<第一章。美奈子>  
 
「…SM友の会?何それ」  
 
居酒屋で焼き鳥を頬張りながら、私は首を傾げた。  
目の前には金髪の美人が両手でジョッキ抱えてビールを流し込んでいる。豪快過ぎるその行動は美人台無しだったが、彼女のそういう性格が私は嫌いではなかった。  
この、外見と性格が全く釣り合っていない女との友人関係は、もう数年来にもなる。  
 
「あのねあのねっ。すごーく楽しい事思いついたのっ。きっと美奈子も楽しいと思うから、一度話だけでも聞いてみないっ?」  
 
そう持ちかけられたのは、もう随分と前になる。  
電話でしつこく誘われ、せめて用件を言え、と突付いてみるものの頑なに口を閉ざし、ようやっと時間の都合をつけて久々に友人と会ってみれば――  
 
「…陽子がそんな宗教みたいなものを作るとは思わなかったわ」  
「ちょっ。人聞き悪いわよ美奈子。どこが宗教なのようっ」  
 
まずは名前。と突っ込みたい気持ちをなんとか喉奥で堪える。  
 
「三ヶ月に一回、SMが好きな人達で集まって、色々と遊ぶ会なのよー♪  
 希望者には奴隷交換とかー。玩具交換とかもあるけどー。  
 それは奴隷ちゃん達が納得済みでなくちゃ駄目とかー。ちゃんとそういうルールもあってね。  
 要はみんなで集まってー、SMを心ゆくまで楽しみましょうっていう、そういう会なのよ」  
 
ぷはー、とジョッキを卓の上に置いて、口元についた泡を拭う。  
…もう一度しみじみと思うが、本当に美人台無しだ。  
 
「なかなか好評なんだから。  
 それでね、次で三回目になるんだけど、ちょっとしたお披露目があるから、  
 そのお披露目をね、美奈子にも是非見て欲しいのよ」  
「…お披露目?」  
 
そうよー。と、うふふ、と陽子は笑う。  
出会った頃から変わらない、猫のような笑顔が顔の上に広がる。  
彼女がこういう顔をする時は決まっている。大抵ろくでもない、えげつない、でもとても楽しい事を実行しようとしている時の顔。  
…最後に彼女のこの笑みを見たのは、いつの時だったっけ?  
 
「今回はねー。SM友の会に、新メンバーが追加されるのだっ。そのお披露目さんなのよねー!」  
「いわゆる、アタシのアシストをしてくれる子、になるんだけど…。美奈子も会うのは久しぶりなんじゃないかなっ?」  
 
ビールのおかわりが届く。  
それをまた一気に飲み干して。  
 
「香澄ちゃんが、新しくミストレスとして参加するんだよー」  
 
ほんのりと赤くなった頬を緩ませながら、陽子は楽しそうに微笑んだ。  
 
 
―――― そして今に至る。  
香澄は居心地悪そうだった。長い黒髪に白い肌。  
彼女に白いボンテージ姿は私ですらくらりと来る程に似合っていたが、その露出度はとても高い。胸は半分以上丸見えだし、ハイレグ状態の下肢も香澄には酷く恥かしい事だろう。  
香澄に会うのは久しぶりだった。初めての邂逅以来何度かお茶をしたりもしたが、そういえばこうして彼女の肌を見るのはあの時の「遊び」以来だ。  
その時の彼女はいつも露出の低い服ばかりで(でも陽子の命令で、下着をつけていなかったり、玩具を装着はさせられていたが)、久しぶりに見る香澄の肌の白さに、私は少しだけ嫉妬も覚えた。  
そも、彼女は確か陽子の「玩具」だった筈だが――  
 
「ああ…、そっか」  
 
そこで私は合点がいった。なるほど。これも、「おあそび」なのだ。  
陽子の香澄に対する「遊び」が、この「お披露目」なのだ。  
私はステージの隅で、彼女達が注目を浴びているのを見守る。その右手はいつでも触れられるよう、スイッチに伸びていた。  
私は今日は裏方なのだ。タイミングよくスポットライトをつけたり消したりする役割を担当している。  
「なんっでステージに立ってくれないのよおおおおおお」と陽子にはしつこく吠えられたが、私は目立つのは嫌いなのだ。  
目立つのは目立つのが好きな目立ちたがりやの陽子だけでいい。  
会場で、ポゥ。ポ。と灯りが点いていく。蝋燭が使われているのだろう。  
薄くぼんやりとした闇が、ほんの少しだけ姿を現す。  
この蝋燭も小道具だ。使いたい人間は好きに使用してもいい。  
替えはいくらでも用意され、それは蝋燭だけに限らない。  
仮面をつけた男女達が、首輪をつけた男女達が、鎖で繋がれた奴隷達が、ボンテージに身を包んだ女王達が、スーツに身を包んだ主人達が、  
全員が、陽子を見詰めていた。  
高く振り上げていた腕を、一気に振り下ろす。  
カチ。とスイッチをオンにする。  
 
「ではではっ。ここに、第三回!SM友の会を開催いたしまーっ、す!」  
 
赤い光が会場を包み込み、湧き上がった歓声はすぐに嬌声へとその色を変えた。  
 
「美奈子嬢」  
 
後ろから声をかけられ、私は振り向く。  
眼鏡をかけた白衣姿の少女が、私の事を見上げていた。  
…いや、少女と呼ぶのはおかしいか。彼女は私よりも年上なのだ。  
 
「これの設置を手伝って欲しいのだが、少しお時間を貰えるかね」  
「構わないですよ」  
 
これ、と呼ばれているのは、産婦人科でよく見る、分娩台のようなものだった。  
ただ大きく違うのはそれらは全て、透明なプラスチックのようなもので出来ている、という事だ。  
さらに両手両脚にはふわふわとしたベルトのようなものが設置され、明らかに拘束台だというのがわかる。  
二人掛かりで台車の上に乗せ終えると、彼女はふう、と息を吐いた。  
 
「すまないね。どうしても、私一人ではこれは無理で」  
「いえ。構いません。…それは、今日の新作で?」  
「みーなこーっ!」  
 
カツカツカツ、とヒールの音を響かせて、陽子がステージから近付いてくる。  
 
「今のスポットライトのタイミング、よかったわよーっ。GJGJ!ってあれ、小雪ちゃん?」  
「ちゃん、はやめてくれんかね。私は君よりも年上だよ?」  
「だああってえ、可愛いんだもんっ。ちっちゃいし、眼鏡だし、白衣だしっっ。最高ッ!」  
「ちょっ…、眼鏡とかは関係なっ…!こら、抱きつかないでくれないかっ陽子嬢っ」  
「いーやーだーもーんっ。あははっ」  
「あー。こらこら、やめなさいよ。小雪さん、嫌がっているじゃない」  
 
陽子を小雪さんからひっぺ剥がす。  
玩具を取られた子供のように陽子はうー、と唸っていたが、やがて諦めたのか名残惜しそうにしながらも小雪さんから目を離した。  
この、身長が百五十にも満たない童顔の彼女は、女王でもなければ奴隷でもない、少しイレギュラーな存在だ。  
でも、SM関係者にはなくてはならない存在でもある。  
 
彼女は、アダルトグッズの開発者だ。  
 
「あーっ。これ?小雪ちゃんが前言っていたやつー」  
 
小雪さんで遊べないとみるや、陽子はすぐに分娩台に興味を移した。  
 
「見やすく、いやらしく、わかりやすく、恥かしく。を追求した結果、いっそ丸見えがいいんじゃないのかという結論に達した。座る場所も勿論透明だよ。膣もアナルも全て丸見え、というわけだな」  
「両手両足には拘束ベルト。さらに、様々な機能も追加している」  
 
ぺたぺたと台を触りまくる陽子に、小雪さんは丁寧に説明する。  
そこでふと気づいた事を私は陽子に聞いてみた。  
 
「…って、陽子。貴女香澄はどうしたのよ」  
「えー?あー。うーん、と」  
 
ちら、とステージを見遣ると、一人残されて所在なさそうに佇んでいる香澄の姿。  
 
「…今日も可愛いわよねっ!」  
「馬鹿言ってないで早く助けに行ってあげなさいよ」  
 
にこにこと香澄を見てハートマークを飛ばす陽子の背中を、私はばしりと叩いた。  
幕は上がった。後はこのまま、幕が下りるまで遊ぶだけ。  
 
「…さあて。と。では、パーティを始めるとしようか」  
 
小雪さんが歩き出す。その後ろに私も続く。  
せっかくここまで来たのだし、どうせなら最後まで楽しんでしまおう。  
嬌声の響く会場へと、私は足を踏み入れた。  
 

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