異世界移動後、7日目
唐沢美樹は同級生の高見沢麗子と共に校舎の屋上で双眼鏡を時々覗き眼下に広がる荒地や、さらに数km離れた場所に点在している異世界の森を眺めていた。
2日前、クラスメートを襲い犯そうとした怪猫を撃退した黛皐月は昨日から木刀を片手に見回りをしている。
その皐月の姿を見た何人もの生徒が手にバットからモップにいたるまで、なにか武器になりそうな物を持って校内を歩くようになった。
もちろん自分の身を守るためであり、また手ぶらより安心できるという事もあるのだろうがそれだけではない。
皐月が怪猫を撃退した事によって、連れさらわれる事をまぬがれた伊藤可奈子という被害者。
そして美樹と、撃退した当の皐月という目撃者。
彼女たち3人の証言により、それまで生徒たちにとってはあくまで噂であった「学校の周りを徘徊している女を襲う化け物たち」の存在は事実として認めざるをえなくなったのだ。
もちろん多くの生徒たちが恐怖した。
しかし一方で「もはや先生たちだけに頼っていてはいけない、自分の身は自分で守らないと」とか「黛さんのように自分でできる限りの事をやってみよう」という空気が広まっていったのである。
そして美樹もその一人であった。
彼女は小学5年の時からの親友にして同じ天文部に所属する麗子を連れて学校の四隅に位置するそれぞれの校舎の屋上に登り、荒地を越えてくる化け物がいないか見張りをしているのだ。
「異常なしか・・・」
美樹は小休止と床に腰を下ろした。
「悪いな麗子、付き合わせちゃって」
「かまいませんわ、私もやりたくてやっているのですから」
昔から美樹に引っ張られる事の多かった麗子だが、彼女も自分でできることはやってみようと思ったのだ。
美樹は持ってきた水筒の水を飲んだ。
技術的に詳しい事はわからないが、水道の循環系を独立させることによって、それまで地下に流れていた水を使うことができるようになったらしい。
これはありがたいことだった。
当初は1週間しかもたないと思われていた飲料水がこれで確保できたのだから。
(水についてはこれで解決した・・・となると次の問題は・・・)
美樹が考えかけていると。
「あ、美樹ちゃん居た居た!探したよ!!」
するとそこへ一人の生徒がやって来た。
「どうした、知世」
美樹と親しい同級生の一人であり「ハナジョパパラッチ」の異名をとる、新聞部の石橋知世(いしばし ともよ)だった。
美樹も友人が多いこともあり情報通であるが彼女には敵わない。
どうやったらそんな校内の情報を集められるのか不思議なくらいだ。
ただし知世は自分の仕入れた情報、特に生徒のプライバシーに関る事をだれかれかまわず喋る事は、さすがにいけないという分別は持っていた。
しかしだれかに喋りたくてたまらない彼女は美樹のように自分の親しい友人に話す事にしているのだ。
剣道部の黛皐月や弓道部の橘伊織をはじめ、今年の1年生は凄いのが多いという事を知ったのも彼女の情報が最初だった。
そう、美樹にとって知世は大事な情報屋なのだ。
しかし今回彼女が伝えた情報はさすがに美樹の度肝を抜いた。
「今朝、相撲部の花園さんが学校を出ていったんだよ!」
「え?・・・・・出ていった!!」
「知世さん、それはどういうことですの?」
美樹同様麗子も唖然としている。
知世の情報によると相撲部のエース花園薫は友人の若葉と共に異世界にやってきてからの食料制限に耐えかねて、食べ物を自分で手に入れるために出ていったそうだ。
「たっ、たしかに人の数倍は食べる花園さんにとってはつらい事だったかもしれませんが・・・だからといって」
開いた口がふさがらないといった感じの麗子だったが、その隣で美樹は
自分がさっき考えかけていた次の問題、すなわち食糧問題がいよいよ現実味を帯びてきたことを悟った。
当たり前のことだが食べ物を持ってきてくれる人のいないこの世界で、備蓄してある食べ物がいつまでもある訳がない。
美樹は、いや美樹だけでなく他の生徒達も気づいてはいたはずだ。
ただ、それを考えることが恐ろしくて意識の表面から追い払っていたのだった。
美樹に次いで麗子もその考えに至った。
知世は花園たちが学校を出ていったという情報を仕入れた時点で既にそれを悟っていた、だから一人では恐ろしくて美樹達のところに来たのだった。
「・・・・・・。」
3人の少女はしばし無言だった。
重苦しい沈黙が屋上を覆う。
それを破ったのはやはり美樹だった。
「・・・私達も・・・やるしかないか・・・」
「「え!?」」
思わずハモる麗子と知世。
「だから花園さん達を見習って、私達も学校の外へ食べ物を探しに行くのよ」
「で・・・でも外には化け物がいるんですのよ」
「それでもやるしかないんだよ。花園さんみたいな大食漢は真っ先だったけど、私達だってもたなくなる。飢え死にしたくなかったらやるしかないじゃん」
「・・・だけど美樹ちゃん、どこを探すの?」
「そうね・・・先ずは近くにある竹林かな」
学校もろとも異世界にワープした周りの森の一部は竹林になっているのだ。
ただ、だれも恐ろしくてそこまで行こうとしないのだった。
(学校が移動する前は日本は秋だった、だけどここはまるで春みたいな季節だしもしかしたら筍が・・・だけどそれで足りるだろうか?)
美樹の目は荒野のむこうに見える異世界の森やさらにそのむこうに向いていた。