満月の夜のことだった。かつてヨーロッパと呼ばれていた地域に佇む古城、ウェステンブルグ。寝静まったその城の中で蠢く一つの影があった。  
 絨毯の敷かれた廊下を足音を立てずに進むその男の目つきは鋭く、碧い。気配を消して歩いていた男はある部屋の前で立ち止まると、もう一度周囲を見回してからその中に滑り込んだ。  
 部屋の中は廊下よりも一層豪華な造りだった。各所に置かれた家具や調度品は、素人目に見ても高級なものだとわかる。その間をかすかに漂うのは薔薇の香だろうか。  
 入っただけで圧倒されそうなその部屋を男は横切り、窓際に置かれたベッドに近づく。そこには白いシーツに包まれた金髪の少女が横たわっていた。  
 月明かりに照らされたその姿は、規則正しい寝息と、僅かに上下する胸がなければ作り物としか思えない。それぐらい美しく、現実離れした少女だった。  
 その隣では銀髪の少女が寝息を立てていた。金髪の少女よりも更に幼く、金髪の少女の腕を枕にして眠っている。こちらもまた、男の目を惹きつける魅力をその体に備えている。  
 そんな二人の美少女が純白のシーツ一枚に包まって眠る様子には絵画のような美しさが会ったが、ベッドの前に立つ男は顔色一つ変えることなく彼女たちを見下ろしていた。  
 男が懐に手を伸ばす。コートの裏から出てきたのは、この上品な部屋には似つかわしくない、あまりにも無骨な拳銃だった。何のためらいもなく銃口を少女の頭に向け、引き金を引く。  
 パン、パン、と乾いた音が二発響く。その音がもたらした結果を見て、男は目を見開いた。  
 引き金を引く瞬間までそこで眠っていた少女の姿が無い。放たれた銃弾は、無人のベッドと枕を穿って、羽毛を宙に巻き上げただけだった。  
「夜這いにしては、ずいぶん無粋ね」  
 驚く男の背中に声がかかる。考える間もなく、彼はその場から横っ跳びで逃げる。一瞬前まで彼が呆然と立っていた場所を、赤い光が貫いていた。放たれた光がバルコニーのガラスを破り夜空へ消える。  
 彼がその光の元を視線で辿れば、そこには先程までベッドで眠っていたはずの少女たちが並んで立っていた。金髪の少女は不敵な笑みを浮かべて、銀髪の少女は無表情。どちらも一糸まとわぬ裸体を男の前に晒している。  
 それに向かって男は引き金を引く。銃口は寸分の狂いもなく少女を捉えている。にもかかわらず、少女には傷一つつかない。銃弾は全て、彼女に当たる直前の空中で止まっていた。  
 銃が効かないと分かった男は、向きを変えて一目散にバルコニーに向かって走り出した。さっき割れた窓ガラスを破って、手すりを飛び越え夜闇へと飛び出した。  
「逃げ出すには早いんじゃないの?」  
 飛び出したはずだった。目の前には、首に突き付けられたレイピア。立っているのは、ガラスの破片が散らばったバルコニー。たった今飛び降りたはずのバルコニーに、彼は『着地』していた。  
「さて、クエスチョンタイムといきましょうか。まずあなた、何者?」  
 レイピア持つ金髪の少女が問う。首に冷たい感触を覚えながらも、男は口を開かない。  
「まあ、答えてくれるとは思ってないわ。あなたが私の命を狙う人間の暗殺者ってことは、言わなくてもはっきりしているから」  
 チラリと少女は男の右手に握られた拳銃を見る。魔法がかかっている様子もない、ごく普通のオートマチック拳銃だ。  
「私を殺して得のある人間の組織といったら……『赤い盾』か『隠れ12人使徒』の手の者かしら? 『クナイ』の人間には見えないしね」  
 男の表情には何の変化も無い。いくつかの組織の名前を挙げてカマをかけてみたが、どうも外れのようだ。  
「全く。『白軍』がようやく降伏したっていうのに、今度はどこのバカが仕掛けてきたのかしら」  
 憂鬱そうに少女が呟く。その手が持つレイピアの先に、僅かな感触が走った。驚いて男の顔を見てみれば、ほんの僅かだが驚愕の色が浮かんでいる。  
「……あなた、もしかして」  
 少女が問いかける前に、男が一歩前に踏み出した。当然、突きつけられた剣先が彼の喉を抉る。しかし彼は気にせず、むしろ自分の喉を押し込むように前に出た。剣と肉が触れ合った隙間から血が流れ出す。間もなく、男の体がぐらりと傾いで、紅いカーペットの上に倒れた。  
 
 
 青い影が目蓋の裏を通り過ぎた。心の奥底に食い込むその陰に驚いて、彼は飛び起きようとする。  
 しかし目蓋は開いても、四肢はぴくりとも動かなかった。神経が通っていないというわけではない。いくら力を込めても、腕の周りをコンクリートで固められたように動かせないのだ。  
 唯一動く首を使って辺りを見渡すと、そこは倒れる前とは違う、タンスと書き物机が置かれただけの殺風景な部屋だった。明かりとりの窓は小さく、そのせいかどこかじめじめした印象を受ける。  
 そこまで確かめてから、男は天井を見上げて深いため息をついた。包帯が巻かれているらしい喉がかすかに痛む。あの時、自分の主人がいなくなったことを知って、彼は即座に死を選んだ。  
 魔王の娘が嘘をついているようには見えなかったし、何より彼女の持っていた剣が、かつて主人の部屋で見たものと同じだったのを思い出したからだ。  
 しかし自分は生きている。どうやらあの魔王の娘は、自分にまだ聞きたいことがあるようだ。そのうち始まるであろう尋問を想像して憂鬱な気分になっていると、部屋のドアが開いた。  
 入ってきたのは、さっきまで彼が対峙していた魔王の娘ではない。その隣にいた銀髪の少女だった。今は流石に裸ではなく、黄色いローブを身に纏っている。  
「あ、起きてた」  
 目を覚ました彼を見て、開口一番彼女が言ったのはそれだった。ベッドの前までとことこ歩いてきた彼女は、彼の顔をじーっと覗き込む。青い双眸に見つめられる彼は、表情一つ崩さない。  
「喋れる?」  
「……わからん」  
 と声を出してみて、初めて喋れることがわかった。喉を貫かれたはずなのだが、声帯は傷ついていないらしい。  
「いや、喋れるようだ」  
「そう。私はナコト、あなたは?」  
 ナコトの問いかけに対して男は答えない。質問に答えるつもりはない、そんな態度だった。  
「……なら、さっそく身体検査を始めます」  
 言うが早いか、ナコトはアイルのポケットに手を突っ込んだ。鍵、手帳、ガムと次々に物が取り出される。  
 そして財布を見つけると、その中身もベッドの上に並べた。入っているのは、『白軍』の領地で使われている紙幣に銀貨と銅貨が数枚。それと手製のお守りだった。  
「む」  
 ナコト見るとお守りには小さく文字が刺繍がされていた。  
「アイル・ブリーデッド……それがあなたの名前?」  
 アイルと呼ばれた男は目を反らして答えない。多分、本当なのだろう。この手の暗殺者は偽名を使うのがセオリーだが、誰かの手作りのお守りにまで偽名を使う人間は聞いたことがない。  
 それ以上ポケットには何も入っていないとわかると、今度はコートを脱がせにかかった。アイル自身ではピクリとも動かせなかった四肢を、彼女はいともたやすく持ち上げてコートを器用に脱がしていく。  
「お、ドラゴン革で裏打ちしてある。リッチだねえ」  
 炎も水も通さないドラゴンの革で仕上げられたコートを手にとって、ナコトが感慨深げに呟く。その視線がアイルの体に戻った時、一瞬だけ動きが止まった。  
「おおぅ……」  
 コートの下の彼の体は武器で覆われていた。大振りのナイフ、拳銃とそのマガジン、手榴弾、ワイヤー、その他色々。これだけの重武装でありながら、魔力が込められている物は一品も無い。  
「知らない魔力がこの城に入ったら感知するように結界を張ってあるのだけど……」  
 アイルの武器を一品一品丹念に調べ上げながら、ナコトが呟く。魔法を一切使わない侵入者が来ることは、考えもしなかったらしい。  
 ふむふむ、と呟きながら、ナコトが今度はアイルのシャツに手をかけた。  
「おい、ちょっと待て」  
「どうしたの?」  
 アイルが制止の声をあげるが、当のナコトは不思議そうに首を傾げている。  
「脱がす必要はないだろう」  
「身体検査だから。刺青とかが貴方の手掛かりになるかもしれないし」  
「……むぅ」  
 そう言ってナコトはシャツを脱がせるのを再開する。アイルは唸るが、手足が動かないので脱がされるのを黙って受け入れるしかなかった。  
 ぴったりした黒いシャツを脱がせると、傷も刺青もついていない肌が現れた。鍛えているためやや筋肉質ではあるが、その肌は意外にも白さを保っている。  
「きれい……」  
 などと呟きながらナコトは肌を撫でている。その様子をアイルは冷ややかに見つめていた。  
「なあに、その目?」  
 視線に気付いたナコトが彼の肌に爪を立てる。血が出るほど深く爪を突き立てられても、やはり彼は眉一つ動かさない。痛みには慣れているのか、それとも訓練されているのか、いずれにせよ生半可な拷問は通用しなさそうだ。  
 はぁ、とため息をつくとナコトはアイルのベルトに手をかけた。  
 
「なっ……お、おい!」  
 流石にこれにはアイルも顔色を変えるが、ナコトはもはや耳を貸さずに慣れた手つきでズボンと下着をまとめて脱がせた。足にも異常はないが、ナコトはもはやそんなことはどうでもいいといった具合で露出したアイルの肉棒を見つめていた。  
「ほー……これは、中々……」  
 感慨深げに呟きながら、萎えた肉棒をそっと手に取り上下にしごき始める。アイルはビクッと腰を浮かせるが、抵抗することも逃げることもできない。そうこうしているうちに、刺激に反応したアイルの肉棒が硬くなり始めた。  
「あ、おっきくなってきた」  
 その様子を見て、くす、と笑うナコトの様子は年端もいかない少女には似つかわしくない妖艶なものだった。アイルの背中にぞくりと走った悪寒を感じ取ったのか、もう一度笑ったナコトが今度は隆起した肉棒に舌を這わせ始める。  
 ぬめぬめとした感触が肉棒の付け根から先端まで這い上がり、鈴口をちろちろとくすぐる。その快感にアイルは歯を食いしばるが、肉棒の方はますます大きくなって脈動し始めた。  
「ぷはっ……どう? こんな小さな女の子にフェラチオされるのは、新感覚でしょ?」  
 意地を張っているアイルを挑発するように、ナコトは彼の眼を見つめる。  
「身動きがとれなくて、こんな小さな女の子の手でしごかれて、口で舐められて、それでびゅーびゅー精液だしちゃうの。ロリコンの変態以外の何者でも無いわね」  
 唾液を絡ませた肉棒を手の平で上下に擦りながら、卑猥な言葉でまくしたてる。責めの倒錯に興奮しているのか、彼女の頬はほんのりと赤みを帯びていた。  
「ふふ、いいんだよ。頑張らないで、情けなく射精しちゃって」  
 そう囁いて、とうとうナコトはアイルの肉棒を口に含んだ。喉の奥まで使って、アイルの肉棒を根元まで咥えこむ。幼い容姿に似合わぬテクニックに、アイルは呻き声を漏らす。  
「う、ぐ……う?」  
 快感を堪える彼の耳に、フェラチオとは違う水音が聞こえた。よく見ると、ナコトの左腕は彼女のローブの下に伸ばされ、そこからクチュクチュといやらしい音がしている。倒錯のあまり、自分で自分を貪るほど興奮してしまったか。  
「はむ……んふふ」  
 そんな熱っぽい彼女と視線が合った時、彼女は嬉しそうに目を細めると、ずずずっと勢いよく肉棒を吸い込んだ。  
「うぁ……ッ!」  
 耐え切れる快感ではなかった。腰の奥からせり上がった快感が、精液となって彼女の口内に放出される。  
「ん、んぅっ!? ……くひゅ、んぐ、んぐ」  
 喉に直接精液を叩きつけられて目を見開いて驚くナコトだったが、それでも肉棒から口を離そうとはしない。許容量ギリギリの精液を、喉を鳴らして丹念に飲み込んでいく。  
 そうした口の蠢動が、肉棒に快感を与えて更に精液を出すように促していく。  
 やがてアイルの射精が収まると、ちゅっと尿道に残った精液を吸いとって、ようやくナコトは口を離した。  
「ぷは……ごちそうさま。一杯出しちゃったね、ヘンタイさん」  
 あれだけの量を残らず飲み込んだのか、ナコトの口の中には精液は一滴も残っていない。媚薬のように体を熱くする精液に充てられて、うっとりとした目で彼女はアイルを見つめる。  
 だが、返ってきたのは殺意しか感じられない視線だった。いいように弄ばれてプライドを酷く傷つけられたアイルは、両手が動けばナコトの首を絞めかねない、そんな形相だった。  
「ふーん。へー。ほー。そーゆー目、するんだ。ふーん……」  
 並の人間どころが魔族でも怯みかねない視線を受けても、ナコトは平然としている。しかし先程までの熱に浮かされた表情は消え、どこか冷めた、それでいて残酷な顔をしていた。  
 ナコトがのそのそとアイルの体を這い上がる。重みが彼の体に加わるが、見た目相応に軽い。胸の上に両手をついて顔を覗きこまれても、鍛えている彼には苦にもならなかった。  
「身体検査は終わったから一緒に楽しもうと思ったけど……ちょっとおイタしちゃおうかな?」  
 ペロッと唇を撫でたナコトが微笑み、未だ硬いアイルの肉棒に手を伸ばす。丁度彼女の来ているローブの記事の下に肉棒が隠れてしまっているため、アイルから自分の肉棒に何が起きているかは分からない。  
 だが、男ならこれから何をされるかぐらいは、期待と共に簡単に想像することはできた。  
 
「んっ……あ、はいっ、た、あっ」  
 口とは違う、ぬるっとした柔らかい何かに肉棒が包まれる。ローブの中に隠れていても、膣内の中に自分のモノが入っていることは分かる。ぐちゅ、ぎちゅ、と熱のこもった音が布の下から聞こえてくる。  
 それでもアイルはナコトのことを睨みつける。その視線に愉悦に浸った笑みで返すと、ナコトは一度、たった一度だけ腰を上げて。  
「が―――うあっ!?」  
 腰を下ろした瞬間、アイルの意識が飛びかけた。同時に衝撃ともいえる快感を受けて、肉棒が精液を噴き上げ、ナコトの膣内に飲み込まれていく。ナコトもまた、その一回のはずのストロークで異常なまでに汗をかき、息を乱していた。  
 明らかに異常だ。テクニックがどうとかそういう問題ではない。意識を引き戻しつつこの狂った状況を分析しようとするアイルに、ナコトはにやりと微笑みかけた。  
「んっ……知りたい? 私の秘密……」  
 返答をする間もなくナコトがアイルの胸板に舌を這わせる。たっぷり唾液を絡ませた舌が白い肌の上を這い、離れた場所から銀色の橋を伸ばしてぷつりと―――。  
「……と、こんな感じに物の時間を止めることができます」  
 切れなかった。伸びきった唾液は、既にナコトの舌から離れているにも関わらず塔のようにその場に直立したままだった。ナコトが液体のはずの唾液の塔とトントンと叩くが、その通りの軽い音が返ってくるだけで崩れる様子はない。  
 時間を操る魔法。時の流れを早め、遅め、止め、動かし、あらゆる物理法則の頂点に立つその現象を、目の前の少女はまるで息をするかのように操っている。  
 時渡り。一度だけ耳にしたことのある希少な魔族の名前を、アイルは今ここで痛烈に思い出していた。  
「ところで、今の一言で全てを察する物分かりのいいアイル君に問題です」  
 ナコトがそう呟いた瞬間、唾液の塔が散った。  
「このように、時が動き出すと、止まっていた間の衝撃とか感触が全部一度に作用します」  
 未だにアイルの肉棒を包んだままのナコトの秘所がキュッと締まる。それに嫌な予感を覚えたアイルは声を上げようとした。  
「おい、まさか……」  
「じゃ、私がイクまで貴方の時を止めたら、どうなっちゃうでしょうか?」  
 次の瞬間、またあの狂気じみた快感がアイルの脳を貫いた。あまりに強すぎる快感に、もはや自分が射精していることも理解できていない。その余波が収まらぬうちに、またナコトが腰を上げた。射精の快感に上書きされて、もう一回分の絶頂が上乗せされる。  
「あ……ぐあ……」  
 呻き声を上げることしかできないアイル。その様子を見て、ナコトは満足げに笑いながら絶頂の余韻に浸っていた。  
「いい顔……もっともっと、楽しみましょ? 時間ならいくらでもあるんだから」  
「ぐ、ああっ!」  
 一瞬の間に、再び絶頂が訪れる。いよいよナコトは自制が効かなくなってきたのか、腰を動かす間隔も短くなってくる。押し寄せる快楽の波に遂に耐え切れなくなり、揺れる銀髪を最後に、アイルは意識を手放した。  
 
 
 
 その頃、あの赤いじゅうたんの部屋のベッドの上には、この城の主である金髪の少女が一人で座っていた。暗殺者の様子を見に行ってくる、と言ってから数時間。ナコトが戻ってくる気配は無い。  
「……そんなに男の方がいいのか、ナコトよ……うむむ」  
 腕組みして考え込む彼女は、一人寂しく満月の夜を過ごすのであった。  
 
 
 

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