『九毒蝕む我が龍姫』(後編)  
 
 
 「正確にはちょっと違うけど、キミはね、私の眷属になったのよ」  
 けんぞく……って、いわゆる神族魔族の部下と言うか下僕というか使い魔というか……。  
 「フフッ、まぁそんな感じね──本来なら」  
 本来なら?  
 「キミね、私が拾った時、完全に溺れて呼吸も止まってたのよ」  
 うわぁ……聞きたくなかった、そんな台詞。  
 「とりあえず、足から逆さに吊るして水は吐かせたんだけど」  
 こんな風に──と言って、その長い髪の一房を触手状にして俺の足首を掴み、ゆらゆら揺らすヒュドラさん。  
 「わー、わかったから止めてくださいッ!」  
 慌てて床に下ろしてもらう。  
 「で、とりあえず肺から水を吐き出して、いったん自発呼吸もし始めたんだけど、それでも鼓動とか徐々に弱くなってきたから……」  
 きたから?  
 「生きてるうちに現代の人間社会の情報もらっとこうと思って、こう胸にプスッとね」  
 右手の人差し指をピンと立てると、彼女の真紅の爪が3センチほどの長さに伸びる。  
 ……って、もしかしてさっきの激痛は、それが俺の心臓に刺さった痛みかぁ!?  
 「うん、正解。でも、おかげで私の爪が刺さったショックがマッサージの、爪の先から出る弱い毒がちょうど強心剤の代わりになって、目が覚めたんだから、WIN-WINじゃない」  
 私も望みの情報は得られたしね、としれっとした顔でのたまうヒュドラ嬢。  
 そうか。道理で神話時代から生きてる幻獣にしては、えらく言葉使いや知識が今風だと思ったんだ。  
 「で、それが何で眷属なんて話になるんです?」  
 「爪を抜いたあとの傷を塞ぐのに、私のウロコを一枚埋め込んだから♪」  
 慌てて、左胸を手で探るが、微かな傷痕が残っている以外の痕跡は確認できなかった。  
 「もう、体内に吸収されちゃったみたいよ。たぶん、よっぽど相性が良かったね」  
 ちなみに、キミが感じた激痛は、爪じゃなくてその時のものだと思うわよ……とヒュドラさんは、楽しそうに補足説明する。この人(いや、人間じゃないけど)、絶対Sだ。  
 
 「えーと、おおよその事情はわかりました」  
 体内に本人の鱗を埋め込まれているから、それを中継点にして思考がダダ漏れなんだろう。  
 呪術的にも、他者の血や体液を飲む、身体の一部を取り込むという行為は、霊的な繋がりを作るための手っ取り早い手段みたいだし。  
 逆に眷属だからこそ、主の毒も効果がない、ってことか。  
 「まぁ、そうなんだけど……キミさぁ、私のこと、どう思う?」  
 つ、艶っぽい流し目投げるのは勘弁してください。  
 こちとら、さっきから体内の欲望が不自然にいきり立ってて自制するのに苦労してるんですから。  
 「ねぇ、私、そんなに魅力ないかしら」  
 ちょ、タンマ、背中にふたつのやわらかい塊りが当たってる当たってますって!  
 「ふふっ、こんな時は女はこう言うのよね、「当ててんのよ♪」」  
 
 ──Fuoooooooooooo!!!  
 
 ついに臨界点を突破して「どうにでもなれ!」と抱きしめ押し倒……そうとしたところで、髪の毛で動きを止められる。ぐぬぬ、これがおあずけプレイと言うヤツか。  
 「ほらね。主を自分の意志で害(レイプ)することができる眷属なんて聞いたことないわ。そもそもキミ、私に絶対服従だとか私の言葉が絶対だとか、思ってないでしょ」  
 そりゃあ、まぁ、結果的とは言え、助けてもらったことには恩義は感じてるし、貴女みたいな美人さんの頼みなら、極力聞いてあげたいとは思うけど、「絶対服従」はさすがにない。  
 「つまり、私とキミとの間には、現在霊的なつながりだけがある状態なの。これはこれで悪くないんだけど、ちょっと落ち着かないのよね。だから……」  
 玉座から立ちあがった彼女は、白い古風なドレスをスルリと脱ぎ捨てる。  
 そのまま、俺の服も(髪の毛触手が)手際良く脱がせ、俺達は生まれたままの姿で(彼女の場合は本体がアレだから言葉の綾だ)向かい合った。  
 「単刀直入に言うわ。セックスしましょ♪  
 この世のものとも思えない快楽の内にキミの心を蕩けさせて、本物の眷属にするわ。いい加減、ひとりで海底(ココ)に籠っているのも飽きたしね。  
 でも、もし万が一キミが私を十分満足させてくれたら──そうね、私の旦那様にしてあ・げ・る♪」  
 「あー、つまりどう転んでも、貴女から逃げられないことは確定なんですね」  
 「ふふっ、そうよ。安珍清姫の逸話じゃないけど、ヘビは一途なんだから♪」  
 「執念深いの間違いじゃないスかー!」  
 もっとも、実のところ俺も口で言うほど嫌がってるワケじゃない。  
 正直、化身したヒュドラさんの容姿は、かなり俺の好みのド真ん中に近いし、さっきから言葉を交わした限りでは、性格も(ナチュラルにワガママでマイペースなところも含め)案外好感を持てると感じていたからだ。  
 かくして、俺と彼女のふたりの関係における今後の主導権をかけた、一大「性戦」が開始されることとなったのだ!  
 
 * * *   
 
 ファーストヒットコンボ! ……というわけでもないのだが、せめて主導権を握ろうと自分から彼女に口づけした俺は、舌を絡ませて口の中を蹂躙されるというディープキスで迎撃される。  
 「ん…くちゅ……んむ…ふぅッ…んっ…」  
 一応童貞じゃないとは言え、女性とシた経験なんて10年近く前に何度かあっただけ。経験不足にもほどがあるが、仮に俺が人並み程度の性体験を持っていたとしても、彼女とのキスでは遅れをとったに違いない。  
 はっきり言って、メチャクチャ気持ち良い……キスがこんなに気持ち良いものだとは、正直思わなかった。たぶん、大蛇の化身である彼女の舌が(先こそふたつに割れてないものの)常人の域を通り越して長く、また器用であることも関係しているのだろう。  
 とは言え、一方的に蹂躙されているのもシャクだ。  
 「んんッ……!…」  
 今度は俺の方からも舌を絡ませていく。  
 彼女の口の中に舌を入れ、さっき彼女にされたように彼女の口の中を舐め回す。  
 彼女の唾液は──本来毒であるとは信じられない程──甘く、爽やかな香りがした。  
 
 俺達は、しばらくの間そうして舌を絡ませ合っていた。  
 どこぞのナイスガイの台詞じゃないが、心は熱く、頭は冷静に、そして両手は優しく彼女の身体を抱きしめる。それだけで、不思議と満たされていくような感じがする。  
 
 「ん……ふうっ………ねぇ、キミ、本当に経験少ないの? 私……こんな気持ちのいいキスしたの、初めてよ。もっとも、私とキスした人自体そう多くはないけど」  
 唇を離して訝しげに、しかし頬を紅く染めて言う彼女。  
 どうやら俺に出来る精一杯口撃(キス)はかなりの成果を挙げたようだが──ああ、そうか。そもそも、彼女の本性を考えれば、その生きた年数に比べてキスした相手が極端に少なくとも不思議はない。  
 しかし──いかにも経験豊富そうな妖艶な美女にこんな表情をされると、ギャップ萌えと言うか、すんごく可愛く感じてしまう。  
 「本当ですよ。そもそも嘘ついても仕方ないし」  
 疑似的に霊的な繋がりがあるから、思考や感情はだだ漏れなはずでしょ? と聞き返す。  
 「あはっ、冗談よ──(そうね。キミは私の旦那様になるんだもの。むしろ心強いわ)」  
 後にして考えると、その時から既に彼女は俺を本物の眷属に変えるつもりはなかったのだろう。  
 もっともその時の俺は、目の前の美女の相手でいっぱいいっぱいで、気付かなかったわけだが。  
 
 「フフッ、さ、もっとイイコト、し・ま・しょ」  
 楽しそうな彼女に、俺はそのまま押し倒されてしまう。彼女はトロンと潤んだ目付きで俺を見下ろしている。  
 「この体勢は……俺が不利過ぎませんか?」  
 久々なので、勝手がつかめず、先手を取られてしまった。  
 「だいじょうぶ。キミは私にその身を委ねてくれればそれでいーの」  
 悪戯っぽく笑うと、俺の肉棒を掌で弄ぶ彼女。合意の上とはいえ、何だか逆レイプをされているみたいだ。  
 「それがイイんじゃない。ねぇ、燃えない?」  
 いや、そういう嗜好は俺にはないんで……ない、はずだよな?  
 
 「そう言う割には、ずいぶんと元気じゃない、ココ」  
 彼女の言う通り、我が分身は既にカチコチの合体準備完了状態だ。まぁ、これからスることを思えば、無理もない話だが。  
 「あ、あんまりガン見しないでくれます? それほど大きさに自信があるわけでもないんで」  
 「フフフ……そういう風に恥じらう様子を見るのが、またソソるんじゃない。主(つま)の特権でしょ」  
 なんか完全に手玉に取られているような気がする。  
 「とは言え、私もすっかご無沙汰で、割と我慢きかなくなってるのよねー」  
 彼女の裸身が俺の上にまたがる。  
 下から見上げる形で一番目を引いたのは、やはり胸だろう。  
 D、いやEカップは確実なのに、垂れもせずに形は良好。まさに「たわわ」と言う形容が似合う極上の果実が目の前で揺れているのだ。これで奮い立たないワケがない。  
 「喜んでもらえたようで嬉しいわ。じゃあ、早々に私の中にお迎えするわ、下僕(だんな)様♪」  
 彼女は俺の腰の上に跨ると、ゆっくりと腰を下ろしてくる。先端が彼女の膣口に触れたとき、思わず声を上げそうになるのを懸命に堪える。  
 「ふふっ、よく堪えたわね。そう、殿方は喘ぐものじゃなくて喘がせるもの…よッ!」  
 からかうようにそう言うと、彼女はさらに腰を下ろし、俺の肉棒が彼女の膣内へと咥え込まれていく。  
 
 ──ずぶずぶずぶッ  
 
 完全に腰を落とした彼女。  
 「……ッ!」  
 「あ…あぁぁ……わ、かる……?」  
 歯を食い縛って堪える(苦痛じゃなく快楽のあまり声が出そうなのだ)俺の耳元で、囁く彼女。しかし、その声も先程までと異なり、隠しきれない悦楽が滲んでいた  
 「あなたの…モノが……私の中に……入って…いる…の…が……」  
 言われなくてもわかっている。  
 肌はややひんやりしている彼女だが、その彼女の膣内はとても温かく潤っている。その心身をほぐす温泉のような温かな場所に、俺の肉棒が全て包まれているのだ。  
 正直なところ、油断すると一瞬で達しそうになるほどヤバい。  
 「私が……まずは動くから…あなたは、じっと、してて」  
 俺の状態がわかっているみたいで、彼女がそう気遣ってくれる。  
 「あ、はぁッ…あふッ…あぁッッッ!」  
 彼女は腰を上下させて、俺の肉棒をしごいていく度にじゅぶ、じゅぶと水音が耳に届いてくる。  
 その音も途方もなくエロかったが、それ以上に下半身の感覚は脅威だ。  
 こんなに気持ちが良いなんて、予想外もいい所。ヌルヌルした膣壁と擦れ合うたびに射精感が込み上げてきて、それを必死で我慢するので手一杯だ。  
 こういうのを名器と言うのかもしれない。  
 
 「クッ…すみません…」  
 「な、な、に?」  
 「そんなに、モたない、かも」  
 男として、この上なく情けない台詞だ。  
 
 けれど彼女は俺を蔑んだりしなかった。  
 「無理もないわ……我慢、しなくて、いいわよ」  
 むしろ、そう言って励ましてくれる。  
 
 正直、その言葉に甘えたいのは山々だったが、それでもこれから長い付き合いになるだろう伴侶(パートナー)に無様な真似は見せたくなくて、懸命に堪えて、彼女の腰の動きに合わせ力を振り絞って下から突き上げる。  
   
 「ああぁぁ……ッ!」  
 その突き上げに背を仰け反らせて喘ぐ彼女。  
 眷属とか下僕とかはどうでもいい。ただ、目の前の愛しい女性に、一方的に快楽を与えられるのではなく、俺も彼女に快楽を与えてあげたい。  
 彼女の喘ぎを聴いて、いつしか俺はそんなことを考えるようになっていた。  
 
 「あッ、あッ、あぅッ、んんッ、」  
 「くぅ、さすがにッ、俺も、もう…ッ」  
 俺の肉棒を優しく包み込んでくれている彼女の膣を、もっととことんまで味わい尽くしたい。そう考えているのに、未熟な身体の方に限界が来ているのでどうすることもできない。  
 
 「な、中に、そのまま出してぇ!」  
 そう言って彼女が腰を下ろして来たと同時に、俺は腰を思いっ切り突き上げる。  
 
 ──ビュクッ ビュクッ!   
 
 間一髪彼女と同時にイった俺は、彼女の子宮の中にしこたま熱い白濁液を注ぎ込んでいた。  
 「あ…あぁぁ…ああぁぁっ…! …なかに…私の胎内(なか)に、あなたの……熱いモノが…入ってきてるぅ……」  
 
 ──ビュク ビュク ビュクッ……  
 
 しばらくの後、ようやく俺の射精が収まったことを確認した彼女は、繋がったままの俺の上に倒れ込んできた。  
 
 身長差はほぼないので、俺の顔のすぐ横に彼女の美貌が見える。加えて視界に映る、地に着くほどの長い藍色の髪。  
 艶やかなその髪に、触れてみたくて、俺はそっと手を伸ばす。  
 彼女は一瞬ピクリと身を震わせたものの、それ以上は動かず、俺はそのまま彼女の髪に触れて、そのまま梳くように撫でていた。  
 あれほどウネウネ動いていたのに、指を擦り抜けていく髪の感触は細く滑らかで、とても触り心地がいい。  
 「……どうしたの?」  
 「ん? ああ、綺麗な髪だなぁ、って」  
 俺の馬鹿正直な答えに、彼女は呆れたような慈しむような視線を返した。  
 「ねぇ、キミ、私の本性が何かわかってるんでしょう? それでも、綺麗だって言うの?」  
 確かに、彼女の正体はヒュドラで、今の姿は擬態してるだけで、多分この髪も実際にはメドゥーサの髪の如く無数の蛇の首なのかもしれない。  
 それでも、綺麗だと──触れてみたいと──愛しいと思ったこの想いに嘘はない。  
 「……呆れた」  
 そう言いつつも、彼女の表情はどこか嬉しそうだった。  
 
 「で、この勝負、俺の勝ちでいいんですか?」  
 「あ、そう言えばそんなコトもしてたわね」  
 さては途中から忘れてたな?  
 「んーーー、ま、いいでしょう。とりあえず、この一戦はあなたの勝ちよ、旦那様」  
 ありゃ、案外素直に認めたな。  
 ──ん? 「この一戦」?  
 「そ。さぁ、夜はまだまだ長いわよぉーー!!」  
 ちょ、待った、そもそも海底(ココ)に夜も昼もないだろうが!?  
 「ええ、だから好きなだけ睦み合えるわね、ダーリン♪」  
 ひぃええええーーー!  
 
 ──その後、媚薬兼霊力補給の効果のある彼女の唾液(いわく「毒も薄めれば薬となる」んだそうな)で何度となく「復活」させられつつ、俺達は、ほぼ3日3晩交わり続けることになった。  
 おかげで、俺──俺達が地上に戻った時には、すでに津波から一週間近くの時が立ち、俺の生存はほぼ絶望しされていたことを付けくわえておく。  
 
 「うん、まぁ、若気の至りよね♪(テヘペロ)」  
 齢ン千歳の、どの口がそんな台詞言う気ですか、マイハニー。  
 
 
-エピローグへ-  
 

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