<エピローグ>
幕が下りる。
全ての人間の熱が引いていく。
一時的に熱狂し、熱中し、貪りつくした快楽も、いずれは落ち着く時が来る。
ぐしゃぐしゃに泣いた陽子は結局あれから泣き止む事が出来ず、最後の締めは急遽ピンチヒッターとして美奈子がする事になった。
アシストとして、香澄も入る。
照明は小雪が担当した。
「今宵の宴も、ここで終わり」
凛とした声が、会場に静かに響く。
「楽しんでくれたかしら。楽しいと思ってくれたかしら。
…全てのパートナーと全ての人達が、そう思ってくれたのなら幸いよ。
サディストだから、マゾヒストだから、優劣がつくわけじゃない。それはもう皆承知の上だと思うけれど。
今一度言わせて頂戴ね。パートナーがなくてはどんなプレイもする事が出来ないの」
会場の片隅で、恥かしそうに男が俯いた。
その横で女がそっと寄り添い、男と手を繋ぐ。
「どうか思い遣って頂戴。Mの、Sに対する信頼を。
どうか間違えないで頂戴。Mの、Sに対する服従を。
それらは強制するものでもない。押し付けるものでもないのよ」
香澄が美奈子を見ている。
まぶしそうに、目を細めた。
「皆にこれからも楽しいSMの時間が訪れますように。全ては本人達の心構え次第よ。
……皆、お疲れ様。気をつけて帰って頂戴ね」
拍手が湧き起こる。
美奈子の姿を照らしていたスポットライトの光がガタン。と、落ちた。
泣きつかれて眠った陽子を送り届ける為に、小雪と香澄、陽子は三人でタクシーの中にと乗り込んでいた。
美奈子はこれから用事らしい。じゃ。またね。とひらりと手を振り、その次の瞬間には踵を返し、去っていってしまった。
「彼女は、本当クールだよねえ」
くすくすと助手席の小雪が肩を揺らす。
「でも、いい女王だ。君達がステージで由梨絵嬢の相手をしている間、彼女はずっと由梨絵嬢の旦那にあれこれと指導をしていたよ。
女に対する扱い。SMについての禁止事項。心構えやプレイ。色々な事を教えていた」
SMを楽しむ為に。
彼らが、これからもプレイを楽しめる為に。
「…美奈子さん。は。眩しい、です」
肩に陽子の頭を乗せたままで、ぽつり。と香澄が声を漏らす。
「…陽子さんが憧れるのが、よくわかって。私、じゃ、駄目なんだ、って。…思えるのが、ちょっと、寂しい。
……。駄目ですね。小雪さんに、こんな事を言っちゃ」
ふふ。と微笑む。
バックミラーでその顔を確認した小雪が、くくく、と意地の悪い笑い声を漏らした。
「美奈子嬢にならなくてもいいじゃないか」
「…。え?」
「香澄嬢は、香澄嬢にしかなれないし、それに、」
タクシーが止まる。
小雪のマンションの前だった。
「君にしか出来ない事は、いくらでもあるさ」
空は明けていた。
太陽が顔を覗かせている。
夜の宴は終わり、これからは昼間の時間だ。
ドアを開け、万札を運転手に渡し、小雪はタクシーを降りる。
「私はSでもMでもないからよくはわからないが。…パートナー。というのは、そういうものだろう?多分な」
去っていく小柄な人影を、香澄はじっと見詰める。
運転手に、自分たちの帰る場所を告げて。
(陽子さん)
隣の相手の、体温に目を伏せて。
(掛け替えのない、パートナーに。私は、なれる、かな)
なりたいな。と。小さく、小さく。香澄は願いを呟いた。
(終わり)