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「なあ、お前マジなめてんの?ぶっ殺すよ。」  
「え?」  
 
私の言葉に目を見開いたまま、奴は正に言葉を無くすという体で固まった。  
 
「いやいやいやいやいや、ねーよ。ねーよ。この場合立ち尽くすのはあたしだから。」  
「え?いや、え?ふ、藤川?」  
 
「だから。え、じゃねーよ。あたしの事なめてんのかって聞いてるんだよ。ねえホントなめてんの?喧嘩売ってる?ねえ。」  
 
「え、・・・な、何?な、何で怒ってる」  
 
「何じゃねーよ!だーかーら!てめーは、あたしの事なめてんの!?」  
「い、いや、なめてなんかないけど・・・。」  
「じゃあなんなのよこれは!」  
「いやなんなのよって聞かれても。俺の家の前なんだから声は小さk」  
「うっせーよ!」  
 
怒っている時はいつもは自慢の自然な内巻きウェーブの髪型が肩に掛かって、チクチクと首を触って、殊の外うっとおしく感じられる。  
私はぎりぎりと歯噛みをし、奴を睨みつけながら片手をバッグに突っ込んで髪留めのゴムを引っ掴んで後ろでぎゅいと髪を纏めた。  
きちんとした自慢のウェーブがこれで台無しである。ああ、イライラする。  
黒髪を重たく見せないように少しだけ綺麗に薄く染めた茶髪は、凡百の茶髪なぞと一緒にされちゃ困る逸品なのだ。  
手入れは怠らない。いつでもキューティクルたっぷりである。  
髪の根元に染めてない部分があったり、変な安物のヘアカラーの所為でバサバサして艶がなかったり、枝毛があったり、そんな事も無い。  
ごくごく自然で、黒髪と間違えそうなレベルで少しだけ明るい茶髪。  
それを実現するのにどれだけの手間が掛かるか、判っているのだろうか?ん?  
 
「ねえ、あたしが優しく言ってるうちにちゃんと答えた方がいいんじゃないの?」  
「いやもうすでに凄くこわいんだけど・・・」  
言い終わる前に睨みつけると目の前の奴は萎れたように首を折った。  
「ご、ごめん。」  
「ごめんじゃわかんなくない?私は。ねえ。」  
 
成績も良い。スポーツもそれなりにこなす。  
大学も推薦でもう決まっている。  
口ばっかりの奴らがあーだこーだ言ってんのとは違う。  
私は自分で自分の道を切り開いてきたし、結果も出してきた。  
何事にも努力してきた。こんな外見になるのにも、良い学校に入ったのも、スポーツだって、何一つ簡単に成し遂げてきた訳じゃない。  
淑やかな外見の美人で成績優秀でスポーツも出来て性格も良い。  
4つとも持ってるそんな高校生になる為に私は努力し、成し遂げて来たのである。  
自分で言うのも何だが、私はこれはこれでそこそこ大したものなのである。  
 
言っちゃ何だがそんな私だからそりゃあ私はモテる。困るくらいにモテる。  
見た目だけ言ったって美人の母親の血を完璧に受け継いだ、100人の男が100人振り返る清楚系美女である。  
サッカー部のキャプテンの人は気障ったらしい前髪をかき上げながら涙目になって私にこういったものだ。  
「君に好かれてる運の良い奴はだれなんだ?」  
私は申し訳なさそうな、そして少しの苦笑と侮蔑の表情を取り混ぜた完璧な顔を作りながら、こう答えたものだ。  
「まだ男の人とお付き合いするとか考えられなくて。ごめんなさい。」  
告白された数は数知れず。携帯のメールアドレスなんて下手に教えたらとてつもなく面倒くさいことになる、  
場所が場所、時代が時代なら3万人くらいに告白されていてもおかしくない、そういう美少女である。私は。  
 
その私がこんな気分に、いや、その私をこんな気分にさせる権利がいくら幼なじみで同級生とはいえ、この冴えない男にある筈がない。  
そうじゃないか。  
 
ああ、ムカムカする。  
この私の努力を無碍にするという訳だ。  
努力をコケにすると。そういう訳だ。  
 
「なあ。」  
「…はい。」  
 
「あたしの事お嫁さんにするんじゃなかったのかよ。」  
「いや、え?はあ?」  
 
「どーゆーことだよ。」  
ああ、駄目だ。あまりの怒りに私は泣きそうである。  
「美穂子ちゃんが可愛いってどーゆーことだよてめーーーーーーー!」  
 
「いや、・・・え、なんで、え?何?違うって」  
 
「いーや、違わねー。あたしは知ってるんだからな。お前、昨日男子の間でやってた  
クラスで一番可愛い女の子投票で美穂子ちゃんに1票入れただろ。」  
「な、ありゃ男子の間だけの話でなんでお前そんな事知って」  
 
「総投票22名であたしが17票で美穂子ちゃんが2票。クラス内で付き合ってるカップルが3組。おかしいだろ。美穂子ちゃんにあのロリコン下種野郎以外に誰かが投票してる。いったい誰だ?」  
「ロリコン下種野郎って・・・お前・・・山本くんに失礼だろ。」  
「てめー、美穂子ちゃんに1票入れただろ。それ以外に考えられねーんだよ。そういや最近良く喋ってるし、そういや1年生の時は義理チョコとかいってでっかいチョコ貰ってただろ。」  
 
「いや、え、ええ?…な、なんかよく判んないけどしかし、はは、そんな事をお前も気にす」  
呑気な事を抜かす奴の襟首を締め上げると奴はぐええ、と呻いた。  
 
「ちげーーーーよ!あのなぁ。もう引き返せねえんだよ。  
そこそこの学校でそこそこの成績を維持しながらそれでいて男好きする程度にバカっぽく見えて  
誰にでも愛想が良くて隙がありながら誰からも嫌われない地味だけど可愛い子。  
そーゆーのがいいならそーゆーのがいいって、先に言えよ!」  
 
襟首を掴んだ左手を思い切り絞り上げ、歯を食いしばれ。と低音で奴に囁き握りしめた右手を今まさに顎に叩き込もうとした瞬間、  
目の前のドアが開くのが見えて私は慌てて両手を開いた。  
 
げほげほと咳き込みながら膝に手を当ててあえいでいる奴を尻目に一瞬で飛び切りの笑顔を作る。  
「こんにちはー。おばさん。」  
「?あら久しぶり。なおちゃん、元気にしてた?あら、懐かしい。久しぶりに二人でいるの見たわ。」  
「やだー。学校一緒だから結構一緒にいる事も多いんですよ私たち。ねえ。ゆうくん。」  
「!?・・・・・・そ、・・・そうだね。」  
「あらやだ、本当に。全然この子そういう事言わないんだから。せっかく同じ高校に行ったのにって思ってたくらいなのよ。ほら、上がってらっしゃい。そんな所立ってないで。」  
「いや、かあさ」  
「はーい。おじゃましまーす。」  
 
髪の毛を掴んで引きずると、ひいい。と奴は小さな声で言った。  
 
ああ、可愛い女の子になりたい。と思う。  
いや、私も何一つ自分からはせずとも好きな人が私をちやほやしてくれるのであれば可愛い女の子にもなれようとおもうのだけれど。  
 
こいつじゃあ無理だ。  
 
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