「うーん、結城君だと無理だと思う」 
3月13日。新三年生を対象とした模試対策補習の後の、放課後の時間。 
私──古田沙穂の仲の良い友人である谷沢未樹は、あっさりと私の問いに対して否定的な意見を出してくれた。 
「やっぱりそうかな。慶太にももうちょっとその辺がわかる勘みたいのがあるかなって思ったんだけど」 
 
あれから約一ヶ月。ふとしたきっかけで私と幼馴染の慶太が行くところまで行ってしまってから、明日で丁度一ヶ月の記念日だ。 
ただ、それなりにハッピーな気分の私にも色々と悩みがある。例えば。 
「うーん、幼馴染から彼氏彼女に発展したとしても、根本的な事って変わらないもんなのね」 
……つまり、そういう事である。 
私は正式に慶太の彼女として認知されている。前から半ばそういう扱いだったのは確かとしても。 
ただ、ようやく大きな壁を乗り越えた私達にも、まだいくつか壁が残っているらしい。 
それについて、私は多少なりとも私より恋愛経験が豊富なこの友人に相談していると言うわけなのだった。 
「だって結城君、今までとほとんど変わらないんでしょ? それじゃあまり期待できないと思うよ?」 
「うーん」 
そう、慶太は変わらない。私は少し変わろうかな、なんて思ってるのに。 
朝夕に時々一緒に行くのも、お弁当を作ってあげるのも、今までと一緒。 
でも、デートみたいなものが無いし。 
私はもうちょっと、付き合う関係になったから変化があるのかな、なんて思っていたけれど。 
……一つ変わったといえば、高校に上がってからは私の家にはほとんど来ていなかった慶太が時々来るようになったくらい。 
「……」 
頭の中で指折り数える。明日で一ヶ月だ。そして、最初の時を含めても今までの回数は6回。 
上手く慶太を、そして私自身をセーブできてるとは……思う。あれは嫌いじゃないけど、ずるずるとそればっかりになるのはちょっと後ろめたい。 
なのに、それにちょっとずつ興味をもっていっている自分が何だか悔しかったりする。 
「沙穂、どうしたの? なんか顔赤いよ?」 
友人が私の表情の変化を察知して、聞いてくる。私は慌てて取り繕った。 
それでもこれを突破口と見たのか、この手の話が好きな友人は少し笑いながら話を聞いてくる。 
「ねえねえ……沙穂はもう結城君とキスとか、した?」 
「え?」 
「え?じゃないわよ。幼馴染の二人なんだし、一月もすればキスくらいは……してるでしょ?」 
「あの……その」 
ごめん、未樹。私達もうしちゃったの。……とも、言えず。 
「えーっと、私達、そういうのは、まだちょっと」 
「うそー。つまんない」 
いくら仲の良い友人でも、さすがにありのままは言えなかった。 
 
さらに時間は流れて、放課後、そして夕方。 
慶太は部活があって、まだ来ない。私は慶太を待ちつつ、教室で春休みにやる模試対策の自習をしていたけどさすがに飽きてきた。 
「……体育館でも覗いてみようかな」 
部活が終わってだべってるなら、とっとと帰ろうと言えばいいし。恥ずかしいけど。 
私は慶太が部活をやっている姿をあまり見たことが無い。と言うよりあまり見たがっていない。 
それには理由があって、私が慶太がそのスポーツを始めるのに反対したからだったりする。 
確か10歳くらいだった頃、学校の冬休みに私が慶太の家へ遊びに行った時。 
五輪予選だったか社会人のリーグ戦だったかは忘れたけど、その中継をやっていて、私がその選手をかっこいいと言った。 
そのせいなのかはわからないけど、一週間後には慶太は私に何も言わずそのスポーツ少年団に仮入団してしまったのである。 
私は反対した。慶太と遊ぶ時間が減るのも嫌だったし、怪我の多いスポーツだから心配もした。 
その事で喧嘩した事も何度かある。 
「もう……」 
体育館の入り口は開いていたので、そこから中の様子を覗き見る。 
ちょうど私の幼馴染の番だった。 
白い球が打ち上げられて、ゆっくりと落ちてくる。それに目掛けて跳躍する慶太。 
そして腕を振り下ろす。球はネットを越えて、豪快にコートに叩きつけられた。 
 
「むぅ……」 
……悔しいけど、ちょっとかっこいいと思った。 
少しは素直になれてるのかな、私。 
一度大きく息を吐いてから踵を返し、結局慶太が来るまで教室で待っていた。 
 
「明日で一ヶ月だよな、そういや」 
家に帰る途中、慶太がふっと思い出したように言う。 
「うん。……あと、明日はホワイトデーだね」 
長年の付き合いだから、要点だけ言えば話は伝わる。それがわかるから、私も少しだけ要望を伝える。 
この時点であまり期待はしていなかったんだけど。 
「ホワイトデー、か。……沙穂、何が欲しい?」 
両腕を組んで、慶太が少し小さく言う。気のせいか、いつもより声が優しいような気がした。 
私としては、慶太からそう言ってくれるというのは少し予想外だったんだけど。 
「えっとね……」 
私は少し考える。実際に何が欲しいと言われても、よく雑誌に載ってる服とか可愛い小物みたいな高いプレゼントは今は欲しいとは思わないし。 
まあ、付き合って一ヶ月、という意味では何か記念になるものがあってもいいかな、とは思うのだけど。 
「何でもいいよ。慶太がちゃんと考えててくれるなら。だいたいホワイトデーは明日なんだから、今から出来る事なんて限られてるでしょ。慶太お金ないし」 
「む。沙穂、痛いところを突くな」 
「だってこの前もお金無くて、貸しって形で私がほとんど出したじゃない」 
慶太はバイトとかはやっていないのでお金は無い。だから私も、そういうのは期待してない。 
「そもそも私は慶太の幼馴染だからー。慶太が金欠なのはいつもわかってます」 
からかうように、そして少し冗談っぽく。 
「沙穂、お前俺が金無いの知ってていつも奢らせてんのかい」 
「うん、もちろん。それくらいの甲斐性は見せてよね」 
「ったく……」 
不意に、ひょいと手を掴まれる。そしてそのまま手を握られた。 
まだ慣れてないせいか、ちょっとだけ胸が高鳴る。 
「よし、それじゃ今日中に決める。何かあったら沙穂に電話するから」 
私の幼馴染は、こういう時だけちゃんと言い切る。そんな"やる時はやる"部分は、私も結構好きらしい。 
二つの白い息と、慶太の温かい手のひらの感覚。 
道路の隣を走るローカル線の列車が、ゆっくりと私達を追い越していった。 
 
「ほーう。そりゃけっこう進歩したんじゃないの、慶ちゃんにしては」 
夕飯後の姉の部屋。部屋主の性格がはっきり出ているこの部屋で、私はちょっと煙草臭さを感じながら話を聞いている。 
「うん。でも普通は……付き合ったら、もうちょっと色々と変わるんじゃないの?」 
私は湯のみを両手で持ったまま、姉に聞く。 
 
何だかんだ言っても、私と慶太の仲について一番良く理解しているのがこの姉である。 
一ヶ月近くたった今でこそ、双方の両親にも私たちの変化が知られる所になったけど、姉は場面作りもしたせいかあの日のうちに気付いた。 
あの日の夕方に慶太が帰った後に、ほとんど入れ違いで帰ってきて私に言った「沙穂、ロストバージンおめでとう♪」という衝撃的な言葉は、当分忘れられない気がする。 
そういうわけで、最近はたまに相談をしているんだけど……。 
「つまり沙穂は、慶ちゃんともっと恋人らしくしたい、ってわけか」 
「多分そう……かな」 
私は小さく頷く。でも姉の答えは簡潔だった。 
「うん、しかしそりゃ当分無理だ」 
姉はあっさり言って、マルボロを一本取り出し、火をつける。 
「どうして?」 
「あのな沙穂、お前達はずっと長い付き合いの幼馴染だろ。そこからようやく脱却して彼氏彼女の付き合いになっても、幼馴染だって事は変わらない。 
だから、当分はそのままだろ。沙穂か慶ちゃんのどっちかが、今すぐこれまでの幼馴染としての関係を否定しない限り、ね」 
「……」 
「幼馴染は無事くっついてからも色々と問題あるって言うけど。人間はそんな簡単に変われないんだし、焦る必要ないんじゃない? 
これから時間を重ねていけば、嫌でも変わるさ。だいたい、沙穂は今までの関係も嫌いじゃなかったろ?」 
「うん……」 
私は慶太との幼馴染としての関係は好きだった。居心地の良さがあったからこそ、踏み出せなかったという経緯もあるし。 
「そうかも。私、焦ってたのかな」 
「かもね。まあ、そういう事で悩めるってのは羨ましいよ。……あんたが悩んでるならちょくちょく相談に乗るから、遠慮せず言いな」 
煙草を美味しそうに吸いながら、姉はふっと遠くを見るように言う。 
「ありがとう、お姉ちゃん」 
「あー、もちろんエッチ関係でも相談に乗るよん。慶ちゃんが他の女なんか目に入らなくなるくらい、がっつし虜にできるくらいの超絶テクでも教えよっか?」 
「……今日は、遠慮しとく」 
やっぱり、姉は姉だった。 
 
 
翌日。私と慶太は学校から早々に帰り、慶太の家にいた。 
両手にはスーパーの買い物袋。それと、結城商店と書かれた袋。これは慶太の家業の店の事である。 
私は昨日この話を聞いた時は正直不安だったんだけど……。 
「まあ任せとけって。俺だってたまにはやるんだから」 
今日は3月14日である。そして、ここは結城家の台所である。つまり、どういう事かと言うと。 
「ねえ……本気で"自作の料理でバレンタインのお返し"って思ってるの?」 
「もちろん。いつも沙穂にお弁当作ってもらってるんだからな。たまには俺が沙穂にメシ作ってやるってのはありだろ?」 
こういう事らしい。かなり不安である。 
「で、慶太は何作るの?」 
私は家に一度帰って私服に着替えている。慶太がダメなら、代打で料理をする事が出来ないわけじゃない格好だけど……。 
「えーと、まず鶏の唐揚げ。ポテトサラダ。野菜たっぷりの味噌汁」 
比較的簡単だと……思う料理ばかりだ。一般人なら。 
「慶太って家庭科の評定どうだったっけ」 
「んー。確か3だったかな。調理実習の時にうちの班は失敗したけど」 
ちょっと、いやますます不安になった。 
「……ねえ。私見てていい? ここで」 
「おう。俺だってたまにはちゃんとメシの一つくらい作れるのを見せてやる」 
そう言って鳥のもも肉を包丁で切り始める慶太。 
実に危なっかしい包丁捌きなのは気のせいだと思いたい。 
味噌汁のだしの取り方が何か間違ってるように思えるのも気のせいだと思う。 
そもそも、まだご飯を炊いていないような……。 
慣れないエプロン姿で食材と格闘する幼馴染を、私は半ば呆れ顔で見守る。 
 
待つ事15分。料理はまだ完成には程遠い。 
ご飯は私が指摘してから炊き始めたけど。やっぱりそれなりに料理をやってる私から見ると、何と言うか。 
ああ、たれはそんなに量は要らないのに。 
味噌汁の具の切り方も適当だし。 
油の加熱は大丈夫なんだろうか。 
今すぐ私もエプロンをつけて、料理を手伝いたいくらいなんだけど……。 
でもそれをやっちゃいけないと思う。 
料理に不慣れな慶太が、あんなに必死になって頑張ってくれてるんだから。 
そういうのは嬉しいし、だからこそ口出ししちゃいけないんだと思う。 
そう考えた私は、はらはらしながらも結局一言も口を出さずにそこにいた。 
 
「おっし、完成。待たせたな……沙穂」 
「……」 
いや、世の中には見栄えが悪くても味の良い料理を作る人がいると言うけど。 
慶太が作ったこれは、いくらなんでも微妙な気がする。 
ご飯はまあ普通だと思う。 
唐揚げは、加熱しすぎて焦げてる。多分ちょっと肉も硬そう。 
ポテトサラダは、さっき見ていた限り味付けが濃そうなのが気になる。 
味噌汁は……ちょっと、わからない。 
「……じゃあ、食べよっか」 
気分はさながら毒見役。慶太が期待を込めた視線で見てくるものだから、なお食べにくい。 
「おう。まずは沙穂が味わってみてくれ」 
……不安だ。不安すぎる。 
でも、私だって最初は料理が下手だったんだし。最初から料理上手い人なんていないし。 
覚悟を決めて、一口。 
「……」 
ご飯は普通。もうちょっと水が少ないほうが好みだけど。 
「……もぐ」 
唐揚げは……まずくはないけど、ちょっと熱が通り過ぎてた。 
「……うーん」 
その他にも色々食べてみる。うーん、料理のレベルをトータルで見ると……結果は言うまでも無い。 
慶太はまだこっちをしっかり見てる。幼馴染の前で、今更嘘をつく事はないんだけど。 
でも、全部ありのままに言うとなると、私も……。 
 
「どう、沙穂?」 
やっぱり、素直に言う事にした。 
「ただの料理としてなら40点くらいかな。あまり美味しいとは言えないかも」 
「げ……マジか。沙穂ははっきり言うよな、ほんと」 
慶太のがっくりした姿を見ながらも、私は思ったままに言葉を紡ぐ。だって、もっともっと自分に素直になりたいから。 
「でもね」 
私と慶太しかいない居間なのに、つい周りを窺ってしまう。そうして、顔を近づけて。 
「慶太が作ってくれた料理だから、80点あげちゃうくらい、美味しく食べれるよ?」 
一拍置いて。 
「ありがとう、慶太」 
自然に笑みがこぼれた。 
「そっか、それなら頑張った甲斐があった。……ありがとな、沙穂」 
私が見上げている幼馴染も、少し遅れて笑う。 
「でも、私以外の人が食べたらこんな事言わないよ?」 
「わかってるって」 
顔が近い。言葉も近い。鼓動も近く感じる。顔が、きっと赤くなってる。 
とくん、とくんとまた聞こえてくる、私の……ひょっとしたら二人分の鼓動。 
「もぉ……。ほんと、こんな時に仕方ないんだから」 
以心伝心というのか、すぐに気持ちが通じてしまう。だから。 
私は、一回だけ視線を逸らしてから。 
慶太と、そっと唇を重ねた。 
 
それから、ちょっと恥ずかしいままで慶太の作った料理を食べた。 
慶太は自分の作った料理の味にショックを受けて、私に「沙穂のメシがやっぱり一番だ。もうあれ無いと生きてけねぇ」なんて事言うし。 
私は私で、その意味からあらぬ事を考えてしまってますます恥ずかしくなるし。 
そんなこんなで、ようやく落ち着けて普通の食事風景になったのは、ほとんど食べ終わった後だった。 
「結局、全部食べちゃったね」 
「ほんとだな。一口目を食った時には絶対完食できねぇとか思ったけど」 
食器を片付けて、二人で洗い物をするために台所に並ぶ。 
慶太は座ってろって言ったけど、なんだか悪い気がして結局私も手伝っていた。 
もう、ホワイトデーの雰囲気なんてどこへやらである。 
それが長年の付き合いである私達らしいって言えばらしいのだけれど。 
「あー沙穂……なんかさ」 
「ん?」 
慶太にお茶碗を渡す。なんだか、妙にニヤニヤしてるのが気になるけど 
「こうやって二人っきりで洗い物やってると、新婚夫婦みたいだよな」 
「し、しんこんふうふ──!!」 
その言葉でばくん、と心臓が高鳴る。 
今までは何事にも動じない落ち着きのある性格でいたつもりなのに、最近は変だ。 
慶太のちょっとした仕草や言葉で、こんなにもドキドキするなんて……。 
「あはは、冗談。でもさ、ずっと見てきてるからわかるけど」 
「なに?」 
「沙穂、お前最近綺麗になったよな、ほんと」 
「……ばか」 
多分、私の顔は真っ赤。顔を見られるのが恥ずかしい。 
でも、今は以前と違う部分を、私は望んでるんだけど……難しいなって思った。 
 
「沙穂……いいよな?」 
「うん……いいよ。でも、大丈夫なの?」 
洗い物が終わって、慶太の部屋に移って、そしてベッドに腰掛けて。 
私達はどちらともなく身体を寄せて、くすぐり合うようにしながら、やがて抱きしめあう。 
「何がさ」 
最近はぎこちなさも解けてきて、こうしていても普通に話せるようになってきた。 
慶太の手が乱れた私の服の中に滑り込んできて、ゆっくりと素肌を這い回る。 
「もし、今おじさんやおばさんが帰ってきたら」 
少しだけ息が湿ってる気がする。それは多分、体温が上がってるからかもしれない。 
「大丈夫だよ」 
「見つかったらどうするの? 私達が付き合ってるって事、まだ正式には言ってないんでしょ? 
……だいたい、もし他の人にこんな事してるの見られたら、恥ずかしくて死にそう」 
私と違って、慶太はまだ両親にその事を言っていないらしい。 
もっとも、両親同士も仲が良いのだからもうとっくに細かい事まで知れ渡っていそうな気がするけど。 
胸の膨らみをゆっくりと揉み解してくる慶太の手つきは、止めるどころか速くなる一方だ。 
「ばれやしないさ。……それに」 
慶太の指が私の胸を覆っているものに掛かって、一気に引き下ろされる。 
「沙穂だって本当は止められたくないだろ? ここ、触って欲しそうだぜ?」 
「っ……」 
執拗に周りを触られたからじゃなくて、外気に触れてちょっと硬くなってしまっただけのはずなのに。 
私の胸の先端は、刺激を待ちわびるように目立ってしまってる。 
「でも……」 
それでも、私はやっぱり勢いだけでしてしまうのは、ちょっと怖い。 
初めての日にいきなり姉にばれたというのも、引きずってるんだと思うけど。 
 
「やっぱダメ?」 
「うぅ……ん」 
視線を下げて、曖昧な態度をとってしまう。昔から、お互いに相手の"お願い"には弱い私達だけれど。 
でも私は少し慶太から離れるようにして、ベッドの奥──壁に背を預けた。 
慶太は無理にその続きをしようとしないで、私の左側に同じようにして背を預ける。 
「ね、慶太」 
「ん……?」 
少しだけ間を置く。妥協点を探してるわけじゃないんだけど、これでいいかなと思う。 
「キスなら……いいよ?」 
微かに上ずってる声で言ってから、ちらっと隣を見た。 
キスならそこで止まれそうだし、私はそれで良いし。 
「……わかった。うん、わかった」 
対する慶太はと言うと、ちょっと含みを持たせたような笑みを見せて。 
「──んっ」 
私を壁に押し付けるような格好で、強く求めてきた。 
「ん……んむっ……」 
唇が吸われる。身体を包まれるように抱かれて、がっつくように激しくしてくる慶太。 
少しずつ意識が靄がかってくるような感覚の中で、私達と対極にいる……遠恋をしてる男女はいつもこんな激しいのかな、なんて一瞬考えた。 
一度だけ離れる。激しくしたせいか、唇の間を一筋の糸が伝って、それが私の体の奥の奥を煽る。 
「慶太、激しすぎるよ……どうしたの?」 
身体を重ねたのは一月で6度。多くはない。でも、キスはもっともっとしている。 
「だって、キスしかダメなんだろ? ……てなわけで、と」 
「あ……」 
また重なる。今度は、私からも積極的にしてしまう。 
どこか遠くで、線路を走る列車の音。それを耳にしながら、私はそっと広い背中に手を回す。 
互いに求め合ったら、当然もっと激しくなってしまうわけで。 
慶太の舌が私の唇を割って入ってくる。 
少し控えめにそれに応えて、閉じていた目をちらりと開ける。 
澄んだ目と視線が合って、また胸がとくん、と鳴った。 
 
「はふ……」 
どれくらいそうしていたのか、ようやく慶太の顔が離れた。 
体の奥から、じわりじわりと溢れ出す感情とか、色々なものを押さえつけて、言う。 
「慶太、満足した……?」 
してるはずないけど、時間が時間だから。そろそろやめないと── 
「するわけないだろ。むしろもっと沙穂が欲しくなった!」 
馬鹿馬鹿しく宣言して、また私の体を抱く幼馴染。 
「ちょっ、ストップ、ストップー!」 
壁に押し付けられて、脚をばたばたさせて言っても、力じゃまるでかなわない。 
そもそも、抵抗しようにも力が抜けちゃってるんだけど。 
「大丈夫大丈夫、ちゃんと沙穂を気持ちよくさせるから」 
言って、慶太は露出しっぱなしだった私の胸にかぶりつく。 
「だーめ、キスだけって言ったじゃない……ねっ」 
宥めるようにしてそう言ったら、 
「キスったって、唇しかダメとは聞いてないし」 
そんな答えが返ってくる。そして、唾液が絡まった舌で先を突付かれて、舐められた。 
「……っ、もう……知らないっ」 
知らないというのは見捨てるわけではなくて、その……我慢できないとか、色々。 
こういう事のためにある場所じゃないのに、どうしてこんなに気持ちよくなってしまうのか。 
軽い浮揚感を伴って、胸の先から全身にぞくぞくするような感覚が広がっていく。まるで、そこから身体を蕩かされていくみたいに。 
「ん……ぅ、はぁっ」 
慶太の狙い通りに気持ちよくなっているのが悔しくて、喘ぐように出る声をごまかす為に、私の視界のすぐ下にある慶太の頭を抱く。 
微かな汗の匂いと、慶太の匂い。抱きながら、髪を撫でてしまう。慶太の動きが少し止まって、私の方を見上げた。 
「やべ、なんか沙穂に頭撫でられるのって懐かしい」 
「……昔はよく私がしてあげてたもんね。慶太の方が小さかったし」 
私が平均より高めとは言え、今は身長差は歴然なんだけど。 
小学校のうちは、私が慶太を引っ張って行ってることの方が多かった気がする。 
 
「でも、今は俺が沙穂をリードしてるんだからな」 
言葉とともに、今度はもう片方をついばむようにして吸われる。そして、周りにも痕がつくくらい強く。 
「俺の沙穂、なんだから」 
「……」 
私は物じゃないんだけど──と言おうとして、慶太に指で唇をふさがれた。それから。 
「で、沙穂の俺、な? ……これからも」 
「…………うん」 
ずるい。慶太はずるいと思う。 
高校に上がってからはあまり無くなってたのに、付き合ってからとか、こういう時だけピンポイントに私が弱くなる仕草をする。 
小さい時から、こうして年下っぽくとか、無邪気に言われたりしたら何も言えなくなってしまう。 
お弁当の時もそうだし、今もそう。 
本当に、この幼馴染にはかなわない。身体を重ねて距離がもっともっと近くなってからは、つくづくそう思う。 
だから、つい。 
「ね……慶太」 
「なに?」 
身体は熱とあの感覚に包まれて、溶けかけている。 
「やっぱり最後までして……いいよ?」 
言ってしまった。なんだか、負けっぽいけど。 
慶太は小さく頷いて、私のお腹……のさらに下に、潜った。 
「え……っ?」 
履いていた私服のジーンズは、とっくにずり下ろされている。 
私が身にまとっている物は、あと一枚だけ。 
 
「うわー、沙穂……染みてる」 
「ばか、言わないでよ……」 
布越しにもその状態がわかってしまう。つまり、それだけ慶太に感じさせられてしまったという事。 
外気が触れて、そこだけが少しひんやりするくらいに湿ってるみたい。 
慶太が下着を下ろそうとしたので、脚を閉じて脱がせやすくする。 
思ったよりスムーズに、脱がされた。慶太も少しは慣れたのだろうか。 
「……っ」 
手が伸びてきて、そこの上にある毛をなぞられる。そして指先が、その下へと進んでくる。 
「沙穂」 
指で弄られながら、唇を求められる。目を閉じて受け入れた。 
「んっ……く、ふぁ」 
目を閉じると感覚が鋭くなるのか、まだ優しく触られているだけのそこが熱くて、じわじわとあの感覚が身体を浸していく。 
逆らえなくなるような気さえする、あの感覚。 
身体を重ねるごとに、段々と強く感じられるあの感覚。 
力が抜ける。首筋から鎖骨の辺りまでを吸われながら、蕩けてきた部分をさらに責められた。 
「慶太……けい、た……」 
声が上ずる。慶太の声は楽しそうだ。 
「まだまだ。今日はホワイトデーなんだから。もっと日頃のお返ししてやるよ」 
「いいよ……そんな」 
視線があちこちを彷徨って、視界が揺れてぼやける。 
慶太の指が一番敏感な部分に届いて、腰がびくっと跳ねかけた。 
「ぁ……んっ」 
「沙穂、ここが気持ち良いんだよな?」 
恥ずかしいので答えないでいると、慶太の頭が視界から消えた。 
「……答えないなら、答えさせてみせよう、ってか」 
「へ……?」 
私が間の抜けた声で尋ねようとしたら。 
ぬるり、と。 
濡れた柔らかいものが、私の中心を撫でるように這った。 
「やっ……あっ……んふ、ぁっ!」 
口で蓋をしようとしているのにどうしようもなく声が漏れ出す。 
私の幼馴染は、あろうことか私のそこを舌で舐めている。知識としてそういうのがあるとは知っていたけど。 
信じられないけど、完全に受け入れたいと思っているわけではないのに、まるで抵抗が出来ない。 
「だめ、そこ舐めちゃ嫌。私……変になりそう」 
こんなのは初めてで、どうしたらいいのかわからない。どこかから一斉に水が溢れてきて、私の意識はすぐに押し流されてしまいそうだった。 
 
「いいじゃん、変になっちゃえよ。俺、そういう沙穂も嫌いじゃないし」 
慶太がそう言って、また舐めてくる。そうかと思えば、指を入れながら尖りきった部分を舌で突付かれる。 
「──っ! あっ、や……」 
溢れる。流される。現にもう、シーツは染みが出来るほど零れている。 
「気持ち良い?」 
「ばか、こんな……そんなとこ、やっ……ひゃう」 
腰が震えて、背筋が反った。 
「ぁ……はぁっ!」 
我慢できなくて、ベッドのシーツをぎゅっと握る。脚は閉じて、軽く慶太の頭を挟む。 
いつの間にか、舌にそこを押し付けるように、腰が動いていた。 
息をする度に自分じゃないような声が漏れて、昂ぶりが広がっていって。 
「慶太……だめ、もう……あくっ、ぁ……んんっ──」 
視界が真っ白になって、溢れ出した快感に身体が溶けた。 
 
「ふぅ──ぁ」 
蕩けて形を成していなかった意識が、ゆっくりと戻ってくる。身体の反応がやけに鈍い。 
「あ。沙穂、大丈夫だった?」 
隣に慶太がいた。 
「私……あれ?」 
意識が一瞬飛んでいたような、そんな感じ。 
「沙穂、いっちゃったんだろ」 
耳元で慶太が囁く。 
今まで私にそんな経験は無かったけど……多分、きっとそうなんだと思う。 
「ぅん……たぶん」 
「おおー、何か満足」 
恥ずかしくて、声が小さい。なのに向こうはやたら誇らしげだ。 
「何が、満足なのよ」 
身体に力が入らないので、まだ少し荒い息をつきながら体育座りの姿勢になる。 
まだ余韻に酔いきっているそこから少し溢れてきて、慌てて隠すように姿勢を変えた。 
「いや、沙穂とするのもこれで六度目だろ。初めてから7度目でいかせたんだから、なんか満足」 
「ふーん」 
男って……なんだか単純だ。 
「それとも幼馴染だから、身体の相性が良かったのか?」 
「うるさい……すけべ」 
「すけべで結構。……沙穂、気持ち良かったろ?」 
「……言わせないでよ」 
涙目で見る。と、慶太の下半身で視線が止まった。 
元気すぎる。……まだしてないから当たり前だと思うけど。 
「ねぇ、慶太」 
「ん?」 
「……その、しなくていいの?」 
ちらっとそこを見て、慶太の顔を見る。 
「するぞ。これからそりゃもう濃厚に二、三回くらいは」 
とんでもないセリフを、事も無げに言う幼馴染。 
そして言い終わると、とん……とベッドに押し倒される。熱いままの身体が、またとくん……と震えた。 
「ちょっ、待ってよ慶太、何回もやったら痛くなるんだけど」 
「大丈夫大丈夫、今日はホワイトデーだろ? ……沙穂にたっぷり日頃のお返しをしなくちゃな」 
そんな事を言いながら、下着を脱ぎつつ薄っぺらい袋を開けようとする慶太。 
「それ、あんたがいっぱいやりたいだけでしょ!」 
「ん、ご名答。さすが付き合い長い沙穂だな。まあ大丈夫だから任せとけ。……じゃ、行くぜ?」 
私の抗議もむなしく、慶太が何度もやる気満々で覆いかぶさってきた時── 
 
「けーた、今帰ったぞー!」 
「あら、沙穂ちゃん来てるのかしら?」 
 
一階の玄関の方から聞こえてくる多少酔っ払った声。 
「「げっ」」 
つまり、慶太のご両親の、帰還。 
タイミングは最悪。いや、してる最中よりはましなんだけど。 
「──慶太、だめ、早く服着て服! 換気も!」 
「な、ちょっと待て。俺のこれはどうしろって言うんだよ!」 
慌てながらも、幼馴染のそれは言うまでもなく臨戦態勢のまま。 
「このまま続けたりしたら100%ばれるでしょ!」 
「沙穂、お前一度いったからってそんな事言うか? 見ろよこれ!」 
「じゃあどうしろって言うの? ばれてまでする? 私は嫌よ!」 
言いながら、私は慌てて後始末をして下着を付ける。 
「マジかよ……最悪だ」 
「今度、今度ね。ちゃんとしてあげるから」 
がっくりとうなだれる慶太。その頭を撫でながらなだめる私。 
そのまま慌しく衣服を整えて、慶太のご両親に挨拶して。 
……多分、ばれなかったと思う。 
こんな調子で、私は満足だけど、慶太はかなり不完全燃焼。 
そんな、ホワイトデーだった。 
 
 
「いや沙穂、そりゃ絶対ばれてるって」 
翌日の夕食後。例によって姉の部屋。 
「どうして? 匂いとかも消したし、服もちゃんとしてたし」 
「いや、付き合ってるってバレバレな幼馴染同士が二人っきりで長時間だろ? やってると思われないほうがおかしい」 
煙草のケースを探しながら、姉が断言した。 
「つーか、そのまま続けちまって良かったんじゃないの? その辺わかってるだろうから遠慮してくれるだろ、きっと」 
「それはもっと恥ずかしい。だいたい、声とか音とか漏れちゃうでしょ」 
「ほーう。なんだ、つまり沙穂は慶ちゃんにそんなに喘がされてるのか」 
ニヤニヤと笑う姉。 
「違っ、そんな事ない!」 
「否定しなくてもいいのに。そもそもいつも沙穂からその類の話を相談してきてるんだが」 
そんなやりとりをしていたら、私の携帯がいつもの着信音を奏で始めた。 
発信者は……予想通り、私と付き合っている、幼馴染。 
「どうしたの、慶太?」 
「いや、あのさ、えーと」 
声が何だか疑わしい。 
「俺ん家、今両親いないんだけど──」 
「……」 
私は深く、ため息をついた。 
 

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