<第六章。SMに集う者>
SMの。
SとMっていうのは、なんだろうか。
サディストと言う人も居れば、スレイブと呼ぶ者も居る。
マゾヒストと言う人も居れば、マスターと呼ぶ者も居る。
その役割は真逆だ。
スレイブは奴隷。
マスターは主人。
「優劣つける事がまず間違っているのよ」
あっけらかんとした笑顔で、彼女はきっぱりとそう言った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
悲鳴が上がる。
ガタガタガタ、と台が揺れ動く。
もうあれから三時間が過ぎていた。
ヴヴヴヴヴ、と機械音が響く。由梨絵のショーツの中で、小刻みにピンクローターが震えていた。
全身から流れる汗がまるで滝のようだ。何度も達し、その都度失神した由梨絵の意識を、あくまで優しく陽子と香澄は呼び覚ましていった。時には声をかけて。時には頬を撫でて。
時にはクリトリスに爪を立てて。
「じゃあ、ショーツを剥がしちゃおっかー。うーん、待望のお披露目シーンねっ」
「あれ。脱がせちゃうんですか?」
「脱がせちゃうわよ?着たまま、っていうのもオツだけど、でもやっぱり全裸にしないとねっ」
言うと同時に、ショーツを脱がす。両脚が固定されている為、小さな布は由梨絵の足首で留まる事になった。
うーん、と不満そうに陽子が声を漏らす。
「…切っちゃ駄目かしらね」
「駄目ですよ、この下着、メーカーのですよ?大事にしてあげないと」
「むー。どうせ蝋で汚れちゃってるんだし、いーと思うんだけどなぁ」
ショーツを脱がせるとむわ。と、雌の匂いが広がった。
陽子と香澄が微笑み合う。
「美味しそうねっ」
「はい」
「食べたい?香澄」
「はい」
「いいわよ。飲んでおあげなさい」
香澄の顔が股の中に落ちる。
舌先が伸びて愛液を舐め上げる。
「あーーーーーーーーーーーーー!!!」
腰が浮き、喉奥からの声が会場全体を揺るがす。
ず。ずずず。とわざと音をさせて香澄はクリトリスをねぶっていった。
吸い付き、噛み付き、舌で転がし、舌で押し潰し、歯に引っ掛け、吸い付きながら口の中で転がし、濡れたそこに息を吹きかける。
その愛撫の一つ一つに、過剰な程由梨絵は反応した。
喘ぎ、喚き、涙を零し、がむしゃらに全身を震わせ、視線を逸らそうとしてもモニタは常に彼女の眼前にあって。
逃げる事も意識を失う事も許されないままに、ひたずらに自分の感じる一点のみを責められ。
失神を繰り返しても尚彼女達に愛撫を求め。
最終的には全身を震わせながら完全に意識を落とした。
「あれー」
気付いた陽子がぺちぺちっ、と、軽く由梨絵の頬をはたく。
ぴくりとも反応しない。
「…駄目ですね。完全に、失神してしまったようです」
口元の愛液を手の甲で拭いながら、香澄が上体を起こした。
「あらー。ざーんねん。後三十回はイカせてあげるつもりだったのに」
「陽子さん。彼女、死にますよ」
「えー。大丈夫じゃない?人間結構丈夫なもんよ?」
言いながら拘束を解く。
ぐらりと傾く体を、しっかりと両腕で受け止める。
汗と涙と鼻水と唾液でぐっしょりと濡れた体。
それでも、この上なく可愛らしい女の子の体。
「タオル持ってきてあげて、香澄。後、この子を休憩室に運ぶわ。手伝って頂戴ね」
「はい」
歩き出そうとした香澄を、ああ。と思い出したように引き止める。
「香澄、さっき小雪が、香澄は女王の素質があるってそう言ってたわよ」
「……え?」
ぱち。と目を瞬かせて。
「…私は、陽子さんの、陽子さんだけの玩具ですから」
ただそれだけ言って、香澄はタオルを取りに戻っていった。
その様子を眺めながら、私は足元の椅子を見下ろす。
「気持ち、良さそうだったわね」
「………」
無言が返って来るのに即座に私は右手を振り上げた。
パンッ。と小気味よい音が響く。
「ひっ…!」
「気持ち、良さそうだったわね?」
「っ、はい、…はい、っ…!!」
泣きじゃくる顔はステージの上の由梨絵とは似ても似つかない。
四つん這いにさせた男の背中に腰を下ろしながら、私は頬杖をついた。
肘置き場はまた別の「家具」だ。
ちらりと視線をテーブルのシャンパンに向けると、肘置きはもう片方の腕を伸ばし、私の前にシャンパンを差し出した。
「反省、したかしら」
「はい…ッ」
「何がいけなかったか、わかるかしら?」
「はい、っ…!!」
老人は、由梨絵の主人だった。
SMの意味ではなく、夫婦。の意味での、主人だった。
年若い妻を迎え、しかし自分は勃つことが出来ず、なんとか妻を満足させようと変な道を突っ走った結果、やや見当違いにはっちゃけてしまったらしい。
あの後会場の隅で平和的に「会話」している時に聞いたのだが、別段この老人は悪人という訳でも、似非Sという訳でもなかった。
シャンパンのグラスを傾ける。発砲が、ぴりり、と喉を焼いていく。
宴はまだ続いている。
尽きる事のない嬌声が響く。
「みーなこっ」
声をかけられて、私はそちらを振り向いた。
金色のチェシャ猫が、にこにこと微笑んでいる。
「見てた?見てたっ?アタシのステージっ。どうだったっ?ちょっとは濡れたっ?」
「馬鹿言ってんじゃないわよ」
額にトスッと手刀を落とすと、大袈裟なまでに陽子はよろめいた。
「…っぅぅうー。もうー。酷いんだからー」
「素敵だったわ」
「……。え?」
「だから、素敵だったわ。ステージ」
彼女のSMへと植えつけられた恐怖を取り払い。
拘束される事で快感を高め。
最後まで嫌がる事はせずに。
ただ求めるままに相手へと与え続けた。
「陽子のSMには、愛があるわね」
………。
………。どうしたのだろう。
褒めているのに、反応がない。
「みッ、みな、みなこおおおおおおおおおおおおお」
「っえええ!?」
いきなり陽子が泣き出して、私は思わず仰け反った。
「あ、アタシうれしいい。美奈子に褒められたああああああ」
うわあああん、と号泣する。主催者のいきなりの号泣に、何事か、と人が集まってくる。
慌てて私は陽子の手首を掴んだ。
「ちょっ…、何も泣かなくてもいいでしょ!ほら、とりあえずスタッフルームに行くわよ!化粧ドロドロじゃないっ」
「うえ、ふえ、うええええええええええー」
「ああもうっ。泣きやみなさいってばっ」
全速力でヒールで走る。
頭の片隅で、私も陽子も、女王らしくないな、とちらりと思った。