──唐突だが、俺はバカップルというものに興味があった。  
その内訳は興味半分、憧れ半分。  
今春隣のクラスの一番人気の子に特攻するもあえなく爆沈し、どうやら三年間を一人身で終えようとする俺としては、ラブラブで幸せ一杯なバカップルは遥か上の存在だ。  
……だが、そのバカップルは、俺の予想やら妄想やらを斜め上に飛び越して。  
なんと昼休みの我がクラスで展開されていた──!  
 
 
「はい、じゃあ次はタコさんウインナーね。あーんして、あーん」  
「おう。あーん」  
受験を控えた晩秋の学園、その一クラスで展開されている予想だにしない事態。  
俺の良く知る男女が、今まさに俺の憧れていた「バカップル」と化している。  
……だが、その周囲の空気は何とも形容しがたいものだった。  
微笑ましい、観戦ムードが3割。  
あとの視線は半ば凍りついている。先週末に大事な全統マークの結果が返ってきて、へこんでいる奴も多いからなのかもしれない。  
それにしても、半年ほど前には独り身同士でだべっていた友が、あそこまで変わるとは。  
「なんつーか」  
隣で寂しく弁当を食っているダチに愚痴る。  
「愛は時として堕落と化すんだな」  
「哲学者みてーなこと言ってんじゃねえよ」  
「だな。柄にもねえ」  
そう言って、購買のパンを齧る。  
「しかし、あいつはともかく相方までがバカップル化したってのがな」  
「そんなもんじゃねえの? 幼馴染なんだし」  
教室の窓際後方で席をくっつけて楽しそうに弁当を食べている二人。  
男は、俺の入学以来の友人、結城慶太。  
女の方は、そいつの幼馴染で彼女の、古田沙穂。  
付き合い始めの頃こそ変わらなかったものの、今週に入ってから突然堂々たる幼馴染バカップルになっていた。  
 
 
「じゃあ次はこれ。ほら、慶太」  
私は卵焼きを箸でつまみ、慶太の口元に運ぶ。  
周囲からは、幾分戸惑いの混じった視線が私に向けられている。  
必死に崩さずにいる笑顔が、引きつりそうだ。  
それなのに、目の前のこいつときたら。  
「あーん。……くーっ、うめー。お前ほんと料理うまくなったよな、沙穂」  
おバカ全開幸せ大爆発。美味しく食べてくれるのは作った側としては嬉しいんだけど、言葉といい態度といいこうまで見せ付けるようにするなんて。  
昔からこういうとこがある男の子だったとはいえ……。  
「ん? 沙穂あんま食ってないじゃん。俺が食わせてやるか?」  
そんなことを考えていた私の耳に入る、慶太の声。  
「断固断わ……っ、じゃなくて、いいの。私は大丈夫だから」  
「えー。遠慮すんなよ」  
慶太はニヤニヤとしながら、私の手作り弁当をつつく。  
この馬鹿けーた! と言いたい気持ちを抑えて、私達はバカップルのようなベタベタなお弁当タイムを再開した。  
 
私だって、こういうのは正直やりたいわけじゃない。  
でも、何でこんな事になっているかと言うと……ちょっと面倒くさい前置きが必要になったりする。  
 
 
事のきっかけは、先月行われていた全統マーク模試だった。  
私も慶太も、いくつか志望している大学の文系学部があって、その中でも何校か志望校がかぶっている。  
実家の商店を継ぐにしても継がないにしても、慶太は経済学を学びたいらしい。  
私も経済系を含むいくつかの大学の学部を志望しているので、慶太とは目標がある程度同じという事になる。  
小中高ときて大学まで一緒になるとすると、腐れ縁もいいとこかな──なんて考えてはいたものの。一つ問題があった。  
夏休み前までバレー部の活動に勤しんでいた慶太は、志望大のレベルにはとても届くような学力ではなかったのだ。  
私は以前通り学年トップ30台を維持しつつ、夏の間は必死に慶太と一緒に勉強を頑張った。  
どこか懐かしくて、大変だけど嬉しい日々だった。ところが。  
2週間前。お互い疲れていた時、私が慶太の成績にダメ出しをしたのがきっかけでケンカに発展してしまった。  
 
「もっと文法をやらないとダメよ! だから英語の点数が伸びないの!」  
「ちゃんとやってるよ。成績だって伸びてるし。今は俺のやり方で大丈夫だっての」  
 
私も慶太も負けず嫌いなので、こうなると決着がなかなかつかない。そして、慶太がこう提案したのである。  
「じゃあこうしよう。今度返ってくるマーク模試の結果で負けた方が、非を認める。そして」  
「そして?」  
思わず聞き返した私に、慶太はにっと笑ってこう言ったのだ。  
 
「負けた方は、勝った方の言うことを何でも一つ聞くこと!」  
 
私は入学以降慶太に勉強で負けた事はなかったし、最近こそ慶太の学力が上がりつつあると言ってもまだまだ私に分がある。  
だから、安心してOKしたんだけれど…………結果は、つまり。  
私の不調とマーク試験にありがちな運の要素が合わさって、負けてしまった。  
そして慶太の出した条件が「一週間バカップルになること」だったのだ。  
 
 
「はぁぁぁぁ……」  
やっと食べ終わる。恥ずかしくて恥ずかしくて、二日目だってのにちっとも慣れない。  
弁当を作るのは問題ない。一緒に食べるのもまあ平気だ。  
……でも、さすがに「あーん」はちょっと。今日みたいにクラス内でやっていると築き上げた私のキャラが崩壊しそうだ。  
いくら「バカップルでいろ」と言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。  
 
……そして、私の心情をよそにご満悦な私の幼馴染。  
そんな私達を「次は何をやるんだ?」といった表情でチラ見をするクラスメート達。  
居づらい。仲のいい友達には真相を話してあるとはいえ、皆がお昼を食べ終わって昼休みの喧騒が始まるまでの時間が、とても長く感じる。  
「慶太」  
私は、幸せ一杯そうな表情の慶太を見て、少し躊躇ってから。  
「ちょっと外出よう?」  
腕を掴んで、有無を言わさず歩き出す。  
素直についてくる慶太。  
戸を開けて廊下に出る時に、冷やかしじみた口笛が聞こえた。  
慶太と付き合って恥ずかしい思いも色々したしさせられたけれど、他人からそういう視線で見られるのは慣れない。  
廊下に出て、また小さくため息を吐いてしまった。  
 
人気の無い所を探して、校舎の一般教室が少ない辺りまで歩く。  
「どうしたよ、沙穂?」  
慶太はのん気にそんな調子だ。たまらず、私が口火を切った。  
「もー無理。カップルならいいけどバカップルなんて無理よ、私」  
壁に背中を預けて、口を尖らせて言う。対する慶太はさほど動じる様子もない。  
「なんで? 一週間だけじゃん。終わったらネタばらしもするし」  
「その間の時間が長すぎるって言ってるの。私達と仲のいい子はともかく、そうでない子達にどう思われるか……」  
男の子達は笑って済ませられるのかもしれないけど、女の場合はなかなかそうもいかない。  
余計に変な目で見られるのは嫌だし、変な噂を立てられても嫌だ。それに……。  
「仲の良くない奴にどう思われたって別にいいだろ。あと半年もないんだし、何か言われたら俺が何とかしてやるよ。  
それになんだ、俺としてはそう言う連中のことより沙穂と楽しくやる方が大切だし」  
「……むー」  
確かにそう言われればそうだし、さらっとドキドキするようなことを慶太は言う。でも。  
「つーかさ、一週間は長いとか言ってたけど。元々何でも言うことを聞くって約束だろ。第一俺だってバカップルつっても線引きはしてるし、それに」  
「……うぅ」  
一気に畳み掛けるように、慶太は続ける。  
「他の女子から聞いたんだけど。……沙穂、お前俺を従者扱いするつもりだったんだって?」  
「な、なっ、何でそれを」  
「昨日の掃除の時、谷沢から聞いたよ。結局、沙穂も俺と同レベルだったってことじゃん」  
「…………」  
意表を突かれて言葉が出ない。谷沢というのは、私の親友の谷沢未樹のことだ。  
確かに私はこの勝負の事を話して、私がそうするつもりだった「一週間従者扱い」を遊び程度に実行するつもりだったのだけど……。  
「何か言い訳は? なければ今週末まで約束継続って事で」  
してやったりという慶太の表情。期間短縮を頼むつもりが、してやられた私。  
「……ううん、ない。うん、ほんとに」  
日頃尽くしてる分たまには慶太に尽くされたいなー、なんて軽い気持ちでそのことを未樹に話したのが……失敗だった。  
手つないで教室戻ろうかー、なんて言って私の手を握る慶太に、教室を出るときとは逆の構図で引きずられていくのだった。  
 
ちなみに、後で慶太に私が企んでいた内容をリークした未樹を問い詰めてみたら。  
「ごめんねー、もうとってもとってもラブラブな沙穂と結城君を見てたらついカッとなってやっちゃったの。今は反省してる」  
とても反省しているとは思えない口調と少し引きつった笑顔。  
先月彼氏とケンカ別れして独り身になった未樹は、私に向けてほのかに黒いオーラを放ちつつ、そう言ったのだった。  
 
 
──翌日。  
「なあ、やっぱダメ?」  
「ダメです」  
「沙穂、バカップル」  
「……わかった、わかったって。だから人前でそんなにくっつかないでよ」  
登校途中で、慶太が出してきたペアのマフラー。秋頃慶太が買ってきて「一緒に巻こう」と言ってきたんだけど、恥ずかしいから学校に行くときは着けないようにしてる。  
なのに、わざわざ慶太が私のまで持ってきて……これである。  
「あんた、こんなにベタベタしたがるタイプだったっけ?」  
白系で統一されたマフラーを巻いて、ちょっとだけ不服そうに言ってみる。……不意に周りの視線が強くなったような気がした。  
「んー、どうだろ。付き合い始めは沙穂の方がそんな感じじゃなかったっけ」  
あー言えばこー言う。今週の慶太はいつも以上にいい加減でアバウトな感じだ。  
……そんな調子の合間に、時々凄くキリッとしててカッコいい所を見せるのが子供の頃からの慶太なんだけど。  
 
「そう言えば、今日はアルバム実行委員の仕事がある日だからね。午前授業だけどちゃんと残ってよ」  
「あー、わかってるよ。沙穂、弁当は?」  
「ちゃんと作ってる。昨日頼まれた通りにね」  
私と慶太を繋げていたお弁当の絆は、慶太が部活を引退してからも続いている。  
慶太のお母さんにも了解を貰って、週に何日かは私が慶太のお弁当を作っているのだ。  
「うんうん、さすが沙穂。もう一生メシの世話は心配しなくて良いな」  
「えっ……け、慶太?」  
それってつまり。意味を理解して、頬が寒さ以外の理由で赤くなる。  
「なんてなー。ほら沙穂、歩くの遅い。さっさと行くぞ」  
ははっ、と笑って慶太が私の手を引く。慶太も、自分から言い出した「バカップル」を楽しもうとしてるのかな、なんて思ったりする。  
 
途中からずっと繋いでいた手は、温かかった。  
 
「……では、ホームルームを終わる。アルバム実行委員は東校舎二階の第二会議室で集まりがあるから、ちゃんと出席するように。わかったか、結城」  
午前の授業が終わったホームルーム。担任の先生が、ぼやーっとしてる慶太に話を振る。  
「えっ? あ、はい。大丈夫っすよ」  
「まったく、そんな調子で大丈夫なのか。うちのクラスのアルバムは」  
クラス内でクスクスと笑いが漏れる。それを苦笑いしながら眺める私。  
そう、私と慶太は卒業アルバム実行委員なのだ。  
なり手がいなかったので私が立候補して、そのまま成り行きで慶太も委員になっている。  
 
 
「しっかし何だよな」  
委員の集まりにはまだ時間のある、放課後の教室。残って勉強していく生徒もいたりして、二人っきりと言うわけではない。  
「何でうちの学校には、こんな変わったアルバムの企画があるんだ?」  
「校長の方針らしいけどね。卒業にあたって過去の人生のワンシーンを振り返るべきとか、何とか」  
お弁当を食べながら、慶太と話す。  
私達の学校の卒業アルバム実行委員というのは、大きく分けて二つの仕事がある。  
一つは卒業アルバムの構成や写真選び。もう一つが、卒業文集の編集。  
前者は言うまでもないことなのだけど、後者はちょっと変わっている。  
「沙穂、あーん」  
唐突に、慶太が私に食べさせてくれようとしてる。  
「い、いいってば。別に」  
「いいだろ。あんまし人もいないし俺らのことも見てないし」  
「でも……」  
うろたえる私に、慶太が野菜を挟んだ箸を近づけてくる。ちらっと周りを見て、私はおずおずとそれを食べた。  
「へへっ、こうして食べるとより旨いだろ」  
「……そりゃ、私の作ったお弁当だし」  
やっぱり恥ずかしくて、何を考えていたのか忘れていた。  
……そう、文集の仕事である。  
 
文集には短めの各生徒の文章と、今までの人生を振り返って一枚の写真を載せるという企画がある。  
生まれてから現在に至るまで、どんな写真でも良いとのこと。委員の仕事は増えるが、毎年好評の企画らしい。  
それの締め切りが今日で、私は女子から、慶太は男子から写真を回収して集まりに持っていくのだ。  
 
 
そして二人で委員の集まりに出る。今日は写真提出と簡単な仕事だけで、すぐ終わるはずだったんだけど……。  
「慶太、まだなの?」  
「あー、ちょっとな」  
どうやら写真関連で時間がかかっているらしい。私はとっくに担当分を終わらせているし、他のクラスの委員も軒並み退出してしまった。  
「おーい、結城。先生会議があるんだが」  
担当の先生も、少しイライラしながら時計を見ている。今日午前授業だったのは、何でも周辺の先生方が集まる会議があるかららしい。  
「あ、それじゃ鍵預かりましょうか。慶太の仕事が終わり次第、私が戻しておきますよ」  
何か慶太は悩んでいるらしい。こういう時は、いつものように私が助けてあげないと……と思った。  
「おう、すまんな古田。じゃあ作業が終わったら、扉に鍵をかけてから職員室に戻しておいてくれ」  
実は切羽詰っていたのだろうか。あっさり私に鍵を預けて、先生は急いで教室から出て行った。  
それを見送って、何となく扉に鍵をかける。  
 
「慶太、さっきからなに悩んでるの?」  
何枚か写真を並べている慶太に声をかけながら、長机から少し離れたそれなりに立派なソファに座る。一応会議室だからか、ソファが柔らかい。  
「んー……」  
慶太の返答ははっきりしない。言葉が切れた後に、沈黙が訪れる。  
一般教室のない東校舎の二階の端は、放課後だと言うこともあってとても静かだ。  
外からは、微かに野球部が練習している音が聞こえる程度である。  
 
「……沙穂はさ、文集のほうに載っける写真は何にした?」  
呼ばれて、私は立ち上がる。  
「えーっとね。これ」  
そう言えば見せっこしてなかったねと続けながら、私の写真を取り出す。  
私が選んだ写真は、二年生の体育祭の時の写真。  
男女混合全員リレーで、前のランナーだった慶太がトップで私にバトンを渡した時のワンシーンだ。  
真剣な表情で頑張ってる私と……それに負けないくらい頑張ってる慶太が写ってたから、迷わずこれにした。これなら変な目で見られないだろうし。  
「あー、懐かしいな。クラスのみんなで一位を取った時のだろ」  
長椅子に座る慶太の傍に立って、少しの間思い出を語る。  
 
「……俺はさ、迷ってるんだけどこれにしようかなー、なんて」  
「?」  
慶太が気恥ずかしそうに出した写真。そのシーンには、見覚えがあった。  
雨に打たれてびしょ濡れになっている──小学校三年くらいの慶太と、私。  
夏休みに二人で昆虫採集に行って、夕立に打たれた時の写真だ。こんな状態の息子をまず写真にして残しておいた慶太の親もどうかと思うけど。  
「どうして、この写真を?」  
「んー。人生の大事なシーンって言ったらこれを思い出してさ。でも、その反面俺と沙穂だけの思い出にしたいなーってのもあって、迷ってた」  
「慶太……」  
とくん、と胸が高鳴る。  
「だってさ、幼馴染で今は彼女の沙穂も写ってる写真だしさ。思い出としてはいいけどさすがの俺も恥ずかしいし」  
「ふふっ……私はいいと思うよ。一生忘れない日だしね。慶太が私にファーストキスをしてくれた日だし」  
「うっ……そういう話になるとすぐそんな調子になるのな、沙穂」  
「ダメ? 思い出を大事にしてくれてる慶太を見てるとね……」  
ちょっと暴走してるかな──なんて思いながら、丁度いい言い訳を見つけて、行動に移す。  
「何だか、好きな気持ちが止まらなくなっちゃうよ」  
後ろから、ぎゅっと抱きしめる。試験とか私のあの時期もあったり、慶太が店番で忙しかったりで……こうするのも久しぶりだ。  
「沙穂……大胆だな」  
「バカップルなんでしょ? ……これくらい、いいじゃない」  
「そうか、そうだよな」  
慶太が身体を反転させて、私の身体を強く抱いてくれる。  
……周りに邪魔するものはなくて、ただ私と慶太がいるだけだ。  
 

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