桜咲く春の始業式。
今日から俺も、晴れて中学三年生だ。
先輩たちが卒業した今、主将に就任した俺にはこの陸上部を背負う責任がある。
目の前には、ずらっと整列する部員たち。
「いいか、野郎ども――」
がつんと一発、気合の入る訓辞を述べようと、俺は声を張り上げ――
「あ、よーちゃんだ。よーちゃーん♪」
――ている最中に、ずっこけた。
「かな……いや、立花!? お前何でここに!?」
「何でって、今日ここに入学したんだよ。よーちゃん知らなかったの?」
そうだ、うっかりしていた。
家が隣なんだから、学区も同じに決まっているんだ。
きょとん、とあどけない顔を傾がせているのは、俺の二歳下の幼馴染、立花かなでだった。
「見て見てよーちゃん。わたしの制服姿、似合う?」
「あ、ああ、そうだな……って、その呼び方やめろよ! 誰かに聞かれたら……」
だがもはや遅い。
案の定、俺の背後の陸上部員たちから、くすくすと忍び笑いがこぼれる。
「(よーちゃんだって……!)」
「(あの陸上の鬼の楠木が……)」
「(いやあ、わかんないもんだよねぇ……?)」
自分の顔に、すさまじい勢いで血がのぼるのがわかった。
「お、お前ら! 違うんだ! これはちょっとした誤解で――」
あたふたと釈明する俺の傍らで、今度はかなでが「ぶー」とむくれた。
「えー、でもよーちゃんはよーちゃんだもん。呼ぶなって言われても、よーちゃん……」
「だ! か! ら! やめろってんだろ! ここでは普通に先輩って言え、立花!」
「何で名字で呼ぶの? よーちゃんいつもはわたしのこと、かな――」
「わー! わー! わ――ッ!!」
とんでもないことを口走ろうとするのを、強引に制止する。
もう主将として威厳ある演説なんて、不可能極まりなかった。
「お、お前のせいだぞ……立花」
「よーちゃん怒ってるの? いつも言ってるでしょ? 癇癪起こしちゃダメだよ。よーちゃん昔から、上手くいかないとすぐ暴れ出して泣き出すんだから――」
「もう黙っててくれぇ!」
これ以上、俺を晒し者にするのはやめてくれぇ!
ホントに泣きたくなってきた。
「もういいよ、帰れよ。早く帰れよ、お前」
しょんぼりしながら、俺はしっしっとかなでを追い払う。
初日から、俺は部の中でいくつの物を失ったのだろう。
だがまたしても、かなではきょとんと首を傾げた。
「え? 何言ってるの、よーちゃん? わたしも参加するんだよ」
「…………は?」
俺の背中を、悪寒という悪寒が走った。
かなでが、にっこりとカバンの中から『それ』を取り出す。
「わたし、陸上部に入部するんだ。……といっても、マネージャーだけど。だって中学じゃ、よーちゃんと一緒にいたいから」
かなでが、担当教師の判が押された入部届を差し出してくる。
だが俺には、そんな幼馴染の太陽のような笑顔を直視できるはずもなく。
「そんな……そん、な…………(ドサッ)」
「よーちゃん!? どうしたの、よーちゃ――――ん!?」
こうして我が陸上部の新年度最初の記念すべき日は、新しい主将が練習前から気絶して早退するという、情けなさすぎる幕開けを迎えたのだった。