都市では開化を迎えたが、  
農村はいまだ、その恩恵に浴していなかった頃。  
猟師が、まだ生業として成り立っていた頃のことである。  
左平次という若い猟師が、黒狐を追って冬山に入った。  
この左平次という男は、彼の本来の名と、  
新政府によって全ての臣民に附与された姓を持っていたが、  
もっぱら屋号であるところの左平次を名乗り、  
また、村の者達も、彼を左平次と呼んでいた。  
僅かばかりの食料と、鉄炮を担いで狐を追った左平次であったが、  
誘い込まれるように段々と山深くにへと分け入り、  
とうとう、帰路さえ見失った。  
挙句、雪まで吹き始め、左平次は途方に暮れた。  
「畜生め。たばかりやがったか」  
左平次は、びょうびょうと鳴き荒ぶ吹雪の中を、当て所もなく彷徨った。  
もし、歩くのをやめれば、体温が下がって凍死するだろう。  
歩き続けてでも、いつかは限界が訪れ、雪山に骸を晒すことになる。  
だが、歩き続けていれば、もしかしたら帰路に戻れるかもしれない。  
万に一つの可能性だが、あの黒狐にまた出会えるかもしれない。  
そうすれば、たとえこのまま凍死するさだめであったとしても、  
彼奴めに、一矢報いてやれる。  
生のためとも、復讐のためとも、全く非合理で、利己的な、  
思考というより、妄執と呼ぶべき情念が、  
左平次を動かしていた。  
すでに日は傾き、吹雪は一段と非情に吹き巻いた。  
真っ暗だというのに、視界が白く閉ざされている。  
息をするのも苦しい真っ白な闇を、左平次は慎重に歩き続けた。  
その眼に、一瞬小さな光が見えた。  
それは、すぐに吹雪の中に掻き消されたが、  
見紛うことなき炎の灯だった。  
距離は、さして遠くない。  
左平次は、逸る心を抑えつつ、より慎重に光の見えた方向にへと歩を進めた。  
 
近付くにつれ、段々と灯は明瞭になっていった。  
左平次が見つけたのは、粗末な小屋だった。  
とてもとても人が住めるものとは思えないような、  
柱に薄い木の板を打ち付けて、入口に筵を垂らしただけの、  
薪を積んでおくだけが用途のような、  
そんな、吹けば飛ぶような小屋だった。  
その小屋の中で爆ぜる焚き火が、揺れる筵の裾から覗いていたのだった。  
左平次は天佑に感謝し、小屋に逃げ込んだ。  
小屋の中に人はなく、炎ばかりが赤々と揺れていた。  
左平次は小屋の中を見回し、あらためたが、人の居た形跡はない。  
また狐が誑かそうと仕組んだ罠なのかもしれない。  
しかし、雪山を、神経を張り詰めさせて歩いてきた左平次は、  
もはや狐が出ようが狸が出ようが、知ったことではないというほどに、  
ひどく疲れきっていた。  
あちこちから隙間風が吹き込むが、雪に晒されないだけましだ。  
左平次は、どっかと地べたに座り込んだ。  
途端に、体が恐ろしく重く感じられた。  
無理もないことだ。  
一日中雪山を歩き回っていたのだ。  
山道を歩くのは、相当に神経も体力も磨り減らす。  
ましてや、雪が降り積もる冬山となれば、もはや山を知悉した者でも、  
あまりに危険な行路である。  
無人の小屋に灯る焚き火に、不審を覚えないではなかったが、  
左平次は、それすら、もうどうでも良いとばかりに、  
積み上げられた泥のように、ぐったりと項垂れてしまった。  
小屋に火があり、自分には鉄炮がある。  
その安心感に捕われてしまったのか、  
左平次は、こくこくと舟を漕ぎだしてしまった。  
その時である。  
骨身まで凍えるような風が、小屋の中に吹き巻いたのは。  
その風に睡魔を吹き払われた左平次は、  
捲くれ上がった筵の向こうに、白く烟る闇を背にしたそれを、  
確かに見た。  
薄い襦袢一枚を纏った女が、小屋の入口に佇んでいた。  
 
この吹雪の中、信じられないような格好で、  
しかも、その身にただの一片の雪も、身に貼り付けていない。  
この女は、人間ではない。  
左平次がそう判断したのと、体が鉄炮を構えたのは、  
ほぼ同時であった。  
「眠ってはならない」  
女は、風の泣くような声で呟いた。  
「わしが寝るも寝ないも、わしが決めることじゃ。  
化物め、さっさと失せやがれ」  
だが女は、その言葉に全く興味がないかのように、  
ゆっくりと滑るようにして、小屋の中に進んだ。  
左平次は、引き鉄を引いた。  
炸裂音と黒煙が同時に鉄炮から噴き出し、  
筒内に込めてあった鉛弾が、  
雪除けに張ってあった銃口の油紙を破り、  
不可視の速度で女を撃ち抜いた。  
にも関わらず、女は顔色を変えるどころか、  
銃弾の命中した部分にさえ、傷一つ、煤の汚れ一つついていなかった。  
左平次は、ここに至ってようやく恐怖というものを覚えた。  
今から弾を込めなおしては遅すぎる。  
しかも、この女には、鉄炮が効かない。  
唯一の出口さえ封じられた状態で、  
左平次は、恐慌に陥りそうになるのを何とかくいとどめ、  
懐に忍ばせた匕首に手を伸ばした。  
鉄炮は効かずとも、山神の護りを受けた護身刀ならば、  
化物相手でも幾らかの威力は期待できよう。  
ずるずると、重々しく立ち上がった左平次は、  
匕首を構え女を睨みつけた。  
不意に、また風が吹き込んだ。  
左平次は怯んだ。  
再び、左平次が女の姿を捉えた時、  
女は、裸になっていた。  
 
雪のように白い裸身に、黒く艶やかな髪が流れ、  
鮮やかな対比を示し、ほの紅い唇が、雪中梅のように、  
濡れて綻んでいた。  
女は、左平次にしなだれかかるように飛びついた。  
氷のように冷たい手に、手首をつかまれ、  
左平次はなす術もなく押し倒された。  
女は、左平次の体に覆いかぶさり、抱きついた。  
左平次の体から、力が流れ落ちていく。  
匕首が、虚しく掌から脱落した。  
「てめえ、何者だ。狐か、狸か」  
精一杯の虚勢を張って喚く左平次の唇を、  
女は自らの唇で塞いだ。  
左平次の口腔に、冷たくぬめる舌が滑り込み、  
左平次の舌を絡みつき、弄んだ。  
ひとしきり左平次の口腔を嘗め回すと、  
女は、唇を離した。  
細い、銀色の糸が引いた。  
「わらわから、獣の臭いがするか」  
左平次は、呆けたような面で、  
漫然と頭を振った。  
女が、薄く笑んだ。  
「雪山で、眠ってはならない」  
女は力なく垂れ伸びた左平次の手首を掴み、  
自らの裸の乳房に誘った。  
女の乳房は、左平次の掌にすっぽりと収まった。  
まるで濡れた氷のように滑らかで、冷たい、  
そして、氷ではありえない豊かな柔らかさがあった。  
左平次の掌が、女の乳房を強く掴んだ。  
掌の腹に、柔らかな突起が擦れる。  
女が、鼻にかかったような吐息をついた。  
女の手が、左平次の腰に伸びた。  
するすると、左平次の衣を解いていく。  
やがて、左平次の男根が姿を現した。  
すでに隆々といきり立ち、聳えるそれに、  
女は指を這わせた。  
木枯らしを細く束ねたようなそれは、  
ゆっくりと左平次の逸物をさすり、撫で上げた。  
その冷たさに、凍えて縮むのではないかとも思われたが、  
左平次の考えをよそに、  
逸物は纏わりつく冷たさに打ち克たんとするかのように、  
一層多くの血を集め、熱を帯びていった。  
 
「うれしや。かくも猛きものは、久しく逢うておらぬ」  
女は、左平次の手を払い、体を起した。  
左平次の腰の上で膝立ちになる。  
力の入らぬ体越しに、左平次はその様子を見下ろした。  
細く、白く、染み一つない女の肢体の、  
太腿の付け根、臍の更に下に、  
髪と同じ闇夜を溶かし込んだような色の、薄い翳りがあり、  
それは、その更に奥から滲み出てくる情念に、  
濡れて艶めいていた。  
女が、ゆっくりと腰を下ろす。  
亀頭が濡れた女陰に触れる。  
左平次は叫びそうになった。  
そこもやはり、恐ろしく冷たかった。  
身の縮むような思いとは裏腹に、左平次のそれは、  
尚一層熱く、いきり立った。  
「ああ」  
女が、恍惚の表情で、左平次のものを腹中に収めていく。  
幼子の腕ほどもある左平次のそれを、女は、  
腰を揺すりつつ、ゆっくりと、根元までを飲み込んだ。  
女の中は、やはり、雪を詰めたように冷たかった。  
それとは裏腹に、左平次の剛直は、  
煮えた血を詰めたかのように熱く猛り、  
陽根の名に相応しく、赤々と奮い立った。  
女が、左平次に覆いかぶさってきた。  
女の腕が、左平次の首に巻きつく。  
左平次も、女の体に腕を回し、抱きしめた。  
冷たく、細い体だった。  
つららを抱いているかのように、脆く、壊れそうだった。  
女が、腰を使った。  
左平次の亀頭が、女の、襞に覆われた肉壁を挫き、  
奥底の、子宮を突き上げる度に、  
女は、苦しげな、切なげな、悩ましげな吐息を漏らした。  
眉間には皺がより、それが、能面のように、  
作り物じみていた女の表情に生命を与え、  
えもいわれぬ、淫蕩な美観を呈していた。  
女は、苦悶するかのように喘ぎ、呻いた。  
だが、その苦悶を産み出している腰の運動は、  
なお激しく、止むことを知らなかった。  
女は、左平次の耳元に唇を寄せた。  
 
「わらわを」と、  
息も絶え絶えな、甘い声が、左平次の鼓膜に染み込んでいく。  
「今宵一晩、満足させることが出来たならば、  
この山を下りるまでのお前の命は、保障しよう。  
精々、気張ることだな」  
左平次と女の接合部は、どろどろと、ぬるんだ粘液にまみれ、  
女が腰を動かすたびに、なんとも淫靡で、嫌らしい音が溢れ出ていた。  
かんかんと熱く奮える左平次の怒張に、  
抉られ、蹂躙され、潤み爛れた女の内壁が、  
溶け出しているかのようだった。  
女の腰の律動が速くなる。  
喘ぎが止まらなくなった。  
女が、一際強く、腰を左平次に叩き付けた。  
亀頭が、子宮を突き、女の臓腑を揺らし、官能を震え上がらせた。  
女は悲鳴を上げることも出来ぬままに、背を仰け反らせた。  
筋肉が収縮する、  
柔壁が、左平次の剛直を凄まじい力で締め上げた。  
左平次は、自身の内奥から噴き上がった激情を、  
女の奥に向けてぶちまけた。  
「ああ熱、い」  
女は、うわ言のように繰り返した。  
しばし、女は背を仰け反らせ、四肢を突っ張ったままでいたが、  
やがて、崩れるようにして再び左平次に覆いかぶさった。  
「命の炎、しかと啖うたぞ。  
だが、これで終わりと思うなよ」  
女は、左平次に囁いた。  
その妖しい微笑に、左平次は凍りつくような美しさを覚えた。  
そして、萎え縮んでいく心と裏腹に、  
冷たく濡れた女の胎内で、また熱く膨らんでいく己の陽根に戸惑い、怯えた。  
女が、凄惨に嗤った。  
それは、雪のように冷たく、白く、美しい貌だった。  
 
――――――――――  
 
翌朝、村では左平次の捜索をはじめようとしていた。  
ようやく雪はやみ、雲を透かして、  
曙光が薄明るく、山々を浮彫りにした。  
いざ、出発しようとしたとき、山から下りてくる者があった。  
左平次であった。  
村人達は、左平次の軽率を咎めもしたが、  
また、その帰還を喜んだ。  
そして、山中でどのように過ごしたのかを尋ねても、  
左平次は、気の抜けたような、  
意味のない言葉しか返さなかった。  
それからしばらくの後、左平次は再び山に入ることなく、  
疲れて、眠るように息してを引き取った。  
その髪は、まるで雪のように真っ白になっていたという。  
(了)  
 

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