【4】 −水瓶と獺−  
 
 シエドラには夜の活動を好む種族も住んでいて、眠らない街になっている。それでも、明け方近く  
になると人通りもまばらになってくる。儀式の終わった広場にも、もう喧騒は感じられなくなり、  
通行人も、噴水池の前に磔にされた牝獺たちを気にするわけでもなく、いつもの生活にいそしむばか  
りだ。  
 当の牝獺たち──夢うつつであった彼女たちは、身を焼くような熱を感じて目を覚ました。何かが  
体の中で起こり始めている……。  
 乳首が、空気の僅かな流れを感じるほど敏感になっていた。体中が冒されたように熱くなり、口に  
押し込められた木の球の隙間からでは呼吸が足りず、フーッ、フーッと激しい鼻息を立ててしまう。  
膣の内側が、ときおり、何かを求めるかのようにヒクヒクと蠢くのを感じる。ルルカは恐ろしくなっ  
た。  
(これが、街の人が言ってた、変化……なの?  
 私たちはいったい、どうなるの──?)  
 入口を堰き止められて、精液でいっぱいに満たされた膣の中に、更に自分の体から分泌されるあの  
とろりとした液体が滲み出て、体積を増しているような気がした。事実、何の刺激を受けなくても、  
彼女たちの体はいつも愛液を滲み出させるようになってしまっていた。  
 それなのに……。  
 噴水池に映る惨めな体を見下ろした牝獺たちは、ぞっとした。お腹の膨らみは、この柱に括り付け  
られたときと比べ、明らかに小さくなっている。それは、狼が体の中に放った液体が、膣や子宮の粘  
膜を通して牝獺の血肉に吸収され、全身に染み渡ってしまっている証拠だ。  
 恐ろしさに身悶えると、股の部分に突き出した横木に巻かれた荒い布地が、大きな木の球で広げら  
れた膣口をちくちくと刺激した。どうやら、それが狙いのようだ。性器が擦られる感覚に反応し、粘  
液の量が更に増す。体の中で、狼たちが出した精液と自分の中から滲み出してくる液体が混ざり合い、  
対流を起こすのが感じられるような気がする。  
 その淫らな液体の湧出が、この日を境に二度と止まらなくなることにルルカたちは気付いていなか  
った。何故だかは分からないが、狼族の精液を体の奥へ注ぎ込まれた獺族は、一生発情し続ける体に  
なってしまうのだ。シエドラの住民は、獺族を追い詰める長い歴史の中でそのことに気付き、牝獺の  
体を利用するための術を発展させてきた。"獺の窯牢"に始まり、金属製の獺の拘束環、焼き印、そし  
て、締めくくりがこの儀式だった。  
 何も知らない牝獺たちはただ、すすり泣き、恐怖と戦いながら夜明けを待った。  
 
 重なり合った建物の隙間から漏れた朝の陽の光が、広場の石畳に射す頃になって、再び豹頭の男た  
ちが現れ、三頭の牝獺を柱から降ろした。  
 夜明け近くからずっと、疼く股間を布に擦り付け続けていた牝獺たちは恥ずかしそうに身を縮めた  
が、胸の環を掴まれ、排水路の上にしゃがまされる。膣に押し込められていた球が抜かれると、体に  
滲み込んだ精液の残りがたらたらと溝に流れ落ちた。  
 牝獺たちをしゃがませたまま、男たちは後ろから乳房を掴んでゆっくりと揉んだ。昨夜から敏感に  
なったままの乳房に触れられると、そこがスイッチにでもなっているかのように、股間からまたジュ  
クジュクと液体が染み出てきた。そのまましばらく、牝獺たちは胸を揉まれ続けた。そうして、愛液  
で膣に残った精液を洗い流そうとしているのだろう。ルルカは、その液体が延々と止まらずに滲み出  
し続けることに驚く。  
 自分たちが昨日までとはまるで違う生き物になってしまったことを実感した。  
 若い獺の子宮と膣はそのうちすっかり溜めていたものを吐き出し、これまでのことが嘘のようにし  
っかりと肉の壁が閉じ合わされていく。しかし、せっかく元通りになろうとしているその部分に何か  
を押し込めたい衝動に駆られ、ルルカは戸惑った。体の内側を何かで満たしたい衝動が湧き起こる。  
ジルフに渡されたあの道具が欲しくなった。いや、代わりになるものなら何でもいい。あの狼族の牡  
の性器であっても……。再び激しい痛みに襲われるとしても、この妙な体の疼きが治まるなら構わな  
い──、そう思って、ルルカははっとする。  
(やっぱり、あれは嫌……)  
 自分はどうにかしてしまったのだと思った。そしてそれが狼の精液がもたらした変化なのだと、  
ルルカは信じたかった。そうでなければ、自らお腹の中の大事なところを穢すような行為を望むはず  
がない。  
 
 ふと視線を移すと、他の二頭の獺を、豹頭の男たちが連れ去ろうとしていた。  
 男たちは牝獺の胸の金属環に付けられた鎖を引く。この環は乳房に引っ掛かるため決して外れない。  
とは言っても、体に貼り付いているわけではなく、多少の隙間がある。環をぐるりと回して先を歩い  
て鎖で引き回すこともできるし、鎖を背中側に回し、獺を前に歩かせることもできる。そして、これ  
には更に別の使い方もある。  
 二頭の牝獺は、男たちの前を疲れ切った体でよたよたと歩いた。ときおり、股間から滲み出る液体  
を気にして立ち止まりながら。  
 牝獺の一頭が、いきなりお尻を男に蹴られた。軽く突くような勢いでも、予期していなかった攻撃  
にバランスを崩し、牝獺は悲鳴を上げて倒れ込んだ。獺の心得を忘れ、尾を下ろして歩いていたのだ。  
後ろに男が立てば、牝獺は当然、尻尾を精一杯持ち上げて肛門を晒さなければならない。のろのろと  
立ち上がった彼女は、もう一度お尻を突かれ、ようやくそのことに気付いた。  
 言葉の通じない牝獺はこのようにして、少しずつシエドラでの生活のルールを叩き込まれていくの  
だ。行為の最中、相手の体に触れてはいけない。当然、爪を立てることなど許されない。口元に性器  
を突き付けられたら、舐めなければならない。そのとき、少しでも歯を当ててはならない。排泄の意  
思表示は、行為が終わった後に速やかに行わねばならない──。  
 ルルカの手に、きれいに磨かれた木製のお椀が握らされた。これはシエドラの牝獺の唯一の財産で  
あり、日に何度か配給される食事を盛ってもらうために手の届くところに置いておかねばならないも  
のだ。牝獺は、必ず犯されながら食事を摂らねばならない。挿入されていないのに食べ物に口を付け  
ると罰せられた。客の少ない牝獺の場合、相手が現れるまで食事はお預けになる。これも、彼女たち  
に身分を思い知らせるための決まりだった。  
 
 ルルカは、昨日の悲惨な儀式の舞台となった広場の片隅にある建物の壁へ、繋がれた。そしてすぐ  
に、ウォレンがこぼした「可哀想に」という言葉の意味を理解した。ジエルの言う「奉仕」の意味も、  
痛いほど思い知らされた。  
 あっという間に、無数の男たちが、壁に繋がれたルルカの前に列を作った。怯えるルルカは石畳に  
突き飛ばされるように転がされ、悲鳴を上げた次の瞬間には、異種族の巨大なペニスを、昨夜処女を  
散らされたばかりの膣に挿入されていた。  
 男たちの性欲処理用の受け皿、便利な道具──、排泄のための共用奴隷。  
 それが、シエドラの牝獺に与えられた立場だった。  
 
 街の中心にある噴水広場には、雨でも降らない限り真夜中でも人通りが絶えない。そこへしばらく  
欠員となっていた牝獺が繋がれたとなると、途切れることのない行列ができるのは必至だった。  
 広場に繋がれる牝獺には誰よりも多くの牡を受け入れねばならない定めが待っている。  
 ルルカはその日から実に三週間、一切の休息を与えられず、犯され続けた。牝獺の生活のルールを  
体に叩き込まれた。排泄のとき以外、食事をさせてもらっている間もペニスで体を突かれ続けた。疲  
労が溜まり、ほとんど失神するように細切れの睡眠に落ちるその間も、男たちの容赦無い凌辱は続い  
た。  
 普通の種族ならば確実に、数日のうちに衰弱死するようなこの状況にも、獺族の体は耐えた。かつ  
ては水中で一日のほとんどの時間を過ごしていた獺族の肉体は、代謝に優れ、持久力も並外れていた。  
ルルカの体はいつしかその日常に慣らされていった。  
 三週間経ち、ようやくほんの一息の時間、輪姦の連鎖から解放されたルルカは、自分の体がどのよ  
うに変わってしまったのかを知った。惨めに変形させられた性器の形──、それは茶褐色の美しい毛  
皮の合わせ目から覗く慎ましい桃色の蕾であったところ。今はそんな面影は微塵もなく、弾けた赤い  
ざくろの実のように肉の襞を曝け出していた。開き切った肉の門は恥丘に押された焼き印の図案その  
ものだ。ルルカは、その部分が二度と元に戻らないことを予感した。  
 
−/−/−/−/−/−/−/−/−  
 
(あれからもう、半年も経ったんだ──)  
 延々と繰り返される屈辱の日常に時間の感覚がおかしくなりそうだったが、人々の会話からルルカ  
は暦を知っていた。月日は経っても、あの儀式の恐ろしい経験は昨日のことのように思い出される。  
 今、ルルカを"おつとめ"に連れ出し、後ろを歩くウォレンに対するルルカの印象は、儀式のときと  
は随分変わっていた。ルルカが思わず名乗ってしまったほどの礼儀正しい狼族の姿は無い。あの原色  
に近い赤の窮屈そうな衣装は、儀式のための特別な服なのか、街で姿を見る狼族は、その自前の毛皮  
とあまり変わらない灰褐色の上着を身に着けている。ウォレンに至っては、上半身は常に裸だった。  
彼は男性であるし、胸を隠さなければならない理由はない。むしろ、狼族特有の筋肉質の胸を覆う豊  
かな毛と首筋から背中にかけての立派な鬣を自慢したいかのようだ。  
 そのいでたちは彼の性格も物語っている。街の支配階層であり、気品のある振る舞いをする狼族の  
中にあって、ウォレンは異端だった。自由を好み、粗野で身勝手で強引、そして、軽薄で意地が悪い。  
それがルルカのウォレンに対する評価だ。  
 二本足でよたよたと歩くルルカのお尻を、ウォレンがつま先で軽く突く。「お尻をもっと上げろ」  
と言いたいのだ。獺族は普通、二足で歩くときは尾の半分以上を地面に下し、体を支える。シエドラ  
の獺の心得に従い、お尻の穴を見せるようにして歩くと、どうしても体が左右にふらふらと揺れてし  
まう。  
 使い込まれた性器と違って、若い牝獺の肛門は薄桃色をしていて、慎ましく、可愛らしい。ウォレン  
はそれを後ろから見てニヤニヤしてるに違いない、とルルカは思った。  
 裸で尾を上げて歩くと大きく膨らんだ乳房が左右にゆらゆらと揺れるのも惨めだった。  
「いつも寝っ転がってるばかりじゃ、筋肉が鈍ってしまうだろう?  
 足だけで歩いた方がいい」  
 いかにも後付けな理由を彼は口にする。  
(好きで寝転がってるわけじゃないよ……)  
 ルルカはこのウォレンの意地悪なところが嫌いだった。最初に出会ったとき、頭に乗せられた手の  
ひらから感じた優しさは、ルルカの思い違いだったに違いない。  
 
 儀式の後、彼がルルカの前に姿を見せたのは、三週間ほど経ってからだ。  
 上半身に衣装を着けていない狼族の毛並に、ルルカは一瞬、目を奪われた。街灯に照らされた灰褐  
色の毛皮は美しく輝き、見惚れたルルカは、それが儀式で自分の体を貫いたあのウォレンだと気付く  
のに時間がかかった。  
 日が暮れ、ルルカの前に行列を作った仕事帰りの男たちを、ウォレンは脅して追い払い、こう言っ  
た。  
「星を見に行こう──」  
 
 どこから持ち出してきたのか、ルルカを繋ぐ鎖の鍵を外し、今もそうしているように、鎖を握って  
ルルカに前を歩かせた。  
 広場から街の周辺部に抜ける道を歩き、街灯のほとんど無い石段を数百段登った先に、高台がある。  
「ここなら夜は誰も来ないから、声を出してもいいぞ」  
 広場と同じくらいの敷地に、腰を下ろせる石でできた腰掛けが点在していた。三週間の地獄のよう  
な生活から解放されてほっと安心したルルカは、ずっと疑問に思っていたことをこの狼なら答えてく  
れるのではないかと思い、聞いた。  
「ねえウォレン、どうして獺族は──」  
「ほら、街の灯りが見える」  
 ウォレンはルルカの言葉を遮り、ルルカの胸環を掴んで、高台の端にある石の物見台にひょいと乗  
せた。  
「円い光の中に、小さな暗い円があるだろう。あれがお前の居る噴水広場だ。  
 街の中央と言われてるが、実際には少しこっち側へずれている。  
 横を走る大通りの端は、比較的新しい居住区シェス地区。  
 その手前が草の市場、ギザ地区。街の反対の端にあるのが、肉の市場ラムザ。  
 食べ物で市場が分かれているのさ。面白いだろう?」  
「えっと……」  
 星を見に来たんじゃなかったの?  
 そんな嫌味の言葉を、ルルカは飲み込んだ。  
 
 眼下に広がる情景に目を見張る。漆黒の世界に浮かび上がる、人々の生活の灯。光は集まったり離  
れたりして、美しい紋様を描いていた。それはルルカがこれまで見たことがない素敵なものだった。  
獺族の隠れ里で暮らしている限りは、一生見ることのない光景。それは当然のごとく、鎖に繋がれた  
ままの牝獺にも見ることのできないもの。  
 ルルカはウォレンに、こうして連れ出してくれたことのお礼を言わなければ、と思った。ジエルに  
対して持てなかった素直な気持ちを、今ここで表さなければ、また後悔することになる。  
 ウォレンを見上げようとしたルルカは、次の瞬間、近くの石の腰掛けの上に押し倒されていた。  
(どうして──?)  
 仰向けにされ、大きく足を広げられ、股間には大きな狼のペニスが押し込まれた。  
 ルルカの落胆は大きかった。  
 結局、ウォレンは自分の好みの場所でルルカを犯したかっただけなのだ。そして、覆い被さった  
ウォレンの大きな胸に邪魔をされ、星など全く見えなかった。  
 一事が万事、ウォレンはいつもこの調子なのだ。期待を持たせては必ず裏切ってくれる。だから  
ルルカは、彼の顔を見る度に憂鬱になる。  
 週に一度、多いときは二〜三度、ウォレンはこうしてルルカを連れ出しては、犯した。  
 
 高台で、ルルカはウォレンの体を再び受け入れた。狼族のペニスはやはり他のほとんどの種族より  
も大きく、先端が尖っているため子宮の奥まで突き刺さり、儀式のときの恐怖が甦った。しかし、あ  
のときと違い、ウォレンはルルカに覆い被さったまま射精を始めると、体の動きを止めた。  
「……動かさないの?」  
 絶望をもたらしたあの"練り込み"のときの腰の動きを恐れて身構えていたルルカは、思わずウォレン  
に聞いた。  
「ああ、そうか。安心しろ。もうあんな風にはしない。  
 これが本来の狼族のやり方なんだ」  
 ウォレンはそう言って、一時間近くの間繋がったままじっとしていた。ときおり、トクトクと微量  
の精液を注ぎ込む以外に、一切の動きを見せず、ウォレンはルルカを抱き続けた。ウォレンがルルカ  
を気遣ってそうしているわけではないのは、その後、狼族に良く似た顔を持つ狐族などがやはり同じ  
ようにすることから分かった。  
 彼らとの交尾は、ルルカにとって体を休める時間を与えてくれるものだ。とはいえ、長時間牝獺を  
占有することになる種族には、当然、不満の声が投げかけられる。彼らはルルカのように利用客の多  
い牝獺の列に並ぶことはあまりなく、街外れに繋がれた獺を利用した。ウォレン以外の狼族は滅多に  
人前に姿を現さないこともあり、この静かな交尾は、ルルカにはほとんどウォレンとの間にのみ交わ  
されるものとなっていた。  
 体が楽になれるはずなのにルルカの気分が浮かないのには理由がある。  
 相手が腰を動かさないと、ルルカの方が落ち着かなくなった。儀式のときに無理やり広げられた膣  
や子宮が、まるでウォレンの形を覚えているかのように違和感もなくそれを収めていると、逆に不安  
になる。  
 ルルカは、尾を支えにして、腰をウォレンの体に押し付けていた。牡のペニスを求めるようなその  
体の動きをルルカは止めることができなかった。牢の中で膣に道具を出し入れしていたときに感じた  
渇望のようなものが体の中に沸き起こる。あのとき感じた淡い快感を再び求めようと体が勝手に動く。  
股間を押し付けると、性器の頂点の辺りにじーんと痺れるような強い感覚が湧き起こった。牢獄で自  
慰に耽っていたときに感じた淡い快楽にすら程遠い、微かな心地よさ。それでも、性奴隷の身に堕と  
され、もう手の届かないところへ行ってしまったかと思っていた、快楽の更に先にある強い感覚の予  
感が、この狼と体を合わせているとルルカの中に再び芽生えた。  
 しかし、狼族のペニスの根本にある瘤でしっかり固定されてしまっていては、自由が利かず、ルルカ  
はもどかしい思いをしながら腰を揺するばかりだ。  
 乳首が噴水池の前に磔にされていたときと同じように敏感になっていて、ウォレンのお腹の毛が触  
れる度に、ルルカは身を仰け反らせた。体がこんな風になるのは狼族と──、ウォレンとの交尾のと  
きだけだった。  
 ルルカはそんな浅ましい自分が恥ずかしくて堪らなかった。体の繋がっているウォレンはきっと、  
牝獺が淫らに悶える様を直に感じ、侮蔑の目を向けていることだろう。これが、自らを誇り高い種族  
と豪語していた獺族の本性なのだと、嘲っているに違いない。  
 
 ルルカは羞恥に身を焼かれた。  
 ウォレンとの交尾はルルカにとって救いになるものでもあれば、普段よりいっそう惨めさを感じさ  
せるものでもあるのだ。しかし、早く終わって欲しいと思っても、最後の激しい勢いの前立腺液を吐  
き出すまでは決して結合が解かれることが無いのが、狼族との交尾だった。  
 
「今日も"おつとめ"……、なの?」  
「さっき、そう言っただろう。北方の行商の相手をしてもらう」  
(そういうことを言いたいんじゃなくて──)  
 こうして彼がルルカを連れ出すのは、結局、何かと理由を付けて犯したいからなのだろう、とルルカ  
は言いたくて言えずにいた。彼に嫌味が通じないのはよく知っている。  
 ウォレンが言う"おつとめ"というのは、この街を交易の中心とするための広報活動のようなものだ。  
牝獺を使った性欲処理のシステムは、世界中を見渡してもここ、シエドラにしかないという。  
 美醜の観点で言えば、牝獺たちは皆、どの種族の目から見ても美しく、可愛らしかった。高級な布  
の生地を思わせる手触りのいい毛皮に包まれた全裸の牝獺は、大き過ぎない形のいい乳房と滑らかな  
体のラインが男の劣情を誘うシルエットを描いている。お腹側の明るい灰色の毛に包まれた乳房。そ  
の双丘に突き出す乳首は桃色に染まり、見る者の目を楽しませる。獺族の肉体は寿命を迎える間際ま  
でほとんど衰えることがない。そのため牝獺の性器は、いつでも締りが良く、瑞々しいと評判だった。  
 何より人気なのは、犯されるときに彼女たちが漏らす、高く響く歌声のような鳴き声だった。苦し  
さと惨めさに嘆き叫ぶ牝獺の声は、公用語を話す種族の男たちには、喜んでいるように聞こえるらし  
い。命の保証をされたうえに、快楽まで与えられているこの街の獺は幸せなのだ、とまで言われてい  
た。  
 獺族は見付け次第、殺さなければならないというのが、世界に住む全種族間での協定であったが、  
シエドラだけは、特例として牝獺を生け捕りにしてよいことになっていた。  
 ここでは、全裸の獺が街の至る所に繋がれていて、一日中、男たちの性欲処理用として自由に使え  
る。女性に年に1〜2度の発情期しかない種族にとっては、これほど便利なものはない。その噂が街  
を訪れた人々を通して伝わり、人を呼び寄せ、交易はますます盛んになっていく。  
 
 牝獺たちを繋いでいる鎖を外す鍵を自由に持ち出せるのは、ウォレンが狼族だからだ。彼らが街を  
統括する傍ら、牝獺の管理を任されているのは明らかだったが、"おつとめ"というのは単なるウォレン  
の趣味ではないのか、とルルカは思うことがある。  
(だって、おかしいよ……。ウォレンは私ばかり連れ回してるみたいだし……)  
 ウォレンが街をふらふらしている姿を、ルルカはいつも見かけていた。街を管理する重要な職に就  
いているらしい他の狼族と違って、彼は権力を盾に好き勝手しているだけではないかと思う。  
 ルルカは一度、いつもの意地悪の仕返しに、殴られることを覚悟で聞いてみたことがある。  
「ウォレンは、何の仕事をしているの?」  
「自警団だ」  
「なんなの、それ? それって結局──」  
 街を行き交う人の会話から聞き取った言葉。職を持たずに、調子のいいことを言って誰かの世話に  
なりながらその日暮らしをしている連中のことを、ルルカは思い浮かべた。  
「"遊び人"っていうんでしょう?」  
 口にしてすぐにルルカは後悔した。下手に怒りを買えば、あの恐ろしい毒針を打たれるかもしれな  
いことをルルカは思い出し、目を閉じて覚悟を決めた。  
 しかしウォレンは、怒るどころか可笑しさを堪えた様子で、「まあ、そんなところだ」と返した。  
「ウォレンもあの……毒針を持っているの?」  
 先に確かめておけばよかったと思いながら、恐る恐る聞いてみる。  
「当然だ。俺にこれを使わせるんじゃないぞ──」  
 
 その後もルルカは、ウォレンの気紛れでこうして"おつとめ"に連れ出されている。  
「今日はどっちへ行くの?」  
「街の北端に、行商が泊まっている宿がある」  
「方向が逆じゃないの……」  
 ルルカは大きくため息をついた。ウォレンはいつも、目的地に真っ直ぐ向かわず、必ず寄り道をす  
るのだ。  
「疲れたら四つ足で歩いてもいいぞ」  
 それは譲歩のように聞こえるが、実際には強要だとルルカは思う。少なくとも、彼は親切心で言っ  
ているのではないだろう。  
(……見たいんでしょう?)  
 ルルカは前足をぺたんと地面に着けた。細長い獺の胴を弓なりにして、長い尾は先ほどよりも高く、  
真上に掲げた。こうすれば、肛門が丸見えなのは当然のこと、可愛らしい丸いお尻の双丘の間に、淫  
らな汁を滴らせた赤い肉の花が飛び出して見える。お尻を揺すって四つ足で歩くルルカの股間で性器  
が艶めかしく形を変える様を、後ろから眺めようというのがウォレンの魂胆に違いない。  
 裸の体を──、乳房や性器を好色の目で見られるのには慣れていた。それでもルルカの胸が締め付  
けられるのは、ウォレンがこの街で唯一、言葉を交わせる相手であるからだ。彼にだけはどうしても、  
この恥ずかしい姿を見られるのが嫌だった。  
 
「足元をよく見てみろ」  
(えっ……?)  
 ウォレンの突然の言葉に戸惑いながら、ルルカは指示に従った。  
「あっ、石畳の色がここから変わってる……」  
 そうだ、とウォレンは言った。  
「ここ、リオン通りは街で一番低い位置にある。  
 その先が、いつだったか教えたシェス地区。  
 あっちの住居は新しいだろう?  
 街が設計された時代には、おそらくここには建物はなかった。  
 何か意味があるんだろうな」  
「そう……、だね……」  
 ルルカの気を紛らわせようとしてくれているのかもしれないが、自分では決して自由に歩くことの  
できない街の様子を教えられることは、ルルカにしてみれば、やはりこれも意地悪をされているとし  
か思えない。悲しさを堪えながら、彼に調子を合わせる。そして、小さな抗議の意味を込めて、ルルカ  
は繋がれた鎖をぴんと引いて、先へ急ぐようウォレンを促した。  
 
 ルルカとウォレンは、その居住区に足を踏み入れた。昼間のシェス地区には、広場ほどではないが、  
多くの人の姿がある。通りで遊んでいた子供たちが、ルルカの姿に目を留め、駆け寄ってきた。普段  
は牝獺が繋がれている辺りには近寄らないように言われている子供たちは、こうして獺を見掛けると  
大喜びで近寄ってくる。ルルカはたちまち、四〜五人の異種族の子供に囲まれた。  
 ウォレンが鎖を引いてルルカに愛想よくするように合図する。ルルカは二本足で立ち上がった。  
ルルカの顔より少し低い位置に、異種族の子供たちの顔があった。馬族の少年、豹族、硬く尖った毛  
の針鼠族、ルルカの背丈より少し小さいくらいの彼らは好奇心いっぱいの目をルルカに向けている。  
 一人が、「よしよし」と言ってルルカの頭を撫でる。嫌な気はしなかった。  
「大きなおっぱいー」  
「可愛いね。これが獺?」  
 子供たちにとっては、言葉の話せない牝獺は可愛らしい家畜の一種という扱いなのだ。その獺が股  
間から垂れ流している愛液の意味も知らない。純真な子供たちに体のあちこちを触られ、ルルカは何  
故だか、優しい気持ちになる。ラッドヤートでの生活が続いていたら、ルルカもいつかきっと、子供  
を産み、育てていたのだろう。  
 広場を、大きなお腹を抱えて歩く女性の姿を見掛けることがあった。その近くには必ず同族の男性  
が居て、二人は幸せそうに見えた。体の中に精液を流し込まれる、自分にとっては苦痛でしかない行  
為が、同じ種族なら愛情を育むためのものになるのではないか、とルルカは思い始めていた。  
(同じ種族同士なら、あんなに辛いものじゃないのかな?  
 それとも、女性はみんな痛い思いをして母親にならなきゃならないのかな……)  
 いずれはこの子たちも街の大人たちと同様に獺族を憎むようになるのだろうと思うと、ルルカはま  
た憂鬱になった。  
 移り気な子供たちは、また別の何かを見付け、わっと声を上げて走り去っていく。  
 取り残されたルルカは、ウォレンの顔をちらりと窺うと、再び四つ足になって歩き出そうとした。  
 
「ねえ、何でそれ、ぶら下げて運ばないの?」  
 突然の声に、ルルカは思わず顔を伏せてしまう。自分と同じ、女性の声だ。  
 ウォレンが叱咤するように鎖を引く合図で、ルルカはおずおずと顔を上げ、立ち上がり、両手両足  
を軽く開いた開帳のポーズを取る。いつも男性ばかりに挨拶をしていたルルカは、女性が相手のとき  
もシエドラの牝獺の心得を忘れてはいけないのだと初めて知らされた。  
 近付いてきた狐族の女性の姿に一瞬見惚れたルルカを、すぐに激しい羞恥心が包む。  
 淡い赤茶色の毛並も美しいが、長い布を体に巻き付けたような民族衣装は、原色の糸を織り込んで  
いて、露出した白いお腹の臍のあたりと手足の先の毛皮とのコントラストがいっそう、彼女を麗しく  
見せていた。  
 帯のような衣装の胸の部分は、形が崩れないような巻き方をしてあり、それがルルカにはとても羨  
ましい。あれなら、自分みたいに歩くときに乳房がみっともなく揺れたりしないで済むだろう。  
 同じ女性でありながら、その装いのあまりの違いにルルカは愕然とした。  
 裸であるばかりではない。ルルカは、丸出しの股間から、淫らな液体を滴らせている。狐の女性は  
腰に布を巻いて恥部を隠しているが、同じ衣装をルルカが身に付けたら、あっという間に恥ずかしい  
汁で布地をべとべとにしてしまうだろう。  
 女性の視線がルルカの頭から足の先までをゆっくりとなぞった。ルルカは恥ずかしさで消え入りそ  
うになる。同性に発情した牝の裸の姿を見られるのはあまりにも惨めだった。  
 
「散歩でもさせてるの? 獺には運動は充分足りてるでしょう?  
 運動というか、……あれだけど」  
 当然のことながら、女性はルルカにではなく、ウォレンに話しかけていた。獺族には言葉が通じな  
いと彼女が思っているから、とは分かっていても、あからさまに存在を無視されるのは悔しい。人々  
は、厳格で顔つきも恐ろしげな狼族の顔色を窺い、接触を避けるものであるが、ウォレンは別だ。  
ルルカには軽薄に見えるウォレンの態度は、人当りの良さを感じさせるのかもしれない。こうして誰  
かが声をかけてくることは珍しくなかった。  
(あれ? どうしてだろう……。ウォレンが誰と話そうと、私には関係ないのに……)  
 ウォレンに対する親しげな女性の態度に、嫉妬のようなものを感じ、ルルカは戸惑った。  
 
「これって年中、発情しているの?」  
 狐族の女性は、ルルカの股間に長く突き出した鼻を近付けて言った。  
「長い間、体を水で冷やさずに過ごした獺族の娘はこうなるんだ。  
 それと、儀式の効果だな。狼族の──」  
「娘って……!?」  
 女性は驚いたような声を上げ、くすくすと笑った。ウォレンが牝獺のことを人間並みに扱って言う  
のが可笑しいらしい。  
「"これ"の餌はどうしてるの?  
 夜中もずっと……あれ、やってるんでしょ。いつ食べるの?」  
「給餌係が巡回してる。一日に五回、小分けして与えるんだ。  
 ペニスを受け入れながらでも、食べることはできるからな」  
「ふーん」  
 抑揚のはっきりしない公用語の発音なのに、ルルカはその声にはっきりと侮蔑の感情を聞き取って  
いた。シエドラの女性が、牝獺たちを激しく嫌っていることをルルカは知っている。彼女たちは、徹  
底してルルカたちを家畜扱いしていた。ルルカたちの存在が、女性の価値を貶めているとでも言いた  
げに。  
 普段は遠巻きにして揶揄するばかりで、実際の牝獺をじっくりと見る機会はほとんどない。この狐  
族の女性はウォレンとの会話にかこつけて、牝獺を観察してやろうと思っているようだった。好奇の  
目がルルカの隠せない裸体の上を這い回った。  
 ルルカはその視線を避けるように目を閉じた。心の中で、ごめんなさい、と呟く。  
 シエドラの牝獺たちが、この惨めな生き方をどれだけ恥じているか、この女性は知らないだろう。  
一日中、体の内側を擦られ続ける辛さなど想像もしないだろう。子宮の入口まで、ときにはその奥底  
までを掻き回す棍棒のような物体。押さえ付けようと無意識に締め付けてしまい、逆にその形と動き  
を嫌というほど感じさせられる惨めさ。それが当たり前の感覚になってしまっていて、挿入されてい  
ないと体が牡の性器を求めて疼くのだという事情を、この女性の狐は知らない。  
「私たちって発情してもこんなにならないよね……」  
 ルルカが腰を小刻みに揺らし、股間から愛液を滴らせている姿を見て、狐族の女性は独り言のよう  
に呟いた。ルルカは無意識のうちに体が動いていたことにはっと気付く。目を開くと、女性の蔑むよ  
うな視線がルルカの瞳に突き刺さっていた。  
「信じられない。恥ずかしくないの?」  
 女性は身を屈め、ルルカの体の前面に開いた赤い花びらのような性器を凝視して言った。  
 思わず弁解の言葉を口に出してしまいそうになったルルカの性器に、いきなり指が突っ込まれた。  
(ああっ!)  
 ウォレンが鎖を短く詰めて引き上げていたため、ルルカは身を捩って避けることもできなかった。  
ルルカの性器は、何の抵抗もなく女性の指を根本まで飲み込んでいた。中に溜まっていた、洗い流し  
損ねたアンテロープたちの精液とルルカの愛液が混ざった液体が、ぷちゅっと音を立てて飛び出し、  
狐の女性はうわっと叫んで指を引き抜いた。  
「やだ、きたないっ!」  
 女性が振り払う液体から、ムッとするような臭いが漂ってくる。いつも繋がれている辺りでは嗅覚  
が麻痺してしまって感じないその臭いは、特に草食獣の精液には付き物の強い臭気だ。  
(だから、もう少し体を清めさせて欲しかったのに……)  
 ルルカのそのウォレンに対する苦言は、的外れとも言える。例えそれがルルカ自身の体から滲み出  
た液体だけだったとしても、さほど事情は変わらなかっただろう。これまで幾度となくルルカの中に  
流し込まれた、様々な種族の大量の精液の臭いが、入り交じってルルカの体の奥底にまで染み付いて  
しまっているのだから。牡たちの排泄行為に体を使われるというのは、つまりこういうことなのだと、  
ルルカは思い知らされていた。  
 怒りを露わにする狐族の女性に、ルルカは獺の言葉で『ごめんなさい、ごめんなさい』と繰り返し  
た。ウォレンが狐族の女性に同調するでもなく、ルルカを擁護することもなく、ただ黙っているだけ  
なのが、ルルカにはまた悲しかった。  
 
 シェス地区を抜けると、ウォレンは、高台へ登る石段を横切って街を南北に結ぶ回廊へとルルカを  
誘導した。  
 人の目が無くなると、ルルカは声をあげて泣いた。  
 嘆いても、発情した体の疼きが止まるわけではない。ウォレンも普段と何も変わらない様子で、  
ルルカを歩かせ続けた。  
(酷いよ……、ウォレン……)  
 ルルカはなおも愛液を股間に滲ませながら、よたよたと歩き続けた。  
 一時間ほどして、回廊の北端に辿り着く。ようやく気分も落ち着き、泣き止んだルルカは、立ち止  
まり、振り返った。  
「ウォレン……」  
「何だ?」  
 無駄だと思いつつ、お願いをしてみる。  
「これからは他の人たちのように、ぶら下げて運んで欲しいの……」  
 先ほどの狐族の女性が最初にウォレンに問い掛けたのは、このことだ。牝獺の胸に嵌められた金属  
環は、そうやって牝獺を運ぶために着けられているものでもあった。体の小さい牝獺は、男たちの腕  
なら軽々と持ち上げることができる。しかし、ウォレンだけは一度もルルカをそうして運んだことが  
無かった。  
 ぶら下げてもらえれば、さっきのような恥ずかしい思いをしなくて済む──。  
 
(えっ?)  
 ウォレンが黙って金属環を掴み、ルルカの体を持ち上げた。ルルカは驚いたが、彼女の望みにこの  
狼が応えたわけではないとすぐに気付いた。  
「あれが見えるか?」  
 ウォレンがルルカの体を浮かせたのは、獺の背丈では届かない塀の向こうを見せるためだった。高  
台の中腹にあるこの回廊からは、シエドラを囲む壁の外側の景色が一望できる。  
 遠くに山脈があるのが霞んで見えた。その山と山が途切れた位置に、距離感がおかしくなりそうな、  
巨大な石の壁があった。  
(まさか、あれは……)  
 武者震いが起きた。初めて見るものなのに、それが何なのか、ルルカにはすぐに分かった。獺の血  
がそれを知っている。獺族にしか作れない石の建造物──。  
「ダム……」  
 ウォレンは少し驚いたような素振りで「知っていたのか」とルルカに聞いた。  
「昔、聞いたことがあるだけなの。見るのは初めて……」  
「そうか」  
 ウォレンはルルカを塀の上に立たせた。ルルカが落ちないようにしっかりと体を抱えるウォレンの  
顔がルルカの顔のすぐ傍にあった。  
「あれがダム──、獺族の作った水瓶だ。  
 数百年前の干ばつで、地表から水源のほとんどが消えた。  
 残った河川の流れを集められるだけ集めたのがあのダムだ」  
「あれは……」  
「あれは、かつて獺族が建設したものだと言われている。  
 あれのおかげで、この街の水が枯れる恐れはない。  
 これほど憎んでいる種族の遺産に頼らねばならないというのは皮肉だがな」  
 シエドラだけが獺を生かしたままにしておけるのも、あれがあるからだ、とウォレンは言った。ダ  
ムから視線を逸らし横を向くと、ウォレンの真紅の瞳が、ルルカを見詰めていた。普段と変わらない  
はずのその表情は、ルルカの目には穏やかなものに見えた。  
 ルルカはどきっとする。  
「ウォレン……」  
「ずっと聞きたかったんだろう?」  
 ウォレンは、獺族について、街に残っている古い記録を調べてきたのだと言った。  
 
「数百年前に起こったという大干ばつ、それは知っているだろう?  
 それ以前の世界は、人の住む土地は全て河川と湿原に囲まれ、  
 水中での活動に長けた獺族こそが、世界の支配者だったんだ」  
 ルルカには、信じられないことだった。森に隠れ住み、獺狩りに怯えて逃げ回っていたこと、そし  
て今の自分の性奴隷の立場も、獺族が体格も身体能力も他種族に及ばない劣等種であることを物語っ  
ているとしか思えなかったからだ。  
 ウォレンの説明によると、獺たちは水中での活動に適した独特の衣装と武具を携えており、その運  
動能力を最大に発揮できる場に限って、彼らは優位を保てたということだ。彼ら以外の種族はその圧  
政の前に屈し、資源の流通を妨げられ、ある種族は飢え、ある種族は戦いを挑み、滅ぼされた。  
「しかし、干ばつが獺族の運命を変えた。水が無ければ、彼らは能力を発揮できない。  
 積年の恨みを晴らすべく、各種族は獺たちを追い詰め、殺していった」  
「その恨みが、今も続いているの……?」  
「レドラの街──。ここと同じような雑多な民族の集まる栄えた街だったという。  
 レドラは、獺族の手で一夜にして滅ぼされた。今ではどこにあったのかも分からない。  
 幻のように、消えてしまったのさ。  
 記録は何も残っていない。  
 それでも人々は……、忘れないんだ。憎しみの記憶だけはな」  
 獺族を排除し、交易の発達した世界が生まれた。水は相変わらず各地で枯渇しているが、衣類も食  
べ物も薬も、今では自由に手に入る。獺族は長い歴史の中で間接的に何百、何千万という人々を殺し  
てきた。報いを受けるのは当然だろう、とウォレンは言った。  
「でも……」  
 自分が罪深き種族の末裔なのだと改めて知らされたうえで、ルルカの中にひとつの疑問が消えずに  
残る。  
「何故、獺族はそんなことをしたの?」  
 ウォレンは、ふうっとため息をつくと、記録に残ってないんだ、と繰り返した。  
 
 もう少しウォレンに話を聞きたい、と思ったが、ウォレンはルルカの体をひょいと塀の上から降ろ  
してしまった。人通りを避けて荷物を運ぶ馬車が、回廊を通過していた。ウォレンにお尻をつつかれ、  
ルルカはまたよろよろと歩き始めた。仕方のないことだ。ウォレンとの会話を誰かに聞かれるわけに  
はいかない。  
 長い石段を降りると、雑踏の中に出た。以前、通ったことがある場所だとルルカは思った。近くに  
市場があるはずだ。物売りの叫ぶ声が聞こえてくる。このあたりはシエドラの北端にあたる。今日の  
目的地は近かった。  
 いつもなら憂鬱になるはずのルルカの足取りは、少しだけ、軽い。  
(ウォレン──、  
 今度ばかりは期待を裏切らないよね。  
 私のためにわざわざ調べてくれたんだよね……?)  
 ウォレンがどういう風の吹き回しで話をしてくれたのか分からないが、ルルカは彼に何かお返しを  
しなければ、と思った。それはきっと、今日の"おつとめ"をしっかりこなすことで果たせるはずだ。  
そしてその後、ウォレンに抱かれるときにも──。  
(いったい、どのようにしたらウォレンは喜んでくれるだろう?  
 でも……、あれっ?)  
 ルルカは生まれて初めて、自ら交尾を望んでいることに気付き、不思議な気持ちになった。  
 
 

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