【7】 −水掻きのついた手−
広場に射す陽の傾きが、一夜明けたことを物語っていた。
随分と長い時間、気を失っていたようだ。
ルルカを現実に引き戻したのは、お腹の中に感じるちくちくする感覚──、表面に小さなトゲが並
んだ猫科のペニスだった。三人組の黒豹の男たちがルルカを使用していた。
ルルカを後ろから犯していた男は、意識の無いルルカをペニスで貫いたまま、体を洗うプールに浸
けようとしていた。目の前に、水面に映った牝獺の姿があった。きれいな乳房から上の鏡像は、あの
自分にそっくりな牝獺に見えた。驚いて水面を叩いたルルカの手の先で、像はめちゃくちゃに崩れて、
消えた。
「やっと目が覚めたか」
「鳴き声を聞かないとそそらないからな」
ルルカは頭を水に突っ込まれるのをすんでのところで免れた。過去にも何度か同じようにされたこ
とがある。息が長く続く獺族とはいえ、意識を失った状態で水に浸けられては堪らない。
またいつもの日常に帰ってきたんだ──。
毒の副作用か、ぼんやりとした頭でルルカは記憶を辿った。毒針を打たれ、ジエルとウォレンに続
けて犯されたことは覚えている。ウォレンに口を塞がれ、苦しくなって……。その後、何があったの
だろう。ウォレンと何か言葉を交わしたような気がする。
(そうだ、おさかな……。あれ……?)
ルルカは口元に手を当てた。あのとき感じたはずの不思議な味の食べ物──。口の中には、一切の
痕跡が無かった。
(思い出せない……、何も……)
しっとりと甘い魚の味も、匂いも、ルルカの記憶には残っていなかった。舌先に感じたと思った噛
み砕かれたその食べ物の形も──。あれは夢か幻だったのだろうか。きっとそうに違いない。そもそ
も、ウォレンがルルカに魚を食べさせる理由が無いのだから。事実が無ければ、思い出せるはずもな
い。
ウォレンは反抗した牝獺に制裁を加えると言った。ルルカは犯されながら何度も呼吸を止められ、
そのまま気を失ったのだろう。
(あれは……、私の願望が見せた、ただの夢──)
薄っすらと血の匂いがした。意識の無い間に、殴られたのかもしれない。
(そうだね。私にはこんな匂いがお似合いなんだ──)
ルルカを犯していた黒豹族の男は、一旦ルルカの中からペニスを引き抜き、その逆立ったトゲで膣
の粘膜を引っ掻き、ルルカに悲鳴を上げさせた。
「一回の使用で射精一回って決まりだよな。まだ出してないぞ」
射精の時間が短く、精液の量も少ないことをコンプレックスにしているせいか、猫科の獣を祖先に
持つ一族は、時間をかけ、たっぷりと牝獣の体を弄んで楽しむことを好んだ。ざらざらした舌で牝獺
の性器や乳房を舐め回し、出し入れが出来る特殊な爪を持った手で体のあちこちを撫で回しつつ、と
きおり爪を食い込ませる。
今ルルカを犯している男は、後ろから牝獺の小さな体をしっかりと抱き直してペニスを再び挿入す
ると、乳房を強く押し潰すようにして揉んだ。そして、乳首を指先で摘まみ上げると、意地悪にも、
そこにゆっくりと爪を立てる。
ルルカは、あの牝獺の乳首を貫通していたリングのことを思い出し、ぞっとした。あれは夢ではな
い。毒針を打たれる前にルルカが見たこと、聞いたことは疑いようのない現実──。
心臓がドクッと脈打ち、体を巡った血が、ぼんやりしていた頭を覚醒させる。ルルカははっきりと
見た。もう一頭の牝獺、ミルカの体に施された加工の痕。聞かされた、獺族の最期。自分があと八か
月ほどしか生きられないこと。ルルカはこれまで、人の死を意識することはあっても、自分がこの世
から消えて無くなることについて、考えたこともなかった。それだけに、あの狼族の言葉は重く圧し
掛かる。
ルルカは頭をぶるぶると振って、嫌なことを忘れようとした。昨日のあれは、これまでで最悪の"お
つとめ"になった。今、黒豹の男にペニスを挿入され、体のあちこちを弄ばれていると、馴鹿族に犯さ
れた恐怖が甦ってくる。自分と同じように彼らに凌辱されたミルカのことも、どうしても頭から振り
払えない。
彼女を連れてきた狼が、馴鹿たちに語っていた。ルルカにそっくりなあの娘は、肉の市場に近い大
通りの端に繋がれているらしい。彼女がシエドラに捕らわれたとき、牝獺を補充する先がそこしか空
いていなかったからで、この器量なら広場に繋がれていてもおかしくない、と狼は自慢げに言った。
広場ほどでないとはいえ、人通りの多い市場の近くでは、彼女の体が蝕まれるのにそう時間はかか
らなかっただろう。使い込まれて緩んだ体に活を入れるために加工が施されたとき、彼女を襲った恐
怖は想像を絶するものだったに違いない。
ミルカを意識すればするほど、ルルカの体は敏感になっていくような気がした。乳首が固くなり、
猫科の爪が食い込む痛みがズキズキと響いた。痛みの中に、ルルカを興奮させる妖しい刺激があった。
この感覚を、あの娘はずっと感じ続けなければならないんだ──。
ルルカは小さな手で顔を覆った。ミルカのことを思うと胸が苦しくなった。獺の手では決して外せ
ない金属のリング。あんなものを体にぶら下げて生きていくなんて。体の敏感な部分にかかる不気味
な重さを、ルルカは想像せずには居られない。特に股間に着けられたリングは──、直前にウォレン
の手で体を突き抜けるような快感を味わわされていただけに、永久に体に刺激を与え続けるリングの
存在は恐怖だ。
ルルカは自分の空想に耐えられず、身を捩った。それは勢い、男のペニスを締め付ける動きになっ
てしまった。
「何だ? 反応が良くなったぞ……?」
黒豹の男はそう言って、あろうことか、ルルカの陰核に爪を突き立てた。
ルルカは悲鳴を上げ、再び気を失った。
太いペニスが、お腹の中を擦り上げている。いつの間に別の男に変わっていたのだろう。それは草
食獣の逸物の感触だ。四つん這いの姿勢で犯されている。胸環の鎖を引き上げられ、起こされた顔を
周囲の景色に向けた。見慣れないテントと食べ物が積まれた陳列台が視界の片隅に映る。ここは、肉
の市場、ラムザ? だとすると、自分はルルカではない──。
射精を終えた男が、離れていく。次に待っている者は誰も居なかった。
首を曲げ、きれいな形の乳房を見る。お尻をついて股間を覗き込んだ。体のどこにも小さな金属の
環は嵌められていない。ルルカにそっくりの美しい牝獺の姿。ルルカの体と違うのは、陰核がはっき
りと分かるくらいに赤い肉の襞から飛び出しているところだけだ。自分は、"加工"される前のミルカ
なんだ、と思った。
いつも行列を作っているはずの人たちが、遠巻きにして自分を見ているのは何故だろう?
ミルカを指差し、ニヤニヤと笑っている者も居る。男たちの口は動いても、声は聞こえなかった。
音の無い世界にミルカは居た。獺槍を構えた豹頭の男が二人、灰色の衣装を着た狼が一人、ミルカに
近付いてくる。通訳のクズリは居ない。不安に包まれるミルカの前で、突然、何かの準備が始められ
た。
石畳に開けられた穴に、木の柱が立てられた。横木が括り付けられ、十字の形になる。忌まわしい
記憶の中に同じものがあった。それは、儀式で子宮に狼の精液を流し込まれた牝獺を磔にした十字架
だ。永久に発情し続ける体に変化していく恐怖におののいたあの夜の──。
股間の位置にあった正面に突き出した棒は用意されなかった。代わりに足を大きく開いて固定する
ための横木がもう一本、十字架の根本に据えられた。
ミルカはあのときと同じように、十字架に磔にされた。ミルカがわずかに暴れることも許さないと
いったように、腕や足首だけでなく、両肩と太ももの付け根にも縄がかけられ、入念に縛り付けられ
る。
濡れた布で乳房が丁寧に拭かれた。
何故──?
布で擦られた刺激に固くなった右の乳首を、豹頭の男が摘み上げた。男のもう一方の手には、鋭く
光る長い針が握られていた。ミルカがそれに気付いて驚く間もなく、その針の先は彼女の乳輪と毛皮
の境目を真横に貫いていた。
音の無い世界では、彼女自身の悲鳴も聞こえなかった。ただ、叫んだ喉が張り裂けるように痛い。
ミルカは自分が何をされているのか、理解できなかった。シエドラの住人は何のためにこのような
酷いことをするのか──。以前と比べて膣の締りが悪くなったと男たちが噂していたことなど、ミル
カは知らなかった。儀式が終わって以来、誰とも言葉を交わしたことが無いのだ。公用語を話せない
種族は憐れだ。何も知らされぬまま、ただ不安に怯えるしかない。
針が引き抜かれるのと同時に、乳輪を突き抜けた穴に金属の棒が通される。乳輪の広がりよりも少
し短いくらいのその棒の両端に小さな金属の球が嵌められた。胸環を嵌められたときにも感じた、金
属が噛み合う不気味な衝撃。ミルカは、その装身具は二度と外せないのだろうと直観した。ちょうど
乳輪を指で摘み上げたような形に変形させるその道具は、男の手が触れなくても牝獺の乳首を常に刺
激する効果を持つ。
痛みが和らぐと、すぐに乳首が固く勃ってくる。その乳首の根本に新たな針が近付けられるのを見
て、ミルカは絶望の呻きを上げた。抵抗を奪われた牝獺の乳首を、針は易々と貫通する。その穴に今
度はリング状の金属が嵌められる。右の乳房が惨めに飾られ、ミルカは神経を常に刺激し続けるその
装身具の不気味な重さに震える。右の乳房が飾られたなら、当然、左も──。ミルカは覚悟したが、
だからといって全身を引き裂くような痛みがさらに二度、身を襲うのを我慢できるものではなかった。
股間が布で拭かれ、ミルカは『うそ、やめて』と口に出して叫んだ。自分でも分かっている。最近、
特にそこが大きく肥大して飛び出してきていたこと。
男がニヤニヤしながら、指の先で光る小さな金属片を見せ付けた。それは円いプレートのようで、
中央に穴が開いている。その穴は、ミルカの陰核をほんのわずか締め付ける程度の大きさのものが選
ばれていた。プレートがミルカの飛び出した陰核に嵌められた。それはリングを通した陰核を常時刺
激するための仕掛けだった。
絞り出された陰核はもう一つの心臓のようにずくずくと脈打った。悪趣味な男の一人が、ミルカの
頭を押し下げ、股間を覗き込ませる。陰核の根本、プレートすれすれの位置に、針の先がゆっくりと
近付けられるのが見えた──。
『やめて!』と叫んだルルカは、自分がいつもの広場に居ることに気付いた。後ろから男がルルカ
を抱きかかえ、宙に体を浮かせている。腹に回された手と膣に押し込められたペニスで体が支えられ
ている。ルルカは気を失ったときと同じ恰好で犯されていた。囲んでいる男たちの毛皮が黒一色から
鮮やかな黄色と黒の斑点模様に変わっていることで、ルルカは自分を使っているグループが入れ替わ
っているのを知った。
(夢……だったの?)
あの宿の広間で、ルルカははっきりと見た。狼に鎖を引かれたとき、目の前にあったミルカの無惨
な股間の様子──。金属のリングが突き通った陰核の根本に、確かに同じ銀色に光る小さなプレート
があった。ルルカは無意識にそれを見なかったことにしていたが、今見た夢がその存在を思い起こさ
せてしまった。シエドラの牝獺にとって、最も効果的な、そしてあまりにも恐ろしい"加工"の傷跡。
プレートに絞り出された牝獺の陰核は、リングの重さで常に刺激され続けることになる。リングの
刺激ばかりではない、剥き出しにされた陰核は男たちの毛一本擦れるだけで敏感に反応してしまうだ
ろう。
十字架から降ろされたミルカは足を閉じ合わせることができなくなっていたに違いない。足を閉じ
ようとすればあのプレートが陰核をさらに絞り出すことになる。恐ろしい仕掛けだ。彼女が常に足を
突っ張ったように開いていた訳が分かる。
それにしても、ミルカの興奮の度合いは尋常ではなかった。体に嵌められたリングの効果か。ウォ
レンに股間の突起を触られたときに感じた息苦しいほどの強い快感。あれを常に感じさせられている
としたら、加工された牝獺がほとんど動けなくなるというあの狼の言葉は大袈裟ではない。
ルルカの見た夢は、自分が目にしたことを基に記憶が勝手に創り上げた幻想に過ぎない。ただ、あ
まりにも真実味があった。ミルカの記憶がそのままルルカの中に流れ込んできたのではないかと思う
ほどだ。彼女とそっくりの姿であるルルカには、他人事ではない。想像の中と同じことが、いずれ
ルルカの身にも降りかかる。早くて半年後には……。
「こいつがこんな声で鳴くのは珍しいな」
「ああ、でもなかなかいい声だ」
嘆くルルカをよそに、ルルカを犯す豹頭の男たちは世間話を始めた。猫科の男はよくこうして数人
でつるんで牝獺を使う。犯しつつも、牝獺の膣の感触から意識を逸らすように会話をして、なるべく
交尾を長引かせようとした。一人で来ないのは、行列の後ろから上がる「早く終わらせろ」という苦
情を人数頼みでかわすためだ。
「で、何の話をしてたっけ──?」
男たちは、目の前の牝獺が自分たちの会話に耳を傾けているとは夢にも思わない。広場はいつも通
り行き交う人々で埋め尽くされている。群衆の中で、ルルカは孤独だった。
(そうだ、私はウォレンを怒らせて……。ウォレンは制裁だと言って──)
ルルカは、毒針を打たれた後のことを思い出した。
(本当に独りになってしまった──)
ルルカを犯している男は、背中からルルカの胸環を掴み、もう一方の手でルルカの腹部を支えてい
る。俯くと、呼吸に合わせて揺れる牝獺の可愛らしい乳房が目に入る。馴鹿族の男たちに殴り付けら
れた乳房は、前と変わらない形をしていた。よかった、とルルカは思った。でも、何かよかったとい
うのだろうか。
ウォレンは、自分のこれをきれいな乳房と言ってくれた。見た目も、触り心地も、最高だと。ルルカ
は嬉しかった。ずっと胸環で押え付けられないように努力していた。
何のためにそうしていたんだろう。母に大事にしなさいと言われたから?
自分でもその形が好きだったから?
母は言っていた。女の子の乳房は、大事な人にだけそっと見せるものなのだと。
私は誰に見せたかったのだろう。見てもらいたかったのだろう。褒めてもらいたかったのだろう。
それは、ウォレンにだったのかもしれない。彼はシエドラでただ一人、自分の言葉を聞いてくれる
人だったのだから。
でも、もういい。私は独りで死んでいくのだから──。
「──で、その"獺槍"なんだけど」
男の口から出た、その恐ろしい言葉にルルカは飛び上がりそうになった。
「面白い話があるんだ。
あれを誰が作ったのか、いつ作られたのか、分からないそうだ」
「へえ〜」
「世界中で数に限りがあるらしい。シエドラにあるのも三本だけだ。
折れてしまったら、もう二度と同じものは作れない。
ただの尖った金属に見えても、とても精巧にできている。
特殊な研磨が施されていて、血を通す細かい溝もある。
だから、ほとんど内臓を傷付けずに獺どもをひと突きにできるんだ」
「どうせ殺すんだから、別にあの槍じゃなくてもいいってことにならないか」
「さあな……」
彼らにとってはたわいもない話かもしれないが、ルルカにはそうではない。男の指が股間の突起に
触れて、ルルカは『ひっ』と小さく叫んだ。
「こいつ、前よりお豆がでっかくなってないか?」
「使っているうちにどの獺も飛び出てくるんだよ、そこは」
豹族の男たちは、ルルカの陰核が大きくなったという話題を受けて、街の牝獺の性器の具合につい
て、品評を始めた。誰もが口を揃えて、ラムザの市場に居る牝獺が最高だと言う。
(ミルカのことだ……)
ルルカは嫉妬を感じた。そんな評価をもらったところで、牝獺にとっていいことなど無いのに。
「この牝獺、前よりちょっと締まりが悪くなってないか?」
ルルカは驚いて、男のペニスを強く締め付けた。
性器が緩んでいるなんて評判が広まれば、ルルカにもあの恐ろしい加工が施される。
そうなれば、二か月もしないうちに自分は死ぬ──。
股間に力を込めた後、すぐにルルカは、しまったと思う。今ので言葉を理解できることがばれたの
ではないかと不安になった。気付かれていませんように──。緊張で息がどんどん荒くなった。
「いや、そんなことはないぜ」
ルルカに挿入している男はそう言うと、しばらく絡みつくようなルルカの膣の感触を楽しんでから、
射精せずに引き抜いた。
「ほら、もう一分過ぎてるだろう。次はお前だ」
豹族の男たちは、順番にルルカに挿入し、誰が最後まで射精を我慢できるか競っているようだ。手
の空いた男が、新たにルルカを抱いた男に話しかける。
「そういやお前さ、別の街に居たんだろ」
「それがどうしたのさ?」
「いやさ、他所での獺の扱いって見たことがなくてさ」
獺槍に突かれて晒し者にされるに決まっているだろう、と問われた男は答えた。特殊な槍の先端は、
内臓をほとんど傷付けない。そのまま数日間生き長らえる獺の死因は、衰弱死か餓死。失血死は稀だ。
垂直に立てられた槍の上で、成す術の無い獺は、見世物にされる。
「そういや、こんなのがあったな。
牡と牝の獺が捕えられたんだが、並べた槍が近過ぎたのか、
二頭が手を繋いでしまってさ、離さないんだ。
きっと夫婦だったんだろうな」
(それはいつの話なの?)
夫婦、と聞いてルルカは思わず尋ねたくなった。この一年以内の話なら、自分の両親かもしれない
のだ。
「住人は大激怒さ。
槍を離して、その後、二頭の性器を激しく責めた。
ああ、獺は槍で突かれる前に丸裸にされるんだ。知ってるだろ?
まず、刷毛のようなものを棒の先に付けて性器を刺激したんだ。
牝獺ってのはすごいもんだな。そんな状況でも感じるのか、
最後には淫水を撒き散らして喘いでた。
獺って生来、交尾が好きなんだ」
男は、ルルカの聞きたいことは全く語ってはくれなかった。
「牡の方は最初勃たなかったが、射精できたら精液を牝獺の膣に入れてやるって、
通訳が言ったらさ、必死になって射精したよ。
空中で腰を激しく振ってな、刷毛にあそこを擦り付けてた。
ちんちんだけじゃない、普段は見えない睾丸も飛び出てくるんだ」
「どうせ死ぬのに、精液を牝獺に入れても仕方ないだろう」
「精液はそのまま地面に垂れ流しだったけどな」
(酷い……)
獺槍に突かれた獺の運命は、ルルカがかつて聞かされていたものより、ずっと悲惨だった。父獺が
ルルカに語らなかった生命を繋ぐ神聖な部分への嗜虐的行為は、そのまま精神への冒涜となる。
「いい思いをした後は、思いつく限りの先の尖った物で体を突き刺されてさ、
おっぱいも性器も……、狙い澄ましたように小さな陰核にもさ。
血が穴という穴から噴き出して、それでもすぐには死ねないんだ、獺は。
牡の方は睾丸を叩き潰されていたな。
そのうち飛び出たアレの先端から血の混じったドロッとしたものが垂れてきてさ、
いやあ、残酷、残酷」
「そんなの見たのに、お前、よく勃つな」
「いや本当、シエドラに来てよかった。獺がこんな風に使えるなんて。
槍で突いた牝も、みんな一発ずつヤればいいんだ」
(もうやめて……)
ルルカにとって、その話は他人事ではなかった。言葉が通じることが知られたら、ルルカも獺槍に
刺されるのだとウォレンは言った。それ以上のことを彼は語らなかったが、すぐには死ねない体を晒
し者にされることは間違いない。この男が語った獺に対する私刑は、どこでも普通に行われているこ
とかもしれない。
「ちょっと、不思議なんだ」
男が最後に一言付け加えた。
「牝獺の方は、言葉が分かっているみたいだった」
「まさかぁ」
ルルカは愕然とする。
(お母さん……? うそ、うそよ……)
話の中に出てきた牝獺は、自分の母かもしれない。そして、もう一頭の牡は、父かもしれない。あ
の優しくて、誇り高い両親がそんな惨めな最期を迎えていたかもしれないなんて。
二人は、自分を囮にして逃げた報いで、そんな目に遭ったのか──、ふとそう思って、ルルカは頭
を振った。
(お父さんとお母さんは、そんなことしないよ……)
また両親を信じられなくなっている自分が悲しかった。
母が公用語を話せたということは、母と自分以外にも公用語を習得した獺がどこかに居るというこ
とだ。ルルカはそう思うことにした。両親のことを心配してばかりも居られない。ルルカ自身にも重
い現実が圧し掛かっている。
豹族の男たちが、全員、ルルカの中に射精を終えて離れていく。ルルカは地面にお尻をぺたりとつ
け、体を洗うのも忘れて俯いていた。しばらく誰も近寄ってこないことに気付き、周囲を見渡す。人
々が遠巻きにしている様子に、ルルカは驚いて身を起こした。まるで夢の中で見た、ミルカが"加工"
される直前の光景だった。しかし、怯えるルルカの前に現れたのは獺槍を携えた豹頭の執行人ではな
かった。
『ジエル……?』
昨日の今日でまた彼に会うことになるとは思わなかった。
ルルカは股間から豹たちの精液を垂らしたまま、恥部を晒す獺のポーズを取る。恥ずかしいが、体
を加工されるよりはずっとましである。
『何をされるの……? 私……』
ジエルは、それには答えず、やれやれといった風に手のひらを返してみせる。
『お前は本当、分かんないやつだな。
会話をしちゃだめだって言ってあるだろう。
他の牝獺は俺たちに話しかけてきたりしないぞ』
『あ……、はい……』
まあ、いいか、と彼は言った。
『どうせそこらに居る連中に獺語は聞き取れないんだ』
牢に居たときによく会話をしていたからか、儀式のときの反抗的な態度からか、ジエルはルルカを
特別に思っているところがあるようだ。あるいは、広場の牝獺が長く生きられないことを知っている
からか。
『あの、ウォ……』
『なんだ?』
ウォレンの名前を言いそうになって、思い止まる。さすがにルルカも、これまで以上に慎重になっ
ていた。
(私がウォレンの名前を知ってたらおかしくないかな。
えっと、確かジエルが獺語の発音で「ウォレンの旦那」って言ってたよね)
『……あなたがウォレンって呼んでた人は来てないの?』
『今日は見かけないな』
『そう……』
『獺語で狼族の名前なんて覚えたって、何の意味もないぞ?』
ルルカは落胆しつつも、心のどこかでほっとしていた。ウォレンに謝りたかった。ただ、その後の
彼との関係がどうなるか、確かめるのが怖かった。
ジエルは抱えてきた荷物の包みを解き、何かの準備を始める。ルルカには『後で説明する』とだけ
言い、作業を続けた。
石畳に柱が立てられるのを見て、ルルカの背筋が凍った。しかし、それは、牝獺を括り付ける十字
架にしてはあまりにも低い。短い獺族の股下よりも少し低いのだ。地面すれすれに括られる横木の方
がまだずっと長い。柱の頂点に、ルルカのよく知っているものが据え付けられた。
(これは……)
表面に無数の突起が付いた、樹脂の塊。ジルフに言われて膣に出し入れしていたあの道具。それは、
獺の窯牢で最後に使っていた一番サイズの大きなものだったが、ウォレンのペニスに慣らされた身に
は随分と小さく見えた。
『ほら、ちんちんの代わりだ。下の口で咥えるんだ』
『下の……?』
『お○○こに決まってるだろ、ほら』
ジエルがそう言って、ルルカの胸環を引いた。柱の真上に股間が来るように立たせ、しゃがめと命
令する。膣口に樹脂の性具が触れるのを感じて、ルルカの心臓はどくんと脈打った。体の奥からじわ
りと愛液が滲み出るのが分かる。相変わらずだった。ルルカの発情した体は、男たちの凌辱の手から
離れたときほど強く疼いた。
突起だらけの性具を求めるようにルルカはゆっくり腰を下ろして、それを飲み込んだ。『ああっ』
と声が漏れる。懐かしい感触だった。牢の中で自慰にふけったときのことを思い出してしまう。生身
のペニスよりもルルカは感じてしまうのだ。
体を洗っておけばよかった──。量は少ないとはいえ、最低でも三人分の猫科の男たちの精液がお
腹に溜まったままである。グジュグジュと音を立てて、精液と愛液の混ざった液体が漏れ出した。
ジエルは完全に道具を膣に咥え込んだルルカの両足を掴んで開き、膝を立てさせて足首を横木に縛
り付けた。ルルカは大きく足を開いて地面に固定されてしまった。柱の先端の道具はちょうど子宮の
入り口の高さにあり、楽な姿勢を取ろうとすると、ルルカはその部分に体重を預けるしかない。
『うう……』
もう妊娠することはできないと言われた子宮を意識させられ、ルルカは呻いた。
ルルカを拘束したジエルは、しばらくそのまま立っていた。牝獺の裸の体を視線が舐め回す。ルル
カは今更なのに、乳房や飛び出した陰核、粘液でべとべとになった太股を見詰められ、恥ずかしさに
消え入りそうになる。
『見ないで……』
『そうは言ってもな、止められるものじゃない』
『そんなに獺族が憎いの……?』
ルルカの問いに、ジエルはしばしの沈黙を挟んで、意外なことを言った。
『そりゃあ、お前が可愛いからに決まってるだろう』
『えっ?』
『皆に聞いて回ったわけじゃないが、少なくとも俺はそう思ってる。
誰だって可愛い牝とよろしくやりたいのさ。憎いわけじゃない』
そんな風にちょっと涙を滲ませてるところなど、最高だな、とジエルは言った。男たちにとって、
獺族は小柄で従順な生き物だ。毛皮はとびきり美しく、可愛らしい小さな頭に、形のいい乳房。そん
な体に不釣り合いな熟した果実のような性器。そういう牝が、いつでも牡を受け入れるとなれば、使
いたくなるのが当然だ──。
ルルカは戸惑った。ジエルの言葉は、獺族が恨まれているから、自分も迫害され続けているのだと
いうルルカの認識と大きく食い違っていた。
『だったらどうしてあんなに酷いことをするの?』
『あんなって?
ああ、リングを着けられた獺を見たんだな。それで暴れたのか』
皆、過去の怨念に囚われているんだ、とジエルは言う。確かに儀式のときは、シエドラの民すべて
が獺族に対して憎しみの言葉を投げ掛けた。しかし、家畜の証を獺の体に刻んで、動物と変わらぬ身
分に落とすことで彼らは満足するのだ。獺の方は、人としての資質を剥ぎ取られ、獣の身に堕ちたか
らこそ、こうして生きることが許される。シエドラは長い時間をかけて獺を殺さず利用する方法を編
み出してきた。どうしてそれが始まったのか、今はもう誰も知らない。シエドラ以外では獺族は見付
け次第殺すことになっている理由がはっきりとは分からないように。
『皆、生まれたときからこうやって牝獺が繋がれたシエドラに暮らしている。
当たり前すぎて、大昔から続いてる仕組みに誰も疑問を持たないんだ。
いや、おかしいとは思ってもただ惰性のまま習慣を続けてるのさ。
放っておきゃあ、おいしい思いもできるんだからな。
獺槍の話を知っているか? あれは数に限りがあるそうだな。
この世の全ての獺槍が折れて無くなるまで、お前たちへの迫害は続くのかもしれん。
いや、それより先に獺族が滅ぶか……。
そのときには、クズリ族の嫌な役目も終わるのさ──』
ジエルの言葉は、ルルカに向けられているというより、彼の呟きに近いように聞こえた。獺族との
通訳を続けてきたクズリ族の彼には思うところがあるのだろう。
ルルカは彼の声を聞きながら、ふと思い出した。これまでの牝獺に対する彼の気遣いにお礼を言わ
なければ。
『ジエル……』
『そうだ、俺はこんなことを言いに来たんじゃない』
ルルカは途中まで出かかった言葉を飲み込んだ。彼の後ろに狼族の姿が見えたからだ。本来なら
クズリ族は牝獺に近付くことを許されていない。こうしてジエルが来ているということは、当然、彼
に指示を出した者が居る。通訳を必要としている狼族が居るということだ。
ルルカは自分が、膣を串刺しにされた恥ずかしい恰好で拘束されていることを思い出した。
『お前に、というかお前たち獺全員にだが、悪い報せがある』
ジエルは屈んで、ルルカの胸環に大きな丸い札をぶら下げた。
『……何て書いてあるの?』
『懲罰中。口を使うこと、だ』
『!?』
口を──って?
『相手のモノに、歯を立てるな。決して傷を付けるな。
血でも出たら、お前の歯は全部抜かれることになる』
どういうこと──?
『鼻でなんとか息はできるはずだが、どうしても呼吸が苦しくなったら、
相手の腕をトントンと二回叩くんだ。
この場合に限っては触れることが許されている。
時限は丸一日、明日のこの時間までだ。
かなり辛いぞ。覚悟を決めるんだな』
ジエルの大きな爪の付いた指を口に突っ込まれ、ルルカはようやく、口を使う、ということの意味
を知った。
『でも……、私はすでにお仕置きを受けているのに──』
ウォレンがそれを遂行したと証明するために、第三者としてジエルが呼ばれたのではなかったのか。
『昨日のあれは、個人に対する制裁。これは連帯責任だ。
誰かが掟に逆らえば、街の全ての獺に今一度、立場を思い知らせてやることになっている』
ルルカは愕然とする。
『それじゃあ、私のせいで……』
『そうだ』
『動けない子だっているのに……』
『みんな同じだ。
お前を含めた若い三頭以外は皆、何度も経験している。
恨まれたりはしねえよ』
ジエルはそう言ってくれたが、自分のせいで、シエドラに居る全ての牝獺に迷惑をかけてしまった
という事実はルルカの胸を締め付けた。悔やんでも悔やみきれない。かといって、このことをルルカ
が知っていても、あの場面で耐えられたかどうかは分からない。
苦情が出ないように、シエドラに居る二十七頭の牝獺は三つのグループに分けられ、時間差を付け
て制裁を受けるという。今、ルルカの他に同じように膣を貫かれて身動きのできない牝獺が八頭、街
のどこかに居る。自分がその分も責めを受けるから、彼女たちを解放して欲しいと訴えるルルカを、
ジエルは軽く撥ねつけた。
「説明は終わったか?
歯を立てたらどうなるかもな」
「へい、よく言って聞かせました」
ジエルと入れ替わりに、ルルカの前に立ちはだかったのは、馴鹿族への"おつとめ"の最中に入って
きた、あの青い衣装の狼だった。言葉が通じないことを充分承知しているのだろうが、狼はルルカに、
こう言った。
「若いお前は、口は初めてなんだろう?
最初の相手が狼族でよかったな。せめてもの慈悲だ──」
どういう意味だろう──?
その狼の態度は、初めて会ったときのウォレンとどこか似ていた。ただ、ルルカがもううっかりと
返事をしてしまうことはない。
狼は腰の紐を緩め、ペニスを露出させた。ルルカはウォレンのときのようにそれを舐めさせられる
のかと思ったが、彼自身の手で鞘から剥き出された本体は見る見るうちに大きくなった。
「お前はあいつとよく似て可愛いからな」
(あいつって、ミルカのこと? 可愛い……?)
ルルカは、ジエルが言っていたことが当を得ているのではないかと思った。男たちは牝獺が憎くて
責めるのではない。ただ、受け身で可愛らしいから興奮するのだと。
まだこの先に待ち受ける苦悩を知らないルルカは、目の前に突き付けられたペニスをぼうっと見て
いた。ルルカは、このペニスがウォレンのものだったら、と思った。
(ああ、どうしてウォレンが来なかったんだろう──)
ルルカの頭が、強い力で引き寄せられる。
獺の小さな丸い頭を鷲掴みにして、狼はいきなりペニスをルルカの口に押し込んだ。
『んふっ……』
狼は膝を突き、ルルカの体を前のめりにさせると、喉が水平になるようにしながら、さらに奥へ突
き入れる。硬いものが喉を押し広げ、ルルカは悲鳴を上げようにも声すら出せなくなる。
息は、鼻を通してかろうじてできていた。ペニスの根本の瘤が、ルルカの頬を大きく膨らませると、
頭を微塵も動かせなくなった。普段こんな大きさのものを下の穴で受け入れているなんて──。子供
を産めない体にされてしまうのも、当然といえば当然だ。性器の内側の感覚はかなり鈍い。それは牝
が牡の行為を恐れないようにするための自然の摂理だ。口は膣に比べると遥かに敏感で、押し込まれ
る凶器の大きさ、固さ、表面を走る血管の一つ一つを感じ取ってしまう。
(怖い──)
ルルカは涙をぽろぽろとこぼした。
狼は、ルルカの喉の奥に射精を始める。ペニスはびくびくと跳ねるように上下に動き、ルルカの呼
吸を妨げる。ルルカが慌てて狼の腕を二度叩くと、彼は胸環を掴んで持ち上げ、呼吸がしやすいよう
にしてくれた。
約束が守られていることに、ルルカは安堵した。しかしほっとするのもつかの間だった。狼の射精
は三十分以上続く。ルルカは延々と流し込まれる精液の量に怯えた。同じものがいつもは子宮に注が
れているのだ。
狼がルルカの口からペニスを引き抜く頃には、ルルカの前に長い行列が出来ていた。獺の口を犯す
ことができる機会は滅多にない。一度試してみようと大勢が集まる。
狼と入れ替わりに新たな男のペニスが口中に捻じ込まれ、狼が最初であることがせめてもの慈悲だ
という言葉の意味を知った。
匂いが、味が──、膣では感じることのない強く嫌悪感を催す感覚がルルカを襲った。狼による口
虐は、性器が極端に大きいだけで、精液はほとんど無味無臭だった。それに比べ、他の種族はそれぞ
れ強い特徴を持っている。精液自体に強い臭いや、舌がピリピリするような刺激や苦みを持つ種族も
いる。クズリ族ほどではないが、性器の周辺に臭腺を持つ者もいる。そして、射精が始まれば動かな
い狼族と違い、多くの種族は牝獺の喉を膣に見立て、腰を使って擦り上げるのだ。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
ルルカが暴れたせいで、同じ目に遭っている他の牝獺に申し訳なかった。リングを着けられた牝獺
は、自由の利かない体で、息苦しさのサインを上手く相手に伝えられるのだろうか。
(本当に、ごめんなさい……)
いつか誰かの粗相で自分が罰を受けることになっても、決して恨むまいとルルカは誓った。
男たちの行為を早く終わらせるには、舌で刺激をすればいいとルルカは本能的に気付いた。しかし、
ルルカが上手く舌を使えるようになると、その分、男たちの入れ替わりが早くなるだけだ。行列に並
ぶ人が減らない以上、無駄な努力だった。
ルルカは絶望の中、きっかり二十四時間、休みなく、ひたすら口で奉仕を続けるしかない。
いつもと違い、行為の合間に体を洗わせてもらうことはできなかった。膣を使う場合と違って男の
方はルルカに舐めてきれいにしてもらえるから、牝獺がどんなに汚れようと構わないのだ。
『もうしません、もうしませんから……。
お願い……、許して──』
口がペニスから解放される度に、ルルカは獺語で叫んだ。
広場を囲む建物の輪郭が光り出し、朝が来たことを告げる。あと少し我慢すれば、この地獄も終わ
る──。ルルカの拘束は何度か解かれた。小便をさせるためと、お腹をパンパンに膨らませた精液を
吐き出させるためだ。日に五度の食事は、この制裁の間は与えられなかった。恐ろしいことに、それ
でもお腹は空かなかった。喉も乾かなかった。精液の大半が消化され、ルルカの体に吸収された証拠
だ。
最後の男がルルカの口の中に精液を吐き出した後も、ルルカは大きく口を開けて次のペニスが押し
込まれるのを待った。意識は朦朧として、拘束が解かれていくのも認識できなかった。脇の下から差
し込まれた手がルルカの体を柱から引き抜き、水路の近くへ運ぶ。口の中に指が突っ込まれ、流し込
まれた大量の精液を水路に吐かせた。
水差しの口が口元に押し当てられ、ルルカは混濁した意識のまま、母親の乳房に吸い付くようにし
て水を飲んだ。仰向けに寝かされ、誰かがルルカの口に指をかけ、開こうとする。まだ凌辱が続くの
かと恐れたルルカは、頭を大きく振って拒んだ。
「参ったな、こりゃ。通訳を連れてくるべきだった。
怖がらなくていい。喉を診るだけだ──」
ルルカはようやく、自分を取り囲んでいる数人の男が、ルルカを犯そうとしているのではないこと
に気付いた。
(……お医者さん?)
丈夫な獺族にはそういう役割の者は居なかったが、シエドラに医者という職業があることをルルカ
は知っていた。何度か性器の様子を診られたことがある。ルルカは言葉が分からない振りをするため、
少しだけ抵抗をしてみせた。そして、仕方なく口を開く演技をした。
「裂傷などは無いようだね。奥が少し腫れてるようだが、すぐに治まるだろう」
彼らが自分の健康を気遣っていることに、ルルカは驚く。消化器系を痛めれば、さしもの獺族も弱
ってしまう。だから、この特別な罰を与えるとき以外は口を性器代わりに使ってはいけない規則なの
だ。
「日付が変わるまで、ゆっくり休みなさい。
いや、そう言っても分からないか……」
医者の一人が、ルルカの胸の札を別のものに取り換え、そう言った。数人の医者は、ルルカの繋が
れた辺り一帯に縄で囲いを作り、誰も近寄らないようにして去って行った。
(え──?)
ぽつんと取り残されたルルカは、しばらく呆然としていた。
信じられない──。
広場に繋がれて初めて、ルルカには半日近くの長い休憩時間が与えられたのだ。ルルカは近くの水
路で、精液でべとべとになった顔を洗い、ブルブルッと水を払う。そんな風にしたのは久し振りのこ
とだ。男たちの衣装を濡らさないように気を遣う必要が無いのだ。体を石畳にうーんと大きく伸ばし
てみる。誰も生意気だと言ってルルカを殴ったりしない。
(本当に、日付が変わるまで何をしててもいいんだ……)
ルルカには不思議だった。ルルカは咎められるようなことをして、罰を受けたはずなのだ。それな
のに、こんな自由が与えられるなんて。自分以外の牝獺も、きっと自由な時間を満喫しているだろう。
しばらく悩んだルルカは、結論を出した。罰というものは、それなりに厳しくなくては意味がない。
ただ、それで獺を病気にでもさせたら、シエドラにとって損失になる。牝獺を利用するためのシエドラ
の制度は長い時間をかけて熟成されており、なるべく長く、なるべく有用に牝獺を使おうとしている
のだ。あの忌まわしい"加工"だって、悪意によるものではないのかもしれない。
ジエルが言っていた通り、それはもうただの慣習でしかなく、牝獺が憎くて仕組まれているのでは
ないのだろう。あの断罪の儀式は、罪深き獺族がシエドラで生きることを許される儀式なのだ。だか
ら、こうして休息が与えられたのだ。
(でも、その慣習のために私たちの心はいつも押し潰されそうになってるんだけど──)
『体をきれいにしなくちゃ……』
ルルカは長い時間、男たちの精液を洗い流さずに居たことを思い出す。昨日の猫科の男たち、その
前はウォレン、ジエルの精液も……。馴鹿族のそれも、流れ出た分以外は体の奥に残っている。さら
に前のアンテロープの男たちのものも──。ルルカは憂鬱になった。まだウォレンの精液だけなら、
我慢できたかもしれない。口を犯されることで、ルルカは狼族の精液が量が多いだけで味も匂いもし
ないことを知った。
(だからといって、ずっと洗わないでいるのは嫌だけど)
ルルカは、疲れが残ってふらふらする体で立ち上がり、プールに近付いた。
(まだ……、血の匂いがする……)
ふと、おかしいと思った。こんなに血の匂いがするなら、さっきの医者たちは大慌てになったはず
だ。
何気なく胸環に手をやると、それが体にべったり貼り付いていることに気付く。
血だ──!?
ルルカは見慣れない量の血を見て、頭がくらくらした。胸環が当たる部分の毛皮に、大量の血が染
み込んでいる。顔を洗ったときにこぼれた水が、乾燥していた血を溶かしたのだ。慌てて環の裏を指
で探ったが、傷口も痛みもどこにもない。
これはルルカ自身の血ではない。
ならば──?
(まさか、そんな──、ウォレン!?)
薄れていた記憶が、次第にはっきりとしてくる。
ルルカは思い出した。
ルルカはウォレンに口を塞がれて気を失ったのではない。彼は確かに、胃の中に隠してきた魚をル
ルカに食べさせてくれた。途端に、ルルカの口の中にあの魚の味や匂いが甦ってきた。
(そうだ、思い出したよ。ウォレンは魚を食べさせてくれた──)
魚でお腹がいっぱいになり眠気に襲われたルルカの胸に、温かい感触が広がった。ルルカは最初、
眠りに落ちるときに体が温かくなる生理現象だと思った。だが、違った。それは、ウォレンの体から
滴った血の温かさだった。血はルルカの胸環と乳房を真っ赤に染めた。
「参ったな、少し興奮して傷口が開いてしまったらしい」
ウォレンは「忘れろ」と言って、ルルカの鼻先に自分の鼻を押し付けた。
ルルカが眠りに落ちたのは、その後だ。大量の血を見て気が遠くなったのかもしれない。
あれは、ウォレンが馴鹿族の間に割り込んだときに負った傷だ。ルルカが気絶しているうちに、応
急手当をしていたようだが、相当深い傷だったらしい。馴鹿族が不思議なくらいに大人しくなってい
たのはウォレンに大怪我をさせたからだ。
(ウォレンは……、私を助けるためにあんなに血を流して……)
どうしてこんな大事なことを忘れてたんだろう。ウォレンが忘れろと言ったから? その言葉が暗
示になってしまったのかもしれない。でも、思い出した。
ウォレンは、あの恐ろしい凶器のような馴鹿族の角から、ルルカを守ってくれた。傷付きながら、
奪い返してくれたのだ。
ルルカはあのとき、どうして止めてくれないのかとウォレンを責めたことを恥じた。
お魚を食べさせてくれたのも夢なんかじゃなかった。この血の跡が何よりの証拠。もう一度食べさ
せてくれないだろうか。今度はもう忘れないから──。
(ウォレンが忘れろなんて言うから、本当に忘れてしまうところだったよ)
ルルカはくすりと笑った。同時に、涙がじわっと染み出してくる。
『ウォレン、おっぱいは拭いてくれたみたいだけど、やることが大雑把だね。
忘れろって言うくらいなら、環の裏まできちんと拭かなくちゃ──』
ルルカは、目尻の涙を両手で拭った。そのまま頬に手を当てる。口元が緩むのを抑えらない。
嬉しい──。
ルルカは踊るように、プールに飛び込んだ。ぐるりぐるりと体を回転させ、汚れを洗い落とす。
ウォレンの血を流してしまうのは忍びなかったが、いつまでもその鉄臭い匂いを纏っているわけにも
いかなかった。
体を垂直に水に浮かべて水面から顔を出す。獺族はそうやって水に浮いていることができる。その
姿勢のまま、指で性器を丁寧に洗った。指先のぬるぬるした感触が次第に無くなっていく。流れてい
く粘液の中にウォレンの精液も混ざっている。ウォレンの精液だけ残しておけたらいいのに……。
プールを出たルルカは、陽に照らされた石畳でゴロゴロ転がって体を乾かす。
気持ちよかった。仰向けになり、手足を広げ、陽の暖かさにまどろむ。
冷静になってみれば、ウォレンは狼族の責務を果たしただけかもしれない。シエドラの資産を管理
する狼族は、牝獺を目の前で死なせるわけにはいかないのだから。
ルルカは夢を見た。
夢の中で、ウォレンに抱かれていた。彼の厚い胸の毛がルルカの乳房を優しく撫でていた。
ペニスを挿入し、とくんとくんと響く射精を続けながら、ウォレンはルルカの痺れた手足を優しく
揉んだ。
こうすれば、早く毒が抜けるだろう。
ルルカの小さな手を握って、ウォレンは言う。
水掻きだ──、と。
獺族の手と足には、指と指の間に張った膜のようなものがある。
「狼族にもあるんだ。
ぬかるみに四肢を踏みしめるために、
遠い時代の祖先が持っていたもの──。
お前たちのは泳ぐためのもの──。
不思議と、似ているだろう?」
ゆっくりとウォレンの鼻先がルルカの鼻先に触れたところで、目が覚めた。本当にウォレンがそん
なことを言ったのか。どこまでが本当の記憶でどこからがルルカの願望が見せた夢なのか、分からな
い。
(それでも、嬉しいよ……)
ウォレンが助けてくれたことは紛れもない事実だから。そして、夢の中のウォレンが言いたかった
のは、きっと、狼族も獺族もそんなに変わらない、ということだ。
『おててにみずかきのある子は、だあれ?
それはかわうそです──』
母から何度も聞かされた子守唄を思わず口にした。
(狼の手にも、本当に水掻きなんてあるのかな──?)
陽が傾くと、医者たちが再びルルカの前に現れ、喉の具合を中心に、性器や肛門を丁寧に調べ、
「大丈夫、健康だ」と太鼓判を押した。決してぞんざいな扱いではなく、彼らは真剣にルルカの体調
を気遣っていた。胸環に掛かっていた牝獺が休息中であることを示す札は回収されたが、ルルカの調
子が悪ければ、まだしばらくそれは付けられていたのだろう。
ルルカは彼らの行為に感謝した。シエドラに来てから、言葉を交わせない相手に対し、そんな気持
ちになったのは初めてのことだ。
街に住む者たちはそれぞれ何らかの職を持ち、真剣にそれを務めている。ウォレンだって、きっと
そうだ。いつもふらふらとして遊んでいるように見えるけれど、狼族としての務めを果たしている。
牝獺を死なせないように監督するのが狼族の役目の一つであることは確かで、ウォレンがルルカを気
遣うのは、そういった背景もあるのだろう。あのウォレンの優しさは、きっと自分だけに向けられる
ものではない。そう思っても、感謝しないわけにはいかなかった。
ルルカは、そんなウォレンを怒らせてしまったのだ。
(ウォレン、わがままで、身の程知らずな獺でごめんなさい)
ルルカは初めて、彼に対して素直な気持ちになっていた。
ウォレンに次に会ったら……。
『まずは、ごめんなさいって言おう。
そして、ありがとう、と──言うんだ』
ルルカは、ウォレンの喜ぶ顔が見たいと思った。どうしたら彼に喜んでもらえるだろうか。それを
考えるだけで、幸せな気持ちが胸の中に広がった。