「Ascetic Peach」  
「じゃがいも、人参、エビイカホタテ、チーズも買ったし、えーと、後は……」買い物カゴの中を眺め、買い忘れがないか確認する。  
「あっ、牛乳買ってない」  
俺は慌てて売り場に戻り、牛乳のパックをカゴに入れた。  
「他は……大丈夫かな」  
もう一度中を確認し、今晩のメニュー、グラタンの材料が入ってる事を確かめた。  
今日は三日ぶりに桃姉のところに行く日だ。……いや、訂正しよう。今日は三日ぶりに桃姉に会える日だ。  
「くふふ……」  
思わず口から変な笑いが込み上げてくる。周りの人間が気味悪そうに俺を見てきた。  
(っと、いかんいかん……前もこのスーパーで変な目で見られた事あるぞ)  
ここは桃姉のアパートから近くて便利なのに、出入りできなくなってしまう。  
俺はそそくさとその場を離れることにした。  
 
桃姉と俺が一歩進んだ関係になって2ヶ月が過ぎた。  
告白の時の「恋人としての好きじゃないかも知れないけど、これからもずっと一番近くにいて欲しい」という桃姉の言葉から、二人の関係はそう大きく変わらないと俺は思っていた。言ってみればあの告白は長年連れ添った夫婦の気持ちの再確認みたいなものと捉えていたのだ。  
だが、実際に関係が進むと、桃姉の態度は一変した。なんというか……デレたのだ。  
勿論、桃姉がツンデレだったという訳ではない。相変わらずだらしない、おっとりした優しいダメお姉ちゃんぶりは健在だった。しかし、その緩さのまま甘々でデレデレになってしまったのだ。  
たとえば、こんな事があった――。  
 
俺がいつも通り桃姉のアパートで料理していると、不意に桃姉が後ろからくっついてきた。  
「ハルー」  
「も、桃姉?どうしたの?もうすぐ出来るよ」  
「んーん、なんでもな〜い」  
そう言いながらもぴったりとくっついたままでいる。俺は首をかしげていたが桃姉が動こうとしないので、やむなくそのまま料理に戻ることにした。正直に言うと柔らかな感触が背中に張り付いて物凄く気が散る。  
「ねーねー、ハルー」  
「ん?」  
再び呼ばれると同時に肩をとんとんと叩かれた。何事かと振り返ると、桃姉が肩に手を置いたまま人差し指を伸ばしている。それが俺の頬にぷすっと刺さった。  
「へへー」  
「桃姉……」  
よくある古典的なトラップだが、やられてみると意外にイラッとくる。  
いたずらっぽく笑う桃姉に呆れ顔で返す。何だろう?構って欲しいのだろうか?  
「料理してる時は危ないからまた後でな」  
「むー」  
すげなく言うとむくれたように桃姉は唸った。それでも離れようとはせず、相変わらず背中にぴったりとくっついている。  
動きづらい体勢のままフライパンを振っていると、またしても肩をとんとんと叩かれた。  
「桃姉、いい加減に……」  
振り向きながら叱りつけようとすると、再び頬に柔らかな何かの感触。そしてすぐ近くに目を閉じた桃姉の顔があった。  
「あ……」  
頬にキスされたのだと気付いた途端、顔が熱く火照ってくる。  
「……桃姉!」  
「ふふ……」  
いたずらっぽい笑みを浮かべ、桃姉は部屋の奥に引っ込んでいった。残された俺は顔の火照りを冷ますのに必死で、横で料理が焦げていくのに気付かなかった。  
 
またある時、こんな事があった。  
その日は二人とも特にする事もなく、桃姉の部屋で互いに好き勝手に過ごしていた。  
二人共こたつに入り、桃姉はお菓子を食べながら漫画を、俺は自分で淹れたお茶を飲みながら小説を読んでいると、ふと桃姉が声をかけてくる。  
「ハル、食べる?」  
見ると手に持ったポッキーをこちらに示すようにクイクイと振っていた。  
「ん、貰おっかな」  
俺が手を伸ばして受けとろうとすると、桃姉はそのまま棒状のお菓子を俺の口元までズイッと近付けてきた。  
「はい、あーん」  
「……」  
「ほらハル、あーんってば」  
固まってしまった俺を促すようにポッキーが再びクイクイと振られる。  
「な、何、いきなり?」  
「いや〜、一回こういうのやってみたくて」  
「で、なんでポッキーなんだ……?」  
普通こういうシチュなら女の子の手料理を箸で摘まんで「あーん」じゃないだろうか?いや、間違っても桃姉の手料理を食べるなんて地雷を踏むつもりはないが。  
「いや手元にあったから」  
「思いつきかよ……」  
「そんな事より、ほら」  
三度クイクイと振って催促してくる。どうやら誤魔化す事はできないようだ。  
「あーん……」  
大きく口を開けたところに突っ込まれてきたポッキーを受けとる。甘いチョコの味が口に広がった。  
(意外と恥ずかしいな、これ……)  
密かに照れる俺に構わず桃姉は満足そうに笑っている。  
「おいしい?」  
「そりゃまあ、市販品だし味は悪くないよ……」  
「良かったー、じゃあはい」  
そう言って再びポッキーを差し出してきた。もう一度口を開けようとするが、桃姉はそれを素通りし、今度は俺の手の方にチョコ菓子を渡してくる。  
「あーん」  
手ぶらになった桃姉が目を閉じて口を大きく開けた。次は俺の方から、ということらしい。  
「はい、あーん……」  
仕方なく俺も手に持つそれを桃姉の口に突っ込んだ。桃姉の艶かしい唇がチョコ菓子をぱくりとくわえるのを見て、一瞬ドキリと鼓動が早くなる。  
「んふふ〜」  
ポッキーを口にくわえたまま、楽しそうに笑う桃姉。中々それを食べないでいると思ったら、桃姉が思いがけない行動に出た。  
「ん」  
口から突き出た棒の先端を俺の方に差し出してくる。ご丁寧に目を閉じて「さあどうぞ」と言わんばかりの表情だ。  
「……」  
俺は気まずさに頭をポリポリ掻いた。それから小さくため息をつくと、半ばやけくそ気味に突き出された先端に食らいつく。  
一本の棒状の菓子を俺と桃姉が向かい合って両端からくわえている、という構図になってしまった。  
(うーん、さっきまで平和に過ごしてたはずなのにな……)  
ほんの短時間の間にお互い「あーん」をし合って、そこから何故かポッキーゲームにまで発展していた。訳がわからない。全く訳がわからなかった。  
「ん、ふぅ……」  
棒状の菓子を両端から二人で少しずつコリコリとかじっていく。折れればそこで終了なのだが、俺たちは無駄に息の合ったコンビネーションで上手く食べ進めていた。ここら辺は長い付き合いのおかげだ。  
「んっ」  
やがて中央まで食べ進めると、唇が僅かに触れ合い、桃姉が儚い声を漏らす。  
俺は顔から火が出そうな照れ臭さを必死に押し殺していた。  
唇を離すと桃姉ははーっと息を吐き、真っ赤になってイヤイヤをするように首を振った。  
「や〜、何かスッゴク恥ずかしいねこれ」  
「じゃ、やるなよ!」  
自分から始めておいて勝手な事を言う桃姉に、俺の突っ込みが虚しく響いたのだった。  
 
そんな風に近頃の桃姉は妙に俺にベタベタイチャイチャしたがるようになった。  
何だかやたら「恋人らしい事」をやろうとしているようで、二人で出かければ腕を組み、家にいる時は「あーん」してきたりキスしようとしたりする。その様子はまるでわざと「恋人同士」を演じているかのようだった。  
なんとなくだが俺にはその理由がわかった。  
昔からの知り合いで一緒にいる時間が長い俺達は、例え特別な関係になったとしても既に互いの色んな事を知ってしまっている。いわば恋人未満からいきなり熟年夫婦に段階をすっ飛ばしてしまったようなものだった。  
桃姉はきっとそのすっ飛ばしてしまった「恋人の期間」をやり直したいのだろう。だからあえてベタなイチャつき方ばかりを実践しているのだ。  
(俺が恋人になったところはしっくりこないとか言ってたくせになぁ……)  
グラタンの材料が入った買い物かごを下げ、レジの列に並びながら、俺は思考に埋没していく。  
(いや、しっくりこないからこそ恋人同士になった俺らの距離感を恋人ごっこで探ってるのかもな……)  
あるいは今までやった事のない恋人ごっこでお互いが知らない一面を引き出そうとしているのか。  
まあ桃姉の事だから何も考えていない可能性もあるけれど。  
しかしそんな桃姉の行動は確かな効果を発揮していた。  
ここ最近、桃姉の家に行くのが楽しみでしょうがない。桃姉がとってくるスキンシップを思い出すと顔がにやけてくる。  
つまるところ、桃姉のベタな恋人ごっこを何だかんだ言いながらも俺は楽しんでいるのだ。  
元々、俺は昔から桃姉の事が好きだった。それが桃姉と付き合うようになって、今まで知らなかった「恋人に見せる顔」を知った。それは予想以上に魅力的で、惚れなおすには十分なものだった。  
そしてそれは恐らく桃姉にしても同じなのだろう。「恋人としての好き」ではないと告白の時に言っていたが、今の桃姉は完全に恋人ごっこに溺れているように見えた。  
俺達は恋人として振る舞う事で、お互いに新たな一面を好きになっていってるのだった。  
しかしいつもいつもただスキンシップをとるだけではない。俺は性欲を持て余しがちな十代だし、桃姉は俺より更に性欲が強い人だった。  
そんな二人がぺたぺたくっついて何も起こらないはずがなく、世の恋人達がそうであるように俺達もまた、会う度に体を重ねていた。  
 
例えば三日前、桃姉に最後に会った日の事。  
「ごちそーさま、おいしかった〜」  
「はい、お粗末さま」  
俺の作った夕食を食べ終え、二人でゆったりとくつろいでいた。  
「あ、そうだ、桃姉。次に来るのは三日後でいいんだよな?締切明けが確かその日だろ」  
「ん?……う、うん、そうだよ。これからラストスパートで仕上げちゃうから」  
「了解。じゃあ、次来る時なんか作って欲しいもの考えといて。当日材料買ってくから」  
「ん〜……あ、グラタン!グラタン食べたい!」  
「今言うのかよ……今日の晩飯食ったばっかじゃん……まあ、いいや、グラタンね、オッケ」  
半ば呆れた声を出しながら、桃姉からの注文を受け付けた。グラタンか……ひさしぶりに作るな。  
と、そこで桃姉がいつものようにぴったりとひっついてきた。  
「ふふ、ハ〜ルっ」  
「……っ!……ど、どうしたのかな、急に」  
「ん〜ハグしたいなって」  
気持ちよさそうに目を細めながら、すりすり身体を擦り付けてくる。既に恒例の筈なのに、未だに密着する桃姉の身体の柔らかさにドキリとしてしまう。  
「あのですね、桃姉……柔らかいモノが当たってまして……」  
「や〜ん、ハルのえっち〜」  
「いやいやいや……」  
あんたにだきゃあ言われたくねーよ、と心の中で突っ込みを入れる。俺の反応に桃姉は楽しそうに笑い、更に身体を押し付けてきた。  
「でもやっぱ最近スキンシップ過剰じゃないですかね」  
「ええーいいじゃない」  
軽く諌めても口を尖らすばかりで聞く気はなさそうだ。と、そこで桃姉は少しだけ真面目な表情を作り、俺の顔を覗き込んできた。  
「私さ、最近気付いたの」  
「な、何を?」  
「好きな人とこうしてピッタリくっついてるのってそれだけで幸せなんだよ」  
大真面目にこっぱずかしい事を言いだした。  
何言ってるの、という顔をしている俺を余所に、桃姉は更に続ける。  
「こうやってハルにくっついてるとね、ハルの体温が私に移ってくる気がするの。そうするとあったかくて、スゴく安心するんだ。……ハルは私とくっついててそう感じることない?」  
「……うーん」  
そういう理屈ならわからないでもない。人肌の温度というのは人間が最も安心できる温度だという話を聞いた事がある。恋人のとなれば尚更だろう。  
とは言うものの――  
「こっちはドキドキしちゃってそれどころじゃないよ……」  
「え……?」  
「あっ、いや、あのっ」  
言ってしまってから失言に気付いた。しまったと思うがもう遅く、桃姉は嬉しそうにニンマリと笑っていた。  
「そっかー、ドキドキしちゃってたんだ。それじゃあ……」  
期待に満ちた目で見つめてくる桃姉。  
「もっとドキドキしてもっと幸せになれる事、しよっか?」  
「……」  
そしてそんな風に見つめられて我慢がきくほど俺も達観している訳ではなかった。  
しかし、その気にさせられたというのも癪だ。せめてもの仕返しとして不意打ちで唇を奪ってやる。  
「んっ!?」  
桃姉は一瞬驚いたように目を見開くが、すぐに受け入れ舌を絡ませてきた。  
「あむ、んっ、ちゅ……はぁ、あん……」  
濃密に唇を啜り合っていると徐々に興奮が高まってくる。それは桃姉も同じのようで、熱い吐息と共に身体をすりよせながら俺の股間に手を伸ばしてきた。  
「ぷはっ……ふふ、ハルのここ、もうカタくなってるよ」  
半勃ち、いや七分勃ち程度のモノを桃姉は優しく擦りながら取り出していく。  
「あんだけくっつかれてたからね。っていうか桃姉の身体がエロいんだよ」  
「そう言われるのは嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな……はむ」  
恋人からのエロいという評価に、桃姉は気恥ずかしそうに笑う。そのままズボンから取り出したペニスを躊躇なくぱくりと口に入れた。  
 
「んっ、ちゅぷ、んむぅ……はぁ、れろ、んん……はん、んあぁ、おっひぃ……」  
「くぅ、桃姉……する度に、フェラ上手くなってるね……」  
「んっ、ほぉ?……ぷは、気持ちよくなってくれてるなら嬉しいな」  
最初にした時はぎこちないわ途中で咳き込むわと散々で桃姉自身が落ち込むほどだった。それを考えるとすごい進歩だ。  
「エッチな事は覚え早いよな、桃姉」  
「……それって他はダメダメって事?」  
「うん、まぁ」  
「ひ、ひどい……」  
抗議しつつも自覚があるからかしょんぼりとうなだれてしまう桃姉。忘れがちだが、桃姉はスタイル抜群の美人だが身の回りの事が何一つ出来ない駄目人間である。  
「大体そういうハルの方がよっぽど上手いじゃん。私いっつもイカされてばっかだし」  
「…………」  
顔には出さないが内心で俺はニヤついていた。恋人にエッチが上手いと言われて嬉しくない男はいない。  
しかし何も考えてないだけなのだろうけど、相変わらず恥ずかしい事を平然と口に出す人だ。  
「桃姉、後ろ向いて。お尻こっちに向けて」  
「え?何すんの?」  
キョトンとしながらも言われた通りに体勢を入れ替える桃姉。俺の身体を跨がるようにしてお尻をつきだすと、互いの性器が目の前にくる69の形になった。  
「お褒めに預かった通り上手いところを見せようかとね」  
そう言って俺は桃姉の下半身に触れた。  
相変わらずの色気のないジャージ。その下履きだけを脱がすと形のよいヒップが現れる。  
「く、ふぅ……ぁ」  
下着の上から土手をなぞると、ぴくりと小さく桃姉の身体が反応した。漏れ出たようなため息が色っぽい。  
「ほら、桃姉も続き、俺のもしてよ」  
「んっ、わかった……よ」  
そう言うと再びペニスの先に生暖かい感触が戻ってきた。  
「ん……はぷ、んぢゅ……んあ!……んぶっ、ちゅ……やっ、あん!」  
さっきと違い自分も責められているためか、時折舐める動きが止まり甘い喘ぎが漏れ聞こえる。  
「やっ、ハルぅ……そんないじっちゃ……出来ないよぉ……」  
「桃姉も……俺の、手が止まるくらい……すればいいよ。ほら、ちょっと強くするよ」  
言って俺は下着の上に往復させていた指を蜜が湧き出した割れ目へ潜り込ませた。  
「ひあぁ!?あっ、んんっ、やっ……くひぃ!」  
どろりと濡れた熱い肉が締め付ける中、内部をくにくにと指で掻き分けてやると桃姉甲高い声を上げビクッビクッと数回身体を跳ねさせた。  
「……もう、イッちゃった?」  
「ん……」  
微かに息を荒くし、桃姉がコクンと頷く。ならばと、体勢を入れ替えようとした俺を桃姉がそっと押し止める。  
「……待って、ハル。ちゃんとしてあげるから……あむ」  
三度生暖かい口腔内の感触。舌が竿に絡みつき艶かしい動きで舐めあげていく。  
「はぷ……れろ、ちゅ、ぢゅうぅぅ……ん、はぁ」  
先程から何度も攻められ、いい加減俺の方も限界が近かった。  
「あ、ヤバ……そろそろ出そう」  
「ん、いいよほぉ……だひて」  
くわえたままもごもごと口を動かす感触に耐えられず、あっさり限界を越える。「う、く……」  
「ふぁ!?んっ、んぶぅ……ひゃん!?」  
いきなりの射精に驚いた桃姉が反射的に口を離すと、残りの精液が勢い良く顔に浴びせかけられた。  
「ぷぁ……もう、顔ドロドロ……でも、はぁ、すごい匂い……」  
べったりと張りついた精液を掬い取り、ぼんやりとした口調で話す桃姉。その様は雄の匂いに酔っているようだ。  
桃姉の綺麗な顔を自分の出した白濁液が汚している。その淫靡な光景に俺の物は早くも固さを取り戻していた。  
「桃姉……俺もう……」  
「ん、私も……もう我慢できない、かも……」  
 
眼鏡についた精液をティッシュで拭い取っていた桃姉は、そう言うと再び俺の方にお尻を向け、誘うように左右に艶かしく揺さぶった。  
「今日は、後ろから?」  
「ん……早く、して……」  
切なそうに眉を寄せておねだりをしてくる桃姉が可愛くて、俺もペニスを膣口にあてがう。  
「あ……んっ」  
くちゅっという音と共に桃姉が小さな声をあげた。そのままゆっくり挿入すると見せかけて、一気に最奥まで突き込む。  
「あっあああん!」  
びくりと身体を震わせ、桃姉が矯声をあげる。  
「そ……んな、いきな……んあぁ!」  
休ませることなく腰をグラインドさせると、抗議をかき消すように新たな声が響く。  
「そ、そんな、激しくしたら……やっ、はああぁぁぁ!」  
のっけからの強いストロークに桃姉はあえなく音をあげた。きゅう、と膣内が締まり、桃姉の身体が悦んでいる事を伝えてくる。  
「……また、イッたみたいだね」  
「ん……だってぇ、ハルの……せーえき、すごい匂いで、顔になんかかけられちゃったから……すごいエッチな気分になっちゃったんだもん……」  
「はは、やっぱ桃姉、エロいよ……」  
イキながら発した声は艶を帯びていて、それだけでまた下半身に熱が篭る。俺は荒い息を吐きながら腰を再び動かし始めた。  
「桃姉、イッたばっかで悪いけどまだ止めないよ」  
「あ、んっ……うん、いいよ……ハルも、ふぁ、もっと……気持ちよく、あんっ、なって……ね?」  
再開したストロークに桃姉は甘い喘ぎを洩らす。俺は柔らかなヒップに手をかけると、後背位のまま下から持ち上げるように突き込んだ。  
「ひっ、あぁ!んっ、いいよぉ!そこっ、突かれるの、弱いのぉ!」  
あっさり弱点を探り当てられた桃姉は一際声を高くする。  
「やっ、ひあぁ!そ、そんなぁ、したらぁ……ま、また、ひっちゃ……イッちゃぅ……んああぁぁ!」  
絶叫と共に肢体が跳ね、再び膣内がきつく締まる。それでいて奥は柔らかくカリを包み、入り込んだ男根に射精を促す動きをしていた。  
その動きに誘われるようにぐぐっと射精の衝動が込み上げてきた。我慢出来ずに俺はラストスパートを開始する。  
「ひあぁ!?ま、待ってハル!少し休ませ……い、今そこ、敏感になってるからぁ……!」  
「ごめ、俺も、もう……止めらんないわ」  
「はんんっ、あっ、ああぁ!」  
絶頂直後の秘所をほじられ、桃姉は大袈裟なほどに身体を震わせる。いつもなら責めかたを変え反応を楽しむところだが、今の俺にそんな余裕はなかった。  
「くあ……あ、も、出そう……」  
「やぁ、んっ、あく、いい、よ……はんっ、あぁ!こ、腰ぃ……勝手に、動いちゃうぅ!」  
快楽を貪る桃姉の身体は無意識に俺の動きに合わせ、カクカクと腰を振りたくっていた。膣内がうねり、ペニスを締め上げるように蠕動する。  
それに耐えきれず、俺は二度目の射精を迎えた。  
「あぐ、あ……!」  
「はああぁっ!出てるぅ!中、熱くてぇ!イッてる、またイッてるのぉ!」  
びくびくっと腰が跳ね、熱い奔流がペニスの先から桃姉の膣内に流れていった。  
絶叫と共に三度目の絶頂に昇りつめる桃姉。こちらに振り向いた顔は、目尻いっぱいに涙を浮かび、激しく動いたからか眼鏡がずり落ちていた。  
「はぁ、はぁ……はぁ、気持ち、良かったぁ……3回も、イッちゃった……」  
湿った息を吐きながらうっとりとした表情で桃姉は余韻に浸っていた。  
「ハルぅ……好き、すきぃ……」  
「桃姉、俺も……」  
朦朧とした頭で互いに愛の言葉を囁き合う。ほとんど反射的に俺たちは顔を近付け、キスをしていた。  
やがて呼吸が整うと顔を遠ざけ、桃姉が恥ずかしそうに尋ねてくる。  
「ハル……まだ、出来る……?」  
「まだ、し足りないの?」  
前戯で1回挿入して2回。計4回はイッてるはずなのに、桃姉は更に期待するような目をしている。  
「ったく、どんだけエロいんだよ、桃姉……」  
「だ、だって……こんなに気持ちいいし……それに……一人でする時はこんなにならないもん。ハルにしてもらえるから、スゴくえっちになっちゃうんだよ」  
そんな可愛い台詞を言われては俺も我慢がきかない。固さを取り戻したペニスと共に桃姉の身体に覆い被さっていく。  
「んじゃ、お望み通りもう一回……」  
「うん……またいっっっぱい、イカせてね、ハル……」  
 
 
 
「お次お待ちのお客様…………お客様?」  
「……ハッ!?」  
ニヤニヤと一人トリップしていた俺は、不審そうな声に我に返った。  
見ればレジ待ちの列はとっくに捌け、店員のお姉さんが訝しげにこちらを伺っている。  
「す、すみません……」  
慌てて会計を済ませ、こそこそ逃げるように店の外に出た。  
またひとつあのスーパーに行きにくくなってしまった……。  
(あーヤベ、完全に入り込んでたわ……)  
まさか桃姉との情事を思い出して我を忘れるとは。恥ずかしさに顔から火が出そうだった。  
(まあでも……いっか、もうすぐ桃姉に会えるんだし、ちょっとくらいそういう想像しちゃうよな)  
そう自分に言い訳しながら、またしても顔が緩んできたので、俺は必死に取り繕った。  
そこでポケットの中の携帯がブーンと音を立てて鳴り出した。着信を見ると「浅井桃」の文字。  
「桃姉……?珍しいな」  
桃姉はあまり電話をかけない。引きこもりがちな自営業なので世間の電話して失礼でない時間がわからない、というのが理由らしく仕事上とよほど火急の用件以外では使わないのだ。  
「もしもし、桃姉?」  
「あー、もしもし、彼氏君?」  
聞こえてきたのは桃姉のものとは違うハスキーな女性の声だった。  
「柿沼さん……?」  
「やっ、ども、久しぶり」  
声の主は柿沼さんという桃姉の担当編集者の人だった。ボーイッシュな見た目のサバサバした性格の女性で、常にあの手この手で桃姉の原稿を進めさせているやり手の人だ。桃姉が自分の母親の次に頭の上がらない人物である。  
「どうしたんですか?これ桃姉の携帯からですよね」  
「いや、ちょっと言いづらい事なんだけどね……今日浅井センセのとこ来る予定でしょ?それキャンセルして欲しいんだわ」  
「……は?」  
「えーと、何て言えばいいか……今月の締切いつって聞いてる?」  
「え、今日だって聞いてますけど……」  
「あーやっぱり……実はさ、それ本当はおとといだったんだよね」  
「え……?」  
という事は前回俺が会いに行った日が既に締切前日だったという事か?締切前日なのに原稿やりもせず俺と乳繰りあってたと?  
「んで、見事に締切当日になっても完成してなくてね……」  
「な、なんでそんな……」  
「さっき問い詰めたら、どうしても彼氏君に会いたかったから、とか言ってたけどさ……」  
「つ、つまり……俺に、あ、会いたいがために締切の日を誤魔化してた、と……?」  
「そういうことだね、信じられない事に」  
「…………」  
思わず絶句してしまった。信じられない、というのは同意見だ。何やってるんだ、桃姉……と心中でだけ呟き、何とか口を開く。  
「桃姉は今……?」  
「私に散々怒られて、へこみながら原稿やってるよ」  
「て、事は……」  
「そ。まだ原稿終わってないの。締切『二日後』なのに。んで話戻すけど、原稿上がるまで私もセンセもここでカンヅメで作業しなきゃいけないから。だから彼氏君も悪いけど終わるまでここ来るのは遠慮して欲しいんだ」  
「え……でも」  
「んじゃ、そういう事で、ゴメンね」  
そんな事言われても困る、と言おうとしたところで容赦なくブツリと通話が切られた。  
「ち、ちょっと……!」  
慌ててこちらからかけ直すが全く繋がらない。  
「えー……」  
思いがけない展開に全くついていけず、俺はいつまでも茫然とその場に立ち尽くしていた。  
 
 

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