<第三章。由梨絵>  
 
脚が大きく開かされた状態のままで、ふわりとしたものに固定される。  
ファーのついた手錠と、同じ素材で出来た足枷。  
彼女に言われた通りに分娩台に上がった次の瞬間には、もう手首と足首はそれぞれの場所に固定されていた。  
繋がれた場所が温かい。冷たい金属の感触はしない。座る場所も温かくはないけど、でも冷たい場所じゃない。  
頭を撫でられて、私はそっと「彼女」を見る。  
にこにことしたその笑顔は、Sにはまるで見えなかった。  
 
「ピンクのフリル。可愛いのね」  
 
そっと指先が胸を撫でる。かあっと顔に赤味が差すのがわかった。  
私は下着だけの姿で、「彼女」に胸を弄られている。  
(…こわい)  
がくがくと、膝が震えて来るのがわかる。  
自分の意思ではもうどうする事も出来ない恐怖。  
あらあら。と困ったように「彼女」は微笑んで。  
振り向いて誰かをちょいちょい、と呼んだ。  
 
「香澄」  
「はい。陽子さん」  
 
カツン。とヒールの音が響く。  
私の視界の中にもう一人の女性が登場した。  
 
「この子、すっごい怖がってるわ。きっと碌な調教を受けずに、SM=怖いこと。と擦りこまれちゃったのね」  
「気の毒ですね」  
 
黒髪の女性が頷く。  
 
「だから今日はね、サービスのSの徹するわよ。香澄、お手伝いして頂戴」  
「はい」  
「まずは、抱きしめてあげて」  
 
分娩台の後ろにと誰かが周り込む気配。  
首に後ろから腕を回されて、大きく体がびくついた。  
 
「大丈夫ですよ」  
 
優しい声に顔を持ち上げると、香澄、と呼ばれた女の子だった。  
後ろから回した腕を胸の上に伸ばし、そのままあやすように数度体を撫でてくれる。  
 
「陽子さんは、怖いことはたまにしかしません」  
「おーい。そこでたまに、とか言っちゃったら台無しじゃないの」  
「すみません」  
 
うふふ、と笑い合う彼女達を見ているうちに、なんだか自然と力が抜けた。  
そうだ。彼女達は、「あのひと」じゃない。  
震えがだんだんと治まって来る。  
 
「香澄」  
「はい」  
「任せるわ。「優しく」してあげて」  
「はい」  
 
唇が重なっても、全然恐怖は感じなかった。  
嫌悪感も、不快感もない。柔らかい唇が何度か私の唇を啄ばみ、そのまま舌が忍び込みたがるように唇の割れ目を舐めて来ても、私はすんなりと受け入れていた。唇を開き、舌を自分から伸ばし、くちくちと濡れた音をさせて絡ませて唾液を啜り込む。  
女の子とキスとするのは初めての経験だけど、でも不思議といやじゃなかった。とても、気持ちよかった。  
こんなにもキスって柔らかいんだ、と私は驚いた。  
 
「あ、ふ」  
 
ガチリ。と手枷が鳴る。  
手を伸ばしたいのに、香澄さんの顔に触れたいのに、それが出来なくて私はじれったさに身悶えた。  
 
「目が、とろんとして来ましたね」  
「香澄、キス上手いもんねー?」  
「陽子さんに、仕込まれましたから」  
 
白い細い指先が、私の首筋を擽っていく。  
それだけで腰が蕩けそうになる。  
―――ガチリ。  
手枷が。邪魔だ。  
―――ガチ。ガチ。ガチガチ。ガチ。 ガチ。  
足枷も、邪魔だ。  
自由にならないこの体がこの上なくもどかしい。  
でも、どうしてだろう。  
その自由にならないことが、ちりちりと胸の奥で何かを焦がしていく。  
 
「じゃあ、そろそろサービスのSの本領発揮といきましょっか。こーゆきちゃんっ。出番ですよんっ」  
 
ヒールの音じゃない、体重のが軽いのがわかる、小さな靴の音。  
その音に被せるように。  
 
「…ほう。今宵はこの娘か。じゃあ、新作のお披露目発表といこうか」  
 
楽しそうな低い女の人の声が、私の鼓膜を震わせた。  
 
消毒液のような匂いがする。  
学生だった頃に、医務室で嗅いだあの匂いだ。  
理科室で嗅いだあの匂いだ。  
胸を、まさぐられている。脚を、撫でられている。  
カチカチと金属の音がしている。誰かの呼吸の音が聞こえる。  
これは、多分手枷の音。  
これは、多分私の息。  
不意にぴりりとした痛みが走り、口の中に鉄錆の味がふわりと広がるのに、そこでようやく私は唇を噛み締めていた事に気付いた。いつから、だったのだろう。いつから私は唇に歯を立てていたのだろう。  
無骨な男の手のひらとは違う、柔らかな、滑らかな手のひら。  
同性に触れられるのが、こんなにも気持ちのいい事だなんて知らなかった。  
 
「きゃ、っ」  
 
唐突に脚が開かされるのに私は悲鳴を漏らす。  
今までもかなり大股なM字開脚姿だったが、さらに両足が大きく開かされていた。  
リモコンを弄っていた白衣姿の女の子が、私を見てああ、と呟く。  
 
「すまない。いきなりだったかな」  
 
そっと腕を撫でられた。  
それだけで凄く安心する。  
 
「動作確認は上々だな。全て異常なく稼動している」  
「こっゆきちゃーん。もういいー?」  
「ああ、いいとも陽子嬢。手間を取らせてすまなかったな」  
 
顎を持ち上げられる。  
視界いっぱいに香澄さんの顔が映る。  
 
「…駄目ですよ」  
 
ぺろん。と唇を舐められた。  
傷に触れて、ちょっと痛い。  
 
「せっかく可愛い顔をしているんですから。傷をつけたりしては、駄目です」  
 
舐められる。  
舐められる。  
舐められる。  
あちこちを。  
 
大きく開かされた脚の中央に、香澄さんが入り込んでいた。両手で頬を包むようにして顔のあちこちに啄ばむような口付けを繰り返し、首筋や、耳朶、鎖骨にと舌が移動する。ぬるぬるとした舌はとても柔らかい。ここでも男女の体の違いをまじまじと感じる。  
あの人の舌は煙草でいつも荒れていて。こんなに、唾液でぬるぬるとしている事なんかなくて。  
 
「ふぁ」  
 
胸も、こんなに優しく揉まれた事なんて、ない。  
 
「かーすみっ」  
「はい」  
「苛めちゃ駄目だからねっ。あくまで、やさしーく。だからねっ」  
「はい」  
 
ふふ。と笑い合う女の人達の声。  
くらくらと脳が揺れていく。  
 
焦らされていた。胸も突起には決して触れない。ブラすらも外されない。下着の布地越し。乳輪の周りだけを指が撫でている。円を描くように爪が動く。腰が動く。手枷が鳴る。足枷が鳴る。  
なんで。どうして。どうして。どうして。  
強制的な快感しか私は知らないのに。いいや、あれは快感じゃなかった。苦痛だけだった。こんなのは、知らない。こんな熱は知らない。  
何をすればいいのかわからないのに、どう言えばいいのかわからないのに、与えられる熱は微量なのに、でも圧倒的で。  
乳首も、下の下着の中で震えているクリトリスも、これ以上ない程に勃起しているのを。  
私は自覚せざるを得なかった。  
 
(続く)  
 

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