裁判員裁判で唐突に降ってきた(仮)  
 
 
 
始め、私がソレに気付いたのは、単なる偶然でした。  
今でも、私は偶然だと信じています。だから、私は犯人じゃないんです。  
信じてください、弁護士さん。  
 
―ソレより先に、これ、記録だからさ、一応事件の経緯を教えてくれる。  
 
はい、でも、記者ならともかく、弁護士さんには改めて自己紹介をさせてください。  
 
―知ってるからいいよ。早く、事件の経緯について教えて。  
あと、俺、科学用語わかんないからさ、成るだけ、簡潔に話してくれると助かるな。  
 
了解しました。  
始めに言いますが、私は、地方大の大学院生にすぎません。教授の実験を手伝うだけの能なしです。だから、あんなことになった、理由が解らないんです。  
9月の末だったと思います。  
教授が学会に出かけられて、私たちは、課題として教授から指定された細胞の培養を行っていました。IPS細胞を培養し、ラットに投与して経過を見る作業です。  
その作業が三日目に成った時、アレを発見しました。  
 
―「触手」って奴?  
 
そうです。始めは、培養機の中で動く細胞塊だったんです。教授が海外の学会に出かけると言う事で、教授に報告することが遅れた事が、今回の事に繋がった…  
 
―いいよ、ソレは。第一、君がまだどうなるかは、俺の手腕だからね。それよりもさ、週刊誌で大々的に取り上げられた、「妊娠」と「大発生」の経緯を知りたいんだけど。  
 
わ、わかりました。  
…研究室に出入りする、学生で、カップルだった奴がいたんです。どうしても、理系だと女子が少ないのと、研究職を志す人間が多いから、そのなかの一人にストーカー的な傾向が在る奴がいて、、、  
 
―S君でしょ?  
 
そうです、Sです。  
Sは、以前から、ヤバい奴で。盗撮したいとか、海外で無修正動画をDLしてくるとか、酷い時は女子トイレに監視カメラをしかけようなんて、変な発言が多いい奴だったんです。  
でも、成績優秀だし、それなりに顔が整ってたんで、それなりに知り合いは多かったんです。  
 
―で、俺、わかんないけど、じゃあ何でエス君は「触手」を奪ってあんなことが出来たわけ?  
 
…私も、正確には解らないんです。  
あの細胞塊、つまり「触手」をラットに投与したところ、すぐさま死にました。私は、そのラットを冷凍保存用の冷蔵庫に入れたところまでしか、知らないんです。だから、どうして、Sが、「触手」を人間の、それも…  
 
―女子大学生の膣内に投与したあげく、妊娠させたなんて?  
 
……………そうです。  
 
―俺さ、科学が疎くてさ。見て、ほらケータイもガラケーなんだよ。  
エロい中学生でも、知ってることだと思うんだ、人間は、人間以外を妊娠しないって。  
教えてくれないかなー、そこんとこ。  
でないと俺はさ、君を弁護できない。  
 
…………わかりました。  
これは、私の仮説でしかないのですが。「触手」を投与したラットは死にましたが、触手の細胞は死んでなかった。それを、何らかの形で、Sは入手し、使った…  
 
―うーん、弱いな。弱いね、仮説。  
あんまり、こういう事したくないけど…Sを庇うつもりなら、やめた方がいい。俺は、君を弁護する気が在るけど。隠し事をするなら、一切弁護はしない。日の当らない人生を、強制的に君に押し付けることだって言える。  
さあ、言ってみろよ、本当のとこ。  
 
………………………………………………………………私は、そんなつもりじゃなかったんです。  
 
あの日、あの細胞塊を見つけて、ラットに投与し、死んだだけ。ソノ時、私は、よくある失敗だと思い、確かに冷蔵庫にしまいました。……………けど、私の中の好奇心が少し動いたのです。  
 
投与した部位がどうなっていたのだろう、私はそれで冷蔵庫の中のラットを解剖しました。  
細胞塊も、死んでいる筈でした。当然でしょう、生命活動が停止して何時間も経過していたんです。  
 
私は、腫瘍を摘出するような考えでラットを開いて、「触手」を発見しました。  
 
まさか、と思ったのを覚えています。生きてる筈の無い細胞が生きていた。  
私は、すぐさま突然変異細胞だと思い、その細胞塊を隔離しました。  
あの時、すぐさま処分しなかったのは、教授に報告した方がいいと思ったからです。  
決して、Sのような事をしようとは思いませんでした。  
 
私は、培養液を満たした容器に、「触手」を隔離して私は、その日は帰宅しました。  
 
翌日の事です。  
 
Sが、その容器を発見したのです。何の細胞だと、彼に問われましたが、私はうやむやに誤魔化す事しかできませんでした。今思うと、あのやりとりの時に既に、Sは、感づいていたのかもしれません。  
 
Sの直感を決定的にしてしまったのは、この後です。  
 
他の学生が研究室から出払ったあと、私はもう一度、冷蔵庫を開けました。  
触手を投与したラットが減っているわけです、感づかれないように、補充のラットを入れる為でした。  
 
そこで、私は不自然におなかの膨れたラットの死体を発見したのです。  
 
まさか、と思いましたが、私はそのラットを解剖してみることにしました。  
開腹し、そして、やはり私は見つけてしまったのです、ラットの子宮内で増殖―胎盤らしきものを形成していた「触手」を。  
 
断っておきますが、この時、私はSの近くで作業した覚えはありません。  
…もしかしたら、寝泊りする学生を盗撮する為に、Sがカメラを設置していたのかもしれません。兎に角、彼は、触手が他の生物の体内、それも子宮内で増殖…成長する事を知ったんです。  
 
―なるほどね、だから、Sは「触手」を手に入れたと。  
じゃあ、余計に不思議なんだけど、なんで、君はSの部屋にいた訳?  
 
…SのDVDは知ってますか?  
 
―いや、見てない。知ってはいるけど。  
 
あれが、私の所にも送られてきたんです。  
 
―詳しく、教えてくれる?  
 
アイツの部屋らしい、がらんとした、コンクリート打ちっぱなしの部屋の記録なんです。そして、知り合いの女の子が、「触手」を投与され、そして…  
 
―出産だろ?  
 
ええ。すこし補足すると、その手前まですが。  
あの映像を再生しときの、おぞましさときたら。  
天井からロープを伸ばして、女の子の腕を、アイツは縛っていました。アイツは、記録映像だから、言うんですよ、こう、カメラに向かって。  
 
『実験一日目、触手の投与を行う』なんて。  
 
見ていて、吐き気がしましたよ。  
泣いている女の子を押さえつけて、股を開かせて、おそらく触手の入った培養液を注入する。AVなんかよりも、気色がわるかったです。  
 
『実験二日目、母胎良好』『三日目、つわりがみられる』『腹が大きくなる』  
 
アイツの行動、まるで実験でした。  
自分は一切、犯さない。ただ、女の子のおなかの中で膨れ上がっていく、触手の経過と、何が生まれるかだけを期待していた。  
 
だから、私は…  
 
―そんな映像を送りつけられたから、Sの部屋にすっ飛んだわけか…じゃあ、あの状況は一体?  
 
私は、Sの部屋に乗り込みました。  
大家に頼んでも鍵は借りられず、私は、不法侵入を覚悟でアイツの部屋に入りました。  
 
今でも、あの光景が目について離れないです。一瞬の事なのですが。  
 
女の子の監禁された状況が不潔だと、想像されているかもしれませんが、いたって清潔な室内でした。汚物も落ちていない。ちり一つ無い、室内に、椅子に座られた妊婦の女の子が一人。  
 
観察のためでしょうね、ビデオカメラが一台、剃毛された彼女の性器を撮影していました。私が彼女に近づいた時です。  
 
彼女が呻きました。  
妊娠線の入った大きなおなかが膨れ、彼女の性器もまた、内側から圧迫されて盛り上がりました。  
きっと、失禁だと思います。  
性器から液体を漏らした後、そして、血と、なんらかの液体と、羊膜らしきものに包まれた「触手」が六つ、彼女のソコから出てきました。  
 
吐きましたよ。ええ、直視できますか。  
 
―なるほど、だから、警察に、その場で現行犯逮捕。Sが捕まった今日まで、拘留されていた訳か。  
 
そうです。  
 
―じゃあ、あとは俺の仕事だね。そうだ、そのDVDで何故、Sの自宅に行けたんだ?  
 
映像の最後に、Sが私に言ったんです。  
 
「お好きでしょ、触手って?」  
 
 
 
 

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