【1】 −獺槍−  
 
ちいさなまあるい頭の子、だあれ?  
それはかわうそです  
おててにみずかきのある子は、だあれ?  
それはかわうそです  
 
乳離れをしたばかりの幼いルルカは、温かい、母の優しい胸に抱かれ、  
子守唄を聞いた。  
質素でごわごわした肌触りの獺族の衣装に触れては可哀想だと、  
母獺は裸の上半身に布を巻き付け、ルルカを直接乳房に触れるように抱いていた。  
揺りかごのようにルルカの体を揺らす動きは、短い後ろ足で急ぎ歩く母獺が、  
精一杯、我が子に怖い思いをさせないようにする気遣いから生じるものだ。  
ルルカの一番古い思い出は、獺族の引っ越しだ。  
それは、逃避行だった。  
 
幼いルルカは長い距離を自分の足で歩けず、母の胸に抱かれていた。  
ルルカと両親以外に、子供の居ない四組の番いの獺が、  
森の中を隠れるように何日も歩いた。  
住んでいた「ラッドヤート」という地を離れ、引っ越す先もまた、  
「ラッドヤート」なのだと、ルルカは聞かされた。  
それは獺族の言葉で、「誰のものでもない土地」という意味だった。  
獺族はそうして、平原に都市を構える多くの種族の目から隠れるように、  
深い森の中を移り住みながら暮らしていた。  
何故、というルルカの問いには、誰も答えてくれなかった。  
もう気の遠くなるほど、ルルカの何代も、何十代も前から、  
獺族はそうして追われているのだという。  
 
新しい土地では、雨露を凌ぐよりも何よりも先に、井戸が掘られた。  
獺族にとって、水は無くてはならないものなのだ。  
広大な大陸の丘陵部に点在する森林は、地下水脈の上に成り立っており、  
根気よく掘れば必ず水が出た。  
固い繊維で編まれた衣服はすぐに乾くため、彼らは服の上からでも水を被った。  
水浴用の小屋が作られると、交代でそれを利用した。  
獺たちは、一日に数回、水浴びを行う習慣がある。  
体を清めるのが目的ではなく、  
かつては多くの時間を水に浸かって過ごしていた獺族にとって、  
体調を整えるために必要なのである。  
特に若い牝の獺は、体温が籠って熱が取れなくなることを避けなければならない、  
と言われていた。  
幼いルルカには、頭の上からすっぽりと被る釣鐘型の子供用の衣装が着せられた。  
そのままの状態で、父獺はルルカに水浴びをさせるのだが、  
ルルカはそのごわごわした着心地が気に入らず、よく脱ぎ捨てた。  
『我々、獺族はこうしてひっそりと暮らしているが、それを惨めに思ってはいけない。  
 世界が水で溢れていた頃と変わらず、今も誇り高き一族なのだから。  
 身嗜みには気を遣うものだ。  
 ……ほら、ルルカ、裸でいちゃいけないよ』  
父獺はそう言って、ルルカにまた服を着せるのだ。  
集落の者が着る衣服は、木片を叩いて取り出した繊維を編んで作ったものだ。  
その素材は、大昔に獺族が使っていた特別な植物で作るものに比べると、  
非常に質が悪いのだと父は弁解した。  
 
獺族は代謝が激しいため、日常の時間のほとんどを食糧の採集に充てる。  
集落での食事は、体を冷やす効果があるという味気のない植物と、  
トカゲやカエル、昆虫などがほとんどで、  
ルルカはそういった食べ物を美味しいと思ったことがなかった。  
ときおり御馳走として捕えられる野鳥はまだましだったが、  
それらは捕り過ぎれば、居なくなってしまう。  
『ルルカにも魚を食べさせてやれたらな』  
と、父はよく言った。  
河川に棲むという、その生き物が、獺族の主食だったらしい。  
『魚を捕りに行けば、我々の所在が知られてしまう……』  
今の時代、魚の居るような大きな川の近くには必ず異種族の都市があった。  
父も、一度しか食べたことがないのだ、とルルカに語った。  
『ダムを作って人工の川を引けば、魚だって食べられるさ』  
集落の男が冗談めかして言う。  
『そんなことが出来れば、苦労は無い』  
父獺は大きくため息をつくのだった。  
『川って……? ダムって……、何?』  
『川ってのは、そうだな、井戸から水を引いている水路があるだろう?  
 あれのずっとずっと大きな水の流れるところが自然にできたものだ。  
 ダムっていうのは、その水を堰き止めて流れる量を制御する……、  
 獺族にしか作れない石の建造物のことさ』  
もっとも、その知識だけが獺族の中に細々と受け継がれているだけで、  
実際にはもうこの世界の誰も作れないのだ、とルルカの質問に答えた男は言った。  
 
獺族はかつて、世界中の水路を取り仕切っていた。  
生活に必要な資源は思うままに手に入り、あらゆる種族を従え、支配した。  
数百年前に壮大な規模の干ばつが起こり、大陸にあった地表の多くの水源が失われ、  
中級以下の河川は全て消えた。残った川もほとんどが流量を失った。  
以来、他種族に比べ体格と腕力の劣る獺族は、迫害を受けることになったという。  
乾いた世界にわずかに残った森は、  
追い詰められた獺族がひっそりと暮らすのに適していた。  
 
ルルカが物心ついた頃、一族はまた引っ越しをした。  
今度は自分の足で、ルルカは新しい土地へ移った。  
ルルカの父は、森にある物から生活に必要なものを何でも造り出した。  
集落で暮らす他の四つの家族は、それぞれ違う分野の知識と技術を持っていた。  
水源を管理する者、住居を整備する者、衣服を作る者、食糧を集める者、  
それら全てに精通しており、仲間を統括する役目を担っているのが、ルルカの父だった。  
ルルカはそれを誇りに思った。  
獺族は皆、なんらかの特技や知識を、親から受け継ぐことになっている。  
とても父のようにはなれないと言うルルカに、母獺は、  
自分の持つ知識──公用語を教え始めた。  
 
「やっぱりだめ、うまくしゃべれれないよ……」  
獺族の声は、他の種族にはキュキュッという甲高い響きにしか聞こえない。  
彼らが話すのは、感情と意味を同時に音に載せる、美しい歌声のような言語だ。  
公用語は単語それぞれにひとつの意味しかなく、  
それを組み合わせて意思を表現することが、獺族にはとてつもなく困難に思えるのだ。  
獺族のきれいな言葉があるのに、どうして二つの言葉を覚えなければならないの、  
というルルカの問いに、母獺は、  
『いつか役に立つことがあるかも知れないからよ』と、優しい声で答えた。  
少しずつでもいいから覚えなさい、と母はルルカを促した。  
『大事なのは……、獺語でもそうだけど、気持ちを表す言葉。  
 「ありがとう、うれしい、気持ちいい、好き、悲しい、苦しい、ごめんなさい」  
 そして、一番大切な感情を表す言葉は──』  
『なに?』  
『ほら、また獺の言葉になってる』  
「……ごめん……なさい?」  
 
母と同じくらいに公用語が話せるようになると、  
それを使う異種族の者たちがどんな姿をしているのか、ルルカは知りたくなった。  
そう告げると、父はこれまで見せたことのない厳しい表情を浮かべ、  
『そうか、お前にも話しておかねばならないな』と言った。  
父獺は、ルルカを住居の奥に作られた小部屋へ連れて行き、  
引っ越しの際に運んできたままになっている荷物の中から、布に包まれた細長い物を取り出した。  
『抵抗してはいけない。咎は受け入れなければならない。  
 それでも、絶望してはならない』  
父は、呪文のようにそう言った。  
『何があったのか、どうして他の種族が我々を見付け次第殺すのか、  
 もう誰もその理由を覚えちゃいない。咎とは何のことを指すのだろうな。  
 ただ、この言い伝えの言葉が示す通り、  
 我々は争いを好まない。誰も傷付けない道を選んだんだ。  
 しかし、彼らは決して我々を許そうとはしない──』  
ルルカは背筋に冷たいものを感じ、身をぶるっと震わせた。  
「殺す」という言葉の意味を、ルルカはもう、朧げながら理解していた。  
食糧として鳥や昆虫を狩るのではなく、その行為が獺族へ向けられたとき、  
それは、自分や自分に近しい者たちがこの世から消え去ることを意味していた。  
布の包みの中から出てきたのは、  
鈍く光る、先が針のように尖った、ルルカの尾の長さほどの金属の棒。  
根本には折れた木製の軸が残っている。  
『金属を見るのは初めてだろう。ここでは造れないからな』  
『金属……?』  
『これは、"獺槍"というものだ。  
 異種族との接触は何がなんでも避けなければならないが、  
 特に気をつけるのがこの槍を持った者たち──私たちを狩りに来た連中だ。  
 見かけたら、急いで戻り、皆に知らせなさい』  
父は、狩人たちにどう対処すべきかをルルカが教わるにはまだ早いと言いつつも、  
"獺槍"の恐ろしさだけはつぶさに語った。  
それは単に獺を殺すだけの道具ではない。  
直接的に攻撃に使われることも稀にしかない。  
獺を苦しめるための道具なのだ。  
 
まず獺は、生け捕りにされるのが普通だった。  
そして、衣服を全て剥ぎ取られたうえで、獺槍の鋭い切っ先で腹を突かれるのだ。  
突き通す場所は決まっていた。  
腹の一か所に、臓器をなるべく傷付けずに済むポイントがある。  
獺槍に貫かれた獺は、垂直に立てられた槍の上で数日間は生き長らえ、  
短い手足では成すすべもなく晒し者にされるという。  
その姿のまま、異種族の街に連行された獺は、  
命が続く限り棒で突かれ、刃物で切り刻まれ、糞尿を撒き散らして悶え苦しむのだ。  
どのような怨念が、異種族の者たちにこの残酷な武器を使わせるのか、計り知れない。  
『獺族の生命力は強い。その分、長く苦しむことになる。  
 彼らは容赦などしない。獺の体のあらゆる部分を嬲りつくそうとする。  
 特に性器などの──』  
言いかけて、父は言葉を切った。  
生殖に関わる神聖な部分を弄ぶことは、  
心を持つ者の尊厳を徹底的に貶めるにはもってこいの手段だ。  
だが、まだ性について何も知らない、自分の体のこともよく分からない子供のルルカには、  
これを話しても理解できないだろう、と父獺は考えた。  
仮に理解できたとて、ルルカ自身、後に我が身で嫌というほど、  
それを思い知らされることになろうとは、露ほどにも思わなかっただろう。  
そのときのルルカはただ、その禍々しい凶器の不気味な形を目に焼き付けるばかりだった。  
これまで幸せに暮らしてきたルルカは初めて、恐怖というものを知った。  
『何故このようなものを大事に持っているかというと、  
 我々がともすればこれの恐ろしさを忘れ、  
 軽率な行動を取ってしまわないよう戒めるためだ』  
そう言って父獺はまた荷物の奥へ、その獺槍をしまうのだった。  
 
さらに何度か移住を繰り返すうち、ルルカは背丈だけは母と同じほどにまで成長した。  
乳房が薄っすらと膨らみ始める年頃になり、母獺が新しい服を作ってルルカに与えた。  
尾の部分に大きな穴が開き、膝から上、胴と胸、  
そして肘のあたりと首元までをすっぽりと包む、  
獺族の流線形の体のラインを隠さない、独特の衣装だ。  
水に浸かればそのまま洗うこともできる衣服は、一度着てしまえば滅多に脱ぐことはない。  
排泄ができるように、股間の部分は四角い布が臍のあたりからお尻に回され、  
尻尾に紐で結ばれている。  
子供用の服に比べて、体に密着するようなその衣装は、胸の部分だけがぶかぶかしていた。  
『ごめんね。素材が少ないから、何度も作ってあげられないの。  
 その胸の部分がちょっと窮屈に感じられるようになったら、  
 あなたもオトナの獺の仲間入りよ』  
『私も、お母さんみたいなおっぱいになるの?』  
『そうよ』  
母獺はルルカの手を取って、自分の大きな胸にそっと当てさせた。  
ルルカは久し振りに感じるその乳房の温かさと柔らかさに、どきっとした。  
何か神聖なものに触れているような気がした。  
手のひらを通して、母が自分のそれを大切に思う気持ちが伝わってくる。  
ルルカは自分の胸も同じようになると聞いて、嬉しくなった。  
『女の子はここを大事にしなくちゃいけないのよ。  
 簡単に誰かに見せたりしてはいけないの。  
 本当に大事なひとにだけ、そっと見せたりするものよ』  
ルルカはまだ、自分の集落に住む者たちしか獺族の仲間を知らなかったが、  
移住を繰り返すうちに獺たちは、別の一団に出会うことがある。  
若い獺の男女が出会えばお見合いをし、互いを気に入れば、  
娘を持つ側の親は、相手の集団へ我が子を預けて去るのが習わしだ。  
『いずれあなたにも、誰か好きなひとができる。  
 少しお洒落をしなくちゃね』  
母と同じ衣服を着せられたルルカだが、向かい合ったその姿にはまだ違いがある。  
母獺は衣服の上に、螺旋状に布を巻いているのだ。  
獺族のオトナの女性は、"飾り布"という、薄くて軽い生地の布を纏う。  
それは、質素な暮らしをする獺族の唯一のお洒落で、身嗜みである。  
首元で括った布を、くるくると胸に巻き、乳房の膨らみを目立たないようにする。  
それでも余るほどの長い布を、お腹を包むように巻き、最後に端を尾の根本に括り付けた。  
飾り布は首と尾の結び目を解けば、すぐに脱げ落ちて、そのまま水に飛び込むことができる。  
『昔は、これももっときれいな布で作られていたらしいけど……』  
母獺はルルカのためにこしらえた新しい飾り布を、娘に巻いてやった。  
そして、布で覆ったルルカのお腹を優しく撫でた。  
『女の子は、ここも大事にしなくちゃいけないの』  
『おっぱいだけじゃないの?』  
『そこはね、子供を育てるところだからよ』  
母が撫でたのは、ちょうどルルカの子宮があるあたりだ。  
どうしてお腹で子供を育てられるのか、その頃のルルカには想像もつかなかったが、  
自分も母の体から生まれてきたのだということは理解した。  
命が親から子へ、そしてまたその子へと繋がっていく。  
それは、とても素敵なことだと思った。  
 
 
運命の日──、  
ルルカは母に頼まれ、居住地から山を一つ越えたところへ、  
キイチゴを摘みにやって来ていた。  
集落を離れるときには飾り布は置いていく。  
ルルカは短い足で細長い体を揺らし、灌木の間を駆ける。  
急な斜面では、手をついて四つ足で走ったりもした。  
ルルカはしっかりと両親の言いつけを守っていた。  
見通しのいい場所を通るときは、草を編んだフードを被って身を隠した。  
少し走っては立ち止まり、周囲の音に耳を澄ました。  
山の中腹の少し開けたあたりでキイチゴを籠にいっぱい採ったルルカは、  
帰ろうとして、ふと立ち止まる。  
『水だ……』  
獺の長いひげが、近くに水があることを教えていた。  
足元に、ちょろちょろと流れる細い細い、天然の水路があった。  
『これが……川なのかな。ちっちゃな川だね……』  
ルルカはどうしてそんなところに水が流れているのか不思議になり、  
その源を辿り始める。  
しばらくもしないうちに、ルルカは泉を見付けた。  
『井戸を掘らなくても、こんなふうに水があるんだ……?』  
帰ったら、皆に教えてあげよう──。  
ルルカは嬉しくなって、キイチゴの籠を放り出し、泉に飛び込んだ。  
 
身長の倍ほどの深さがある天然の水瓶の中をくるくると泳いで満足したルルカは、  
水から上がり、服を乾かそうと大きく体を伸ばしたところで、異変に気付いた。  
いつの間にか、異種族の男たちに囲まれていたのだ。  
角のある者、大きな鬣を持った者、尖った耳を持った者、  
十数人の狩人たちがルルカを捕えようとしていた。  
(獺狩りだ……。  
 私は、裸にされて、槍で突かれて死ぬんだ──)  
逃げようとするルルカの首に投げ縄がかけられ、三方から引き絞られる。  
ルルカは抵抗してはいけないという父の言葉を思い出し、その場に立ち尽くした。  
「若いが、牝の獺のようだ」  
「胸が小さくてよく分からないな」  
彼らは、母が教えてくれた公用語を話していた。  
恐怖がルルカを包む。  
首を絞めつける縄でつま先立ちの姿勢を強要されたルルカの足はガクガクと震え、  
長い槍のようなものを手にした男が目の前に立つのを見て、悲鳴をあげた。  
『心配するな、これは獺槍じゃない。ただの棒っきれだ。  
 これでも獺を大人しくさせるには十分だろう。  
 お前が牝の獺なら、殺したりもしない』  
暗褐色の毛皮を持つ、小さな丸い頭にずんぐりした体型の男の言葉に、ルルカは驚いた。  
『私たちの言葉が……話せるの?』  
『そうだ。俺たちクズリ族は、お前たちと祖先が近い。  
 だから、通訳のために話す訓練をしてるのさ』  
『服を……脱がされるの?』  
自分がどうやって殺されるのか知っている、というルルカの態度を見て、  
クズリの男は苦笑を浮かべた。  
『だから、これは獺槍じゃないって言ってるだろう。  
 まぁ、裸になりたいなら好きにすればいいさ』  
ルルカは首を横に振る。  
『そうだろうな。とはいえ、確かめさせてもらうぞ』  
男は長い鉤状のツメで器用に紐を解くと、ルルカの股間を覆う布を捲り上げた。  
 
若い牝獺の慎ましい女性器が丸見えになる。  
ルルカはそこをおしっこをする場所だとしか思っていなかった。  
それでも、大勢の前で普段は決して他人に見せることのない部分を晒され、  
言いようのない恥ずかしさに身を焼かれるように感じた。  
男は、身動きできないままのルルカの股間に手を当て、恥部に指を突き立てる。  
『!!』  
おしっこの出る穴に、男のツメがめり込んだのだと、ルルカは思った。  
痛みと羞恥に包まれ、全身がかっとなる。  
命の危険に曝されている恐怖も吹き飛ぶほどの恥ずかしさに、  
『やめて!』とルルカは叫んだ。  
両親にもらった大事な体が穢されていると思った。  
そんなルルカを横目に、男は仲間たちに告げる。  
「こいつは、牝だ」  
続いて交わされる公用語の会話。  
「子供だな。近くに親も居るだろう」  
「何人か先に行って住処を探すんだ。気付かれたら逃げられるからな」  
「牡はすぐに殺せ」  
男たちの言葉に、ルルカはまた、震え上がる。  
ルルカは、自分がそれらを理解できていることを知られてはいけないと思った。  
通訳のクズリが居るのは、彼らが獺族とは言葉が通じないと信じているからだ。  
 
クズリの男に促され、首に縄をかけられたまま獺たちの集落へ向かったルルカが見たものは、  
誰も居なくなった空っぽの住居だった。  
生活道具だけでなく、食べ物も、あの父が見せた獺槍を包んだ布も──全て、無かった。  
『お前は囮にされたんだ。自分たちが逃げる時間を稼ぐためのな』  
『そんなことは……』  
あの優しい母が、父が、自分を捨てるわけがないと信じたかった。  
『ここで暮らしていた形跡も残っちゃいない。  
 予め、準備していた証拠だろう』  
ルルカはわっと泣き出した。  
 
『近くに別の獺狩りが来ているらしい。  
 逃げた連中が生き残れるかは怪しいな。  
 奴らは牡だろうと牝だろうと容赦はないからな。  
 お前は運がいい。  
 獺族は見付け次第、殺すことが全種族間の合意となっている。  
 だが、俺たちの街、シエドラでは、  
 牝獺だけは生かしておくことになっているんだ』  
 
ルルカは、彼らの街へ連れて行かれた。  
森を出て砂漠化した大地を二、三日歩き、  
僅かに緑のある平原に聳え立つ、石の壁に囲まれた都市へ着いた。  
そこには、隠れ里の生活の中でルルカが見たことがないほどの「水」が溢れていた。  
獺族から奪われて久しい、生活の基盤である、水──。  
特に、広場の中央に高く飛沫を上げる噴水は、ルルカに強い印象を与えた。  
ルルカは、獺の本能か、飛び込んで水を浴びたいという衝動に駆られる。  
その噴水を、ただ眺め続けるだけの生活を送ることになろうとは、  
そのときのルルカには想像もできなかった。  
 
 
−/−/−/−/−/−/−/−/−  
 
涙で曇った目の視線の先に、大きな噴水がある。  
ここに初めて連れてこられたあの日に見たものと同じ噴水──。  
ルルカは夢から現実に引き戻されていた。  
 
五人のアンテロープの男たちは、気絶したままのルルカを一回ずつ犯し、  
やはり反応が無くては楽しくないと、一人が両腕を掴んで吊り上げ、  
別の一人が乳房を平手で打ち始めた。  
ルルカは目を覚まし、痺れるような痛みと、  
きれいな形の乳房を打たれて歪ませられる悲しさに、弱々しく呻いた。  
体をくねらせて避けようとすると、地面に触れている尻尾の先を踏みつけられ、  
抗う術を奪われた。  
小さな体の獺は、そんな万歳の恰好をさせられてしまえば、  
女の子の大事なところを守ることもできないのだ。  
 
三巡目の凌辱が始まる。  
獺族の頑丈な体が状況に慣れてきており、ルルカの意識は次第にはっきりしてくる。  
その分、体の奥底を抉られる鈍痛や、  
惨めなマークを刻印された恥丘に打ち付けられる大きな睾丸の衝撃や、  
生臭い草食獣の精液の臭いを嫌というほど感じさせられる。  
先端まで太い草食獣のペニスは、  
緩んだルルカの子宮の入り口を貫通することはない代わりに、  
子宮全体を胃のあたりまで押し上げる。  
ルルカは嘔吐しそうになるのを必死に耐えた。  
胃の内容物を吐き出して、男たちの衣服にかかったりでもすれば、  
さらに酷い目に遭わされるだろう──。  
 
「ちょっと、いいか?」  
聞き慣れた声が、ルルカを輪姦するアンテロープの男たちに投げ掛けられる。  
助かった──、とルルカは思った。  
こんな状況でなければ、その声の主をルルカはあまり歓迎しないのだが。  
全身灰褐色の毛に包まれ、尖った耳と突き出た鼻先とルビーのように赤い、  
鋭い眼光の目を持った男が、割って入ってきた。  
「"おつとめ"をさせるんだ。こいつはしばらく店じまいだ」  
アンテロープの男たちは口々に文句を言ったが、  
現れた男の首から背中にかけての毛がざわっと逆立つのを見て、  
慌てて逸物を腰布の中にしまい、逃げるように去って行く。  
厚い胸と上半身を覆う豊かな灰色の毛並み。筋肉質の体に着けているのは、  
緩く身に纏わり付くズボンのみで、体の後ろには特徴的な長く太いブラシのような尾が揺れる。  
彼は、ウォレンという名の狼族の青年だった。  
アンテロープと狼のやり取りを見ていた通行人は、ウォレンとルルカを遠巻きにして、  
近付こうとはしない。  
繋がれたルルカが見聞きした印象では、シエドラにおいて狼族は特権階級であり、  
彼らの指示には誰も逆らえないようだった。  
結果として一息つくことができたわけだが、ウォレンの登場はいつも、  
ルルカに取って良いこととは思えないものだ。  
ルルカは当然、彼に対しても牝獺の挨拶の姿勢を取らねばならない。  
立ち上がって尻尾を持ち上げようとしたところ、  
足腰が立たなくなっており、ルルカは前のめりに倒れそうになった。  
ウォレンの大きな手が、ルルカの胸環を掴み、体を支えた。  
彼が親切心からそうしているのではないことをルルカは知っている。  
狼の鋭い眼光が、ルルカの裸身を刺した。特に、乳房と性器の上を視線が這い回る。  
いつもそうだ。  
彼は、しばらくそうしてルルカを立たせ、美しく、艶めかしく、  
また、とても性的である裸の獺の体を眺めて楽しんでいるのだ。  
今日のようにルルカが憔悴している場合は、体を支えてくれることもある。  
その間に息を整えろ、と言いたいのだろう。  
 
今日は何の用?と、ルルカは目で問いかける。  
「行商にこの街の特徴的な制度について説明するんだ。  
 遠い土地で暮らしていて、本物の獺族を見たことがないって連中だ」  
「あ、あの北の果てから……っていう?」  
「人目のあるところで声を出すなと言ってあるだろう」  
(だったら、話しかけてくれなければいいのに……)  
ウォレンはこの街で、ルルカが公用語を話せることを知る唯一の人物だった。  
「北の果てに住む、シカの一族だ。  
 北方の種族の性器はでかいぞ。お前にはつらいだろうな」  
ルルカは悲しくなって俯く。たった一人の言葉が通じる相手なのに、  
彼はいつもこんなふうに意地悪を言うのだ。  
「そんな顔をするな。彼らの土地の話を聞き出してやる。  
 少しは気が紛れるだろう」  
(でも、どうせその後、犯されるんでしょう?)  
ウォレンはルルカの頭をぐしゃぐしゃと撫で、「行くぞ」と言った。  
 
ウォレンがその行商に説明しようとしているのは、  
ルルカたち牝獺の処遇についてに他ならない。  
一年中発情して自由に性欲の捌け口に利用できる牝獣が居るのは、  
世界中どこを探しても、ここシエドラ以外には無い。  
ウォレンの言う"おつとめ"とは、新しい訪問者たちに対し、  
牝獺に奉仕をさせて、シエドラの宣伝に役立てようというものだ。  
ルルカは何人いるか分からない、  
少なくとも一人や二人ではない行商の男たちに順に犯され、  
終わった後、ウォレンにも犯されるのだ。  
 
ウォレンは壁に繋がれたルルカの鎖を外して手に取った。  
そのまま彼女を引いて行こうとするウォレンに、  
ルルカは小声で「体を清めさせて」と訴えた。  
「十秒だけ待ってやる」  
ウォレンは鎖を放す。  
どうせ周囲に荒野が広がるこの都市から逃げられはしないし、  
ルルカも、獺の短い足で必死に逃げたところで、  
すぐに捕まり罰を受けることはよく分かっている。  
ルルカがいつも繋がれている位置から鎖の届く範囲に流れる水路の一部が、  
そこだけ深く掘られており、1メートル四方ほどのプールになっている。  
ルルカは急いでそこへ飛び込むと、水中で三度、宙返りをして水流を起こし、  
体の汚れを洗い落とした。  
ここへ浸かると、ルルカはあの運命の日、泉に飛び込んだことを思い出す。  
獺の本当の生きる場所はここだ、水の中だ、と本能が告げている。  
いつまでもそうして泳いでいたかったが、ウォレンが待っている。  
いつもは長く水に浸かっていると、鎖を引き上げられ、殴られた。  
今は鎖の端はどこにも結わえられていないが、ルルカは律儀に約束を守った。  
(十秒……)  
水底にとん、と片手を突いて水面へと向きを変え、  
体を竜巻のように回転させる勢いで、石畳の上へ飛び出し、ぶるぶると体を振って水を払う。  
「いつもながら、お見事」  
ウォレンはまさに水を得た魚のような獺族の流れる動きに感嘆の声を漏らしたが、  
抑揚の無い公用語で言われても、ルルカには彼の感情が汲み取れない。  
肉食獣の鋭い眼光で射竦めるようにしながら褒められても、嬉しくなかった。  
 
ルルカの体内には、まだ先ほど流し込まれた精液が溜まっている。  
牝獺の排泄用に、石畳に浅い排水路が掘られていた。  
ルルカはその上にしゃがみ込んで、水を掬って性器を洗う。  
体の奥まで注ぎ込まれた男たちの精液をなんとか絞り出し、  
さらに指の届くところまで清めようと思った瞬間、ウォレンが鎖を掴んで引いた。  
「あ、待って……」  
どんなに惨めな扱いを受けていても女の子の嗜みとして体を清潔にしておきたい、  
と思うルルカの気持ちは、いつもこのようにして踏みにじられる。  
「どうせすぐに汚れるんだ」  
 
ウォレンに促され、ルルカは彼の指す方向へ歩き始めた。  
乳房に圧し掛かる金属環を少し持ち上げながら、よたよたと短い足で進む。  
噴水の横を過ぎ、広場から路地へ出る頃には、  
ルルカの股間からジュクジュクと音を立てて愛液が溢れてきていた。  
犯されている間はそんなに出ているとは思わないのに。  
きっと自分の体は、凌辱に慣らされ過ぎているんだろう、とルルカは思う。  
そこに何も挿れられてないと、体が浅ましく牡を求めてしまうのだ。  
どうして、こんな体になってしまったんだろう──。  
(ごめんね、お母さん……。  
 お母さんにもらった体を、私は大事にできなかった……)  
牝獺の体を性の奴隷に変えてしまう儀式を、ルルカは思い出していた。  
それはこの狼、ウォレンとの出会いの記憶でもあった。  
 
 
 
 

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