結局、何だかんだで一応俺を「旦那様」と認めてもらったんで、ふたりで地上で暮らすことに。  
 実は、海底での隠棲生活に飽き飽きしていた彼女が、こうなるように手を抜いたんじゃあ……と気づいたが、俺としても、何にもない海底よりは住み慣れた地上で暮らす方が断然いいので追求する気は毛頭ない。  
 
 ただ、そのために彼女の化身(じつは目の前の人型は「9本の大首のひとつを核に魔力で実体化した存在」だった)を本体から一時的に「切り離す」必要があったり。これまでは眠る本体と化身は長〜い髪の毛でつながっていたのだ。  
 ──え? エヴァンゲ●オン? ……せめて「子供たちは夜の住人」の由美と道麻って言ってあげて(我ながらたとえがマイナー過ぎか)。  
 ともあれ、3日3晩ブッ続けの交わりは、その儀式魔法で使う魔力蓄積のためだって言ってたけど……ありゃ、絶対後付けの言い訳だな、うん。  
 で、いざその儀式をしたら、とても(魂的に)痛かったらしく、涙目になってクスンと凹む彼女の様子がとても愛らしくて、ついつい押し倒してしまったあたり、いい加減俺もほだされてるよなぁ(1戦終わったら即逆襲されたけど)。  
 
 諸々のコトが終わったのち、彼女の魔力で大きなシャボン玉みたいな空気の塊りを作り、それに入って俺たちは地上に出た。  
 俺のポケットには小銭入れしか入ってなかったし、彼女は言わずもがなだが、上陸した場所は幸い俺の家の隣りの県だったから、電車で帰ること自体は比較的容易だった。  
 
 ただ、「ふたりで」家に戻ってから、もちろんひと悶着もふた悶着もあったともさ。  
 とりあえず、俺は津波で流された後、彼女に拾われて保護されてたが、一時的に記憶を失っていたということにしておく。  
 で、この一週間あまりの間に「彼女の献身的な看護」(笑)を受けた俺と彼女の間に愛が芽生え、さらに俺の記憶も戻ったので、ふたりで結婚してここに住むため戻って来た……と、周囲には説明した。  
 
 ちなみに、今俺が住んでる家は、仕事場(古本屋)を兼ねた、商店街の端っこにある一軒家だ。  
 元は爺さんが経営してたこの店に、務めて2年目の会社がつぶれた俺がそのまま居候兼店員として転がり込み、一昨年、爺さんが亡くなるとともに引き継いだ形になっている。  
 色々手を入れてるはいるが、かなり古いし、新婚の新居として見ると少々オンボロ気味なのは否めない。  
 彼女が難色を示したなら住居だけでも新築マンションにでも引っ越そうかと考えていたのだが、意外なことに我が奥様は、この古き良き昭和の香り漂う和洋折衷住宅がいたくお気に召したらしい。  
 「たとえ古くとも大切に使われていたものには魂(プシュケ)が宿るものなのよ、ダーリン」  
 神話の時代から生きる蛇姫様の言うことだけに不思議と説得力があるなぁ。  
 
 無論、俺としても伴侶に異論がなければ馴染みこの家を離れる理由はない。  
 かくして、俺達は正式に籍を入れる前からこの家で同棲生活を営むこととあいなった。  
 
 周囲の反応は様々だった。  
 ウチ両親に関しては、いきなり嫁を連れて来た割には、案外簡単に受け入れてくれた。  
 まぁ、俺もそろそろいい歳だし、龍子さん(ふたりで決めた偽名)はパッと見には「いいところのお嬢さん」っぽく見えるからな──ただし、「清楚可憐」じゃなくて「絢爛豪華でタカビー」系の。  
 実際、海底の棲み家からごっそり貴金属とか宝石の類を持ち出して来たから、ひと財産どころか百財産くらいあるけど。  
 現代日本の知識や社会常識その他についても、俺からコピーしたんだから、おおよそは心配ないだろうし。  
 (と、この時では思ってたんだが、後日「机上の知識」と実体験にもとづくそれとでは大きな差異があることに否応なく気付かされた。トホホ……)  
 
 紹介した友人たちからは、色々やっかまれもしたが、祝福してくれた──ただ、あとで霊能者してる友人には「あの女性の正体知ってるのか?」って聞かれたんで、曖昧に笑っておいた。  
 「……そうか。お前がいいなら、別に他人がとやかく言うことじゃないよな。いろいろ頑張れ──蛇性の淫なんて言葉もあるし」  
 「雨月物語」、だっけ? まぁ、俺は最初から彼女の本性は承知の上だし、その辺については問題ないんだが。まぁ、とりあえず寺詣りはやめとこう。「淫」の字の部分については……はは、これも「夫の義務」と割り切ることにしたよ。  
 
 ともあれ、そいつのツテでマイハニーの日本戸籍を作ってもらい、晴れて「ギリシャ系帰化人を母に持つ日本人・九頭見龍子」さんが社会的にも認知され、その半月後に華燭の宴とあいなった。  
 いやぁ、まさか、この俺に純白のタキシードなんてものを着る機会があるとは夢にも思ってなかったよ。  
 「ダーリン、ここは普通、新婦のウェディングドレス姿を褒めるところじゃないかしら?」  
 祭壇への道を腕組んで歩きながら、龍子さんが小声で呆れたように囁く。  
 普通は花嫁の父が祭壇前までエスコートして新郎に引き渡すんだろうけど、彼女が天涯孤独(と言うことになっている)なので、変則的にこういう進行にしてもらった。  
 ──言わせんなよ恥ずかしい。  
 純白……ではなく、ほんの僅かにピンクがかった薄い桜色の上品なエンパイアラインの婚礼衣装に身を包んだ彼女は、冗談抜きで女神のように美しかった。  
 「フフッ、あ・り・が・と」  
 彼女限定のサトラレ状態なので、俺の本音はダダ漏れなワケだが、まぁ、その辺は文字通り「言わぬが花」いうヤツだろう。  
 さすがに神前での誓いっては白々しい気もしたんで、形式としては人前式ってことになるかな。  
 立会人(これは、例の霊能者な友人とその嫁さんが務めてくれた)の前で、二世を誓う俺達……もっとも、凡人な俺はともかく、我が奥方殿が来世を迎える頃には、人類の方が滅んでいるかもしれんが。  
 
 ともあれ、その出自とは裏腹に、呆れるほど美人であるという点を除けば龍子さんも、ごく当たり前の「幸せ一杯の花嫁」に見える。  
 実際、あとから聞いたところ「まさか私が人間の男の元に嫁ぐ日が来るなんてね〜」と、酔狂に面白がってはいたらしいし、ま、結果オーライだろう。  
 新婚旅行は1週間かけて国内の主要都市5ヵ所を梯子した。下手に風光明媚な場所より、現代文明の粋を凝らした都市の方にマイハニーは興味を示したからだ。  
 旅先では色々な厄介事──ホンっトにてんこ盛りなトラブルに遭遇もしたが、それもまぁ済んでみればいい笑い話だ。  
 
 そして、現在、俺は相変わらず古本屋の店主を務めてると同時に、主夫として我が家の切り盛りもしている。  
 彼女の名誉のために言っておくと、(驚いた事に)龍子さんも家事を分担しようと申し出てはくれたのだ。もっとも、これは俺の身を慮ってと言うより、好奇心でやってみたいという要素の方が強かったみたいだが。  
 そして、このテのありがちなお約束みたく家事の技量が壊滅的というワケでもなかった。少なくともひとり暮らしを始めた当初の俺よりは、よほど筋も良かった。  
 ただ……ちょっとでも気を抜くと、すぐに手の代わりに髪の毛の触手(?)を使っちまうんだよ(しかもその方が器用だし……)!  
 そんな光景、万が一他人に目撃されたらエラいことになる。  
 ──と言うわけで、現在も独身の頃同様、俺が炊事・洗濯・掃除をこなしているというワケだ。  
 
 じゃあ、ウチの奥方殿は何にもしてないNEETなのかと言えば……うーん、違うと思う、一応。  
 まず、店を開けてない朝晩はともかく、俺が昼飯を作っているあいだは、店番してくれてる。好奇心と知識欲旺盛な我が妻は、本を読むのがお気に入りのようで、店番しながら片っ端からウチの売り物を読み漁っているのだ。  
 そのぶん、客への応対は比較的ぞんざいだけど、元々近所の学生と常連さんしか来ないような店だし、特に問題にもなってない。  
 そして、意外なことにパソコン、とくにインターネットにもハマった彼女は、最近デイトレードで結構な額(それこそ、ウチの店のつつましい収入と同じくらいの金額)を稼いでいる。  
 ──巳(ヘビ)は金運の象徴とか言うけど、それと関係あるのだろーか? それとも、齢ン千年の智恵の勝利?  
 「あぁ、株取引(あんなの)なんて、運気の流れを読めば簡単よ」  
 オカルトでした!  
 
 ともかく、今現在の俺は、美人で(機嫌さえ損ねなければ)陽気で明るい嫁さんをもらって、至極幸せな新婚生活を満喫していると思う。  
 「ねぇ、ダーリ〜ン、お腹が膨れたら、私のもうひとつも欲求、満たして欲しいな♪」  
 食事のあと、妻にこんなに潤んだ瞳を向けられたら、たとえ相手が蛇姫様でなくとも、男なら後には引けないと言うモノだ。  
 「にゅふふ……月がとっても蒼いから今夜は寝かさないわよ〜」  
 ──ただひとつ、夜の営みのあまり寝不足気味なのだけは何とかしてほしいと切に願う今日このごろではあるが。  
 
-おわり-  
 

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