風邪なんて誰でも引く。当たり前のことだ。
しかし、つかさにはどうしても引きたくない訳があった。
「本当に、病院行かないの?」
「うん、大…丈夫。ね、寝てれば……な、治る…」
心配そうに覗き込んでくる母親に、わずかでも平気な風を装いたかったが、その試みは成功しなかったようだ。
咳はほとんど出ないのだが、その代わりに身体はだるく、頭はボ〜っとして、喋ることすら覚束無かった。
「じゃあ、お母さんちょっと出かけるけど、暖かくして寝てるのよ?」
「う、うん…」
母親が部屋を出て行くと、つかさの意識もゆっくりと闇の中に落ちていった。
薄いまどろみの中、ふと誰かの気配を感じて薄目を開けたつかさの目に、今、最も会いたい、そして最も会いたくない人物の顔が映る。
「…ん?ああ、起こしちゃったか?」
「……うん……起き…ちゃった…」
幼馴染の博。と、いっても、年は一回りほど違い、つかさが幼い頃に留守がちな両親の代わりに面倒を見てもらっていた、年の離れた兄のような存在。
つかさが大きくなり高校生になった今でも、その関係はあまり変わらないが、少しずつだが距離を取り始めていた。
特別だからこそ、この関係を壊したくなかったのだ。
一回りという違いは、まだ高校生の少女には大きすぎる壁であり、たとえ、ほとんど会えなくても、たまにしか会えなくても、
その一時だけ、特別な存在になった気分でいられれば、それだけで幸せだった。
「風邪、引いたんだって?どうしてうちに来ないんだ?」
「……た、大した…ことじゃ……ない、から……それより…博さん…なんで、居るの?」
「いや、外でおばさんに会ってな。つかさが風邪引いたって聞いたから」
博に会いたくない、もう一つの理由。
それは博が、医者を生業としていたからだ。
医者の前で患者がしなければならないこと、それが嫌だったからだ。
「おばさんに聞いたけど、病院、嫌なんだろ?だから往診に来たんだ」
「寝てれば…大、丈夫……だから、帰って……」
身体の節々が痛み、頭がクラクラしている。どうやら、寝てる間に少し悪化してしまっているようだった。
思わすパジャマを握る手に力がこもる。つかさは何かを我慢するとき何かを強く掴む癖があり、それを博が見逃すはずが無かった。
「バカ。俺は医者だぞ。病人をほっとけるか!それに、何年付き合ってると思ってるんだ。パジャマ、そんなに強く掴んでさ、辛いんだろ?無理するな!頼むから、な」
本気で心配しているその顔に、つかさは胸が締め付けられる。それを嬉しいと思ってしまう。
「お前が辛そうにしてるだけで、俺まで辛くなるんだ…頼む。言うこと聞いてくれ、な?」
「……わかった………わかった、から…もう、しょうがないなあ…」
随分長いこと口にすることの無かった、頼みごとをされたときの口癖。
その懐かしい感覚に、自然と笑顔が零れる。
(…ずっと…ずっと前から…小さいころから、頼みごと、断れなかったっけ…
小さな私が、そのときだけは、お姉さんになったみたいで…それが、とっても…嬉しくて…)
「ああ、やっぱり熱が高いな…じゃあ、パジャマの前を開いて」
熱を測り終えると往診用のカバンから聴診器を取り出し、さも当たり前のことのように促す。
「…あ、あの……その…私、ずっと寝てたから…だから、その……」
目を泳がせて、恥ずかしそうに言いかけた言葉を、最後まで口に出来なかった。
(汗とか…匂いとか………それに…胸が…)
締め付けられるのが嫌で、着けなかった下着。
今からでも言えば、下着を着けることくらいは許してくれるだろう。
でも、少し興味もあった。
どんな反応をするのか?もしかしたら、綺麗だって言ってくれるんじゃないか?
頭が熱に浮かされていたのも手伝って、つかさはその胸のボタンをゆっくりと外し、憧れの人の前へと開いていく。
つかさがパジャマの前を開くと、博は動きを止め、表情も固まる。
ほんのりと紅く染まった肌、その上を艶やかな黒髪が流れていく。
薄紅色に色づいた胸の上を、サラサラと流れていく黒髪の美しいコントラスト。
そして、大きく隆起した胸の上、チョコンと乗った綺麗な桜色。
それは博の知っている、つかさではなかった。
気付かない間に美しく成長してしまった、一人の女性の姿だった。
ややあって、つかさも自分が何をしたのか、少しだけまともになった思考で遅まきながら理解する。
理解と同時に、仄かに熱を帯びた肌が、恥らうように紅く紅く染め上げられていく。
寝汗に濡れた肌は湿り気を帯びてキラキラと光を反射し、荒い呼吸は胸を絶え間なく上下させ、
胸の先端は恥じらいと緊張に徐々に膨らみ、博の視線を釘付けにする。
(ど、どこを…見てるの?……どうして、なにもしないの?………ああ、早く…何か…)
パジャマの前を開き、自らの手で胸を晒しながら、肌は上気し紅く染まり、身体を微かに震わせる。
「…お、お兄ちゃん…私……恥ずかしい…」
お兄ちゃん。この言葉も、成長に伴い避けてきた言葉だ。
久々に二人きりになった懐かしさに、自然と口に出てしまった言葉だった。
「あ?え?…ああ…すまない。そ、それじゃ、ちょっと冷たいからな?」
その響きは博にとっても懐かしく、成長したつかさの姿と合わせてさらに頭を混乱させるが、なんとか冷静さを取り戻す。
肌の上に冷たい聴診器が当てられ、ほんのわずか指先が肌に触れる。
たったそれだけで鼓動は一段と強まり、その鼓動を聞かれることすら、自分の心を見透かされるような気恥ずかしさを生じさせた。
胸の上、桜色の突起のすぐ側を聴診器が動くだけで、ドクンと心臓が跳ねる。
左胸を反時計回りに、少しの間触れ、触れては離れていく。その目は常に前を向き視線は胸を捕らえ続け、
真剣なその目に見つめられて身体を熱くしていることが、いやらしいことのように思えてくる。
(ああ…恥ずかしいよ……おにいちゃんが見てる…やだ、先っぽ…大きくなってる……いや…見ないで…)
「すまない。もう少しだけ、開いてくれないか?」
無意識の内に隠そうとパジャマを閉じていたらしく、博に注意され、そっとパジャマを開く。
自分から見せ付けるような格好に、つかさの顔はますます赤く染まり、その目をギュッと瞑り、顔は横へと逸らされる。
博はそんなつかさの恥らう姿にドキリとしながらも淡々と聴診を続け、今度は右胸へと聴診器を当てたとき、
「ン…」
微かな声が漏れる。驚きと、羞恥と、少しだけ甘い声。
目を瞑っていたことも災いし、左胸から聴診器が離れもう終わりだと思っていたつかさは、予想外の右胸への刺激に声が出てしまう。
「あ、すまん。…あ〜、い、痛かったか?もう少し…我慢してくれ」
「え、えっと…う、うん。我慢…する」
お互いに気を使い、お互いに気まずい。
つかさにしてみれば、胸に触れられて声を上げること自体が恥ずかしく、まして、響きに甘い色が混じってしまっていたことが、何よりも恥ずかしかった。
博にしてみれば、少し声を上げられたくらいで、ここまで動揺してしまうことが、さらに、それがつかさ相手だったことが、また当惑を誘っていた。
聴診器による診察は終了し、博は少し考える。
「それじゃあ、薬なんだけど…つかさは、その、浣腸は嫌か?」
「……嫌じゃない人は……いないんじゃないかな?…」
「…いや、少し熱が高いし、本当はしたほうがいいんだけどな」
「……お医者様ならさ…もう少し、自信、持ったほうがいいよ……患者さんのために、一番良い方法を…言ってくれてるんでしょ?」
つかさはパジャマをギュッと握り締めて、言葉を口にする。まっすぐに博を見て、真剣な表情で。
「……そう、だな。じゃあ、これから浣腸をします。だから、まずトイレの側の部屋に移動しよう。近いほうが、何かと良いから」
胸を見られただけでも一大事なのに、今からそれ以上のことをされると思うと、これ以上ないくらいにドキドキと鼓動を刻んでいた。
トイレに一番近かった居間のソファー、その上につかさは横になっている。
オシッコが出そうなら済ませておいてと言われたが、あいにく出そうに無かった。
その間に、博は手袋を付け、浣腸容器をお湯に浸したり、何かの薬を取り出したりと準備に忙しそうだ。
つかさは待っている間に、言ってしまったことを少し後悔していた。
嫌だと断れば博はそれ以上は言わず、別の薬を出してくれただろうし、それでも問題は無かったのだろう。
(嬉しかったのかな?…あんなに心配してくれて…病気だからなのはわかってるけど、私のことを一番に考えてくれたのが…)
しかし、不安もあった。
もし、嫌われたらどうしよう…もし、幻滅されたらどうしよう…
そんな迷いとは関係なく準備が進んでいく。
「それじゃあ、これからするから…嫌だったら、やめてもいいんだぞ?」
博はこう言っているが、今更やっぱり嫌ですとはもう言えない。
「…だ、大丈夫…それで、どうすれば良いの?」
「ああ、えっと…それで…まずはパジャマ、下ろす…から…起きて…」
ゆっくりと起き上がって、こくり、とつかさが頷くと、遠慮がちにパジャマが下ろされていく。
太股の付け根の辺りまで下ろされると、博がすまなそうに口にする。
「あ、ごめん……す、少し、解しておいた方が良いんだけど…自分で、するか?」
「なっ!そ、そんなこと………や、やり方だって…わかんないし………お、お兄ちゃんが…やって…」
つかさにも、大体何をされるかの想像はついた。もちろん博に触れられると思うとこの上なく恥ずかしく嫌だったが、
博の前で自分でそこをマッサージすることなど、出来るわけがなかった。
どの道、入れるときは触れられるのだから、という意識もあった。
「ああ、じゃあ、脱がすから、左側を下にして寝て…で、足はお腹の近く、体育座りみたいに…うん、そんな感じ。
それから、触るけど…力を抜いて…薬を入れるときもなんだけど、少し口を開けておくと、自然に力が抜けるから…」
言われたとおりに口を開け、出来るだけ力を抜いてその瞬間を待つ。
太股の付け根まで下ろされたパジャマと、ぎりぎりアソコに触れているショーツの感触、それがかえって無防備に晒された部分に意識を集中させる。
(い、今…み、見えちゃってるんだよね?……私の…お尻の……アレが…)
つかさから見れば、最も見せたくない相手に、最も見せたくないところを、真下から覗かれているようなもので、
中途半端にずらされたショーツとむき出しのお尻に視線を感じて、意識すればするほどに身体は強張り、そこに力が入ってしまう。
博の喉がゴクリと一回鳴った。
自分に全幅の信頼を寄せる少女が、恥ずかしさを懸命に堪え、最も人に見せたくない部分を晒している。
傷一つなくつるんとした肌は柔らかそうに微かに震え、中途半端にずらされたショーツは、大事な部分は一応隠しながら、そこだけを曝け出している。
そこは緊張からかキュッと締まり、時折思い出したように力を緩め、しかし、少しするとまたキュッと締まる。
力を抜こうと努力しても、恥ずかしさが勝ってしまう様子が、見ているだけでよくわかる。
また、頻繁にお尻を締める動作につられて、ショーツ越しにアソコの動きが透けて見える姿も艶かしい。
このまま、ずっと見ていたい…一瞬そんな考えが頭を過ぎる。しかし軽く頭を振り、改めて処置に集中する。
視界の大半の占める魅力的な果実を懸命に無視し、博は指に潤滑剤を付けて、手をつかさのお尻へと伸ばす。
「い…ひゃあ!」
突然お尻を掴まれ、そのあとのヌルッとした感触に思わず声を上げる。
指に塗られた潤滑剤を塗りこむようにグニグニと回るように動き、十分解したあと、徐々に奥へ奥へと力が込められる。
「あんまり力は入れないでな…それと少し…指、入れるから…」
(やっ、やだぁ…も、もっと早く言ってよぉ…)
つかさは、触れられることまでは想像していたが、指を入れられることまでは想像していなかった。
力を入れるなと言われたからといって、そう簡単に出来るものではなく、異物の感触に力が入り、博の指を締め付けてしまう。
「つかさ、その、し、締め付けてる…」
(やぁ…そ、そんなこと…言わないでぇ…)
恥ずかしさから、さらにキュッと指が締め付けてしまい、つかさはそれに羞恥を感じてさらに締め付ける悪循環が起こる。
「ほ、ほら、少し深呼吸してみよう…ほら、吸って〜、吐いて〜…吸って〜、吐いて〜…」
しばらくそのままの格好でゆっくりと深呼吸をして、ようやく少しずつ力が抜けていく。
指が動くたびにまた締め付けてしまうが、何度も繰り返して、ゆっくりと粘り強く解していくと、だんだんとスムーズに挿入できるようになっていく。
(……こんな、何度も何度も…指、入れられて……ああ、やだよう…恥ずかしいよう…)
つかさの身体は、すでに真っ赤に染まってそう変化は見られないが、指を締め付けてしまうためパジャマを握って堪えることも出来ず、
ハアハアと絶え間なく呼吸を繰り返し、必死に襲い来る羞恥と戦っていた。
「うん、十分かな」
もう何度か出し入れを繰り返されると博は指を抜き、その行為の終わりを告げられる。
「それじゃあ、入れる前に言っておくけど、入れてから5分位、このままの格好で我慢することになるんだ。その間とても辛いけど、頑張れる?」
「……う、うん……出来るだけ…頑張る…」
あくまで今までの行為はただの準備でしかなく、これからが本番だ。
「それじゃあ、入れるけど…もし、我慢できなくても、何度かやってもいいし、どうしても無理なら別の薬もあるから…」
(そういうことは言わないで欲しいな…せっかく我慢しようとしてるのに……決心が、鈍っちゃうよ…)
博としては失敗しても大丈夫と安心させたかったのだが、つかさとしては、博の前でそんな行為を何度もしたいわけが無く、一回で成功させるしかなかった。
「い、いいから…私、我慢するから…早く、入れちゃって…」
「あ、じゃあ……今から、挿入します」
またヌルッとした感じに包まれた、今度は少し熱くて硬い何かが体内に侵入してくる。
準備中に熱めのお湯に浸されて、体温よりも少し高い温度まで暖められた浣腸容器、その先端が挿入されていく。
「う…は、入った…の?」
「ああ。でも、もう少し奥まで入れないと…」
博が慎重に、少しずつ奥へと差し込んでいく。お尻の異物はゆっくりといろんな方向へと動かされ、たまに戻ったりしながら、少しずつ奥へと挿入される。
「ひゃあ……ふ……はぁ……」
お尻の異物、それが動くたびにお尻の穴と間接的にアソコが刺激され、身体の奥から甘い衝撃が突き上げてくる。
「ごめんな。慎重にやらないと、危ないから…」
甘い声を必死に抑えて、荒い呼吸の中小さな声で「うん」とだけ返事をする。
呼吸にすら甘い響きが混じり始めたとき、やっと挿入は終わり、次のステップへと移る。
「よし、このくらい入れば十分だ。これから、中の薬を入れるから…いい?入れるよ」
「…う、うん」
何かが体内へと流し込まれていく。
熱い。身体の奥に感じる熱い何かを感じてお尻に力がこもるが、いくら締め付けても、先端が体内にある以上何の効果も無い。
それはゆっくりと少しずつ流し込まれ、徐々に体内を満たしていく。
刺激に慣れていない敏感な粘膜には、体温よりも少しだけ高い温度の薬液すら、身体の奥が焼かれるように熱い。
つかさは懸命にパジャマを握る手に力をこめ、眉間に皺を寄せ苦悶の表情を浮かべながら、息を荒げる。
(……や、やだぁ……まだ、入ってくる…だんだん、増え、てる……熱い…よぉ…)
ジリジリと体内を焦がされ、ハアハアと絶え間ない息継ぎを続ける。
じっくりと時間を掛けた注入が終わり、引き抜かれると同時につかさを激しい衝動が突き上げる。
(ン、あ?……う、嘘!……やあ!も、漏れちゃう!?……や、だめぇ!…)
想像していたよりも、激しく強い衝動が体内を駆け巡る。
「最初が一番辛いんだ!だから、頑張って!」
「……ふ、あぁん!……う、ん……お兄、ちゃ……いっ、ひゃああ!…」
お尻の穴に布のようなものが押し当てられ、不意の刺激に思わず声が出てしまう。
「つかさ、ハンカチに集中して。もう少しすれば、少しだけ楽になるはずだから」
言われたとおり、押し当てられたハンカチに意識を集中し、何とか便意を堪える。
身体の中を何かに引っ掻き回されるような熱い感触に、額に脂汗を浮かべ、手をギュウッと握り締める。
その手の上にそっと博の手が乗せられ、柔らかく包み込んでくる。
「お、兄ちゃ、ん…手…に、握って…い、い?」
博はこくりと頷き、手を握り合うと、その苦しみに満ちた表情がわずかに和らいでいく。
時間の経過もあって、徐々につかさの顔から苦しそうな色が消え、今度は目を泳がせ始める。
お尻に押し当てられたハンカチ越しの指の感触。そして、浣腸をされ便意を堪える自分の姿。
余裕が出てきたからこそ思い出してしまった、今の自分のみっともない姿。
便意を堪えるために、お尻の穴に指を押し当てられている。それが憧れの人の前に晒している、今の自分の嘘偽りの無い本当の姿。
急激にその心は羞恥に染まり、とたんに恥ずかしくなってくる。
かといって、今も身体の中で薬液が暴れ回っていることに違いは無く、中途半端な余裕はかえってつかさの心を苛んでいた。
四分ほど経過したとき、つかさは苦しそう息を荒らげ始める。
「……あ、と…どのくら、い?…」
「ああ、もう十分だよ。だから、そろそろトイレに行こう」
本当はもう少し我慢したほうが良かったが、我慢すればするほど良いといった物でもない。
博はつかさの状態を見て早めに切り上げる選択をした。
「……う、うん…お、起こ、して…」
「わかった。手、離すから…」
お尻に当てられていた手とつかさの手を握っていた手が離れ、肩へと手が回される。
「…ハァ……ン……やぁ……」
小さな声には苦悶の色が混じり、細い身体が微かに震えている。
「じゃあ、歩くよ。ゆっくりでいいから」
歩くだけ。たったそれだけの振動すら、今のつかさには辛く、一歩ごとに小さな声を上げる。
額に脂汗を浮かべ、その顔には苦悶の色が溢れている。
ハアハアと荒い呼吸、僅かに開いた唇、時折聞こえる儚く小さな声。
苦痛を堪え震える身体も、博の服を掴む手を懸命に握り締める姿も、その全てが博には愛らしく思えてくる。
「もう少し。あと、もう少しだよ」
「……う、ん……あ!…」
服を掴む手に一段と力がこもり、眉根を寄せて瞼をギュッと閉じ、苦痛に顔が歪む。
博はつかさの邪魔にならないよう、ふんわりと肩を抱き頭に撫でると、僅かに表情が和らいだように見える。
服を掴む手が僅かに緩み、潤んだ瞳が博を捕らえる。
(あ…私、抱きしめられてる、の?…ど、どうせなら…もっと、ロマンチックな…ところで……抱き合いたかったな……ひうっ!…)
つかさが落ち着くまでの、束の間の抱擁だった。
トイレまで後二メートル足らず、だがその二メートルが今のつかさには、果てしなく遠く感じる。
薬液はお腹の中で容赦なく暴れまわり、つかさを責めたてる。
あまり長く持ちそうに無く、波が引いたときを見計らい確実に一歩一歩進む。
ゆっくりとだが、確実にトイレに近づき、博がトイレのドアを開けたときには、限界寸前だった。
つかさは博のことを気にする余裕すらなく、パジャマと下着を一気に下げる。
「あ!お、お兄ちゃ!閉めて、早く!あ、やだ!出ちゃ…いやぁ!見ないでぇぇええ!!!」
ベッドの上、横になったつかさは頭まですっぽりと布団を被ったまま出てこない。
限界だったためドアを閉められず、博のほうもぽかんとして固まり、閉めてくれなかった。
少女にとって最も人に見せてはいけない排泄行為、その全てを見られ、聞かれてしまったのだ。
トイレのドアが閉められたのは、その行為が終わった後。一応、後始末だけは見られずに済んだ。
そして、トイレを出たつかさは博の顔を見るや涙を溢れさせ、大きな声で泣きながら布団に飛び込み、今に至っている。
「あ、あのな、つかさ。本当に悪かった!許してくれ!」
「……もう、いい…よ……スン」
小さな声と鼻を啜る音。もう泣いてはいないようだが、その声は暗く、悲しみに満ちている。
「ほんとにごめん!そ、そうだ!お詫び!お詫びになんか、言うこと聞こう!少しぐらいだったら、高い物ねだってもいいぞ!な?」
「………ほんとに?…絶対?…嘘じゃない?」
ややあって、つかさは布団から顔を半分ほど出し、潤んだ瞳を博に向ける。
目は赤く、涙の後がついた顔が、博の脳裏につかさの小さい頃を思い出させる。
「あ、ああ!……ただ、もし高い物なら、で、出来れば、来月以降で頼む」
「……いらない…いらないよ、そんなの……だから、私のこと…嫌いにならないで…」
潤んだ瞳にまた涙が溜まリ、声は震え、不安そうに博を見つめている。
「ああ、そんなことか。嫌いになるわけ無いだろ。俺は、お前のおしめを取り替えたことだってあるんだぞ」
「……そ、そんなこと…覚えてないもん…」
少し怒ったような声をしたつかさ。しかし、その目は少し安心したようだった。
「…ほんとに……嫌いにならないでね…」
それだけ言うと、つかさはまた布団に潜り込んだ。
終わり