<第五章。小雪>  
 
私がこの会に参加したのは、前回からになる。  
 
私の仕事はアダルトグッズの開発だ。  
私自身女という事もあり、主に女性用の道具を作っている。  
初めは普通にアダルトグッズの会社の開発部で働いていた。でも、会社には制約があった。  
あれはいけない。こうでなくてはいけない。そういうのは売れない。  
もっと広い顧客層を狙わなくてはいけない。  
うんざりしていた。  
気持ち良ければそれでいいじゃないか。  
気持ちいい、が全てじゃないか。  
難しい事は考えたくなかった。快感を求めるのが目的なのだから、余計なものは取っ払って、ただ快楽だけを追求したかった。  
全ての人が平均で求める気持ちよさ、よりも、誰かが百パーセント満足する道具を作りたかった。  
だからサイトを作った。会社に勤める一方で、会社で玩具を作る一方で、私は独自にアダルトグッズ開発に精を出した。  
フルオーダーも請け負っていた為か、そこそこに売上は順調だった。有名になり、顧客数も増え、人の欲望には限りがない事を私は知った。  
楽しかった。人の性癖を垣間見るのが。自分に、快楽を求めて来るのが。  
私に赤裸々に性癖を晒し、その性癖を満足させようとするのが。  
そしてある日、一つのメールが舞い込んできた。  
あけすけにずけずけとあれもこれもそれも!とリクエストしてくる顧客。  
求めて来るのは全て女物。この客の欲望は単純で、ただ、「女の一番感じる部分をひたすらに刺激する事の出来る道具」を求めてきた。  
「痛いのは駄目。あくまで快感だけを感じられるもので」  
「強弱は勿論変化可能で。あ、リングの形とかいいかもしれないねっ」  
「使ってみた!でも後一歩インパクトが欲しいかなー。で、考えたんだけど、こういうのはどうだろ?」  
メールのやりとりは、楽しかった。「彼女」は購入した道具を必ず自分でも使用し、詳細なレビューを書いてメールに書いて来た。  
自分だけでなく誰かに使用した場合の感想もメールで書いて送ってくれ、同じ道具でも人によっては感じ方が違うという、  
当たり前といえば当たり前なのだがその時の私の頭からは抜け落ちていた、「個体差」という事を知るいいきっかけにもなった。  
そして。出会うきっかけになった一通のメール。  
 
「今度、楽しいことをするんだけど、よかったら来ない?」  
 
普段なら無視か、断りのメールだけして終わる筈のその誘いに。  
私は何の躊躇いもなくOKの返事を出していた。  
 
「分娩台みたいなものが欲しいなーって思うのよ」  
 
そう打診されたのは、丁度半年ほど前の事。  
 
「あのね、モニターとかつけられないかな?責められている自分の姿を自分で眺めながらっていうシチュエーションをやりたいのねっ。  
 …ん?鏡?駄目ようそんなの。ベタ過ぎじゃないの。  
 モニタっていうのがいいのよっ。動画とか撮れちゃったり、拡大機能とかあるのがいいのよっ」  
 
彼女のその言葉で生まれた私の三十五番目の作品が、今ステージの上で煌々と上からの光を浴びている。  
作品が使用されている時が一番美しい。私はうっとりと目を細めた。  
衣を裂くような悲鳴がひっきりなしに分娩台の上から上がるが、その声の色を聞いた人間は誰一人として彼女を可哀想、とは思わないだろう。  
むしろ羨ましいとすら思うかもしれない。  
モニタには由梨絵嬢の下半身がアップで映し出されていた。ショーツがもはや意味ない程にどろどろに愛液に塗れた由梨絵嬢の陰部が、幾多もの衆人観衆の目に晒されている。  
先程まで歯で挟まれ、そのまま噛まれ、引っ張られ、時に吸い付かれていたクリトリスが画面の中央で異質な存在感を放っていた。  
ぷくりと勃ち上がり、その存在を全身で主張するように、布越しにふるふると震えている肉芽。  
そっと香澄嬢の指が持ち上がり、つん。と軽くその先端を突付く。  
アッ。と甲高い声を上げ、彼女はまた達した。  
 
「…陽子嬢。念のために聞くが、薬とかは使用していないのだろうな?」  
 
私は隣に居る陽子嬢に視線を流す。  
心外だ、と言わんばかりの顔で、彼女はふるりと首を振った。  
 
「じょうっだんっ。アタシがそういうの嫌いなの、小雪ちゃんよく知ってるくせにっ。  
 …あれはね、由梨絵ちゃんの素質よ」  
 
陽子嬢の目が細まる。  
不思議の国のアリス、に出てくる猫が確かこんな顔をしていたな、と思った。  
 
「多分、知らなかったのよ。ずっとずーっと、知らなかったのよ。  
 苦痛しか知らずに快感を知らずに今までずっと過ごしてきたのよ。  
 自分で触ろうとも触ったこともなかったのよ。  
 自分の中にそんなモノがあるなんて、気付いたこともなかったのよ」  
 
淡々とした声は、普段の彼女とは程遠い。  
それでもきっとこの声は的を得ているのだろう。  
 
「…勿体無いわよね」  
 
カツ。とヒールがステージを鳴らす。  
爪で弾くようにして、さらに立て続けに三回由梨絵をイカせていた香澄嬢が、その音にぴくりと反応した。  
じっと陽子嬢の顔を見る。  
 
「香澄」  
「はい。陽子さん」  
「交代、しましょ」  
「はい。陽子さん」  
 
陽子嬢の玩具は、従順だった。  
主にすぐさまに場所を空けた。  
 
「ゆっりえちゃーん。聞こえるかなーあ?」  
 
能天気な声が響く。  
ぐしゃぐしゃに汚れた顔が、その声にほんの僅かに首を傾けた。  
目の中に、ちゃんと金色の髪は映っただろうか。優しげに微笑む彼女の顔を、「彼女」は見つけられただろうか。  
そんな事を心配してしまう程、今の彼女はぐしゃぐしゃだった。  
 
「アタシの事、見えるかなっ?」  
「……っ、ッ。みえ、ます。見えます。見えます…ッ」  
「褒めてあげるわ。由梨絵。貴女はさっきから一度も「ノー」って言わなかったわね?」  
 
涙と鼻水で汚れた顔を、手のひらで拭っていく。  
彼女の顔に汚いものなどまるでないというように。  
 
「ノー、って言えばすぐやめる。その言葉、覚えているかしら?」  
「…ッ。はい、っ。はいっ、はいぃぃぃっ…」  
「そう。それなら貴女、今ここで「ノー」って、言う?」  
 
由梨絵嬢の目が見開かれる。  
これは陽子嬢の、慈悲だ。  
過ぎる快感はすでに彼女の全身を蝕んでいるだろう。きっと、もうかなり辛くなっているに違いない。  
快感も過ぎれば苦痛になる。  
もうきっと彼女は線を越え、快感、が苦痛になっている筈に違いないのだ。  
 
「言えば、やめてあげるわ。拘束も解いてあげる。すぐにここから下ろしてあげる。どうする?ノーって、言う?」  
「ぅ、え」  
 
ぼろ、と。  
泣き腫らした両目から、さらに大粒の涙が溢れた。  
 
「い、いや、です…っ。いや、いや、いや…っ」  
 
肩を震わせて。  
鼻を啜り上げて。  
 
「い、いや、です。言ったら、やめちゃうんで、しょう…?  
 や、やめないで、欲しい、です。もっとして欲しい、です…ッ。  
 わ、私こんな、こんな…気持ちいい、こと、はじめて、で…。  
 す、すごく気持ちいいんです…っ。やめちゃ、いやです…っ!いやです…っ!!」  
 
彼女は、主人に懇願した。  
 
「――そう」  
 
ひっく。ひっく。と泣きじゃくる頭を、ぽんぽんと撫でる。  
その顔に顔を寄せる。  
 
「…よく言えたわね。偉いわ」  
 
赤いルージュを刷いた唇が、彼女の唇の上に落ちた。  
 
(続く)  
 

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