厄介な三時間目の数学が終わった後の教室。開放感もあいまって、随分と教室は騒がしい。  
「はい、今日の分」  
そんな喧騒にはおかまいなしで、必死に次の時間に集める宿題をやっていた俺の目の前にずい、と弁当箱が差し出される。  
「お。サンキュー、いつもありがとな、沙穂」  
この女は、クラスメイトの古田沙穂。こいつは幼稚園からの幼馴染──いや、もはや腐れ縁だ。  
こいつはわざわざ俺のために、毎日毎日弁当を作ってくるのである。  
なぜか、と言うと。  
「ほら、どーせあんたは今日も早弁したんでしょ? あたし見てたんだから」  
俺が大抵、二時間目が終わる頃には自宅から持ってきた弁当を食べつくしてしまうからである。  
 
ずい。  
ついでに沙穂の顔まで寄ってくる。ショートカットに少しつり気味の目。冷静に観察すると、ぱっと見だと少し性格がきつそうに見えるかもしれないそんな顔。  
「んー、じゃあいつものようにいただくわ。ごちそーさん」  
「……あんた、ちょっとは感謝ってのはないの? 普通わざわざただのクラスメイトにお弁当作ってくる甲斐甲斐しい子なんていないよ?」  
「沙穂は幼馴染だろ、俺の」  
弁当箱を受け取りながら、ひょいと顔を向けて沙穂を見る。む、思ったより近かったか。  
距離にして15cm。化粧っ気は無いのに肌はすべすべそうだなー、なんて思った。  
 
「……もう、こんな時だけ幼馴染幼馴染って。ちゃんと残さず食べなさいよ。……ばか」  
少し機嫌悪そうに言って、沙穂は自分の席に戻って行ってしまった。  
 
で、昼休み。俺はと言うとクラスの友人数人とで固まって、沙穂謹製の弁当を食べる。  
連中も俺と沙穂の腐れ縁幼馴染っぷりはよく知っているので、最近はもはや突っ込みさえまばらである。  
ちらりと沙穂を見る。あいつはクラスの女友達と楽しそうに笑っていた。  
「……おい、話聞いてたか、おい?」  
「ああ、何だったっけ?」  
沙穂に見とれていたわけでもないのだが、ついつい友人の話を聞き漏らしてしまった。  
「だからよ、もうすぐバレンタインじゃん。何とかその前に念願の彼女をゲットしたいんだよ、俺は」  
「はいはい、また始まったか」  
他の友人と一緒に適当に応対する俺。基本的にこういう話はあまり積極的にはなれない。  
「見てろ、俺は来月までに隣のクラスの佐川さんをゲットしてやるんだからな。  
で、お前はどうなのよ。誰かいねーの? 付き合いたい子とかさ」  
む。周り数人の視線が一気に俺に集中する。まずい。  
「んー。別に」  
言いながら、弁当箱に盛り付けられた唐揚げをひとつ食べる。……うん、美味い。質問をはぐらかしながらもう一個食おう。  
「……ああ、そっか忘れてた。お前には毎朝愛妻弁当を作ってくれる"奥さん"がいるもんなぁ」  
「なっ……!」  
思わず食べていた唐揚げを噴出しそうになる。慌てず騒がずよく噛んで飲み込んでから、俺は言った。  
「沙穂はただの幼馴染だよ。前からそう言ってるだろ」  
「ほほう。では古田さんが他のろくでもない男と付き合おうと、お前はどうでもいいと」  
「む……いやに突っかかるな、今日は」  
そう言って、ピーマンの肉詰めを食べる。……そう言えば、俺はいつの間に嫌いなピーマンを食べられるようになったんだろう。  
他にも苦手だった海草や、食わず嫌いだった物が随分食べられるようになった気がする。  
 
「いや、俺はただ、踏み込みの甘い友人に人生のアドバイスをしてるだけだぞー?」  
こいつの言いたい事もなんとなくわかる。  
「わかったよ。だからこの話はもう終わり、勘弁してくれ」  
「ちぇー、どうなのか聞きたかったのにな。」  
──なんだか、言葉が胸の奥に引っかかったような……気がした。  
 
「ほい。ご馳走様でした」  
六時間目を終えて、沙穂に弁当箱を返す。これももはや恒例だ。  
「どういたしまして。……ね、全部残さず食べた?」  
「ああ。ピーマンも野菜もきのこも、全部食べたぞ」  
沙穂の弁当には、必ず俺が苦手な物が入っている。しかし、最近ではそれさえもしっかり食べてしまう、俺。  
……ひょっとして、うまく餌付けられてるのではなかろうか。  
「おおー。えらいえらい。よくできました」  
まるでガキ扱いである。……ただ、沙穂がいなかったら、苦手な食べ物はずっと苦手なままだったのも確かか。  
「子供じゃないんだから」  
「いいのよ。あたしの方が二ヶ月先に生まれてるんだから」  
「はいはい」  
いつもの幼馴染と、いつもの会話。いつもの雰囲気。  
……やっぱり、ほっとする。俺は少なからず、沙穂といる時は安心してる。  
 
周りは喧騒。廊下を歩く生徒の群れ。……なんか、不意にさっきまでどこかに引っかかっていたものが取れたような。  
 
「沙穂」  
「なに? 早く弁当箱渡してよ」  
「……今日も美味かったわ。ありがと」  
ほとんど無意識に、弁当箱を直接沙穂の手のひらに。  
指先に、柔らかく触れる。暖かい感触。  
「……!」  
沙穂も動かない。ただ顔が少し、赤い。  
「な、何よ。いっつもは美味しかったなんていわないくせに」  
「うるせーな、たまには感謝したっていいだろ。いっつも美味いもの食わしてもらってるんだからよ」  
俺も、ちょっと恥ずかしかった。ひょい、と弁当箱から手を離す。  
「……あら、あんたの弁当は私用の弁当の余り物ばっかりなのに、あれ」  
「嘘つけ。あんなに形整った残り物があるか」  
「……」  
「いいだろ、たまには俺にもお礼言わせてくれ。それと」  
「……なに?」  
何となく、暗くなり始めた窓の外を見てしまう。冬の太陽は、落ちるのが早い。  
「暇だから、真っ暗になる前に家まで送ってってやるよ。ついでになんか奢ってやる」  
沙穂の目を直視できないまま、俺はそんな柄にも無い事まで言ってしまう。沙穂はと言うと、ぽかんとしたままで、  
「珍しいー。あんたがそんな気前のいい事言うなんて、明日は雷でも落ちるんじゃないかな」  
と、そんな事を言いやがる。  
「うっさい。ほら行くぞ」  
「はーい。じゃあね、私は駅前のパーラーでデラックスパフェ(\980)を……」  
「高いっつの!」  
「奢るって言ったんだからいいでしょ! だいたいねえ、あんたはとっとと早弁癖直しなさいよ。私だって早起きして弁当作りは簡単じゃ……」  
まだ文句を言う幼馴染を適当にあしらいながら歩きつつ、その言葉について考える。  
 
──俺が早弁癖を直すなんて、きっと無理だろう。  
なにせ俺は、今はこの幼馴染の作る弁当が楽しみで、それを美味しく頂く為に、家から持ってきた弁当を早々と食べてしまうんだから──。  
 

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