「あー、久しぶりだな。こうするのも」
私の少し上から、慶太の声が届く。
「うん……。最近忙しかったからね。慶太も店番多かったし」
そう言って、廻している手をもう少しだけ伸ばす。
「まあな。年末に向けて金が要るんだよ、色々と」
「慶太、何か買うものあるの?」
顔を上げて、慶太を見上げる。すると、なぜか慶太は私から目をそらした。
「……秘密」
「えー。教えてよ、私と慶太の仲じゃない」
首を傾げて、慶太に再度目を合わす。
「いくらガキの頃からの付き合いでも、ダメなもんはダメ」
「彼女のお願いでも?」
「ダメ」
抱き合いながらの、いつも通りの会話。
「……わかった。慶太またエッチな本とか買うつもりなんでしょ。私が処分しちゃったから」
以前慶太の部屋チェックをしたら、やたらに胸の大きな女性ばっかり載ったエッチな雑誌があった。
慶太は言い訳してたけど、処分させてもらった。……ひょっとしたら、またああいうのを買うのかもしれない。
「そ、そんなもん……買わないとは、言い切れんけど」
男の人の生理ってのは、頭では理解できてもやっぱりどうかと思ってしまう時がある。
「やっぱり。こーやって私を抱いてても、そういう本を買ったりするんだ。ふーん」
「ちっ違うって、俺が買おうとしてたのは……」
「してたのは?」
ちょっとだけジト目で見る。別に問い詰めたいわけじゃないけど、こうすると慶太の焦り顔が見られるから楽しかったり。
「あーもう、わかった。今月末になったら教えてやるよ!」
そう言って慶太が私のあごに手をやって、こっちを向かせる。そして。
「ちょっと……あっ……んんっ」
半ば無理矢理キスされた。でも、そこからはいつも以上に優しくて。
「んっ……ふっ」
唇を割って、確かめるように舌が入ってくる。久しぶりのキスに、私も無意識に応えた。
「……ふぁ」
唇が離れて、名残惜しそうな声が出てしまう。胸も高鳴ってる。
「なあ沙穂」
「ダメ」
慶太の顔が「しよう」って言ってる。ここ、学校なのに。
「いいじゃん、そのためのバカップル命令なんだから」
「あんたやっぱりそういうを企んでたんだ……ぁっ」
抱きしめられたまま、ソファに倒される。そして私の上に覆いかぶさった慶太が、子供っぽい笑顔を見せる。
「放課後、誰も来ない東校舎、先生方も会議でほとんど出払ってる、部屋には鍵が掛かってる。そして彼女と二人っきり。
この状況でしたいと思わないなんて男じゃないだろ」
言いながら、制服のブレザーのボタンを次々外していく慶太。私は……慶太の笑顔に流されそうになりながらも。
「慶太、もし見つかったりしたら停学よ? 受験を目の前にして」
しばらくしてないから、慶太がそう思うのもわかるけど……やっぱり、学校でするのはまずいと思うから。
「俺は一向に構わんッッ!」
「何それってちょっ、ダメーッ!」
「大丈夫だって、優しくするから」
セーターのボタンも外される。慶太はもうやる気満々だ。これは止められない……と、私は観念した。
「わ、わかったわよ……わかったから。ね、慶太」
慶太が少し力を緩めてくれたので、一息つく。
「してもいいから……。変な事しないでね、学校なんだし」
「? よくわからんけど、わかった」
慶太が制服の上着を脱ぐ。私も……とりあえずブレザーとセーターを脱いだ。
「久しぶり、だよね」
「10日ぶりくらい……かな。こんなに間開いたのも久しぶりだな」
「だから濃厚にやるぜー、とか言うんでしょ、慶太のことだから」
「ちぇ、お見通しかよ」
おかしくて、二人して笑った。
「ん……ぁ」
お互いソファに座る形で軽くキスしてから、慶太が私のシャツをはだけさせて手早くブラを外す。
「こういうことばっかり覚えて……」
愚痴っぽく言う私に構わず、ブラを剥ぎ取ってしまう慶太。じーっと私の上半身を見るその視線から、つい目をそらしてしまう。
「むう」
「何よ。慶太の持ってた本みたいに胸おっきくなくて悪かったわね」
「沙穂、それ時々言うよな。ってかさ」
私の胸をに下からそっと触れて、慶太が囁く。
「春先の頃より、ちょっとでかくなったろ」
「……そうだけど。よくわかったね」
大きくなったといっても、アルファベットの三つ目にぎりぎり届くか届かないかってくらいなんだけど。お姉ちゃんにはまるで及ばない。
「そりゃあ沙穂の胸がぺたんこの頃から見てるからなあ」
「まるで私がずっと裸を見せてたように聞こえる言い方はやめてよね」
慶太がゆっくりと私の胸を揉み始める。
「そういうわけじゃないけど。でも、沙穂の身体は俺しか知らないんだーってのがあるから、育ってくれてるのを見ると嬉しい、なんて」
「よく言うわよ……んっ」
軽く唇を吸われる。そのまま慶太のキスは首筋から鎖骨に下りていって、胸にまで達する。
「久しぶりだし、胸だけで沙穂をいっぱい気持ちよくさせてやろっか」
「別にいいよ……っく」
胸の周りの方に吸うようなキスをして、揉み解してくる。
じんわりとだけど、あのとろけて溶かされるような感覚が少しずつ体を浸していく。
先端の……私の、乳首は焦らされて硬くなっていた。慶太はそこにはまだ触ってくれない。そこを触ってくれたら……気持ちいいのに。
「ゃ……あぁっ」
心なしか吐息が、そして声が甘くなっている。それに慶太も気づいたのか、胸の一番感じるところ以外をしつこく攻めてくる。
「こ、このっ、胸フェチめ」
私の胸を揉んだり吸ったりしてる慶太の髪を撫でながら、苦し紛れに言う。すると。
「いいのか。胸フェチなのは今更だけど、そんな事言うなら先っぽ弄ってやらない」
「えっ……ぁ」
つい残念そうな声が出てしまった私を見て、慶太は意地悪く笑う。
「して欲しい、だろ?」
指先で、ぎりぎりそこには触れないようにくるくると円を描く。
「あぅ……うん。さ、触って」
息が荒くなって、して欲しくて、思わず頷く。
「じゅああれだ。私の乳首を弄ってください、くらいは言って」
「なっ、何を言って──」
「バカップル」
「こ、こんな時にまでそれを使うの……ずるいよ」
慶太はやわやわと胸を揉むだけで、それ以上はしようとしない。
「うぅ……」
いい加減でも優しい慶太なのに、どうしてこういう時はいじわるなのか。でも、抑えられない。
「…………って」
「なに、聞こえない」
「わ、私の乳首……弄って……慶太」
恥ずかしくて、でもこれから慶太がしてくれることに期待したりもして、声が震える。
「うんうんよく言えました、可愛いよ沙穂」
言って、慶太は。
「ひゃぁっ?! ……あっ、やだぁっ」
片方を指で挟んで擦って、片方は吸って舐めてくる。
焦らされて、恥ずかしい思いをしてまでおねだりしたせいか、いつも以上に気持ちよくて。
「だめ、学校なのに……声出ちゃうよ……っ」
「気持ちよくて?」
慶太の嬉しそうな顔。頷くと、また愛撫が再開される。まるでそこがスイッチになってるみたいに、私の身体は溶けていく。
「あ……はぁっ、んぅ」
硬くなってしまった先端を交互に吸われて舐められたせいか、胸が慶太の唾液でべとべとになる。
すっかり力が抜けて、ソファの背に身体を預けてしまう。それでも執拗に慶太は胸を弄ってきて、その度にそこから起きた波が身体中をゆっくりと巡っていって。
「ふぁぅ……ぁ」
吸われたり摘まれるたびに上半身の力が抜けて、慶太に寄りかかった。
しばらく、そうしていた後。
「沙穂」
「ぁ……下、脱ぐ?」
「いや、そうじゃなくて」
言いながら慶太は脱いで、パンツ姿になる。そして、ソファに横になった。
「まさか……」
「そうそう、バカップルじゃなくても定番っしょ。……沙穂、来いよ」
トントン、と自分の上を指差す慶太。つまり、弄り合いをしようというわけで。
「あ、脱ぐのスカートだけでいいよ」
「ねえ」
ん? と聞き返してくる慶太。私は恥ずかしがらないように、
「するのはいいけど、慶太の顔見えないの……やだよ」
そう言って、視線を外した後チラッと見る。すると慶太は。
「あ、それさ。実は二人とも見えるようにする方法があって。いいから横になれよ」
待ってましたとばかりに、慶太は私を手招く。促されるままに、私は横向きに慶太の横にくっついて寝る。
「慶太って……こういうの好きだよね。それで……どうするの?」
盛り上がったボクサーパンツをすぐ側に見ながら、脚の方にいる慶太に聞く。
このままだと、私が上体を起こしても慶太にしてあげることしか出来ないけど……。
「っと、どうだったかな。まずは……」
そんな事を言いながら、慶太は私のはいていた最後の一枚を引き下ろして、脱がせてきた。
「やっ……ちょっと!?」
すぐ側で慶太にあそこが見られていると思うとかぁっとなるのに、さらにお尻を下から持ち上げてくる。
「いいから。あ、沙穂は俺の脚の間に片手置くといいよ」
お尻が半分慶太の上に乗って、右肘は慶太の脚の間に。
「よくこんなの思いつくね」
「前に沙穂が言ってたからさ。俺もお前も身体柔らかい方だから、できるかなーって」
「もう……エッチなんだから」
言いながら、ゆっくりと慶太のパンツを下ろす。間近にがちがちになった慶太のものが現れて、ドキッとした。
「沙穂ー、こっち見える?」
「うん。ちょっとだけど」
実際、私の下半身に隠れて慶太はあまり見えない……けど、これなら確かに慶太の顔も見える。
これはこれで……凄く恥ずかしいんだけど。
「じゃ、しようか」
「うん……」
しようか、なんて言うのも今更変な話だけど、確認しあってお互い行為を始める。
「うわ、沙穂すごい濡れてる。どーりで染みてたわけだ」
「……っ、んぅ、ちゅうっ」
私の反応を楽しみたいんだろうってわかるから、答えずに思い切って慶太のを口に含む。
すごく熱い。私達が最後にしたあの時からずっと溜まりっぱなしではないと思うけど、いつもよりおっきい気もする。
「っ……うぅ、くぅ」
先っぽから中ほどくらいまで、ぐっと吸う。
そう言えば口でするのも……初めにしたのは私だけど、色々と仕込ませたのは慶太だったりする。
昔っから、色んな事を教えてくれて、覚えさせてくれたけど……何だか最近エッチ関連の事が──
「んっ!? ぅ……ふぁっ」
考えていた事が断ち切られる。慶太が指で私のあそこを弄って、そのせいでつい口を離してしまった。
「沙穂、ちょっと触っただけなのに。そんなに良かった?」
「ばか……。あむっ、んっー……」
「くっ」
慶太のが、ぴくっと震える。感じてくれたんだとわかって、その辺りをもっと続ける。
「このっ、ちょっと俺が黙ってたら……」
「ひぁっ、ダメ、そこ……慶太ぁっ!」
一番敏感な所を、指で摘まれて、擦られる。腰が勝手に跳ねた。
「こら、逃げんな。あとちゃんとこっちも見てろ」
ぐっと腕で捕まえられて、今度は舌でそこをつつかれる。
「やだ、だめ、これじゃ慶太のできないよぉ」
「いいのいいの。沙穂の今の顔、すげーエロいし。もっと見せて」
チラッと見える慶太の目が、すごく楽しそう……なんだけど、どんどん大きくなる気持ちよさに、慶太のをするどころじゃなくなってくる。
「慶太っ、けーたぁっ……あぁぁぁっ」
「いいよ沙穂、イっても」
ただでさえ敏感な所を舐められてるのに、今度は指が私の中に入ってきて、もうわからなくなっていって。
「ふぁっ……やあぁぁぁっ……ん!」
やがて身体がふわっと浮いたような感じになって、意識が溶けた。
「……あうぅ」
「いや、凄いエロ可愛かったぞ、沙穂」
まだ身体に力が入らなくて、何その造語……と突っ込むことも出来ない。
私は学校でエッチして、盛大にいってしまったらしい。
「あぁ……私、どんどんダメになっていってる……」
「そんな事言うなよ。あれだよ、普段しない場所でのドキドキ感がなんとか」
「うー……この現場を知り合いに見られたら、三回は死ねるわよ」
「はいはい。……んじゃ、いいか? 俺も」
慶太のは当然ながら元気一杯だ。こういう状態で邪魔が入ったこともあるので、ここまで来たら慶太を受け入れてあげないと。
何か忘れてるような気もしたけど、私も、慶太が欲しい……ただ。
「ん。じゃ、行くよ?」
「うん。でも、ここまで来たらいつも通りで行こ、慶太?」
「……わかった。もうバカップルだからとか、変なことは言わないよ」
いつもの格好で、慶太と繋がる。入っていく時に、勝手に感じてる声が出た。
「沙穂、早く出ちゃったらごめんな。久しぶりだから」
「ぁっ……ん、慶太はずっとしてなかったの?」
熱いのが入ったままゆさっ、ゆさっと揺さぶられて、出し入れされながら聞く。
「……っ、いや、全く出してないわけじゃないけど」
慶太が体を倒して、私に密着してくる。……伝わる身体の重みが、充足感を連れてくる。
「沙穂とこうしてると、嬉しくてさ」
耳元で囁かれる。……ずるい。こういうのに、弱いのに。
「慶太、こういう時だけ素直なんだから……ぁっ」
そのままキスする。その間も重ねあって、擦れて、私は慶太の背中に手を回す。
私の息も慶太の息も荒くて、それでも時々キスをして。
「沙穂、上になってもらってもいい?」
「うん……いいよ」
ぎゅっと抱き上げられて、繋がったまま向かい合う形になる。
慶太はそこから身体を倒して、私に促した。
腰を浮かす。ずずっ、と私と慶太のが擦れて声が出そうになる。
「んっ……ふぅっ」
我慢しようとしても、声が漏れる。でもそれは慶太も同じなのか。
「……っあ、上手くなったよな、沙穂っ」
自分のペースじゃないと具合が違うのか、慶太もあまり余裕がないみたい。
それを見ながら、もっと慶太に感じてて欲しくて、頑張って腰を動かす。
円を描くように……ぐぐっと。お姉ちゃんに教えてもらったように。
「ちょっ、沙穂、っ」
今度は前後に動いてみる。慶太が気持ち良さそうなのはいいんだけど……。
「沙穂、上手すぎっ……っ」
「あっ、い……んっ」
私も、身体が甘く溶けて、何だかあまり動けなくなって。
そんな私を見て、ちょっと余裕の出来た慶太は。
「んー。やっぱ揺れる胸っていいよな。あとワイシャツだけの裸っていいよな、な?」
私の胸に手をやって、それから。ずん、と。
「ああっ!?」
私が腰を落とす瞬間に慶太も突き上げてきて。
「慶太、私が動くって……っ、ふぁっ、あぁ!」
奥に当たって、身体中に蕩かすような波が広がる。
身体を支えていられなくて、倒れるように慶太に身体を預ける。それでも、慶太は止まらなくて。
「……んっ、けーたぁっ……」
「気持ちいい?」
「ぅん……きもち、いい」
「俺も。そろそろ出そう。久しぶりだし」
そう言って、慶太は私を抱き上げて、向かい合う体勢になる。
「沙穂、ちゃんとつかまってろよ」
「うんっ、うん……」
もう言葉も紡げなくて、短く言って、頷く。
声も気にならなくて、感じたままに漏れ出していく。
時折キスもして、また動いて。私の腰も勝手に動いたりして。
大好きな幼馴染の名を、何度も呼ぶ。
慶太もそれに応えてくれて。意識がホワイトアウトしていく。
「ぁ……慶太、私、もう……!」
「やべ、俺も……っ」
「やぁっ、あっ、ぁぁあっ──!」
ぎゅーっと慶太を抱きしめて、ほとんど二人同時に身体も意識も溶けて、交じりあった。
「……あん……ふぁ?」
慶太が私から離れて、横に寝かされる。二人っきりの学校の一室に響くは、私と慶太の荒い息だけ。
ほんとは側で抱いててほしいけど、ベッドではないからそれは仕方ない。
ややあって、何となく違和感を覚える。慶太は幸せそうな顔でソファの背に身体を預けているけど、本来つけているべき物がそこにはない。
そう言えば慶太はいつも以上に気持ち良さそうだったし、ひょっとしてもしかして……!
まだ動きにくい身体を起こして、そこを見て……やっぱり、と。
「慶太」
「なに、足りなかったらもう一か……あ」
私の顔を見て、慶太の表情が強張る。……やっぱり確信犯だったんだ。
「つけなかったでしょ」
「えーと、あのな?」
「私が気づかなかったからって。しかも中でこんなにいっぱい……!」
私の中からどろっと零れ出る、二人分の交わりの残滓。
「生理の後だとはいえ、もし出来ちゃったらどうするのよー!!」
「ま、待て沙穂。まず後始末をしようぜ、鍵かけてるけどいつ誰が来るかわからんし」
「誤魔化さないでっ! ばかけいたーっ!」
その後は、慌てて後始末をして、空気を入れ替えて、誰にも見つからないように廊下に出て。
慶太がこっそり鍵を戻しに行ってくれたので、多分バレることはないと思うけど。
「だからー、機嫌直してくれよ」
「やだ。いつもちゃんとつけてするって約束でしょ」
歩きながらの帰り道。十二月とはいってもまだ三時過ぎなので、十分明るい。
「外で出すつもりだったんだけどさ、沙穂がよがりまくって身体を離さないか……あいたっ!」
慶太の背中を思いっきり叩く。
「ごめん。まあいつも言ってるけど、もし──」
「慶太は、それで諦められるの?」
遮って、聞いてみる。
「沙穂……?」
「慶太は部活引退してから、勉強頑張った。この調子なら、第一志望群の大学のどこかには受かると思う」
なぜかちくっと胸が痛んだけど、続けた。
「それでも、いいの? 確かに、実家を継げばいいだけかもしれないけど……もしもの時、私のためだけに、全部諦めてもいいの?」
ご機嫌斜めだった勢いで言ってしまった。慶太のその言葉を聞くのは何度かあったけど、ついに言ってしまった。
「んー……」
慶太は少しだけ考え込んでから、私の手を取って、握る。
「なんつーか、思いつかないのさ」
「えっ?」
「いや、沙穂と離れ離れになるっつー将来がさ。沙穂を幼馴染以上に見てなかった時期から、そう」
「慶太……」
繋いだ手に、微かに力が増す。
「だからさ、将来幸せになるために大学で色々学ぶつもりではいるけど、もしそれより前にもっと大事なことがあったら……それはそれでって。そんな感じ」
「それ、立派だけど四十分前に私の中に出してすごく気持ち良さそうにしてた人間の言う事じゃないよね」
「うわ、きっついな沙穂」
「でも……」
吐く息は白くて、肌寒いのに。
「そういう慶太が、大好き」
心はとっても、温かい。
「なあ、例のバカップルの件だけど」
お揃いのマフラーを巻いて、腕を組みながら歩く。途中で、ふと慶太が思い出したように言った。
「あれ、もういいわ」
「……意外。どうしたの? 週末まで理不尽なお願いをされると思ってたのに」
すぐ側にいる、慶太を見上げて聞く。
「いや、なんて言うかさ。半分は俺の一時的な願望だったってのもあるんだけど。俺らってそれ以前に既にバカップルらしくて」
「は? そんなことないでしょ。私達、いたって普通じゃない?」
普段からバカップルだなんて、心外だ。私は学校では普通にしてるつもりなのに。
「そういう『私達は普通』ってのが典型的症例なんだとさ。ネタばらししたら言われた」
「なんで私の思ってることを……っ」
「ばか。五年十年の付き合いじゃないだろ、ガキの頃から一緒なんだから、沙穂の顔見りゃ考えてることくらいわかるよ」
「むぅ……」
そう言われると何か悔しい。私だって勘はいい方なのに。……と。
「慶太。つけないでした時の罰は覚えてるよね?」
駅前の商店街。私達には馴染みの、喫茶店。
「……………………ミラクルパフェとダージリン、全奢り」
「よろしい。それじゃ、行きましょっか」
「ぐ……ぬっ、四桁のパフェは、出費が……」
悪あがきする慶太の腕をがっしと組んで、引っ張る。
「ほらほら、二名様ご来店〜」
慶太を店の中に引っ張っていきながら、ふと思う。
もしかして、慶太が言い出した『バカップル』は……単に久しぶりに甘え合いたかっただけなのかもしれない。
慶太がさっき私の考えてる事を読んだみたいに、私だって長年一緒だった幼馴染のことは良くわかるし。
最近二人っきりになれなかったし、ラブラブでいられなかったし。
私だってそう思ってたんだから、慶太だって、きっと。……そんな事を考えた。
「ミラクルパフェとダージリンティーで」
「……あー、ホットコーヒーで」
「何よ、いつもお昼の食費浮いてるんだから、揃えればいいのに」
財布を確認する慶太を見て笑いながら、思う。
慶太の友達が言うように、私達はバカップルなのかもしれない。でも今の二人でもバカップルと言われるなら、別にそれでもいいかな……って。