1年の、最後の夜。
家族は暖まり、恋人達は未来を見つめ合う、狭間の日。
二人は、六本木にいた。この街らしい、賑わいを湛えたショットバー、その一角に。
思いがけず都心に舞った雪も、すっかり雨へと変わっていた。
「大丈夫か?凄い人だな…」
久々に会う彼が、等価交換で、カウンターからバドワイザーを受け取って来る。
彼女は人いきれに染まる頬を包み、クレイジーな「異国」を見る。
人で埋まった店内は、彼らそれぞれの母国語で、隙間なく塗り潰されていた。
誰かに会いそうな気配に、一瞬ビクつくが、彼らは彼女達には目もくれない。それほどに店は込み合い、狂っていた。
「ねぇ…」
「みんな浮かれまくってるから、見ちゃいないさ」
彼が、公園などにある車止めに、クッションを付けたようなスツールに腰かける。
引き寄せられるままに、彼女はその足の間に、身を入れた。
ビール瓶を包み、冷えた感触を楽しむ。
「乾杯」
言うが早いか、一気に煽った。
「知り合いがいたにしても、分かりゃしないって」
改めて店全体を見回すと、確かに誰も彼もこちらを見てはおらず、キスに夢中だ。
人知れず赤らむ彼女を引き寄せ、彼はそっと抱きしめる。
「ちょっと…」
「誰も見てない」
断言して、耳に口づけを落とす。彼女の身体が一瞬震えるのを感じて、彼の気持ちが募る。
隣に座るカップルが、濃厚な抱擁を交わし出した。
早々に「愛撫」の域に達したその様子に、彼女はつい見入ってしまう。
「同じ事、して欲しい?」
耳元での問いかけを、拒絶出来なかった。そんな自分に軽い衝撃を
受けている間に、彼はその首筋へと、その唇を柔らかく滑らす。
「やだ…見られちゃう…」
熱る頭の中に、何とも知れない存在からの、警鐘が鳴り響く。
だが、彼の膝が意地悪に、彼女の秘部の辺りに擦りつけられた時、
彼女は、自分自身が欲している物に気付かされ、吐息を洩らした。
「んっ…」
「どうした?聞こえちゃうよ?」
理性だと、思い込んでいた意識。でも既に彼の声は、夢からの響きのようだ。
唇は首筋を這う。快楽を飲み込むと、舌がすかさず、その後をなぞり出す。
「っ……!」
抵抗の言葉すら発せられず、溢れて来るのは、熱に犯される感覚だけ。
彼を押し止めようと、胸のあたりに触れた指先も、徐々に力を失って行った。
「顔、赤いよ?」
触れそうで触れない、唇。吐息がざわめいて、くすぶる炎が燃え出す。
おでこから頬をかすめ、顎へと、彼の鼻先が、滑るように落ちて行く。
くすぐったい感覚に、もどかしさを覚える。でも、耐えなければならない。
誰が見ているか分からない、こんな場所で触れ合う訳にはいかない…。
まだ彼女には、あまりにも経験が足らず、羞恥が余り過ぎていた。
コートの上から、彼の大きな掌が、腿から脇腹を撫で上げた。
素早く、その手は裾から入り込み、左胸の上に溜まった。
柔らかな感触に、彼の中の何かが弾ける。意識は飛び、また戻る。
快楽の波は、とろけそうな甘さを持って、彼女に襲いかかった。
ついに彼女は、自分からその唇に触れる事になる。軽く、柔らかく跳ねて。
促すような、艶やかな彼の眼差しに、数回ついばみを繰り返すと、やがてそれは、深い深い口づけへと変わって行った。
舌の上にはビールが香り、潮騒のようにざわめき立つ。久々に触れる、唇。
うっとりと意識を奪われた彼女の手を取り、彼は突如、店の奥へと歩き出した。
2本の飴色の瓶を残して、彼らの姿は、店の最奥のレストルームへと消えた。
気付いても、誰もそれには触れはしない。そんな街の、大晦日。
一際賑やかな音楽の中で、カウントダウンが始まっていた。
[終]