「はーい。休憩終わり。入っていいぞー」  
笛を鳴らして号令をかけると、プールサイドに寝そべっていた、  
子供達が一斉に立ち上がりはじめた。  
ぎらぎらと照り付ける太陽の光を反射する青い水の中に、  
真っ黒に日焼けした子供達が一斉に飛び込んだ。  
プールのあちこちで涼しげな水しぶきのはじける音  
が響き、  
子供達は歓声を上げながら水と戯れはじめた。  
 
高校二年の夏休み、俺は母校である小学校の  
プール監視員のアルバイトをしていた。  
現在小学校5年生の妹がの通う母校でPTA会長を務めている母親から、  
すすめられたのだ。  
特に夏休みの予定もなかったし、小遣いの欲しかった俺は、  
二つ返事で引き受けた。  
真夏にほぼ毎日屋外の仕事というのは、  
身体に堪えるものがあったが、入りたいときにプールに入れたので  
なんとか乗り切ることができた。  
今日も30度を超える特別に暑い日であり、  
じっとしていても、胸板の上を汗が滑り落ちていった。  
 
「あっちいな……なあ、俺プールに入ってきていい?」  
金属の骨組みに赤いビニールが張られた  
日よけのために張られた屋根の下で、俺はベンチに座りながら、  
漫画本を読んでいる吉岡に尋ねた。  
「ああ。いいよ」  
吉岡は漫画本から目を話さず、面倒臭そうに  
手をぶらぶらさせて俺に合図を送った。  
ビーチサンダル越しにも焼けているのがわかるプールサイドの路石を、  
踏み付けながら俺は更衣室へと向かった。  
 
吉岡は小学校からの友人で、俺と同じこの小学校の卒業生だ。  
。  
クラスは違うが今も同じ高校に通っている。  
母親から監視員は二人必要だと言われた俺は吉岡を誘った。  
友人の中で一番暇そうだったからだ。  
奴はもまた当然の如く予定がなかったらしく、  
俺と二人で監視員のアルバイトをすることが決まったのだ。  
監視員といっても、それほど大した業務内容ではなかった。  
1時間ごとに子供達をプールから出して休憩させる……  
本当にそれだけといっても、過言ではなかった。  
色々と細かい雑事はあるのだが、  
消毒のための浄化槽やプールの水質管理などは、  
学校の先生がやってくれたし、  
俺達がやることと言えば、昼休憩の時間と  
夕方、プールを閉鎖する時間になったとき、  
子供達をプールから追い出すことくらいだった。  
そのため、俺と吉岡は常時暇を持て余すこととなり、  
お互いに漫画本を持ち寄って、暇を潰すのが日課となっていた。  
 
この小学校には二つのプールが縦に平行するように敷設されていた。  
小プールと大プールだ。  
大プールは水深1メートルほどで縦25メートル。  
横幅は10メートルほどで、8コースに区切ることができる大きさだ。  
それに対して小プールは10メートル四方の小さなもので、  
水深は30〜40センチメートルくらいと浅く、  
主に低学年の子供達が使うものだった。  
大プールと小プールの間には2メートルほどの間があり、  
その間の端のフェンス沿いに、俺達監視員の待機するベンチがあった。  
二つのプールのちょうど間にあるため、  
座りながら両方のプールを見渡すことができた。  
 
更衣室で水着に着替え終わった俺は、小プールに入ることにした  
……本当は大プールに入りたいのだが、大プールに入ると色々面倒臭いのだ。  
小プールは高校生の俺には自由に泳ぎ回ることは  
できない深さだったが、  
水深が浅いため、今日のような暑い日は  
陽光に温められて心地好いぬくさであり、腰を下ろせば  
ちょっとしたジャグジー気分を味わわせてくれた。  
。  
低学年の子供達は、プールの中で鬼ごっこや、  
どちらが長く水の中に潜っていられるかの競争をしたり、  
また単に水をかけあったりと、真夏のひとときを、  
各々に楽しんでいた。  
子供達の熱気に当てられたように、  
あちこちで弾け飛ぶ水しぶきが陽光に照らされて、  
きらきらと輝いていた。  
 
子供達のはしゃぎ回る声を聞きながら、  
俺はプールの内壁にもたれて腰を沈めていた。  
すると、俺と反対側の内壁に背中をつけて  
水中に身体を沈めていた  
少女が、胸の前でビート板を両手で抱きしめるようにしながら、  
立ち上がってこちらに近づいてきた。  
最初その少女は、身体を完全に沈めて首から上だけをだしていたので、  
わからなかったが、  
近づいてくる少女は、回りの子供達よりも遥かに背が高く、  
体格も良かった。  
メッシュの帽子を被っていたからわからなかったが、  
彼女は妹の同級生の杉山ミノリだった。  
ミノリはニコニコしながら手を振って俺の元に駆け寄ってくると、俺の前で立ち止まり、  
ビート板を胸の前からよけて、小脇に抱えた。  
瞬間、圧迫から解放されたミノリの胸が、大きく波打つように揺れた。  
 
……下から見上げると突き出た胸が、ミノリの口元を隠すように飛び出しており  
いかにミノリの胸が大きいのかよくわかる。  
紺色の布地は、ぴったりとミノリに胸に張り付き、柔らかな曲線を描いていた。  
柔らかいメロンパンを無理矢理スクール水着の中に押し込んでいるーーー  
そんな印象だった。  
紺色の水着に包まれた、なだらかなラインの中央には、  
小さな突起がちょこんと浮き出ていた。  
無理矢理小さな水着の中に押し込められた乳房は、  
胴体から脇にはみ出すように膨らんでおり、  
水着の中に収まりきらない乳房が肩紐のところで、  
ぷっくりとした丸い膨みを作っていた。  
「アイスおごってよ」  
 
ミノリは俺の横に来るとビート版をプールサイドに置いて、後頭部だけを  
プールの内壁につけるようにして身体を斜めに寝かせた。  
首から下をすべて水の中に沈めて、顔だけをこちらにむけて喋り始めた。  
ミノリは妹の友達だった。しばしば家に遊びに来るのだが、最初はおとなしい子だと思った。  
しかし、段々接するにつれて、徐々に子供らしい、わがままさを見せはじめた。  
だが、こいつにアイスをおごれば他の子供にもアイスをおごらねばならなくなる。  
「ねえ!アイス!」  
「アイスが食いたきゃなあ」  
白い歯を見せながら、  
ミノリは無邪気に微笑えんだ。  
ゆらゆらと波打つ水面の下、褐色の肌と水着の間には、  
日焼けしていない白い素肌のラインが引かれていた。  
肩紐部分や胸元に見える白い肌。  
特に腋の下でぷっくりとはみ出した乳房では、白い素肌が大きく露出しており  
ーー無理矢理水着に押し込んだ乳房が、動き回るうちにはみ出してしまうためだろう  
ーー  
柔らかな白い餅のように見えた。  
太ももから股にかけても同様で、  
股に水着が食い込んでいるためか、より太く、青白い素肌のラインが露出していた。  
太ももをぐるりと回る白線は水着のシワと共に、  
股間の中央へと吸い込まれていた。  
そのラインは、水着に隠された白い裸体を嫌でも想像させた。  
水着の形に切り抜かれた白い柔肌に覆われた胴体から、  
すらりと日焼けした手足を伸ばすミノリを俺は想像した。  
 
「アイスが食いたきゃ?」  
呆然としていた俺は、ミノリの声で我に帰った。  
「アイスがくいたきゃあ、なにぃ?」  
沈黙する俺から答えをせがむように、  
ミノリが追問した。  
「……アイスが、くいたきゃな……大プールで泳いでみせろ」  
俺が馬鹿にするように言うと、ミノリは  
「ええええっ!」  
っと呻くような声をだしながら、  
眉間にシワを寄せて不満げな顔を作って見せた。  
 
5年生の彼女が小プールにいる理由……それはどうやら彼女がカナヅチらしいからだ。  
いつも妹と一緒にプールにやってくるミノリだが、  
彼女は大プールでは泳ぎたがらなかった。  
最初は妹達と大プールに入るのだが、すぐにこそこそと一人だけあがって、  
小プールに移動してしまうのだーービート板を抱えながら。  
プールに入るときはいつも大事そうにビート板を、  
胸に抱えてプールに入っていた。  
「やだよーっ」  
ミノリは、眉間にシワを寄せて露骨に嫌そうな顔をした。  
「じゃあ、あきらめろ」  
「いいじゃん、いいじゃん、アイスくらい」  
ミノリはしつこく食い下がった。  
アイスごときに必死な顔を作るミノリの顔が面白くなった俺は、  
からかうように続けた。  
「ミノリくん……小5にもなって泳げないなんて  
恥ずかしくないのかい?」  
「泳げるよ!」  
「嘘つけ、万年ビート板女」  
ムキになったミノリの顔を楽しみながら笑っていると、  
唐突に誰かが俺の腕を掴んで引っ張り上げた。  
顔を上げると、そこには坊主頭のヒロシが立っていた。  
「兄ちゃん。こっち来てよ」  
ヒロシは力一杯俺の腕を引っ張り始めた。  
……俺が大プールに行きたくない理由はこれだった。  
別にヒロシが嫌いなわけではない。  
ヒロシ自身は無邪気な活発な少年で、  
いつも「兄ちゃん!」と元気に話しかけてくる少年だった。  
ーー俺が大プールに行きたくないのは、他に理由があった。  
 
「はやく、はやくう」  
ヒロシは急かすように両手で力一杯俺の腕を引っ張った。  
正直行きたくなかったが、しつこくせがむヒロシに根負けした俺は、  
渋々立ち上がった。  
「わあったよ。わかったから」  
ヒロシに腕を引っ張られながら俺は小プールを出て、  
大プールへと向かおうとすると、  
ミノリが俺は名残惜しそうに呼び止めた。  
「アイスはぁ?」  
「はぁ……いっちょ前に泳げるようになってから言え。またな」  
「アイス!」  
ミノリの叫ぶ声を尻目に、ヒロシに引っ張られた俺は、渋々ながら大プールに向かった。  
 
俺はヒロシと共に大プールへと飛び込んだ。  
水深1メートルほどなので、  
腹のとこまでしか水位がなかったが、  
小プールと違い水温が低く、背中を焼くような太陽の下で、  
ひんやりした水の感触がとても心地好い。  
ヒロシに連れられて、水を掻き分けながらプールの中央まで行くと、  
それまで個々に遊んでいた子供達が、俺目掛けて一斉に集まってきた。  
俺はあっという間に子供達に取り囲まれた。  
……俺が大プールに入りたくない理由、それがこれだった。  
 
いつもそうだが、俺が一度大プールに入ると男女問わず、  
子供達が餌を見つけたピラニアのように、  
寄り付いてくることが、俺を大プールから遠ざける要因だった。  
ひとたび、俺が泳ぎ始めると子供達は我先にと泳ぐ俺の背中に、  
無理矢理に乗って来ようとするのだ。  
始めて大プールに入ったときなど、  
子供達の行動が予想出来なかった俺は、  
泳ぎ始めると同時に、子供達に引っつかまれ、その重みで、  
プールの底に引きずり込まれ、危うく溺死するところだった。  
そして俺が大プールに入ると、子供達はいつも二つのことを、  
要求してきた。  
一つは大ジャンプだ。  
 
「兄ちゃん、しゃがんで」  
ヒロシに催促された俺は、息を止めて、膝を折り畳んで水中に屈み込んだ。  
ヒロシの小さな両足が、肩に乗っかったことを確認した俺は、  
縮こまった膝のバネを勢いよく伸ばして、肩に乗っているヒロシを  
水中から急上昇させ、空中に弾き飛ばした。  
一瞬、宙を舞ったヒロシは  
感嘆の叫びを上げて、水に穴を穿つような大きな音を立てて、  
水中に落下した。  
ヒロシはすぐに水から、笑顔のまま立ち上がり  
「おもしれえ」  
と楽しそうに叫んだ。  
ヒロシの番が終わると、「次、俺」「次は私にやって」  
と、周りの子供達が俺にせがんでくる。俺は順番に子供達を、  
放り投げていった。  
 
子供達は、キャーキャー言って、俺の肩に乗り、一瞬の空中浮遊を楽しむが、連続してやらされ、  
腰がすぐに悲鳴をあげはじめた。  
ただでさえ水の抵抗がある中、子供を担いだままスクワットするようなものなので、  
身体にかかる負担は半端ではない。  
プロレスラーだってすぐに根をあげるだろう。  
周りにいた子供達を一通り放り投げた後は、もうくたくただ。  
しかし、子供達は俺を休ませようとしない。  
「兄ちゃん、次あれやって」  
もう一つ子供達が要求するのもの……それはブレーンバスターだった。  
 
プール端の四角いスタート台の間に、子供達が並んだ。  
 
「んじゃ、俺からね」  
先頭に立った男の子は、  
お辞儀をするように腰を曲げて、俺に頭を突き出すような姿勢をとった。  
 
俺は子供の頭を自分の右の脇下に抱え込むように挟みこみ、  
自分の頭を、子供の右の肩の下に潜り込ませた。  
子供の胸の下辺りでがっちりと両腕を組んで、  
そのまま掬いあげるように持ち上げた。  
持ち上げられた子供は空中で、弧を描きながら俺と共に、  
背中から勢いよく水中に落下する  
ーーーこれがブレーンバスターだ。  
大ジャンプに比べると身体の負担が小さくて楽なのだが、  
一回やるごとにいちいちプールからはい上がらない  
といけないのが面倒だった。  
回を重ねるごとに身体が重くなっていき、  
プール内の壁に設置された鉄のはしごを昇るのもしんどくなってくるのだ。  
四人ほどの子供にブレーンバスターをかけ終わり、俺がスタート台に戻ったとき、  
順番待ちしている子供の中に、あのミノリの姿があった。  
胸にはやはりビート板を抱え込むように持っており、  
俺と目が合うと、ミノリは目を逸らして頬を膨らませた。  
大プールに入りたがらないミノリが、  
俺に大ジャンプやブレーンバスターをせがんだことは一度もなかった。  
さっき俺に馬鹿にされて、意地になっているのだろうか……。  
そんなことを考えながら俺は次々に子供達を投げ飛ばしていき、  
ついにミノリの順番がやってきた。  
「……おまえ、大丈夫なの?」  
正直、俺は不安だった。  
当たり前の話だが、学校の先生からはくれぐれも子供達を危険な目に合わせないように、  
と言われていた。  
大ジャンプもブレーンバスターも子供達からせがまれて、  
やっているが本来は禁止事項である。  
幸い今まで事故は起きていないが、  
もしものことが、あったら俺に責任など取り切れるはずなどなかった。  
泳げないミノリにブレーンバスターなどかけて、事故でも起きたらと、俺は躊躇した。  
しかし、そんな俺の心配をよそにミノリはかぶりを振った。  
水泳帽の間からほつれでた濡れた長い髪がぴょんぴょんと跳ねた。  
「いーーから!」  
余計なこと言ってないでとっととやれ、  
と言わんばかりの言い方  
ーーー言い訳する俺に無理矢理何かをやらせるときのおふくろみたいな言い方だ。  
そう言ってミノリはビート板をプールの中に投げ入れた。  
保険がわりの命綱といったところだろう。  
ミノリはぴょこんと腰を曲げた。  
瞬間、ミノリの胸全体が波を打ったように揺れた。ブレーンバスターの体制を作ろうとして、身体を屈めた俺の目に、  
ミノリの胸元が飛び込んできた。  
濡れて重みを持った水着が、ミノリの胸元から、少し垂れて隙間を作った。  
日焼けした肌に反比例するような、真っ白な乳房が谷間を作っており、  
首元から滑り落ちた水滴が、柔らかな曲線を這うようにして谷間の中に吸い込まれていった。  
身体が冷えているためか、良く見ると、乳房には鳥肌が立っており、  
時折水滴が隆起した肌に引っ掛かったように止まっては、  
再び滑り落ちていく様は、妙に生々しく見えた。  
 
ーー危険を承知で、ミノリにブレーンバスターをかけようとした理由  
……それは俺が、思春期の欲求に敗北したからに他ならなかった。  
 
「……本当に大丈夫なんだな?」  
「早くっ!」  
「…………」  
せき立てるような言い方に押されるように、俺はブレーンバスターの体勢を作りはじめた。  
俺は脇の下にミノリの頭を抱え込み、自分の頭をミノリの肩の下に潜り込ませた。  
その瞬間、頭頂部がひんやりした液体の詰まった  
水風船を押し付けられたような感触に包まれた。  
水風船は、すぐに熱を帯びて、ミノリの体温を俺に伝達し始めた。  
温かな水風船は俺が頭を動かすたびに、  
衝撃を逃がすように右に左にと膨らみを移動させた。  
まるで生暖かい軟体動物が俺の頭頂部を撫で回すように這い回っているみたいだった。  
「早く!」  
「……ああっ」  
しばしミノリの柔らかさに酔いしれていた俺は、ミノリの言葉で我に帰った。  
次はミノリの胸の下で両腕を組まなければならない。  
本当は、ミノリの胸の上で腕を組みたかったが、  
さすがにそんな勇気はなかった。  
俺はミノリの胸の下に腕を差し入れて、がっちりと両腕を組んだ。  
前腕部に、ミノリの乳房の下側が触れた。  
感触を楽しみたい気持ちはあったが、あまりちんたらしていると、  
ミノリに変に思われそうなので、  
俺は一気に、ミノリを投げ飛ばすことにした。  
「行くぞ!」  
「あいよー!」  
ミノリの返事を受けて、俺は息を止めると、  
大木を地面から引っこ抜くように、両腕に力を込めて、一気にミノリを掬いあげた。  
風景が急スピードで回転し、視界を真っ青な空が流れていく。  
勢いのついた背中が水にたたき付けられると同時に、  
俺はミノリを放り投げた。 放り投げる瞬間、柔らかいミノリの乳房が、  
俺の頭を撫でていった。  
巨大な鉄板で水面を叩くような音と共に、俺は冷たい水中に沈んだ。  
俺の身体は真っ青な光の中で、煙のように立ち昇っていく無数の気泡に包まれた。  
俺はすぐさま立ち上がると、  
大きく息を吐き出しながら顔を拭って、辺りを見渡した。  
 
ーーミノリが浮いてこなかった。  
ミノリが投げ捨てたビート板だけが、波打つ水面でぐらぐらと揺れていた。  
俺は目をこらして、光を乱反射する水面の上から  
プールの底を見渡した。  
太陽の光を真上から受けて、真っ白に輝く水面の一角に  
ゆらゆらと揺れ動く黒い影が沈んでいた。  
ーーミノリだ。プールの底に倒れているのだ。  
俺は急いで駆け寄ろうとした。  
 
しかし、黒い影は俺から離れるように急スピードで遠ざかっていった。  
まるで魚雷のように、プールの底を、一直線に進んでいった。  
ーー潜水だ。  
ミノリは腕を畳み、バタ足だけで潜水したまま、泳ぎ去っていったのだ。  
その姿は海底を泳ぐ鮫を連想させるほど、力強く早かった。  
「兄ちゃん、次、俺ね。早く」  
あっけに取られていた俺は、ヒロシの声で我に帰った。  
俺はプールの上にいたヒロシに尋ねた。  
「……あ、あいつ。泳げたのか?」  
「ミノリはうちの学校で一番早いよ。  
いいから早く上がってきてよ」  
待ちきれないと言わんばかりに喚くヒロシをよそに、  
俺は呆然と、プールの底を突き進んでいくミノリの姿を目で追い続けた。  
普段のミノリからは想像も出来ない姿だった。  
魚影のようなミノリの黒い影はプールの中央付近まで行くと、  
大きなカーブを描きながら左へと曲がりはじめた。  
 
ミノリがプールサイドに近づきはじめたそのとき、  
見計らったように3人の男子がミノリが頭を出すであろう、  
場所に駆けていきミノリを待ち構えるように、  
その場に屈み込んだ。  
長い潜水から浮上したミノリは手で顔を拭うと、  
待ち構えていた男子達をしばらく見つめて、  
すぐにこちらと逆側のスタート台の方へとプールサイド沿いに歩き始めた。  
男子達もミノリの後を追うようについていった。  
スタート台に着いたミノリは、プールサイドに上がるための鉄のはしごを登り始めた。  
すると、男子達はミノリを取り囲みながら、  
覗き込むように首を伸ばし始めた。  
ミノリははしごを登り終えると立ち止まらずに、すっと男子達の間を通り抜けて、  
俺に示すように小さく右腕を上げながら小プールへと入っていった。  
ミノリを覗き込んでいた男子達は嬉しそうな歓声を  
上げながらこちらに向かって歩きはじめた。  
 
「兄ちゃん、早く!」  
痺れを切らしたようにヒロシが上から、俺の肩を揺すった。  
「……ああ。わりい、わりい」  
俺は鉄のはしごを登りながら、さっきのミノリの姿について考えた。  
俺と同様にミノリが大プールで泳がない理由。  
泳げるが泳がない理由。  
……さっきブレーンバスターをかけたとき、あの男子達と同じ目で、  
ミノリを見た自分を俺は恥じた。  
「兄ちゃん。早く、早く」  
 
反省した俺は贖罪の念を込めながら、  
ありったけの力でヒロシをぶん投げた。  
後でアイスをおごってやらねば……と考えながら、俺は冷たい水面に頭をたたき付けた。  
。  
<了>  
 

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