<第二章。香澄>  
 
喘ぐ声。  
泣き喚く声。  
震える声。  
途切れる、声。  
 
絶叫。  
咆哮。  
懇願。  
哀願。  
呻き。  
吐息。  
 
それは。  
それは、とても。  
私の心を震わせた。  
 
「かーすみっ」  
 
後ろから声が響くのに、私はがばっと振り向く。  
ぼんやりと場に飲まれかけていた意識が一気に覚醒する。  
この声だけは何が合っても聞き逃してはいけない。私の全てを捧げたこの人にだけは、私は逆らってはいけない。  
それは自分で決めた事。  
金色の髪を靡かせながら、陽子さんが歩いて来る所だった。  
広いステージで注目を浴びながら一人っきりにされていた私は、彼女の姿を見るだけで涙が溢れそうになる程ほっとした。駆け寄りたいのを我慢する。  
今日の命令は「アタシに恥じない振る舞いをするように」との事だったから、そのようにしなくてはいけない。  
陽子さんに恥をかかせてはいけない。  
私の振る舞いはそのまま陽子さんへの周りからの評価に繋がるのだ。  
過去二回この会に参加して、私はそれをいやという程知った。奴隷の振る舞いはそのまま主人の振る舞いでもあるのだ。  
 
「ボンテージ、よく似合うわ」  
 
陽子さんの後ろから静かな声がするのに、私はそちらに視線を流す。  
頬の辺りで揃えられたボブカット。すらりとしたスレンダーな体に黒のボンテージ。  
 
「…み、美奈子さんにそう言って貰えるの、って、すごく、嬉しい、です」  
「あら。頭を下げられちゃったら、香澄の顔が見えないわ」  
 
くすくす笑う声に、慌てて顔を持ち上げる。  
至近距離で見ると、この人は本当に綺麗だ。  
……陽子さんが、憧れるのもわかる。  
 
「あっっ、こらーあ、そこー!女の子には優しくーっ!」  
 
ステージの上からびしっ、と陽子さんが指を差して叱っている。  
蝋燭を手にした老人が、縛り上げた女性に蝋をたらしているところだった。  
全身が赤かった。胸、腹部、陰部だけでなく、クスコで広げられた膣内にも赤い蝋が滴っている。  
ステージの上からずかずかと大股で下りていくと、陽子さんは女性を老人から無理矢理引き剥がした。  
 
「なっ、何を…、ッ」  
「女の子には優しくすんのよ。よく見なさいよこの子。痛みと怖さに震えているだけじゃないの」  
 
後ろから女性を抱きしめる。二十代になりたて、といった所だろうか。  
猿轡をかけられていて声は出せないが、陽子さんを見詰める目はほんの少しの怯えと、たくさんの感謝で涙に濡れていた。  
ぺり。と陽子さんの赤色の爪が、同じ色をした蝋をはがしていく。  
ちょいちょい。と手招きされて、私はそちらに近付いた。  
 
「香澄」  
「はい。陽子さん」  
「SMで一番大事なのは、なんだったか言えるかしら?」  
 
蝋をゆっくりと剥がす。  
視界の端で、美奈子さんが老人に近付いていくのが見えた。  
 
「……相手への、思いやり、です」  
「せいかいっ」  
 
女性の猿轡を外す。  
押し込まれていたボールギャグを外し、唾液に塗れた唇に、何の躊躇いもなく陽子さんはそっと口付けた。  
 
「っ、…ぷは、…っ、あ、あのっ…!」  
「はいはい。怖かったわねー?痛いだけだったわよねー?気持ちよくなかったわよねー?」  
 
痛いだけのSMは邪道。やるからには楽しく気持ちよく。  
どっちかだけが満足するSMも邪道。どちらも満足するプレイであるべし。  
脳内に以前聞いた陽子さんの言葉が蘇る。  
 
よしよしと女性の背中を撫でて。  
 
「香澄。小雪ちゃんを呼んで来て頂戴。この子が今日のスペシャルゲストよ!」  
 
彼女を立ち上がらせながら、陽子さんは大きく胸を張った。  
 
彼女をステージに連れて行く。  
後ろ手に拘束されていた縄はすでに解かれていた。  
可愛い女の人だった。唐突に解放され、そしてまたすぐに陽子さんに連れられて行かれるという戸惑いが彼女の顔の上にありありと表れている。不安そうな顔。  
きょろ、と視線を彷徨わせているのはきっと先程の老人を探しているのだろう。  
…その老人は、会場の隅で、美奈子さんが相手をしている。  
彼女からはきっとテーブルが邪魔で見えないが、私にははっきりと見え…。と、そこで私はそっと視線を逸らした。見ない方がいい事もある。見てはいけないものも、ある。  
 
「はーい。乗って乗ってー」  
 
きゃっきゃうふふ、がぴったりの声が分娩台の前から上がった。  
 
「あーらあら。背中とかお尻とかひっどいなあ。これ一本鞭?やあねえ。背骨とか骨が浮き出ている所に鞭は当てない、というのはSの鉄則なのに。あのジジイったら駄目だわー」  
「ッ、」  
 
背中を撫でる手のひらに、女性がびくりと反応する。  
 
「ん?ごめんね。痛かったかしら。だあいじょうぶよー。この陽子ちゃんが来たからには、怖い事はもうなんにもないからねー」  
「あ。あの、私、っ…」  
「そういえば貴女、お名前は?アタシはね、陽子ちゃん、っていうのよ」  
 
うふ。と手のひらを頬にあてて微笑む。  
その顔に少しだけ安堵したのだろう。彼女の吐く息に、安堵が混じった。  
 
「…ゆ、由梨絵、です」  
「ゆりちゃん。じゃあ、ゆりちゃんを、今日の特別ゲストにしまっす。  
 怖いこと痛いこと辛いこと嫌なことはしない。この会の主催であるアタシがお約束するわ。  
 もしどうしても駄目な場合は「ノー」と合図する事。おっけ?」  
「え…」  
「特別ゲスト、っていうのがあるのよ。この会では。  
 主催が参加者の一人を選んでその子の相手をするの。お相手をするのはアタシよ。  
 …んーと。やならやめてもいいけど。ゆりちゃんが決めていいわよ。あのジジイの所に、戻る?」  
 
全身が大きくびくつく。  
カタカタと震え出す。  
 
「い、いや、です…。戻るのは、いや…」  
「そう」  
 
ぽん、と。  
分娩台の椅子に、手を乗せて。  
 
「じゃあ、その上に乗ってね。……この時だけはアタシが貴女のご主人様よ。由梨絵」  
 
一気に声の雰囲気を変えて、陽子さんが宣言した。  
 

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