勇者くんだってオトコノコ  
 
1.  
 それは突然の出来事でした。  
 大国フランシア王国の辺境、北の山岳地帯に魔王が突如降臨、全世界への侵攻を宣言したのです。  
 この事態に激しい衝撃を受けた世界各国は、一斉に驚愕の声を上げました。  
「イマドキ世界征服て!(笑)」  
 
 というわけで、ほとんどの国は華麗にスルーしました(「しっ、目を合わせちゃダメよ!」)。  
 フランシアとしてもできれば係わり合いたくはなかったのですが、自称魔王に国の土地を不法占拠  
された挙句、「魔王城」などというひねりも何もない違法建造物を建てられてしまった上、周辺住民  
にも被害が出てるときては、対処しない訳にはいきません。  
「あーくそめんどくせーなぁ。地元の警察でなんとか出来ないのー?」  
「それが」  
 ぼやく国王陛下(48)に、艶やかな黒髪をアップにした、縁無しのメガネの似合うキリッとした  
極上美人の秘書官さん(23)が、手元のバインダーをめくって確認し、報告します。  
「先日の賃上げ交渉が決裂、現在長期ストライキ中とのことです」  
「……それってまずいんじゃね? 主に治安的な意味で」  
「いえ、もともと犯罪らしい犯罪が起きない平和な土地でしたので、今までは特に問題無かったよう  
です。警官も、殆どが農家や地元の商店との兼業ですし」  
「ちっ、これだから地方は……」  
 しかしそうなると国軍を投入しなければなりません。  
 ですが、魔王が占拠した土地があるのは秘書さんの言葉からも判る通り、はっきり言ってド田舎で  
す。特筆するような資源も無く、国境に面している訳でもないので、当然常駐軍など置かれていませ  
ん。しかも、急峻な山々の連なる山岳地帯の奥。一番近い所から軍を派遣するとしても、そのために  
は結構な経費が必要になってしまいます。兵站だって馬鹿にできないのです。こういう時、広大な国  
土がかえって足枷になってしまいますね。  
 この不景気の中、軍事、しかも訳の分からない『魔王退治』なんぞに予算を割いたりしようものな  
ら、普段から「財・政・難! 財・政・難!」とうるさい元老院やら経済担当大臣やらから突き上げ  
を喰らうのは目に見えています。  
 かといって、下手に税金の臨時徴収などすれば、今度は地方貴族や民衆が反乱を起こしかねません。  
 どちらも、魔王なんかよりよっぽど憂慮すべき事態です。  
 仕方なく緊急予算会議なんぞを召集してみましたが、予算とも魔王とも全く関係ない政治家同士の  
誹謗中傷合戦に終始し、結局何も決められないまま解散してしまいました。  
「うがあーっ!! もう、もう本気でめんどくせぇぇっ!! 魔王も一度、こういう為政者の重圧っ  
てのを経験してみろっつーの! そうすりゃ能天気に『世界征服じゃ〜♪』とか、ぜってえ言えなく  
なるぜ!! ったくよぉ……」  
 だいたい、重要案件は他にも沢山あるのです。いつまでも魔王なんぞにかかずらわっている訳には  
いかないのです。と言って、放置するわけにもいきません。  
 国王の苛立ちは、もう最高潮です。  
 
 勇者の血を引くと言う者が王様に謁見を求めてきたのは、そんな時でした。  
 
  ×  ×  ×  
 
「勇者ぁ〜? 魔王と同じくらい胡散臭いんですけどぉ〜?」  
 もはや投げやり風味の国王に、秘書官さんが提案します。  
「しかし、胡散臭い者には胡散臭い者をあてがっておけばよろしいんじゃないでしょうか。他に良い  
案も無いことですし、とりあえず会うだけ会ってみては?」  
「むぅ……それもそうだな」  
 
 というわけで謁見の間。  
 国王夫妻と秘書官さんの前に現れた勇者は、11、2歳位の少女と見紛う程の可憐な美少年でした。  
 小柄な背中には不釣合いな程の大きい剣を背負っています。  
 秘書官さんは思いました。  
(ありがちありがち)  
 国王は言いました。  
「ほう……そなた、勇者なんぞやめて余の愛人にならねぇ?」  
 王妃(39)は立ち上がりました。  
「あっあなたっ! 妻の目の前でナンパとは良い度胸ね!」  
「ぐっぐえっ! 待て落ち着け首を絞めるなっ!」  
「しかもこの子、男の子じゃないの! 可愛ければ何でも良いって仰るの!? それとも若さ!?   
若さなのね!? きいぃぃー! 悔しいー! 私は、全ての若さが、憎い……っ!」  
 勇者くんは思いました。  
(あれ……? く、来るとこ間違えたかな……?)  
 不安な顔の勇者くんに、秘書官さんは  
「いつもの事だから気にしないでね。それより勇者さん、あなたの話を聞かせて。魔王に関しての事  
なのよね?」  
 とロイヤル夫婦喧嘩を無視して話を進めました。この人も、なかなか苦労しているようですね。  
 美人のお姉さんに優しく促され、少年は顔が真っ赤です。仕方ありませんね、勇者くんだって男の  
子ですもの。  
「はっ、はい! ぼく……いえっ、わっ、私はっ、ハッシュ・ユータスと申します! ユータス家は  
代々勇者を生業にしており、私の父で三十八代目になります!」  
「三十八代……」  
 無駄に歴史を感じます。  
「昔は、勇者の需要も多かったんでしょうねぇ」  
「ええ、まあ……。い、いやしかし! この世を脅かす存在を打ち倒すのが勇者の使命、出番がなけ  
ればその方が良いのです。しかし、ついに、ついに魔王が現れ、勇者が立ち上がる時が来たのです!   
こ、これで長かった雌伏の時が……仕送りとバイトで糊口をしのぎ、厳しい修行に明け暮れたつらい  
日々が……やっと報われる……っ!」  
 ハッシュくん、涙ちょちょぎれです。  
「……勇者も大変なのね。で、そのお父様は?」  
「はい。それもあって参りました。これをご覧ください」  
 ハッシュくんは懐から手紙を取り出し、秘書官さんに渡しました。  
「私の両親は勇者の働き口を求めて、地方巡業の旅に出ていたのですが」  
 聞けば聞くほど切ない勇者ファミリーの現状です。  
「先日、仕送りと一緒にその手紙が送られて来たのです」  
 秘書官さんが手紙を開くと、そこにはこう記されていました。  
 
 『魔王出た! 魔王出たよ! ついに待ち望んだ魔王が出現した! これで勝つる!  
  息子よ、我らはこれより魔王討伐に向かう。だが敵は強大だ。  
  この手紙よりのち、一週間たっても連絡が無い時は、父母の命は無いものと思え。  
  その時は、ハッシュ! お前が第三十九代目勇者を襲名し、魔王を倒すのだ!  
  見事、勇者の本懐を遂げ、父母の仇をとってくれ!』  
 
 勇者様はしゃぎ過ぎでした。秘書官さんはそのあたりには目をつむって話を進めます。  
「……この手紙はいつ?」  
「ちょうど一週間前です。おそらく、父も母も、もう……」  
「それは……お気の毒に」  
「いえ、お気になさらないでください! 世界のために命を投げ出すのは、勇者の家系に生まれし者  
の宿命!」  
 しゅくめいと書いてさだめと読みます。  
「魔法使いであった母も、勇者の仲間として覚悟を決めて父に嫁いだはずです。最期に勇者らしい事  
が出来て、二人とも本望だったと思います……。しかし! こうなった以上、私は父の遺志を継ぎ、  
第三十九代勇者として魔王討伐の旅に出る所存でございます! そのために、まずは国王陛下にご挨  
拶をと思い、まかりこした次第であります!」  
「なるほど。ということですが、いかが致しますか陛下?」  
 と玉座を見ると、先程まで修羅場ってた国王夫妻は、いつの間にか二人の世界に入っていました。  
「分かっているだろう? 本当はお前が一番だよ」  
「嘘……またそんなこと仰って……」  
「嘘なんかじゃないさ。余を思うそなたの気持ちに、いつも支えられている」  
「あ、あなた……」  
「それに、お前の体は余が時間をかけて仕込んでるんだ。歳を重ねるほど具合が良くなっていくぜ。  
ただ若いだけの女じゃ、この味は出せねぇなあ」  
「やだ、もう、あなたってば……。そんなこと仰られたら、私、今夜はいっぱいいっぱいおねだりし  
ちゃいますわよ?」  
「朝まで寝かせないってかぁ? ぐへへへ」  
「お二人とも、そろそろよろしいですか」  
 秘書官さんは冷静です。たぶん、これもいつものことなんでしょう。ハッシュくんは耳まで真っ赤  
ですが。仕方ありませんね、勇者くんだってお年頃の男の子ですもの。  
「おお、何だったかな」  
「この子が勇者として魔王討伐に出てくれるそうです。ついては国として支援を」  
 秘書官さんがハッシュくんの話を一行にまとめました。  
「うむ、あいわかった。何が必要だ? あー、言っておくが聖剣とかそういうのは無いからな」  
「それは大丈夫です。我が家に代々伝わるこの炎の聖剣がございますので」  
「あるんかい」  
「ええ、まあ。勇者の家系ですから。できましたら路銀と、陛下の配下から旅の仲間を五人、お借り  
したく存じます」  
「五人? たった五人で良いのか?」  
「はい。私を含めて六人。前衛三人、後衛三人でございます」  
「……そ、そうか」  
 国王には良く分からない世界でした。  
「出来れば戦士系を二人、魔法使い系を二人、回復系を一人お願いしたいのですが」  
「いやいやいやいや。今の時代に魔法使い系とかいないから。回復系とかもいないから」  
「そ、そうなのですか……?」  
 そりゃそうでしょう。ハッシュくん、夢見すぎです。まあ、夢でも見てないことには、このご時世  
に勇者なんかやってられないんでしょうけど。  
「軍の兵士で良ければ志願者を募るが、それでどうだ?」  
「は。ありがとうございます。本職ほどではないにしろ、魔法なら私にも多少覚えがありますので」  
「あるんかい」  
「ええ、まあ。勇者の家系ですから。母も魔法使いでしたし。それに、戦士系で固めたパーティーと  
いうのも、それはそれで味があるものです」  
「……そ、そうか」  
 国王にはやっぱり良く分からない世界でした。  
 
 というわけで、以下の通り軍に志願兵募集の告知がなされました。  
 
  『魔王討伐パーティー急募! 勇者と共に魔王を倒そう!』  
 
 そんな、何ともアヤシゲな告知でしたので、最初のうちは全然集まらなかったのですが、ハッシュ  
くんが皆の前に現れて挨拶した途端、男女問わず申し込みが殺到しました。  
 
「うおおおお男の娘勇者ktkr!」  
「やあん可愛い〜(はあと)」  
「ハッシュたん激萌えっ!」  
「結婚してくれぇ!」  
「おい俺の嫁口説いてんじゃねえぞコラ」  
「いや俺の嫁だが?」  
「いいえあたしの婿よ!」  
「むしろ俺の婿!」  
 
 ……ハッシュくん、本当にこんな人達で良いんですか?  
 とにもかくにも、人事部によって厳選された――つまり軍から抜けても特に問題の無い程度のメン  
バーの中から、ハッシュくんが旅のお供として五人を選びました。  
 
 ――五人とも、綺麗なお姉さんばかりでした。  
 
 仕方ありませんね、勇者くんだって男の子ですもの。  
 
  ×  ×  ×  
 
 

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