千里(せんり)の生まれ落ちた宮嵯の家は、古くから雅楽を継承してきた名家だった。
御前で舞を披露した事もある、由緒ある血統。
その嫡子は、当然に高い教養を求められ、物心つく前から英才教育を施される。
千里にも、常に数人の目付け役と教育係が付き添っていた。
習字、着付け、算盤、茶道、華道、管弦、舞。
様々な芸事を習わされ、身につけるよう強いられる。
そして、宮嵯の家にはそれ以外にひとつ、変わったしきたりがあった。
齢15を過ぎた嫡子は、母の眼前で定期的に自慰を行わなければならないのだ。
数代前の嫡子が色恋に溺れて駆け落ちを図ったため、
間違いの元となる性欲をまめに発散させる必要がある、とされたゆえだ。
当代の嫡子である千里もまた同じく、母と二人きりの和室で服を脱ぎ去る。
長い黒髪に白い肌、いかにもな和風美人という容姿だ。
経験の豊かさゆえか、15になって間もない少女にしては、随分と落ち着いている。
「お願いします」
千里は実の母を前に恭しく三つ指をつき、面を上げて正座の姿勢を作る。
「……始めなさい」
千里の母もまた、芸事を極めた者独特の貫禄をもって余所余所しく告げた。
世話係を排して親子水入らずとしているのが、せめてもの情けといったところか。
千里は細い指に絹の手袋を嵌め、傍に置かれた甕から薬を一掻き掬って、
脚の間に息づく若芽へ触れる。
宮嵯の家では、婚姻するまで性器に指を入れる事は許されず、
乳房も仔が口に含むべき物とされている。
それゆえ、自慰の際に触れる事が許されるのは陰核だけだった。
「んっ……ん」
千里の指が陰核をなぞり、つまみ上げる。
押し潰し、転がす。
しかし、あまり心地よさそうな風ではなかった。
「やはり、まだ一人では気分が乗らないのですか」
母が静かに問うた。
千里は恥ずかしげに頷く。
すると母は小さく息を吐き、絹の手袋を指に嵌めた。
そして薬を一掬いして、正座した娘の脚の合間に手を伸ばす。
「あっ」
千里のおさない唇から声が漏れた。
母の指が弦を弾くように踊りはじめ、桜色の柔な若芽を震わせる。
「あっ、はああっ!!!」
千里の唇から、より大きな声が漏れた。
「はしたないですよ千里。宮嵯の娘が、そのような声を上げるものではありません」
母が淡々とした口調で告げる。
千里は気恥ずかしげに口を噤み、けれども母の指がもたらす極楽に打ち震えた。
「あっ、あっ……」
顎が上がり、白い喉が晒される。
声にならない喘ぎが、熱い息となって春の風に流れる。
指に転がされる若芽から、くちくちと聞き覚えのない湿った音が漏れ始める。
十五の娘は、まるで総身そのものが若芽になったように強張り、震え、仰け反った。
「た、達します…………!!」
やがて千里は小さく告げ、母の手の中で快楽の火花を散らした。
「満足しましたか」
母が、先の透けた絹手袋を外しながら問う。
千里は未だ数度しか経験のない暖かさにほうとしながらも、はい、と応じる。
彼女は身を以って感じていた。
自分の身がこの宮嵯の家に囚われているのと同じように、
自分の快感は、この母によって囚われている。
きっと自分はいかような大人になろうとも、この母の指を忘れられないのだろう……と。
終わり