<第四章。陽子>
たらたらとショーツを汚し、愛液が台の椅子をしどどに濡らすのを、アタシはじっと見詰めていた。
分娩台に固定され、香澄とキスを繰り返している顔は、先程までの怯えとは違い、子供のように無防備に蕩けた表情になっている。
真っ赤に上気している顔が、とても可愛らしい。全く。と私は肩を竦める。
こんな可愛い女の子に、何という無体を働くのだあのジジイは。
本当にSMの、Sというものをわかっていない。
「陽子嬢」
隣で声をかけられるのに、私はそちらに視線を流す。
リモコンをくるくると指で弄りながら、小雪ちゃんがそこに立っていた。
「前に言っていた改良型のクリトリスリングの試作品なんだが。どうする。今日、使うのかね」
「あー…」
考える。
クリトリスリングとはその名の通り、クリトリスにはめ込んで使う玩具だ。
小さい輪ゴムのような形状で、その外見の通りに伸縮可能。
でも一度根元にがっちりとはめ込むと、ローションや愛液でどれだけぬるぬるになっても専用の剥離剤を使わなければクリトリスからは取れず、
しかもリモコン操作で振動させて遊ぶ事も出来る、という、小雪ちゃんが作った中アダルトグッズの中でもアタシの大のお気に入りだった。
香澄とのプレイの時にはもうなくてはならないものになっているし、かく言うアタシも今現在、クリトリスにリングが光っている。
だが。
「んー。やめとく」
「何故だ?」
「なんかね。玩具もいいんだけどー。今日はあったかいSMをしたい気分なんだー」
「蝋燭か?」と返ってきた声に、いやそれはあったかいじゃなくて熱いでしょうよ、と返し、アタシは由梨絵ちゃんの内腿をそっと爪先で撫でた。
触れるだけでびくびくと震える。
さっきまでも震えていたけれど、今の震えと前の震えでは種類が違うのは目に見えて明らかだった。
ブラを押し上げている乳首。ショーツの中央で、その存在を主張している小さなクリトリス。
だらだらと溢れる愛液は台の椅子から地面に滴る程。
ガチャガチャと手枷を揺らす由梨絵の顔の前へと、アタシはずい、と身を寄せた。
「ゆーりえっ」
「う、うあ、…ふぁ、あ、あっ」
「ゆーりえちゃんっ。聞こえるかなっ」
目が、虚ろだった。
香澄との口付けの名残りだろう。唾液が唇の端から顎まで筋を作っている。
拘束され、身動きが取れず、思うように動けずに、愛撫とも言えない弱い弱い刺激を繰り返し受け入れるだけだった体は、もうすっかりとどこかしこも火がついたようだった。
うん。こうでないといけない。
女の子は、この顔が可愛い。
「陽子さん」
「ん?なあに?」
「まだ、「優しく」しますか?」
ブラの上から膨らみをゆっくりと揉みつつ、香澄が聞く。
あは。と。自然に顔が笑う。
考えるまでもない。
「準備はおっけーみたいだし、「気持ちよく」させてあげましょうよ」
「はい」
香澄が笑う。
その顔が。
由梨絵の脚の合間に伸びて。
ショーツの上からかりっ。と。由梨絵のクリトリスに噛み付いた。
―――いい声だなあ。
アタシは思う。
とても、いい声だなあ。
うっとりしてしまう程、由梨絵の声は素敵だった。
喉から張り上げんばかりに発せられた声。
全身からぶわりと汗を浮かび上がらせて体中の空気を吐き出している。
思い思いに会場内でプレイしていた人達が、一斉にこちらを向く。
焦らされ続けていた体に与えられたピンポイントの愛撫は、彼女の意識を一気に絶頂へと押し上げるのに充分な威力だったらしい。
ガクガクと内腿を痙攣させながら、由梨絵はその一噛みだけで達した。
ショーツに染みる愛液が一気にその量を増して香澄の顔まで汚すが、香澄は全く気にせず、拭う事もしない。
ただ、ぴちゃりと布越しに、舌を伸ばして味わうだけだ。
クリトリスごと。
「あっ、あああっあ、あああ、あー!」
悲痛な声。
ガタガタと大きな音を立てて、手枷。足枷。台の全てが揺れる。
「ははは。無理無理。この私が設計したんだから。多少暴れた所で、台はびくともせんよ」
眼鏡の向こうで一重の目を狐のように歪ませながら、小雪ちゃんが呟いた。
「由梨絵さん」
「ひっ、ひい、ひぃ、…ッ!」
「気持ちいい、ですか?」
カリッ。
「あああああああ…ッ!!」
「気持ちいいんです、よね?こんなにぬるぬる、ですもん、ね?」
カリッ。
「ひあああっ!」
「由梨絵さんの味、とても美味しいです。布越しでもすっごくクリトリスが膨らんでいるのがわかるんですよ。
さっきまでずーっとずーっと触られないままでしたもんね?やっと触ってあげられました。ねえ、」
カプッ。
「―――〜〜〜〜!!!」
「今、どんな感じですか?」
「…香澄嬢はなかなかに、女王の才覚がありそうだな」
「あははー。まあ、アタシが仕込んだからねー」
「…君は彼女を玩具にしておきたいのか、女王に育てたいのかどっちなんだい」
呆れたような小雪ちゃんの言葉は聞こえないフリをする。
ぽん、と香澄の肩を後ろから叩くと、小雪ちゃんは香澄の耳元で何やら囁いた。
ぱちり。と目を瞬かせた香澄が、何かを求めるような目でアタシの事を見てくる。
それに頷いて見せると、香澄は台に埋め込まれている幾つかのボタンを操作した。
ヴィー…、と機械が稼動する、独特の音が響く。
「由梨絵さん」
涙でぐしゃぐしゃになった由梨絵ちゃんの頬に手をあてて、香澄がその視線を上に促す。
大きなモニターが、そこに現れていた。
「…っひっ!?」
「アダルトグッズのサイトなんですけど、『スノードロップ』ってサイト、ご存知ですか。これ実はそこの新商品なんです。
台のあちこちに、隠しカメラが仕込んであるんですよ。
ぱっと見透明なのに、凄いですよね」
モニタのボタンを操作する香澄。
パチリ。とチャンネルを切り替えれば、モニタに大きく由梨絵の顔が映った。
何度も絶頂へと追い上げられ、その都度大きく暴れたせいで、顔も、髪も全てがぐちゃぐちゃになっている。
真っ赤に上気した顔。零れるままの涙。口元を汚したままの唾液。
滲んだまま拭う事も出来ない汗。
カチカチ。と操作するとさらにもう一つ窓が出来た。
由梨絵の顔のすぐ横に、ブラを押し上げんばかりに勃起した乳首が鮮明な画質でぱっ、と表示される。
「あら。駄目ですよ」
ぎゅっと反射的に目を瞑った由梨絵の唇を、香澄の指先がそっと摘んだ。
アヒルのように少しだけ引っ張る。
「自分の、今の姿なんですから。ちゃんと見なくちゃ。……ね?」
ひぐっ。としゃくり上げるような声を漏らして。
おずおずと。
由梨絵の二つの、目が開いた。
(続く)