【2】 −毒針−  
 
獺狩りの部隊は、食糧などを運ぶ大きな馬を数頭連れて来ていた。  
首縄を馬に繋がれ、強制的に歩かされるルルカは、異種族の男たちより、  
自分の十倍以上もある大きさの四つ足の動物に怯えた。  
その動物は、背負った鞍以外は裸で、声も立てず、男たちの指示に従っていた。  
『家畜を見るのは初めてなんだな』  
クズリ族の男が、ルルカの後ろについていた。  
『こいつらは、言葉を持たない遠いご先祖さまの生き残りさ。  
 大干ばつで野生の大型動物は姿を消した。  
 こうして捕えた獣を殖やし、調教し、役立てる。  
 人や荷物を運ばせたり、食用にしたり、とな』  
『言葉を話さない者たちは、食べていい──っていう?』  
『そうだ。  
 どの種族も親から似たようなことを聞かされるんだな』  
『この……家畜?  
 ……も、食べられるの?』  
『使い物にならなくなれば、な』  
『そう……』  
短い足で必死に歩くルルカには、それ以上の言葉を続ける余裕は無かった。  
シエドラに着いたルルカは、街に溢れる人の数に圧倒される。  
そして、行き交う人々に混じる、馬や豚や牛などの家畜たち。  
街には馬に似た顔の人間も居て、ルルカは不思議な感覚に包まれた。  
 
クズリ族の男はいつの間にか姿を消していた。  
ルルカは、耳に飛び込んでくる無数の公用語の会話に嫌でも耳を傾けることになる。  
母から教わっていたといっても、本物の言葉は早口で、なかなか正確に聞き取れない。  
誰もルルカを相手にしていなかった。  
獺族に言葉が通じるとは思っていなかった。  
ルルカは群衆の中に居て、孤独だった。  
首縄を引かれるルルカは、街に居る縄や鎖で繋がれた家畜たちと自分の違いは、  
服を着ていることだけのような気がした。  
 
人垣の間を連行されたルルカは、広場の噴水の前で、  
首縄を太い革製の首輪に付け替えられた。  
首輪には長い鎖が付いており、それはさほど頑丈なものではなかったが、  
ルルカに囚われの身であることを自覚させるに十分だった。  
「で、空きが出たのはどこだっけ?」  
「酒場と集会所の裏と──」  
「広場の牝もそう長くはない」  
「じゃあ、この牝獺はいずれ広場に繋ぐことになるな」  
 
黒い布がルルカの顔に巻かれ、視界を奪われた。  
「こうすれば獺は大人しくなるんだ」  
目隠しをされたルルカは、何をされるのかと怯えた。  
複数の男の手で、ルルカは服を脱がされた。  
目隠しのおかげで、恥ずかしさよりも不安が勝り、ルルカは身を縮こまらせる。  
男たちは、ルルカの足を軽く開かせ、「おしっこをするところ」を指で広げる。  
(どうしてそんなところを調べるんだろう……)  
水中での生活に適応した祖先の血を引く獺族の性器は目立たない。  
特に、発情もしていない若い牝獺の場合、その部分は毛皮から顔を覗かせた、  
小さな桃色の膨らみでしかない。  
肉の膨らみに、縦に一筋の溝のような窪みがあり、それが陰裂を形作っている。  
男の指が、陰裂を押し広げて粘膜を露出させていた。  
ルルカは自分の性器の構造をよく知らない。じっくり見ようと思ったこともない。  
何人もの男たちの好奇の視線がそこに注がれていることは、  
目隠しをされたルルカには分からなかった。  
 
こうして、新しい牝獺の健康状態を確認する傍ら、  
いずれここが熟れた果実のような変わり果てた姿になり、  
ペニスを誘い込むようになるさまを、男たちは想像する。  
異種族の目にも、小さな体で美しい毛並のルルカは、可愛らしかった。  
今は清楚で純真無垢なこの牝獺が、  
やがて淫らな汁を垂れ流し、美しい声で喘ぐようになるのだ。  
男たちは交代で、その薄桃色の未熟な果実を眺めるのだった。  
 
(いつまで触られてるんだろう?)  
このように指で広げられ、粘膜を空気に晒されることなど初めての経験だ。  
股間の粘膜が冷たい空気に触れ、ルルカは尿意を感じた。  
街に近付いたあたりから排泄をさせてもらっていない。  
尿意はどんどん強くなり、ルルカは必死に我慢した。  
胴と同じくらいの長さの特徴的な獺族の尾が持ち上げられる。  
根本が太く、お尻との境い目が目立たない尾の付け根に覗く、獺の肛門は、  
ビロードのような茶褐色の毛並がその部分だけ地肌に変わり、  
水棲動物らしく慎ましい締まりを見せている。  
尾を吊り上げられ、くつろげられた肛門の中央にも薄桃色の粘膜が顔を出した。  
(お尻の穴を……見られてるの?)  
いつもきれいにしているとはいえ、不浄な部分を見られたくはなかった。  
ルルカを包む不安は、徐々に恥ずかしさに変化していく。  
男たちの手はルルカの全身を這い回り、やがて未熟な乳房に触れたとき、  
ルルカは『あっ』と声を上げ、身を捩った。  
初めて見せる抵抗。  
母から大事にしなさいと何度も言われていた乳房を、何者とも分からない連中に触られる──。  
耐え難い悪寒が走った。  
(やめて!)  
ルルカが激しく暴れ出す前に、動きを察した男が、首輪を掴んで吊り上げる。  
上手く顎に体重がかかったため、呼吸を妨げられることはなかったが、  
ルルカは恐怖に包まれた。  
自分の倍以上ある体格の異種族に体を振り回される恐ろしさ。  
非力な獺たちにとっては、想像したこともない、暴力だ。  
ルルカの父を思い出してみても、  
まだ彼を見上げるくらいの背しかなかったルルカを抱き上げるのに苦労していた。  
宙に浮かされただけですでに逆らう気力も失っているルルカの腕が、  
大きな手で掴まれ、捩じ上げられる。  
獺のオトナたちは皆優しかったし、幼いルルカに服を着せようとした父の腕の力も、  
こんなに恐怖を感じるほどには強くなかった。  
ルルカはこの一瞬で、獺族が彼らに力ではまったく敵わないことを知らされてしまった。  
だらりと腕と足を垂らしてルルカは乳房を押し潰される痛みに耐えた。  
可愛らしい桃色の乳首が赤く染まってくる。  
「まだ、随分と固いな……」  
「使えるようになるには、半年くらいかかるか」  
 
検分は、ルルカが感じていたよりはずっと短い時間で終わった。  
目隠しをされたまま、着ていた服が腕の中に返されると、  
ルルカは乳房と股間を隠すように、それをギュッと抱き締め、ほっとする。  
その母からもらった服は、ルルカにとって家族との最後の絆だった。  
 
ルルカは目隠しを解かれぬまま、鎖を引かれて広場から離れた。  
足の裏に、陽に照らされた石畳の熱を感じなくなったとか思うと、  
石の階段を降りさせられていた。  
地面の下へと潜っていくのが分かった。  
 
ルルカが連れて行かれたのは、広場の脇にある建物の地下だった。  
目隠しが外され、ルルカは地下牢の部屋の一つに押し込められた。  
牢の格子戸に錠がかけられる。  
長い鎖が格子戸に繋がれてはいるものの、ルルカはその部屋の中に限っては自由になった。  
まだ裸のままだったルルカは慌てて服を着た。  
ルルカは、男たちと入れ替わりに地下に降りてきた二つの影に気付き、  
咎められるのではないかと思い、怯えた。  
『服は着ていてもいいぞ。いや、ここではそうしていろ』  
聞き覚えのある声。獺族の言葉。  
檻の格子の向こうから、クズリの男が声を掛けてきた。  
男の一人は、ルルカが捕えられたときに通訳をした、あのクズリ族だった。  
『俺はジエルだ。こちらはジルフ。  
 これから、ここでお前たちの世話をする』  
『あの、私は──』  
『おっと、名前を言うんじゃない』  
名乗ろうとするルルカを、ジエルが手を突き出して制止した。  
『言うなよ。言ったら酷い目に遭わすからな。  
 いいか、俺たちを除いて、お前らは誰とも話ができないんだぞ。  
 いずれは俺たちも……』  
『ここでは、お前はただの捕えられた一頭の牝獺なのだ。  
 世話をする者が情を移さないよう、こういう決まりになっておるのだよ』  
ジエルの言葉を補ってルルカに語りかけるのは、ジルフと呼ばれた男だ。  
ごろんとした逞しい体格のジエルに比べ、小柄で少し背の曲がった初老のクズリ族だった。  
ジルフの顔は白髪でまだらになっており、細めた目が柔和な印象を与える。  
ルルカは緊張が解け、途端に、先ほどからおしっこを我慢していたことを思い出した。  
『あの……』  
『なんだ?』  
『……おしっこが……』  
ジエルが、そうかと言って、部屋の端を指差す。  
『床に溝がある。ちょろちょろと水が流れているだろう?  
 そこで排泄するんだ』  
彼の言う通り、壁から少し離れたあたりを、手のひらほどの太さの水路が床を横切っていた。  
ルルカはそれを跨いで股間を覆う布を捲ったところで躊躇する。  
『あの……』  
『どうした、早くしろ』  
『音を聞かないで』  
ジエルはルルカの願いを、くくっと笑い飛ばす。  
『早くしろ。何なら、我慢の限界がくるまで、じっくり見ておいてやろうか?』  
ここの生活に早く慣れておけ、とジエルは言った。  
ルルカが音を立てないように少しずつおしっこを出し切って格子の前に戻ると、  
クズリたちの姿は無かった。  
冷たい鉄の格子は恐ろしげではあったが、獺族の集落では造れない金属も、  
水と同様にここには溢れていることがルルカを驚かせた。  
 
しばらくして、いい香りが漂ってくる。  
『食事だ』  
ジエルが大きな碗に湯気の立つ食べ物を入れて運んできた。  
どろどろしたスープ状のそれは、何かを煮込んだものらしい。  
ルルカは、すっかり自分のお腹が空いていることに気付いた。  
見たことが無い食べ物ではあるが、香りに誘われ、碗に頭を突っ込む。  
次の瞬間、びっくりして叫んでいた。  
『……痛いっ!』  
ジエルは、腹を抱えて笑った。  
『痛い、じゃない。熱い、だろう?』  
 
獺族は食べ物に火を通さない。煙を上げるわけにもいかず、また、  
彼らの消化器官には不釣り合いなものまで食糧にしなくてはならない獺たちには、  
食べ物を料理している余裕など無い。  
放浪を続けるうちに、料理をするという文化が失われていた。  
ルルカは生まれて初めて、舌に火傷をしたのだ。  
『食事は、一日に五回与える。  
 だが、いつもこんな温かい食事を出すつもりはないからな』  
ジエルは、これは獺専用の餌だと言った。  
獺に必要な栄養だけを考えて余り物を混ぜて煮込んだだけのものらしいが、  
それでも、これまで食べてきたものよりずっと美味しく、  
獺族の食生活がいかに貧しいものだったかを、ルルカは思い知らされた。  
 
人心地が付くと、ルルカは改めて自分が閉じ込められた場所を観察した。  
壁と床を冷たい石で覆われた寂しい空間は、それでも、  
家族三人で横になっていた窮屈な寝室の数倍の広さがあった。  
上部が桶状になった小さな石の台から水が溢れ、先ほど使った排泄用の水路に流れている。  
このひと部屋だけで水回りには困らないようにはされていたが、  
飲み水や、濡らした布で体を拭くには充分にしても、水浴びをすることはできそうにない。  
水路と反対側の部屋の壁に、木の板を鎖で吊ったベッドが用意されていた。  
ベッドには寝藁が敷かれていた。これまで床に直接転がって寝ていたルルカは、  
その寝藁の心地よさに驚く。  
あんなに恐れていた獺狩りが想像していたものと違うことを不思議に思うルルカに、  
老クズリのジルフは言った。  
『お前は獺族の代表の一人として、いずれ罰を受けねばならん。  
 今はまだ体がオトナになっていないから、ここで成長を待っておるのだ』  
ジルフは、ルルカを憐みの籠った目で見る。  
『罰って……、どういうこと?  
 どうして、獺族は追われなければならないの?』  
ルルカは小さい頃から誰も答えてくれなかった疑問をぶつけた。  
獺を殺そうとする彼らなら、教えてくれるかもしれない。  
『昔から続いていることだ。誰も疑問に思わず、それを繰り返している』  
『じゃあ、理由は……』  
『記録にも残っておらんし、本当のところは誰にも分からんかもしれんな』  
それでは、獺のオトナたちから聞いた話と変わらない。  
『何でもいいの。あなたが知っていることを……教えて!』  
ジルフに食い下がるルルカを見かねてか、ジエルが口を挟む。  
『つまりさあ、獺族ってのは他の種族にとっては深い恨みの対象なのさ。  
 冷酷で残忍な獺どもは、世界を引き裂き圧政を敷いていたんだ。  
 お前たちの罪はいつまでも消えない。長い時間をかけて裁かれるんだ』  
『ジエル、そのくらいにしろ。  
 我々の仕事は獺が体を壊さないよう、管理するだけだ。  
 余計なことを話すのは禁じられているだろう』  
『獺族の罪って、何なの?  
 世界を引き裂いたって……』  
『そんなこと知るもんか。だから言ったろ、大昔の話さ。  
 誰も覚えちゃいないんだ』  
立ち去ろうとする二人のクズリを呼び止めようと、ルルカは叫ぶ。  
『そんなよく分からない理由で獺族は殺されてきたの!?』  
やれやれ、といった風に、ジエルはルルカに向かって、こう返した。  
『お前の両親は、お前を囮にして逃げたんだ。  
 あれが獺族の本性なのさ──』  
 
クズリたちの姿が消えた後、ルルカはふらふらと部屋の隅に行き、  
顔を伏せて泣いた。  
ジエルの言った言葉──、信じたくはなかったが、  
それが事実ではないと言い返す自信がルルカには無かった。  
本当にルルカを囮にするために、母はキイチゴを摘みに行くよう仕向けたのか。  
涙が次から次へと溢れてきた。  
裏切られたかもしれないことが悲しいのではない。  
ほんの数日前の出来事だというのに、キイチゴを採ってきて欲しいの、とルルカに言った、  
あのときの母の表情が、どうしても思い出せなかったからだ。  
 
数日もすれば、ルルカは地下牢での生活にも慣れた。  
隠れるところもない広い部屋で排泄をする恥ずかしさは無くならないが、  
いつも誰かが見ているというわけでもない。  
天井近くに明かり取りの隙間が開いており、壁と床を冷たい石で覆われた寂しい空間に、  
時間の流れを伝えてくれる。  
明かり取りは、広場の石畳すれすれの位置にあるらしく、  
街の喧噪が閉じ込められたルルカの耳にも届いた。  
夜になれば、その細長い光の入口は閉じられ、代わりに蝋を使った燭台が灯される。  
至れり尽くせりのその地下の空間は、意外なほどに快適だった。  
いや、ルルカも初めのうちはそう思っていたが、  
次第にそこが、獺族にとっては必ずしも良い環境とは言えないことに気付く。  
床を流れるほんの少しの水では、水浴びができない──。  
そのことがルルカを苦しめるようになる。  
部屋は温度を逃がさない構造になっており、日中、差した陽の光がもたらす熱は、  
朝までその場に籠っていた。  
ルルカが閉じ込められているのは、"獺の窯牢"と呼ばれる獺専用の収監施設だった。  
長い年月のうちに工夫されてきた、巧妙に牝獺の体を変化させていく仕組みがそこにはある。  
文字通り、窯のように熱を溜め、獺の体を蒸し上げるのが目的なのだ。  
若い牝獺は、体に熱が籠らないように水浴びをしなければならない。  
ルルカも小さい頃から何度も言い聞かされてきた。  
そうしなければ、体が疑似的に発情を起こしてしまう。  
それはルルカのような、まだ完全に性成熟していない若い牝獺の体にも起こるのだ。  
 
閉じ込められて十日もしないうちに、ルルカは息苦しさに包まれる。  
体中が熱くなり、頭がぼうっとする。  
水を何度口にしても、その熱は収まりそうになかった。  
我慢しきれなくなって、肩で大きく息をする。  
肺いっぱいに空気を取り込んでも、体はいっこうに冷えず、呼吸はどんどん激しくなる。  
この先ずっと、そのはぁはぁという荒い呼吸と付き合って生きなければならないことを、  
ルルカはまだ知らなかった。  
 
『もう症状が表れたか。感度のいい娘だね』  
気付けば、老クズリのジルフが、牢の中で激しく息をするルルカを見詰めていた。  
『私はどうなるの?』  
『心配することはない。シエドラで暮らすのに相応しい体になるだけだ。  
 苦しいかもしれないが、じきに慣れる。  
 前にも言ったが、暑くても服を脱ぐことは許さないよ。  
 それが決まりだ』  
『何が起きてるの? 私の……。  
 熱が籠ってはいけないって言われてた。  
 これがそうなの?』  
ジルフは相変わらずルルカの質問に答えようとはせず、  
代わりに牢の中のルルカに何かを差し出した。  
 
『これからは、これをいつも体の穴の中に入れておくのだよ』  
『体の……?』  
『お尻の方ではないぞ』  
ジルフが手渡したものは、獺の小さな手のひらにかろうじて収まる大きさで、  
卵を細く引き伸ばしたような形の、樹脂の塊だった。  
ジルフは続けて、液体の入った小瓶をルルカに渡す。  
『この果実から採った油を塗って使うのだ。  
 体に収めたら、まずは明日の朝までずっと入れておくのだよ』  
『何のために……』  
『お前の苦しみを減らすためだ』  
 
ルルカは困惑した。  
ベッドの上で、股間を隠す布をそっと捲り、自分のそこを確かめた。  
(お尻の穴……じゃない……穴……)  
他には、おしっこをする穴しか思い当たらない。  
ルルカは、性器に指先を当てる。熱に冒されるようになってから、  
そこも少し熱くなっていて、心なしか膨らんでいた。  
そのことには、小便をするときに気付いていた。  
『あっ……!?』  
肉の突出した部分を開いて粘膜の中心をそっと触ってみると、  
指が沈み込んでいく部分があった。  
性についてそれまで何も教わったことのなかったルルカは、自分の体の、  
おしっこの穴のすぐ下に、もっと大きな穴があることを初めて知った。  
穴が体の奥まで続いていることもすぐに分かった。  
(これは、もしかして?)  
その穴の奥には、きっと母が教えてくれた「子供を育てるところ」が在る、  
そうルルカは直感した。  
そうか、とルルカは思った。  
ずっと不思議だった、お腹で子供を育てるということがようやく理解できた。  
この穴は、おそらく、子供が生まれてくるための穴なのだろう。  
それにしては──、おしっこの穴に比べれば大きいとは言っても、  
指先がかろうじて入るくらいの広がりしかない。  
ルルカはジルフに渡された道具を見て、身を震わせた。  
こんなものを入れたら、体が壊れてしまわないだろうか。  
大事にしなさいと母に言われていた体の奥の部分が傷付くことをルルカは恐れたが、  
優しそうな物腰のジルフの言葉に逆らう道理も持ち合わせていなかった。  
 
ジルフに言われた通り、小瓶の油を表面に塗って、その樹脂でできた棒を、  
ルルカは股間に押し当てる。  
裂けるような痛みが走る。  
痛みを我慢していると、それはじわじわと体の奥に飲み込まれていった。  
(大丈夫……。入る……。入るよね……?)  
ルルカは、時間をかけてその道具をなんとかお腹の中に収めた。  
体の中が引き攣ったようになり、しばらく仰向けになって喘ぐ。  
食事を運んできたジエルが声を掛けても、  
ルルカはベッドの上から起き上がることもできなかった。  
『なんだ、もうあれを始めたのか』  
声には出さないが、ジエルがくっくっと可笑しそうにしている様子が伝わってくる。  
ルルカは自分のしていることが恥ずかしいことだと気付いた。  
『食べ物はここに置いておくぞ』  
ジエルに言われて、ルルカはベッドから降りた。  
二本足で立つと、お腹に収まった棒を中心に、ズキズキと痛みが起きた。  
 
這うようにしながら、ようやく牢の格子戸まで辿り着いたルルカを、  
ジエルはその場でずっと待っていたようだ。  
そのニヤニヤした顔を見て、ルルカはまた羞恥心を掻き立てられる。  
『その様子だと、自分の体に三つの穴があるのを知らなかったってクチだな』  
『……』  
『寝転がっててもダメだぞ。普通に歩けるようにならなきゃな』  
『そんなの……無理だよ……』  
その後も半日ほどは、お腹の中の違和感で歩くこともままならなかった。  
しかし、水を飲んだり排泄したりしないわけにはいかない。  
薄暗い照明が灯される頃には、のろのろとなら立って歩けるようになっていた。  
 
『確認するぞ。お腹の中のものを出して見せろ』  
翌朝、現れたのは、ジルフではなく、意地の悪いジエルだった。  
目が覚めてすぐに、ルルカはその違和感に我慢できなくなって、  
体に収めた樹脂の棒を取り出そうとしていたところだった。  
朝まで、という約束は守られているはずだが、  
まさかジエルが確かめに来るとは思っていなかった。  
ジエルは格子戸に結わえられている、ルルカの首輪の鎖を引いた。  
『えっ? 待って……』  
引っ張られてベッドからどさりと落ちたルルカは、慌てて床にツメを立て、踏ん張る。  
股間を丸出しにしていた。ジエルに見られたくない。  
『嫌っ! 自分でするから、お願い……』  
『それじゃあ、いつになるか分からないな。  
 なかなか出てこなくて不安になっていたんだろう?』  
図星だった。  
体に収まった棒は、指を挿し込んでみても、先端に触れてさらに押し込まれてしまうばかりで、  
取り出すことが出来なかった。  
それでも抵抗するルルカを、ジエルは恐ろしい力でずるずると引っ張った。  
改めて、獺族の非力さを思い知らされる。  
それだけでも恐ろしいのに、ルルカを引き寄せたジエルが、  
格子戸を開け、牢の中へ入ってきたのだ。  
ルルカは悲鳴を上げたが、体を押さえ付けられてしまった。  
服に手をかけられて、ルルカはジエルの意図に気付き、恐る恐る聞いてみる。  
『……裸を見たいの?』  
ジエルは手を止め、いつもの笑いを顔に浮かべた。  
『そりゃそうさ、男はみんな、女性の裸を見たいもんさ』  
『どうして?』  
『恥ずかしいんだろう?  
 どの種族だってそうさ、女は簡単に裸を見せるものじゃない。  
 だから、その隠されたところを拝めると思うと、男は欲情するのさ』  
『欲情って?』  
『いずれ分かる。嫌というほどな』  
『……』  
『仕方ない、今は、見ないようにしてやるよ』  
ジエルは顔を突き合わせた体勢で、ルルカを四つん這いにさせると、  
ルルカのお腹を手前から奥へ、ゆっくりとさすり始めた。  
『ほら、タイミングを合わせて力を入れてみろ』  
ジエルの協力で、昨日からルルカを苦しめていた道具が、  
ようやく体から抜け落ちた。  
『慣れないうちはたっぷり油を塗って使うんだ。  
 次からは一人でやれるな?』  
樹脂の棒はきれいに拭かれ、またルルカに返される。  
『今日はこれを十回、出し入れするんだ。  
 明日は二十回。毎日十ずつ回数を増やしていけ』  
『そんな……』  
『嫌なら、縛り付けて俺の手でやってやる。  
 恥ずかしいところもたっぷり見せてもらうからな』  
 
憂鬱になりながらも、ルルカは言いつけを守った。  
四〜五日で、股間の痛みは無くなった。獺族の体は適応力も回復力も優れていた。  
ジルフは繰り返し、牝獺のためにそれをさせているのだと言った。  
『昔はよく、若い獺の娘が、儀式の際にショックで死んでしまうことがあった。  
 あれは憐れなものだ。  
 そうならないように、儂がこれを考えたのだ』  
『儀式って?』  
ルルカは新たな不安の種に怯えた。  
ここへ来たときに、いずれ罰を受けると言われた、そのことなのだろう。  
『おお、すまんな。怖がらせるつもりはなかったのだ。  
 この地下牢に居る間は、先のことは考えるな。  
 悪いようにはしない──』  
 
温和なジルフと対照的に、ジエルはいつも乱暴な物言いをした。  
『外では異種族のご機嫌を取り、ここへ来れば牝獺なんぞにまで気を遣う。  
 クズリ族も大変さ』  
彼の生活は、獺の世話ばかりではない。  
郊外にある水車を利用して水揚げした魚を市場で売るのが、もう一つの仕事だと言った。  
『まったく、魚なんて誰もあまり食べやしないのに。  
 いつも売れ残りを捨ててばかりさ。  
 どうしてクズリ族はこんな仕事ばかり代々続けてるんだろうな』  
『お魚が……あるの?』  
ルルカは、父から聞かされていた獺族の主食だったという魚が、  
ここシエドラでは食材として売られていることを知って驚いた。  
『ああ、余っていると言っても、決してお前たちの口には入らないぞ。  
 獺に魚を食わせた者は罰せられる決まりだからな』  
お前たちには専用のエサがお似合いなのさ、とジエルは言った。  
『でもな、アレもなかなか美味いだろ?』  
彼は、どうやら料理の腕に自信があるらしい。  
ジエルが言うには、食事が冷めていて美味しくないときは、  
間違いなくジルフが作っているということだ。  
ルルカはシエドラへ来て初めて、くすくすと笑った。  
クズリ族の喋る獺語は、音程の変化がなく感情が読み取り辛いものだが、  
そのときルルカは初めて異種族と気持ちが通じ合ったと思った。  
ジエルはときどき、ルルカに話し掛けるようになった。  
そのほとんどは、独り言にも似た愚痴だったが、  
ときおり漏らす言葉は、ルルカに期待と失望を与えてくれる。  
『大昔の協定で、あらゆる種族が獺槍を持つようになった。  
 全ての獺は殺されるはずだったんだ。  
 だがシエドラの先人たちは牝の獺に利用価値を見付けたのさ』  
『利用価値って?』  
『それは、今は教えられないな──』  
『そればっかり……』  
『仕方がないだろう。お前を捕まえたのは、仲良くしようってわけじゃないからな』  
 
道具を出し入れしなければならない回数は、  
いつしか二百回を超えるようになっていた。  
道具を体に収めたり出したりしていると、体が熱くなり、息も荒くなる。  
ルルカは、自分が恐ろしく恥ずかしいことをしているのだと思った。  
短い時間で一度に出し入れを行い、  
残りの時間は入れっぱなしにするのが楽だった。  
それがルルカにとって当たり前になってきたのを見計らってか、  
ジルフが新しい樹脂の棒と交換すると言い出した。  
それは、これまでのものより一回り以上大きく、表面に無数の突起が付いていた。  
(こんなものを入れるの……?)  
ルルカは異物を初めて体に入れたときの苦痛を再び味わった。  
樹脂に付けられた凹凸は、お腹の中にざわざわした感覚を生み、  
その夜、ルルカは眠ることができなかった。  
 
朝になって、ルルカは桃色をしていた股間の肉が赤く腫れ上がっているのを見て驚いた。  
そして、悪い予感はあったが、案の定、お腹に収めたものは、  
力を込めてみても出てこなかった。  
ルルカは仕方なく、ジエルに助けを求めた。  
『さすがに今度は見ないようにはできないな』  
ジエルはまた、牢の中まで入ってきて、ルルカを立たせると股間を晒すように強要した。  
『体がおかしいの……。すごく腫れて……』  
ルルカは恥ずかしさを我慢して、ジエルの大きな手が下腹部を撫で回すのに耐えた。  
突起の付いた道具が股間から飛び出して床に転がるのと同時に、  
液体がぽたぽたと音を立てて滴るのを感じて、ルルカはまた、驚いた。  
『え……、何!?』  
それは、明らかにおしっこではなかった。もう一つの大きな方の穴から漏れ出していた。  
自分の体に何かが起きていることは確かだった。  
『いよいよ恥ずかしい体になってきたな。  
 その汁はもう止まんないぜ?  
 服を汚すのが嫌なら、そこをいつも丸出しにしておくんだな』  
そこが腫れているのも、もう一生治まらない、とジエルは言った。  
"獺の窯牢"にひと月も囚われていては、獺族の体を冒した熱は一生取れなくなる。  
ルルカはその熱により、疑似発情を起こしていた。  
ルルカは、今までさせられていたのが、  
牝獺の大事なところを穢す行為だったことをようやく知るのだった。  
『騙したの?』  
『お前たちが死なないように、  
 ってジルフが言ってるのは本当のことだぜ』  
『でも……、酷い──』  
『これが要るだろう? 服を洗うのに素っ裸になるのが嫌ならな』  
ジエルはルルカに布を数枚、手渡した。  
いつも体を拭いているものではなく、  
股間の汁で服を汚さないようにするためのものだった。  
 
その日からルルカは、クズリたちと言葉を交わさなくなった。  
ジエルの言ったことは全部が本当というわけではなかった。  
性器の腫れが引くことはなかったが、体の奥から滲み出てくる、  
あのおかしな汁は、道具を体に入れさえしなければ出なかった。  
しかしルルカは、否が応にも、この獺の窯牢の罠に囚われていく。  
始めの頃のように、ルルカがそれを体に収めているかどうかを、ジルフたちは確認しなかったが、  
ときおり、無言で手を差し出し、ルルカに道具の交換を促す。  
ルルカがそれを使っているかどうか、もう彼らは確認する必要が無かった。  
牝獺が、一度習慣になった行為を止められないと知っているからだ。  
新しく渡されるものは、少しずつ大きさを増していった。  
いずれ行われる儀式というものが股間の穴に関係していることは間違いない。  
クズリたちを信じていいものかも分からず、不安を募らせたまま、  
ルルカは股間に道具を出し入れする行為を続けていた。  
我慢できないのだ。  
母からもらった服のだぶついた胸の部分の奥で、果実が成熟するかのように、  
ルルカの乳房は膨らんできていた。  
服の上からゆっくりと乳房を撫でながら、股間の穴に挿し込んだ道具を動かすと、  
頭がぼーっとするような感覚に包まれる。  
まだ幼さを残した体が感じる、禁断の淡い快楽。  
それを感じることは恥ずかしいことだとルルカは思った。  
それでもルルカは、母にもらった体の神聖な部分を自らの手で穢す罪悪感に苛まれながら、  
自慰行為を繰り返すようになっていた。  
ベッドの上は牢の格子戸から丸見えになっている。  
ジエルが時々にやにやしながら見ていることに気づき、  
ルルカは格子戸の脇の壁の裏に隠れるようにしてその行為をするようになった。  
(体が熱い……。気持ちいい……)  
ルルカは、『ああっ、あああっ』と小さな喘ぎ声を上げていた。  
 
 
──数か月が過ぎた。  
地下牢の中で暮らしているうちに、ルルカの乳房は、  
立ち上がれば胸に重さを感じるほどに大きく膨らんできていた。  
体を拭くときに、誰も覗いていないことを確認して、ルルカは上半身裸になってみる。  
成長した、お椀型のきれいに整った乳房がそこにある。  
茶褐色の艶々した毛並の膨らみの頂点に、薄桃色の乳首がちょこんと飛び出していた。  
ルルカは美しいオトナの牝獺になっていた。  
服を着直すと、胸の部分が窮屈に感じられた。  
母の言った通り、それはルルカがオトナになった証拠であり、そして同時に、  
襲いくる災厄の前触れを知らせるものだ。  
恐ろしい儀式の存在。かつて獺族が犯した罪をルルカは贖わねばならない。  
とは言え、いったい何の罪を──?  
儀式について、いくら頭を巡らせようと、どんなものか想像もしようが無かったが、  
獺槍で突かれるに等しい行為がこの身に行われることには違いないだろう。  
 
ルルカは恐ろしさを忘れようと、さらに自慰行為に没頭するようになった。  
行為に対する羞恥心は以前より増していた。  
それでも、手が止まらない。  
快楽の強さも増していた。  
ルルカの体は、知らず知らずのうちに、今度は本当の発情を迎えていたのだ。  
もう獺の小さな手のひらには収まらなくなったサイズの道具を体に押し込み、  
目を閉じて、乳房と同時に股間を刺激する。  
いつも感じている快楽の先に、もっと強い感覚があることを、ルルカは予感した。  
それを掴もうと必死になった。  
『……んああぁっ!』  
大きな喘ぎ声を上げた瞬間、ルルカは凍り付く。  
格子戸が開いていた。  
ジエルが、床に転がって喘ぐルルカを見下ろしていた。  
『ずいぶん可愛い声で鳴くようになったじゃないか』  
見られた──!?  
『そうだよなあ、我慢できないよな。  
 恥ずかしい牝獺ちゃんには』  
(言わないで……)  
先ほどまで感じていた快感は、すっかり吹き飛んでいた。  
恥ずかしさに身を縮こまらせるルルカを、ジエルは無理やり立たせた。  
ジエルの後ろに数人、黄色い毛並に黒い斑模様や縞模様が刻まれた猫科の男たちの姿があった。  
ジエルは恐怖に怯えるルルカに、檻から出るように告げる。  
『ほら、お○○こからそれを抜いて、出て来い。  
 これから、断罪の儀式を始めるんだ』  
 
(いよいよ、このときが来たんだ──)  
突然のことに茫然とするルルカは、首輪の鎖を引かれ、実に半年ぶりに牢から外へ連れ出された。  
途中で、他の牢から出された二頭の牝獺と一緒になる。  
ルルカは初めて、自分と同じくらいの年頃の仲間に出会った。  
(一緒に捕まっていたんだ……)  
『おっと、互いに言葉を交わしちゃならねえぞ』  
声を掛け合おうとした獺たちを、ジエルが制した。  
他の二頭は、獺族の衣装の上に、ルルカが家に置いてきた飾り布を纏っていた。  
その華やかな装飾を羨ましく思いながら視線を下に移すと、  
股間を覆う布が、紐を解かれて下腹部から垂れたままになっている。  
ルルカと同じように自慰に耽っていたところを連れ出されたのだろう。  
 
階段を上ると、あの噴水のある広場に出た。  
窯牢の暑さに慣れた体が、外の空気に触れ、ぶるっと震える。  
もちろん、温度差のためだけではない。  
抑えようのない不安が、三頭の牝獺を包んでいた。  
陽が落ち、空に闇が押し寄せようとしていた。  
街にはあちこちに篝火が点り、  
特にシエドラの中心に位置する広場はその全体を見渡せるくらいに明るく照らされている。  
広場の噴水の前に火やぐらが組まれ、炎が黒煙を噴き上げていた。  
儀式が行われると聞きつけ、広場を埋め尽くすほどの人が集まっている。  
焚き火の火の粉がかかりそうな位置に据えられた三本の柱の前に、  
ルルカと、他に捕えられていた二頭の獺の娘が引き立てられてくると、歓声があがった。  
 
ジエルは、三頭の牝獺の首輪を外した。  
すかさず、後ろに控えていた豹頭の男たちが、槍を構え、ルルカたちに突き付ける。  
三頭は震え上がった。  
本物の獺槍だった。  
『逃げ出そうとすれば、どうなるか分かるな?』  
牝獺たちは、一箇所に体を寄せ合い、恐怖におののくのだった。  
 
集まった大衆の前にゆっくりと歩み出てきたのは、老クズリのジルフだった。  
「永きに渡り、世界民族を分断し苦しめ続けた獺族の代表とし、  
 この牝獺たちに重い罰を与える──」  
ジルフが、大衆を前に、宣言を行う。  
他の二人は言葉が分からず、きょとんとしていたが、  
ルルカだけはその恐ろしい言葉の意味を噛み締めた。  
『お前ら、ろくでなしの獺どもは、  
 悲惨な目に遭わなきゃならねえって言ってんだ』  
クズリ族の二人が、この儀式の進行役を買っていた。  
ジエルが獺たちにかける言葉を、ジルフが通訳し、集まった人々に伝える。  
そしてジルフの宣言を、ジエルが憐れな牝獺に言い聞かせるのだ。  
周囲を取り巻く猫科の男たちは、儀式の執行人といったところだろう。  
 
『まず、服を脱ぐんだ』  
いつもふざけた調子だったジエルの声が、重い命令の口調に変わっていた。  
『お前たちは一生、裸で過ごすんだよ。  
 そして、街のどこかに繋がれて暮らす。  
 外の陽射しは獺族にとっては暑いからな、裸でちょうどいいだろう』  
獺の娘たちは、状況を悟って悲鳴を上げる。  
『ジエル、やめて……』  
『言うことを聞かないなら、それでもいいさ』  
懇願するルルカに向けて、ジエルがさっと手を振ると、  
獺槍の切っ先がルルカの喉元に突き付けられる。  
「段取りがあるんだ、さっさと済ませろ」  
嫌がる獺の衣服を男たちが引き裂き、剥ぎ取る。  
ルルカも同様に裸にされた。  
衣服は焚き火に投げ込まれ、あっという間に灰になって消えた。  
二頭の牝獺が纏っていた飾り布も、炎に焼かれて消え去った。  
獺たちが身ぐるみ剥がされると、その惨めな姿を見ようというのか、  
それまで遠巻きにしていた群衆が、ルルカたちを囲むように集まってくる。  
三頭の牝獺は立ち上がったまま震えていた。  
ただでさえ、人前で裸になることは恥ずかしいことだとずっと教えらえてきた牝獺たちだ。  
物心ついてからは、親にもほとんど見せることのなかった裸身を、  
大勢に見詰められるという恥辱は耐え難かった。  
 
獺たちは、互いに身を寄せた。  
乳房を押し付けるようにして抱き合う。  
他の二頭は顔を伏せ、頼るようにルルカにしがみ付いていた。  
ルルカが以前、クズリたちと対等に話していたのを聞いていたからだろうか。  
ルルカだって、心細いことに変わりはない。  
しかし──。  
ルルカは、逆に二頭を頼りたい気持ちを必死で抑えながら、  
小さな両手で彼女たちを抱き寄せ、皆の股間を隠すように尻尾で覆うと、  
ジエルを睨みつけた。  
それは、理由も分からぬ断罪を受ける理不尽に対する抵抗だった。  
 
ジエルは、いつものニヤリとした笑いを浮かべた。  
ルルカの態度は、ジエルには織り込み済みであったらしい。  
小さな獺の、精一杯の小さな勇気は、簡単に掻き消されてしまう。  
『どうやらまだ自分たちの立場が分かっていないようだから、  
 じっくりと教えてやる。  
 お前たちの体はもうお前たちのものじゃない。  
 だから──』  
体を隠すな、とジエルは言った。  
身を包むものもない心細い姿で、自分たちより数倍の体格の牡獣に強い口調で命令されると、  
牝獺たちはいっそう身を縮こまらせてしまう。  
ジエルは構わず、シエドラにおける"牝獺の心得"を説いた。  
シエドラの牝獺は、常に乳房と性器と肛門を見られるようにしなければならない。  
両手は体の側面より後ろへ、足は開き気味にして立ち、  
人の姿が見えたら尾を高く掲げて恥ずかしい部分を全て晒さねばならない。  
ジエルの講釈が終わると、三頭は獺槍で脅され、それぞれ別の柱の前に追い立てられた。  
槍を突き付けられては、言われた通りの姿勢を取らざるを得ない。  
腕を左右に開いて、形のいい乳房を前に突き出した。  
足も開いて、少し上付きな牝獺の性器を露わにする。  
発情して腫れあがった牝の性器が、下腹部から少し飛び出している。  
尻尾を精一杯持ち上げ、体がVの字になるようにすると、  
桃色の蕾のような肛門までが丸見えになった。  
あまりの恥ずかしさにぽろぽろと涙がこぼれる。  
観衆から喝采の声が上がる。  
若い獺の娘には耐え難い屈辱だった。  
 
『よくできたな、ご褒美だ』  
ジエルが合図をすると、豹頭の男たちは、獺槍を地面に置き、  
銀色に光る環のようなものを運んできた。  
嫌がるルルカたちを押さえ、万歳をさせると、半円状になった環を、  
体の前後から合わせるように嵌める。  
がちぃん、と大きな鈍い音が響き渡ったかと思うと、  
環は完結し、継ぎ目も見えなくなっていた。  
それは首輪の代わりになる、牝の乳房を利用した拘束具。  
脇の下から背中をぐるっと一周する金属環だ。  
背中の部分にある小さな輪に、改めて鎖が固定される。  
『この環はもう外せない。おっぱいを削ぎ落とせば別だが……』  
三頭の牝獺は同時にわっと泣き始めた。  
金属の環は、指が数本差し込める程度の隙間を残し、体に密着していた。  
乳房に圧し掛かる重さに、牝獺たちは呻いた。  
その重さは、ルルカたちに一生付きまとうことになるのだ。  
可愛らしい二つの乳房は、金属環の重みに潰され、歪められ、  
惨めな様相を呈していた。  
 
項垂れる牝獺たちに、ジエルの言葉が追い打ちをかける。  
『足元に溝があるだろう?  
 もうすっかり使い慣れたとは思うんだが……』  
はっとして地面を見ると、柱の前を横切るように、  
水がちょろちょろと流れる溝が掘られていた。  
それは、ここ半年ほどの間、身近にあったものと同じものだ。  
獺たちは、ジエルの意図を察して、悲鳴を上げた。  
『恥ずかしい遊びに夢中で、すっかりするのを忘れていたんだろ?  
 今からそこで溜まっているものを全部出すんだ』  
ジエルは三頭の牝獺に、この先ずっと、裸を見られるだけでなく、  
排泄さえも人目をはばからずしなくてはならないことを悟らせようとしていた。  
 
『ほら、お前からだ。小便をしてみせろ』  
ジエルは、ルルカから離れた右端の牝獺に命令する。  
牝獺は、いや、いや、と首を振った。  
『当然、そうくるだろうな……』  
ジエルの手が牝獺の腕にすっと伸びる、次の瞬間、牝獺は悲鳴をあげ、  
片腕を押さえながら地面を転げ回った。  
『何をしたの!?』  
ルルカともう一頭の牝獺は同時に叫んだ。  
『獺用の毒針だ』  
ジエルは小さな筒のようなものを見せ、中から液体に浸された針を取り出した。  
『こいつは、獺族の筋肉に痛みと麻痺を与える毒だ。  
 他の種族にはほとんど効果がない。獺専用の毒なんだ。  
 行商や旅人を除いて、街の男たちは皆、これを持っていることを覚えておけ。  
 言うことを聞かない獺には、これを使うことになる。  
 おっと、もう使っちまったか』  
地面に伏せて苦痛に喘ぐ牝獺は、猫科の男たちに両脇を抱えられ、  
無理やり溝を跨がされる。  
ジエルが毒針の入った筒をちらつかせると、牝獺は怯えた表情で、小便を始めた。  
ジエルは、ルルカの隣の獺に『さあ、次はお前だ』と言って、排泄を強要した。  
その娘は、毒針の効果を目の当たりにしながら、  
それでも首を振って拒絶した。  
再び、ぎゃあっと叫び声が上がる。  
ルルカの隣の娘も、毒針を右腕に打たれていた。  
『何度も毒針を打たれると、そのうち組織が腐って腕がもげ落ちるからな』  
 
(次は、私の番だ……)  
ジエルがゆっくりと振り向くのを見て、ルルカは自ら溝を跨ごうとしたが、  
ふと思い止まる。  
二頭の牝獺が毒針を打たれたというのに、自分だけ苦痛から逃れようなんて──。  
ルルカは震える腕をジエルの前に差し出していた。  
『なんだ?』  
ジエルは目を円くした。  
残り一頭の牝獺も、当然嫌がって抵抗するだろうと思っていたのだ。  
『ふざけるな。そんなの誰も望んじゃいない。  
 ここに集まっている連中は、憎き獺が醜態を晒す姿が見たいんだ』  
ジエルは、いきなりルルカの乳房にクズリ族の大きな爪を突き立てる。  
生まれて初めて乳房に加えられた痛みは、一瞬でルルカを絶望の淵に追いやった。  
体を強張らせてみても、筋肉の無い乳房では痛みを堪えることも叶わない。  
爪を食い込ませ、ジエルはルルカの体を吊り上げる。  
『生意気な牝獺め、毒針はもっと痛いぞ。  
 お前はこの先ずっと、いつ打たれるか分からない毒針に怯えて過ごせ』  
ルルカは改めて、思い知らされた。  
自分の背丈の倍以上もある異種族の者たちは、毒針などに頼らずとも、  
簡単に小さな獺を痛め付けることができるのだ。  
 
ルルカは、乳房を放してと懇願した。  
泣き叫び、赦しを乞うた。  
この程度で音を上げてしまう自分が情けなかったが、  
乳房に突き刺さった爪は、今にも皮膚を破き、血を絞り出さんとしていたのである。  
地面に降ろされたルルカは、素直に溝を跨ぎ、  
恥ずかしい音を立てながら小便をするしかなかった。  
 
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら立ち上がろうとする三頭の牝獺に、  
ジエルは手で、待てと合図する。  
『大きい方が残っているだろう?』  
『ああ……』  
牝獺たちに、逆らう気力は無かった。  
観衆の笑い声が、ルルカたちの羞恥に拍車をかける。  
言葉が通じなくとも、嘲笑の響きは種族に関わらず、同じだった。  
 
『さて……』  
排泄を終えて泣きじゃくる獺たちに、ジエルは言った。  
『人前で排泄するなんて家畜と同じ。  
 これからそのように扱われてもいいって宣言したも同然だな』  
『そんなことは……』  
『どれだけ違うと言い張ろうと、いつも丸裸で言葉も通じない、  
 それが下等な動物である証明さ。  
 それに、お前たちはこれから、  
 シエドラに飼われる家畜であることの証を刻みつけられるんだ』  
『証……!?』  
裸にされ、銀色の拘束具を着けられ、さらに何をされるというのだろう。  
 
三頭の獺は、柱の前に一人ずつ立たされた。  
胸の金属環から伸びる鎖が短く詰められ、柱に牝獺の小さな体を固定する。  
尾は鎖の余った部分で柱に縛り付けられる。  
短い手に縄がかけられ、柱の頂点に引き上げられた。  
柱の根本の石畳に楔が打ち込まれ、足首も縄で固定される。  
すっかり怯えてしまった三頭は、されるがままだった。  
ルルカたちは下腹部を前に突き出した姿勢で動けなくされてしまった。  
 
「これより、牝獺たちに、隷属の証を刻む──」  
広場に響く声で、そう宣言が行われた。  
「幻の街、レドラの無念を忘れるな」  
広場の空気が変わった。観衆は、口々にジルフの言葉を繰り返した。  
(レドラの街って……?)  
それは、獺族の犯した罪を知るキーワードなのだろう。  
しかし、ルルカにそれを確かめることはできなかった。  
 
『見ろ』  
ジエルが、火やぐらを指差した。  
この儀式の舞台で、火が焚かれている理由が分かった。  
恐れおののくルルカたちの目に、  
やぐらの炎の中から、先が真っ赤に焼けた三本の金属の棒が取り出されるのが映る。  
焼き印のための焼き鏝だった。  
『まずは、生意気なお前からだ。  
 精一杯、大きな声で泣き叫んでくれ』  
ジエルがルルカへ向けて手を振ると、豹の頭を持った男が、焼き鏝を水平に構えた。  
それは何の躊躇いもなく、柱を背に突き出されたルルカの下腹部、  
ちょうど臍の下から性器の真上のあたりに押し付けられた。  
熱いというより、肉を削ぎ取られるような痛みが体を突き抜けた。  
先ほど排泄させられていなければ粗相をしてしまうところだった。  
全身の感覚が麻痺してしまうほどの激痛だ。  
ルルカの天を裂くような叫び声を聞いて、他の牝獺たちも、  
その恐ろしい拷問器具が自分たちに押し当てられる様を想像し、泣き喚いた。  
焼き鏝が離され、すぐに水がかけられて冷やされたが、  
断続的に起こる引き攣るような痛みに、ルルカは首を振り回し、泣き叫ぶ。  
やがて痛みが和らいでくると、ルルカは自分の下腹部に刻まれた印に目をやった。  
明るい灰色の毛皮の表面に、赤く腫れた地肌が模様を描いている。  
二重の丸に放射状の線が引かれたその図案は、牝の性器を表していた。  
「おやおや、お○○こが二つになったぜ」  
誰かの声に、周囲からどっと笑い声が起こった。  
ルルカは、完全に家畜同様の扱いを受けている屈辱に顔を伏せ、身悶える。  
息をするだけで、火傷の痕がズキズキと痛む。  
 
(私は家畜なんだ……。家畜にされたんだ……。  
 一生裸で、どこかに繋がれて……。  
 そして、誰とも話せない。誰も言葉をかけようともしない。  
 恥ずかしい体を見られて生きるんだ──)  
 
幼少の頃から聞かされてきた獺族の誇りは、粉々に砕かれ、もうどこにも無かった。  
自分のすぐ右隣で起こる絶叫に、ルルカは耳を塞ぎたくなった。  
腕を吊られたままのルルカの耳に、それは嫌でも突き刺さってくる。  
残り二頭の牝獺の下腹部にも、順に焼き印が押されていった。  
 
 
 

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