚園の時、パパと入った時以来だ。けど、今のわたしは大人の体! こんなに見られたのは初めてだ。  
「あは、え、えーっとぉ……」  
わたしは恥ずかしさに後ずさる。踵で何かを踏んづけた。  
ツルッ。  
「きゃあああ!」  
わたしは石鹸に盛大にすっころんで、ついでに誰かを押し倒してしまった。  
「うぁ!……」  
わたしを見上げ怯えるその顔には見覚えがあった。同級生のショーヤだ。  
わたしはハッとしたけど、相手はわたしだって気付いていないみたいだ。  
いつもわたしをチビだってバカにしてくるうざいショーヤが、怖がっている。その姿を見下ろしてるとすっごい爽快な気分になった。  
ふふん、はかせのと違ってかわいいおちんちんじゃないの。  
わたしは舌なめずりをして、手を伸ばした。お姉さんがもーっと怖がらせてあげよっか? ニヤつきが抑えられない。  
しかし、  
「痴女が出たぞー! 子供を襲ってる!」  
周りが騒ぎだしてしまった! しまった! ここからも逃げないと! わたしはリモコンのボタンを押そうとして……、  
リモコンを落としてしまっていたことに気付いた。ひーん! どうしよう〜。目の前が、ぼやけていく。  
 
 
「りとなちゃん、そろそろ起きなよ」  
うーん。はかせがわたしの頬をぺちぺちしてる。…………は?  
わたしは目をぱちくりとさせた。体が元の大きさに戻っている。てゆーか、ボタンが弾け飛んだはずのブラウスも元通りだ。  
「たしかお風呂にいたはず……。なんで元に戻ったの? 物質転移装置は?」  
「ああ、まだ夢の感覚が残ってるんだね」  
「どゆこと?」  
「『ソノユメカナエール』はその人が望んだ夢を見ることが出来るって画期的な薬なんだよ。  
りとなちゃんそれ聞かずに飲んで寝ちゃうもんだからさー。どうかな、いい夢は見れ……」  
「平成のこの世に夢オチかよ!」  
「ゲフッ」  
わたしははかせを殴った。2レス目で殴ったのは夢だったわけだから、本日初パンチのはずだ。  
わーん、背が高くなったのは夢だったのかっ。わたしはがっかりした。  
けど、終わってみれば楽しい夢だったなーだなんて、ちょっとだけ思うのだった。  
                                                                  (終)  
 

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