「もー、また私の負けだし」  
「はっはっは、俺に勝とうなんて3年早いな、沙穂」  
「私の方が強いチーム使ってるのに……」  
もう三度目になるだろうか。私はコントローラを握りながら、視線をテレビ画面と隣に座る幼馴染の顔の間で行ったり来たりさせる。  
時刻は午後十時。一応高校生であり、健全で真面目な学生であるはずの私が自分の家にいないというのは珍しい。  
今日の私は、幼馴染であり今は一応恋人関係となった結城慶太の家に遊びに──と言うか、お泊りしに来てる。  
慶太とはご近所関係から含めてもう十年以上の付き合いだから、別に家に行く事なんて珍しくない。  
遊びに行った回数は数知れず、泊まった事だって一度や二度ではない。  
でも、それはただの幼馴染だった時までの話。  
 
私と慶太はかなりの紆余曲折を経て、2月の半ばにちょっとしたきっかけと勢いもあって一気に結ばれた。  
今では周囲公認の(と、言っても元々そんな感じだったのだけれど)彼氏と彼女、つまり恋人同士である。  
それから一月と半分くらいが経って、ようやく一歩進んだ関係にも慣れ始めてきたところなんだけれど……。  
 
「どうする? もう一試合やるか?」  
私は今、慶太の部屋で最近発売されたゲームをやっている。  
日本代表の監督がパッケージに写っている、あのゲーム。  
ご飯を食べて少しまったりとテレビを見てから、慶太の部屋に移動してこうしてゲームをしていたのである。  
「もういいよ、慶太強すぎるし。何か別のことしよう?」  
時刻は9時過ぎ。テレビは番組入れ替わり期なおかげで、つまらない特番ばかりだ。  
「別のこと、ねえ」  
慶太は立ち上がると、窓の外を見ながら、少し考える。  
結城家の窓の外から見える公園には、電灯に照らされた夜桜が映えていた。  
「んー。親父達も今日は完全に不在だからな……」  
慶太の家は個人商店をやっている。代々続いた店で、近くに建ったコンビニをことごとく撃退したり、  
たいした売り上げを出させていないほどの盛況ぶりである。商店街での通称が、コンビニ殺しだとか何とか。  
そんな慶太のご両親も、結婚記念日ということで小旅行に行ったそうだ。  
で、その隙にこうしてお泊りを計画したというわけである。無論、私は同じクラスの女子の家に泊まりに行ったことになっているけど。  
私が料理を作って、二人で食べて。今はなんとなくゲームしたり喋ったりしていた。  
「ふむ」  
慶太が座り込み、あごに手を当てて考え込む。そして少しの間を置いて、何かを思いついたのかすっと立ち上がった。  
「よし、んじゃちょっと待ってろよ。俺が"いいもの"を持ってくるから」  
「何か慶太がそういう事言うとすごい不安なんだけど」  
実際昔からその通りなので、ついそんな事を言ってしまう。  
「いいからいいから。悪いようにはしないって」  
笑顔で言われると、余計不安になる。  
「もう……」  
だと言うのに、それに流されてしまう自分はもっと駄目かな、なんて思ってしまったりもする。  
「何か、自分がどんどん駄目になっていっちゃってる気がする……」  
面白い事を思いついたらしく、早足で部屋を出て行った慶太を見て、私は一人呟いた。  
 
「……で、これは何」  
「何って、見りゃ分かるだろ」  
それから待つ事五分。  
私の目の前に置かれている物は。  
瓶のボトル。氷。ジュースのような液体。ついでに缶がいくつか。  
それは、つまり。  
「慶太のバカ! なんでお酒なんて持ち出してるのよ!」  
予想外の物が来たせいか、つい大声になってしまう。  
「商品じゃないし別にいいだろ。酒飲むと楽しくなるし、けっこう美味いぞ?」  
「そういう問題じゃなくて、私達まだ未成年じゃない! ばれたら部活動禁止に停学よ?」  
慶太がお酒を飲めるって言うのは前から知っていたけど、さすがにこうもストレートに出されるとちょっと引いてしまう。  
「俺達二人だけなのに、誰がばらすんだ? 沙穂?」  
「……えーと。それはないけど」  
「なら、いいじゃん」  
確かにそうだけど。それでもやっぱり引っかかる。  
「でも、未成年のうちにお酒飲むと脳が駄目になるって言うし」  
「適量なら酒は百薬の長って言うぞ?」  
「うー……」  
私はお酒をそんなに飲んだことがない。お正月とか、そういう時にちょっと飲むくらい。  
正直、興味があるといえば、ある。  
「それとも沙穂、お前酒の一杯も飲めないのか?」  
私が少し反論に詰まったのを見て、少し冗談っぽく言う慶太。  
それに、なんかカチンときた。  
「そんな事ない。あんまし飲んだことないだけで、その気になれば二杯や三杯はいけるわよ」  
「ほーう。じゃあ飲んでみようぜ? 都合よく明日は日曜、俺も部活無いし」  
「う……いいじゃない、私だって子供じゃないんだから、そのくらい楽勝よ」  
 
──ちなみに、私は乗せられ易いとかよく言われる。  
 
「沙穂はあんまし飲んだ事ないんだろ? なら、それなんかいいんじゃない?」  
覚悟を決めた私に慶太が差し出したのは、緑色の小さい缶。梅酒のソーダ割りというやつだ。  
ちなみに慶太は慶太で、台所にあったものと思われる焼酎のボトルを開けている。  
「うん。じゃあこれにする」  
「酔っ払うなよー?」  
「そんな事ないわよ。お正月とかに甘酒飲んでも平気だったし。よく子供の時は慶太とも初詣に行ったりしたから、知ってるでしょ?」  
「はいはい」  
何だか小ばかにしたような態度。やっぱりなめられてる。  
ここは一つ、私だってお酒の一杯や二杯は楽に飲めるって事を見せないと。  
缶を開けて、コップにお酒を注ぐ。氷を入れてかき混ぜると、炭酸の泡が盛んに出た。  
その場の勢いで、なんとなく乾杯する。  
「何に乾杯する?」  
聞かれて、少し戸惑う。  
「えっと……じゃあ、進級に乾杯とか、受験頑張ろうとか、それと……」  
もうすぐ私達が付き合って二ヶ月に乾杯、とか。  
プラスチックのコップが、軽く重なった。  
「あれ……慶太は飲まないの?」  
水割りをコップに入れている慶太を見る。乾杯をしたのに慶太はまだ飲もうとはしていない。  
「飲むよ。……まあ、せっかくだから幼馴染が始めて本格的に酒を飲むのを見届けようかな、と」  
言って、チー鱈を一つ齧る。どうやら私に先に飲ませるつもりらしい。  
「いいよ、それならご希望通り……」  
別になんてことは無い、ただのジュースみたいなものだし。  
意を決して、一気にぐいっと飲む。喉がちょっとだけ熱かった。  
「ぷは」  
「おおー、いい飲みっぷり」  
続けて慶太もぐいっと杯を空ける。  
「梅酒ってけっこう、美味しいんだ」  
一杯目をすぐに飲み干して、感想を言う。正直、思ったよりずっと飲みやすくて美味しい。  
「だろ? ほら、遠慮しないでがんがん飲めよ。ほら、つまみ」  
「うん、ありがと。何かジュースみたい」  
促されるまま、二杯目を口にする。思ったほどじゃないかな、なんて思った。  
そう、その時点では。  
 
「うー……けーた」  
それから約30分。私達はくだらない事で笑いあいながら、お酒を飲み続けていた。  
私は最初のペースで飲んでいたんだけど、段々頭がぽーっとしてきた。  
顔も何だか恥ずかしい事があったときみたいに火照ってるし、難しいことが考えられない。  
「大丈夫か、沙穂?」  
慶太はお酒を飲むペースが分かっていたのか、そんなに顔も赤くない。って言うか、慶太はお酒に強いのかも。  
「なんか、暑い」  
「そりゃそうだろ。水、飲むか?」  
やっぱりぼんやりする。慶太の優しさがちょっと嬉しかった。  
でも。  
嬉しいけど、ちょっと気になったこともあったのを思い出す。  
あんまり言いたくなかったけど、この際言ってしまおうか。うん、言っちゃおう。  
「ねえ、慶太」  
「どうした? 気分悪いか?」  
「へーき。むしろテンション高い」  
少しだけぶすっとして言う。普段は適当なのにこういう時優しいのは嬉しい。でも。  
「慶太、一昨日の放課後、なんで潮崎さんと喋ってたの?」  
瞬間、慶太の動きが硬直した。  
「……なっ、えっとだな、それは」  
昔からそうだ。私の幼馴染は、言われたら困る事を直球で訊かれると、妙にしどろもどろになる、  
「それは?」  
──潮崎さんというのは、バレンタインの時に慶太にチョコを渡した人。私と慶太がくっつくきっかけになった人で、慶太もきちんと断ったって聞いているけど、やっぱり気になる。  
「……体育系の部活の会議があったんだよ、その時に会って。ほら、潮崎さんはバドミントン部だから」  
「ふーん」  
「普通に体育館の割り当てとかで事務的な話をしただけだから」  
「ふーん」  
私は同じように言って、コップに入っていたチューハイをぐいっと飲み干す。気分は良いのに、なんだか感情がストレートすぎる。  
 
「前にちゃんと断ってから、何もないから、ほんと」  
「信じていい?」  
思考はもうコントロールできなくなってる。身体が火照って気持ちよくて、考えるより先に動く。  
「ああ、絶対だから」  
「じゃあ、確かめさせて」  
口から勝手に言葉が紡がれる。お酒の力なのかは知らない。  
私は立ち上がって、何かを言おうと開きかけていた慶太の口を、自分のそれで塞いだ。  
「んっ……さほ、んーっ?!」  
いきなりキスされてびっくりしてる慶太を見つめながら、私は言う。  
「私が確かめるんだから。今夜は慶太がどうこうする権利はありません」  
お酒が回っているはずなのに身体が動く。  
私は慶太の上半身をとん、と押し倒して。  
さらに、自分から衣服を乱す。暑かったので脱ぐのも気にならない。  
「他の子より私のほうが絶対いいんだから。年季も、こういうのも、全部」  
いつもは絶対に言えないような台詞を口にする。  
理性とかそういったものは本能の炎で焼き切れて、思考がホワイトアウトしていった。  
 

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