大学二年生になった朝。その日は春に相応しくないどしゃ降りの雨だった。佐藤愛は入学式を終え家でのんびりしていた。トゥルル…。電話の音がしたので受話器を取った。  
「もしもし?」  
「ああ俺だよ、俺」  
「オレオレ詐欺?お金は無いわよ!」  
向こうで笑い声がした。  
「中学一年の時、付き合ってただろ武藤太郎、覚えてないのか?」  
「名前が変すぎて忘れてたかも…。ごめん」  
「まあいいさ。今日は頼みごとがあってな。実はあの誘拐事件覚えてるか?もしも教えてくれたら、三万円やる。最近ライトノベルを書いてるんだ。だから…」  
愛は歯をガチガチさせた。今でも思い出すと鳥肌が立ち、頭がボーっとしてしまう。  
「駄目」  
「え…」  
が、気が変わってしまった。おもちゃショップに置いてあるウサギのぬいぐるみが欲しいのだ。しかし最近大分浪費したのだった。所持金たったの五円。  
「本当のこと話すから、でも言うことは全部そのままに書かないでね…」  
ウサギのためだけれど実際は心の整理がしたかった。  
 
中学一年の時は同期生の武藤太郎や田中まゆ、柔道部先輩の山本圭らと中が良かった。友達が三人もいるなんて幸せだ。しかも武藤とは付き合っていた。順調な学校生活だ。  
しかし、そんな平和な世界は簡単に壊れてしまった。  
 
体育の授業が終わったので、まゆに昨日見たテレビについて話していた。それからネタもつきたので、背中に背負っているラケットについて聞いた。  
「試合でも見たけどそれ、かっこいいよね!黒光りしてるし、名前まで入ってる。もしかして高級品?」  
まゆは動揺せずに言った。  
「10万」  
「う…そ…」  
「それにうち、誕生日にドーベルマン買ってもらえたし、結構金銭的に自由なんだよ」  
「じゃあお金持ちなんだ。いいな〜」  
 
金曜日。武藤太郎と二人で帰った。もちろん手を繋いで。  
「エッチしない?俺こう見えてもセックス上手なんだぜ」  
「今日はお父さんが早く帰ってくるから。ごめんなさい」  
武藤はがっかりした表情だった  
「仕方ないか」  
しかしハッと顔を挙げた。  
「田中まゆの親ってヤクザらしいぜ」  
「…」  
心の中で戸惑いが生じた。だからお金持ちなの?信じられなかった。  
「…違う」  
「ふんっ。クラスで有名なんだぜ。お前わかってないな。エッチもしてくれないし、つまんねーの」  
彼は三叉路の一番右を通って家へ向かった。愛の自宅は一番左だった。  
 
明日まゆに聞こう。でも正直に言わないだろうな。  
 
一人友人が減ったみたいだ。  
 
ショッキングでそのまま倒れそうだった。  
 
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家の灯りが見えた。その時後方から気配がした。「逃げろ!」  
振り返った時口を塞がれた。変な匂いがしてそのまま意識を失った。  
 
目が覚めると身体はロープで強く固定されていた。目の前には同期生のまゆがいて、濃いメイクをし、腕組みをしている。そしてその脇には…  
「お父さん!」  
血だらけで項垂れた男の姿があった。  
「これから言うことを聞きなさい。松本、この薬を投与しなさい」  
「はい、わかりました」  
執事にしては強面すぎる顔はゴリラに似ていた。やはり、まゆはヤクザに絡んでいたのか…  
考えごとをしているうちに薬が放り込まれた。何が起こったのだろう。  
一時間後。私は酷い下痢と頭痛に見舞われた。ロープを外されたが、ぐったりとしていた。  
「おとなしくなったようね。じゃあ、佐々木、よろしく」  
そいつは先ほどの執事とは違うハンサムな男だ。太ももを愛撫したあと、乳首を吸った。やや、唾液が含まれていた。立ってくると指で痛くなるほどいじった。でもなぜか快感だった。やがて手は一番大事なところを探った。  
「やめ…」  
でも心は降伏していた。  
「ん…ハァハァ…も…もっと…ハァ…やっ…」  
また乳首の愛撫をしてきた。それは優しかった。  
「で、ビデオは撮れた」  
「はい、それから小包で 送りました」  
私は長く寝ていたらしい。周りには白い液が飛び散っていた。  
「早く私を帰して!ここから出して!」  
「もう遅いのよ。それに武藤にはもう浮気の証拠のビデオを送ったんだから」  
「そんなことしてない!」  
「あれのどこが嘘だっていうの?あんなに身体を預けて。…それにあんたはビッチすぎるのよ!中学一年生の癖に!性の知識にも詳しそうじゃない」  
「…」  
 
腹パンをされた凄まじい痛みだった。しかもまたあの匂い…  
 
そこは市民プールだった。今度もまたロープに繋がれ、ゴリラ顔の男から離れられないようになっていた。  
「今度はゲームをする」 もう嫌な予感しかしない。全身の毛が立っていた。  
「逃げたらコレ」  
まゆは拳を振った。  
「潜水時間を競う。ただそれだけ。よーいスタート」  
水に潜ったその瞬間、例のゴリラ顔の足が私に絡み付いた。四十秒ぐらいそうしていた。もう動けない。私の人生はもう終わり…  
 
「やめなさいっっっ!」ものすごい勢いで二人は離れた。助けてくれたのはおばさんだった。監視員でもなく、普通の人だった。  
 
監禁生活はたったの2日。行方不明になっていたので学校は警察に連絡していた。まゆの家族は本当にヤクザだった。麻薬を持っていたため逮捕。一件落着。  
 
私が怖かったのは一番信頼してる友人が暴言を振るう姿だった。  
 
「もっと酷いことされたのかと思ったよ」  
受話器の向こうの武藤は言う。  
「まゆは私達の関係に嫉妬していたのかな」  
「違うよ」  
「え?」  
「愛のことが羨ましかったんだよ。そして憎かった。あのときは山本圭と付き合ってたし、俺達の関係性に嫉妬してるわけじゃない。愛はいつも元気だし明るくてみんなに好かれてた…だからさ」  
「そうかな。で、ビデオは見たの?」  
「ビデオデッキが壊れていたから見れなかったよ。掃除機をしていたら、バケツに一杯水をぶちまけてさ。ビデオデッキがびしょびしょになった」  
「あれから何にも話さなくなったよね。武藤も落ち込んでた。だからビデオを見てしまったんだと」  
「あれはビデオデッキが壊れたからさ。父親に怒られたし」  
「なんだ、そんなことだったんだ」  
「やっぱり題材にするのはやめるよ、三万はやる」  
 
後日三万ではなくあの大きなぬいぐるみが送られてきた。なぜ欲しいものがわかったのかは永遠の謎である。  
 

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