「失礼いたします」  
 ノックの音が聞こえる。ベッドで横になっていたアイルは、その音で目を覚ました。一拍置いて、服を持ったメイドが入ってくる。  
 彼女が持っていたのは、アイルが最初にこの城に来た時着ていたコートとシャツ、そしてズボンだった。今彼が来ているのは、彼女が古いシーツをツギハギして作った即席のローブだ。  
「申し訳ありません。この城に殿方がお泊りになる備えがなかったので」  
 ジャスミンと名乗ったメイドは三日前にそう言った。そう、三日前だ。アイルが城に忍び込み、捕らえられてからそれだけの時間が経っている。  
 ナコトの身体検査、もとい行為の最中に気を失ったアイルが目を覚ますと、彼女は既に部屋から消えていた。その後すぐに殺されるものだと思っていたが、どういうわけだか彼は今の今まで生かされている。  
 部屋の中から出ることはできないものの、食事は三食でるし、退屈しのぎの本も用意してくれる。忍び込んだ暗殺者を閉じ込めるにしては破格の待遇だった。  
「それでは、お着替えが済みましたらまたお呼び下さい。本日はお嬢様がお待ちでございます」  
 丁寧にお辞儀をして部屋を出ていくジャスミン。一人取り残されたアイルは、この環境に疑問を持ちながらも大人しく元の服に着替えることにした。  
 
 窓の外から強烈な日差しが差し込む。その光に当たらない少し奥まった場所に、豪華なドレスを身に纏った金髪の少女が座っている。  
 彼女の向かいではローブを着た銀髪の少女が同じように座って足をぶらつかせていた。三日前にアイルを襲った、ナコトその人だ。  
「暑いわねえ」  
「そだねー」  
 窓の外の風景はゆっくりであるが少しずつ流れ、二人のいる空間は時折揺れる。ここは馬車の中。ある場所に向かって、四頭のサイボーグ馬が彼女たちを運んでいる。  
 かぽかぽと、サイボーグ馬が街道を往く音だけが響く。二人の間は妙に口数が少ない。少女が遠慮しがちに目を伏せて、ナコトがそれを見つめる。そんな調子だった。  
「なんか、聞きたいことでも?」  
「うん? うーん……」  
 我慢できなくなったナコトが話を切り出すが、少女は視線を反らしてもじもじしているだけだ。普段は威厳満点な魔王の娘だがナコトの前でだけ見せる可愛らしい姿だが、今のナコトは真剣だ。  
「でもナコト、どうせ何を聞きたいか分かってるんでしょう?」  
「分かってる。でも私は、あなたの口から聞きたい」  
「ううん……」  
 長い間ためらったあと、ようやく少女は口を開いた。  
「どうしてあの男を生かしておきたいの?」  
 顔をしかめる少女をナコトはじっと見つめる。彼女は真意を未だ少女に明かしていなかった。  
 魔王の娘であり、一国の主でもある彼女を狙ってきた暗殺者などその場で縊り殺すか、あるいは見せしめのために手の込んだ拷問をした後に磔にして晒すのが当然だ。  
 それをナコトは助けた。それに今、解放するチャンスまで与えている。どうしてナコトがたかが人間の男にそこまでこだわるのか、少女には分からない。  
「今は言えない。だけど」  
 スッと立ち上がったナコトが少女の頭を柔らかく抱きしめる。少女は目を瞑ってナコトが頭を撫でるのを受け入れた。  
「ミナが一番だから。大丈夫、それは信じていいよ」  
「……うん」  
 子供をあやすように、ナコトがぽふぽふと少女の頭を撫でる。それだけで、少女の不安に揺れていた心は静まった。  
 ガコン。  
「おろ?」  
 同時に、馬車の揺れも止まった。  
 立っていたナコトが急ブレーキでつんのめり、馬車の壁に強かに顔をぶつける。  
「だ、大丈夫?」  
「おう……おおう……」  
 鼻柱を押さえるナコトの背中を、今度は少女のほうが心配そうに撫でるのだった。  
 
「降りて下さい。到着しました」  
 鍵が外れる音が聞こえ、馬車のドアが開かれた。ドアの外でジャスミンがスーツケースを持って立っている。  
 アイルが馬車から降りて辺りを見渡すと、すぐそばにドーム型の野球場があった。  
 数十年前まで続いていた人間、魔族、邪神入り乱れての大戦。それが始まる以前に建てられたものらしく、外壁には生々しい破壊と修繕の後が残っている。  
 未だ崩れぬ旧世界の遺物を見上げ、アイルは誰にも聞こえないように小さく、しかし深いため息をついた。  
「こちらへ」  
 ジャスミンがそう言って建物の中に入っていく。アイルもその後を追う。辺りには数名の見張りがおり、自由に動くことはできなさそうだ。  
 進んだ先は三塁ベンチに続く入り口だった。そのままグラウンドに入るのかと思いきや、ジャスミンはそこで立ち止まり、アイルの方に向き直る。  
「準備をお願い致します」  
 そう言ってジャスミンは今まで持っていたスーツケースを開く。その中身を見て、アイルは思わず目を疑った。  
 オートマチック拳銃、手榴弾、ナイフ、大型リボルバー拳銃、折り畳み式のショートボウ、ワイヤー、その他様々な武器とそれらを身につけるためのベルト。  
 彼が城に忍び込む時に身につけていた装備全てが、そこに揃っていた。  
「……どういうことだ?」  
 思わずジャスミンに問いかける。  
「主武装が分からないので、全て用意しました」  
「そうじゃない。どうして今になってこいつらを俺に返すんだ」  
「わかりません。私は命令されただけですので」  
 ジャスミンの口調は平坦なものだ。その真意は分からない。警戒しつつゆっくりとスーツケースの中に手を伸ばす。拳銃を握っても、何かが起きる様子は無い。  
 もたもた装備を整えながら、アイルは思案する。どうしてここで武器を返す? 処刑するなら意味のないことだ。戦わせる? 何と?   
 いっそここで逃げ出すべきか。さりげなく後方を窺う。見張りの気配は無い。ここに来るまでの道は覚えた。目の前のメイドを撃ち、全速力で出口まで駆け抜けて、馬車のサイボーグ馬を奪うまでにかかる時間は。  
 そこまで考えて止めた。逃げたところで帰るべき主人は失っている。それなら何も考えずに相手の言う通りにするだけだ。  
 主がいなければ、自分に生きている価値は無い。それがアイルの、今まで生きてきた中で唯一の自己定義だった。  
「では、こちらにどうぞ」  
 アイルが装備を終えると、ジャスミンは最後のドアを開いた。強烈な照明の光が飛びこんで来てアイルは思わず目を細める。  
 そこは荒れ果てたグラウンドであった。在りし日は手入れされていたであろう天然芝は無残に踏みにじられ、赤茶色の土がむき出しになっているところもある。  
 その荒地へアイルは三塁ベンチから上がっていく。客席のほとんどは閑散としており、一部は破壊されたり焼け焦げたりもしている。にもかかわらず、その一角に座る集団がいる。  
 その中心にいるのは他でもない、数日前にアイルが命を狙った少女だ。宝石が散りばめられた白い豪華なドレスを身に纏って、ライトスタンドの特等席に座っている。  
 その少女がマイクを握って喋り始めた。  
「久しぶりね、『白軍』の暗殺者」  
 増幅された声が球場内に響く。驚いたことに、この球場の施設はまだ生きているらしい。外観はボロボロだったが中は無事だったのか、それとも誰かがわざわざ直したのか。  
「魔王の娘にしてウェステンブルグ領を治める私の命を狙うなんて、恐れ知らずもいいところね。その罪、万死をもってしても許し難いわ」  
 スピーカーから増幅された声が響く。その声はどこまでも尊大でわざとらしい、これから起こるイベントを楽しみにしている支配者の声だった。  
「だけど、寝室にまで忍びこんだのはお前が初めてよ。その技量を見込んで、一つチャンスを与えてあげる」  
 言い終わると、レフトスタンドのフェンスの一部が開いた。その中から一台の車がゆっくりやってくる。  
「そいつと戦って勝ったなら、お前の罪は問わないことにするわ。尤も……勝てる見込みは万に一つもあり得ないでしょうけど」  
 どうせ人間には勝ち目のない相手だろう。そもそも、アイルには勝つ、というよりこれから先生きのこる気も無い。『白軍』が滅びて彼の主もいなくなった以上、自分が生きている意味が無いからだ。  
「まあ、精々頑張りなさい。……ああ、それと」  
 マイクの電源を切ろうとした少女が、思い出したように付け加えた。  
「『白軍』は先日確かに降伏したけど、そこの王女はまだ捕まってないから。一応、教えておいてあげる」  
 
「……これでいいの? ナコト」  
 マイクの電源を切ったミナは、それまでの尊大な口調から一転、不安そうな少女の声で隣にいたナコトに聞いた。  
「もちろん、バッチグー。百点満点の演技でした」  
「いや、そりゃ演技は頑張ったけど……そうじゃなくて」  
 親指を立てて褒めてくるナコトに対し、ミナは相変わらず浮かない顔だ。  
「あの死にたがりが、本当にこんなのでやる気になるの?」  
 ミナは三日前の晩の事をはっきりと覚えていた。突き付けたレイピアの切っ先にためらうことなく突き進んできたあの男が、生き残るチャンスを与えたところでそれを手に入れようとするかどうか。  
 むしろ喜んで一刀の下に斬り捨てられることを選んでしまうのではないか、そう考えている。  
「大丈夫。ミナの話をちゃんと聞いてれば、しばらくは持ちこたえる」  
 しかしナコトはハッキリと答えた。彼女の根拠のない自信はどこから来るのか、それはミナにも分からない。ただ、こういう時の彼女の自信が外れることは無いことも、長い付き合いの中で知っていた。  
「それならいい、けどさ」  
 それでも不安の種は尽きない。ミナはグラウンドに立つ二人の影を見下ろした。  
「あんなこと言っちゃったけど、勝てると思う?」  
「……うーん」  
 今度はナコトも、唸るばかりだった。  
 
 
 
 そんなスタンド席の二人の会話は露知らず、アイルは車から降り立った人物と相対していた。  
「へえ、アンタがお嬢に夜這いかけた男かい?」  
 現れたのは、黒髪のポニーテールが印象的な女戦士だった。得物は2mはあろうかという大剣。そんな化物じみた武器を肩に担いで平然としている彼女は、当然人間ではない。  
 爬虫類を思わせる黒い瞳と口元から覗く牙。すらりと伸びる赤い鱗に覆われた尻尾。そして背中から生えた一対の翼。  
「竜人か」  
 竜人、あるいはドラコニアンとも呼ばれる、魔族の中でも上位に入る力を持った種族だ。人間が一人で正面から戦って勝てる存在ではない。  
「んー、なかなかイケメンじゃない。おまけにまだ若いときた。でもドラゴン革のコートってのは、ちょっと悪趣味かな。減点1」  
 その証拠に、竜人はこれから戦闘が始まるというのに全く緊張していない。軽口を叩く余裕があるぐらいだ。  
 アイルは何も言わずに、ただ竜人を睨みつけている。相手に会話をする気が無いことが分かると、竜人は大げさなため息をついた。  
「さっさと済ませろってことね……はいはい。  
 んじゃ、改めまして。ウェステンブルグの突撃隊長、マニャーナここにあり! いざ、尋常に勝負!」  
 高らかに名乗りを上げると、マニャーナと名乗った竜人は大剣を構えてアイルに向かって駆け出した。  
 その時既に、アイルは銃を抜いて彼女の額に狙いを定め終わっていた。  
 無情な銃声がスタジアムの中に響く。放たれた弾丸は、マニャーナの額を確かに捉えた。  
 だが。  
「ッ……なんのぉ!」  
 弾丸はマニャーナを殺すことなく、それどころが傷を付けることさえできない。一瞬で間合いを詰めたマニャーナが大剣を振り降ろす。それをアイルは余裕を持って避けた。  
 衝撃でグラウンドの土が撒き上げられる。ドラゴン革のコートは刃には強いが衝撃までは防いでくれない。大剣の一撃を受ければ、アイルの体など簡単に潰れてしまうだろう。  
 距離を取りつつアイルは引き金を引く。銃弾はマニャーナに当たるが、どれも弾かれる。予想通りか。アイルは心中で歯噛みした。  
 人間と同じサイズとはいえ相手は竜の一族。38口径の弾丸では力不足。そうなれば、オートマチック拳銃は役立たずだ。  
「そら、もう一丁!」  
 横薙ぎに振るわれた大剣を潜り抜け、アイルは懐から大振りのナイフを取り出し右手で握る。今、アイルが持つ武器でマニャーナにダメージを与えられそうな武器は一つだけだ。  
 かがんだ姿勢から立ち上がり、その勢いでマニャーナの首を狙う。マニャーナは上体を捻らせてそれを避ける。続けてアイルはナイフを振るうが、マニャーナはそれを細かい動きで避け続ける。  
 懐に飛び込めれば、と考えたが相手の技量の方が上だった。焦って動きの乱れたアイルを、マニャーナが蹴りつける。  
「甘い!」  
 アイルの体が車にはねられたかのように吹き飛ぶ。外野の辺りに転がったアイルはすぐさま立ち上がるが、ダメージは抜けない。その隙を逃すまいと、再びマニャーナが突っ込んでくる。  
 左手の拳銃をマニャーナに向けて撃ちまくる。効かないことは分かっている。蹴りの衝撃が抜けるまでの時間稼ぎだ。レフトスタンドの方に下がりながら引き金を引く。  
 しかし、マニャーナは体に弾丸を受けつつもものともせずに突っ込んでくる。そして再び、アイルの体が大剣の間合いに入った。  
 
「チョロチョロするなあ!」  
 さっきよりも鋭い一閃が、アイルのすぐ横をかすめる。紙一重で攻撃を避けたアイルはナイフを突き出すが、切っ先は胸元の鎧に阻まれた。  
 逆に回し蹴りがアイルに襲い掛かる。咄嗟にバックステップして回避、したはずが左肩に衝撃を受けて再び吹き飛ばされた。マニャーナの尻尾が、蹴りの後を追ってアイルの肩を打っていた。  
 地面を無様に転がりつつも何とか立ち上がる。三度突撃してくると思われたマニャーナだったが、今度は動かない。それが逆に、アイルに嫌な予感を感じさせた。  
 次の瞬間、アイルの視界が業炎に覆われた。  
 
 
 
「あつ、あつつっ!」  
「火事だー」  
 マニャーナの吐いた炎のブレスの余波は、レフトスタンドの観客席まで届いていた。火の粉が降りかかって思わずミナは席から立ち上がる。ナコトはどこからか取り出したうちわで熱をあおぎ返そうとしていた。  
「ちょっとマニャーナ! ブレス禁止だって言ったでしょ!?」  
 フェンス際まで駆け降りたミナが、身を乗り出してマニャーナを怒鳴りつけた。  
「いやー、ごめん。銃がうっとおしくてつい」  
「つい、じゃないわよ!」  
 フェンスの下はまるで火球の魔法が炸裂したかのような焦熱地獄になっていた。いや、まるでというのは間違いだ。実際そうなのだから。  
 竜の代名詞であるブレスは、もちろん竜人も吐くことができる。マニャーナのようなレッドドラゴンの場合、ブレスは炎となって敵を焼き尽くす。  
「でも本気になったら手加減なんて……ッ!?」  
 言い訳をしようとしたマニャーナに、炎の中から突然飛び出した影が飛びかかった。完全に不意を突かれたマニャーナは仰向けになって地面に倒される。  
 ナイフを振り降ろそうとする腕を、マニャーナが掴んで受けとめる。彼女に覆い被さっているのは、ほとんど無傷のアイルだった。  
 あの一瞬で、咄嗟にアイルはコートで身を隠した。大剣の衝撃は防ぎきれないコートだが、竜のブレスなら間違いなく防げる。その材料はブレスを吐くドラゴンの革なのだから。  
 その一瞬の優位によって掴んだチャンスを、アイルは最大限に生かそうとしていた。力と体重を込めたナイフの切っ先が徐々にマニャーナの顔に迫る。10cm、5cm、刺さる、その寸前で止まった。  
「……それが限界みたいね」  
 片手一本でアイルのナイフを受けとめているマニャーナの表情は涼しいものだった。人と竜の圧倒的な力の差を示すように。  
 マニャーナが空いていた手でアイルの顔を殴りつける。一発でマウントポジションから引き剥がされるアイルだったが、腕をしっかり握られていて吹き飛ばない。  
 地面に倒れるアイルに、今度はマニャーナが馬乗りで圧し掛かった。  
「さーて、そろそろ終わらせちゃおうか?」  
 ニヤリと笑みを浮かべたマニャーナが勝ち誇った笑みを浮かべる。それが、彼女が見せた一瞬の隙だった。  
 ナイフを持っていない方のアイルの腕が、さっきの拳銃とは違う銀色の銃を握っていた。オートマチック拳銃よりも無骨で巨大で強力な、50口径のリボルバー。  
 それが至近距離でマニャーナの顔に向けられた。マニャーナもその危険性に直感で気付き、避ける。だが、次の瞬間彼女はそれを後悔することになった。  
「お嬢!」  
 彼女の丁度真後ろには、フェンスから身を乗り出して戦いの様子を見守るミナがいた。振り返って叫ぶが間に合わない。  
 銃声。いや、大口径のマグナム弾の発射音は、砲声と言ったほうが正しいか。空気を切る音がマニャーナの耳元を掠めていった。  
「任務完了」  
 無表情で呟くその顔に、マニャーナは思わず拳を振り降ろしていた。  
 
 気が付いたら体を起こしていた。不思議そうにアイルが辺りを見渡すと、そこはグラウンドではなく誰かの部屋の中だ。あまり片付いておらず、床には空の酒瓶が転がっている。  
「あ、起きた?」  
 下の方から声がしたかと思うと、ベッドの縁からぬっとマニャーナが顔を出した。酒を飲んでいたのか、顔が赤くなっている。  
 さっきまで身につけていたはずの大剣や鎧は無く、代わりにランニングシャツとジーンズというラフな格好になっていた。  
「ここは?」  
「あたしの部屋」  
「俺はどうなったんだ?」  
「あんた一発でトンじゃったから、試合終了。とりあえずあたしが預かってるわ」  
 自分の体を見れば、服も武装もはぎ取られ包帯とズボンだけになっていた。  
「……あの魔王の娘は、どうなった」  
 意を決して聞いてみると、マニャーナの目が剣呑な光を帯びた。あの距離なら外すことはない。当たっていれば、アイルの目的は達成されたことになる。  
 マニャーナがポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。アイルには一目でそれが何であるか分かった。あの時彼が撃ち出した、大型の弾丸だ。  
 血も付いていなければ変形もしていない。まるで空中で止まったかのようなその弾丸を見て、アイルは全てを悟った。  
「まー、うん。あんたにお嬢はやれないよ」  
「やはりか……」  
 不意を突けば、ナコトが気付く前に撃てば当たると思ったが駄目だったらしい。命がけでチャンスを作ったのが無駄に終わって、アイルはがっくりと肩を落とした。  
「ま、そう気を落とさずに。一杯どう?」  
 マニャーナが酒の入ったグラスを勧めてくる。少しためらったが、アイルはそれを受け取ると一気に飲み干した。  
「おおー、いい飲みっぷり! 顔も戦いぶりもいいし、酒にも強いとはますます気に入ったよ」  
「ウォッカか」  
「ああ。『白軍』の奴ら、こういう強い酒ばっかり溜めこんでてね。暫くはアルコールに困らないよ」  
 アイルからの返事は無い。マニャーナは、しまった、といった顔をした。目の前にいる人間は、その『白軍』の暗殺者ではないか。  
「あー……ごめん。余計なこといっちゃった」  
「気にするな。囚人の身分で贅沢は言わん」  
「……もう一杯、どう?」  
「貰おう」  
 アイルがコップを差し出すと、マニャーナが手にしていた酒瓶を傾け中身を注ぐ。今度は一気に飲み干さず、軽く煽る程度に済ませる。立て続けに二杯の一気飲みは、辛い。  
「んもう、いい男がそんなチビチビ飲まないのー」  
 不満そうにマニャーナがぼやき、瓶にから直接ウオッカを口に含む。その飲みっぷりに呆れていると、急にマニャーナが体を近づけてきた。  
「――ッ!?」  
 なんだ、と言おうとしたアイルの口はマニャーナの唇で塞がれていた。開きかけた歯の間から、舌と熱いウオッカが入り込んでくる。  
「んふ……ちゅっ、ふ……」  
 貪るようなマニャーナのキスは続く。飲み込まざるを得なかったウオッカには、甘い唾液の味が混じっていた。二人の口の中が空になると、マニャーナは唇を放した。  
「はーっ、はーっ……ふふっ、舌が動いてなかったよ。見た目に寄らず、案外こーゆーのは奥手だったり?」  
「お前、何を……お、おいっ」  
 しどろもどろになっているアイルの声は聞かず、マニャーナはアイルのズボンを手早く脱がせて肉棒を取り出してしごき始める。  
「こっちは戦場帰りで溜まってるの。あんたも起きたんだし、もう我慢できないのよ」  
 そう言ってマニャーナは肉棒を一口で咥え込んだ。途端に腰が浮くような快感がアイルに襲い掛かる。しかし太ももをマニャーナにがっちりと捕まえられて身動きが取れない。  
 じゅぽじゅぽと、よだれを絡めた卑猥な音が部屋の中に響く。マニャーナが頭を上下させて肉棒を舐める度に、黒いポニーテールと赤いシッポがゆらゆらと揺れた。  
「ふぁ……まだ大きくなってる……」  
 一度口から肉棒を放したマニャーナが、もどかしそうにランニングシャツを脱ぎ捨てる。露わになった豊かな乳房を持ち上げると、その谷間に肉棒を挟み込んだ。  
 肉棒全体が柔らかい圧力をかけられるが、ぬるぬるした唾液のお陰で苦しくはない。むしろ今まで味わったことのないような快感が肉棒を通してアイルに伝わっていた。  
「う、ぐ……」  
「感じてる? 胸の間でビクビクしてるよ」  
 胸が上下にゆっくり動き始める。沈み込むような乳房が肉棒をすっぽりと包みこむ感触が心地よい。さっきのフェラチオの余韻もあり、アイルはあっという間に登り詰める。  
「いいよ、一杯出して」  
 おどけた調子で、谷間から顔を覗かせた亀頭に長い舌を這わせるマニャーナ。その僅かな刺激がトドメとなった。  
 
「くっ、うあっ!」  
 呻き声が一際大きくなると同時に、尿道を通って精液が吐き出される。  
「あはっ……出た出た」  
 咥えこもうと口をつけようとしていたマニャーナの顔に、肉棒を挟んだままの胸に精液が降り注ぐ。口元に垂れた白濁液がぺろりと舐め取られる。  
 その間にも射精は続く。酒のせいか普段よりも長い。ようやく収まった頃には、精液が胸の谷間からこぼれていた。  
「濃いのが一杯でたわねぇ……ナカに出されたら、お腹裂けちゃうかも」  
 恍惚と呟きながら、マニャーナがジーンズを脱ぎ捨てる。当然のように、下着も脱ぎ捨てる。  
「おい、まだ続けるのか……?」  
「当たり前でしょ? 私はまだ楽しんでないんだし。それに……」  
 マニャーナがそっと肉棒に手を這わせる。あれだけの精液を吐き出したにもかかわらず、アイルのソレはまだ硬さを保っていた。  
「あなただってまだ、出し足りないんでしょう?」  
 ぐむ、とアイルは言葉に詰まる。文句を言いたいところだが、モノをいきり立たせては何を言っても説得力が無い。  
 そうこうしているうちに、マニャーナが後背位の姿勢で誘うように秘所を見せつける。赤い尻尾が、翼が、括った髪がゆらゆらと揺れる向こうで彼女は笑っていた。  
「ほら、ボーっとしてないで、私を燃え上がらせてよ」  
 ごくり、と生唾を飲み込む。その音が嫌に大きくアイルの頭の中に響いた。覆い被さるようにマニャーナの腰を掴み、秘所に肉棒をあてがう。  
 先程のパイズリで興奮していたのか、濡れそぼっているマニャーナの秘所はすんなりとアイルの肉棒を飲み込んだ。  
「く、うぁっ……はいったぁ……」  
 マニャーナの膣内は締め付けが強く、気を抜けば精液ごともぎ取られてしまいそうだった。歯を食いしばってそれを耐える。  
「あはっ、久しぶりにおちんちんでナカ、埋められちゃってる……!」  
 マニャーナが歓喜の声をあげる。それに合わせてきゅうっと柔肉が肉棒を咥え込んだ。  
 荒い呼吸をするだけの二人。しばらくの後、ようやく落ち着いたアイルが囁いた。  
「動くぞ」  
「うん、来て――ひゃあうっ!?」  
 一息に腰を引いて、最奥まで打ち付ける。挿入の余韻に浸っていたマニャーナは、激しいストロークに目を見開く。  
「そんな、あんっ、いきなりはげしっ、んんっ!」  
「急かしたのは、そっちが先だろうが……!」  
 戦場から帰ってきて久しぶりのセックスでいきなり激しくされ、マニャーナは少なからず戸惑っていた。しかし秘所の方は激しい快楽に素直に答え、アイルの肉棒に絡みつく。  
 それに答えるように、アイルのストロークも一層早く、深くなっていく。その勢いがダイレクトに伝わる後背位は、確実にマニャーナの脳髄を焼いていた。  
「あっ、あ、ああー! もうダメ、それイッちゃってるからぁ!」  
 早くもマニャーナは達してしまうが、さっき一度イかされたアイルの腰は止まらない。頂点に達しようと自分勝手に柔肉の中を掻き分ける。  
「ひゃひっ!? あ、あ、あん!」  
 もはや絶叫か嬌声か、声にならない叫び声をあげて、マニャーナは快楽に押し潰される。絶頂の、更に高みに押し上げられそうになって、彼女の尻尾が無意識のうちにアイルの体に巻き付いた。  
「ぐっ――お、おい!?」  
「あうっ、ふぇ、おあっ……んううっ!」  
 一瞬、息が詰まる。呼びかけても意味のある言葉は帰ってこない。ただ膣内の柔肉だけが、もっと、もっととアイルの肉棒を奥へと引き込む。  
 それに釣られるようにアイルの腰が動く。悲しいことに体を尻尾で締め付けられても腰を止めることができないのは男のサガだろうか。  
「んあっ、ひいっ、すごいのがぁ、あっ」  
「う……このまま、膣内に……!」  
 射精感がせり上がってくると共に、マニャーナの膣内もビクビクと痙攣し始めた。絶頂まで近いと分かったアイルはラストスパートをかける。  
 一瞬、外に出そうとも考えたが、尻尾の締め付けが一層強まってそれはできないと思い知らされた。  
 ほとんど覆い被さるように、腰を、体全体を密着させる。無意識のうちにアイルは彼女の翼の付け根あたりに舌を這わせた。  
 
「あ、ひっ――あああああっ!?」  
 その瞬間、マニャーナは達した。ほとんど同時に精液が膣内にどくどくと流し込まれる。マニャーナの体が跳ね上がって、背骨を弓なりに反らせる。  
 アイルはその背中を見ながら、骨を折らんとする勢いで体に食い込む尻尾を耐えていた。先端が首を絞めて、少し気が遠くなる。  
 そろそろ落ちるか、といったところで締め付けが緩んだ。翼の向こうのマニャーナの頭から、ぜえぜえと荒い息遣いが聞こえてくる。だが尻尾はアイルを放さない。  
「おい、そろそろ放してくれ」  
 そう言っても答えは返ってこない。まさか失神したか、と思ったが、ワンテンポ遅れて声があった。  
「……やだ」  
「え」  
 尻尾を絡みつけて、肉棒を咥え込んだまま器用に仰向けになるマニャーナ。  
「こんなスゴいの、まだ終わらせないわよ」  
 露わになった彼女の顔は、絶頂の余韻に浸りながらもまだ肉欲を求めていた。  
「いや、これ以上は流石に……ぐっ!?」  
 逃げようとするが、尻尾がアイルを放さない。尻尾に操られて強引にストロークが再開される。  
「ほらほら。自分で動かないと、いつまで経っても満足しないわよ?」  
 黒い目を細めながら、マニャーナはまだまだ続く宴を想像して舌舐めずりした。  
 
 
 
「……それで、あの男は寝込んでいると」  
「いやー、ごめんごめん。戦場帰りで、しかも久しぶりに男とヤったから加減が効かなくってさー」  
 次の日。呼び出してもやってこないアイルについてミナが問い質したところ、マニャーナから帰ってきた答えはそのようなものだった。  
 あけすけと昨晩の情事を語るマニャーナにミナは呆れ、ナコトはじとっーとした目を向けている。  
「っていうか巻き付きでアバラが折れてるのに、それでも続けるってあの男も大概ね……」  
「あ、いや。折れた後は私が上になって搾り取ったから。もちろん同意なしで」  
「全部お前のせいじゃない!」  
「引くわー。最悪だこの竜人」  
 ミナに怒られても、ナコトに引かれても、マニャーナに反省の色は全く無い。彼女の笑顔は、憎たらしいまでに晴れやかだった。  
「で、結局どーすんのあの男? お嬢がいらないっていうんなら、あたしが貰っちゃうけど」  
「やめなさい。ミイラにする気? ……しばらくこの城に留めるわ」  
「へえ、男嫌いのお嬢にしては珍しい」  
 マニャーナの声は心底驚いていた。何しろこのウェステンブルク城には男が一人もいないのだ。  
「……奴にしかできない仕事があるからね。それまでは精々、希望を持って働いてもらうよ」  
 冷たく言い放つミナの目は、傍らに置かれたレイピアに注がれていた。あの時アイルの喉を抉った、銀のレイピアだった。  
 
 
 

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