〜冬の雨〜  
 
「うわあ、もう0時だ……」  
台所に置いてある時計の針は、間もなく2月14日の午前0時を指そうとしている。  
明日は月曜だ。例によって例のごとく、私は学校に行かないといけない。  
だと言うのに。  
……私は、なんで手作りチョコ特集の料理雑誌を開いて台所にいるんだろう……?  
 
 
私の名前は古田沙穂。どこにでもいる普通の学生だ。  
まあ平均よりはちょっと成績がいいくらいだけど、中堅進学校のうちの学校ではさほど目立つ存在ではない、と思う。  
ただ、ちょっとよくわからない付き合いをしてる男が約一名いるくらいだけど……。  
 
溶けたチョコを、ゆっくり冷やしながら固める。手が空いたら、デコレーション用のカラフルなチョコパウダーも準備した。  
「うーん。こんなものかな」  
試作品を口にしたら、思ったより味は良かった。これなら誰に食べさせても、タダでなら文句は出てこないだろう。  
後は味にバリエーションをつけて、余裕があったらホワイトチョコとかも……。  
「……」  
そこで手を止めて、改めて考える。  
そもそも私は何で、わざわざ時間も手間もかかる手作りチョコなんかを作っているのやら。  
 
──私には、結城慶太という幼馴染がいる。  
子供の頃、幼稚園からのご近所付き合いで、その後も学校はずっと一緒。  
今ではいつの間にか、早弁したり部活で帰りが遅くなっているあいつの為に、私は毎日弁当を作ってあげているという次第である。  
繰り返すけど、あいつとは付き合ってるわけじゃない。ただの、幼馴染である。  
よく行き帰りが一緒だったり、たまに何か奢ってもらうくらいの仲だ。  
あいつは確かに話をしてると楽しいし、付き合いが長い分趣味も合ったり考え方も良く知ってる。  
馬鹿話もできるし、からかったら楽しいし。  
でも、別に好きとかじゃなくて……そう、何か世話のかかる弟みたいな感じ。  
そんな感じ、だったんだけど。  
 
「うー」  
どうも最近何か自分が良くわからない。  
昔っから私のほうが背が高かったのに、今更になって伸びてきたあいつに抜かれたりしたから……ってわけじゃないと思うけど。  
何か、あいつが違って見える。  
私はこのままでいいのに、あいつは一人でどっかに行ってしまいそうな感じ。  
この前の進路希望調査でも、遠くの進学先を候補にしてたし。  
何より、他の女友達の話とか。  
 
"結城君って最近結構よくない?"  
"うんうん、入学した時はそんなでもなかったのにねー"  
"古田さんとは別に付き合ってるわけじゃないらしーし、狙いどころかもよ?"  
 
最後の話は親しい友達から聞いた話だけど。あいつ、そんなにいいだろうか。  
他人の感性っていうのはよくわからない。それとも、私が変なのだろうか。  
そんな事を考えながら、私はまたチョコ作りに集中しようとする。  
「そうよ、この前のお返し。うん、そうそう」  
先月の末に、喫茶店でパフェだけでなく食事まで奢ってもらった事があった。それのお返しって言う事にしよう。  
明日の昼前に、弁当と一緒にさりげなく渡せばいい。そう、思いっきり『義理』って言ってやれば変な誤解も無いし。  
ようやく納得しかけて、形を作りに掛かる。  
「ハート……はなんか本命みたいでアレよね。うん、長方形にしてそれでデコレーションすればいいかな」  
そんな事を口走った途端、突然"くくっ"なんていう背後から忍び笑いが漏れた。  
 
「お姉ちゃん!?」  
いつの間にか私の後ろにいたのは、大学三年になる私の姉。  
「ただいま、沙穂。いやー、今夜は飲んだ飲んだ」  
姉は飲み会帰りらしく、少しお酒臭い。  
ちなみにこの姉、かなりいい加減で家事もそんなにできないのに、男の人には異様にもてる変わった姉だ。  
「なんだ沙穂、チョコ作ってんのか。……ふふふっ、ねえ誰? 誰に作ってんのよ?」  
すすす、と私の横に移動すると、試作品を一個つまむ姉。  
「ふむ、美味しい。こりゃきっと受けがいいわ。……で、誰?」  
「私がチョコ渡すのなんて、お父さん以外には例年一人しかいないでしょ」  
ちょっとだけ口をとがらせて、姉の方を見る。  
 
「あー、結城さん家の慶ちゃんか。なんだ、今年はいよいよ手作りチョコか。ようやく進展したのか?」  
酔っているせいか、いつも以上にずけずけ物を言う。私は別に、とだけ答えて作業を進める。  
「何だ、まだ幼馴染から脱却してないのか。この前なんかも仲良く帰ってくるからさ、私はてっきりもうずっこんばっこんな関係になったかと思ったよ」  
「っ〜!」  
姉のとんでもない発言に思わず顔が赤くなる。たたでさえこの奔放な姉のせいで知らなくてもいい知識が随分溜まってきているっていうのに、そんな事を言われたら本当に想像してしまう。  
「あら沙穂、なーに顔赤くしちゃってるのかな〜?」  
「お姉ちゃんうるさい。あいつはただの幼馴染なんだから。これだって私の料理の特訓を兼ねた……そう、時間潰しよ」  
「ほーう、わざわざこんな時間まで、ただの幼馴染に手作りチョコを作るのが時間潰し、と」  
この酔っ払いの姉は、どうやら私に対して徹底的に絡むつもりらしい。  
「いいのかい? そんな事言って強がってると、誰かにあっさり寝取られちゃうわよ? 年頃の男なんて、ちょっと誘惑すれば一発なんだから」  
「……だから、あいつは私からしたら弟みたいなもんだって。誰かと付き合ったって気にしないよ」  
「うんうん。昔はそうだったね。弟が欲しいとか言ってた沙穂にとっちゃ、慶ちゃんはうってつけだったから」  
「今だってそうなの」  
「本当にいいのかい? 誰かに取られた後で後悔しても、遅いぞ?」  
言葉の一つ一つが、今夜に限ってなぜか痛いくらいに胸に届く。でも、私は。  
「しつこいよ。酔ってるんなら早く寝なよ。明日講義でしょ?」  
「残念、私はもうテストが終わったのでした〜」  
「……もう」  
「まあ、あんまり苛めるのも……楽しいけどやめとくわ。まあ、沙穂もチャンスと見たらちゃんと動いたほうがいいわよ。強がっててもいい事無いから」  
「お姉ちゃん……」  
「んじゃ寝るわ。おやすみ、沙穂」  
ひらひらと手を振って、二階へと上がっていく姉。  
「……おやすみ」  
少しだけ、言葉が胸のあちこちに引っかかっている気がする。  
「やっぱりハート型にしよっと。あと、明日の私とあいつの分のお弁当を……」  
心なしか重くなった作業の手を無理に速めながら、私は次々とやる事を終わらせるのだった。  
 
「はい、今日の分のお弁当」  
「お、サンキュー沙穂。今日もありがとな」  
翌日。どこか浮ついたような雰囲気が見え隠れする教室で、私は平然とした顔で弁当を渡す。  
「お礼を二回も言わなくてもいいよ。今日はあんたの苦手なものばっかり入れたから」  
「げ。……何さ」  
「海草サラダ。セロリ。ピーマンの肉詰め。それから……」  
なおも言葉を続けようとした私の言葉を、あいつはあっさりと止める。  
「なんだ、それ全部普通に食えるぞ」  
「……え?」  
唖然とする。  
「沙穂が訓練してくれたおかげで、すっかり苦手な食べ物は減ったから。感謝してるぜ」  
「……」  
どうしよう。  
あいつは弁当箱をさっさと机にしまってしまう。どうしよう。  
──苦手なものばっかりじゃなんだから──って言って、困った顔をしてるあいつにチョコを渡そうとしたのに。  
動揺してる。だからつい私は。  
「そ、それは良かったわ。それじゃ、また」  
なんて言って、チョコを隠したままで自分の席に戻ってしまう。  
こんな時だけ、素直じゃない私が嫌だった。  
あいつには、今の私はどんなふうに見えたんだろう。  
 
放課後。  
私はいつものように弁当箱を返してもらおうと、ホームルームの終了後にあいつの姿を探した。  
「……あれ?」  
いない。教室のどこにもいない。今日はあいつの部活も無いはずだし、掃除とかの当番も無い。  
不審に思って、あいつの友達に聞いてみる。  
「ああ、結城? さっき何かを見て、急にどっかに出て行ったけどなあ。確か四階の方に」  
四階と言うと、下級生の階だ。……何だか、嫌な予感がした。  
「ありがと!」  
チョコは隠し持ったまま、あいつを探して私は階段を上る。  
あいつの鞄は無かった。でも、あいつは弁当箱を返さないで勝手にどっかに行った事は一度も無い。  
それは、私の小さな小さな、勝手な自慢でもあったのに。  
四階にはあいつはいなかった。となると。  
「屋上……」  
屋上は昼休みと放課後の僅かな時間だけ開放されてる。なぜか、そこだと直感が告げていた。  
心なしか、私は足音を殺して階段を上がっている。  
何でもない事なのに、何か嫌な予感がした。少し怖かった。  
心臓の音がいやに大きく聞こえる。  
 
そして階段を上り終わった時、私の嫌な予感は現実のものになった。  
 
「結城君、これ……私の気持ちだから」  
微かに開いた屋上のドア。そこから、二つの人影が見える。声も聞こえる。  
一人は、言うまでも無くあいつだ。そしてもう一人は……。  
「潮崎さん、えっと……これって」  
あいつはどこか浮ついた声で話している。そして、あいつに……あいつに……慶太にチョコを渡してるのは。  
潮崎さん。確か隣の隣のクラスの子だ。美人で通ってて、この前彼氏と別れたばっかりだって聞いてたけど……。  
「そう。私、結城君と付き合いたいなって思って」  
ばくん、と心臓が高鳴る。……今すぐここから飛び出したい。でも、そんな事出来ない。  
「でもなんで……俺、潮崎さんとはあんまり話した事もないし」  
「いいじゃない。私、前からあなたの事気になってたのよ? 色々聞いたら、いつものあの子とは付き合ってないって言うし、ね?」  
私の脚が、勝手に逃げ出そうとする。ここにいなきゃという気持ちと、逃げてしまいたいという気持ちがぶつかり合う。  
「……」  
あいつは答えない。そう、答えてなんか欲しくない。なぜかわからないのに、とてもそれが怖い。  
「……うーん。やっぱり何か引っかかるのかな。でもいいよ、私ちょっとだけ待つから。明日結城君の答えを聞かせて欲しいな。そのチョコを食べてもらってから」  
「……わかった」  
「うん、それじゃね。また明日、結城君」  
その言葉を聞いて、私の脚はようやく動いてくれた。  
 
教室に戻ると、そこはさっきの事が嘘みたいに平穏な空間だった。  
異質なのは私だけ。友達が思わず、"沙穂、顔色が悪いよ"と指摘してくれるほどに。  
もうすぐ……あいつが帰ってくる。私に弁当箱を返しに、ここに帰ってくる。  
私はどんな顔して、あいつに……ううん、慶太に向き合えばいいんだろう。  
昨夜の姉の言葉が、しつこいくらいに心の中を好き勝手に荒らしまわる。  
いつしかさっきの潮崎さんの台詞も混じって、さらに私の心をぐちゃぐちゃにしてしまう。  
──誰かに取られてから後悔しても、遅いぞ?──  
──色々聞いたらいつものあの子とは付き合ってないって言うし、ね?──  
慶太が私から遠くに行ってしまうかもしれない。でも、そんなのは……嫌だ。  
 
私は、どうしたらいいんだろう。  
 
 
私が教室に戻ってきてからほどなく、あいつ──慶太も戻ってきた。  
あの光景を見た後だからかもしれないけど、どこかいつもの慶太と違って見える。  
「……」  
私は淡々とノートや教科書を鞄に詰める。  
慶太は自分の席に一旦戻ってから、友人達と何か喋ってる。当然だけど、さっき貰っていたチョコは手に持ってはいない。  
そんな光景を横目で見ながら、私はあてもなく席を立ち、黒板の横の棚に置いてあった……たまたま目についただけの進路関係の本なんかを開いたりする。  
今は、とても慶太に自分から「弁当箱返して」なんて言いに行ける雰囲気じゃない。  
何だか、胸の奥がちくちくと突付かれるような感じだ。  
 
「沙穂」  
そのまま本を眺めていた私に、後ろからかかる声。  
振り返ると、慶太が少しだけばつが悪そうにしつつ、弁当箱を差し出していた。  
「な、何よ。……遅かったじゃない」  
声が動揺してるのがはっきりわかる。慶太の顔を見るだけで、さっきの場面がありありと思い浮かんでしまう。  
とりあえず弁当箱を受け取る。例によってお残しはない。  
「悪い悪い。……でさ。その、なんだ」  
首筋を指で掻きながら、慶太は少し素っ気無く話を続ける。  
「今日、この後暇か?」  
「うーん、別に……暇だけど」  
出来るだけいつものような会話になるように、私は神経質なくらいに気を遣って言葉を紡ぐ。  
「そっか。……じゃあさ、一緒に帰らないか?」  
「うん……いいよ」  
別にいつもならそのまま流れで一緒に帰ったりするのに。  
私も慶太も、あからさまに変だった。  
 
いつもの帰り道。いつもの夕暮れ。  
でも、私と慶太の間にはいつもと違う空気が流れているような。  
慶太は他愛無い話を続けながら、時々何か言い出そうとして、黙ってしまう。  
私はそれを待っているような感じ。そう、待つ事しかできていない。  
私は気付いてしまったから。慶太はさっき教室に帰ってきた時に、私が慶太の居場所を尋ねた男子と話をしていた。  
ひょっとすると、感づいているのかもしれない。私が、慶太と潮崎さんの話を聞いていたって事を。  
「で、その映画だけどさ。何かつまらないらしいぞ? 千円出してまで見る価値は無いってさ」  
「ほんと? ハリウッド顔負けのアクション映画って聞いてたんだけどなぁ」  
話題の映画の話をしながら、歩道の無い駅前に続く近道を歩く。  
 
後ろから車が来た。  
道路の真ん中を歩いていた私達は、それぞれ左右に別れて車をよける。  
また戻って話を再開させながら、ちらちらと慶太の方を見る。  
別にそこまでかっこいい顔じゃないと思う。背は平均より多少高いくらい。部活ではぎりぎりでレギュラーらしいけど、ずば抜けて運動神経が良いわけじゃない。成績は中の下。  
つまり、ごくごく普通の男子生徒だ。美人の潮崎さんがわざわざ告るような男子じゃない。  
──本当に、そうなんだろうか。  
私はこいつを、慶太をただの幼馴染としてしか見てなかったと思ってる。  
でも、最近は本当にそうなのかわからない。  
 
「好き」の基準って何なんだろう?  
 
慶太と話してる何でもない時間は私の中で在って当たり前のものになってるし、お弁当を作ってあげてる時は楽しい。  
お昼に慶太が私のお弁当を残さず食べてるのを見た時は嬉しいし、何より……慶太の笑顔が私は好き。  
そして今日、私は強く思ってしまった。  
この幼馴染を、慶太を、他の誰かなんかに取られたくない。……絶対に。  
こんな事を思うのは初めてだけど、今日の事がきっかけで眠っていた感情が目覚めたのかもしれない。  
そして、大切な幼馴染を取られたくなかったらどうすればいいかは私が一番良くわかってる。  
まだ渡せずに、鞄の奥に隠してある手作りのチョコ。  
これを、ちゃんとした意味で渡せばいい。そうすれば、少なくても自分の気持ちは隣にいる幼馴染にもきっと伝わるはず。  
 
「おーい、沙穂。何ボーっとしてんだ?」  
考え事をしていたからだろうか。慶太の話も上の空だったらしい。  
「あ、うん。ごめん、ちょっと考え事してた」  
「ったく、気をつけろよ。赤信号無視して歩き出しそうな勢いだったぞ」  
慶太は私よりはよっぽど普通だ。さっきみたいに何かを言いかけて口をつぐんでしまう事はあるけど、それ以外はいつもとそう変わらない。  
むしろ、いつまでも変なのは私。  
「でさ、来週から始まる期末試験の──」  
慶太が平然としていられるのは、ひょっとしてもう心に決めた事があるから? それとも……。  
一度迷うとそれは枷になって、話を切り出せなくなる。  
何でも話せた幼馴染にたった一言だけ言うのが、こんなにも難しいなんて。  
慶太も何か言いたそう。私も何か言いたい。  
でも、言えない。  
私は慶太を取られたくないと思う一方で、多分こうも思ってる。  
 
──欲しがって、踏み込んで、その関係が壊れるくらいなら、踏み込まずに今の居心地がいい関係のままでいい──  
──それに、慶太が潮崎さんにOKを出すとは限らないじゃない──  
 
それはきっと、こんな関係にある全国諸所の幼馴染達共通の悩みなのかもしれない。ふと、そんな事まで考えた。  
「慶太、あんたまた数学で赤点ぎりぎりの点数取ったりしないよね?」  
「……善処する」  
「もう、部活だけじゃ大学なんて行けないんだよ? どの科目もバランス良く取らないと」  
私の意識と裏腹にほとんど勝手に紡がれる言葉は、ごく自然で、でもどこか空虚。  
「あー、わかってるよ。見てろ、今に成績でも追いついてやる」  
「ふふん、学年トップ50の壁は厚いわよ」  
 
タイムリミットが近づく。私の家はもう目前だ。  
言おう、言わなきゃ。せめて「私の家に寄ってく?」くらいは。  
でないと渡せなくなる。言えなくなっちゃう。  
「…………ねえ、慶太」  
意を決して、隣で白い息を吐きながら歩く幼馴染に話しかける。  
「……なに、沙穂?」  
「あのさ」  
なのに、言葉が続かない。慶太はどこか戸惑ったような表情をしてる。  
「……えーと」  
「……」  
待ってる。きっと待ってくれてる。そう思ったのに。  
「……明日のお弁当、何かリクエストある?」  
出てきたのはこんな言葉。  
ああ、私ってこんなに臆病だったんだ。  
 
そして、こういう事には不器用な私は、ううん、私達は。  
結局何も踏み込む事が出来ないまま、いつものように、家の前で別れるしか出来なかった。  
 
「……」  
玄関に入ると、無言で自室まで行く。  
悔しくて、情けなくて、そのままベッドに突っ伏した。  
携帯も、電源を切ってどこかに放り投げる。  
床に落ちた時に、ストラップのものだろうか……コン、と音が鳴った。  
いつか慶太と……と言うより付き合いの長いお互いの家族同士で行った、一泊二日の旅行の時に買った、携帯のストラップ。  
確か安物の宝石のような蒼い石を付けたストラップで、石の持つ意味は和合と愛情だったっけ。  
余計悔しくなって、枕に顔を埋めた。  
だいたい、神様とやらがいるのならこんなの無茶だ。  
あんな無理やりな方法で私の気持ちを気づかせてくれたって、そこから数時間で何が出来るっていうんだろう。  
私が自分の気持ちに気づいたからって、今さら何が出来るんだろう。  
こういう時だけ、自分の変な真面目さが嫌だった。  
 
そのまま夕御飯もいらないと言って、部屋の電気を少し暗めにして寝転がっていた。  
今頃慶太は何してるんだろうか。放り投げた携帯電話は、当然ながら寂しそうに沈黙したままだ。  
もう、あのチョコを食べたんだろうか。家がお金持ちな潮崎さんの事だから、あれはきっとかなり高級な物なのかもしれない。  
自分の鞄の中に入ったままのチョコは……高級感はないと思う。でも、それなりの気持ちはこもってるはず。  
「でも、所詮私は不戦敗か……」  
そんな感じでへこんでいる私。と、そこに無遠慮なノックとともに姉が入ってきた。  
「おーい、生きてるか沙穂」  
「生きてる。……って、お姉ちゃん何それ」  
姉の片手には、お盆。その上には多分今夜の夕食だろう、それをチンしたと思われる料理が二皿。  
「母さんがさ、体調悪くても少しくらい食べとけって」  
「……ありがと、お姉ちゃん」  
姉はその言葉を聞くと、部屋から出ずにそのまま床にどっかと座り込む。そして、単刀直入に言った。  
「沙穂、何かあったでしょ。あんたが体調崩して夕食抜くなんて今までまず無かったし」  
「……」  
無言で料理に箸をつける。私が料理するようになって随分経つけど、母の料理はまだまだ私よりも上手だな、なんて思った。  
 
「……そっか、慶ちゃん絡みか」  
本棚から音楽雑誌を抜き取ると、姉は唐突に言う。私はほとんど反射で姉の方を見てしまった。  
「ほら、やっぱりね。ま、昨日チョコ作ってた時点で今日は色々とあんたに尋問する気満々だったんだけどね、私は」  
「……」  
私は何も言えずに黙ってしまう。  
「その顔からすると、何かよっぽどショックな事があったみたいね。どら、姉ちゃんに話してみな」  
「お姉ちゃんには……関係ないでしょ」  
私は強がって反発する。  
「関係あるさ。大事な妹と、その妹の大切な幼馴染の話だからね」  
「私……」  
いつもならこんな事言わないのに、口が勝手に動く。  
あるいは、救いと助言が欲しかったのかもしれない。気づけば今日の出来事を、かいつまんでとは言えほとんど姉に話してしまっていた。  
 
「……なるほど」  
斜め読みしていた音楽雑誌を脇に置いて、姉は私の方を見る。  
「しかしあんたも回りくどい性格だね、ほんと」  
「お姉ちゃんが真っ直ぐっていうかストレートすぎなだけでしょ」  
「まぁね。私にはそんなに微妙な距離の幼馴染がいないから何とも言えんけど」  
姉はポケットから煙草を出して、すぐしまった。  
「あぁ、この部屋は禁煙だったか。……それでだ」  
「なに?」  
姉は一度だけ間を置いてから、珍しく真面目な声で私に言う。  
「沙穂、あんた慶ちゃんが好きなんだろ?」  
「…………」  
 
しばらく沈黙する。そして、私はぽつりと言った。  
「……うん。私きっと、慶太のことが好きなんだと思う」  
 
それは、自己確認の意味も含めてのものなのかも。  
「なんだい、そのきっとってのは」  
すかさず突っ込んでくる姉。  
「だって……こういうのを本気で実感したのって始めてだから」  
私は誰かを意識して好きになったっていう感覚が無い。そう思っていた。  
少なくとも、慶太を仲がいい幼馴染として意識していたつい半日前までは。  
「……マジかい」  
「そんな事言わないでよ、もう」  
と言うより、幼馴染である慶太に対する感情が実は「友達以上恋人未満な幼馴染」より一歩進んだ「好き」という感情だったって事なんだけど。  
「ふーむ。ふむふむ」  
姉は黙り込んでから、不意に少し口元を緩めて言う。  
「今のちょっと弱気な沙穂、割に可愛さ2割増だわ。今すぐ慶ちゃん呼んで、その調子で告っちゃったら?」  
なんならついでに……と言って、恥ずかしい事を堂々と口にしようとする姉に、目でストップをかける。  
「だって、もうタイミング逃しちゃったし」  
「で、諦めんの? 全然慶ちゃんの事を知らないような女に取られてもいいの?」  
「それは……」  
「取られたくないだろ?」  
「……うん」  
こんな時だけ、普段ずぼらでいい加減な姉は恐ろしくキレがいい。  
「私は冗談じゃなく、そういう繋がりで引き止めるのもアリだって言ってるだけ。あんたらなら昔からの付き合いだし、そっから順風満帆スタートもいけるっしょ」  
「うー……」  
「ま、それは経験の浅い沙穂にはちょっと無理か。……まあ、あんまし関わるのも何だから、私は退散するわ。精々頑張んなさい。あと、食器は自分で戻しておくように」  
 
姉は立ち上がると、いつものように飄々とした調子で部屋から出て行こうとする。  
私は慌てて声をかけた。  
「お姉ちゃん、あのさ」  
「何? ゴムなら三つくらいあげるよ?」  
「っ〜! そんなのいいから!」  
「あ、そうか。前あげたのがどうせまだ未使用か」  
冗談っぽく言う姉。  
「もう……。でも、ありがとう、お姉ちゃん」  
「はいはい。私も妹から恋愛相談をされて嬉しいわ。ま、ちゃんとしたお礼はそっちの事情が片付いたらにしてよ。授業料1000円ね」  
最後までそんな調子で、姉は私の部屋から出て行った。  
 
 
さて、後は本当に私次第だ。  
時計の針は9時50分を指している。昨日はあんまり寝てないから疲れてるけど、少し言うべき言葉を考えて、それからちゃんと慶太に電話しよう。  
携帯を拾って、電源を入れる。ベッドに寝転んだまま、色々と台詞を考え始めた。  
「これで、慶太が私の事を本当にただの幼馴染としか思ってなかったら……」  
ぽつりと悲観的な言葉が漏れ出す。それを打ち消すように、ぶんぶんと頭を振った。  
でも、何を言えばいいんだろう。私にとって慶太は、余りにも近すぎるような気がする。  
何か伝えるなら、今日中しかない。明日の朝に潮崎さんが答えを求めてくる可能性だってあるんだから。  
どうしよう、何て言えばいいんだろう。  
苦手な古文の現代語訳問題を突きつけられるのより難しい。すごく……難しい。  
段々と意識がホワイトアウトしていっているのに、私はそれすらも気付かないまま──  
 
──目が覚めた時には、凄く嫌な夢を見たような気がして身体中が汗びっしょりだった。  
……むしろ起きた今こそが、ある意味悪夢かもしれない。  
時計の針は、午前6時11分。  
外からは、屋根を叩く雨の音。カーテンの隙間から薄暗く差し込む、朝の光。  
私は、本当に不戦敗になってしまったみたいだった。  
 
私はその日学校を休んだ。  
両親には文句を言われたけど、結局折れて休むのを認めてくれた。  
弁当作りの約束をしてから、学校のある日は一日も欠かさず作ってきたお弁当も作らなかった。  
熱いシャワーを浴びて、パジャマに着替えて。携帯の電源も切る。  
「沙穂……大丈夫?」  
気遣ってくれる姉にも適当に対応して、ベッドに潜り込む。  
 
雨音はますます激しくなってくる。風も吹き出した。  
なんだか、私の心境みたい。  
今頃私の幼馴染……私の好きな、やっと好きと気付けた幼馴染の慶太は何をしているんだろう。  
時計は11時の針を示している。いつもなら、慶太にお弁当を渡している時間帯だ。  
今日は購買のパンでも買っているんだろうか。それとももう、潮崎さんと……。  
寝返りを打つ。今はただ、何も考えずに横になりたかった。  
 
どれくらいそうしていただろうか。一時間近く経った頃、私の部屋をノックする音。  
家は共働きだから、家に残っているのは姉しかいない。  
「何? ……私、あんまり話したくない」  
昨日あれだけ色々話したのに、結局自分は何も出来なかった。それが悔しくて、姉とも話したくなかった。  
「いや、用があるのは私じゃないよ。こんな嵐みたいな天気の中、わざわざ沙穂に会いに来た来客だからさ。ほら、入るぞ」  
「えっ……!?」  
がばっと布団から身体を起こす。  
見開いた目の向こう、私の視線の先には。  
制服をずぶ濡れにしたまんまの格好で、はにかんだ笑顔の慶太がいた。  
 
「……慶太、どうして」  
「あんたが休んだのに連絡も無い、携帯も電源が切れっぱなし。心配になって早退して来たんだと」  
そう言う姉は、心底楽しそうにニヤニヤ笑っている。  
「とりあえず慶ちゃん、そんな格好もなんだから、うちのシャワーでも浴びちゃいなよ。替えの服はある?」  
「はい。えーと、洗濯したての指定ジャージなら、鞄に」  
「あー、それでいいや。遠慮しないでとっととシャワー浴びて、ゆっくり面会でも看病でもしてきな。なあ、いいだろ沙穂?」  
姉は急に私へと話を振ってくる。  
「うん……いいよ。でも、どうしてわざわざ早退までして、家に」  
制服のブレザーから雨露を滴らせている慶太。……どうして、わざわざ?  
「あー、えーとな」  
言いかけて慶太は、ちらっと姉の方を見る。姉はすぐに雰囲気を察したのか、こんな事を言った。  
「……沙穂、私今ちょっとゼミの教授に呼ばれちゃってな。何か今すぐ大学まで来いだそうだ。夕方までは大学に行ってるから、何かあっても自分達でやってくれ。……んじゃ」  
また手をひらひらと振ってから、悠然と姉は出て行く。  
その姿を見送ってから、私は慶太に改めて聞きなおす。我ながら、ちょっとずるいような気もするけど。  
「それで……何だっけ?」  
慶太は慶太で、いきなり外套を羽織ると、雨風の強い外に出て行った姉をしばし呆然と眺めつつ。  
そして、もう一度咳払いして、少しだけ微笑んで。  
「俺さ、沙穂の弁当食べないとダメだわ。やっぱし。……学校行く楽しみが一つ無くなる」  
「慶太……」  
どくん、と心臓の音がペースアップしていく。何だか、今の一言はすごく効いた。  
慶太も言った後で気付いたのか、しきりに視線をそこらに漂わせている。  
「あ、あのさ。とりあえず俺ちょっとシャワー借りるわ。ずぶ濡れだと悪いし」  
「う、うん。ゆっくり入ってきていいよ」  
私の返事をほとんど待たずに、階段を駆け下りてく慶太。  
そこで私は気付く。  
両親も、姉も今は家にいない。  
私達、学校にも行かずに家で二人っきりだ。  
 
胸の奥がかぁっと熱くなって、また少し心臓の音のペースが速くなった気がした。  
 
ベッドの上で待つ。私の格好はと言うと、パジャマのまま。  
これでも一応学校を休んだ身だし、慶太が来た途端に元気になって私服に着替えると言うのはなんだか現金すぎるような気がする。  
でも、今の状況を再確認してまた少しドキッとした。  
二人っきりの家。私はベッドに寝てて、慶太はシャワーを浴びてる。  
……変な想像をしてしまうのは、姉が吹き込んだ知識の副作用だと思う。絶対そうに決まってる。  
それにしても、慶太が戻ってくるまでの時間が随分長く感じてしまう。まだ五分も経っていないのに。  
 
慶太が戻ってきたら、何て言おう。  
もう、私の中の消極的な部分は影を潜めていた。  
慶太がもう潮崎さんに対して何か言った可能性はあるけれど、そんなのもうどうでもいい。  
私の為に雨の中を急いでやってきてくれた幼馴染。その笑顔と態度に、応えなくちゃいけない。  
鞄を持ってくる。中には、派手すぎずに、でも綺麗に見えるように工夫した包装の手作りチョコ。  
一日遅れだけど、しっかり渡そう。  
この先の事を考えると、ちょっと怖いかもしれない。  
でも私は、やっと気付けた本当の気持ちからまた逃げるのは嫌。  
……シャワーを浴びて出てきたのだろう。いつもより少しだけ遠慮がちな調子で、階段を上がってくる音が耳に届く。  
毎日顔を合わせている相手をこんなにも緊張して待つなんて、どこか新鮮で、でも暖かい感じ。  
 
「サンキュ、沙穂。せっかくだから髪も乾かしてもらったわ」  
そう言いながら私の部屋に入ってくる慶太。学校指定のジャージ姿なのが、どこか場違いにも見える。  
私は身体を起こして、パジャマ姿でベッドに腰掛ける。  
そこまでして、この歳になってパジャマ姿を幼馴染に見せるのは物凄く恥ずかしいことだと今更気付いた。  
薄いピンク色のそれは、洗濯したてだし、変じゃない……とは思う。  
「うん、暖まったでしょ。……ところで慶太、傘はどうしたの?」  
まず、私の第一の疑問。雨は朝方から降っていた。慶太が傘を持たずに登校したとは思えない。  
「あー、それはな」  
慶太は私の机の側にある椅子に座ると、どこか恥ずかしそうに言った。  
「持ってたには持ってたんだけどさ、学校から走ってここに来る途中で折れちまった。安物はダメだね、やっぱり」  
「……折っちゃったの?」  
慶太の傘はけっこう丈夫な傘のはずだったけど。少しくらい走った程度で折れるものじゃないはずなのに。  
「うん。何か、俺けっこう思いっきり走ってたみたいだ」  
「もう……風邪引くよ、そんな事ばっかりしてると」  
話しているうちに、朝方から空っぽで冷たかった私の胸の中が暖かくなっていくように感じた。  
「沙穂は、平気なのか?」  
慶太が不思議そうに言う。当たり前だろう、なにせ私は病欠だと思っただろうし。  
「……えっと、それは、あのね。ちょっと、話そうよ」  
落ち着け、と自分に言い聞かせる。まず何を言おうか。少し間があったせいか、慶太が怪訝な顔をした。  
「慶太。……聞かせて、昨日の事とか、その」  
やっぱり私はこういうのが絡むと少しずるいと思う。また、慶太に先に言わせてる。  
でもここで退いてたら意味が無い。選択をする為にも、先に聞くことが大事なんだって言い聞かせた。  
「沙穂……やっぱり、知ってたんだ」  
「うん、ごめんね。私……潮崎さんとかも、見ちゃった」  
「そっか。もしかしたらとは思ったんだけど、やっぱりか」  
慶太の声は怒っていると言うより、どこか申し訳なさそうだった。  
 
「潮崎さんには確かに告られたよ。でも……俺は今日の朝に、断ってきた」  
「うそ、ほんとに?」  
声に喜色が混じってしまいそうなのをこらえる。第三者から見たらどう思われるかは知らないけど、私はとてもほっとしてる。  
「ああ。潮崎さんは確かに美人だと思うけど……俺さ、好きな人がいるんだ。……って言うか、それがきっかけで良くわかったんだけど」  
言って、恥ずかしそうに慶太は俯く。  
私の胸がどくんどくんと高鳴る。その先を言って欲しい。私が望んでいる事を、期待してる言葉を言って欲しい。……でも。  
「待って、慶太」  
「……え?」  
ここからは、私が頑張りたい。幼馴染ばかりに頑張らせるのは、私の性に合わない。  
「……こっち、来て。私の隣」  
慶太を手招きする。そして心の中で、自分自身に声援を送る。  
椅子から立った慶太は、ちょっと戸惑った顔で、ベッドに腰掛ける私の横に来てくれた。  
体温が、近くに感じる。  
「あのね、私本当は昨日慶太に渡したい物があったの」  
鞄に手をやる。その感触を探り当てて、丁寧に手で持つ。  
「これ」  
「うわ、すっげ……これ、全部手作り?」  
日頃私の手弁当を食べている慶太でも、これにはちょっとびっくりしたらしい。  
なにせ今回のは何から何まで自分の手作り。包装紙やリボンはさすがに買ってきたけど、包装の仕方は全部オリジナルだ。  
味は……試食では問題無しだったけど。  
「うん。ちょっと頑張っちゃった。……それでね」  
ちょっとだけ身体を動かして、慶太との距離を詰める。  
雨の音以外はとても静かな室内で、ベッドのシーツと私の身体が擦れる音がした。  
 
「私ね、ずるい子だと思うの」  
天井を見て、ぽつりと言う。隣の幼馴染は、どんな顔をしてるんだろう。  
「ちっちゃい時から、慶太のお姉さんみたいに振舞ってて。お弁当の時だって、仕方ないなって感じでOK出したでしょ?  
……あれね、ほんとはとっても嬉しかった。初めて作ったお弁当を全部残さず食べてくれた時は、もっと嬉しかった」  
慶太の顔は見れない。見たら、きっと私の紡ぐ言葉が堰き止められてしまいそうだから。  
恥ずかしい。でも、私よりも私の事を知ってるような慶太になら、今言える事は言っておきたい。  
「ダメだよね、私っていつも言いたい事や言って欲しい事、慶太に言わせちゃって」  
少し目を細める。こんな時でも、思い出すのはかけがえのない思い出達。  
でも、一歩踏み出さないと。そう思ってまた口を開くと、慶太が小さく言う。その声が、すぐ近くから聞こえてきた。  
「そんな事無いさ。……俺だって、他の誰かじゃなくて、沙穂とだから言いたい事を言えるんだよ」  
頬が熱っぽい。大事な時にこんな事言われたら、ますます思考が焼き切れてしまう。  
もう、口が勝手に動くままでも良かった。  
「ありがとう、慶太。私……慶太と幼馴染で良かったよ。それに、やっと気付けたもん」  
背筋を伸ばして。また少しだけ近くに寄って。誰もいないのに、周りの様子を窺うように少し周りを見て。  
そうして、耳元で囁く。  
「私……慶太の事が好き。大好き」  
言った。自分の中にずっとあった、認めていなかった、でも長い間そこにあった気持ち。やっと日の目を見た気持ち。  
それを伝えた。どうなってもいいと思って伝えた。  
──外の雨は、周囲から私達への干渉を遮るように、少しだけ強く。  
永遠に引き伸ばされたような一瞬の後、慶太がそっと動いた。  
 
「……っ!?」  
気付いたら、慶太の胸の中に抱きとめられていた。  
「俺も気付けたよ。俺も、沙穂の事が一番大事なんだって。だから……好きだ」  
言葉は素っ気無く。中身は暖かく。  
いつのまにかすっかり大きくなった……そう、本当に大きくなった幼馴染の胸に抱かれて、何だかぐっときた。  
「ありがとう……嬉しい、私」  
私の視界が少し曇る。そしてすぐに、揺らぐ。  
ああ、どんなに上手くいっても、情けないからこうはならないようにしようって思ったのに。  
溢れ出した感情が、次々と頬を伝う。  
「沙穂……?」  
ようやく気持ちを伝え合った幼馴染は、ちょっと戸惑っている。それもそうだと思う。だって、私は慶太の前で涙は見せないようにして生きてきたから。  
「あはっ、ごめん慶太。でもね、ちょっと勿体無くなっちゃって」  
「勿体無い?」  
戸惑っていた慶太。その手のひらが、そっと私の頭に乗る。もう、なんでそんな私の弱い所ばっかり攻めるんだろう。  
「だってさ、こんな事ならもっと前から言えれば良かったなって。怖がってて、それで進めなくて、けっこう損した気分」  
「……」  
本当に残念な気がする。自分の弱さとか、本当に気付けなかった事とか。  
「沙穂」  
慶太の、優しいと言うよりは暖かい声。一旦心の琴線に触れたら、私の感情にはブレーキが効かないらしい。  
「……泣くなって。ほら、泣きやめるようにしてやるから」  
「……えっ?」  
私の頭の上にあった手が、私のあごに添えられる。少しだけ、上を向かされる私。  
 
──これって、ひょっとして。  
「怒んなよ、頼むから」  
まだぼやけた視界。でも、私は何となく察した。……だってこれ、二度目だから。  
強張る身体から力を抜いて、目を閉じる。  
唇が、そっと触れるほどに重なった。  
「……」  
「……」  
すぐにお互いビクッと震えて、重なっていた部分が離れる。  
視界が戻ってきて、顔を真っ赤に──多分私と同じくらい真っ赤にしてる、慶太が映った。  
「わ、悪い。なんつーか、我慢できなかった」  
慶太はしどろもどろになってそんな事を言った。でも、私はと言うと。  
「ううん、いいよ。……それに、通算二度目じゃない、私たちのキス」  
くすっと、笑みが漏れる。言われたとおり、涙は止まってた。  
「う……それを言うか」  
身体がとても近くにある。密着していなくても、互いの心臓の音が聞こえそう。  
「やっぱり覚えてたんだ。……もう、10年近く前だよね?」  
「……そうだよ、三年生の時」  
こういう話をする時の慶太は、いつもの活発さが嘘みたいに小声になる。ちょっと、それを見るのは楽しいかも……なんて思ってしまった。  
 
「夏休みだったね。二人で近くの山に昆虫採集しに行ったら、いきなり夕立が降って。そしたら、雷まで鳴り出して」  
こつん、と慶太の胸に額を触れさせる。恥ずかしさより、別の感情の方が私を動かしていた。  
「言うな、あんまし言うな」  
「しかも傘持ってなくて、私達近くにあった廃屋みたいな所で雨宿りしたんだよね」  
「……ああ」  
私達って雨に縁があるのかな、なんて考えながら、思うままを口にする。  
「私……雷が怖くて泣いちゃって。そしたら、慶太が『泣きやめるようにするから』なんて言って……」  
ちらっと上を見る。慶太は半ば観念したような顔をしていた。  
「……丁度夏休み頃にやってたドラマで、そういうシーンがあったんだ。だから子供心で真似しちまったんだよ」  
そう、私は小学生の頃、そういう理由で慶太にキスされたことがある。  
「……でもな、沙穂が余計泣くなんて思ってなかったぞ、本当にああしたら泣きやむと思って……」  
「泣くわよ。女の子にとってファーストキスって結構大事なんだよ? それなのに、あんな唐突にいきなりされたら泣いちゃうって」  
懐かしさがこみ上げて、また笑みが漏れる。そして、ちょっと悪戯心が沸いてこう続ける。  
「そう言えば、その後『ファーストキスは本当に大切な人とじゃなきゃダメなのに』って言った私に、慶太はなんて言ったっけ?」  
「うっ」  
そう、動転してたのか幼かったのかは知らないけど、あの時慶太は。  
「……ああ、言ったさ。じゃあ俺が『本当に大切な人』になってやるって」  
なんだか、ちょっといじけてるような気もするけど。  
慶太はその時、そんな事を言ってくれたのだった。そして。  
「どうかな、俺は沙穂の……大切な人とやらになってるか?」  
そっぽを向きながら、慶太が言う。恥ずかしがる時に顔を背けるのは、慶太のよく見せる癖だ。  
密着した耳元から、とくん、とくんと早いリズムの音が聞こえる。  
「うん……なってる。100点満点で90点くらい」  
「サンキュ。でもなんだよ、その残り10点ってのは」  
身体を離して、真っ赤な顔でそっぽを向いてる幼馴染を見る。  
「知りたい?」  
「……ああ」  
「じゃあ、もう一回。今度はちゃんとしよう?」  
慶太がこっちを向くのを待って、今度は自分から、頑張って"踏み込んだ"。  
 
「んっ……」  
今度はしっかりと重なる。少しだけ恥ずかしくて、でも唇から溶けていくような感触に、無意識に引き込まれていきそうな感じ。  
閉じた目を片目だけ開けてみる。近く、とても近くにいる慶太。安心して目を閉じて、私からも手をそっと回した。  
……あったかい。好きな人とのキスがこんなにいいものだなんて、思ってもいなかった。  
「……ぁっ」  
そのせいなのかもしれない。唇が離れた時には、どこか名残惜しそうな声を上げてしまった。誤魔化す為に、また身体を慶太にくっつける。  
「ちょっ、沙穂、待った!」  
慶太が上ずった声を出した。不思議に思うと、その……私の脚に、何だか。  
やけに熱いものが、押し付けられて……と言うより、私の脚が押し付けて。  
「け、慶太……」  
私も声が上ずってる。だって、そんなの予想外だ。これは、つまりアレだ。  
あの姉のせいでその手の知識は多少はある私だけど、こんなのに気付いたら困ってしまう。  
……実は、そう言うのを考えたことが無いわけじゃないとはいえ、やっぱり、パニックになる。  
「……悪い。そんなつもりじゃないんだけど、勝手に」  
ベッドに腰掛けながら、少しだけ身体を前傾させる慶太。  
「でも、沙穂の胸とか脚とか触っちゃったら、その……さ。やっぱし興奮しちまった。……ほんとすまん」  
考えれば無防備なパジャマ姿の私もいけないとは思うんだけど、やっぱりそういうのを見るとちょっと腰が引けてしまう。でも。  
昨日の姉の言葉が思考に引っかかって、おかげで迷っていた言葉が素直に出た。  
「慶太は、私の事が好き……なんだよね?」  
「そうだよ。……興味はそりゃあるけどさ、そういうの目当てじゃない。絶対に」  
慶太の目は真っ直ぐだった。  
「うん。それはわかるよ、だって幼馴染だもん。……だから、えっと」  
勢いのままで言うとどうなるか薄々分かっていても、止められない。何かの反動なのかもしれない。  
理性なんてとっくに境界線が曖昧になってる。そして、スイッチを入れるきっかけになりかねない言葉を、囁いた。  
「慶太がしたいなら……ちょっとくらいなら、いいよ?」  
 
こくっ……と、慶太の喉が鳴った気がした。  
「いいのか……?」  
言った後で、物凄く恥ずかしい事を言ったんだと理解する。でも、いまさら退けなくて、俯くように……頷く。  
「私……慶太なら、いいから」  
「わかった。俺も……沙穂じゃなきゃ、嫌だ」  
多分、今の私達は熱に浮かされているような感じなんだと思う。でもどんな状態でも、この瞬間は何にも替え難い、大切な幼馴染と気持ちを重ねあう時間。  
「して……。ううん……しよう?」  
ちょっと怖いけど、欲しい。絆とか、離れないような何かが欲しい。  
目を閉じる。衣擦れの音の後、私の身体にそっと手が触れた。  
おずおずと伸びてくる手が、パジャマのボタンを一つずつ外していく。  
少しずつ私の肌が露わになっていくうちに、こんな事になるならもっと可愛い下着にしておけば良かった、なんて思った。  
 
「あ……」  
ボタンが全て外されて、上半身がブラだけになる。自然に、両腕を抱くようにしてしまう。  
「大丈夫、俺に任せて」  
そう言う慶太の声だって、震えてる。私も幼馴染も、ここからは初めてなんだから。  
「うん……。ね、もう一回、キスしよ?」  
それだって凄くドキドキするような事なのに、今ではそれで落ち着けるような気がする。  
頭のヒューズは、とっくに飛んでいっちゃったらしい。  
「わかった……っ」  
柔らかく、唇を重ねる。胸の奥にまた、暖かな灯が灯ったような気がした。  
 
「もう大丈夫?」  
「うん……」  
続いてパジャマの下も脱がされる。脱がされかけに脚が無意識に引っかかってしまったけど、すぐに脚の力も緩めることが出来た。  
私は下着姿を幼馴染の前に晒して、ベッドに横たわる。  
「どうかな……?」  
「えっ?」  
私が不意に口を開いて、慶太に聞く。  
「私の、身体」  
小柄なせいか、それとも素質があまりないのか、私はそこまでスタイルが良くない。  
……姉は羨ましいくらいに出るところは出てるのに。  
「……えっとな、沙穂、おまえ予想以上。綺麗で……だめだ、言葉が思いつかない」  
そんな私に、慶太の回答が届く。ちょっと引っかかったけど、やっぱり褒めてもらうと嬉しい。  
私の表情を確認しながら、慶太が私の胸に手を伸ばす。そうして、遠慮がちに触ってきた。  
「……っ」  
私の胸が触られてる。大好きな幼馴染の慶太に、優しく。  
これからもっと色々するのに、これだけでまた顔が真っ赤になる。  
「柔らかいな……」  
言いながら、慶太はブラ越しに何度も揉んでくる。私の慶太も、息が荒かった。  
「……ふぅ、ん……」  
吐息が漏れる。やがて少し愛撫が弱まった所で、私は慶太にまた聞いてみた。  
「ねえ……さっき、予想以上って言ったよね? それってどういう事?」  
「……あ、それは」  
「慶太が、私の身体を想像した事があったって事……?」  
慶太の右手にお腹から脇の方をくすぐるように触られながらも、私はそう言う。  
「……するだろ。俺くらいの歳なら、色々さ」  
「色々?」  
なんだか、慶太は次々と墓穴を掘っているような。  
 
「……もういいだろ。な、続き続き」  
「待って、なんか気になるよ、それ」  
追求しようとする私に、慶太はずいっと顔を近づけて言い返す。  
「俺は、こっちの方が気になるけど……」  
「あっ……」  
慶太の指が、ブラの肩紐にかかる。そしてそのまま、緩んでいって。  
「沙穂のは、後ろ、それとも前?」  
この部活にしか興味なさげな幼馴染は、どうして下着の知識まで知ってるのやら。  
「ここ……」  
言って、前にあるホックの位置を教える。すると慶太は、すぐにそこを外して──  
「やっ……もうちょっとゆっくり……っ」  
私の胸は、慶太に見られてしまった。その上ちょっと乱暴なくらいに、胸を隠していた手をどけられる。  
「沙穂、可愛い」  
言って、慶太は裸の私の胸……乳房の先端にそっとキスする。  
「ぁん……っ」  
いきなりされて、思わず声が漏れた。自分のものじゃないくらい、やらしい声が。  
「もっと聞きたいな、沙穂のそういう声」  
「ばか……っ、んくっ……」  
今度は揉まれながら、吸われる。今までの比じゃないくらいに刺激が来る。  
慶太は私の胸ばかり執拗に攻めてくるみたいだった。ちょっと気になる。  
「もう。なんで男って……ここが好きなのかな。肩凝るし、服とかもここで左右されちゃうのに」  
ちょっと声のトーンが不安定だけど、体裁だけは整えて、呆れてるように言う。  
「本能……とか?」  
「なにそれ、んぅ……っ」  
「それに沙穂くらいの大きさだったら、そんなに疲れないんじゃない?」  
私の胸を舐めたり摘んだりしながら、慶太はえらく失礼なことを言う。  
「うるさい……っ。今はともかく、もっとおっきくなるんだからぁっ」  
強がって言う。いつの間にか、両脚を擦り合わせるようにしてる自分が恥ずかしかった。  
「じゃあ、俺がこのおっぱいをもっと触って大きくしてやる。沙穂が納得できるくらいに」  
「……ばか」  
なんで、こういう事をさっと言えるんだろう。悔しいのに、でも心がまた暖まって、熱くなる。  
「やっ……そんな、吸わないでよ」  
 
「下も……いい?」  
ようやく私の胸弄りに満足したのか、慶太はショーツにも手をかける。視界に入った慶太の下半身を見て、またちょっと視線をずらす。  
「うん……でもね」  
「でも、何?」  
「慶太も脱いで。何か、私だけ脱がせてずるいよ」  
慶太はまだ鞄に入っていたジャージ姿のままだ。  
「わかった。ちょっと待ってて」  
待っててと言いながら、慶太はすごい速さでジャージ上下とTシャツを脱ぐ。  
久しぶりに見た幼馴染の上半身は、昔より筋肉がついていて男らしくなっていた。  
下半身は……トランクス越しにだけど、相変わらず物凄いことになってる。  
私も慶太も、やっぱりこういう所ではどんどん成長していくんだな、って改めて感じる。  
「じゃ、脱がすよ? ……いいか?」  
自分でもよく見た事の無い所を見せるには、少し抵抗があった。でも、慶太なら……。  
「うん。……変だとか言わないでね」  
「分かってる」  
水色のショーツがするすると下ろされる。  
大事なそこが外気に晒されて、少しだけひんやりとした。  
「……」  
きゅっと目を閉じる。私の幼馴染は、私のここをどんな目で見てるんだろう。  
「脚、開くよ」  
強張っていた脚が、ぐっと開かれる。  
「やだ、全部見えちゃう」  
「全部見なきゃこの先には行けないだろ」  
「あう……」  
顔から火が出る、とでも言うのか。目を開くと、慶太は真っ赤な顔で私の大事な部分をじっと見てる。  
私はと言うと、頬がこれ以上ないくらいにかぁっとなって、胸も心拍がどんどん上がっていく。  
さっきまでの軽い会話も、もうできそうにない。  
 
「指で……触るからな。痛かったら言えよ?」  
「うん」  
「気持ち良かったら、言えよ?」  
「……」  
そんなの言えっこない。慶太は私の性格を知ってて、こんなお互い恥ずかしい状況でそんな事を言ってる。  
そうして、慶太の指が、触れる。  
「……ぁっ」  
つい昨日まではただ仲のいい幼馴染だった慶太に、ここまで許してる。  
ちょっと悔しいような気もするけど、想いが通じてるんだから……いい。  
さわさわと私の反応を確かめるような指使い。お腹の奥から、滲み出てくるような感覚。  
「沙穂……沙穂のここ、濡れてる」  
ストレートに言われる。ますます恥ずかしくて、どんな表情をすればいいかわからなくなる。  
「気持ちよかった? ……あ、ここが良いんだっけ、確か」  
言いながら、慶太の指が一番敏感なそこに触れる。  
「ん、ふぁ……!」  
口を押さえようとしても、身体が勝手に声を上げる。  
「やっぱり」  
「やだ、何で……こんなのっ……ばか、ばかっ」  
何でここがこんなに来るのか分からない。好奇心で少しだけ一人でやってみた時は、こんなにならなかったのに。  
「いいよ、どうせ誰もいないんだし、気持ち良かったら声出せって」  
「やだっ、なんでこんなに詳しいのよ……慶太のヘンタイっ!」  
少しだけ汗ばんだ身体。慶太は玩具を見つけた子供みたいな表情をしてる。でも、どことなくちょっと苦しそうな。  
「男は別にエロくてもいいと思うんだけどな。その方が好きな人を気持ちよく出来るし」  
「このっ……はじめての癖に、そんなの言うのはずるいってば……あっ」  
とろっとした液体が零れて、流れる。シーツに染みが出来ちゃったかもしれない。  
「慶太……もう、いいよ」  
私の声を聞いて、慶太が聞き返す。  
「いいのか?……どっちみち、痛いんだろうけど」  
痛い、と言われてちょっと怖気づく。でも。  
「いいの。だって慶太のそれ、ずっと張り詰めててかわいそうなくらいだもん……」  
「わかった。じゃあ……」  
ちょっとだけ間を置いてから、慶太もトランクスを脱ぐ。……信じがたいくらいのものが視界に入った。  
 
「……待って、私そんなの無理、絶対」  
形状もそうだけど、何か怖い。あんなのが入るなんて……。  
「大丈夫だって。多分平均サイズくらいだから」  
慶太は落ち着いて言おうとしてるけど、声のトーンと下のそれは焦ってそう。  
そのまま、有無を言わさず両脚を開かれる。  
 
「あっ……ね、ちょっと待って」  
寸前まで行って怖気づいたわけじゃないけど、私は大事な事を思い出す。  
「慶太。これ……着けて」  
ベッドの脇の小箱に隠してあった、避妊具。姉から貰った物だ。  
「お姉ちゃんがくれたやつだけど……やっぱり、着けないのは怖い」  
「……だな、俺もうっかりしてたよ」  
まさかここまで来るとは思ったなかったし、なんて言って、またわざと私の思考をオーバーヒートさせかけてくる幼馴染。  
横を向いてごそごそとやると、ちゃんと着けたのか私の方に向き直る。  
「沙穂」  
「なに、慶太?」  
とくん……と、また心臓の音が大きくなる。  
「俺、お前の大切な人になるから。幼馴染だけじゃなくて、もっともっと」  
その言葉を聞いて、少しだけ身体の力を抜くことが出来た。  
「うん。来て、慶太……」  
ゆっくりと覆い被さられる。触れ合う肌と肌が、汗ばんだまま擦れる。  
熱い慶太の先端が当てられる。やっぱり、怖かった。  
 
慶太の声も震えてる。そうだった、慶太も初めてなんだ。  
不安なのは二人とも一緒。なら、私は。  
「うん、遠慮しないでよ。慶太がしたいようにしていいから」  
出来るだけ力を抜いて、迎え入れる。直後に、一気に進入された。  
「つっ……」  
「痛ぁっ……ううっ、くっ」  
痛い。とても痛い。慶太ので身体の中を裂かれてるみたい。我慢できるけど、でも痛い。  
ずっ、ずっと少しずつ入れられて、慶太の動きがそこで止まる。痛いけどそれに気付いた私は、どうしたの、と涙目のままで聞く。  
「あ、何か……入れた後は少しこうしてるとほぐれるんだってさ。あと、それと」  
「なに……?」  
まさか、気持ちよくないとかなのだろうか?  
「……沙穂のがすごい良くて、動かしたらすぐ出ちゃいそう」  
「もう……」  
鈍く、でも確実に残る痛みを感じながら、その一方で私は大きな満足感も感じてる。  
「私達、一つになっちゃった……ね」  
絶え絶えの息。でも、しっかり告げる。その想いを、その感情を、伝える。  
「ああ……何か夢みたいだな」  
「ほんとだって。だって、慶太は私の初めてを奪ったんだから」  
すぐ上にいて、少しだけ我慢してる幼馴染の頬を指でなぞる。  
「だから、責任取ってよね。ちゃんと」  
 
「……おう。じゃ、そろそろ動くぞ」  
頷いて、慶太は腰を引く。  
「っ……!」  
やっぱり、まだ痛い。  
でも、充足感みたいのはちゃんと感じる。繋がってるってわかる。  
「く……あぐっ」  
気持ちいいとは別ベクトルの感覚。でも、予想していたほどでもないように思う。  
それは、一番大切な幼馴染が、気を遣いながら頑張ってくれてるから?  
ぽたり、ぽたりと私の肌に汗の玉が落ちる。  
ああ、慶太、頑張ってるんだ。  
そう思うと、痛みが幾分和らいだ気がした。  
「くっ……沙穂……沙穂っ」  
「んっ……ひぅっ、っあ」  
痛みが少し和らいで、何とも言えない感覚が入り込んでくる。  
もう思考も薄れて、何も考えられなくなる。  
ただ、私を抱く幼馴染の、慶太の名を呼んで、その背に手を回す。  
爪も立てたかもしれない。でも、もう……。  
「沙穂……出るっ」  
「うん、いいよ……っ。来てっ、もう……きて」  
消え入りそうな声。慶太の声が上ずって、少し動きが激しくなる。  
やがて、どくん、どくんと慶太のものが震えたような気がした。  
それに合わせて、きっと私も何か声を出してたと思う。  
 
「はぁ……はぁっ」  
「う……もう、激しすぎなんだから」  
行為を終えて、一つになっていた二人が離れる。  
血は、出てなかった。  
「私……初めての時の血って、絶対出るものだと思ってたけど」  
「出ない人もいるらしいけどな」  
「……言っとくけど、初めてだよ?」  
「言わなくても分かってるって」  
そう言いながら、慶太は避妊具を外す。初めてみた真っ白な液体は、随分その中に溜まってるように見えた。  
後始末を終えて、どちらともなくまたベッドに横になる。裸は恥ずかしいので布団をかけた。  
「えっち……しちゃったね」  
「ああ」  
「まだ信じられないよ、私」  
「俺も。好きだって言うつもりだったけど、ここまで来るとは思わなかった」  
隣に横になっている幼馴染に、そっと聞く。  
「慶太……気持ち良かった?」  
「覚えたてはやみつきになるってのが……良くわかった」  
ちょっと捻って返された。  
「もう……。素直に良かったって言ってくれればいいのに」  
「なんかさ、沙穂が凄い痛がってるから……自分だけ気持ちよくなって悪い気がする」  
そう言われると返す術はない。  
「私の事、もっと好きになった?」  
「……うん。もっと早く気付ければよかったって本気で後悔してる」  
「私も。……好きだよ、慶太」  
素直にそう言って、頬にキスした。  
 
外の雨は、いつの間にか止んでいた。雲間から、微かな光が差している。  
時間は午後二時。つまり私達は昼下がりからしていたって事だ。  
姉には即ばれそうだし、かなり恥ずかしい。  
「そうだ、慶太。一日遅れになっちゃったけど、これ食べて」  
そう言って、横に置いてあったチョコの箱を改めて渡す。  
「ああ。じゃあこんな格好じゃアレだから、着替えるよ」  
そう言って慶太は脱いだ服を着替え始める。  
床には二人分の脱いだ服が散乱していて、それがやけに行為の生々しさを感じさせた。  
 
包装を開けて、手作りのチョコを摘む慶太。  
「どれどれ……んじゃ、いただきます」  
一つ口に運んで、すぐに笑みを漏らす。  
「ふむ……美味しい。マジでうまい!」  
二つ目、三つ目と次々平らげる慶太を見て、私は嬉しくなる。  
これが、私が慶太と触れている時に感じるいつもの気持ち。  
でも今日は、ううん……これからは、暖かくて、もっと満たされるような気がする。  
笑顔でチョコを平らげる幼馴染を見て、私もいつの間にか笑っていた。  
 
 
それから、約一ヶ月。  
対外的には、私達を取り巻く環境は大きく変わったわけではない。  
私達が半ば公認の仲だったのは今更だし、毎日ではないけど登下校が一緒だったりするのも変わらない。  
慶太が私より成績が下なのも変わらないし、部活の調子が良くなったわけでもないらしいし。  
まあ、私の姉にはやっぱり即日でばれたんだけど。  
大きく変わったことといえば、二つくらい。  
それは、私が作るお弁当に慶太の好物の占める割合が増えたのが、一つ。  
そしてもう一つは。  
 
「沙穂、おまえの家寄ってこうぜ。誰もいないんだろ?」  
「うん……。でも勘違いしちゃダメよ。今日はちゃんと勉強するんだから」  
「えーっ。遊ぼうぜ?」  
「だーめ。あんた先週帰ってきた全統マーク模試散々だったでしょ。ちゃんと復習しないと」  
私の家に先に入っていこうとする慶太に一言釘を刺してから、玄関の鍵を開ける。  
で、家の中に入って靴を脱いだ途端、後ろから抱きしめられた。  
「ばか、いきなり何するのよ!」  
「だってさ、模試が終わったらいいよって言っただろ? 俺ずっと我慢してたんだからさー」  
「い、言ったけど……何もこんな所で抱きつかなくてもいいじゃない!」  
「沙穂だって本当はちょっと期待してたろ? 付き合い長いからそれくらいはわかるぞ」  
三分の一くらい図星だったので狼狽する。……と。  
「おーおー、若いってのは羨ましいね。よう慶ちゃん、そんなに盛ってるなら3Pでもしよっか?」  
「お姉ちゃん!?」  
神出鬼没な暇人の姉に遭遇して、慌てて二階へと駆け上がる私達。  
 
……と言うわけで、私達はそれなりに仲良くやっているのである。  
「いい? お姉ちゃんもいるし、まず勉強を……」  
「ちぇ」  
この幼馴染と──慶太となら、楽しく人生をやっていけそうだと思う。  
窓から差し込む陽の光を受けながら、私は微笑んだ。  
 

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