【5】 −もう一人のルルカ−  
 
「ルルカ──?」  
「えっ?」  
 ウォレンとの交尾を頭に思い描いていたルルカは、声をかけられ、我に返った。  
 ウォレンは慎重に辺りを見渡していた。ルルカが言葉を話せることを知られないよう、彼はいつも  
気を配るのを忘れない。いつの間にか二人は、市場周辺の雑踏を抜け、塀に囲まれた路地を歩いてい  
た。塀の上にあちこち植物の穂が飛び出して見える。  
「この街外れの土地では市場に出す植物を栽培している。  
 あの丈の長い草は、誰も食べないはずなんだが……」  
 いつもは退屈なウォレンの解説も、今のルルカは素直に聞くことができた。  
 路地の先に、日当たりの悪い居住区があった。温暖な気候のこの都市では、あえてこういった場所  
を好んで住む種族も居る。  
「ここで最後だ。これでお前はこの街の全ての場所を知ったことになる」  
「え……?」  
 そんなことのために、ウォレンはいつもルルカを自分の足で歩かせていたのだろうか。  
「帰り道は分かるか?」  
「えっと……、すぐ近くにラムザの市場があって……、  
 そう、石段を降りてこっちへ来たのと逆の方……。  
 そこを左に抜けて、大通りを真っ直ぐ、街の中央まで……でしょ?」  
「上出来だ」  
 ルルカは自分がウォレンの問いにすらすらと答えられたことに驚いた。いつもと変わらないウォレン  
の態度に、また失望させられてもおかしくないというのに、不思議と腹も立たなかった。目を閉じれ  
ば、シエドラの街の構造が頭の中に浮かんでくる。ルルカは、いつだったか泉を見付けたときのよう  
な、胸の高揚を感じた。  
 想像の世界なら、いつも繋がれっ放しのルルカも、自由に街を歩けるのだ。思えば、他に何も考え  
ることのないルルカは、広場で男たちに犯されている間、いつもウォレンと行動した記憶を繰り返し  
辿っていたのだから。この街のどこに何があるか、知らず知らずのうちに覚えてしまっていてもおか  
しくないだろう。  
(ありがとう、ウォレン。そう、ありがとう。  
 あなたがどういうつもりだったか分からないけれど──)  
 ルルカが、その想いを口に出すことはなかった。目の前に、石造の宿屋があった。ウォレンは、  
そっとルルカの口に手を当て、ここから先は言葉を発してはいけないと知らせるのだった。  
 
 ウォレンはすぐ宿の中に入ろうとはしなかった。裏の洗い場へルルカを連れて行き、宿の主人に数  
枚の布を持ってこさせると、愛液でべとべとになったルルカの股間を清め始めた。  
 冷たい水に浸された布で何度も拭かれ、ルルカは体の熱が治まっていくように感じた。粘液の湧出  
がほとんど無くなったのを確認して、ウォレンは縦長の布を濡らしてルルカの胸に当てた。  
(えっ……?)  
 柔らかく編まれた布は、たっぷりと水を含んだまま、ルルカの体を心地よく冷やす。ウォレンは布  
の端をルルカの胸の金属環に巻き込んで固定し、胸から下、体の前面と股間を覆い、もう一方の端を  
尻尾の付け根に括り付けた。  
(いいの──?)  
 ルルカは、振り向いて、視線でウォレンに聞く。衣服を焼かれ、一生裸で過ごすように命令された  
牝獺のルルカには、裸で居ることが当たり前になり過ぎていて、逆に不安になった。体に張り付いた  
布は、懐かしい獺族の衣装を思わせた。こんな身分を弁えない恰好が許されるはずがない。  
 ただ、狼族のすることを咎める者も居ないだろう。  
 きっとウォレンには考えがあってのことだ、とルルカは思った。狼の赤い瞳は、普段と変わらず冷  
たく鋭い光を放っていたが、ルルカは初めて、その中にウォレンの意思を感じた。ウォレンはこれま  
でになく険しい表情をしていたのだ。その理由は、すぐに分かった。  
 
 古びた建物のその宿屋は、シエドラの交易の歴史の長さを感じさせるものだった。入口の戸をくぐ  
ると、そこは広場の噴水池を思わせる円形の広間になっていた。建物の一階は、そのような広間がい  
くつも繋がっている。個室やベッドでの就寝に慣れない種族も居る。信仰に基き、故郷を離れても日々  
の儀式を執り行う種族も居る。広間はそうした旅の者たちが多目的に利用するために用意されていた。  
 入ってすぐの広間に、噂に聞いた北方の行商の男たちが集まっていた。人数を数えたルルカの両手  
の指はすぐ足りなくなった。十数人ほどの見たことのない姿の者たち。  
 その北方の草食獣を祖先に持つ獣人は、ルルカと似た灰褐色で、密度の高い滑らかな毛皮を持って  
いた。異国の情緒を演出する商売道具でもある民族衣装を脱ぎ捨て、上半身裸になり、二人の到着を  
待っていた。彼らにとって、この土地は暑過ぎるのだ。大きな手のひらを広げたような形の角を生や  
し、重そうな頭を揺すっている。  
 男たちは、狼の前に立つ小さな獺の姿を見て歓声を上げた。「どうして裸じゃないんだ」という声  
も飛んだ。  
 ウォレンはルルカを引き寄せ、胸の下に手を回して抱きかかえた。ルルカは、その大きな腕が緊張  
で固くなっていることに気付く。無理もない。早く牝獺を使わせろと、掴み掛らんばかりに迫る異種  
族の男たちは、一人一人がウォレンに負けないほどの立派な体格の持ち主なのだ。ウォレンは興奮す  
る彼らからルルカを守ろうとしていた。多数の種族の中で特に身体能力に恵まれた狼族に等しいその  
肉体より、更に恐ろしいのは、彼らの巨大な角だ。ルルカはまた、草食の一族は角が大きければ大き  
いほど激しく暴力的な性格の持ち主である法則を思い出した。  
(何でもお見通しなんだ、ウォレンには──)  
 彼ら──北の大地に生きる「馴鹿族」のこの熱狂を。ルルカの乳房や股間を布で覆ったのは、彼ら  
の獣欲を少しでも抑えようという目論見があったのだ。  
 ウォレンが大きく息を吸って、上半身の毛を逆立てるのを見て、男たちはぎょっとして伸ばしてい  
た手を引いた。  
「お楽しみは後にして、まずは持ってきた交易品などを見せてもらえないか。  
 見たところ、食糧や香辛料といったものより、調度品や装飾品が多いようだ。  
 そういうものを並べておく場所が市場に無い。  
 我々、狼族が取り次いで買い手を探すことになっている」  
 広間の周辺には、布で覆われた荷物が山積みになっていた。ウォレンの言葉に冷静さを取り戻した  
男たちは車座になって座り、世間話を交えて交易品の紹介を行う運びとなった。  
 ルルカは、胡坐をかいたウォレンの組んだ足の大きな太腿の上に乗せられた。布越しに股間を  
ウォレンに押し付けることになったが、水に濡れた布の冷たさのおかげか、そこが今は恥ずかしい液  
体を滴らせていないことが判って、ルルカはほっとした。  
 ウォレンは出掛ける前の約束通り、北方に住む種族の男たちから、その土地の話を聞き出し、ルルカ  
に聞かせてくれようとしているようだった。  
 馴鹿族がウォレンに手渡す北方の特産品や工芸品を、彼は一つ一つ、ルルカの手に握らせた。それ  
は、見たことがないものがほとんどだ。どれもが白く、表面が艶々として輝いている。細かく彫刻の  
施された燭台や装身具、それは彼らの大きな角を加工して作ったものだ。  
「角、か。見事なもんだ。しかし、これを作った者の角はどうなるんだ?」  
 ウォレンが感心してみせる。  
 それは、言葉を発するわけにはいかないルルカの気持ちの代弁でもある。  
「毎年、落ちてまた生え変わるのさ。だから、材料はいくらでもある」  
「便利だな。狼の牙は取ってしまったらおしまいだ」  
「また生えないのか?」  
「ははは、まさか」  
 次に男たちが出してきたのは、凍土から掘り出した粘土を高温の窯で焼いたという陶器だった。こ  
れも透き通るように白く、上薬が宝石のような光沢を与えている。シエドラでは滅多に陶器を見掛け  
ないこともあって、ウォレンもその美しく輝く壺や食器を眺め、感嘆の声を上げた。  
 ルルカの手に、小さなお椀が渡された。日に五度、食事を盛ってもらっているあの木製の器とほと  
んど変わらない大きさのそれを見て、ルルカはため息をついた。上薬の下に、これも角の加工品と同  
様、美しい模様が描かれているのだ。これに比べると自分の唯一の持ち物である木の器は随分とみす  
ぼらしく思えてくる。あれはあれで丁寧に磨かれていて木目が美しいけれど、と対抗心を燃やしてみ  
ることが、ルルカにできる精一杯だった。  
 
 ウォレンとすっかり打ち解けた馴鹿族の男たちは、自分たちの種族とその生活について語り始めた。  
「俺たちは、もう一つの種族と共生関係にある。  
 黒く、長い毛を持った草食系の連中だ。体つきは、そうだな、俺たちとそう変りない」  
「ここへは来てないのかい?」  
「ははは、あいつらは俺たちより更に暑さに弱いからな。  
 とてもじゃないが、耐えられんだろうよ」  
(二つの種族が、共生している……?)  
 馴鹿族が続けて語った内容は、ルルカに驚きを与えるものだった。  
 極北の厳しい自然の中で、二つの種族は姿は違えど、よく似た生態を身に着けた。厳冬期以外の比  
較的穏やかな季節に発情を迎え、妊娠しなかった場合は、数週間後にまた発情する。そうして受胎率  
を高める彼らは、獺族の凋落と共に困った問題を抱えることになる。交易が盛んになり、暖かい気候  
の土地から知識や資源が流れ込み、生活水準が大幅に改善された。一方であまり変わらない北方の食  
糧事情の下で、彼らは出生率を抑える必要が出てきたのである。  
「しかし、どちらの種族も元来、性欲は強すぎるほど強いときている。  
 そこで、二つの種族は協力して、配偶者の他に異種族の交尾相手を持つようになったのさ」  
 ルルカには大きな衝撃だった。  
 本来、交尾は同種族で行うものだと本能的に理解していたルルカは、これまで特別だと思っていた  
シエドラの牝獺以外に異種族との交尾が行われている例を初めて知った。そして彼らの口振りから分  
かるのは、どちらの種族の女性もそれを歓迎しているらしい。  
 ルルカは、薄々と気付いていた、交尾とは愛する者同士が行う行為であるということを、今ここで  
はっきりと知らされたのだ。それゆえに一方的に性欲の捌け口にされるだけの獺族は、いっそう惨め  
であるとも言える。  
(愛し合っているなら──、女の人は、辛くないの? 痛くされたりしないの?)  
 言葉を発するわけにはいかないルルカにはそれを確かめられないのがもどかしい。馴鹿族の言葉を  
引き出すウォレンの話術に期待するしかない。  
 そのウォレンは男たちの話を聞きながら、ルルカの頭に片手を乗せ、もう一方の手でゆっくりと小  
さな獺の体を撫でていた。それは無意識にそうしているだけで、ウォレンは身を乗り出して馴鹿族と  
の会話に熱中しているようだ。  
 ああ、やっぱりね──。  
 ルルカは小さく溜息をついた。話を聞き出してやると言ってたくせに、自分ばかりが楽しんでいる。  
いつものウォレンだった。しかし、いつもみたいに腹が立たないのは何故だろう、とルルカは思う。  
(そもそも私はウォレンの何に腹を立てていたのかな──?)  
 自分たちの性について語る馴鹿族は楽しそうだった。ルルカは自分もそんな風に交尾を楽しめたら  
いいいのにと思った。例えば──ウォレンと?  
 ルルカはそのとんでもない発想にどきっとして、頭をぶんぶんと振った。  
 たとえ今日、珍しく優しくしてもらえたといっても、ウォレンなんかと──。  
 おかしな想像を振り払おうとするものの、体がかっと熱くなってくる。無造作に体を撫でるウォレン  
の手の動きから意識を逸らせなくなった。濡れた布越しに、ウォレンの手が乳房に優しく触れた。狼  
の大きな爪の先が腹をそっと掻いた。その感触に、ルルカは昔、母親に木のブラシで毛皮を梳いても  
らったときのことを思い出す。体を撫でられるうちに、全身がどんどん熱を帯びてくる。  
(気持ちいい──)  
 体に触れられることが、こんなに気持ちいいことだと思ったのは初めてだった。  
 これまで男たちの手には嫌悪しか感じなかったというのに、今のウォレンには、ずっとこのまま触  
れていて欲しいと思った。  
(やめて、そんなに触らないで。いや、止めないで……)  
 
「それじゃあ、シエドラの牝獺の使い方を説明しよう」  
 ウォレンの愛撫に身を任せ、周囲の声も耳に入らなくなっていたルルカは、はっと我に返る。  
 ウォレンが胸の金属環でルルカの体を持ち上げた。体を覆っていた濡れた布が、胸の金属環からす  
るりと抜かれる。ルルカは思わず、やめてと叫びそうになった。愛撫で火の点いた体が、再び淫らな  
蜜を滴らせていることに気付いていたからだ。  
 剥き出しになった股間を男たちの視線が刺した。ウォレンは思わず身を縮こまらせて性器を隠しそ  
うになったルルカの両腕を掴んで、万歳の恰好にして吊るした。  
「ほおっ」と声が上がる。  
 男たちの目に、つるりとした牝獺の下腹部にはっきりと刻まれた焼き印が飛び込んだ。  
 それを見て彼らがどういう感想を抱くか、もうルルカにも充分解かっている。  
 狼の膝の上で好奇心に目を輝かせていた小柄な可愛らしい獣の姿はそこには無い。目の前に居るの  
は、シエドラを訪れた彼らが初めて見る、生きた性欲処理器──。  
 美しい流線形の体を持った牝獺の裸身が余すところなく披露され、男たちはカチカチと互いに角を  
ぶつけるほど顔を近付け、その小さな獣の体の淫らな変化に見入る。  
 ルルカは何度経験しても慣れない恥ずかしさに身を焼かれた。心で拒んでも、牡を求めて疼く発情  
した牝の体。この後、恐ろしい凌辱劇が待っているというのに、体だけが肉欲の期待に反応し、乳首  
がぎゅっと固くなって痛いほどだ。焼き印の下で花弁を広げる膣口が淫らに蠢いた。  
 
「シエドラの街では、あちこちにこんな牝獺が繋がれている。  
 交易証を発行された者なら、自由に使っていい」  
 ウォレンが説明を始めた。  
「牝獺の前では、たいてい誰かが順番を待っている。  
 順番が来たら……、他の男の精液が気にならないというのでなければ、  
 少し待ってやってくれ。  
 近くにあるプールで、こいつらは自分で体を洗う。  
 ただ、すぐに水から上がってこないようなら、鎖を引いて引き上げるんだ」  
 ウォレンはそう言いながらルルカをいったん床に降ろし、向かい合うようにして抱きかかえた。今  
にも襲いかかりそうな男たちの興奮を抑えるためだろうか。巨漢で乱暴そうな馴鹿族を恐れるルルカ  
には有難い。嘆こうが喚こうが、この後犯されることに変わりはないのだが、ルルカは逞しいウォレン  
の胸に顔を伏せることで、気持ちを落ち着かせようとした。  
「一人一回の射精で交代だ。後はどう使おうと構わない。  
 ただし、死なせないこと。交尾のできない体にしないこと。  
 この禁を破った者は、街へ二度と入れない。  
 口や肛門を使いたがる者も居るが、消化器系を痛めるのは獺族にとって致命的だ。  
 特に罰則はないが、これも御法度だ」  
 ウォレンはわざわざルルカの尻尾を持ち上げ、桃色の可愛らしい肛門を晒した。  
(このために抱え直したの? 見せなくたって、言葉だけで分かることなのに……)  
 男たちの口から、「使えないのか、勿体ないな」という言葉が漏れ、ウォレンも少しぎょっとした  
ようだった。ルルカを抱く手に力が籠る。肛門を使った性交渉をタブー視する種族も多いが、馴鹿族  
には避妊の手段として使われてきた歴史から、抵抗が無いのだろう。そんな事情はともかく、ルルカ  
にとっては恐怖でしかない。膣と違って慣らされてもいない場所に凶悪なサイズのペニスをねじ込ま  
れるときの痛みを想像しただけで身が震えた。牡を受け入れるようにはできていない獺の腸はあっと  
いう間に傷付き、ルルカは血を撒き散らして悶え苦しむことになるだろう。ウォレンを見上げ、もっ  
と強く咎めるように目で訴えた。しかし、ウォレンがそれに応える素振りは無かった。  
 
「獺の方から体に触らせないようにすること。  
 言葉は通じないから、そうやって身分が違うことを教えるんだ」  
「……もし、獺が言うことを聞かなかったら?」  
 男たちから質問が飛んだ。  
 その答えを、ルルカは嫌というほど知っている。  
「多少、痛めつけても構わない。  
 そして、シエドラの住人は皆、規則で毒針を持ち歩いている。  
 声をかければ、獺を懲らしめてくれる。  
 獺に大きな苦痛を与える毒だ」  
 ルルカはまだ毒を打たれたことはなかったが、儀式のときに見てその効果は分かっている。交尾の  
興奮に我を忘れた男たちに理屈は通じない。規則で命の保証はされていても、ルルカを利用する男た  
ちは、気に食わないことがあるとすぐルルカを殴った。  
 
「今日は街で一番人気の獺を連れてきたんだ」  
 悲惨な日常を思い起こし、意気消沈していたルルカは、ウォレンのその言葉に飛びあがりそうにな  
った。  
(えっ? そうなんだ、私……?)  
 そんな風に言われたのは初めてだった。そもそも、ウォレンがこんな風に丁寧に解説をしていたこ  
とはこれまで無かったような気がする。いや、憂鬱な"おつとめ"を前にルルカがふてくされて耳を傾  
けようとしていなかっただけなのか。  
 ウォレンが言っているのは、いつもと同じ、シエドラの設備の一つである性欲処理の道具について  
の説明に過ぎない。そうに違いないとルルカは思う。それでも、心臓がドキドキと脈打って止まらな  
い。  
「人通りが多いところに繋がれている牝獺ほど人気があると思っていい。  
 体つきや声の可愛らしさで、繋ぐ場所を決めるんだ。  
 その分、使おうと思えば、行列の後ろで待つことになる。  
 手っ取り早く、性欲を満たしたければ、街の外れへ行くといい」  
 ウォレンは、ルルカを床に降ろして立たせると、「ほら、挨拶しろ」と頭を叩いた。  
(挨拶……ね)  
 ルルカは、言葉が分からない振りをして、いつものポーズを取る。小さな腕を左右に広げ、体の後  
ろ側へ反らすと、胸の膨らみが前方へ押し出され、強調される。軽く足を開き、尻尾を精一杯持ち上  
げ、股間と肛門を晒す恥ずかしい挨拶の姿勢を取った。  
 ウォレンは、よくできた、と言わんばかりに頭を軽く撫で、今度は男たちに乳房や性器がよく見え  
るように正面を向けた形で、改めてルルカの体を持ち上げた。大きな腕を乳房の下から支えるように  
回し、片側の乳房を手のひらで包むようにして、ウォレンはルルカの体を自分の胸にぎゅっと押し付  
ける。完全に宙に浮いたルルカは、されるがままに、足と尾を脱力させ、だらんと垂らした。閉じ気  
味に尾に後ろ足を添わせても、恥ずかしい部分は隠せない。背中と尾を一直線になるように抱えられ  
ると、腰を前に突き出したようになる体つきの獺の場合、性器も、肛門も正面から丸見えになる。  
「この娘のおっぱいはすごくきれいな形をしている。  
 見た目も、触り心地も、最高だ。  
 人気がある理由が分かるだろう?」  
 抑揚に乏しい公用語のウォレンの言葉が、ルルカの耳には少し自慢をしているような調子に聞こえ  
た。もしかして、いつもルルカが乳房の形を気にして、胸環で潰されて崩れないように頑張っている  
ことに、ウォレンは気付いているのだろうか。  
 
 乳房がゆっくりと揉まれ、ルルカは熱い息を吐いた。乳房を中心に、じわりじわりと快感が全身に  
広がっていく。ウォレンはしばらくルルカを腕の中で喘がせると、空いたもう一方の手をルルカのお  
尻の方から回し、獺の短い後ろ足をぐいっと持ち上げた。  
 すでに丸見えになっている股間を、さらに強調するかのように、衆目に晒す。  
 可愛らしい小さな肉球の付いた足の裏、つるりとした丸みを帯びたお腹。そこに押された卑猥な焼  
き印、真っ赤な花弁のように開いた牝の性器、ピンク色の肛門。  
 ルルカの恥ずかしい部分が余すところなく男たちの目に飛び込んだ。  
「それ、すごいな……」  
 馴鹿族の一人が改めて漏らした言葉は、ルルカの焼き印のことを指していた。今更恥ずかしがって  
も仕方がないのに、ルルカは消え入りそうになりながら、身を捩る。  
 持ち上げられた足の先で必死にマークを隠そうとするルルカの動きを、ウォレンは許さなかった。  
一生消えない性奴隷の印を指先でなぞり、毛皮から覗く表皮に刻み込まれた肉の溝が今もそこにはっ  
きり残っていることをルルカに意識させた。  
「見ての通り、これはお○○この印だ。  
 性器の形は種族によって違うからな。獺の性器に欲情しない種族もいるだろう。  
 だが、可愛らしいおっぱいとこのマークを見れば、  
 一度でもシエドラの獺を使ったことのある男なら、  
 すぐに臨戦態勢になるっていう寸法だ。そういう印さ」  
 なるほど、と男たちは納得する。  
「牝獺にとっても悪いことばかりじゃない。  
 金属の胸環と、この印は、シエドラの所有物であることの証。  
 これがある限り、獺狩りで殺される心配はない。  
 他の街に牝獺を攫って行こうとする不届き者がときどき居るが、  
 牝獺はシエドラでなければ養えない。ここは特別なんだ。  
 他所でこのマークを見かけたら、知らせて欲しい。  
 この印は、彼女たちの命を守るためのものでもある」  
(そう……なんだ?)  
 この説明も、ルルカは初めて聞いたように思う。悪いことばかりではないと知らされ感心するルルカ  
だが、焼き印を押された当人にとっては後付けの理由にも思える。  
 ウォレンがいつもの軽い調子で、口から出まかせで言ってるんじゃないの?  
 今日のウォレンはどうかしている。  
 いや、どうかしているのはきっと自分の方に違いない。  
 ウォレンが初めて見せてくれた優しさ、獺族の過去について教えてくれたことに感謝する気持ちが、  
形式的ないつもの"おつとめ"の行程を違うものに感じさせている。それにしても、前置きが長いよう  
な気がした。  
 
「さて……。  
 使う前は少し興奮させてやった方がいい。  
 特に、あんたたちのような草食の種族は先走りがあまり出ないから、  
 牝の方から潤滑剤をたっぷり絞り出してやるんだ」  
 下腹部をそっと撫でるウォレンの手つきが、なんとなく優しい動きに感じられる。そのウォレンの  
指先がすーっと下がり、いよいよ、ルルカの秘芯を捉えた。  
『あ……』  
 思わず声が出る。  
 ただ、柔らかい肉の狭間に指が触れただけだというのに、雷に打たれたような衝撃が、全身を貫い  
た。いつもより敏感になっている……?  
「おや?」  
 ウォレンが小声で呟く。疑問に感じるのも無理はない。ルルカのそこは、自分でもはっきり分かる  
くらい、いつもと様子が違っていた。  
 二本の指を添えられ、くつろげられた肉の入口が、自分の意思と関係なく、ひくひくと収縮し、浅  
ましく牡のペニスを求めているかのように蠢く。布で体を冷やされ一時は収まっていた愛液が、再び  
体の奥から滲み出て、ウォレンの指を伝って流れるほどに滴っている。おかしい、とルルカは思った。  
犯されていないときほど牡を求めて激しく疼く牝の体は、いざ憂鬱な交尾を前にすると萎縮してしま  
うはずなのに。  
 ウォレンの指先が穴に挿し込まれ、ゆっくり円を描くように動くと、くちゅくちゅと恥ずかしい音  
が、部屋中に響き渡った。ルルカは、股間の穴の上、おしっこの小さな穴を通り越してさらに上のあ  
たりが、ズキズキと脈打つのを感じた。  
(何……?)  
 ルルカがそこに意識を集中させるのとほぼ同時に、狙い澄ましたかのように、ウォレンの指が、ま  
さにその部分に当てられた。  
(っ!?)  
 その瞬間、ルルカには全身の筋肉が勝手にピンと張り詰めるのが分かった。強烈な快感の波が、そ  
の部分を発端に、一瞬で手足の指の先まで広がった。  
 ウォレンの指先は、獺族の小さな陰核を捉えていた。  
 性器の真上あたりにとりわけ敏感な部分があることを、ルルカは知っていた。ウォレンと交尾をす  
るとき、体が無意識に動いてその部分を彼の体に押し付けてしまう。でも、今ほど敏感になるような  
ことはなかった。  
 ウォレンの指先が、ルルカに今、自分の体がどういう状態にあるのかを教える。ウォレンはそこを  
そっと摘み上げた。痛みを伴う快感に近い強い刺激とともに、その部分が小さなお豆のような突起に  
なっていることをはっきりと感じる。それは乳首と同じように固くなっていて、乳首よりもずっと敏  
感だった。  
 ルルカの体は激しい興奮に包まれていく。全身が熱く、息が苦しい。  
『ああっ……、やめて、ウォレン……』  
 強い刺激に、頭が真っ白になりそうだった。ルルカはかろうじて、公用語を使わないという理性を  
保っていたが、体は言うことを聞かなかった。  
「珍しいな。この娘はあまり鳴かないのが玉に瑕だったのだが……」  
 ウォレンの指が股間と胸の敏感な三つの突起に順に触れる度、筋肉が緊張と弛緩を繰り返す。性器  
の入口もそれに合わせてギュッと締まっては、緩む。ルルカは、まるでウォレンの手で奏でられる楽  
器のように、呼吸もままならず、『ひっ、ひっ』と短い悲鳴を上げ続けた。それは、男たちの耳には、  
キュッキュッという可愛らしい鳴き声に聞こえる。  
(もうダメ……)  
 凌辱の日々の中ではほとんど感じることのない快感の洪水に、ルルカはどうにかなってしまいそう  
だった。手足がぴんっと突っ張ったような感覚に襲われた次の瞬間、随分と長く忘れていた感覚がよ  
みがえりそうになった。いつだったか、地下牢で感じた、強い感情の高まり。その極みに、あとわず  
かで到達しそうに思った。  
 しかし、ウォレンの愛撫は、突然打ち切られてしまった。  
 
「それじゃあ、お楽しみの時間だ」  
 床に降ろされたルルカは、まだ肩で息をしていた。ウォレンの手の支えが離されると、足腰が立た  
ず、ペタンと尻餅をついた。ぼんやりした視界に、ウォレンの大きな手が映っていた。その指先は、  
ルルカの体から分泌されたねっとりした液体にまみれている。指と指の間を糸が引いているのを見て、  
ルルカは恥ずかしさに顔が熱くなった。気持ちがいいときほど、その液体は粘っこくなるからだ。  
 男たちに声をかけておきながら、ウォレンはまるでルルカを渡すのを躊躇うかのように、動きを止  
めている。  
 どうして──?  
 次第に視力のはっきりしてきたルルカの目に、自分を取り囲む馴鹿族の男たちの姿が入る。男たち  
は皆、ルルカの痴態に興奮し切っていた。今にも襲い掛からんばかりにルルカの眼前に迫る男たちは、  
股間を覆う布を大きく盛り上がらせている。中にはすでに腰布を緩め、牡の性器を露出させている者  
も居る。  
 「それ」を一目見て、ルルカの血の気が引いた。  
 見たことがないようなサイズだった。これまで相手をしたことのある種族で、最も大きなペニスの  
持ち主は、狼族である。その中でも、ルルカの知る限り一番大きく逞しいのはウォレンのものだった。  
しかし、彼ら馴鹿族の逸物は、ルルカのお腹の中で膨らみ切ったときのウォレンのものより、さらに  
大きい。そして、それは狼族との交尾と違い、すでに大きくなった状態でルルカの中に押し込まれる  
ことになる。  
(嫌……、怖いよ、ウォレン──)  
 ウォレンが会話を引き延ばしていた理由が分かった。彼もルルカを男たちの餌食にするのを躊躇っ  
ていたのだ。シエドラの大切な資産である牝獺を壊されないよう気遣うのはウォレンの役目なのだか  
ら。  
 しかし、いつまでもそうしているわけにはいかない。首を左右に振って尻込みするルルカを、  
ウォレンは覚悟を決め、男たちの前に押し出した。  
 
 ルルカは足を掴まれ、乱暴に牡獣たちの輪の中に引き込まれた。ウォレンがあれだけ説明したのに、  
馴鹿族の男は滾る欲望を抑えきれない様子で、前戯も何もなく、ルルカの小さな体にいきなり剛直を  
押し込んだ。信じられないほどの質量のものが、ルルカの内臓を押し上げた。恐怖を感じたルルカは  
手足をバタバタさせてもがく。そんな抵抗が何の意味もないことは分かり切っているのに。  
 馴鹿族のペニスは狼のそれの先端ほど細くはなく、狼が持つ根本の瘤ほどの太さがあるわけでもな  
い。突き込まれたペニスの先はいったんルルカの子宮を強く押し上げ、しばらく間を置いてから子宮  
の入り口をこじ開け、中に潜り込んでくる。普段から大量の精液を溜め込む袋のように拡張され、緩  
んでいたはずの子宮の肉壁が、痛みを感じるほどにぐちゃぐちゃに掻き回される。  
 異物で子宮を徹底的に蹂躙され、周囲の腸や胃袋まで圧迫される感触に嘔吐きそうになった。  
 先ほどは快楽のために苦しかった呼吸が、今度は苦痛のためにままならなくなる。  
『……助けて!』  
 ルルカは悲痛な声を上げた。  
 それを、男たちは、「いい声で鳴くな、この牝は」などとしきりに褒め、さらに興奮を募らせてい  
く。獺族の悲鳴を、歓喜の声と思い込んでいた。  
 こんなに苦しいのに。涙が止まらないほど流れているというのに、誰も気に留めようともしない。  
獺族の言葉で叫んでいる限り、付き合いの長いウォレンにも違いは分からないだろう。しかし、彼に  
通じる言葉で助けを求めるわけにはいかなかった。  
 大勢の前で、公用語が話せることを知られてはいけない──。  
 
 馴鹿族は性欲が強いと豪語するだけあって、挿入から射精までの時間が恐ろしく長かった。ルルカ  
の体を抱き寄せ、腰を上下に激しく振った。あまりの苦しさに、ルルカは手を突っ張る。  
 ルルカの小さな爪が、男の腹を弱々しく掻いた。  
「おっと、これは躾けておいた方がいいのか?」  
「牝獺は、交尾相手の体に触れてはいけないんだったな」  
 挿入している男が、ルルカの頬を平手で打った。彼は手加減をしているつもりなのだろうが、筋肉  
質でルルカの三倍近くにも見える体格から生み出される打撃は、首が吹き飛ぶかのような衝撃をルル  
カに与える。  
 一発だけではなかった。横殴りの打撃が何度か与えられ、勢いで乳房も数発、打たれる。筋肉が無  
いため痛みを堪えることのできない乳房を叩かれるジンジンと響く痛みは、熱のようになってしばら  
くそこに留まり、ルルカを苦しめた。  
 最初の男がようやく大量の精液を吐き出したかと思うと、全くルルカに休む間も与えず、すぐに次  
の男が覆い被さってきた。  
 地獄のような交尾だった。  
 朝のアンテロープたちのしたことが可愛く思えるほどに、馴鹿族は乱暴で容赦が無かった。  
(ウォレン、みんなを止めてよ……。  
 どうして、止めてくれないの?)  
 ルルカの望みに応えることは、ウォレンには無理な相談だ。ウォレンの前でルルカはほとんど悲鳴  
を上げたことなどないのだから、獺族の苦痛の叫びをウォレンは知らないのだ。  
 
 全身を千切られそうな激しい交尾の衝撃に、ルルカの意識がウォレンの声を認識できなかっただけ  
で、実際には、ウォレンは何度も制止の声を掛けていた。獺語は分からなくとも、男たちの性欲の尋  
常ではない強さに不安を覚えた。しかし、馴鹿族の男たちは興奮に包まれ、ウォレンの言葉を聞き入  
れなかった。  
 止まない凌辱は、ルルカとウォレンの思いをよそに延々と続き、五人目の男がルルカに肉の槍を突  
き刺すと、あちこちから我慢し切れなくなった手が伸び、ルルカの腕や尾や乳房を鷲掴みにした。  
 お腹の恥ずかしい焼き印の痕にも手が当てられ、精液の詰まった子宮を肉の上から強く揉まれた。  
口腔を無理やり指で広げられ、やがてお尻の穴にまで指がねじ込まれた。ウォレンが禁じたことを彼  
らは忘れているようだった。ルルカはこのまま殺されるのではないかと思った。  
「こいつ、漏らしやがった!」  
 男の言う通り、ルルカの股間からはシュルシュルと力の抜けたような音を立てて、尿が漏れ出して  
いた。口からは泡を吹き、ほとんど意識が飛んでいた。  
「やめろ、そこまでだ!」  
 小便をかけられた怒りに任せてルルカを殴ろうとした男の間に、ウォレンが割って入った。  
 我を忘れ、雄叫びを上げる蛮族のような男たちからルルカを奪い返し、ウォレンはもう一度、やめ  
ろ、と一喝した。  
 
「一度、牝獺を休ませる。続きはそれからだ」  
「すまない、次からは気を付ける……」  
 ウォレンの声に意識を取り戻したルルカは、布が敷かれただけの床の上に仰向けに転がされている  
ことに気付いた。ルルカの両足は、木の棒に軽く縛り付けられ、大きく左右に開かれて固定されてい  
た。  
(休ませるって……。こんな惨めな恰好で……)  
 ルルカには体を休めている間も恥部を隠すことは許されていないのだ。ルルカをこんな姿に拘束し  
たのは、恐らくウォレンだろう。  
 今日、ウォレンの態度から感じた優しさは、やはりルルカの思い違いだった。彼がルルカに対して  
優しくする理由など無い。"おつとめ"を中止する気も無さそうだ。彼は、ルルカの今日の責務を全う  
させようとしていた。  
 馴鹿族の男は全員で十三人。ルルカを犯していない者がまだ八人、残っている。あんな惨めで辛い  
交尾を、まだ続けなければならないのだ。  
 ルルカは自由にされている手で、顔を覆ってすすり泣いた。  
 視線を自分のお腹に向けると、そこは大きく膨らんでいた。子宮口はもう緩み切っているが、若い  
牝獺の締まりのいい膣が、牡獣たちの精液を胎内に押し留めていた。呼吸をする度に、股間から漏れ  
出した精液が、お尻の下に敷かれた布に吸い取られていく。自然に精液が抜けるまで休んでいていい  
ということなのだろう。  
 
 馴鹿族の男たちは、落ち着きを取り戻しているようで、大人しくウォレンの言葉に耳を傾けていた。  
ウォレンはもう一度、牝獺がシエドラの資産であることを語り、一度に一人しか牝獺に触れてはいけ  
ない、それが守られなければ、馴鹿族にシエドラの獺を利用する許可は与えられない、と念を押した。  
 
 二十分ほども大人しくしていれば、獺の体力は回復してしまう。過酷な水中で行動をしていた獺族  
の体質のおかげであるが、今のルルカにとっては有難いものではなかった。  
 無造作に膣に押し込まれたウォレンの指先が、精液が抜け切ったことを確かめる。  
『お願い、ウォレン……。もう帰らせて……』  
 獺語で訴えてみるが、当然、それはウォレンに理解できるはずもない。  
(あと八人も相手をさせるの? 酷いよ、ウォレン……)  
 ウォレンは足の拘束を解いてルルカを立たせ、折り畳んで厚くした布をルルカの股間にトントンと  
当てた。これ以上、粗相をしないように、残った小便をそこに出せと言っているのだ。いつもは衆目  
の中とはいえ、女性らしくしゃがんで用を足しているルルカに、彼はさらに惨めな思いをさせようと  
していた。  
 ウォレンにとって自分は、シエドラの広報を行うための道具に過ぎない。ルルカはそのことをはっ  
きりと意識した。  
 早くしろ、とばかりに尿道口を布が擦り上げる。  
『うっ、うう……』  
 ルルカは布に股間を押し付けるようにして、立ったままおしっこを出した。  
 恥ずかしさと悔しさにこぼれる涙で視界が滲んだ。  
 
「どうした? やはり一時中断か?  
 言っていた通りじゃないか」  
 突然、声がして、一人の男が広間に入ってくる。大柄で灰色の毛並の男。ウォレンと同じ狼族だっ  
た。  
「お前……。来るなと言っただろう?」  
 ウォレンはその男が歩み出る先に立ちはだかり、対峙する。まるで、ルルカから遠ざけようとする  
かの動きだった。  
「一頭じゃ厳しいかもしれないと言っていたのはウォレンだろう」  
「休ませながらやるから、お前は来なくていいと後から言ったはずだ」  
 上半身の被毛を自慢げに露出させているウォレンと違い、その男は、目の覚めるような青い原色の  
糸で織り込まれた衣装を纏っている。それはいつも見る狼族の灰色の正装ではなかった。ルルカの脳  
裏に、儀式の日のことが浮かぶ。あのとき、赤い衣装を着たウォレンの他に居た二人の狼族。彼らが  
着ていたのが、この青い服だ。ルルカは、衣装の色が狼族の中での階級を示すものであると気付いた。  
ならば、ウォレンは──?  
 ルルカの頭の中に浮かんだ疑問はすぐに掻き消えた。ルルカを、新たな衝撃が襲う。  
 
「そいつはもう少し休ませろ。ほら、もう一頭連れてきてやったぞ」  
 男の言葉と同時に、ウォレンは振り返ってルルカの顔を見た。ウォレンは声を出さなかったが、口  
の動きでルルカに何かを伝えようとする。  
 
──ルルカ、見るな!  
 
 ウォレンが振り向いたときには、すでに手遅れだった。涙を拭ったルルカの瞳に、その男が連れて  
きたもう一頭の牝獺の姿が映っていた。  
 男は胸環でぶら下げた獺の体を広間の全員に見えるように突き出した。  
 それは、可愛らしい獺の娘だった。顔立ちは驚くほどルルカに似ていた。整った形の乳房や、滑ら  
かなお腹のライン、毛の色の濃淡に至るまで、ルルカにそっくりだった。噴水池の水面に映った自分  
の姿を、ルルカは思い出した。ルルカが街で一番人気と言われているのがよく分かるほど、そのルルカ  
と瓜二つの獺は、美しい。  
 しかし──。  
 ルルカは全身が強張るのを感じる。何かがおかしかった。  
 
 小さな体の牝獺は、ぶら下げられたまま、荒い呼吸で肩を喘がせていた。意識はあるはずなのに、  
眠っているように目を閉じた顔を力なく傾けている。両腕は曲げられて乳房の脇にぴったりとつけら  
れている。両足は脱力しておらず、不自然に左右にはだけられていた。  
 二つの乳房の頂点に、銀色に光るものが見えた。  
 大きく開かれた股間の赤い薔薇のような性器の頂点にも、鈍く光る金属の欠片があった。  
 
 ルルカは恐ろしさに身震いする。久し振りに見る、自分以外の獺族の姿──、それは変わり果てた  
ものだった。そしてそれは、近い未来のルルカを映す鏡でもあった。  
 
 

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